カテゴリー: デビッド・クルサード

  • デビッド・クルサード 「引退を1年早まったかもしれない」

    デビッド・クルサード 「引退を1年早まったかもしれない」

    デビッド・クルサードは、F1からの引退が少なくとも1年は早すぎたと考えている。

    デビッド・クルサードは、厳しいテストやレース週末をもう1年経験するエネルギーがないと懸念して、2008年シーズン末にF1を引退した。

    しかし、2009年はシーズン中のテストが禁止されており、クルサードは、後任のセバスチャン・ベッテルのかわりにタイトル争いができたはずだと語る。

    「このようにプレッシャーの大きなスポーツでは、毎回体力を回復して、結果を出さなければならない。自分にそのエネルギーがあるか心配だったんだ」とクルサードは語る。

    「ご存知のようにレギュレーションが変わったので、これなら僕にもシーズンに対応するエネルギーはあっただろう」

    しかし、2005年のチーム誕生以来レッドブルに在籍していたクルサードは、チームのためにレースができないことを後悔してはおらず、レッドブルのコンサルタント兼テストドライバーという新しい役割に満足していると主張した。

    「レッドブルは立派な後継者を見つけたと思う。後手に回るよりも、先手に回る方がよかったんだ。最後まで自分の引退する時期に気付かないというよりもマシだからね」

    「僕はキャリアを通じて、最高のマシン、優勝できるマシンに乗るチャンスがあった。そして、数年前レッドブルに移籍して、チームの発展に協力した」

    「中団に留まったままでいるチームもあるけど、僕はスタッフと協力してレッドブルの積極的な発展に影響を与えたし、チームは毎年進歩していった」

    「チームの進歩とグランプリドライバーとしての僕の引退がたまたま同時に起こったが、良いマシンができたことに満足しているよ」

    「誕生したときから、このチームの進歩には僕の息がかかっている。だからチームで働く700人のスタッフと同じように僕もチームの一員だと感じている」

    現在、デビッド・クルサードは、BBCのF1解説者としての仕事があり、昨年には父親になり、F1の仕事もある。

    「引退してまだ6ヶ月だが、父親業とBBCの仕事とレッドブルのテストなどで大忙しだよ」

    また、有名なル・マン24時間レースに復帰することもあり得ると言う。

    「将来参戦したいと思ったら、可能性を検討してもいいかもしれないね」

  • デビッド・クルサード、シルバーストンの思い出を語る

    デビッド・クルサード、シルバーストンの思い出を語る

    レッドブルでF1親善大使を務めるデビッド・クルサードが、最後のシルバーストンGPを記念してシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    デビッド・クルサード
    まだレースを始める前の1990年にストウコーナーに立って、朝靄に包まれたマゴッツからハンガーストレートへ向かうフェラーリのV12エンジンを聞いていたのを思い出す。クルマが見える前からエンジン音が響き渡っていた。

    当時はエンジン音がそれぞれ大きく異なっていた。V12対V8だったので、もちろん、フェラーリが来るというのが分かった。あの背中がゾクゾクするような瞬間は忘れたことがない。

    自分のレースでは、シルバーストンで連続優勝したこと、特に2000年の優勝は特別な出来事だった。千年紀の年に優勝できるなんて、あと992年はないんだからね。だから、僕のあの記録はしばらくは破られないね! シルバーストンはハイスピードではまるチャレンジングなコース。選択の自由があるならば、ドニントンよりもシルバーストンのレースを選ぶね。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • デビッド・クルサード、アブダビGPのサーキットを見物

    デビッド・クルサード、アブダビGPのサーキットを見物

    デビッド・クルサードは、2009年F1最終戦アブダビGPが行われるサーキットを上空から見物した。

    今週末、レッドブル・エアレースのシーズン開幕戦がアブダビで開催される。

    そこで、中国に行く前にデビッド・クルサードはアブダビに寄り、レッドブル・エアレース・メディア・パイロットが操縦するツーシーター機でレッドブル・エアレースのパイロット達が経験するGフォースを体験しながら新しいサーキットをチェックしようということになった。

    「まだ作業は完全には終わっていないようだが、この国の建設作業の素早さには驚かされる」と、クルサードは言う。

    「空からサーキット全体を見ることができたし、以前にサーキットの模型も見たことがある。とても良いサーキットだと思う。もう、どんなレースになるか想像できるよ。まだ作業が終わっていないコーナーもいつかあるが、路面の舗装工事もほとんど終わっているようだ。運転するチャンスがあれば良かったんだけどね」

    ヘルマン・ティルケ設計のこのコースは全長5.6?。アブダビ近郊に位置し、遊園地、マリーナ、住宅地、ウォーターパーク、ホテルやビーチリゾートに隣接している。

    45分間のエキサイティングな飛行を終え、地上に降り立ったクルサードはこのようにコメントした。

    「最初のターンの時は、胃袋が足首の中に入ってしまうかと思った。逆転飛行が始まったら、胃袋が喉までせり上がってくるような感じだった」と、彼は言う。「最高の経験だった。空のF1カーみたいだけど、レーシングカーよりもずっとGが大きいね」

    開催日程:2009年 F1 アブダビGP

  • デビッド・クルサード 「FIAはディフューザーを承認する」

    デビッド・クルサード 「FIAはディフューザーを承認する」

    デビッド・クルサードは、来週火曜日に行わるディフュザーに関するFIAの公聴会でブラウンGP、トヨタ、ウィリアムズのディフューザーが合法と判断されると考えている。

    昨年、現役F1レーサーを引退したデビッド・クルサードは、レッドブルにアドバイザーとして残っており、今年はリザーブドライバーとして登録されている。

    レッドブルは、ディフューザーの合法性に疑問を呈しているチームのひとつだが、クルサードはFIAが抗議しているチームに対し、デザインが合法であると告げることを確信している。

    「僕はエンジニアではないので、FIAの技術の人たちの判断に委ねなければならない」

    「彼らはメルボルンでマシンが合法だと言っていたし、FIAは14日にその見解を発表するだろう」

    「他の7チームはマシンを変更しなければならないだろうね」

    問題のディフューザーに関する議論のひとつとして、それが合法と認められた場合、この世界的な不況のなかで、他の7チームがコストのかかるマシンの再設計を強いられることがある。

    「その通りだ。だが、だからといってディフューザーが違法ということにはならない」

    「ルールを違った角度から解釈し、それでアドバンテージを得たからといって、必ずしも罰せられるべきではない。3チームも空力の開発にお金をかけてきた。そのお金も無駄になることになる」

    「コスト節約だけがF1ではない。チャンピオンシップでもあるんだよ!」

  • デビッド・クルサード、レッドブルのリザーブドライバーとしてF1復帰

    デビッド・クルサード、レッドブルのリザーブドライバーとしてF1復帰

    デビッド・クルサードが、2009年シーズンの最初の数戦でレッドブルのリザーブドライバーを務めることが明らかになった。

    レッドブル・レーシングは、ブレンドン・ハートレーとリザーブドライバー契約を結ぶことを望んでいるが、ハートレーはまだ必要なスーパーライセンスを給付されていない。

    レッドブルは、ハートレーの事務手続きがここ数週間で処理されることを期待しているが、最初のフライアウェイレースでは、デビッド・クルサードをリザーブドライバーとして起用することを選んだ。

    デビッド・クルサードは、昨シーズン待つでF1から引退したが、BBCの解説者をする傍ら、アドバイザーとしてレッドブルに残っている。

  • デビッド・クルサード 「バトンのF1キャリアは終焉の危機」

    デビッド・クルサード 「バトンのF1キャリアは終焉の危機」

    ジェンソン・バトンが2009年シーズンのF1グリッドに並ぶことができなければ、バトンのF1キャリアは終わることを意味するかもしれない。そう語るのは、昨年F1を引退したデビッド・クルサードだ。

    デビッド・クルサードは、バトンのF1でのキャリアが危機にさらされていると主張する。

    「もちろん100%正しいことは言えないが、バトンが現状を打破するのはかなり難しいだろう。F1は気まぐれなビジネスだからね」

    仮にバトンが2009年にF1に参戦できなかった場合、2010年以降もF1にカムバックすることがほぼ不可能なのではないとクルサードは語る。

    「現在のF1にはたくさんの才能豊かなドライバーたちがステップアップしてきており、チーム側も若手ドライバーを起用する機会が多くなってきている」

    現在、旧ホンダF1トームは売却先を探している最中ではあるが、もしホンダが2009年シーズンに参戦するめどが立ったとしても厳しい戦いが待ち受けているだろうとクルサードは予想している。

    「2009年型マシンが2008年のマシンよりもいいものになっていることを願うだろうが、実際に最後尾チームとなるのは旧ホンダF1になると思う」

    ジェンソン・バトンは昨年にホンダ側と複数年契約を締結したが、その直後にホンダのF1撤退が決定している。

  • デビッド・クルサード、スコットランドのスポーツ長者番付で2位

    デビッド・クルサード、スコットランドのスポーツ長者番付で2位

    デビッド・クルサードは、スコットランドのスポーツ長者番付で2位となった。

    15年間にわたるF1レースを引退したクルサードは、2008年に1,300万ドル(約12億1,200万円)を稼いだとされている。

    クルサードは、モナコに所有するホテルへの投資や、レッドブルからの報酬、スポンサー契約により、スコットランドのスポーツ長者番付で2位につけた。

    トップは21歳のテニスプレーヤー、アンディ・マレーで1,820万ドル(約16億9,700万円)。3位は、740万ドル(約6億9,000万円)を稼いだゴルファーのコリン・モンゴメリー。

    レースドライバーで番付入りしたのはNASCARのダリオ・フランチッティだけで378万ドル(約3億5,200万円)。ナイトを受勲したオリンピックの自転車競技に出場したクリス・ホイは300万ドル(約2億7,900万円)で7位だった。

  • デビッド・クルサード、息子をデイトン君と命名

    デビッド・クルサード、息子をデイトン君と命名

    婚約者カレン・ミニエとの間に子供が誕生し、父親となったデビッド・クルサード。

    クルサードJr.は、予定より3週間早い金曜日に2,800gで誕生。それから数日後、3人はベルギー・ブリュッセル近郊の自宅へと帰宅した。

    クルサードJr.はデイトン(Dayton)君と名付けられた。

    デイトンという名前は、父親のデビッド・クルサードと同じく「DC」の略称を共有できるだけでなく、クルサード家の実業であるヘイトン・クルサード運送の名称とも関連があると思われる。

    クルサードは、「15年グランプリドライバーをやれたのは非常に幸運なことだったが、何物も彼の誕生の比較にはならない。13勝したこともその比較では完全に無意味のようだ。」とコメントしている。

    デイトン・クルサードのミドルネームは母親の姓からミニエとなっている。

    クルサードは、今年8月に「2028年にはフェラーリと契約するよ!」と冗談で語っていた。

    また、クルサードはレッドブル・レーシングでコンサルタントを続ける一方、来シーズンのF1を放送するBBCの解説者として元チーム代表エディ・ジョーダンとともにメイン・キャスターのジェイク・ハンフリーを補佐することが明らかになっている。

  • デビッド・クルサード、最後のF1シーズンを振り返る

    デビッド・クルサード、最後のF1シーズンを振り返る

    デビッド・クルサードが、最後のF1シーズンを振り返った。今シーズン、デビッド・クルサードはF1ドライバーとしての最後の表彰台を達成し、最も多くの成功を収めたイギリス人ドライバーとして15年に渡るF1での活躍を終えた。

    「対称的なことが好きな人ならば、僕のシーズンのスタートとフィニッシュには満足だろう。開幕戦のオーストラリアGPと最終戦のブラジルGPは第1コーナーのアクシデントで数百フィート走っただけでレースが終わったからね!」

    「僕にとっては素晴らしいシーズンじゃなかったことは、僕が言うまでもなく皆さんも承知していることだろう。しかし、ホームレースのシルバーストンで今年限りでヘルメットを置くことを発表したした、特別なシーズンだった」

    「僕が一番好きなレース開催地のひとつであるカナダが、僕のF1ドライバーとしての最後の1年のハイライトとなった。モントリオールでは表彰台に立つことができたからね。最後の表彰台となってしまったが、良い気分だった。優勝できればそれに越したことはなかったが、今シーズンのパッケージでは無理だっただろう」

    「しかし後悔はひとつもない。2009年からはピットウォールの反対側からレッドブル・レーシングに関わることになるので、楽しみだ」

    「2009年は他のビッグイベントのためもっと時間が使えるようになれば良いと思っている。初めてパパになる日がやって来るので」

  • クルサードJr.へのプレゼント

    クルサードJr.へのプレゼント

    ブラジルGPで246戦目となるF1キャリアの幕を閉じたデビッド・クルサード。レッドブルは、そんなクルサードに素敵なプレゼントを用意していた。

    決勝レースの3日前、デビッド・クルサードは、フォーミュラ・ウナを含むチームの全員をザ・ミュージアム・レストランのディナーに招待した。

    チーム・マネージャーのジョナサン・ウィートリーのスピーチが終わり、デビッドに最高にクールなお別れのプレゼントが贈られた。ガレージのメカニックたちが、ミニF1 ペダルカーを作ったのだ。そこには、レーシングスーツとプーマのレーシングブーツ、アライのヘルメットが添えられていた。全て、これから生まれてくるクルサードJr.のためのものだ。

    クルサードのラストレースは、わずか1コーナーで終わってしまった。クルサードは、チェッカーのあと、ファンの前でドーナツターンを披露する予定だったという。

    デビッド・クルサード 引退レース

    「とてもショックだ。最後のレースをこんな形で終わらせたくはなかった。」

    「チェッカーフラッグまでたどり着きたかった。普通ならば罰金ものだけれども、ファンのみんなのためにドーナッツをやるつもりだった。」

    「この4年間のレッドブル・レーシングのメンバー全員の努力にも感謝している。とても楽しい4年間だった。今後もチームと共に仕事を続けていくことを楽しみにしている。今週末のパドックのメンバーの気遣いには感動した。大勢の人々がわざわざ時間をとって「お疲れ様、これからも頑張って」と、声をかけてくれた。本当に嬉しかった。」

    「世界チャンピオンにはなれなかったけれども、それでも自分のキャリアに満足しているのだから、良い最後だと言えるだろう」

    ブラジルGP直前のデビッド・クルサードの記録

    デビッド・クルサードは245回のグランプリ出場を果たし、13優勝を達成した。表彰台62回、最速ラップタイム記録18回、ポールポジション12回、選手権最高成績2001年2位、535ポイントを獲得。これまでに所属したチームは3チーム。フロントローからのスタート37回、インタビューを受けた回数55400回、使用したレーシングスーツ160着、ヘルメット140個、グローブ85双、宇宙服1着。彼のミドルネームはマーシャル。トレーニングに費やした時間31,332時間。スーパーマンのコスチュームで表彰台に上った唯一のドライバー。飛行機に乗った回数1927回、これまでのチームメイトは7人。DC赤ちゃん用品を売る自分のミュージアムを所有。ランチにチキンを食べた回数432回、ファッションショー出演22回、ニューヨークの警察官の服装1回。