カテゴリー: フェルナンド・アロンソ

  • フェルナンド・アロンソ 「自分達のことに集中している」 (バルセロナ初日)

    フェルナンド・アロンソ 「自分達のことに集中している」 (バルセロナ初日)

    フェルナンド・アロンソは、バルセロナテスト初日にF2012で75周を走行し、5番手タイムとなる1分24秒100を記録した。

    フェルナンド・アロンソ (フェラーリ)
    「まだやらなければならない作業はたくさんあるけど、僕たちがここにいるのはそのためだよね? このマシンの本当の実力を確認する前にパズルの全てのパーツを埋めなければならないので、今後数日でなにか違いが見えるとは思っていない」

    「外から多くの期待があることはわかっているけど、僕たちは周りのことは考えずに自分達のことに完全に集中している。状況をきちんと理解できるのはメルボルンに行ってからになるだろう」

    関連:F1バルセロナテスト初日:セバスチャン・ベッテルがトップタイム

  • フェルナンド・アロンソ 「F2012はタイヤの熱入れ問題を解消している」

    フェルナンド・アロンソ 「F2012はタイヤの熱入れ問題を解消している」

    フェルナンド・アロンソは、新車F2012が昨年苦しんだタイヤの熱入れ問題を解消していると感じている。

    昨年フェラーリは、タイヤのウォームアップに苦しんでおり、F1スペインGPではフェルナンド・アロンソがスタートでトップに立ったにも関わらず、ハードタイヤに交換した後半にパフォーマンスを落とし、最終的には1周遅れの5位でフィニッシュしていた。

    フェラーリは、2012年F1マシン「F2012」に異なるデザイン哲学を採用。フロントサスペンションにプルロッド式を採用するなど、アグレッシブなアプローチを採っている。

    ヘレステスト最終日にトップタイムを記録したフェルナンド・アロンソは、F2012のタイヤとの相性に好感触を得ていると述べた。

    「ここまででわかった新車の長所は、タイヤのウォームアップだ」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「1周で最大限を引き出せるようになっている。去年はできなかったことだ」

    だが、ヘレステストでは、フェリペ・マッサとフェルナンド・アロンソの両方が信頼性問題によって走行を制限された。

    「改善しなければならないのは空力と信頼性だ。昨日と今日であまり走ることができなかったからね」

    「現時点ではかなり時期尚早だとは思うけど、やらなければならない作業は多い」

    「今はマシンの理解をもっと深める必要があるし、まだ必要な20%くらいしか理解できていないかもしれない。今後、その残りを得ていかなければならない」

    「まだセットアップ面でやらなければならない作業はたくさんある。主に空力とコンスタントなスピード、いろいろなテストに集中していたからね。でも、セットアップから生みだせるものはかなりあると思う」

    「残念ながら、去年より1回テストが少ないので、あと2回しかテストがない。なので、バルセロナでは走行時間を最大限に活用する必要がある」

    ヘレステスト最終日では、ハイドロ系のトラブルによりフェルナンド・アロンソは39周の走行に留まった。

    「利用できる8時間の走行時間で39周しかできなかったことが今日の唯一のネガティブだったことかもしれない。ラップの全ての情報が貴重なので、バルセロナでは100周以上走行する必要がある」

  • フェルナンド・アロンソ 「タイムに意味はない」 (ヘレステスト最終日)

    フェルナンド・アロンソ 「タイムに意味はない」 (ヘレステスト最終日)

    フェルナンド・アロンソは、ヘレステスト最終日にフェラーリF2012で39周を走行し、この日のトップタイムとなる1分18秒877を記録した。

    フェルナンド・アロンソ (フェラーリ)
    「このタイムに意味はないよ。昨日僕が記録したタイムも、それ以前のもね。昨日、僕たちは主にハードタイヤに取り組んでいたけど、他はソフトを走らせていた。それで僕たちは7番手だった。今日、僕たちはソフトタイヤを装着していたけど、他は装着していなかったかもしれない。そして僕たちはトップタイムだった。そういうことだ」

    「自分達の仕事に集中していたし、今日も昨日も信頼性の問題があり、望んでいた全てを成し遂げることができなかった」

    「僕にとっては2か月半後にマシンに戻り、再びF1カーを走らせることのあらゆる感覚を感じられたことが大きかった。テスト開始から今日まで僕たちは大きく改善していると思うし、それこそ昼と夜くらいの違いがある。でも、特にエアロダイナミクスと信頼性に関してはやらなければならないことはたくさんある。すぐに多くの走行距離を重ねられたことが実際に強みなのかどうか様子を見てみるつもりだ。去年、僕たちは初日に多くの周回をしたけど、状況がどのように変わるかわかっている。あまりに大きなマージンがあったかもしれない…」

    「このマシンは全てが新しい。去年のマシンから引き継がれているパーツはごくわずかだし、過去に適用していた哲学とは異なる多くのイノベーションが採用されている。例えば、パワーステアリングは新しいし、僕たちはそれをまとめるためにここ数日間取り組んできた。今日やっとその成果を確認できてきたところだ。さっきも言ったようにやらなければならないことはたくさんある。でも、僕たちはそれを恐れいているわけではない」

    「ここ数日間、僕たちはデータを収集するために多くの周回を重ねてきたし、それほど深くセットアップに取り組むことはできなかった。なので、セットアップに取り組めば、パフォーマンスも改善していくと思う。すでにここヘレスでも変更を施したときは予想していた反応が得られている。マシンはメカニカル的にも空力的にもより複雑になっているので、タスクも複雑になっているのは事実だけどね。今日はその良い例を確認できた。今日は部分的に40周くらいしかできなかった。プログラムを完了するためにマシンに必要な変更を施すのにかなりの時間がかかったからね。バルセロナで再びトラックに戻るときには状況は違っているだろうし、今回のテストよりもずっと準備が整っていると思う。とりわけ、ここではこのマシンにどのように取り組んでいけばいいかを学ばなければならなかったから。僕たちドライバーでさえ、やらなければならないことはたくさんある。マシンに多くの新しいものがあるときは、エンジニアに正しいフィードバックを与えることがより不可欠だからね」

    「メルボルンに行くまではまだ数週間あるので様子を見てみるつもりだ。ここでも毎日進歩していたし、マシンにより手応えを得ることができた。この方向性を維持して、改善していかなければならない。でも、結論を出すにはまだ時期尚早だ」

    「ロータスはタイトル候補か? わからないよ。むしろキミが戻ってきたことをとても嬉しく思っていると言いたい。彼は素晴らしいドライバーだし、素晴らしい人間だ」

    関連:F1ヘレステスト最終目:フェルナンド・アロンソがトップタイム

  • フェルナンド・アロンソ ヘルメット (2012年)

    フェルナンド・アロンソ ヘルメット (2012年)

    フェルナンド・アロンソの2012年のヘルメット。母国スペイン国旗の赤と黄色、アストゥリアス州のカラーである鮮やかブルーというカラーリングを採用。頭頂部にはお馴染みの“ライトニング・ボルト・アロー”。シューベルト製。

    フェルナンド・アロンソ (フェラーリ)

  • フェルナンド・アロンソ:プロフィール

    フェルナンド・アロンソ:プロフィール

    フェルナンド・アロンソ (Fernando Alonso)
    所属:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ
    カーナンバー:5
    国籍:スペイン
    生年月日:1981年7月29日

    フェルナンド・アロンソ プロフィール

    フェルナンド・アロンソは1981年7月21日、スペイン、オビエドで生まれる。

    父のホセ・ルイスは爆発物取扱い技師だが、子供時代にはレーシング・カートに憧れ、その忘れ難い想いで自らカートを作り上げて長女のロレーナが8歳の時にそのハンドルを握らせた。しかし、その試みは成功とは言えなかった。このため、この時まだ3歳だった幼いアロンソに順番が回って来た。ここから始まったキャリアがアロンソを2005年、2006年のF1ワールド・チャンピオンシップのタイトルに導いたのだが、今年は、このスペイン人ドライバーはスクーデリア・フェラーリ・マールボロ・チームのドライバー・ラインアップに加わることになりなった。

    公式記録に残るアロンソの初優勝は1988年6月、ポーラ・デラビアーナのレースで、アストゥリアス・チャンピオンシップのイベントの一部であるジュニア・クラスのカテゴリーにデビューした時の事。アロンソは残り7レースに勝利し、自身初のタイトルを獲得した。続く2年間には、アストゥリアス、ナバーラ、バスクの地方シリーズで更に勝利を重ね、1991年にはスペインのナショナル・シリーズに参戦を果たした。1993年から1996年までアロンソはスペインのジュニア・チャンピオンに輝いた。その上、国際レベルのイベントでも得点を挙げられるようになり、 95年のワールド・チャンピオンシップでは3位、翌年には1位となったの。1997年には若きアロンソは、母国とイタリアでインターAカテゴリーのタイトルを獲得。このタイトルは1998年にも獲得したが、その年、ヨーロッパ・チャンピオンシップでも2位の成績を挙げた。その年の10月、アロンソは初めて本物のレーシング・カーをドライブ。 エイドリアン・カンポスがアルバセテで、アロンソに3日間フォーミュラ・ニッサンのステアリングを握らせたのだが、このテストの最後には、数日前に同じマシンを駆ってポール・ポジションを獲得したマルク・ジェネに迫るタイムを叩き出した。このパフォーマンスによって、アロンソはカンポス・チームで翌年のユーロ・オープン・チャンピオンシップのシートを獲得し、シリーズを楽々と制覇した。

    1999年12月13日アロンソはヘレス・サーキットで行われたミナルディ・チームのテスト・セッションで初めてフォーミュラ1のドライブを経験した。この若くて希望に溢れるスペイン人ドライバーは簡単に最高タイムをマーク。2000年には、アロンソはF3000シリーズに参戦し、シーズン4位となったが、最も難しいサーキット、すなわちスパでは勝利を飾った。この時、ミナルディ・チームはアロンソと翌年のフォーミュラ1シリーズの契約を結んだ。

    2002年にはアロンソのマネージャーであるフラビオ・ブリアトレーがルノー・チームのテスト・ドライバーのシートを確保し、この経験はアロンソが翌シーズンこのフランスのチームのレース・ドライバーとなった後、貴重なものとなった。この年、アロンソは目覚ましい成績を挙げ、セパンではポール・ポジション、バルセロナでは2位フィニッシュ、ハンガリーで優勝、そして、シーズンを6位で終えた。 2004年にはその地位を不動のものとした後、2005年には最初のタイトルを獲得したが、チャンピオン争いはともに7勝を挙げたマクラーレンのキミ・ライコネンとの間で最終戦ブラジル・グランプリまでもつれた。12ヶ月後にはやはりブラジルで2度目のタイトルに輝いたが、その年のライバルはフェラーリのミハエル・シューマッハだった。

    2007年、アロンソはマクラーレンに移籍したが、よく知られているようにその決断は早計だったと言える。アロンソはグランプリで4回優勝したが、チームメートのハミルトン、フェラーリのライコネンと三つ巴の戦いを繰り広げ、最後はライコネンのタイトル獲得という結果となった。

    アロンソの2度目のルノー・チーム在籍は成功とは言い難いものだった。 2008年は開幕では躓いたものの、シンガポールと富士で2回の素晴らしい勝利を挙げシーズンを終わった。2009年は不調に終わり、チャンピオンシップは9位の成績だった。

    9月30日、アロンソのフェラーリ移籍と2012年シーズンまでの契約が発表された。

    フェルナンド・アロンソ 経歴

    2011年: スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
    2010年: スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
    2009年: ING ルノー F1チーム ドライバー
    2008年: ING ルノー F1チーム ドライバー
    2007年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2006年: ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、134ポイント、優勝:バーレーン、オーストラリア、スペイン、モナコ、英国、カナダ、日本、2位:マレーシア、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、トルコ、中国、ブラジル
    2005年: ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、133ポイント(24歳59日のワールドタイトル獲得は史上最年少)、優勝:マレーシア、バーレーン、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、ドイツ、中国、2位:スペイン、英国、トルコ、イタリア、ベルギー、3位:オーストラリア、ブラジル、日本
    2004年: ルノーF1チーム:ランキング4位、59ポイント、2位:フランス、3位:オーストラリア、ドイツ、ハンガリー
    2003年: ルノーF1チーム:ランキング6位、55ポイント、優勝:ハンガリー(22歳1ヶ月のGP優勝は史上最年少)、2位:スペイン、3位:マレーシア、ブラジル。マレーシアでキャリア初のポールポジション(21歳のポールポジション獲得は史上最年少)
    2002年: ルノーF1チーム:テストドライバー
    2001年: ミナルディF1:ドイツGPにて10位入賞
    2000年: F3000選手権:ランキング4位、スパフランコルシャンの優勝を含む表彰台3回、ポールポジション1回
    1999年: ユーロオープン選手権:シングルシーター・デビューイヤーに同選手権タイトルを獲得、6勝、ポールポジション9回
    1998年: カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、パリ・ベルシ・トロフィー優勝、インダストリー・トロフィー(イタリア)優勝、オープン・フォード・トロフィー優勝
    1997年: カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、イタリア・チャンピオン、欧州選手権:9勝、ポールポジション1回
    1996年: カート・ジュニアクラス:世界チャンピオン、スペイン・チャンピオン、エスティヴァル・トロフィー(イタリア)優勝
    1995年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン、世界選手権ランキング3位
    1994年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
    1993年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
    1991年: カート・カデットクラス:スペイン選手権ランキング2位
    1990年: カート・カデットクラス:アストゥリア/バスク・チャンピオン
    1989年: カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
    1988年: カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
    1984年: 3歳にてカートを初体験
  • フェルナンド・アロンソ、F2012の大胆なアプローチに満足

    フェルナンド・アロンソ、F2012の大胆なアプローチに満足

    フェルナンド・アロンソは、フェラーリがF2012に大胆なデザインを用いたことを完全に支持していると述べ、F2012は美しいマシンだと思っていると主張した。

    フェラーリ F2012は、劇的な段差ノーズ、プルロッド式フロントサスペンション、前年マシンからの大幅なエアロダイナミクスとパッケージン変更を特徴としている。

    フェルナンド・アロンソは、平凡ではないデザインに興奮したと述べ、フェラーリがアプローチをとったことを嬉しく思っていると述べた。

    「最初から新車の第一印象はとても良かったよ」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「好きなシェイプだし、このマシンで見られる独創的なカタチは好きだ。初めてマシンを見て驚いたと思うし、それは常にポジティブなことだ。このマシンをかなり気に入っている。速いことを願っているよ」

    またフェルナンド・アロンソは、F2012の美学を擁護した。

    「僕は革新的なアイデアを持ったマシンが好きだ」

    「全てのフェラーリが美しいマシンだと思う。醜いフェラーリや好きになれないフェラーリなど覚えていない。各マシンの赤いカラーとパッションは、マシンを美しくする」

    フェリペ・マッサも、フェラーリがライバルとは異なる方向性のデザインを目指したことを嬉しく思っていると述べた。

    「とてもアグレッシブなマシンだ。独特だ」とフェリペ・マッサはコメント。

    「僕たちは独特なマシンで、開発面で異なる方向性を目指していることにとても熱狂している」

    「まだこのノーズに慣れる必要はある。新しい規約によってとても奇妙だしね。でも、ノーズを除けばマシンはとてもアグレッシブだし、非常にナイスだ。最初から最後まで非常に競争力のあるマシンであることを願っている」

    関連:
    ・フェラーリ、F2012を発表 – 2012年2月3日
    ・フェラーリ F2012 – 主要諸元表

  • フェルナンド・アロンソ 「F2012でトップを狙う」

    フェルナンド・アロンソ 「F2012でトップを狙う」

    フェルナンド・アロンソが、フェラーリ F2012について、そして2012年シーズンへの意気込みを語った。

    大胆なカモノハシノースを特徴とするフェラーリ F2012についてフェルナンド・アロンソは「ここ2年に見たものとは非常に違って見えるね」とコメント。

    「フェラーリでの3シーズン目だし、同じ強さと決意を持ってスタートするつもりだ。素晴らしいシーズンにしたい」

    「もちろん、シーズン全体はかなりチャレンジになるだろうけど、僕たちは赤いマシンが常に表彰台にいて勝っているのを見たいと思っている。僕たちは来週ヘレスに出発する。そして一緒に働き続ける。今年はうまくやれると確信している」

    「ここフェラーリの技術を信じている。開幕戦に準備するために2カ月ある。僕たちはタイトルを争わなければならないし、できるだけ多くのポイントを目指さなければならない。僕たちは本気でランキングのトップを狙っている」

    「一貫性と堅い決意を持っていなければならない。大きな目標を達成できると思っているし、フェラーリで走る大きな責任を果たせると本気で確信している」

    関連:
    ・フェラーリ、F2012を発表 – 2012年2月3日
    ・フェラーリ F2012 – 主要諸元表

  • フェルナンド・アロンソ 「テスト規制はメッシに練習させないようなもの」

    フェルナンド・アロンソ 「テスト規制はメッシに練習させないようなもの」

    フェルナンド・アロンソは、F1のテスト規制について先日バロンドールを獲得したサッカーのリオネル・メッシを引き合いに出して独自の見解を述べた。

    シミュレーターでの作業がどれくらい役に立つかと質問されたフェルナンド・アロンソは「重要なツールではあるが、それ以上のものではない。いくつかのメカニズムを評価するものだ」とコメント。

    「シミュレーターで試しただけでは、新しい技術的なコンポーネントがどれだけのパフォーマンスを届けられるかは疑問符のままだ」

    「F1はトレーニングが禁じられている数少ないスポーツのひとつだ。サッカー選手やテニスプレーヤーに試合間や大きなトーナメントの2か月前に何もしないように求めることはない」

    「カートで走ることは役に立つ。シングルシーターを運転するにに近いからね。でも、リオ・メッシに小さなテニスボールでトレーニングしたり、ラファエル・ナダルに卓球のラケットでプレイしろと言うようなものだ…選択肢がないのでカートで走っている」

  • フェルナンド・アロンソ、離婚後の熱愛報道を嘆く

    フェルナンド・アロンソ、離婚後の熱愛報道を嘆く

    フェルナンド・アロンソは、妻ラクエル・デル・ロサリオと離婚後に報じられたゼニア・チョーミチェヴァとの熱愛報道を嘆いた。

    フェルナンド・アロンソは、昨年末にラクエル・デル・ロサリオとの5年間の結婚生活を解消。その直後、24歳のスイス人モデル、ゼニア・チョーミチェヴァとの熱愛が報じられた。

    Wrooomの記者会見で、離婚の原因のひとつはマラネロで多くの時間を過ごしているからかと質問されたフェルナンド・アロンソは「私生活については話してこなかったし、今日もそのつもりはない」とコメント。

    「例えば、他の場所にいるのにある場所で時間を過ごしているといった記事をたくさん読んだり、聞いたりしている。例えば、年末休暇にオビエドにいたと書かれていたけど、実際にはセゴビアの近くのロス・アンヘレス・デ・サン・ラファエルにいた。それで明白だ」

    「このレベルでのゴシップや噂は初めてだし、とても落胆したよ。ラクエルと僕は尊重された私生活を求めた。でも、離婚発表の数時間後に多くの嘆かわしい記事を読むことになったし、それらのいくつかは非常に馬鹿げたいんちきなものだった。この種の迫害が長く続くとは思わない。流行は変わっていくものだし、僕の私生活にそれほど関心が集まるとは思わないからね」

    関連:
    フェルナンド・アロンソ、ゼニア・チョーミチェヴァと熱愛報道 - 2011年12月29日
    フェルナンド・アロンソ、ラクエル・デル・ロザリオとの離婚を発表 - 2011年12月21日

  • フェルナンド・アロンソ 「メルセデスは2012年の優勝候補のひとつ」

    フェルナンド・アロンソ 「メルセデスは2012年の優勝候補のひとつ」

    フェルナンド・アロンソは、2012年シーズンのダークホースとしてメルセデスAMGの名前を挙げた。

    2010年からワークスチームとして参戦したメルセデスだが、ミハエル・シューマッハのF1復帰は多くの批判の対象となり、チームメイトのニコ・ロズベルグも無勝のキャリアが続くかもしれないと言われている。

    しかし、フェルナンド・アロンソは、両ドライバーとロス・ブラウンが率いるメルセデスAMGを過小評価していないと主張している。

    「F1において、マシンは常に最も重要な要素だ」とフェルナンド・アロンソは EFE通信 にコメント。

    「メルセデスにとって素晴らしい一年ではなかったことはわかっているけど、僕たちは彼らをリスペストしなければならない。レースに勝てるマシンがあれば、ロズベルグとミハエルは優勝候補のひとつだ」

    フェルナンド・アロンソは、来月43歳になるミハエル・シューマッハはライバルのままだと主張する。

    「全員が7度のチャンピオンをリスペクトしているし、それがシューマッハだ」

    「彼は常に速かったし、証明するために彼に残されているものは何もない」