カテゴリー: 角田裕毅

  • 角田裕毅はどうなる?マルコがレッドブルF1の年内ドライバー交代を否定せず

    角田裕毅はどうなる?マルコがレッドブルF1の年内ドライバー交代を否定せず

    ヘルムート・マルコは、2025年シーズンが終わる前に再びレッドブル・レーシングのドライバーの入れ替えが行われる可能性を排除していない。

    当初のレッドブルの構想では、リアム・ローソンをマックス・フェルスタッペンのチームメイトとしてフルシーズン起用する予定だったが、ニュージーランド出身のルーキーはわずか2戦でレーシングブルズに降格された。

    しかしマルコはその判断を正当化している。

    「いや、なぜならローソンはネガティブなスパイラルに陥っていたからだ」とマルコはモナコでViaplayに語った。

    「今では彼はトップ10に入っており、それが回復の兆しを示している。彼がマックス・フェルスタッペンの隣で成功することはなかっただろう」

    ローソンに代わって昇格したのは角田裕毅だったが、彼を支援するホンダは来年アストンマーティンへとスイッチする予定だ。最近、マルコは角田の「プレッシャー下での脆さ」を指摘するようになっている。

    一方で、82歳のマルコはレーシングブルズの新人アイザック・ハジャーに熱い視線を送っている。

    「ハジャーとキミ・アントネッリを比較すると、キミは旧型車で1万kmほどのテストを行ったと聞いている」とマルコは語る。「ハジャーがテストしたのはせいぜい500~800kmだ。それだけこの若者には大きなポテンシャルがあるということだ」

    「彼は将来グランプリウィナーになり得る存在だと思っている」

    角田裕毅 レッドブル F1

    一部では、角田裕毅がレッドブル・プログラムから完全に外される可能性も囁かれており、その場合ハジャーがレッドブル本隊に昇格し、アービッド・リンドブラッドがF2から昇格するという見方もある。

    ローソンのレッドブル・プログラム内での地位もまた、安泰とは言いがたい状況だ。

    「我々がドライバーの将来について話すのは通常サマーブレイク後だ」とマルコは強調する。「だから今の段階で何かを語るには早すぎる」

    ただひとつ確かなのは、マルコがレッドブルの4つのF1シートについて、さらなる動きの可能性を排除していないということだ。

    「レッドブルにおいて最も重要なのは常にパフォーマンスだ」と彼は断言した。

    さらに事態を複雑にしているのが、フェルスタッペンの契約にある“夏休み明けの解除条項”が近づいていることだ。

    「それについても、サマーブレイク後に見ることになる」とマルコは重ねて語った。

    「今の段階では時期尚早だ。彼には2028年までの契約がある」

    「すべての契約には解除条項がある」とマルコは続ける。「それらは主にパフォーマンスに関わる内容だが、今はそれが問題ではない」

    「我々としては、マックスにとって戦える、あるいは少なくともタイトル争いができるだけのマシンを用意する必要がある。そうすれば、こうした議論はすべて消えるだろう。現時点では、彼は契約を全うする意志を示しているが、それに見合ったマシンを我々が与えなければならない」

  • 角田裕毅 レッドブF1が再び圧力「Q3進出は期待していた」とマルコ

    角田裕毅 レッドブF1が再び圧力「Q3進出は期待していた」とマルコ

    レッドブルのヘルムート・マルコは、角田裕毅に対するプレッシャーを一段と強めている。

    今季序盤にリアム・ローソンを早々に外し、より経験豊富な角田をフェルスタッペンのチームメイトに起用したレッドブルに対し、マルコは当初「フェルスタッペンにこれほど接近するペースを見せたチームメイトは稀だ」と高く評価していた。

    しかしその後、82歳のマルコは「プレッシャーが増すにつれて、角田は苦戦し始めた」と述べ、イモラでの派手な横転クラッシュがその象徴だったと指摘している。

    不運にも、角田裕毅のマシンにはようやくフェルスタッペンと同じ最新スペックのボディワークが投入されたばかりだった。イモラでポールポジションを獲得し優勝したフェルスタッペンが大きくタイムを伸ばした要因となったアップデートだ。

    しかし、モナコでは角田裕毅はQ3進出を果たせなかった。

    「裕毅のマシンがマックスと同じ仕様ではなかったのは確かだ」とマルコは述べた。「だがそれはイモラでの重大なクラッシュによるものだ」

    「アップデートは2台分用意されていた。だが、彼のクラッシュで多くの新しいパーツが破壊された」とオーストリア人のマルコは続けた。「我々は彼を旧スペックに戻さざるを得なかった」

    「マックスが最優先だ。この短期間では、生産量を一気に増やして2台分のパーツを確保するのは無理だ。だが、それでも我々は裕毅がQ3に進出することを期待していた」

  • 角田裕毅 F1モナコGPでの「ブレーキング中の進路変更」をガスリーが非難

    角田裕毅 F1モナコGPでの「ブレーキング中の進路変更」をガスリーが非難

    ピエール・ガスリーは、F1モナコGPでリタイアにつながった接触の原因について、元チームメイトの角田裕毅に非があると主張し、「ブレーキング中に進路変更された」と語った。

    接触が発生したのは、1周目に義務ピットストップを終えた後、角田裕毅とピエール・ガスリーが17番手と18番手を走行していたシケイン区間。アルピーヌのピエール・ガスリーが仕掛け、レッドブルの角田裕毅と衝突した。

    テレビ中継では、ピエール・ガスリーの無線で「ブレーキがない」という音声が流れたが、本人はこれが文脈を誤って伝えられていると釈明した。

    「ブレーキは効いていた」とピエール・ガスリーは強調した。「トンネル手前で角田がミスをして、僕はすごく接近することができた。

    「毎周、彼は右側のレーシングライン上でブレーキを踏んでいたけど、この周は本当に近かったから左側に残ることにした。すると彼は左でブレーキを始めた。だから僕は右に切り替えて、彼より遅らせてブレーキを踏んだけど、そこで彼がレーシングラインに戻ってきた。僕はもう動き出していたし、避けられなかった」

    「このコースではラインを守らなきゃいけない。2台が並ぶスペースなんてほとんどない。ポジションを守ることはできるけど、『右に寄せてブロックして、左に来たら左も潰す』というのは違う。このサーキットはオーバーテイクが極めて難しいんだから。だから、彼がスペースを残すと思っていた」

    「たぶんあとで話すことになるけど、今回の彼の対応はベストとは言えなかったと思う」

    このピエール・ガスリーのコメントが「不安定なドライビング」と言い換えられて角田裕毅に伝えられると、角田裕毅は驚きを隠さず、こう反論した。

    「えっ?自分が何か悪いことをしたとは思っていません」

    「もう一度同じ状況になっても、やっぱり同じことをすると思います。ずっと壁に張り付いて走っていましたし、彼が仕掛けてくるだろうなとは思っていたので、ブレーキング中に動かないようにしていました」

    角田裕毅 F1

    いずれにしても、アルピーヌにとってはまたしても苦しい週末となった。ピエール・ガスリーは今季ワーストの18番手で予選を終え、チームメイトのフランコ・コラピントは最下位スタートだったが、決勝では13位まで順位を上げた。

    ピエール・ガスリーは、モナコの市街地サーキットがアルピーヌのA525に合わないことを予想していた。

    「まずは予選でうまくいかなかった原因を理解することが大事だと思っている。すでにいくつか見当はついているけどね。ただ、このコースではクルマの弱点が明らかになることはわかっていた」と語る。

    「車高変動への対応力が我々のマシンの強みではない。このサーキットは低速区間が多く、縁石を乗り越える場所も多いし、3輪状態になるような場所もある。今のマシンには柔軟性が足りていない」

  • 角田裕毅 F1モナコGP総括「予選でもっと上にいないとダメですね」

    角田裕毅 F1モナコGP総括「予選でもっと上にいないとダメですね」

    角田裕毅にとって、2025年F1モナコGPは忘れたい週末となった。Q2敗退に始まり、レースではピエール・ガスリーとの接触、さらに裏目に出た戦略も重なり、今季4度目のノーポイントに終わった。

    4月初旬にレーシングブルズからレッドブル・レーシングへ昇格して以降、角田裕毅は3戦でポイントを獲得しているものの、パフォーマンスの安定性という点では本人もチームも満足していない。

    予選ではFP3まで好調なペースを見せていたが、Q2では0.683秒届かず、12番手に終わった。「正直、予選は本当にごちゃごちゃだったんです。モナコだし、簡単にはいかないって分かってたんですけど、それでも全部がかなり混乱してしまって、うまくまとめられなかったです」と角田裕毅は振り返る。

    決勝では、序盤にガブリエル・ボルトレトがクラッシュしてバーチャルセーフティカー(VSC)が導入されたタイミングで、レッドブル・レーシングは角田裕毅をピットに呼び入れる。だがこの“逆張り”戦略は裏目に出て、17番手まで後退する結果となった。

    その後はモナコ特有の“隊列”の一員となり、前に出るチャンスは訪れなかった。「とにかく、人生で一番長く感じたレースでした。あのポジションにいた以上、何か違うことを試すしかなかったんです」と角田裕毅。

    「特に前にいた2チーム(レーシングブルズとウィリアムズ)は、2台揃っていたので、何か仕掛けてくるだろうとは思ってました。実際、その通りでした。でも、結局は自分でそういう状況にしてしまったので、やっぱりもっと予選で前にいないといけなかったですね」

    角田裕毅 モナコGP F1

    そんな中、さらなるアクシデントが発生。ピエール・ガスリーのアルピーヌがブレーキトラブルに見舞われ、角田裕毅のRB21の右リアに追突。「あいつバカなの?何やってんの?」と無線で怒りを露わにしたが、幸いにもマシンに大きなダメージはなかったという。

    「衝撃はありましたけど、正直ダメージがあったかは分からないくらいで、普通に走りきれたので大事には至らなくてよかったです」と角田裕毅。

    この接触は、2025年シーズンに入って角田裕毅とガスリーが交錯した2度目のケースで、最初は第2戦ジェッダでのオーバーテイク失敗によるものだった。

    「FP3まではしっかりペースがあったので、それを活かせなかったのがすごく悔しいです」と角田裕毅。「各チームが戦略をいろいろ試すのは分かってましたけど、P12からのスタートではどうしようもないです。やっぱり予選でもっと上にいないとダメですね」

    最終的に角田裕毅は、76周目に2度目の義務ピットストップを行い、17位でチェッカーを受けた。レッドブル・ファミリーの中で唯一、モナコでポイントを獲得できなかったドライバーとなってしまったが、今週末のスペインGPでの巻き返しに期待がかかる。

  • 角田裕毅が片山右京の記録に並ぶ 日本人F1最多スタート95戦達成

    角田裕毅が片山右京の記録に並ぶ 日本人F1最多スタート95戦達成

    角田裕毅は、2025年F1モナコGPで自身通算95回目の決勝スタートを果たし、片山右京が保持していた日本人ドライバー最多決勝スタート数に肩を並べた。

    2021年にF1デビューを果たして以降、角田裕毅は着実にキャリアを積み重ね、2025年シーズンからはレッドブル・レーシングの正ドライバーとしてトップチームの一員に名を連ねている。

    この節目となる記録は、日本人ドライバーの歴史に新たな1ページを刻むものであり、F1における日本人の存在感を改めて印象づける出来事となった。なお、角田裕毅は神奈川県相模原市出身で、高校時代は日本大学第三高等学校から和光高等学校へ転校している。奇しくも、日大三高は片山右京の母校であり、和光高等学校は佐藤琢磨の母校でもある。3世代のF1日本代表が、それぞれの足跡でつながる形となったのは興味深い事実だ。

    次戦以降もスタートを重ねれば、角田が単独で日本人最多スタート記録保持者となる見通しであり、その走りは今後の世代にも大きな影響を与えることになるだろう。

    日本人F1ドライバーの出走回数 上位5名
    ■ 1位 片山右京 :97戦出走(95スタート)
    ■ 2位 角田裕毅 :96戦出走(95スタート)
    ■ 3位 佐藤琢磨 :90戦シュッソウ(90スタート)
    ■ 4位 中嶋悟  :80戦出走(74スタート)
    ■ 5位 小林可夢偉:76戦出走(75スタート)

    各ドライバーのF1時代プロフィール
    ■ 片山右京
    1992年にヴェンチュリ・ラルースからF1デビュー。1993年からはティレルに加入し、日本人初のフルシーズン参戦ドライバーとして活躍した。ベストリザルトは1994年ブラジルGPでの5位。堅実な走りとファンへの真摯な姿勢で高い人気を誇った。

    ■ 角田裕毅
    2021年にアルファタウリからF1デビュー。持ち前のアグレッシブなスタイルと成長意欲で注目を集め、2025年にはレッドブル・レーシングに昇格。2024年日本GPでの4位入賞など着実に実績を積み重ねている。

    ■ 佐藤琢磨
    2002年にジョーダンからF1デビュー。2004年にはB.A.Rホンダで表彰台に登壇し、2006年からは日本のスーパーアグリで奮闘。攻めのドライビングで知られ、「No Attack, No Chance」のフレーズで多くのファンに愛された。

    ■ 中嶋悟
    1987年にロータスからF1デビューし、日本人初のフルタイムF1ドライバーとなった。ティレル移籍後も安定したパフォーマンスを見せ、1989年オーストラリアGPでは日本人初のファステストラップを記録した功績を持つ。

    ■ 小林可夢偉
    2009年にトヨタからスポット参戦でF1デビュー。2010年からはザウバーに加入し、2012年日本GPでの3位表彰台は大きな話題を呼んだ。以降もケータハムで参戦するなど、果敢なオーバーテイクで人気を集めた。

    出走数とスタート数が異なる理由
    F1では「出走数(エントリー数)」と「スタート数(決勝スタート数)」は別の記録として扱われる。出走とはそのグランプリに正式登録され、予選または決勝への参加を前提とした記録だが、実際に決勝レースのグリッドに並びスタートしたかどうかで「スタート数」は決まる。

    以下のような状況では、出走記録はあるがスタートにはカウントされない:
    ・ フォーメーションラップ前にマシントラブルなどでリタイアした場合
    ・ フォーメーションラップ中にマシンが停止しスタートに至らなかった場合
    ・ 決勝に進出できなかった(予選失格など)場合
    ・ 決勝直前に体調不良やチーム判断で出走が取り消された場合

    このため、実際のF1記録においては「出走数>スタート数」となることがあり、記録を見る際は両者の違いに留意が必要である。

  • 角田裕毅とピエール・ガスリー F1モナコGPでの接触をめぐり非難の応酬

    角田裕毅とピエール・ガスリー F1モナコGPでの接触をめぐり非難の応酬

    角田裕毅とピエール・ガスリーが、F1モナコGPの序盤に発生した接触事故をめぐって互いに非を認めず、主張が食い違っている。

    両者ともに土曜の予選で苦戦し、角田裕毅は12番グリッド、ピエール・ガスリーは17番グリッドからのスタートとなった。オーバーテイクが困難なモナコでは、順位を上げるにはリスクを伴う果敢な動きが求められる。

    しかし8周目、シケインのブレーキングゾーンでピエール・ガスリーが角田裕毅のRB21に追突し、前方サスペンションを破損。ピットに戻ってリタイアを余儀なくされた。

    「レーシングラインに戻ってきた」
    ピエール・ガスリーはメディアに対し、今回の接触について全面的に角田裕毅に非があると主張した。

    「ユウキがトンネルの前でミスをして、僕はかなり接近していた。これまで毎周、彼は右側のレーシングライン上でブレーキを踏んでいたが、その周は僕がすぐ後ろにいたので左側に留まった」

    「彼は左側でブレーキを踏み始めたから、僕は右側に移って遅めにブレーキングした。ところが彼がレーシングラインに戻ってきてしまって、僕はもう逃げ場がなかった」

    「普通のサーキットなら、ブレーキング中に動いたりしない。ブレーキを踏んだら、そこに留まるべきなんだ。彼は明らかに左側から白線を越えて動いた。きっとあとで話すことになるだろうが、彼にとっても最良の動きではなかったと思う」と怒りをにじませた。

    角田裕毅 モナコGP F1 ピエール・ガスリー

    「もう一度でも同じことをします」
    一方、接触を受けた角田裕毅は大きな損傷を免れ、レースを続行。しかしペースを上げることはできず、最終的に17位でフィニッシュした。

    ピエール・ガスリーの非難に対して、角田裕毅は困惑を示した。

    「正直、よくわからないです。ブレーキング中に動いたりとか、変なことは一切してないです」

    「何が起きたのかはっきり覚えてないですけど、あとから考えると、ただガスリーが僕に突っ込んできたっていう感じですね」

    さらに角田裕毅は、自身に非がないという立場を変えず、「やり直しても同じことをする」と断言した。

    「僕は何も間違ったことはしてないと思ってます。もう一度同じ状況でも、同じようにします」

    「ずっと壁際を走ってましたし、最初から進路も決めてました。ブレーキング中に動くのは嫌だったので、そうならないようにしてました」と語った。

  • 角田裕毅 F1モナコGP決勝「何もできずトラフィックの中で耐えるだけだった」

    角田裕毅 F1モナコGP決勝「何もできずトラフィックの中で耐えるだけだった」

    角田裕毅は、2025年F1 モナコGPの決勝を17位で終えた。

    レッドブル・レーシングは角田裕毅に対し、ソフトタイヤでスタートさせて早めのピットインを行うという攻めの戦略を採用した。しかし、セーフティカーが一度も出なかったことでそのギャンブルは裏目に出る形となり、角田裕毅はスローな集団の後方に捕まり、順位を上げるチャンスを失った。

    さらなる不運はレース序盤に訪れた。トンネル出口でピエール・ガスリーに追突されマシンのリアにダメージを負いながらも、角田裕毅は懸命に走り切り完走を果たした。

    「全体的に見て、今週末はちょっとフラストレーションの溜まる内容でした。ただ、今日に関しては自分にできることはあまりなかったと思います。結局のところ、もっと予選で良い結果を出さなければいけなかったと感じています」と角田裕毅はコメント。

    「昨日の走りは、自分自身のためにもチームのためにもなりませんでした。モナコであれだけ後ろからスタートすると、レースで何かを起こすのはかなり難しくて、自分でその状況を作ってしまったという意識があります」

    角田裕毅 モナコGP F1

    「今日のレースで起きたことといえば、ピエールにぶつけられたことくらいで、それ以外はずっとトラフィックに巻き込まれていました。本当に長いレースに感じましたし、モナコはただ走っているだけだと楽しくないですね。前にクルマがいると、自分のリズムも作れません」

    「イモラでの影響がモナコにそこまで出ていたとは思っていません。フリー走行3回目や予選のQ1ではペースも悪くなかったですし、クルマの感触も良かったです。でも、全体としてうまくまとめることができませんでした」

    「来週こそはすべてをしっかりまとめたいですし、もっと良いパフォーマンスを出していかないといけないと感じています」

  • 角田裕毅とF1モナコGPで接触のピエール・ガスリーに戒告処分

    角田裕毅とF1モナコGPで接触のピエール・ガスリーに戒告処分

    F1スチュワードは、F1モナコGP決勝中に発生した角田裕毅とピエール・ガスリーの接触事故について判断を下した。

    この元チームメイト同士の接触は、レース9周目にトンネル出口で発生。ガスリーが角田のマシンのリアに追突した。角田裕毅はそのまま走行を続けたが、ガスリーはマシンの左フロントに深刻なダメージを負い、レースからリタイアした。

    このインシデントについて、スチュワードはガスリーに非があると判断し、戒告処分を科した。

    アルピーヌ側は、角田裕毅が「自車とコース端との間に1台分のスペースを残さなかった」と主張し、さらにターン9を抜けたあと左側でブレーキングを開始したのちに「右側へ移動した」と述べていた。

    しかしスチュワードはこれらの主張を退け、次のように見解を示した。

    「ごくわずかな違いはあったものの、角田の走行ラインはそれ以前の周と同様だった。したがって、アペンディックスL(付則L)に違反するような“オフラインでの防御”には該当せず、1台分の幅を残す義務は適用されなかった」

    「また、角田はブレーキング中にポジションを守るために動いたわけではなく、コースの左から右へと続く通常のレーシングラインを取っていたにすぎない」

    「このような状況を踏まえると、モナコのターン10へ向けて22号車を追い抜こうとした試みは野心的で、成功する可能性は低いと考えられる。10号車のドライバーはより慎重に行動すべきであり、過去数周で22号車が右側へ動いていたことを予測すべきだった」

    「さらに、10号車のテレメトリーデータも確認したところ、ブレーキング時にリアタイヤがわずかにロックしており、それにより制動効率が低下し、この接触の一因となった」

    「以上を踏まえ、10号車のドライバーに全責任、もしくは主な責任があると判断した」

    「なお、今回の接触によって22号車には明確かつ即時のスポーツ的損害は認められず、影響を受けたのは主に10号車だった。この点を考慮し、ペナルティガイドラインに従い、戒告(ドライビング)という処分を科すこととした」

  • ピエール・ガスリー F1モナコGPの接触事故で角田裕毅に責任転嫁?

    ピエール・ガスリー F1モナコGPの接触事故で角田裕毅に責任転嫁?

    アルピーヌのピエール・ガスリーは、2025年F1モナコGPの決勝中に発生した接触事故について、ブレーキの不調を訴えつつも、角田裕毅の動きに問題があったと示唆する発言を残した。

    問題が起きたのは9周目。ガスリーはトンネルを抜けてシケインへ進入する際、前を走る元チームメイトの角田裕毅をかわそうとした。そのとき、ガスリーのマシンは角田のリア右側に接触し、前輪が乗り上げるような形になったことで、宙に浮きながらシケインを通過することになった。

    この接触によってガスリーのマシンはブレーキを失い、以後は3輪走行となった。破損した車体はコース上に多数の破片をまき散らしながら、残り約500メートルを走り続けた。実況席からは危険だとする声が上がり、チームラジオではガスリーの「ブレーキがない!」という悲鳴が伝えられた。

    本来であれば緊急用のエスケープロードを選ぶべきところだったが、ガスリーは通常ラインを維持したままピットレーンに進入。そのままの速度で進み続け、自力で停止できない状態となった。最終的に、ピットレーンで待機していたウィリアムズのメカニックたちによって、ようやくマシンが止められた。

    現場を伝えていたSky Sports F1のピットレポーター、テッド・クラヴィッツは、「ガスリーは止まれず、他チームのメカニックに物理的に止められた。本当に危険だった」と状況を説明した。

    このアクシデントを受け、FIAスチュワードはガスリーの行動について調査を開始した。ただし、ブレーキの完全な喪失が確認されたことで、罰則を受ける可能性は低いと見られている。

    一方、接触を受けた角田裕毅は無線で「何やってんだこのバカは!」と怒りをあらわにしていた。

    レース後、ガスリーはSky Sports F1のインタビューで次のように述べている。

    「角田裕毅がブレーキング中に動くとは思わなかった。かなり近づいていたし、彼はかなり早めにブレーキをかけた。右に動いたと思ったら、今度は左にも動いた。接触のあとでブレーキを失ったんだ」

    自らのトラブルを主張しつつ、角田裕毅のライン取りを非難するようなこの発言は、一部で「責任転嫁」と受け取られる可能性もある。

    この接触を除けば、レース中は大きなアクシデントは発生せず、注目されたのは新たに導入された2回のピットストップ義務だった。しかし、各チームがほぼ同様の戦略を選択したため、順位の変動は限定的だった。

    レースはマクラーレンのランド・ノリスがポールポジションからスタートしてそのまま優勝。モナコでの初勝利を挙げ、今季7戦ぶりの優勝となった。2位にはフェラーリのシャルル・ルクレール、3位にはマクラーレンのオスカー・ピアストリが入り、ピアストリはドライバーズランキング首位を維持したが、ノリスとの差は3ポイントに縮まった。

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  • レッドブルF1 マルコが明言「ハジャーは角田裕毅の理想的な後任候補」

    レッドブルF1 マルコが明言「ハジャーは角田裕毅の理想的な後任候補」

    アイザック・ハジャーは「間違いなく」マックス・フェルスタッペンの次なるチームメイト候補であり、「角田裕毅に代わる“理想的な後任”になり得る」――そう語るのは、レッドブルの重鎮アドバイザーであるヘルムート・マルコだ。

    2025年にレーシングブルズからF1デビューを果たした20歳のハジャーについて、マルコはシーズンを通じて高く評価しており、その才能に惜しみない称賛を送ってきた。

    一方で、角田裕毅がこの12カ月でリアム・ローソンやセルジオ・ペレスよりもフェルスタッペンに近いパフォーマンスを見せていることを認めつつも、マルコは次第に角田裕毅のミスに厳しい視線を向けている。

    「角田は相変わらず頑固で感情的だ。彼はミスをしてはならないことを自覚しており、それが最も重要な点だ」

    実際、イモラでの激しい横転クラッシュ以降、角田裕毅はスペアパーツの不足により、フェルスタッペンと同仕様のマシンを使用できていない状況にある。

    一方のハジャーも決して完璧ではない。モナコGPの金曜フリー走行では2度にわたってガードレールに接触し、いずれも激しいクラッシュを喫した。最初の事故後には自らを「愚かだった」と評し、悔しさをあらわにしていた。

    この件についてマルコは、冗談交じりにこう述べている。

    「彼にはガードレールが近すぎたんだろう」

    「自分の知性について話すよりも、レースに集中すべきだ。とはいえ、彼が遅かったわけではない。2度クラッシュはしたが、速さは見せていた」

    マルコは、F1初年度のハジャーのミスには比較的寛容な姿勢を見せている。それに対し、5年目を迎える角田裕毅への評価はやや厳しくなっている印象だ。

    「そう、アイザックは若い。だからこうしたミスは普通のことで、小さなミスに過ぎない。私は以前から彼には本当に驚かされていると言ってきた」

    「オーストラリアでのミスを除けば、シーズン序盤からずっと速かった。マックスと同じように、3周もすればすぐに状況を把握してしまう。たとえ初めてのサーキットでもね」

    「常にQ3に進出し、チャンスがあれば必ずポイントを獲得する。派手さはないが、稲妻のように速い」

    「もう少し経験を積めば、間違いなく理想的な後任候補になれるだろう」

    マルコはそう語り、現在角田裕毅が務めるレッドブル・レーシングのシートに対する強い示唆を残した。