カテゴリー: アイルトン・セナ

  • デビッド・クルサード 「フェルスタッペンの姿勢はセナやシューマッハを彷彿」

    デビッド・クルサード 「フェルスタッペンの姿勢はセナやシューマッハを彷彿」

    元F1ドライバーにデビッド・クルサードは、2021年のF1ワールドチャンピオンに輝いたマックス・フェルスタッペンは、アイルトン・セナやミハエル・シューマッハと同じタイムの“華々しさ”と“争いの種”になるドライバーだと語る。

    マックス・フェルスタッペンは、シーズンの初めから終わりまで論争に満ちたルイス・ハミルトンとの激しいタイトル争いを制し、自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

    それらの論争は必ずしもマックス・フェルスタッペンのドライビングに関連していたわけではないが、彼のやや攻撃的なスタイルは、2015年にF1グリッドに参加して以来、常に議論の的となっていた。

    デビッド・クルサードは、マックス・フェルスタッペンの“華々しさ”と“争いの種”という側面は、アイルトン・セナとミハエル・シューマッハを彷彿とさせると語る。

    「彼は並外れた人間であり、並外れたアスリートだ」とデビッド・クルサードはChannel 4に語った。

    「彼は華々しく、争いの種だ。他に誰がいる? ほんの数例を挙げれば、アイルトン・セナとミハエル・シューマッハだ。それをすることができるのは数名だ」

    「ルイスに公平を期せば、彼は非常にクリーンな方法で驚くべき数のチャンピオンシップに勝つことができた。彼が物議を醸すことはあまりない」

    「メルセデスとルイスの力によって、マックスは間違いなく別のアプローチをとらなければならなかった。彼のアプローチは、ドアが部分的に開いているときはいつでも躊躇することはない」

    「そして、ルイスは彼が来ることを知っているのでドアを開け続けなければならない。それがルイスの精神にあることだ」

    マックス・フェルスタッペンのオーバーテイクは特に物議を醸しており、多くの人が攻撃的すぎて、FIAによって十分に厳しく罰せられていないと感じている。

    だが、デビッド・クルサードは、そのような動きをするときのマックス・フェルスタッペンの勇気と献身を賞賛し、そこが彼の最も印象的なことだと考えている。

    「マックスはそれのために戦わなければならなかったし、ずっと勝者だったが、F1に入るためにいくつかの低いフォーミュラをスキップした」とデビッド・クルドードは付け加えた。

    「彼は誰も恐れていない。それは彼の精神の一部ではない。私が最も印象的だと思うのは、ギャップがあれば、彼は躊躇しないことだ。そこには疑いさえない」

    「私がレースをしていたときは『今リスクを冒すべきか、リスクを冒さないべきか』を検討していた。彼はまったく躊躇わない。本当に特別だ」

    物議を醸す状況でタイトルを獲得したマックス・フェルスタッペンだが、チームプリンシパルと同僚のF1ドライバーの両方の投票で今シーズンの最高のパフォーマーに輝いた。

  • アラン・プロスト 「アイルトン・セナにF1引退を取り消すよう懇願された」

    アラン・プロスト 「アイルトン・セナにF1引退を取り消すよう懇願された」

    アラン・プロストは、アイルトン・セナが自分のパフォーマンスレベルを維持するためにF1引退を取り消すよう彼に懇願したと語る。

    アイルトン・セナとアラン・プロストという2人のF1ワールドチャンピオンのライバル関係は、F1史上最も偉大で激しいものとして永遠に記録されている。だが、アラン・プロストがF1キャリアに終止符を打つ決断をしたとき、アイルトン・セナはそれを受け入れる準備ができていなかった。

    1993年のオーストラリアGPがアラン・プロストのF1での最後のレースだったが、マクラーレンから1994年のオファーがあり、アイルトン・セナはプロストがそれを受け入れることを切望していた。

    アラン・プロストは、アイルtン・セナが自分にレーザーの焦点を合わせていたため、F1グリッドに自分がいなくなったことで不安定になったと語る。

    「アイルトンは僕たちの挑戦に110%焦点を当てていた」とアラン・プロストはニコ・ロズベルグのYoutubeチャンネルでのインタビューで語った。

    「私が彼にそれほど集中していなかったが、彼の最大のモチベーションは、ほぼ私を倒すことだった。このため、私が1993年に引退した後のセナは決して同じではなかった。彼が我々の競争で築き上げてきた鎧はなくなり、彼は不安定に見えた」

    「1994年に、エンジンサプライヤーとしてプジョーに乗り換えたマクラーレンからオファーを受けていた1993年シーズンの最後のGPから2日後、セナは私にそれを受け入れるよう求めてきた。『アラン、あなたはF1に留まらなければならない。他のドライバーの中であなたのように僕をやる気にさせる人は誰もいない。本当にセンセーショナルだった』とね」

    アラン・プロストとアイルトン・セナは、1988年と1989年にマクラーレンのチームメイトであり、マクラーレンは両方でコンストラクターズタイトルを獲得した。セナは1988年にドライバーズチャンピオンを獲得し、1989年はプロストがタイトルを獲得した。

    アイルトン・プロストは、間違いなく“誰もが”アイルトン・セナを好んでいたと感じており、シャルル・ルクレールが2019年にフェラーリに加わったときの状況に例えた。ルクレールは、セバスチャン・ベッテルのナンバー1のステータスを打ち負かし、ベッテルは次のシーズンの終わりにチームを去った。
    「彼をチームメイトに選んだことを後悔していない」とアラン・プロストは振り返った。

    「チームの利益を考えたが、すでに最初のシーズンで、全員がアイルトンを好んでいるように感じた」

    「世間はセナと私の間で分かれていて、私は悪者と見なされていた。その上、彼は年上の運転手であったが、彼は進歩している若い男だった」

    「フェラーリでルクレールとベッテルに起こったことと少し似ている」

    アイルトン・セナが1994年にイモラで悲劇的に命を落とす前に、セナとアラン・プロストは激しいライバル関係は、最終的に友達に変わっていた。プロストは、それが彼らの物語の“最も美しい遺産”だと語る。

    そして、アラン・プロストは、今ではブラジルはライバルな領土ではなく、彼の“第二の故郷”のようになっており、彼の人生はアイルトン・セナと関連していると語った。

  • ジャン・トッド 「1994年にアイルトン・セナのフェラーリF1加入を拒否した」

    ジャン・トッド 「1994年にアイルトン・セナのフェラーリF1加入を拒否した」

    元フェラーリF1のチーム代表を務めるジャン・トッドは、1994年に先駆けてチームに加入したいというアイルトン・セナの打診を拒否したことを明らかにした。

    アイルトン・セナのフェラーリF1加入は“決して怒らなかった夢のF1移籍”リストで常に登場するが、1994年に実現する可能性があった。

    当時、フェラーリF1のチーム代表だったジャン・トッドは、1994年のジャン・アレジとゲルハルト・ベルガーとの契約を尊重したかったため、その移籍は実現しなかったとbeIN Sportsに説明した。

    「私がフェラーリに到着してから数週間後、モンツァの週末に滞在していたコモ湖のホテルでアイルトン・セナと会った」とジャン・トッドは語った。

    「私は1995年にフェラーリへの移籍をオファーしたが、彼は1994年を望んでいた。我々はすでにジャン・アレジとゲルハルト・ベルガーの2人のドライバーが契約していたので、彼の要求に応えられなかった。アイルトンが理由を尋ねたとき、私は彼に状況を説明した」

    「彼は諦めず、F1では契約は重要ではないと言ったが、私としては契約は尊重しなければならないと答えた」

    「それで我々は彼に1995年の契約をオファーした。だが、残念ながら、我々は何が起こったのかを知っている」

    「私がフェラーリに入社したとき、シャシーの担当者はエンジンのせいで勝てなかったと言い、他の人はシャーシが問題だと言い、また他の人はドライバーが責任だったと言っていた。だから、私はトップドライバーが欲しかった」

    「私は自分自身に言い聞かせた。我々には排除できる変数がある。我々が世界で最高のドライバー、または少なくともすでにワールドチャンピオンを獲得したことのあるドライバーを獲得できれば、言い訳を排除できるとね」

    「セナがいたら、誰もドライバーのせいにはできなかっただろう。それが、後でミハエル・シューマッハを獲得した理由だ」

    また、ジャン・トッドは、フェラーリF1は栄光の日々を取り戻すという大きな課題を抱えていたため、人々は自分にフェラーリF1には絶対に参加しないようにと言っっていたと回顧する。

    それは長いプロセスだったが、最終的にはフェラーリのF1史上最も支配的な時代の1つにつながるプロセスだった。

    「誰もが、行くべきではないと私に言っていた。不可能なミッションだとね。だが、それが私をやってみようという気持ちにさせた」

    「簡単ではなかった。1993年7月1日にフェラーリに参加し、1999年に最初のコンストラクターズワールドチャンピオンシップで獲得したので、到着してからかなり時間がかかった。翌シーズン、ミハエルと一緒に最初のドライバーズワールドチャンピオンシップで優勝た」

    「そして、それらの成果の前に、私は何度も考えた。ああ、彼らは正しかった。我々は決してそれを成し遂げることはないだろうとね」

  • 「アイルトン・セナが降臨した」 ハミルトンの勝利を国際メディアが称賛

    「アイルトン・セナが降臨した」 ハミルトンの勝利を国際メディアが称賛

    F1ブラジルGPでのルイス・ハミルトンの勝利は世界中で称賛され、多くの人が彼のパフォーマンスを母国のヒーローであるアイルトン・セナのパフォーマンスに例えた。

    F1ブラジルGPはまさにルイス・ハミルトンの独壇場だった。予選での失格、エンジン降格ペナルティを乗り越えての今季6勝目。さらに重要なことに、残り3レースでドライバーズランキングでのマックス・フェルスタッペンとの差を14ポイントまで縮めた。

    そして、困難に跳ねのけての勝利に国際メディアはブラジルのヒーローであるアイルトン・セナに重ね合わせた。

    「ハミルトンは、ブラジルのアイドル、アイルトン・セナの旗を表彰台に上げるために、ブラジルでエベレストに2回登らなければならなかった」と La Gazzetta dello Sport は書いた。

    「スーパースターはフェルスタッペンへの壮大なオーバーテイクを成功させ、彼の怒り、プライド、そして、クラスで、タイトル戦いが続くことを確認した」

    「ブラジルでただ一つのことをしか考えていなかったハミルトンの傑作だった:フェルスタッペンを打ち負かせ」

    Corriere dello Sport は、インテルラゴスのルイス・ハミルトンは、アイルトン・セナのように見えたと賞賛しました。

    「ハミルトンとセナがフェルスタッペンに勝った」とCorriere dello Sport は見出しをつけた。

    「ハミルトンは勝利に向けてブラジルで25以上のポジションを獲得した。フェルスタッペンはそれについて何もできず、ダーティでプレーも彼には役に立たなかった」

    「2人がお互いに戦うのを見ることができ、実際に戦うことが許されたのは良かった。ハミルトンはセナが降臨したかのような走りをした。強すぎた。ハミルトンとフェルスタッペンの戦いは1990年代初頭のように観客を熱狂させている」

    「フェルスタッペンは、ハミルトンを限界に近づけるためにあらゆる努力をしたが、ブラジルでハミルトンを止めることはできなかかった」

    「ブリトンのパフォーマンスにより、メルセデスチームのプリンシパルであるトトヴォルフも暴れた。オーストリア人は、ハミルトンがフェルスタッペンに対して14ポイントを獲得しなければならないにもかかわらず、タイトル争いが再び大きく開かれていることを認識している」

    英国では、BBCが1996年のF1ワールドチャンピオンであるデイモン・ヒルのコメントを紹介。デイモン・ヒルは、ハミルトンの勝利を「F1でこれまでに見た中で最高のドライブの1つだった。誰にとっても素晴らしい」と述べた。

    「確かにメルセデスは週末にブラジルで最高のマシンだった。それにもかかわらず、これはハミルトンの決定的なパフォーマンスの1つとして年表に記載される」

    「今年のチャンピオンシップの運命においても重要なレースになるかもしれない。F1が次の4つの週末に3レースにわたって中東でクライマックスに向かうとき、それは確かに大きな違いをもたらすだろう」

    「フェルスタッペンがインタテルラゴスで優勝していれば、レッドブルのドライバーは残りのすべてのレースでハミルトンに次ぐ2位でフィニッシュし、それでもタイトルを獲得することができただろう。ハミルトンの勝利の結果、両者の間にはわずか14ポイントしかない」

    L’Equipe は、ルイス・ハミルトンの勝利が彼の史上最高の勝利の1つになると信じる。

    「10位からスタートしたにもかかわらず、ハミルトンはブラジルGPで優勝した。ハミルトンがチャンピオンシップに迫るのを目にしたフェルスタッペンにとっては大きな後退だ」

    「最終ステージでは、衰弱したレッドブルのクルマが強力なメルセデスに追い抜かれた。ハミルトンは素晴らしかった。このレースウィークエンドは、ブリトン史上最高のレースの1つとなるだろう」

    一方、Marca は、48周目のマックス・フェルスタッペンの防御を罰しないというスチュワードの決定に驚いている。

    「やる気と激怒のハミルトンがブラジルでレッスンを教えた。メルセデスのドライバーは10位でスタートしたが、最後までドライブした」

    「そこに着くために、彼はスポーツをしていないフェルスタッペンも倒さなければならなかった。オランダ人は非常に防御的で、衝突を避けるために曲がらなければならなかったハミルトンと衝突しようとした」

    「フェルスタッペンにペナルティを科さないという決定は、レースディレクターによる奇妙なものだった。ハミルトンはシルバーストンで10秒のペナルティを受け、フェルスタッペンはモンツァに続いて3グリッド降格ペナルティを受けたが、インテルラゴスでの瞬間は罰せられなかった」

    「スポーツとチャンピオンシップにとって幸運なことに、ハミルトンは最終的にフェルスタッペンをパスすることができた。順位の差は現在14ポイントであり、タイトル争いが広く開かれていることを意味している」

  • タグ・ホイヤー、伝説のF1王者アイルトン・セナを称えたタイムピースを発表

    タグ・ホイヤー、伝説のF1王者アイルトン・セナを称えたタイムピースを発表

    30年前、アイルトン・セナは3度目のF1ワールドチャンピオンに輝き、3度タイトルを獲得した史上最年少のF1ドライバーとなった。タグ・ホイヤーは、このレジェンドドライバーを記念し、『タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション』を発表した。

    1991年11月3日、アイルトン・セナは、オーストラリアグランプリを制し、シーズン6勝目を挙げてフォーミュラ1世界選手権優勝を決めた。

    1988年よりタグ・ホイヤーのアンバサダーを務めていたセナは、モーターレーシングの最高峰に君臨し、1988年、1989年にワールドチャンピオンに輝いた。

    新たに発売される「タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション」のタイムピースにより、タグ・ホイヤーは、F1史上最も伝説的なレーサーの一人であるセナの記憶を呼び起こし、あらためてセナブランドとのパートナーシップを示す。

    アイルトン・セナの伝説を称えこのクロノグラフは誕生した。モータースポーツ競技に対するタグ・ホイヤーの揺るぎない情熱とコミットメントを示すタグ・ホイヤー フォーミュラ1 コレクションに、新たに加わる。

    このタイムピースの特徴の一つは、エンボス加工の施されたブラックレザーのブレスレットであり、セナが自身のタグ・ホイヤーに付けていたS/el にちなんでいる。このアイコニックなブレスレットは、他に見られない特徴的なS字型デザインで、非常にユニークだ。ブレスレットのレザーには差し色となるイエローステッチが施されており、ダブルセーフティプッシュボタンの付いたブラックスティールのクラスプも特徴的だ。

    『タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション』には、セナを象徴する色として、イエローとブラックが採用されている。セナの名前と共に12時位置でベゼルを飾る、ダブルS(セナのアイコンであるブランド名)は、6時位置のサブダイヤルの中にも配されている。6時、9時、3時位置にグレーのアンスラサイトのダイヤルが採用され、クラシックな時、分、秒のカウンターとなっており、6時位置のサブダイヤルには“TAG Heuer Formula 1”の文字があしらわれている。

    『タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション』は、耐水性に優れたブラックセラミック製のベゼルを採用している。繊細なイエローの縁取りがアクセントとなってタイムピースの上品さを際立たせている。ベゼルには、「400」という数字が刻まれており、フォーミュラ1で未達の時速400kmにさりげなく言及している。あらゆる状況において最適な視認性を保証するため、時針と目盛りにはスーパールミノバが塗布されている。このスペシャルエディションは、クォーツムーブメントを採用しており、200メートル(20気圧)の防水性がある。

    最後に、セナを象徴するヘルメットのイメージが、特別に刻印された“SENNA SPECIAL EDITION”の文字と並んで、ケースバックに刻印されている。

    新しい『タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション』は、モーターレースの永遠のレジェンドに敬意を表し、タグ・ホイヤーが再びモーターレースへのコミットメントを強化するものだ。

    タグ・ホイヤー フォーミュラ1 アイルトン・セナ スペシャルエディション
    /価格(税込):CAZ101AJ.FC6487 / 27万5000円
    クオーツ / ブラックDLCコーティングを施したサンドブラスト加工のステンレススティール製ケース / ブラックブラッシュドセラミック製固定式タキメーターベゼル/ アンスラサイトサンレイブラッシュドダイヤル / ケース径43mm / 時、分、秒、日付窓 / 200m防水 / ブラックカーフスキン製ストラップ

  • マックス・フェルスタッペン、ホンダF1エンジンでセナを超える年間9勝目

    マックス・フェルスタッペン、ホンダF1エンジンでセナを超える年間9勝目

    マックス・フェルスタッペンはF1メキシコGPでシーズン9勝目を挙げ、1988年に年間8勝を挙げたアイルトン・セナを抜き、ホンダのF1エンジンの1シーズンのドライバー記録を塗り替えた。

    3番グリッドのマックス・フェルスタッペンは、スタートで見事な加速を見せ、2台のメルセデスを交わしてターン1で首位を奪う。

    マックス・フェルスタッペンは33周目にピットストップを行い、その前にピットインしていたハミルトンに対応。ハードタイヤに交換してペレスの後方でレースに戻ると、ハミルトンとの差を広げていく。

    チェッカーフラッグ時には、マックス・フェルスタッペンはハミルトンに16秒以上の差をつけて圧勝。ペレスは最後までハミルトンにプレッシャーをかけ続けたものの、1.1秒差の3位でフィニッシュし、自身初の3戦連続表彰台となった。この結果、フェルスタッペンはドライバーズチャンピオンシップのリードを19ポイントに拡大した。

    マックス・フェルスタッペンのシーズン9勝目は、1988年に年間8勝を挙げたアイルトン・セナを抜き、ホンダのF1エンジン/パワーユニットでの1シーズンでのドライバー最多勝記録を塗り替えた。

    「今日はチームとファンにとって素晴らしい一日になった」とマックス・フェルスタッペン。

    「チェコ(ペレス)が母国での表彰台を獲得したし、これ以上ない結果だったと思う」

    「スタートが大事だと分かっていたけど、3台が横に並ぶ状況で、僕が一番いい位置にいたので、ブレーキングを遅らせてリードをとることができた。そこからは自分の走りに集中し、いいペースで2位との差を広げられた。ピットインもスムーズで、レースを通してマシンの調子が良かったことがとても大きかったと思う」

    「チェコはここ数戦調子がいいですし、今日はルイス(ハミルトン)に最後までプレッシャーをかけ続けていた。チャンピオンシップのことはまだ考えていない。またブラジルでプッシュしていけるよう、チャレンジを続けていく」

  • F1:アイルトン・セナのキャリアを陰で支えた父ミルトンが死去

    F1:アイルトン・セナのキャリアを陰で支えた父ミルトンが死去

    故アイルトン・セナの父であり、元F1ドライバーのブルーノ・セナの祖父であるミルトン・ダ・シルバが水曜日にサンパウロで他界した。享年94歳。

    3回のF1ワールドチャンピオンであるアイルトン・セナは、母親の名前でレースをしていたが、彼の父親はセナの人生において静かでありながら永続的な力だった。

    当初、ミルトン・ダ・シルバは息子が家業に加わることを望んでいた。これには、成功した冶金会社や、ブラジルの建設、農場、家畜への投資が含まれていた。

    しかし、セナ家の家長は息子のモータースポーツへの情熱を早くから認識し、将来のF1ワールドチャンピオンのカートでの初期のレース活動とその後のイギリスのフォーミュラ・フォード1600をサポートした。

    しかし、偉大なブラジル人がモータースポーツの頂点で成功を収めたとき、彼の父は脚光を浴びず、遠くから息子の功績を見て、影の中にいる人物のままだった。

    ミルトン・ダ・シルバは、F1ブラジルGPの週末を除いて、F1パドックでは珍しい存在だったが、アイルトン・セナはキャリアの中で父親の指導とアドバイスに大きく頼り、母国で彼自身の事業をセットアップする時が来たときに父親のビジネス経験を利用した。

    ミルトン・ダ・シルバは、妻のネイジ・ジョアンナ・セナ、2人の子供、姉ビビアンと弟レオナルドを残して亡くなった。

  • 「セナとフェルスタッペンの比較は真剣に受け止めるべき」と元F1ドライバー

    「セナとフェルスタッペンの比較は真剣に受け止めるべき」と元F1ドライバー

    元F1ドライバーのゲルハルト・ベルガーは、自分にとってアイルトン・セナはまだ“特別”な存在だが、ホンダF1がそう言うのであれば、セナとマックス・フェルスタッペンの比較は真剣に受け止められるべきだと語る。

    最近、ホンダF1のマネージングディレクターを務める山本雅史は、F1モナコGPでのレッドブルの勝利に続き、マックス・フェルスタッペンとアイルトン・セナの間には類似点があると語った。

    「ホンダは1987年から1992年にかけて6年連続でモナコGPに勝ちました。そのうちの5回はアイルトン・セナによるものです」と山本雅史は語った。

    「奇しくも今回、ホンダとして第二期のセナ選手以来のモナコでの勝利を挙げることができたのですが、私にはいつもフェルスタッペン選手とアイルトン・セナの存在が重なって見えています。走りもセナ選手に似たすごさを感じますし、ホンダにとっては非常に特別なドライバーです」と山本雅史は語る。
    「まだ23歳と若いので、セナが残しているモナコでの6勝という記録に並び、追い越す可能性を十分に持っていますし、今回その一歩を踏み出す礎となれたことにも喜びを感じています」

    アイルトン・セナと比較して、マックス・フェルスタッペンがこれまでのF1でほとんど達成していないことを考えると、多くの人はこの比較はやや時期尚早だと感じるだろう。

    しかし、ベルハルト・バーガーは、元チームメイトであるアイルトン・セナは自分にとって最高のドライバーとして際立っているが、両方のドライバーと緊密に協力してきたホンダF1の田辺豊治が関係を築いたことを考えれば、そのような比較は真剣に受け止められるべきであると語る。

    「本能ではなく、統計と比較するのは難しい。セナはまだ私にとって特別で、まだ際立っている。とにかく彼にはカリスマ性があった」とゲルハルト・ベルガーは sport1.de に語った。

    「しかし、ルイス・ハミルトンも素晴らしい仕事をしている。それは忘れてはならない。彼の成功は、彼をアイルトンと同等にすることができた」

    「マックスに関する限り、ホンダの技術者のほとんどは当時そこにいなかった。しかし、ホンダでまだ上級職にいる田辺さんがアイルトンとの比較をしているのなら、それは真剣に受け止められるべきだ」

    「田辺さんは当時の私のレースエンジニアだったので、アイルトンのテレメトリデータを正確に知っていたからだ」

    マックス・フェルスタッペンは、彼のアグレッシブなドライビングスタイルによってアイルトン・セナと比較されることが多いが、結果としてエラーを引き起こし、過去にポイントを犠牲にしてkチア。

    しかし、ベルハルト・ベルガーは、今シーズン、マックス・フェルスタッペンはそのエリアで改善を果たした感じている。

    「若さにもかかわらず、彼はすでに非常に経験豊富だ」とゲルハルト・ベルガーは付け加えた。

    「バクーでのスタートでは、彼のマシンがあれば、バクーでは十分にオーバーテイクできることを彼は知っていたので、自分の状況に非常に慎重だった」

    「彼は何をすべきかを正確に知っている。たとえばモナコでは、スタートがレースを決める。だから、彼はもっとアグレッシブに行った」

  • ホンダF1 山本雅史 「フェルスタッペンとアイルトン・セナが重なって見える」

    ホンダF1 山本雅史 「フェルスタッペンとアイルトン・セナが重なって見える」

    ホンダF1のマネージングディレクターを務める山本雅史は、レッドブル・ホンダF1のリードドライバーとホンダのF1エンジンで伝説を残したアイルトン・セナが重なって見えると語る。

    先週末のF1モナコGPでは、レッドブル・レーシング・ホンダのマックス・フェルスタッペンが、スタートから事実上一度もリードを譲らない盤石のレース運びで勝利を挙げた。モナコでのホンダF1エンジン/パワーユニットの優勝は、1992年のアイルトン・セナ選手以来だった。

    ホンダF1の山本雅史は、マックス・フェルスタッペンとアイルトン・セナが重なって見えると語る。

    「奇しくも今回、ホンダとして第二期のセナ選手以来のモナコでの勝利を挙げることができたのですが、私にはいつもフェルスタッペン選手とアイルトン・セナの存在が重なって見えています。走りもセナ選手に似たすごさを感じますし、ホンダにとっては非常に特別なドライバーです」と山本雅史は語る。

    「もう少し長いこと一緒に戦えたらという想いもありますが、それでも、今回彼にとってのモナコでの初勝利・初表彰台という特別な瞬間をサポートできたことは、本当に嬉しく思っています」

    「まだ23歳と若いので、セナが残しているモナコでの6勝という記録に並び、追い越す可能性を十分に持っていますし、今回その一歩を踏み出す礎となれたことにも喜びを感じています。

    「もちろん、フェルスタッペン選手の走りの裏では、サーキットやファクトリーにいるレッドブルとホンダのエンジニアたちが、それぞれの瞬間ごとに最適な判断を下しながらフェルスタッペン選手を支えているという事実が存在しています。『ただ走っている』ようにみえても小さな課題やトラブルというのはどんな時でもつきものですので、彼らにとって『簡単なレース』などというものは一つもないはずです」

    「そんな中でも、今回完璧にフェルスタッペン選手をサポートできたという意味で、フェルスタッペン選手はもちろん、チームの全員が素晴らしい仕事をしたと感じています」

    マックス・フェルスタッペン

  • ホンダF1、1992年のアイルトン・セナ以来のF1モナコGP制覇!

    ホンダF1、1992年のアイルトン・セナ以来のF1モナコGP制覇!

    2021年のF1モナコGPでレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン。ホンダF1にとっては1992年のアイルトン・セナ以来のF1モナコGP制覇となった。

    レースはシャルル・ルクレール(フェラーリ)が決勝前にドライブシャフトが故障して出走を断念したことで、トップからスタートしたマックス・フェルスタッペンが事実上のポール・トゥ・ウイン。今季2勝目、通算12勝目、F1モナコGPでは初勝利を挙げた。

    ラストイヤーのホンダF1にとっても感慨深い勝利となった。ホンダのF1エンジンがF1モナコGPで優勝するのは1992年のアイルトン・セナ以来。また、通算80勝目という節目の勝利をラストモナコで挙げることになった。

    また、今回の結果により、レッドブル・ホンダF1は両方のチャンピオンシップをリード。マックス・フェルスタッペンは105ポイントで、ルイス・ハミルトン(メルセデス)に4ポイントのリードを築いた。メルセデス以外のドライバーがチャンピオンシップをリードするのは2018年第10戦イギリスGP以来。フェルタッペンとしては初めて首位に立った。

    コンストラクターズ選手権ではレッドブル・ホンダ(149)がメルセデス(148)を1ポイントリード。レッドブルとしては2014年にF1がハイブリッド時代に入ってから初めて、ホンダF1としては1991年以来のチャンピオンシップリードとなる。

    2021年 第5戦 F1モナコGP 決勝 結果

    順位 No ドライバー チーム GAP INT PIT
    1 33 マックス・フェルスタッペン レッドブル・ホンダ LAP 78 1
    2 55 カルロス・サインツ フェラーリ 8.968 8.968 1
    3 4 ランド・ノリス マクラーレン 19.427 10.459 1
    4 11 セルジオ・ペレス レッドブル・ホンダ 20.490 1.063 1
    5 5 セバスチャン・ベッテル アストンマーティン 52.591 32.101 1
    6 10 ピエール・ガスリー アルファタウリ・ホンダ 53.896 1.305 1
    7 44 ルイス・ハミルトン メルセデス 68.231 14.335 2
    8 18 ランス・ストロール アストンマーティン 1L 14.949 1
    9 31 エステバン・オコン アルピーヌ 1L 36.909 1
    10 99 アントニオ・ジョビナッツィ アルファロメオ 1L 0.416 1
    11 7 キミ・ライコネン アルファロメオ 1L 1.352 1
    12 3 ダニエル・リカルド マクラーレン 1L 2.150 1
    13 14 フェルナンド・アロンソ アルピーヌ 1L 0.488 1
    14 63 ジョージ・ラッセル ウィリアムズ 1L 25.309 1
    15 6 ニコラス・ラティフィ ウィリアムズ 1L 1.084 1
    16 26 角田裕毅 アルファタウリ・ホンダ 1L 0.759 1
    17 9 ニキータ・マゼピン ハース 3L 1L 1
    18 47 ミック・シューマッハ ハース 3L 1.456 1
    DNF 77 バルテリ・ボッタス メルセデス     1
    DNS 16 シャルル・ルクレール フェラーリ     0