投稿者: dbcheck

  • コルトン・ハータ F1昇格に暗雲も2027年のF2残留を否定「もう1年やる気はない」

    コルトン・ハータ F1昇格に暗雲も2027年のF2残留を否定「もう1年やる気はない」

    コルトン・ハータは、F1参戦への道を切り開くために今季F2へ挑戦しているが、2027年にもう1シーズンF2を戦う考えはないと明言した。

    インディカーで9勝を挙げたハータは今季、ハイテックからF2に参戦するとともに、新規参戦したキャデラックF1で開発ドライバーを務めている。しかし、欧州での挑戦は厳しいものとなっており、残り3ラウンドの時点でドライバーズランキング19位。F1昇格に向けて難しい状況に置かれている。

    F2参戦は1年限りと明言
    キャデラックF1は将来的にアメリカ人ドライバーを起用したい意向を示しており、その候補のひとりとしてハータの名前が挙げられてきた。

    しかし、24歳のハータは今季のF2で苦戦。シーズン序盤には何度かポイントを獲得したものの、直近13レースではわずか1度しかポイントを獲得できていない。

    さらにF1スペインGPと併催されたマドリードでの前戦では、予選中のクラッシュによって週末の2レースを欠場することになった。

    こうした状況から、2027年にはアメリカへ戻る可能性も取り沙汰されている。今後についてまだ結論を出していないハータだが、少なくともF2に残る選択肢については明確に否定した。

    「どうなるかは待ってみないと分からないと思う」

    ハータは『F1 Insider』にそう語った。

    「でも、もう1年F2をやることにはまったく興味がない」

    コルトン・ハータ FIA フォーミュラ2選手権

    苦戦してもF2への敬意はさらに深まる
    自身にとって厳しいシーズンとなっている一方、ハータはF2そのものに対する評価を下げてはいない。カテゴリーを離れた後もレースを見続けるつもりだと語った。

    「間違いなく見るよ。レーシングカテゴリーとして、これからもF2を追いかけるのを楽しむと思う」

    「たぶん過去10年くらいF2のレースを見てきたし、これからも見続ける。レースのスタイルもレースそのものも本当に好きなんだ」

    「ここで戦っているドライバーたちには大きな敬意を持っている。彼らに何ができるのかを知っているからね」

    「それは以前から分かっていたけど、自分自身が実際に経験したことで、今はさらによく分かる。みんながどれだけ高いレベルで戦っているのかも理解している」

    2027年にはF2で新たなマシンが導入される予定であり、ハータは自身が参戦しなくても、その技術面にも関心を持っているという。

    「もちろんマシンには興味がある。どんなものになるのか、ダウンフォースの数値がどうなるのか、来年どれだけレースに適したマシンになるのかを見てみたい」

    「間違いなくこれからも追いかけるよ」

    F1昇格を目指してインディカーからF2へと活動の場を移したハータだが、現時点では期待した成績を残せていない。2027年の進路はまだ決まっていないものの、本人の発言によって少なくともF2での2年目という選択肢は消えたことになる。

  • マックス・フェルスタッペン F1王座迫るアントネッリに助言「考えすぎるな」

    マックス・フェルスタッペン F1王座迫るアントネッリに助言「考えすぎるな」

    マックス・フェルスタッペンは、2026年のF1ドライバーズ選手権で首位を独走するキミ・アントネッリに対し、「ストレスを感じすぎる必要はない」とアドバイスした。現在のアントネッリについて「絶好調だ」と評価し、今やっていることをそのまま続ければいいと語った。

    20歳のアントネッリは今季ここまで8勝を挙げ、メルセデスのチームメイトであるジョージ・ラッセルに81ポイント差をつけてランキング首位に立っている。

    8勝は、ラッセルがF1通算166戦で記録している7勝をすでに上回る数字だ。フェラーリのルイス・ハミルトンには101ポイント差をつけている。

    フェルスタッペン「キミは今やっていることを続ければいい」
    自身初のF1ワールドチャンピオン獲得へ近づいているアントネッリに何かアドバイスはあるかと尋ねられたフェルスタッペンは、若きイタリア人の現在の戦い方を高く評価した。

    「キミは今やっていることをそのまま続ければいい。素晴らしいし、本当にうまくいっている。あまりストレスを感じすぎる必要はないし、実際に彼がそうしているとも思わない」

    「彼はただ結果を出し続けている。自信もあるし、どんどん経験を積んでいる」

    「まだ若いし、キャリアも本当に始まったばかりだけど、今は絶好調だ。すべてがうまく機能している」

    フェルスタッペンは、タイトルを意識するあまり、それまで機能していたアプローチを変える必要はないと考えている。

    「だから、物事を複雑に考えすぎる必要はない。実際、彼はそうしていない。周囲には彼に何が必要なのかを理解している優秀な人たちがたくさんいる。だから、すべてがうまくいっている」

    マックス・フェルスタッペンとアンドレア・キミ・アントネッリ

    ヴォルフ「4度の王者と比較すべきではない」
    フェルスタッペンの発言は、メルセデスF1代表のトト・ヴォルフが繰り返してきた考えとも重なる。ヴォルフは、まだF1参戦2年目のアントネッリをフェルスタッペンのような実績ある王者と比較し、過度な期待を背負わせることに慎重な姿勢を示している。

    「4度のワールドチャンピオンと、F1参戦2年目で、まだ勝利数も一桁のドライバーを比較することはできない。それに、キミに過度なプレッシャーをかけるべきではない」

    またヴォルフは、タイトル争いの先頭に立ちながらアントネッリが冷静さを保っている理由として、その若さと生まれ持った気質を挙げた。

    「20歳という若さは彼にとって大きな助けになっている。このスポーツであと20年走ることだってできるし、これから非常に多くのチャンスがある」

    「彼は我々の期待も、自分自身の期待もはるかに上回っている。ただ流れに乗っているんだ。そこには遺伝的な要素もあると思う。生まれつき冷静な人間なのか、そうではないのかということだ」

    昨年の経験から「プレッシャーを受け入れる」
    アントネッリ自身も、F1でタイトルを争う重圧との向き合い方について語っている。

    ルーキーだった2025年には、ヨーロッパラウンドで苦しい時期を経験した。その経験を踏まえ、今季はプレッシャーから逃れようとするのではなく、受け入れることを意識しているという。

    「できる限りプレッシャーを受け入れるようにしている。昨年のヨーロッパラウンドのように、プレッシャーに自分を壊されたくないからだ」

    8勝を挙げてランキング首位を走るアントネッリに対し、4度のF1ワールドチャンピオンであるフェルスタッペンが伝えたのは、タイトルを意識して何かを変えるのではなく、現在のアプローチを貫くことだった。残るシーズンでアントネッリが重圧をどうコントロールするかも、初タイトル獲得に向けた焦点となる。

  • F1史上最多勝のPUメーカーランキング メルセデスがフェラーリに並ぶ251勝

    F1史上最多勝のPUメーカーランキング メルセデスがフェラーリに並ぶ251勝

    2026年F1スペインGPでアンドレア・キミ・アントネッリが勝利を飾ったことで、メルセデスはエンジン/パワーユニットメーカーとして通算251勝に到達。フェラーリと並び、F1史上最多勝の座に立った。

    1950年に始まったF1世界選手権では、数多くのエンジンメーカーが勝利を記録してきた。現在も参戦を続けるフェラーリやメルセデス、ホンダから、コスワース、コベントリー・クライマックス、BRMといった歴史的メーカーまで、通算勝利数トップ10を振り返る。

    1位タイ:フェラーリ 251勝
    フェラーリは1950年のF1世界選手権創設初年度から参戦し、現在まで一度もシーズンを欠場していない唯一のチームである。アルベルト・アスカリ、ニキ・ラウダ、ミハエル・シューマッハなど、数々の伝説的ドライバーとともに成功を築いてきた。

    フェラーリ製エンジンはこれまでに251勝を記録している。2026年F1イギリスGPではシャルル・ルクレールがフェラーリに通算250勝目をもたらした。

    ただし、エンジンメーカーとしての251勝にはフェラーリのワークスチーム以外で挙げた1勝も含まれる。2008年F1イタリアGPで、フェラーリエンジンを搭載していたトロロッソのセバスチャン・ベッテルが記録した初優勝である。

    フェラーリ自身のF1初勝利は1951年F1イギリスGPだった。「パンパスの雄牛」の異名を持つホセ・フロイラン・ゴンザレスがシルバーストンで勝利し、フェラーリの長大な成功の歴史をスタートさせた。

    1位タイ:メルセデス 251勝
    メルセデスがワークスチームとしてF1に参戦したのは当初1954年と1955年のわずか2シーズンだった。その後は長期間F1から離れたが、1990年代半ばにザウバーやマクラーレンへのエンジン供給という形で復帰。後にはブラウンGPやレーシングポイントなどもカスタマーとなった。

    最初のワークス活動ではファン・マヌエル・ファンジオが2度のドライバーズタイトルを獲得したが、現代におけるメルセデスの成功には、1998年と1999年に王者となったマクラーレンのミカ・ハッキネン、2009年王者となったブラウンGPのジェンソン・バトン、そして2010年から始まったメルセデスのワークス参戦が大きく貢献している。

    2010年にミハエル・シューマッハとニコ・ロズベルグを擁してコンストラクターとして復帰したメルセデスは、勝利まで2年を要し、最初のタイトル獲得まではさらに2年を必要とした。

    その頃にはルイス・ハミルトンが加入しており、ハミルトンだけでメルセデス製パワーユニットによる85勝を記録。そのほかロズベルグ、アントネッリ、バルテリ・ボッタス、ジョージ・ラッセルらも勝利数を積み重ねた。

    そして2026年F1スペインGPでアントネッリが優勝したことで、メルセデスは通算251勝に到達。フェラーリとF1史上最多勝で並んだ。

    3位:フォード・コスワース 176勝
    コスワースDFVは、F1史上最も成功したエンジンのひとつである。チーム・ロータス、ブラバム、ティレル、ウィリアムズなど数多くのチームに搭載され、DFVだけで155勝を記録した。

    1960年代から1980年代にかけて独自エンジンを持たないチームにとって、DFVは最も魅力的な選択肢だった。

    最初の勝利は1967年F1オランダGP。ジム・クラークがロータス49を駆り、8番グリッドから逆転優勝を飾った。その圧倒的な存在感を象徴するのが1969年と1973年で、両シーズンでは全レースをDFV搭載車が制している。

    ターボ時代への移行に伴ってフォード・コスワースも進化し、その後のエンジンでさらに21勝を追加。その大半をベネトンとマクラーレンが記録した。

    最後の勝利は2003年F1ブラジルGPで、ジョーダンを駆ったジャンカルロ・フィジケラが挙げたものだった。

    4位:ルノー 169勝
    F1におけるターボエンジンの歴史を語るうえでルノーは欠かせない。ターボを本格的に導入した先駆者であり、初期には信頼性不足に苦しんだ。最初の完走まで14レースを必要としたほどだった。

    転機となったのは1979年F1フランスGP。ジャン=ピエール・ジャブイーユがルノーに初勝利をもたらした。

    1981年にアラン・プロストが加入すると潜在能力がさらに引き出され、3年間で9勝を記録した。しかしプロストの離脱後はワークスチームとして勢いを失い、1986年に一度F1から撤退した。

    皮肉にも、ルノーがさらに大きな成功を収めたのはターボエンジンが禁止された1989年以降だった。ウィリアムズへのエンジン供給を開始し、その後はベネトンやレッドブル・レーシングとの提携によって勝利を積み重ね、最終的に169勝に到達した。

    ルノー製パワーユニットによる最後の勝利は、エステバン・オコンが制した2021年F1ハンガリーGPである。

    ルノーは2025年末で再びF1エンジン供給から撤退。アルピーヌは2026年の新レギュレーション導入に合わせてメルセデス製パワーユニットへ切り替えた。

    5位:ホンダ 89勝
    ホンダもルノーと同様、F1への参戦と撤退を繰り返してきたメーカーである。最初の参戦は1964年で、自社製シャシーとエンジンによるフルワークス体制を構築した。

    1965年F1メキシコGPではリッチー・ギンサーがホンダにF1初勝利をもたらした。

    その後、ホンダは市販車事業に集中するためF1から撤退したが、1983年にエンジンサプライヤーとして復帰。スピリット、ウィリアムズ、ロータス、マクラーレン、ティレルなどにエンジンを供給した。

    すべてのチームが同じレベルのワークス支援を受けたわけではなかったものの、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ、アイルトン・セナ、アラン・プロストらの活躍によって、ホンダエンジンはF1を代表する存在となった。

    その後、ホンダは再びF1から撤退。後にBARを買収してワークスチームとして復帰したものの、2008年の世界金融危機を背景に再度撤退し、チームはブラウンGPへと引き継がれた。

    そして2019年からはレッドブルとのパートナーシップで成功を収め、マックス・フェルスタッペンがV6ターボハイブリッド時代におけるホンダの初勝利を記録した。

    ホンダ名義での勝利数は最終的に89勝に到達。2021年F1アブダビGPが、この区分における最後の勝利となった。ただし、ホンダとF1の関係はそこで完全に終わったわけではなかった。

    6位:コベントリー・クライマックス 40勝
    コベントリー・クライマックスは20世紀初頭からエンジンを製造していたが、レーシングカーへの本格進出は1950年代だった。

    スターリング・モスが1958年F1アルゼンチンGPで初勝利を挙げたものの、当初の2リッターエンジンではライバルと継続的に戦うにはパワーが不足していた。

    状況が変わったのは1959年。2.5リッター仕様がジャック・ブラバムをワールドチャンピオンへ導いた。

    その後もロータス、クーパー、ブラバム、ローラなどで使用され、1958年から1965年までに40勝を記録した。

    最後の時期にも成功を収め、ジム・クラークは1965年F1ドイツGPでキャリア3度目にして最後のグランドスラムを達成し、そのシーズンのタイトルを獲得。3リッター規定の導入に伴ってコベントリー・クライマックスはモータースポーツの第一線から退いた。

    F1パワーユニット

    7位:ホンダRBPT 38勝
    フェルスタッペンが激闘の末に2021年のドライバーズタイトルを獲得したシーズンを最後に、ホンダはF1活動を終了した。しかし、レッドブルが独自のエンジン部門「レッドブル・パワートレインズ(RBPT)」へ移行するための支援は継続された。

    新たな契約のもと、レッドブル側がホンダのエンジンIPを引き継ぎ、2025年末までホンダが必要なサポートを提供する体制が構築された。

    この時期には近年のF1でも屈指の支配的シーズンとなった2023年が含まれる。レッドブルはこの年、わずか1戦を除いてすべてのグランプリで勝利し、860ポイントを獲得した。

    2024年と2025年は2023年ほど圧倒的ではなかったものの、「ホンダRBPT」名義では最終的に38勝を記録し、歴代7位となっている。

    8位:TAGポルシェ 25勝
    活動期間こそ短かったものの、TAGポルシェは極めて高い成功率を残した。1983年から1987年までマクラーレンが使用したこのエンジンは、ポルシェが開発し、TAGが資金を提供したものだった。

    当初は1984年のデビューが予定されていたが、ニキ・ラウダが事前テストの必要性を訴えたことで計画が前倒しされ、1983年F1オランダGPから実戦投入された。

    1984年の開幕戦ブラジルGPではプロストが勝利し、その年のドライバーズタイトルはチームメイトのラウダが獲得した。

    プロストとラウダを中心にTAGポルシェは合計25勝を記録。ウィリアムズと組んだホンダの高い競争力を受け、マクラーレンが1988年からホンダエンジンへ切り替えたことで、その役割を終えた。

    9位:BMW 20勝
    F1初期にもBMWの支援を受けたプライベート参戦は存在したが、メーカーとして本格的にF1へ参入したのは1980年代だった。ルノーのターボエンジンに対抗するため、BMWも独自のターボエンジンを投入した。

    当初はブラバムとの独占契約を巡って関係が不安定になったが、チーム代表のバーニー・エクレストンがBMWにチャンスを与えることを決断。その成果が1982年F1カナダGPで表れ、ネルソン・ピケがBMWエンジンに初勝利をもたらした。

    その後も勝利を重ねたが、1989年からのターボ禁止によってBMWの活動はいったん終了した。

    BMWは後にウィリアムズと提携してF1へ復帰。2000年からエンジンを供給し、より攻撃的に進化したパワーユニットによって2001年F1サンマリノGPで復帰後初勝利を記録した。

    2003年にはウィリアムズが継続的に勝利を争えるまでになったものの、シューマッハとフェラーリの強さを打ち破るには至らず、両者のパートナーシップは2005年を最後に終了した。

    その後、BMWはザウバーを買収してワークス参戦したが、この体制での勝利は2008年F1カナダGPにおけるロバート・クビサの1勝のみ。BMWは最終的にチームをペーター・ザウバーへ売却した。

    10位:BRM 18勝
    ブリティッシュ・レーシング・モータース(BRM)のF1参戦は、決して順調なスタートではなかった。野心的すぎるエンジン開発は期待された成果につながらず、長期間にわたって苦戦した。

    しかし開発が進むと、1959年F1オランダGPでヨアキム・ボニエがBRMに初勝利をもたらした。

    会社のパートナーだったアルフレッド・オーウェンは、結果が改善しなければプロジェクトそのものを中止すると警告し、元ロールス・ロイスのトニー・ラッドを主任開発エンジニアに昇格させた。

    この人事が転機となり、ラッドは長年チームを苦しめていた基本的な問題を解決。1962年にはグラハム・ヒルがドライバーズチャンピオンに輝いた。

    BRMはプライベーターへのエンジン販売も開始したが、その後は競争力が低下。1977年にF1から撤退するまでに18勝を記録した。その内訳はBRMワークスチームによる17勝と、チーム・ロータスによる1勝だった。

    F1エンジン/パワーユニットメーカー歴代勝利数トップ10
    1位タイ フェラーリ:251勝
    1位タイ メルセデス:251勝
    3位 フォード・コスワース:176勝
    4位 ルノー:169勝
    5位 ホンダ:89勝
    6位 コベントリー・クライマックス:40勝
    7位 ホンダRBPT:38勝
    8位 TAGポルシェ:25勝
    9位 BMW:20勝
    10位 BRM:18勝

    2026年F1スペインGPでメルセデスがフェラーリに追いついたことで、F1史上最多勝エンジン/パワーユニットメーカーの座は251勝で2社が並ぶ形となった。一方、日本メーカーではホンダが89勝で歴代5位に位置し、ホンダRBPTとして記録された38勝を含めれば、その技術がF1の勝利に関わってきた歴史はさらに大きなものとなる。

  • アイザック・ハジャー F1復帰を阻む手首骨折の負担 ロズベルグ「想像以上に過酷」

    アイザック・ハジャー F1復帰を阻む手首骨折の負担 ロズベルグ「想像以上に過酷」

    アイザック・ハジャーは、夏休み中のトレーニングで左手首を骨折して以来、レッドブル・レーシングのF1マシンに戻れていない。F1アゼルバイジャンGPでの復帰が期待されるなか、2016年F1王者のニコ・ロズベルグが、手首の負傷がF1ドライバーにとって特に厄介な理由を説明した。

    ハジャーは夏休み中に手首を負傷し、F1オランダGPを欠場。その後も復帰には至らず、イタリアGP、スペインGPと3戦連続で欠場した。

    レッドブルは「100%」を復帰の条件に
    スペインGPが行われたマドリンクで、レッドブル・レーシングのチーム代表ローラン・メキースは、ハジャーの状態と本人の感覚を最優先していると説明した。

    「簡単な判断だった。彼は100%だと感じていなかった。それが我々が用いた唯一の基準だ。100%なのか? そこから先の判断は簡単だった」

    「我々は常に、100%健康な状態での復帰を最優先すると言ってきた。それに基づいて判断した」

    レッドブルは現在、ハジャーが次戦F1アゼルバイジャンGPに出場できるまで回復することを期待している。

    最終的な判断を下す前にはシミュレーターを使用し、F1マシンをドライブする際にかかる身体的な負荷に耐えられるかを確認する予定だ。

    現時点でバクーでの復帰は確定していない。市街地コースであるバクーはコース脇にウォールが迫り、ミスをした際の衝撃も考慮する必要がある。

    ロズベルグ「手首を負傷した状態でF1を運転するのは本当にひどい」
    ロズベルグは、ハジャーの復帰に時間がかかっている理由について、F1マシン特有の身体的な負荷を挙げた。

    比較対象となるのがランス・ストロールだ。ストロールは2023年、サイクリング中の事故で右手首を骨折したものの、わずか2週間後にはF1マシンに復帰した。

    ただし、ストロールは2025年にも手首の問題を抱え、詳しい内容は明らかにされなかったものの、再び手術を受けてスペインGPを欠場している。

    「手首を負傷した状態で運転するのは本当にひどい」とロズベルグは語った。

    「数年前にランス・ストロールがやってのけたのを見た。信じられないことだった。でも、ダウンフォースによる負荷などを考えると、本当に過酷なんだ。彼は痛みを乗り越えて走っていて、みんなが驚いていた」

    特に大きな問題になるのがブレーキングだという。ドライバーは減速時に大きな前後方向のGを受け、その力に対抗するためステアリングを強く支える必要がある。

    「そして、あまり考えないかもしれないけど、ブレーキングでは身体がシートベルトに対して前方へ押し出される」

    「そこでステアリングを使って身体を支えなければならない。そうしなければ身体が前へ行ってしまうし、当然ながらシートベルトだけに身体を預けたくはない」

    「だからステアリングにものすごく強い力をかけなければならない。でも、手首を骨折していたらそれはできない。痛みがあまりにも強すぎるからだ」

    アイザック・ハジャー(レッドブル・レーシング)

    バクー復帰はシミュレーターで最終判断
    F1スペインGPの週末にはハジャー本人もマドリンクを訪れていたが、負傷の回復状況について公の場ではコメントしなかった。レッドブルはメディアに対し、ハジャーの負傷について本人へ質問しないよう求めていた。

    一方、メキースは回復そのものに問題はなく、この種の負傷として通常の経過をたどっていると説明している。

    「アイザックの回復には何の問題もない。この種の負傷として、基本的には通常の回復期間だと理解している」

    「だから我々は同じアプローチを続ける。バクーに向けて状態を評価し、彼がどう感じているかを確認したうえでシミュレーターに乗せ、実際に近い負荷をかける」

    「100%に近いと感じられれば、挑戦する。まだ回復が完了していないと本人が感じるのであれば、我々はこれまでの方針を貫き、回復を最優先する」

    ハジャーにとって重要なのは、単に骨折箇所が回復することだけではない。強烈なブレーキングやステアリング操作を繰り返しても痛みなく走り切れる状態まで戻す必要がある。レッドブルはシミュレーターでその状態を確認したうえで、F1アゼルバイジャンGPでの復帰可否を決めることになる。

  • キミ・アントネッリ F1スペインGP勝利を呼んだメルセデスの「秘密の暗号」

    キミ・アントネッリ F1スペインGP勝利を呼んだメルセデスの「秘密の暗号」

    F1スペインGPでアンドレア・キミ・アントネッリが挙げた勝利の裏には、メルセデスがVirtual Safety Car(VSC)の発動を見越して使った「秘密の暗号」があった。わずか1秒ほどの時間を稼ぐための事前準備とドライバーの対応が、マドリンクでの勝敗を左右した。

    アントネッリの勝利にはVSCという幸運が味方したことは間違いない。しかし、単純にタイミングに恵まれただけではなかった。

    メルセデスはランス・ストロールのマシンがストップした直後からVSCの可能性を予測し、アントネッリに通常以上にペースを落とさせていた。

    VSC発動前にアントネッリが稼いだ「1秒」
    決定的な場面は14周目だった。レースエンジニアから黄旗について知らされたアントネッリは、ターン18からターン20にかけて意図的にペースを落とし、VSCが発動された場合に備えた。

    13周目と比較すると、アントネッリはターン19を29km/h低い速度で通過。ストロールのマシンが止まっていたターン20のブレーキングポイントにも24km/h低い速度で到達しており、かなり早い段階でアクセルを戻していた。

    同じ黄旗区間でマックス・フェルスタッペンは、ターン19をアントネッリより15km/h速く通過。ターン20のブレーキングポイントでも18km/h速く、アクセルを戻したタイミングもアントネッリより遅かった。

    さらにアントネッリは、黄旗区間を抜けてグリーンフラッグが提示された後も、すぐには加速しなかった。

    メルセデスのピットウォールでは、正式なVSC発動前からレースがニュートラル化される可能性が高いと判断していた。その情報をレースエンジニアのピーター・ボニントン、通称“ボノ”がアントネッリへ伝えていた。

    メルセデスが使った「秘密の暗号」
    メルセデスのトラックサイドエンジニアリングディレクターを務めるアンドリュー・ショブリンは、チームがこうした状況に備えてドライバーとの間にコードを設定していることを明かした。

    「レース中にセーフティカーが出た場合、ピットに入る可能性があることをドライバーに知らせるため、我々は秘密のコードを使っている」

    「ただ、他のチームにそのコードが何を意味するのか知られないようにしている。そのため、毎週変更している」

    今回も、そのコードが重要な役割を果たした。

    「黄旗が出て、ボノがそれを確認した。キミは実際に少しペースを落とし、さらに1秒ほど稼いだ。おそらく……それがなくてもピットには入れたと思う。ただ、その1秒によって可能になった」

    「彼のオンボードを見れば分かるが、キミにとってピットに入るのは決して簡単ではなかった。そして彼が自分のピットボックスに止まろうとしているまさにその瞬間、タイヤが運ばれてきていた。あの短い時間の中で実行するのは難しいピットストップだった」

    アントネッリはVSCが発動された時点ですでにピット入口のすぐ近くまで来ていた。

    仮に事前に稼いだ約1秒がなかったとしても、白線を越える直前でピットへ飛び込めた可能性はある。しかし、そのわずかな余裕によってアントネッリには判断する時間が生まれ、同時にメルセデス側もピットストップの準備を整えることができた。

    アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ)

    わずか50秒でドライバーとピットが連動
    黄旗が提示されてからVSCが正式に発動されるまでは35秒。そしてVSC発動からアントネッリがメルセデスのピットボックスに到着するまでは、さらに15秒しかなかった。

    しかも、チームがしなければならなかったのはアントネッリをピットへ呼び込むことだけではない。

    交換用タイヤを用意し、メカニックを配置する必要があり、さらにメルセデスはアントネッリだけでなくジョージ・ラッセルもピットインさせることを決断していた。メカニックにも早い段階で準備の指示が出されていたことになる。

    ショブリンは、こうした状況を想定した準備は決勝日の朝から行われていたと説明する。

    「日曜の朝は、どんなインシデントが起きても対応できるようにすることに集中していた。レースの各段階でVSCやセーフティカーが出た場合に何をするのか、それを確実に把握しておく。これは普通のことで、すべてのチームが同じようにやっている」

    ただし、事前に戦略を決めていても、実際にその状況が訪れた際に迷いが生じることはあるという。

    「計画があったとしても、『本当にこれをやるのか?』というような議論が生じる状況はある」

    「今回良かったのは、きちんと計画があったことだ。キミは自分がVSCのウインドウに入っていることを分かっていた。そしてインシデントが起きると、ボノがすぐにそれを確認した」

    追い抜きが極めて難しいマドリンクでは、このVSCを利用したピットストップがレースの流れを大きく変えた。アントネッリはミディアムからハードへ交換して実質的な首位に浮上し、そのままF1スペインGP優勝につなげた。

    VSCという偶然の要素だけでなく、その発動を予測したピットウォール、暗号を理解して即座にペースを調整したアントネッリ、そして短時間でタイヤを準備したメカニックまで、メルセデスの一連の連携が勝利を引き寄せる重要な要素となった。

  • シャルル・ルクレール 大クラッシュでフェラーリF1新型PU損傷の懸念「まだ確認中」

    シャルル・ルクレール 大クラッシュでフェラーリF1新型PU損傷の懸念「まだ確認中」

    シャルル・ルクレールは、F1イタリアGPでの大クラッシュに巻き込まれたフェラーリのアップグレード版パワーユニット(PU)について、再使用できることを願っていると明かした。

    モンツァで行われた決勝の2周目、ルクレールはパラボリカで激しくクラッシュ。フェラーリのマシンは大破し、レースは赤旗中断となった。

    事故の衝撃はPUにも及んでおり、フェラーリは現在もその状態を詳しく調査している。

    アップグレード版PUをフェラーリが継続調査
    ルクレールはフェラーリのホームレースとなったモンツァで、ADUOによるアップグレードが施された新仕様のPUを初めて投入していた。

    しかし、大クラッシュから1週間後にマドリンクで開催されたF1スペインGPでは、このPUはマシンに搭載されなかった。フェラーリのエンジニアは現在もユニットを再使用できるかどうか評価を続けている。

    もし修復不能と判断された場合、ルクレールはADUOアップグレード仕様の新たなPUコンポーネントを投入する必要があり、年間使用基数の上限を超えることでグリッド降格ペナルティを受ける可能性がある。

    ルクレールはRacingNews365を含むメディアからPUの状況について質問され、次のように答えた。

    「現時点で僕が知っている限りでは、まだチェックしているところだ。どうなるか見てみよう」

    「つまり、僕にもまだ分からない。もし救うことができれば、それは素晴らしいことだ」

    「できなければ、おそらくどこかの段階でペナルティを受けることになるだろう」

    シャルル・ルクレール(スクーデリア・フェラーリ)

    ルクレールが指摘するフェラーリF1の課題
    ルクレールはフェラーリのPU全体についても言及し、決勝でより良い結果を得るためには、予選での1周のパフォーマンスを改善する必要があると指摘した。

    「間違いなく僕たちのマシンはレースでは強いと思う。でも、予選でもっとパフォーマンスを引き出す方法を理解する必要がある」

    「デプロイメントについては、日曜日より土曜日の方がさらに苦戦していると感じている。それについて、すぐに使える解決策がないことも分かっている」

    「それでも、土曜日に少しでもパフォーマンスを上げるためにできることがあれば、それは決勝の結果にとって非常に大きな助けになる」

    モンツァで投入したばかりのアップグレード版PUを失えば、ルクレールにとって今後のF1シーズンを戦ううえでグリッド降格という新たな問題につながる。フェラーリがクラッシュしたユニットを再使用できる状態まで回復させられるかが焦点となる。

  • アービッド・リンドブラッド F1ルーキーとして攻めの姿勢「ミスは許されている」

    アービッド・リンドブラッド F1ルーキーとして攻めの姿勢「ミスは許されている」

    レーシングブルズのアービッド・リンドブラッドは、F1スペインGPのフリー走行で喫したクラッシュについて、「ミスをすることは許されている」と語り、ルーキーとして限界を追求する過程では避けられないものだと強調した。

    リンドブラッドはマドリンクで行われたFP2で4番手タイムを記録したものの、ターン13でクラッシュ。マシン右側にダメージを負い、その影響でFP3のほぼすべてを失った。それでも予選では10番手に入り、今季14戦で10度目となるQ3進出を果たした。

    FP2クラッシュで失った自信
    リンドブラッドは、ストリートサーキットで重要となる自信をクラッシュによって大きく失ったと振り返った。

    「かなり自信を失った。ストリートサーキットでは自信がすごく重要だし、FP3もほぼ全部走れなかった。予選でも満足できる状態ではなかったけど、なんとか1周をまとめてQ3に入ることができた」

    「クラッシュがなければ、予選までの流れはまったく違っていたと思うし、もっと満足できる状態で臨めていたはずだ」

    一方で、自身のミスを必要以上に引きずるつもりはないという。

    「これは学ばなければならないことだ。でも結局のところ、クラッシュしたからといって自分を責め続けるつもりはない。こういうことは避けられないからね」

    「今年はずっと限界まで攻めてきたし、速さもあった。今季10回目のQ3進出だった」

    「僕にはミスをすることも許されている。そして、そこから学んでいく」

    アービッド・リンドブラッド(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム)

    逆境から立て直す力に自信
    スペインGP決勝では9位に入り、ルーキーシーズン9度目のポイント獲得を果たした。カナダGPでDNSとなって以降では、直近9戦のうち8戦で入賞している。今季最高位はF1モナコGPで記録した6位だ。

    リンドブラッドは、今回の週末でもトラブルのあとに立て直す力を示せたことを前向きに捉えている。

    「良かったと思う。今年ずっと示してきたことだけど、状況が難しくなっても僕は立て直すことができる。それを今回も示せたと思う」

    「日本でもそうだったし、ブダペストでも問題があった。今回も同じだった。ただ、今回はもう少し僕自身のミスだったけどね」

    「それでも、そこから立て直せたことには満足している。簡単ではなかった」

    リンドブラッドはF1参戦初年度ながら、14戦で10度のQ3進出と9度の入賞を記録している。マドリンクでのクラッシュは週末の流れを大きく損なったものの、その後に予選10番手、決勝9位まで挽回したことを、自身の成長を示す経験として受け止めている。

  • ホンダF1 フェルナンド・アロンソのマドリンクでの検証を経て開発方針を転換

    ホンダF1 フェルナンド・アロンソのマドリンクでの検証を経て開発方針を転換

    ホンダF1は、2026年型パワーユニット(PU)の開発で重要な段階をクリアしたとみている。第2仕様PUの投入後に課題となっていたドライバビリティの改善が進み、今後は純粋なパフォーマンス向上へ開発の重点を移す方針だ。

    F1スペインGPではアストンマーティン・ホンダが再び厳しい週末を過ごしたものの、ホンダF1はマドリンクで収集したデータに前向きな兆候を確認。フェルナンド・アロンソが決勝中に行った複数のテストも、開発の方向性が正しいことを裏付ける材料になったという。

    第2仕様PUのドライバビリティ改善に手応え
    ホンダF1はF1オランダGPで第2仕様のパワーユニットを投入し、アストンマーティンAMR26のパフォーマンス改善を図った。

    ザントフォールトではアロンソが9位に入り、アストンマーティンとホンダのパートナーシップ開始後では当時のベストリザルトを記録した。しかし、その後のモンツァでは、エンジンパワーへの要求が特に高いサーキット特性によってアストンマーティン・ホンダは大きく苦戦した。

    初開催となったマドリンクでのF1スペインGPでも、チームはポイントに届かなかった。アロンソは優勝者から2周遅れの17位でフィニッシュし、ランス・ストロールはブレーキペダルの問題によってリタイアした。

    ストロールにとっては週末を通じて厳しい展開だった。アストンマーティンはパワーユニット交換を決断したため、ストロールは40グリッド降格ペナルティを抱えて予選を迎えたが、AMR26に水圧の問題が発生し、タイムを記録できなかった。それでもFIAスチュワードから決勝への出走を許可された。

    結果だけを見れば、ホンダF1にとって満足できるF1スペインGPではなかった。しかし、パワーユニット開発という観点では重要な前進があった。

    第2仕様PUの投入時、アロンソはそのドライバビリティと扱いやすさについて懸念を示しており、この部分ではホンダが事実上「振り出しに戻った」と感じるほどだった。

    それから3戦を経て、ホンダF1トラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアの折原伸太郎は、この問題について十分な改善が進み、今後はより多くのリソースをパフォーマンス向上に振り向けられる段階に入ったと説明した。

    「マドリードの結果は我々が望んでいたものではありませんが、今後のレースに向けて、そこから得られる学びや改善点をしっかり確認する必要があります」

    「過去3戦を通じて、F1オランダGPで投入した第2仕様パワーユニットのドライバビリティを改善してきました。その問題を軽減できたことで、これからはパフォーマンス面に集中できるようになります」

    アロンソが決勝中にエンジン設定を検証
    ホンダF1の取り組みはマドリンクでも続けられた。折原伸太郎によれば、週末を通じてパワーユニットのキャリブレーションを変更し、その効果をセッションごとのデータで確認していったという。

    「例えば今週末も、その部分を改善するためにいくつかのキャリブレーションを変更しました。セッションを重ねるごとに、データから良い兆候を確認することができました」

    「フェルナンドも決勝中に別のテストを行い、それを確認してくれました。これは我々全員にとって、正しい方向に進んでいることを示すものです」

    アストンマーティン・ホンダにとってF1スペインGPの決勝はポイント争いから大きく離れた展開となったが、その状況を逆に利用して、パワーユニットに関するさまざまな検証を実施した。

    アロンソ自身も、マドリンクでレース終盤まで異なるエンジン設定やエネルギーのデプロイメント戦略を試し、今後につながるデータ収集を続けていたことを明らかにしている。

    ホンダF1 アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    バクーはパワーユニットの新たな試金石
    一方、次戦F1アゼルバイジャンGPは、ホンダF1にとって現在地を測る新たなテストとなる。

    バクー市街地サーキットはパワーユニットへの要求が非常に高く、約2.2kmに及ぶ長い全開区間を持つ。最高速とエンジンパワーがラップタイムに大きく影響するため、モンツァに続いてホンダF1のパワーユニット性能が明確に試される舞台となる。

    アロンソは、バクーでも再び厳しい週末になる可能性について問われたが、先を決めつけることはせず、1戦ずつ取り組む姿勢を強調した。

    「週末ごとに進んでいかなければならない」

    「ザントフォールトのようにポイントを獲得できる可能性が少しでもあれば、それを生かさなければならない。でも、難しくなることは分かっている」

    さらにアロンソは、結果を狙うだけでなく、2026年シーズン終盤までパワーユニットとマシンへの理解を深め続ける必要があると語った。

    「学び続けなければならない。マドリードでも争えるものは何もなかったけど、いろいろなことを試した。異なるエンジン設定や、最後の数周ではデプロイメント戦略も試して、学習のプロセスを続けた。それをシーズン終了まで続けなければならない」

    第2仕様PU投入後の大きな課題だったドライバビリティについて、ホンダF1は改善に手応えを得た。マドリンクでアロンソが行った実走テストでもデータとの相関が確認され、開発の焦点はいよいよ純粋なパフォーマンス向上へと移る。次戦バクーは、その進歩がどこまで結果につながるかを測る重要な機会となる。

  • キャデラックF1筆頭オーナーに集団訴訟 詐欺的隠蔽など複数の疑惑

    キャデラックF1筆頭オーナーに集団訴訟 詐欺的隠蔽など複数の疑惑

    キャデラックF1チームの筆頭株主であるTWGグローバルのオーナー、マーク・ウォルターが、詐欺的隠蔽、契約違反、詐欺の幇助、民事共謀などを主張する集団訴訟に直面している。

    訴訟は米フロリダ州南部地区連邦地方裁判所に提起されたもので、ウォルター本人だけでなく、デラウェア・ライフ・インシュアランス・カンパニー、グループ1001、TWGグローバル、グッゲンハイム・パートナーズなども被告として名を連ねている。

    保険会社の資産配分をめぐり「組織的な隠蔽」を主張
    訴訟は法律事務所ロビンス・ゲラー・ラドマン&ダウドが、マイアミ在住の67歳、アイラ・ロズナーを代表して提起したもので、デラウェア・ライフを通じて購入された年金保険をめぐる問題が中心となっている。

    USA Todayによると、訴状ではウォルターと被告企業が「ウォルターと関係する、あるいはウォルターが支配する事業体への保険会社資産の配分について、隠蔽および虚偽表示を行う組織的な計画」を実行したと主張している。

    訴訟の焦点のひとつとなっているのが、ウォルターが率いるインディアナ州拠点のグループ1001をめぐる情報開示である。

    訴状では、デラウェア・ライフが2月に大陪審から召喚状を受け取っていたにもかかわらず、グループ1001が6月に規制当局への開示が義務付けられるまで、その事実を意図的に公表しなかったと主張している。

    さらに、デラウェア・ライフの投資資産のうち、関連当事者への投資として開示されていたのは約3%にすぎなかった一方で、訴状では「実際の数字はその1,000%以上だった」としている。

    これらはいずれも訴訟を提起した原告側の主張であり、現時点で裁判所が事実として認定したものではない。

    TWGグローバルはキャデラックF1の筆頭株主
    ウォルター率いるTWGグローバルは近年、モータースポーツへの関与を急速に拡大している。その中心となっているのがTWGモータースポーツで、キャデラックF1チームを運営する事業体でもある。

    キャデラックはTWGモータースポーツとゼネラルモーターズ(GM)のパートナーシップによって2026年にF1へ参戦。11番目のコンストラクターとしてグリッドに加わり、ウォルターはチームの筆頭株主となっている。

    F1参戦初年度となる2026年は、セルジオ・ペレスとバルテリ・ボッタスをレースドライバーに起用。周冠宇がリザーブドライバーを務め、コルトン・ハータもテストドライバーとしてチームに加わっている。

    また、先月グレアム・ロードンの後任としてマルチン・ブドコウスキーがチーム代表に就任し、日々のレース活動を統括している。

    キャデラックF1売却の可能性は否定
    ウォルター個人をめぐる法的および規制上の問題が注目を集めたことで、TWGモータースポーツがキャデラックF1への出資を見直すのではないかとの憶測も浮上している。

    しかし、TWGモータースポーツはキャデラックF1チームについて売却する意思はなく、保有する株式から撤退する考えもないと公に表明している。

    今回の訴訟はキャデラックF1チームの活動そのものを対象としたものではなく、ウォルターやTWGグローバルなどを被告として、保険会社の資産運用や情報開示をめぐって提起されたものだ。今後の訴訟の進展とともに、モータースポーツ界で存在感を強めるTWGグループへの影響も注目される。

  • シャルル・ルクレール F1最終戦イモラ開催を示唆「年末にまた会えたら」

    シャルル・ルクレール F1最終戦イモラ開催を示唆「年末にまた会えたら」

    F1の2026年シーズン終盤を巡る不透明な状況のなか、シャルル・ルクレールがイモラで発した一言が注目を集めている。カタールGPとアブダビGPの開催に不確実性が残るなか、イモラが12月6日に最終戦を開催する候補地として浮上している。

    フェラーリのルクレールは、ピレリの2027年用タイヤテストに参加する前日の月曜日、エミリア・ロマーニャ州を訪問。2023年の洪水被害からの復興を支援する施設の開所式に出席し、その最後に「年末にまたここで皆さんに会えたらと思う」と意味深な言葉を残した。

    2023年の洪水被害からの復興を支援
    ルクレールは月曜日、イモラ近郊のスパッツァーテ・サッサテッリを訪れ、新たに完成した多目的市民センターの開所式に出席した。

    この施設には、2023年にエミリア・ロマーニャ州を襲った洪水を受け、ルクレールが実施したチャリティーオークションによって集められた資金も投入されている。

    ルクレールは、大きな被害を受けた当時を振り返り、この地域への思いを語った。

    「2023年、僕が大好きなこのエミリア・ロマーニャという地域が、あれほど大きな被害を受けるのを見て、本当に胸が痛んだ」

    一方で、災害に直面した地元住民の結束についても強く印象に残っているという。

    「みんなが信じられないほど団結していた。それが本当に大きな助けになったと思う」

    さらに、自身が復興活動に貢献できたことについて次のように続けた。

    「僕としては、とても大切に思っているこの地域に、少しでも何かを残すことができてうれしい」

    「年末にまたここで会えたら」意味深な一言
    しかし、現在のF1カレンダーを巡る状況を考えると、最も注目を集めたのはルクレールが最後に口にした言葉だった。

    「そして、年末にまたここで皆さんに会えたらと思う」

    この発言は、イモラが2026年F1シーズン最終戦の開催地になる可能性が取り沙汰されているタイミングで飛び出した。

    現行カレンダーでは、シーズン終盤にカタールGPとアブダビGPが予定されている。しかし、両レースの開催には依然として不確実性があり、F1はシーズン終盤の日程を変更する複数のシナリオを検討しているとされる。

    仮にカタールGPとアブダビGPがカレンダーから外れることになった場合、その代替として最終戦を開催する候補地に繰り返し名前が挙がっているのがイモラだ。開催日は12月6日になるとみられている。

    イモラ・サーキット

    F1チームはすでにイモラ周辺のホテルを確保か
    もちろん、ルクレールの発言だけでイモラ開催が正式に決まったと判断することはできない。

    ただし、パドックではすでに公然の秘密に近い状況になっているとも伝えられており、F1と各チームはイモラ周辺のホテルの大部分をすでに確保しているという。

    そうした状況を踏まえれば、ルクレールの「年末にまたここで会えたら」という言葉が注目を集めたのも不思議ではない。

    フェラーリはピレリの2027年タイヤをイモラでテスト
    偶然にもフェラーリは翌日、イモラ・サーキットで走行を行った。

    ルクレールとルイス・ハミルトンがフェラーリのマシンをドライブし、ピレリが実施した2027年F1シーズン向けタイヤの開発テストに参加した。

    ただし、このテストと12月のF1開催の可能性に直接的な関係はない。ピレリのテストはカレンダー変更を巡る議論とは別に、以前から予定されていたものだ。

    それでも、シーズン終盤にイモラでレースが開催されることになれば、直前に同地で走行経験を積めたことはフェラーリにとって一定のメリットとなる可能性がある。同じくイモラでピレリのテストを行うレーシングブルズにも同様のことが言える。

    カタールGPとアブダビGPの扱いを含め、2026年F1シーズン終盤の日程はまだ正式に確定していない。しかし、イモラが12月6日の最終戦候補として浮上するなか、ルクレールが地元で残した「年末にまたここで会えたら」という一言は、その可能性をさらに意識させるものとなった。