F1史上最多勝のPUメーカーランキング メルセデスがフェラーリに並ぶ251勝

F1史上最多勝のPUメーカーランキング メルセデスがフェラーリに並ぶ251勝

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2026年F1スペインGPでアンドレア・キミ・アントネッリが勝利を飾ったことで、メルセデスはエンジン/パワーユニットメーカーとして通算251勝に到達。フェラーリと並び、F1史上最多勝の座に立った。

1950年に始まったF1世界選手権では、数多くのエンジンメーカーが勝利を記録してきた。現在も参戦を続けるフェラーリやメルセデス、ホンダから、コスワース、コベントリー・クライマックス、BRMといった歴史的メーカーまで、通算勝利数トップ10を振り返る。

1位タイ:フェラーリ 251勝
フェラーリは1950年のF1世界選手権創設初年度から参戦し、現在まで一度もシーズンを欠場していない唯一のチームである。アルベルト・アスカリ、ニキ・ラウダ、ミハエル・シューマッハなど、数々の伝説的ドライバーとともに成功を築いてきた。

フェラーリ製エンジンはこれまでに251勝を記録している。2026年F1イギリスGPではシャルル・ルクレールがフェラーリに通算250勝目をもたらした。

ただし、エンジンメーカーとしての251勝にはフェラーリのワークスチーム以外で挙げた1勝も含まれる。2008年F1イタリアGPで、フェラーリエンジンを搭載していたトロロッソのセバスチャン・ベッテルが記録した初優勝である。

フェラーリ自身のF1初勝利は1951年F1イギリスGPだった。「パンパスの雄牛」の異名を持つホセ・フロイラン・ゴンザレスがシルバーストンで勝利し、フェラーリの長大な成功の歴史をスタートさせた。

1位タイ:メルセデス 251勝
メルセデスがワークスチームとしてF1に参戦したのは当初1954年と1955年のわずか2シーズンだった。その後は長期間F1から離れたが、1990年代半ばにザウバーやマクラーレンへのエンジン供給という形で復帰。後にはブラウンGPやレーシングポイントなどもカスタマーとなった。

最初のワークス活動ではファン・マヌエル・ファンジオが2度のドライバーズタイトルを獲得したが、現代におけるメルセデスの成功には、1998年と1999年に王者となったマクラーレンのミカ・ハッキネン、2009年王者となったブラウンGPのジェンソン・バトン、そして2010年から始まったメルセデスのワークス参戦が大きく貢献している。

2010年にミハエル・シューマッハとニコ・ロズベルグを擁してコンストラクターとして復帰したメルセデスは、勝利まで2年を要し、最初のタイトル獲得まではさらに2年を必要とした。

その頃にはルイス・ハミルトンが加入しており、ハミルトンだけでメルセデス製パワーユニットによる85勝を記録。そのほかロズベルグ、アントネッリ、バルテリ・ボッタス、ジョージ・ラッセルらも勝利数を積み重ねた。

そして2026年F1スペインGPでアントネッリが優勝したことで、メルセデスは通算251勝に到達。フェラーリとF1史上最多勝で並んだ。

3位:フォード・コスワース 176勝
コスワースDFVは、F1史上最も成功したエンジンのひとつである。チーム・ロータス、ブラバム、ティレル、ウィリアムズなど数多くのチームに搭載され、DFVだけで155勝を記録した。

1960年代から1980年代にかけて独自エンジンを持たないチームにとって、DFVは最も魅力的な選択肢だった。

最初の勝利は1967年F1オランダGP。ジム・クラークがロータス49を駆り、8番グリッドから逆転優勝を飾った。その圧倒的な存在感を象徴するのが1969年と1973年で、両シーズンでは全レースをDFV搭載車が制している。

ターボ時代への移行に伴ってフォード・コスワースも進化し、その後のエンジンでさらに21勝を追加。その大半をベネトンとマクラーレンが記録した。

最後の勝利は2003年F1ブラジルGPで、ジョーダンを駆ったジャンカルロ・フィジケラが挙げたものだった。

4位:ルノー 169勝
F1におけるターボエンジンの歴史を語るうえでルノーは欠かせない。ターボを本格的に導入した先駆者であり、初期には信頼性不足に苦しんだ。最初の完走まで14レースを必要としたほどだった。

転機となったのは1979年F1フランスGP。ジャン=ピエール・ジャブイーユがルノーに初勝利をもたらした。

1981年にアラン・プロストが加入すると潜在能力がさらに引き出され、3年間で9勝を記録した。しかしプロストの離脱後はワークスチームとして勢いを失い、1986年に一度F1から撤退した。

皮肉にも、ルノーがさらに大きな成功を収めたのはターボエンジンが禁止された1989年以降だった。ウィリアムズへのエンジン供給を開始し、その後はベネトンやレッドブル・レーシングとの提携によって勝利を積み重ね、最終的に169勝に到達した。

ルノー製パワーユニットによる最後の勝利は、エステバン・オコンが制した2021年F1ハンガリーGPである。

ルノーは2025年末で再びF1エンジン供給から撤退。アルピーヌは2026年の新レギュレーション導入に合わせてメルセデス製パワーユニットへ切り替えた。

5位:ホンダ 89勝
ホンダもルノーと同様、F1への参戦と撤退を繰り返してきたメーカーである。最初の参戦は1964年で、自社製シャシーとエンジンによるフルワークス体制を構築した。

1965年F1メキシコGPではリッチー・ギンサーがホンダにF1初勝利をもたらした。

その後、ホンダは市販車事業に集中するためF1から撤退したが、1983年にエンジンサプライヤーとして復帰。スピリット、ウィリアムズ、ロータス、マクラーレン、ティレルなどにエンジンを供給した。

すべてのチームが同じレベルのワークス支援を受けたわけではなかったものの、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ、アイルトン・セナ、アラン・プロストらの活躍によって、ホンダエンジンはF1を代表する存在となった。

その後、ホンダは再びF1から撤退。後にBARを買収してワークスチームとして復帰したものの、2008年の世界金融危機を背景に再度撤退し、チームはブラウンGPへと引き継がれた。

そして2019年からはレッドブルとのパートナーシップで成功を収め、マックス・フェルスタッペンがV6ターボハイブリッド時代におけるホンダの初勝利を記録した。

ホンダ名義での勝利数は最終的に89勝に到達。2021年F1アブダビGPが、この区分における最後の勝利となった。ただし、ホンダとF1の関係はそこで完全に終わったわけではなかった。

6位:コベントリー・クライマックス 40勝
コベントリー・クライマックスは20世紀初頭からエンジンを製造していたが、レーシングカーへの本格進出は1950年代だった。

スターリング・モスが1958年F1アルゼンチンGPで初勝利を挙げたものの、当初の2リッターエンジンではライバルと継続的に戦うにはパワーが不足していた。

状況が変わったのは1959年。2.5リッター仕様がジャック・ブラバムをワールドチャンピオンへ導いた。

その後もロータス、クーパー、ブラバム、ローラなどで使用され、1958年から1965年までに40勝を記録した。

最後の時期にも成功を収め、ジム・クラークは1965年F1ドイツGPでキャリア3度目にして最後のグランドスラムを達成し、そのシーズンのタイトルを獲得。3リッター規定の導入に伴ってコベントリー・クライマックスはモータースポーツの第一線から退いた。

F1パワーユニット

7位:ホンダRBPT 38勝
フェルスタッペンが激闘の末に2021年のドライバーズタイトルを獲得したシーズンを最後に、ホンダはF1活動を終了した。しかし、レッドブルが独自のエンジン部門「レッドブル・パワートレインズ(RBPT)」へ移行するための支援は継続された。

新たな契約のもと、レッドブル側がホンダのエンジンIPを引き継ぎ、2025年末までホンダが必要なサポートを提供する体制が構築された。

この時期には近年のF1でも屈指の支配的シーズンとなった2023年が含まれる。レッドブルはこの年、わずか1戦を除いてすべてのグランプリで勝利し、860ポイントを獲得した。

2024年と2025年は2023年ほど圧倒的ではなかったものの、「ホンダRBPT」名義では最終的に38勝を記録し、歴代7位となっている。

8位:TAGポルシェ 25勝
活動期間こそ短かったものの、TAGポルシェは極めて高い成功率を残した。1983年から1987年までマクラーレンが使用したこのエンジンは、ポルシェが開発し、TAGが資金を提供したものだった。

当初は1984年のデビューが予定されていたが、ニキ・ラウダが事前テストの必要性を訴えたことで計画が前倒しされ、1983年F1オランダGPから実戦投入された。

1984年の開幕戦ブラジルGPではプロストが勝利し、その年のドライバーズタイトルはチームメイトのラウダが獲得した。

プロストとラウダを中心にTAGポルシェは合計25勝を記録。ウィリアムズと組んだホンダの高い競争力を受け、マクラーレンが1988年からホンダエンジンへ切り替えたことで、その役割を終えた。

9位:BMW 20勝
F1初期にもBMWの支援を受けたプライベート参戦は存在したが、メーカーとして本格的にF1へ参入したのは1980年代だった。ルノーのターボエンジンに対抗するため、BMWも独自のターボエンジンを投入した。

当初はブラバムとの独占契約を巡って関係が不安定になったが、チーム代表のバーニー・エクレストンがBMWにチャンスを与えることを決断。その成果が1982年F1カナダGPで表れ、ネルソン・ピケがBMWエンジンに初勝利をもたらした。

その後も勝利を重ねたが、1989年からのターボ禁止によってBMWの活動はいったん終了した。

BMWは後にウィリアムズと提携してF1へ復帰。2000年からエンジンを供給し、より攻撃的に進化したパワーユニットによって2001年F1サンマリノGPで復帰後初勝利を記録した。

2003年にはウィリアムズが継続的に勝利を争えるまでになったものの、シューマッハとフェラーリの強さを打ち破るには至らず、両者のパートナーシップは2005年を最後に終了した。

その後、BMWはザウバーを買収してワークス参戦したが、この体制での勝利は2008年F1カナダGPにおけるロバート・クビサの1勝のみ。BMWは最終的にチームをペーター・ザウバーへ売却した。

10位:BRM 18勝
ブリティッシュ・レーシング・モータース(BRM)のF1参戦は、決して順調なスタートではなかった。野心的すぎるエンジン開発は期待された成果につながらず、長期間にわたって苦戦した。

しかし開発が進むと、1959年F1オランダGPでヨアキム・ボニエがBRMに初勝利をもたらした。

会社のパートナーだったアルフレッド・オーウェンは、結果が改善しなければプロジェクトそのものを中止すると警告し、元ロールス・ロイスのトニー・ラッドを主任開発エンジニアに昇格させた。

この人事が転機となり、ラッドは長年チームを苦しめていた基本的な問題を解決。1962年にはグラハム・ヒルがドライバーズチャンピオンに輝いた。

BRMはプライベーターへのエンジン販売も開始したが、その後は競争力が低下。1977年にF1から撤退するまでに18勝を記録した。その内訳はBRMワークスチームによる17勝と、チーム・ロータスによる1勝だった。

F1エンジン/パワーユニットメーカー歴代勝利数トップ10
1位タイ フェラーリ:251勝
1位タイ メルセデス:251勝
3位 フォード・コスワース:176勝
4位 ルノー:169勝
5位 ホンダ:89勝
6位 コベントリー・クライマックス:40勝
7位 ホンダRBPT:38勝
8位 TAGポルシェ:25勝
9位 BMW:20勝
10位 BRM:18勝

2026年F1スペインGPでメルセデスがフェラーリに追いついたことで、F1史上最多勝エンジン/パワーユニットメーカーの座は251勝で2社が並ぶ形となった。一方、日本メーカーではホンダが89勝で歴代5位に位置し、ホンダRBPTとして記録された38勝を含めれば、その技術がF1の勝利に関わってきた歴史はさらに大きなものとなる。