角田裕毅 F1シート喪失時のヘルムート・マルコを回想「彼もかなり落胆していた」

角田裕毅 F1シート喪失時のヘルムート・マルコを回想「彼もかなり落胆していた」

角田裕毅が、2025年限りでF1のレギュラーシートを失うことをヘルムート・マルコから直接告げられた当時を振り返った。長年にわたって自身のキャリアを支えてきたマルコも、その決定に「かなり落胆していた」という。

2021年にアルファタウリからF1デビューを果たした角田裕毅にとって、マルコは単なるレッドブルのモータースポーツアドバイザーではない。17歳の頃から自身を見いだし、レッドブル・ジュニアチーム、そしてF1へと導いた人物だった。

マルコ本人から告げられたF1シート喪失
角田裕毅は2025年、開幕時にはレーシングブルズから参戦していたが、リアム・ローソンがわずか2戦でレッドブル・レーシングのシートを失ったことで、第3戦からその後任として昇格した。

しかし、マックス・フェルスタッペンのチームメイトとして苦戦を強いられ、レッドブルで獲得したポイントは30点にとどまった。シーズン終了後、チームは2026年にアイザック・ハジャーを昇格させることを決定。角田はレギュラーシートを失うことになった。

『Beyond The Grid』で角田裕毅は、その決定をマルコ本人から直接伝えられたと明かした。

「今でもその瞬間を覚えています。僕に直接伝えたのはヘルムートでした」

「ヘルムートは僕をF1に連れてきてくれた人ですし、その前にレッドブルのジュニアプログラムにも入れてくれた人です。17歳の頃からずっと一緒でした」

レッドブルの若手育成を長年率いてきたマルコと角田の関係は、F1に昇格する以前から続いていた。それだけに、レギュラーシート喪失を告げる場面では、マルコ自身にも複雑な感情があったという。

「そのとき、彼もかなり落胆していたのを覚えています。そして、それを伝えられたとき、僕自身はそこまで大きな落胆とか、打ちのめされたような感覚はありませんでした」

「2025年はこれまで以上に戦った」
もちろん、角田裕毅にとってF1シートを失うことが何でもなかったわけではない。ただ、その結末はある程度予想していたという。

「もちろん、翌年にレースをできないことには落胆していましたし、かなり悲しかったです。でも、予想していなかったわけではありませんでした。なぜなのかは分からないですけど、何となく……」

角田は2025年を、自身のキャリアの中でも特に厳しく戦ったシーズンだったと振り返る。

「本当に懸命に戦いました。2025年は、それまで以上に戦ったと思います。今振り返っても、それほど後悔はありません。すべてを出し切りました」

「もちろん、カタールで聞かされた結果は僕が望んでいたものではありません。でも、本当にすべてを出し切ったので、それが結果なのであれば、受け入れなければならないと思いました」

角田にとって重要だったのは、結果そのものだけではなく、自分にできることをやり切ったという感覚だった。レッドブルではフェルスタッペンとの差に苦しみ、厳しい評価にもさらされたが、それでも2025年を振り返って大きな後悔はないと語っている。

角田裕毅(レッドブル・レーシング)

ハース移籍の可能性も実現せず
角田裕毅は2026年もF1に残ることを望み、ハースから関心を寄せられていた。しかし当時、レッドブル側が翌年のドライバーラインアップをまだ確定させていなかったこともあり、移籍は実現しなかった。

結果として角田は2026年をレッドブル・レーシングのリザーブドライバーとしてスタートした。

それでも、F1への道が完全に閉ざされたわけではなかった。夏休み中に手首を負傷したアイザック・ハジャーが欠場したことでドライバーの入れ替えが発生し、リアム・ローソンがレッドブル・レーシングへ移動。角田はレーシングブルズからF1復帰を果たした。

ザントフォールト、モンツァ、マドリンクでのF1スペインGPと3戦に出場し、再びグリッド上で自身の力を示す機会を得た。

2027年のF1シート獲得を目指す角田裕毅
一度はレギュラーシートを失った角田裕毅だが、F1でのキャリアを終える考えはない。

2026年の代役参戦を経て、現在は2027年のレギュラーシート獲得を目指している。レッドブル陣営での今後だけでなく、他チームの候補としても名前が取り沙汰されており、キャデラックのシートをめぐる動向でも候補のひとりとして報じられている。

17歳の頃から自身を支え、F1への道を開いたマルコから告げられた2025年末のシート喪失。角田裕毅にとって厳しい瞬間だったことは間違いないが、「すべてを出し切った」と振り返るその経験を経て、現在は再びF1のレギュラーシートを取り戻すことに照準を合わせている。