カテゴリー: フェルナンド・アロンソ

  • フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ復帰に「まずは表彰台」

    フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ復帰に「まずは表彰台」

    フェルナンド・アロンソは、マクラーレン・ホンダは2015年のチャンスについては現実的に考えるべきだとし、妥当な目標は表彰台獲得だと述べた。

    フェラーリで5年間を無冠のまま過ごしたフェルナンド・アロンソは、3度目のタイトル獲得を目指してマクラーレンに復帰した。しかし、新しいエンジンサプライヤーのホンダと過ごす最初のシーズンの厳しさについて幻想は抱いていないと述べた。

    「僕たちがワールドチャンピオンシップに勝てないとは決して言わない。そんなの誰にもわからないね」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「でも、現実的にならなければならない。今年のマクラーレンはシャシーサイドの不足が重要だったようだし、パワーユニットはこれから本格的に経験しなければならない。最初のレースから全てがうまくいってくれればいいけど、それはわからないことだ。2014年のクルマは、今のF1の複雑さを示している」

    「でも、いずれわかる。まずまずといえるレベルの競争力があれば、表彰台を争うことになるだろう。もし、2015年にレースに勝てたら嬉しい。それは僕たちの未来にとって良い兆候になからね。展開を見守りたい」

    「良い冬を過ごして、ほんの少しの運があれば・・・今年もメルセデスが巨大なアドバンテージを持ち、(ダニエル)リカルドが終盤までタイトルを争うなんて思わなかったはずだ。僕たちはコンペティティブな良いポジションにいると思う。後はジェンソンと僕がどう組み立てていくかだ」

    フェルナンド・アロンソのマクラーレン復帰は7年ぶりとなる。以前はロン・デニスと対立し、わだかまりを残してチームを去った。

    フェルナド・アロンソは、マクラーレン復帰に対してモチベーションを強化したのは、物事を正したいという思いだったという。

    「もう何年も、僕がまだやり残していると感じるのは1つだけだった。自分のしたこと全てに満足していたんだ。2007年を除いてね。何も達成できなかったし、自分のベストを示して結果を残すこともできなかった。だから、あれから7年たって前より大人になり、25歳のときはできなかったことをいろいろと学び理解できるようになった。これでやっと、2007年に始めたこの仕事を完成させられる。それが復帰を決めた一番の理由だ」

    「ロンと僕は1年にわたってすごくたくさん話をした。夕食を共にしたし、ホテルの部屋でも一緒だったと言いたい。なんか響きが良くないね!」

    「僕たちはお互いに2人とも非常にコンペティティブだということを理解している。そして、モーターレーシングを愛している。それが強すぎるあまり、時に意見が合わなかった。でも、言ったように25歳のときとは考え方が違う」

  • フェルナンド・アロンソ、ダーシャ・カプスティーナと破局

    フェルナンド・アロンソ、ダーシャ・カプスティーナと破局

    フェルナンド・アロンソとダーシャ・カプスティーナが破局したと報じられている。

    2012年に交際が発覚した二人は、SNSを通じて頻繁にツーショット写真を投稿してきた。

    しかし、ダーシャ・カプスティーナは、Twitterアカウントを閉鎖し、instagramからもフェルナンド・アロンソとの画像を削除している。

    ダーシャ・カプスティーナは、9月のF1シンガポールGP以降、パドックに姿を見せていなかった。

    フェルナンド・アロンソとダーシャ・カプスティーナは、ドバイに居住していたが、現在、ダーシャ・カプスティナはロシアに帰っているという。

    フェルナンド・アロンソは、2011年末に5年間連れ添ったラクエル・デル・ロサリオと離婚している。

  • フェルナンド・アロンソ 「2007年はF1キャリアで唯一の後悔」

    フェルナンド・アロンソ 「2007年はF1キャリアで唯一の後悔」

    フェルナンド・アロンソは、2007年にやり残した仕事を成し遂げるためにマクラーレンに戻ったと述べた。

    2015年、フェルナンド・アロンソは7年前に遺恨を残して去ったマクラーレンに復帰する。フェルナンド・アロンソは、2007年の失望も2015年に復帰しようと考えた理由の一部だと述べた。

    「2007年は最高の感覚ではなかった」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「でも、その年以来ずっと、僕の中にはF1でやらなければならないひとつのことだけが残った」

    「2007年を除けば、僕がしてきたことの全てに満足している。自分のベストを達成できなかったし、届けられなかった」

    「数年経った今は、より成熟し、物事を学び、25歳のときにはわからなかったことを理解している」

    「今、僕は2007年にスタートした仕事を終えるために到着した。それは復帰するにあたって一番のプライオリティだった」

    フェルナンド・アロンソは、ロン・デニスとマクラーレンとの新たな関係が成功するという確信がなければ、フェラーリを出ることはなかったと述べた。

    「ロンが説明してくれた通り、自分に正直になることが必要だ」とフェルナンド・アロンソは述べた。

    「自分に正直で、過去を振り返って学んでさえいれば、未来のことを考えて、ハッピーな気分でコンペティティブになれる。それがこのパートナーシップに対して僕たちが望んでいることだ。それから、もう2007年ではないということも重要だ」

    「ここはマクラーレン・ホンダだ。僕の見解では完全な別物だ。ジェンソン(バトン)はルイス(ハミルトン)ではないし、僕に言わせればそれはまったく違うものだ」

    「僕だって2007年と同じではない。最高の雰囲気にいることを望むのであれば、僕にはフェラーリとあと2年契約が残っていた。でも、今ここで2015年のマクラーレン・ホンダのチャレンジに備えて座っているということは、そこに何の問題も感じていないからだ。これはすごいプロジェクトだと考えている」

    関連:マクラーレン・ホンダ、2015年のF1ドライバーラインナップを発表

  • ロン・デニス、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流す

    ロン・デニス、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流す

    マクラーレンの代表ロン・デニスは、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流し、2015年のマクラーレン・ホンダで再タッグを組むと誓った。

    フェルナンド・アロンソは、2007年にロン・デニスとの対立によって、遺恨を残したままマクラーレンを去った。

    だが、歳月は流れ、3度目のタイトル獲得という願いを胸に、フェルナンド・アロンソは2015年にマクラーレンに戻ることになった。

    ロン・デニスとフェルナンド・アロンソは、昨年、新たな契約について徹底的に話し合うため、閉じられたドアの向こうで何度も会っていたという。初めのうちはぎこちなかったとロン・デニスは認めたが、2007年の失敗を繰り返すことは決してないと断言した。

    ロン・デニスは話し合いの初めの頃は「堂々巡りや多少の不快感があったのは事実だ」と述べた。

    「今日、我々の友好が再構築されたことをいくら感情で表現しても、皆さんは怪しみ、本当は何の実体もないものだと思うことだろう。だが、我々は未来に集中しており、ともに成功しなければならない。お互いに自分たちの組織に必要な成分は喜びだということで同意している。その反対は全てがらくただ」

    「ハピネスとは、打ち鳴らすものではなく、精神状態を意味する。人はハッピーなときに優れた実力を発揮できる。だから、我々はレーダーを張り、関係がエスカレートするようなものは全て回避する」

    「メディアはこぞってチームのわずかなほころびを探すだろう。特にフェルナンドと私のね。彼らはすぐそれにくさびを打ち込もうとするだろうが、あいにく時間の無駄だ」

    ロン・デニスは、自分が人として円熟したと述べ、楽な関係を築くのと同時に今回は2人のドライバーをあまり対立させないようにしたいと述べた。

    「私は自分に非常に厳しく、そうした攻撃性が人生でバランスの取れたアプローチをするための促進剤となってきた。この2年で私はずいぶん円熟し、包括的になった。それは継続という企業のチャレンジに対処するのに良い戦略だ」

    「だが、あの当時を振り返り、ルイス・ハミルトンという若者と我々との間にあった作用を考えれば、思うところもある。彼は選ばれたものだと認識されるのと同時に、未熟な部分も持っていた。今思えば、最初に手を出したのは誰かといえば、プロセスの始まりにはルイスも関わっていた。そしてそれがエスカレートしてしまった」

    「私は、かつてアラン(プロスト)とアイルトン(セナ)でも経験しているような、ドライバー間のそのような挑発を静めることができていた。しかし、あのときは手に負えなくなってしまった」

    「そこでの自分の役割についてはフェルナンドとまったく同じ思いだ。人生で犯した間違いを後悔している。起こってしまったことは変えられない。もっとうまく対処できたはずだった」

    「現実では、間違いを振り返り、自分に正直になり、それらを受け入れて繰り返さないよう気をつけるしかない。そして今度は逆のことをするよう心がけるのだ。フェルナンドと私の間に不安は一切ない」

    関連:マクラーレン・ホンダ、2015年のF1ドライバーラインナップを発表

  • フェルナンド・アロンソ 「マクラーレン・ホンダの伝説を蘇らせよう」

    フェルナンド・アロンソ 「マクラーレン・ホンダの伝説を蘇らせよう」

    フェルナンド・アロンソが、マクラーレン・ホンダ加入についての決意を語った。

    マクラーレン・ホンダは11日(木)に2015年の体制を発表。フェラーリを離脱したフェルナンド・アロンソをレースドライバーに起用することが正式に発表された。フェルナンド・アロンソは2007年にマクラーレンに所属しており、8年ぶりの復帰となる。

    フェルナンド・アロンソ
    僕はこれまでもアイルトン・セナに対する深い称賛を隠してはこなかった。僕の大好きなドライバーであり、トラック上での僕のアイドル、そして、僕のリファレンスだ。まだ子供の頃にワードロープにポスターを貼っていたこと、いつかアイルトンみたいになりたいと夢見ておもちゃのクルマに乗っていたこと、父親が姉のために組み立てたカートに夢中になったことを思い出す。そのカートは、アイルトンが走ったクルマ、F1史上最も伝説的なパートナーシップのひとつであるマクラーレン・ホンダのカラーリングが施されていた。今、同じパートナーシップに自分が加わり、次のF1世界選手権に参戦することを光栄に思っている。

    僕は大きな熱意と決意を持ってこのプロジェクトに加入した。僕たちが目指している目標を達成するのに時間がかかるかもしれないことはわかっているけど、僕にとってそれは問題ではない。

    この1年間、いろいろなオファーを受けたし、それらには本当に魅力的なものもあった。最近のいくつかのチームが示していたパフォーマンスを考えても興味深いものだった。でも、1年以上前、マクラーレン・ホンダがコンタクトを取ってきた。そして、彼らのパートナーシップの復活に参加するようにとても積極的に話をしてくれた。長い間、F1を支配したパートナーシップだ。

    マクラーレン・ホンダの復活、オープンな願望、それを実現するための忍耐と決意、僕がそのエキサイティングなパートナーシップに加われることは、この決断をした主な要因のひとつだ。もちろん最も重要なファクターがあるけどね。僕たちは共通の目標と期待を共有しているし、そこには非常に堅実な未来がある。自信もある。

    マクラーレンとホンダのあらゆる上層部の人々と徹底的に議論を重ねてきた。英国と日本の両方で彼らの素晴らしい施設を見せてもらった。マクラーレンとホンダが一緒に長く成功したパートナーシップを開始しようとしていることは明らかだ。そして、僕はその手助けをするために100%の努力をするつもりだ。

    最後に、これを実現するためにとても激しく戦ってきた人々の粘り強さに感謝したい。みんなのため、そして、チームのために僕の持っているパワーの全てをつぎ込むつもりだ。努力、犠牲、忍耐、そして信頼という、僕がずっとやってきたやり方でね。

    僕たちには時間があるし、僕たちには希望がある。そして僕たちには必要なリソースがある。伝説を蘇らせよう。それが僕たちの挑戦だ。

    関連:マクラーレン・ホンダ、2015年のF1ドライバーラインナップを発表

  • マクラーレン、フェルナンド・アロンソとの契約を正式発表

    マクラーレン、フェルナンド・アロンソとの契約を正式発表

    マクラーレンは、2015年のドライバーとしてフェルナンド・アロンソと契約したことを発表した。ジェンソン・バトンとともに新生マクラーレン・ホンダで戦うことになった。

    フェルナンド・アロンソは、今シーズン限りで5シーズンを過ごしたフェラーリを離脱。これまで、マクラーレン移籍が濃厚だと報じられてきた。

    2007年にマクラーレンに移籍したフェルナンド・アロンソだが、当時のチームメイトであるルイス・ハミルトンとの確執からロン・デニスを含めた首脳陣との関係が悪化し、契約を解除して1シーズンでチームを離脱していたが、8年ぶりにマクラーレンに復活することになった。

    フェルナンド・アロンソ
    「幼少の頃から憧れや親しみを持ち、また長いF1の歴史の中で、人々の記憶にその名を刻んできたマクラーレン・ホンダの一員として、F1に参戦することを大変誇りに思います。自らの大きな歓喜と強い決意の気持ちを、パフォーマンスで示し、期待に応えたいと思います。1年以上前から、熱心なオファーをいただいていました。ウォーキング(英国)とさくら(栃木県さくら市)、それぞれの大変充実した施設も訪問し、マクラーレン・ホンダの新たなプロジェクト、そして彼らの熱意に共感し、今回の決断に至りました。私が持っているすべての力を注ぎ、新たな伝説を築いていきたいです」

  • フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ加入に迷い?

    フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ加入に迷い?

    マクラーレンの2015年のドライバー発表の遅れを巡り、様々な噂が囁かれている。中には、フェルナンド・アロンソがマクラーレン加入を取りやめるとの説もある。

    ここまで、マクラーレンはフェルナンド・アロンソとの契約を結び、チームメイトをジェンソン・バトンとケビン・マグヌッセンのどちらにするかで意見が割れているとされてきた。

    AS は、マクラーレンはドライバーラインアップの発表と同時に2つの新スポンサーの発表も行いたいと望んでいるが「そのうちの1社との交渉が難航している」と報じている。

    記事によると、その2つのスポンサーとは、フェルナンド・アロンソとともに参入するスペインの携帯電話キャリア“モビスター”と“アラブ首長国連邦の大企業”だという。

    だが、現在の発表の遅れは、フェルナンド・アロンソとの契約に関係がありそうだとの情報も出てきている。

    La Gazzetta dello Sport は、フェルナンド・アロンソとマクラーレンが結んだ契約には、アロンソ側の一方的な解除条項が盛り込まれているという。この報道は、フェルナンド・アロンソが2016年にはメルセデスへ移籍することもまだ視野に入れているのではないかとの推測につながりそうだ。

    11月末にアブダビで行われた公式テストでは、ホンダエンジンを搭載したマクラーレンは走ることさえままならなかった、

    Auto Motor und Sport は、フェルナンド・アロンソが、アブダビテストでの結果を踏まえてマクラーレン・ホンダへの加入を取りやめ、2015年はいったんF1から離れてポルシェとともにWECに参戦するという可能性もあると報じている。

  • フェルナンド・アロンソ、ル・マン24時間レースにも参戦?

    フェルナンド・アロンソ、ル・マン24時間レースにも参戦?

    マクラーレン加入の発表が待たれるフェルナンド・アロンソだが、F1参戦と平行して、2015年にル・マン24時間レースに参戦するかもしれないと報じられている。

    先週、ポルシェは、来年6月のル・マン24時間レースとその前戦スパ6時間でレースするドライバーとしてニコ・ヒュルケンベルグと契約したことを発表した。

    ニコ・ヒュルケンベルグは、2015年にポルシェがエントリーする3台目の919ハイブリッドとみられている。他に2人のドライバーが同じマシンをドライブすることになるが、ニコ・ヒュルケンベルグのチームメイトはまだ明かされていない。

    今年、ポルシェは、マーク・ウェバーととにLMP1クラスに復帰しており、マーク・ウェバーは2台の919ハイブリッドのうちの1台をドライブした。

    Autosprint によると、マクラーレン移籍の発表が間もなくだとされるフェルナンド・アロンソに、さらなる驚きのニュースが続く可能性があるという。

    同誌は、ポルシェに近い情報筋のコメントとして、今年のル・マン24時間レースで公式スターターを務めたことで知られるフェルナンド・アロンソが、ポルシェと2015年の契約をかわす可能性があると伝えた。

    El Mundo Deportivoも「ポルシェはアロンソにとってマクラーレン・ホンダの代替案ではないだろう」と報じ、フェルナンド・アロンソもニコ・ヒュルケンベルグと共に3台目のポルシェのステアリングを握るとみている。

    「彼らの友情にもかかわらず、フェルナンドがマーク・ウェバーと同じマシンをドライブすることはないだろう」

    フェルナンド・アロンソのル・マン参戦にとって最大の障害は、マクラーレンがスポーツカー部門でポルシェの直接のライバルであることだと同紙は伝えている。

  • フェルナンド・アロンソ 「スタートでは感極まった」

    フェルナンド・アロンソ 「スタートでは感極まった」

    最終戦F1アブダビGPでフェラーリでのラストレースを戦い終えたフェルナンド・アロンソは、フォーメーションラップを始めるのがつらかったと打ち明けた。

    フェルナンド・アロンソのフェラーリでの5年間は、9位という成績で幕を閉じた。2015年、フェルナンド・アロンソはマクラーレンとの契約にサインしたと考えられている。

    今週末レース、フェラーリに別れを言うために特別なヘルメットとレーシングスーツで臨んだフェルナンド・アロンソ、最も辛かったのはスタートのライトが消える瞬間だったと述べた。

    「感極まってしまったよ」とフェルナンド・アロンソは述べた。

    「正直に打ち明けると、グリッドでクルマに乗り込むときが一番辛かった。エンジンを始動させ、最後の瞬間までメカニックがブランケットを持って待機する。残り20秒。フロントタイヤ担当の2人の顔が見えて、彼らが潤んだ目で僕を見ていた。1速に入れてフォーメーションラップをスタートするのは辛かった」

    フェラーリでは2度のワールドチャンピオンシップにさらなる栄冠を加えることはできなかったが、フェラーリで過ごした時間は人生最高のときだったとフェルナンド・アロンソは述べた。

    「10段階で評価するなら、僕はこの5年間に9をつける。高いと思われるのは承知だけど、それが僕の意見だ。意見は人それぞれだろうけど、僕は本当に楽しかった」

    「ドライバーとして、人として成長し、驚くべき人々とここで仕事をした。心血を注いでレースをし、僕のキャリアのピークに達したと思う」

    フェルナンド・アロンソは、2015年にドライブするかもしれないマクラーレンのジェンソン・バトンとバトルを繰り広げた。しかし、レースペース的にこれ以上のフィニッシュは不可能だったと述べた。

    「ピットレーンから出たジェンソンをパスした。彼が出てくるところで、僕はDRSを使ってパスできた。1周後、今度は彼がDRSを使って僕を抜き返した。その後彼は見えなくなってしまったし、そのペースを維持することはできなかった」

    画像

  • フェルナンド・アロンソのフェラーリラストレースに水を差したマティアッチ

    フェルナンド・アロンソのフェラーリラストレースに水を差したマティアッチ

    フェルナンド・アロンソは、来季のフェラーリにはセバスチャン・ベッテルによる新風が必要だとほのめかしたチーム代表のマルコ・マッティアッチに反論した。

    2015年は、セバスチャン・ベッテルと交代してフェラーリを去るフェルナンド・アロンソだが、マルコ・マッティアッチは、ベッテル加入の発表をする際、ベッテルが“若さと経験というユニークなコンビネーションを持っている。彼は貴重なチームスピリットをもたらしてくれるはずだ”と述べていた。

    フェルナンド・アロンソは、このコメントが自分のフェラーリに対する熱意が衰えつつあることに対する皮肉だと考えており、4月にチーム代表に就任したばかりのマルコ・マッティアッチは、5年にわたるフェラーリでのキャリアすべてをともに過ごしたわけではないとやり返している。

    「そのコメントは読んだけど、あまり良いコメントではないと思う。僕のモチベーションが低いと彼が言いたかったのであれば、彼がフェラーリに来たのが遅すぎただけだ。彼は、僕がここで過ごした5年間のすべてを見たわけではない。僕は全てレースと4回の選手権を戦ってきた」

    さらにフェルナンド・アロンソは、マルコ・マッティアッチからF1イタリアGPまでにフェラーリに残留するよう説得を受けたものの、離脱の決断をしたのだと付け加えた。

    「彼がモンツァのレースまでに僕との契約を更新しようとした時には、僕はきっと年を取り過ぎていたんだろうね」とフェルナンド・アロンソは続けた。

    「彼はプッシュし続け、僕たちはたくさん話し合った。最後の瞬間でさえもたくさんの電話やメールをやりとりし、それは今でも僕のコンピューターに残っている。その時には僕はそれほど古びていなかったかもしれないけど、僕が自分の決断を下したときには、彼は他のドライバーを見つける必要があったんだろうね」

    しかし、フェルナンド・アロンソは、チーム離脱には感傷的だとの述べた。

    「明日はスタートに近づくとき、グリッドでマシンに飛び乗るとき、色々な場面でいつもより感傷的な日になると思う。一方で、僕はそういうことを長く知っているし、これまでに最大にエモーショナルな時を過ごしてきている」