投稿者: dbcheck

  • F1イタリアGPでティフォシの忠誠心 アントネッリがハミルトンを抜くと「ほぼ沈黙」

    F1イタリアGPでティフォシの忠誠心 アントネッリがハミルトンを抜くと「ほぼ沈黙」

    2026年F1イタリアGPでは、母国の英雄となったキミ・アントネッリとフェラーリのどちらをティフォシが支持するのかにも注目が集まった。その答えを象徴する場面が、アントネッリがルイス・ハミルトンをオーバーテイクした瞬間だった。

    19番グリッドから追い上げて歴史的な母国初優勝を飾ったアントネッリだが、モンツァのファンのフェラーリへの忠誠心は依然として強いようだ。

    BBC Sportのロレイン・マッケンナによると、アントネッリがハミルトンを抜いた際、グランドスタンドは「ほぼ沈黙」に包まれたという。

    アントネッリの母国初優勝でもティフォシはフェラーリ支持
    アントネッリはエンジン交換によるペナルティで19番グリッドからスタートし、猛烈な追い上げを披露。最終的に優勝を飾り、1966年のルドビコ・スカルフィオッティ以来、60年ぶりにF1イタリアGPを制したイタリア人ドライバーとなった。

    また、イタリア人がモンツァの表彰台に立つのも、2005年のジャンカルロ・フィジケラ以来だった。

    今季タイトル争いをリードするアントネッリは、すでにイタリアを代表するスポーツスターのひとりとなっている。それだけに、F1イタリアGPを前に注目されたのが、伝統的にフェラーリを熱烈に応援してきたティフォシが、アントネッリにも同じような声援を送るのかという点だった。

    決勝では、その忠誠心を測る格好の場面が訪れた。

    シャルル・ルクレールがクラッシュでリタイアしたことで、フェラーリ勢はハミルトンだけとなった。一方、後方から猛烈な勢いで順位を上げていたアントネッリは、そのハミルトンにも追いつき、オーバーテイクを決めた。

    しかし、イタリア人ドライバーが母国で7度のF1ワールドチャンピオンを抜いたにもかかわらず、スタンドの反応は意外なものだった。

    BBC Sportのロレイン・マッケンナは、モンツァの現地の様子について次のように伝えている。

    「モンツァのメディアセンターはスタート/フィニッシュストレートのすぐ後ろにあり、ルイス・ハミルトンの唯一残ったフェラーリがグランドスタンドの前を通過するたびに、大きな歓声が響いていた」

    「しかし、イタリア人のキミ・アントネッリが7度のワールドチャンピオンをオーバーテイクすると、観客は(ほぼ)静まり返った」

    アントネッリが勝利した際の熱狂とは対照的な反応だった。

    ただし、ティフォシがアントネッリを歓迎していなかったわけではない。その直後、アントネッリがオスカー・ピアストリのマクラーレンを抜いて3番手に浮上すると、今度は拍手が沸き起こったという。

    「その数分後には拍手が起きた。アントネッリがオスカー・ピアストリのマクラーレンを抜いて3番手に上がった動きを、建物の中にいた地元の人々も大いに喜んでいた。勝負開始だ」

    つまり、アントネッリへの母国の支持は確実に高まっているものの、直接フェラーリと争う場面ではティフォシの伝統的な忠誠心が勝った格好だ。

    アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ)

    ハミルトンは最終的に6位でフィニッシュ。フェラーリにとってはルクレールのリタイアも重なり、2020年に2台ともリタイアして以来となる厳しいモンツァでの結果となった。

    一方のアントネッリは19番手から優勝という劇的なレースで母国ファンを沸かせ、F1タイトル獲得へ向けても大きな一勝を挙げた。

    アントネッリ自身もレース前から、イタリアのファンの多くは依然としてフェラーリを応援するだろうと予想していた。今回のハミルトンとのバトルで見せたスタンドの反応は、その見方を裏付けるものとなった。

    それでも、アントネッリがタイトル争いを続け、イタリア人F1王者誕生への期待がさらに高まれば、ティフォシとフェラーリ、そして新たな母国の英雄との関係は今後変化していく可能性がある。

  • ミハエル・シューマッハ F1初王座の1994年を描くNetflix新作 予告編公開

    ミハエル・シューマッハ F1初王座の1994年を描くNetflix新作 予告編公開

    ミハエル・シューマッハがF1で初のワールドチャンピオンに輝いた1994年シーズンを描くNetflixの新作ドキュメンタリー『Schumacher ’94: The Birth of a Legend(シューマッハ’94:伝説の誕生)』の予告編が公開された。

    作品は10月2日にNetflixで配信予定。アイルトン・セナとローランド・ラッツェンバーガーの死、ベネトンをめぐる疑惑、デイモン・ヒルとのタイトル争いなど、F1史上屈指の激動のシーズンを、妻コリーナ・シューマッハをはじめとする関係者の証言とともに振り返る。

    F1史に残る1994年シーズンを描く
    『Schumacher ’94: The Birth of a Legend』は、2021年に公開されたドキュメンタリー『Schumacher(シューマッハ)』に続き、7度のF1ワールドチャンピオンを題材とするNetflixの新たな作品となる。

    1994年は、F1の歴史において大きな転換点となったシーズンだった。当時25歳だったシューマッハは、開幕戦ブラジルGPで勝利。その後もベネトンを駆ってタイトル争いをリードし、最終的に自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

    一方、そのシーズンは大きな悲劇にも見舞われた。サンマリノGPの週末にはラッツェンバーガーとセナが相次いで事故死。その衝撃はF1界全体を揺るがし、現在に至るまで語り継がれている。

    さらにベネトンには技術規則違反をめぐるさまざまな疑惑が持ち上がったが、不正が立証されることはなかった。そしてタイトル決定戦となった最終戦オーストラリアGPでは、シューマッハとヒルがアデレードで接触。両者がリタイアしたことで、シューマッハがわずか1ポイント差で初タイトルを手にするという物議を醸す結末を迎えた。

    ミハエル・シューマッハ

    コリーナ夫人が当時のシューマッハを語る
    公開された予告編では、妻のコリーナ・シューマッハが重要な証言者として登場する。そのほか、当時ベネトンを率いていたフラビオ・ブリアトーレ、バーニー・エクレストン、元マネージャーのウィリー・ウェーバー、元F1ドライバーのデビッド・クルサードらも出演し、当時のシューマッハについて語っている。

    Netflixは作品について次のように紹介している。

    「1994年はF1の歴史における転換点となった。25歳のミハエル・シューマッハは、シーズン開幕戦のブラジルGPで勝利を収め、前例のないキャリアへの第一歩を踏み出した」

    「F1史上最もドラマチックでエキサイティングなシーズンのひとつである1994年には、アイルトン・セナの死亡事故をはじめ、操作をめぐる疑惑や不公正なドライビングに関する批判など、大きな出来事が相次いだ。同時に、本格的な『シューミ・マニア』が巻き起こった」

    「ミハエル・シューマッハの妻コリーナ・シューマッハをはじめ、彼に近かった人々が当時を振り返る。彼らが記憶しているのは、サーキットでは妥協を許さないファイターでありながら、コースを離れれば繊細で共感力に富んだひとりの男性だった」

    「常に彼を精神的に支えてきたコリーナ・シューマッハは、今も続く特別なラブストーリーがどのように始まったのかについても明かしている」

    10月2日にNetflixで配信
    『Schumacher ’94: The Birth of a Legend』は10月2日にNetflixで配信される。これは、シューマッハが2006年中国GPで自身最後となるF1通算91勝目を挙げてから20周年を迎える翌日にあたる。

    シューマッハに関連する映像作品としては、短編映画『The Kaiser』も10月に公開予定となっている。初タイトルを獲得した1994年の激闘と、その裏側にいたひとりの人間としてのシューマッハを、家族や当時を知る関係者の証言から描き出す作品となる。

  • ニコ・ヒュルケンベルグ リアム・ローソンの走りを批判「押し出すのが彼の十八番」

    ニコ・ヒュルケンベルグ リアム・ローソンの走りを批判「押し出すのが彼の十八番」

    ニコ・ヒュルケンベルグは、2026年F1イタリアGPで接触したリアム・ローソンのドライビングを批判し、並びかけた相手をコース外へ押し出そうとするのは「彼の十八番」だと語った。

    レース再開後、ヒュルケンベルグとローソンはターン4でバトルを展開。ヒュルケンベルグがコース外へ押し出される形となり、この一件はスチュワードの審議対象となった。ローソンには黒白旗が提示されたものの、それ以上のペナルティは科されなかった。

    一方、ローソンは接触によってフロントウイングにダメージを負い、交換のためにピットインを余儀なくされた。この修復で約30秒を失い、最終的には14位。ヒュルケンベルグは12位でチェッカーを受けた。

    「クルマ1台分のスペースを残そうとしない」
    レース後、ローソンとの一件について尋ねられたヒュルケンベルグは、相手を外側へ追いやるような走りは今回に限ったことではないとの見方を示した。

    「リアム? そうだね、彼はとにかく相手を押し出すのが好きなんだ」

    「誰かが横に並ぶと、いつも押し出そうとする。クルマ1台分のスペースを残そうとは本当にしない。それが彼の十八番だね。別に悪感情があるわけじゃない。ただ、ちょっと厄介なんだ」

    ヒュルケンベルグはローソン個人に対する「悪感情はない」としながらも、今回のケースについてはスチュワードがより厳しく判断すべきだったと考えている。

    ニコ・ヒュルケンベルグ vs リアム・ローソン

    スチュワードの判断にも疑問「真剣に扱うべきだと話していた」
    ローソンに黒白旗が提示されただけで、それ以上の措置が取られなかったことについて、ヒュルケンベルグはドライバーズブリーフィングでの話し合いを引き合いに出した。

    「外から映像を見てみる必要はあるけど、ブリーフィングでは、こういうことは真剣に扱うべきだと話していた」

    「特にあのスピードだからね。クルマの中では、その瞬間はちょっと危ないと感じた」

    高速域での攻防だっただけに、ヒュルケンベルグは単なる激しいバトルとして片付けるべきではないと主張した。ローソン自身も接触によるフロントウイング交換で大きくタイムを失ったが、ヒュルケンベルグにとっては、結果以上に相手へ十分なスペースを残さないドライビングそのものが問題だったようだ。

  • メルセデスF1代表 ラッセルのタイヤ戦略を説明「変更のチャンスはなかった」

    メルセデスF1代表 ラッセルのタイヤ戦略を説明「変更のチャンスはなかった」

    メルセデスF1代表のトト・ヴォルフは、2026年F1第13戦イタリアGPでジョージ・ラッセルが勝利を逃す結果となったタイヤ戦略について説明した。

    ラッセルは終盤まで優勝争いを展開したものの、フレッシュなミディアムタイヤを履いたチームメイトのアンドレア・キミ・アントネッリに逆転を許して2位。ヴォルフは、結果的に2ストップ戦略が有利だったと認めながらも、ラッセルには戦略を変更する「チャンスがなかった」と語った。

    アントネッリは19番手から逆転優勝
    エンジン関連のペナルティによって19番グリッドからスタートしたアントネッリは、序盤のリスタートでリスクを避けながら着実に順位を上げた。

    レースが進むにつれてラッセルとの争いに加わり、メルセデスの2台は何度もポジションを入れ替える展開となった。

    そして終盤、ランス・ストロールがコース上でマシンを止めたことでバーチャル・セーフティカー(VSC)が導入されると、アントネッリはピットインして新品のミディアムタイヤに交換した。

    一方、ラッセルはレース再開前に装着したハードタイヤで走り続けることになった。タイヤの性能差を生かしたアントネッリは終盤にラッセルをオーバーテイクし、今季7勝目を挙げた。

    ラッセルは2位でフィニッシュし、ドライバーズランキングでは首位アントネッリとの差が66ポイントに広がった。

    ヴォルフ「2ストップが最善だとは考えていなかった」
    ヴォルフは、アントネッリの走りを高く評価するとともに、メルセデスが当初は2ストップ戦略の方が速いとは予想していなかったことを明かした。

    「彼は集中を切らさず、序盤のリスタートではリスクを冒さず、そこから1台ずつ抜いていった。素晴らしいドライブだった」

    「結果的には2ストップが最善だった。でも、我々はそうなるとは考えていなかった」

    「だから、それが彼にとってうまく機能した。だが、今日の彼を止められるものは何もなかった。本当にうれしく思っている」

    メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ

    ラッセルは「使い古した武器」で終盤を戦った
    ヴォルフは、2ストップが有利だと判明した段階では、ラッセルの戦略を切り替える余地がなかったと説明した。

    「もちろん、ジョージは最後には使い古した武器で戦っていた」

    「だから、ワンツーという結果には本当に満足している。彼はハードを履いていた。我々は1ストップで行く必要があり、変更するチャンスはなかった」

    結果としてメルセデスはアントネッリとラッセルによるワンツーフィニッシュを達成したが、同じ戦略を採っていれば勝者が入れ替わっていた可能性も残った。

    アントネッリは19番手からの逆転で母国イタリアGP初優勝を飾り、タイトル争いでもリードを拡大。対するラッセルにとっては、終盤のVSCとタイヤ戦略が勝敗を分ける形となった。

  • フェラーリF1 チームオーダー方針転換か バスール代表が検討を示唆

    フェラーリF1 チームオーダー方針転換か バスール代表が検討を示唆

    フェラーリF1のチーム代表フレデリック・バスールは、2026年F1イタリアGPを経て、ルイス・ハミルトンとシャルル・ルクレールの間でチームオーダーを導入する可能性について話し合う考えを示した。

    これまでバスールは、シーズン途中で一方のドライバーを優先することに慎重な姿勢を貫いてきた。しかし、モンツァでルクレールがリタイアし、ハミルトンとのポイント差が36点に拡大。

    さらに決勝1周目には両者が接触する場面もあり、フェラーリは今後のタイトル争いを見据えてドライバー間の運用を改めて検討する局面を迎えている。

    モンツァの1周目でハミルトンとルクレールが接触
    チームオーダーをめぐる議論が再び注目された直接のきっかけは、F1イタリアGP決勝のオープニングラップだった。

    ハミルトンは第1シケインのターン1でルクレールのイン側に入り、ターン2ではアウト側に並んだ。しかし、ルクレールとの攻防でコース外のグラベルへ押し出される形となり、ハミルトンは10番手まで順位を落とした。

    これによってフェラーリは、2台を使って戦略的にレースを組み立てる機会を事実上失った。その後、ルクレールは次の周にクルバ・アルボレート(パラボリカ)で激しくクラッシュし、レースを終えている。

    レース後、バスールは1周目の一件について、まずドライバー本人たちと話をしたいとの姿勢を示した。

    「ルイスとは2秒くらい話したが、シャルルとはまったく話していない。だから、この件について話し合う時間はまだなかった」

    何が起きたと考えているのかと問われても、バスールは評価を控えた。

    「いや、まず君たちと話すより先に、彼らと話をしたい」

    チームオーダーに慎重だったバスール
    バスールはこれまで、ハミルトンとルクレールのどちらかを明確に優先するチームオーダーの導入には慎重だった。

    その考えを説明する際には、前年のマクラーレンを例に挙げている。シーズンの同じ段階でオスカー・ピアストリを明確に優先していれば、結果としてマックス・フェルスタッペンにF1ドライバーズタイトルを渡すことになっていた可能性があるというのがバスールの見方だった。

    つまり、タイトル争いの可能性を持つ2人のドライバーがいる段階で、早々に一方へチームのリソースを集中させることにはリスクがあるという考えだ。

    フェラーリもこれまで、ハミルトンとルクレールを基本的に対等な立場で競わせてきた。

    スクーデリア・フェラーリ

    ハミルトンとルクレールの差は36ポイント
    しかし、F1イタリアGPを終えて状況は変化しつつある。

    ルクレールがモンツァでノーポイントに終わったことで、ハミルトンのリードは36ポイントまで拡大した。シーズンが終盤へ向かうなか、この差はフェラーリがドライバーズ選手権を戦ううえで無視できないものになりつつある。

    そのためバスールは、これまでの慎重な姿勢から一歩踏み込み、今後のチームオーダーについてハミルトン、ルクレールと話し合う可能性を示唆している。

    一方で、ハミルトン自身はチームオーダーを導入するのであれば、すでにタイミングを逸しているとの考えを持っている。

    フェラーリにとって問題となるのは、単純な36ポイントという数字だけではない。モンツァではスタート直後に2台が直接争ったことでハミルトンが大きく順位を落としており、タイトル争いが佳境に入るなかで同様の事態を繰り返すリスクも浮き彫りになった。

    バスールはイタリアGP直後の段階では具体的なチームオーダー導入を明言していない。それでも、まず両ドライバーと話し合う姿勢を示したことは、これまで対等な競争を重視してきたフェラーリが今後の運用を再検討する可能性を示すものとなった。

  • フェルナンド・アロンソ ホンダF1に注文「シャシーは非常にいい。次はエンジン」

    フェルナンド・アロンソ ホンダF1に注文「シャシーは非常にいい。次はエンジン」

    フェルナンド・アロンソは、2026年F1第13戦イタリアGPを終え、アストンマーティンのシャシーについて「非常にいい」と評価する一方、ホンダ製パワーユニットにはさらなる改善が必要だと注文をつけた。

    ハンガリーGP以降、AMR26Bのシャシーと空力面では明確な改善が見られている。しかし、エンジンパワーが重要になるモンツァでは再び苦戦。

    アロンソはストレートでの大きなロスを指摘し、2027年に向けて「今度はエンジンでも同じことをしなければならない」と語った。

    AMR26Bで改善したアストンマーティン
    シーズン序盤のアストンマーティンは、シャシーと空力、ホンダ製パワーユニットの双方に問題を抱えていた。パワーユニットは出力だけでなく、信頼性やドライバビリティにも課題があり、車体側も十分な競争力を発揮できていなかった。

    状況が変化したのはハンガリーGPだった。アストンマーティンは大幅に改良されたAMR26Bを投入し、シャシーと空力性能を向上。さらにオランダGPではホンダが改良型パワーユニットを投入した。

    ザントフォールトでは、アロンソが18番グリッドから9位まで挽回。戦略が機能しただけでなく、レースペースでも中団勢の中で高い競争力を示し、車体側の進歩が結果として表れた。

    しかし、ストレート区間が長く、パワーユニット性能の影響が極めて大きいモンツァでは状況が一変した。

    モンツァで露呈したホンダF1の出力不足
    アストンマーティンはイタリアGPで後方に沈み、アロンソとランス・ストロールは主にキャデラック勢との争いを強いられた。

    アロンソは、その原因について明確にパワー不足を挙げている。

    「ストレートで大きく不足していて、そこで全部失っている。データは誰でも見られる。僕たちは何も見えていないわけではないし、全員が同じデータを見ている」

    「パワーが必要だ。でも、僕たちはお互いに支え合っているし、来年に向けて明確な目標がある」

    今後も同じ弱点が表面化するサーキットがあるとアロンソは予想している。

    「ラスベガスも似たような状況になるだろうし、おそらくバクーもそうだ。こういう長いストレートでは僕たちの弱点が露呈する」

    「シンガポールやオースティンのように、もっと楽しめる週末もあるだろう。他のグランプリから学んで、来年はストレートでもっと強くなって戻ってきたい」

    ドライバビリティは改善も「モンツァではパワーが必要」
    ホンダがオランダGPに投入した改良型パワーユニットでは、性能と信頼性について一定の目標を達成した一方、ドライバビリティには改善の余地が残されていた。

    アロンソはイタリアGPで、その部分について進歩があったことを認めている。

    「改善した。でも、それがもっとニュースになるのはマドリードやシンガポールのような、多くの場所で全開にならないコースだろう。モンツァでは何よりもパワーが必要だ」

    低速域や部分負荷での扱いやすさについては改善が進んでいるものの、モンツァでは絶対的な出力性能が重要だったため、その進歩だけでは不足を補えなかった。

    フェルナンド・アロンソ(アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム)

    ホンダF1は2027年開幕へ「もう一段大きなステップ」
    ホンダ・レーシングF1のチーフエンジニアを務める折原伸太郎は、現在のパワーユニットについて開発ロードマップがすでに定められていると説明する。

    ただし、2026年シーズン中に大規模なアップデートを投入する予定はない。焦点は2027年仕様のパワーユニットに移っている。

    「エンジンを開発するためのロードマップがあります。そのロードマップに基づき、2027年の開幕戦に向けて、もう一段大きなステップを踏む予定です」

    「開幕戦までにすべての差を取り戻せるかどうかを言うのは難しいですが、それまでにギャップを縮めるための作業を続けています。ただ、以前にも申し上げたように、今年は大きなアップデートを予定していません」

    ホンダにとって、残る2026年シーズンは現在のパワーユニットから可能な限り多くのデータを収集しながら、2027年に向けた改善を進める期間となる。

    アロンソ「シャシーでは進むべき方向を見つけた」
    アストンマーティンにとって今季残りのレースでは、パワー依存度の低いサーキットでポイント獲得を狙いつつ、苦手なコースでも2027年につながるデータを蓄積することが重要になる。

    アロンソも目先の結果だけを追うつもりはない。

    「もう1ポイント獲得できるチャンスがあれば、それは素晴らしいことだ。そうでなくても問題ない。2027年をもっといいシーズンにするという僕たちの考え方や決意は変わらない」

    「チームとして、僕たちが本来いるべきだと考えている位置にはまだいない。すべてが登らなければならない山だ。改善しなければならないことがたくさんあるのは分かっている」

    一方で、シャシーについては今後の開発に対する手応えを得ている。

    「シャシーについては、来年に向けて改善するために取り組むべき方向性を見つけられたと思う。シャシーは非常にいい。それはハンガリーとザントフォールトで確認できた。今度はエンジンでも同じことをしなければならない」

    AMR26Bによって車体側の改善が明確になったことで、アストンマーティンとホンダが次に克服すべき課題も鮮明になった。モンツァで露呈したストレートでのパワー不足をどこまで解消できるか。2027年に向けて、ホンダのパワーユニット開発が大きな焦点となる。

  • レッドブルF1の名車RB8が地下鉄に変身 マドリードの線路を実走

    レッドブルF1の名車RB8が地下鉄に変身 マドリードの線路を実走

    レッドブル・レーシングが、F1スペインGPを前に再びユニークな企画を実現した。2012年にF1世界選手権を制した名車「RB8」を“列車”へと改造し、マドリード地下鉄の線路上を実際に走行させた。

    F1は今週末、1981年以来45年ぶりにマドリードでグランプリを開催する。新設されたマドリンクでのF1スペインGPを盛り上げるため、レッドブルはセバスチャン・ベッテルが2012年のドライバーズタイトルを獲得したRB8を、地下鉄網を走行できるマシンへと変身させた。

    2012年王者RB8を地下鉄仕様に改造
    今回のプロジェクトでは、F1マシンを鉄道のレール上で走らせるという異例のエンジニアリング課題に挑戦。RB8には専用設計された金属製ホイールが装着され、その重量は29.8kgに達した。

    ステアリング操作で自由に進路を変える通常のF1走行とはまったく異なり、金属製ホイールをレールに載せることで、RB8を文字通り“F1列車”へと変貌させた。

    ドライバーを務めたのは、元F1ドライバーで現在レッドブルのヘリテージ活動にも参加しているパトリック・フリーザッハー。アトレティコ・マドリードの本拠地近くにあるエスタディオ・メトロポリターノから、サセダルおよびチャマルティンの車両基地へと続くマドリード地下鉄の線路をRB8で走行した。

    レッドブル・レーシング RB8

    フリーザッハー「F1マシンで線路を走るなんて非現実的だった」
    これまでにもレッドブルのヘリテージチームでさまざまなF1マシンを走らせてきたフリーザッハーだが、地下鉄の線路をF1マシンで走る体験は別格だったと振り返った。

    「信じられないような経験だった。ヘリテージチームでは幸運にもいろいろなことを経験させてもらってきたけど、F1マシンを鉄道の線路で走らせるなんて非現実的だったよ」

    「自分の経歴に“地下鉄運転士”を加えられるのはすごくクールだね」

    レッドブルはこれまでもF1マシンを使った大胆なプロモーション企画を数多く展開してきたが、今回はマドリードの象徴的な交通インフラそのものを舞台に選択。F1スペインGPを前に、チャンピオンマシンRB8が地下鉄の線路を駆け抜けるという異色の光景を作り出した。

  • マクラーレンF1 ノリスとピアストリの同士討ちを容認「レースをさせる方が重要」

    マクラーレンF1 ノリスとピアストリの同士討ちを容認「レースをさせる方が重要」

    マクラーレンは、2026年F1イタリアGP終盤にランド・ノリスとオスカー・ピアストリが激しく4位を争った場面について、チームオーダーを出さなかった判断を擁護した。アンドレア・ステラ代表は、同じマシン、同じタイヤ条件で走る2人の争いに介入する必要はなかったと説明している。

    一方で、2人を自由に戦わせたことで前を走るマックス・フェルスタッペンを攻略するチャンスを失った可能性については、レース後に検証する方針を示した。

    ノリスが芝生に押し出されたと訴えた際の攻防についても確認したが、ステラは「その瞬間に見えたほど深刻なものではなかった」との見解を示している。

    ノリスとピアストリが終盤に4位を巡って激突
    マクラーレン勢は、予選でピアストリが3番手から6番手に降格し、ノリスが8番手からスタート。決勝ではともに順位を上げ、終盤には3番手を走るフェルスタッペンの直後まで迫った。

    48周目、ノリスがまずピアストリをかわしたものの、ピアストリが反撃。その後も2人の接近戦は続き、51周目には大きな緊張が走った。

    ノリスはクルバ・グランデでピアストリのアウト側から仕掛けたが、ピアストリが左へ寄せてポジションを守ったことで、ノリスは左側のタイヤを芝生に落とした。

    ノリスは無線でピアストリにコース外へ押し出されたと訴え、マクラーレンもピアストリに対してクリーンなバトルを続けるよう伝えた。

    それでもチームは順位を固定することなく、2人に自由に争わせた。最終的にはノリスがファイナルラップで4位を奪い返し、ピアストリが5位でチェッカーを受けた。

    ステラ「介入する必要はないと考えた」
    アンドレア・ステラは、マクラーレンがチームオーダーを出さなかった理由について、ノリスがフェルスタッペンを追うためには、まず自力でピアストリを抜く必要があったと説明した。

    「この状況では、ランドがマックスに挑戦するチャンスを得るためには、まずオスカーを抜けなければならないと考えていた」

    「そして2台は同じタイヤで、タイヤの使用年数も同じ、マシンも同じだった。だから、レースの自然な展開に介入する必要はないと考えた。我々は彼らにレースをさせた」

    「それが正しい判断だったと考えている。全体的に見ればマックスの方が速かったと思う。モンツァではスリップストリームを失うと、後ろの相手からポジションを守るためにエネルギーを使わなければならなくなる。彼はそういう状況に陥っていただけだ」

    結果的にノリスとピアストリは4位と5位に終わり、フェルスタッペンを攻略することはできなかった。

    同士討ちでフェルスタッペン攻略の機会を失った?
    ステラは、2人を争わせたことでタイムを失い、フェルスタッペンに仕掛ける可能性を自ら小さくしたのではないかという点については、検証が必要だと認めた。

    「互いに戦い始めれば、当然ながらタイムを失う可能性がある」

    「では、マクラーレンがフェルスタッペンと戦うために、もっと良い方法があったのか。それについては検証する」

    「ピットウォールから見て、それは明白ではなかった。我々としては、自分たちのレース哲学に従い、彼らにレースをさせることの方が重要だと考えた」

    マクラーレンはドライバー同士を可能な限り自由に競わせる方針を掲げており、今回もその原則を優先した形だ。

    ノリスの芝生走行「見た目より穏やかな出来事」
    ノリスが芝生にタイヤを落とした場面についても、ステラは映像を確認した結果、重大な問題とは捉えていない。

    「ランドが芝生にタイヤを落とした瞬間、彼は無線で『押し出された』というようなコメントをしていた」

    「だが実際に確認してみると、その瞬間の緊張感の中で見えたものより、はるかに穏やかな出来事だったと思う」

    「もちろん、これは検証する。そして、このようなレースをどのように行うべきなのかという文脈の中でも検証する」

    アンドレア・ステラ マクラーレン F1

    ノリス「ピアストリは何も悪くなかったと思う」
    レース直後のノリス自身も、無線で示した不満からトーンを変え、ピアストリに問題があったとは考えていないと語った。

    「映像を見ないといけない。でも、正直なところ、そうではないと思う。マシンに乗っていると、すべてが本当に一瞬で起きるからね」

    「僕が少し左に動いて、彼が右側に戻ってきて、そのあと真っすぐにした。だから、ときには何かされたような感覚になることもある。でも、彼が何か悪いことをしたとは思っていない」

    「いい激しいバトルだった。僕たち2人ともいいレースをしたし、楽しかった。僕にとって4位で終えられたのは、今日はいい結果だった」

    「だから満足している」

    ピアストリもレース後、最終的にポジションを失ったものの、ノリスとの攻防を良いバトルだったと振り返っている。

    予選ではピアストリがリアム・ローソンを妨害したことで3番手から6番手へ降格し、ノリスも8番手にとどまったが、決勝では4位と5位まで挽回した。ステラは予選よりもレースでチームの力を引き出せたと評価する一方、モンツァ特有のストレート性能が要求される状況では、上位を走ったメルセデス勢に挑むだけのペースはなかったと認めている。

    マクラーレンにとって今回の焦点は、ノリスとピアストリの接触寸前の攻防そのものだけではない。ドライバーを自由に競わせるというチームの基本方針を維持しながら、前方のライバルを攻略するためにどこまで戦略的な介入を行うべきなのか。ステラはイタリアGPでの一件を材料に、そのバランスを改めて検証することになる。

  • カルロス・サインツJr. F1スペインGPで原点回帰のスペシャルヘルメット

    カルロス・サインツJr. F1スペインGPで原点回帰のスペシャルヘルメット

    カルロス・サインツJr.は、母国で迎える2026年F1スペインGPに向けたスペシャルヘルメットを公開した。今回のデザインでは、自身が初めてカートレースに出場した2005年までさかのぼり、その原点を現在のスタイルで蘇らせている。

    サインツJr.にとって、マドリードで開催されるF1スペインGPは特別な一戦となる。そこで使用するヘルメットには、父カルロス・サインツSr.から受け継いだモータースポーツへの思いと、自身のキャリアの出発点が込められた。

    2005年の初カートからF1スペインGPへ
    サインツJr.が今回のスペシャルヘルメットのモチーフに選んだのは、2005年に初めてカートレースに出場した際に使用していたデザインだ。

    当時のヘルメットは、世界ラリー選手権(WRC)で活躍し、後にダカール・ラリーでも成功を収めた父カルロス・サインツSr.のヘルメットからインスピレーションを受けたものだった。

    それから20年以上が経過し、サインツJr.はF1ドライバーとして母国スペインの首都マドリードでレースを迎える。その節目に合わせ、最初のヘルメットデザインを現代風にアレンジして復活させた。

    サインツJr.は自身のSNSで、新しいヘルメットに込めた思いを説明した。

    「2005年の初めてのカートレースから、マドリードでの初めてのF1レースへ。このヘルメットでは、自分の原点に立ち返り、父のヘルメットからインスピレーションを受けた最初のデザインを復活させ、そこに今の自分らしさを加えたかった」

    「母国でこのヘルメットを初めて使うのが待ちきれないよ!」

    幼少期に父から影響を受けて作った最初のデザインから、F1ドライバーとして母国のグランプリを戦う現在まで。サインツJr.にとって今回のスペシャルヘルメットは、自身のレーシングキャリアの原点と現在を結びつける特別なデザインとなっている。

  • 角田裕毅 F1日本人最多125ポイントで小林可夢偉に並ぶ

    角田裕毅 F1日本人最多125ポイントで小林可夢偉に並ぶ

    角田裕毅が、2026年F1第13戦イタリアGPで10位に入り1ポイントを獲得。F1通算獲得ポイントを125点に伸ばし、小林可夢偉が記録した日本人ドライバー最多ポイントに並んだ。

    2021年にF1デビューした角田裕毅は、114戦(111スタート)で125ポイントに到達。次に1ポイントでも獲得すれば、小林可夢偉を抜いて日本人F1ドライバーの通算獲得ポイントで単独トップに立つ。

    角田裕毅が小林可夢偉の125ポイントに到達
    イタリアGPではレーシングブルズから出場した角田裕毅が10位でフィニッシュ。1ポイントを加え、F1での通算獲得ポイントは125点となった。

    これで角田裕毅は、日本人F1ドライバーの通算獲得ポイントで小林可夢偉と並んだ。

    日本人ドライバーでは両者の125点が最多で、佐藤琢磨の44点、中嶋悟の16点、中嶋一貴の9点、鈴木亜久里の8点、片山右京の5点、中野信治の2点と続いている。

    小林可夢偉は2009年から2012年、そして2014年にF1へ参戦。トヨタ、ザウバー、ケータハムで通算76戦(75スタート)を経験し、125ポイントを獲得した。

    一方、角田裕毅は2021年にアルファタウリからF1デビュー。その後レーシングブルズ、レッドブル・レーシングでレギュラードライバーを務め、2026年はリザーブドライバーに回った。しかし、アイザック・ハジャーの負傷を受けてオランダGPとイタリアGPにレーシングブルズから出場し、イタリアGPが通算114戦目となった。次戦スペインGPでもレーシングブルズから3戦連続で出場することが決定している。

    両者は通算125ポイント、優勝0回、ポールポジション0回、ファステストラップ1回という数字で並ぶ。一方、小林可夢偉には1回の表彰台があり、角田裕毅はまだF1で表彰台を獲得していない。

    もちろん、F1では時代によってポイント制度や年間レース数が異なるため、通算ポイントだけで単純に成績を比較することはできない。それでも、日本人ドライバーとして最多の125ポイントに角田裕毅が到達したことは、大きな節目となる。

    小林可夢偉は日本人最後のF1表彰台獲得者
    小林可夢偉は2009年F1ブラジルGPでトヨタからデビュー。わずか2戦の出場ながら印象的な走りを披露し、翌2010年からザウバーのレギュラーシートを獲得した。

    F1で特に評価されたのが、積極的なオーバーテイクだった。ブレーキングで大胆にインへ飛び込みながらポジションを奪うスタイルで存在感を示し、ルイス・ハミルトンもその能力を高く評価していた。

    「彼はいくつか素晴らしいオーバーテイクをしている。僕たちはかなり共通しているところがあると思う。ほかの人たちより大きなリスクを取ることを恐れないんだ」

    小林可夢偉のF1キャリア最大のハイライトとなったのが2012年日本GPだ。鈴鹿サーキットで3位に入り、自身初の表彰台を獲得。日本人ドライバーによる母国F1表彰台は大きな盛り上がりを呼んだ。

    そして2026年現在も、小林可夢偉はF1で表彰台を獲得した最後の日本人ドライバーである。

    2014年にケータハムから参戦したのを最後にF1を離れた後も、小林可夢偉はトヨタとともに耐久レースで活躍。FIA世界耐久選手権(WEC)やル・マン24時間レースを舞台にキャリアを築いている。

    小林可夢偉

    14歳か15歳だった角田裕毅を小林可夢偉が指導
    角田裕毅と小林可夢偉には、125ポイントという数字以外にも興味深いつながりがある。

    角田裕毅がF1デビューを果たした2021年、小林可夢偉は若き角田裕毅を以前から知っていたことを明かしている。角田裕毅がホンダの育成プログラムへ進む以前、トヨタのレーシングスクールを訪れた際に指導したという。

    「彼は良かったよ。ホンダのスクールに入る前だったと思うけど、トヨタのスクールに来ていて、僕が教えていたんだ。14歳か15歳くらいだったと思う」

    当時、小林可夢偉は角田裕毅の才能を評価する一方、F1で成功するためにはマシンやチームとの相性が重要になると語っていた。

    「彼はうまくやれると思う。ただ、マシンやチームとうまくマッチできるかどうかが大事になる」

    当時の角田裕毅は、2021年開幕戦バーレーンGPでF1デビューを果たしたばかりだった。そのデビュー戦で9位に入り、日本人ドライバーとして小林可夢偉以来となるポイントを獲得した。

    それから5年以上をかけてポイントを積み重ね、2026年イタリアGPでついに125ポイントに到達。かつて自身を指導した小林可夢偉の日本人最多記録に並んだ。

    次戦スペインGPでもレーシングブルズから出場する角田裕毅。次に獲得する1ポイントは126点目であると同時に、日本人F1ドライバーの通算獲得ポイント記録を更新する歴史的な1点となる。