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  • 佐藤琢磨、富士スプリントカップの決勝レースを14位で終える

    佐藤琢磨、富士スプリントカップの決勝レースを14位で終える

    佐藤琢磨は、スーパーフォーミュラ・シリーズの特別戦として開催された富士スプリントカップの決勝レースにおいて、TEAM 無限の15号車を駆って14位で完走しました。

    佐藤琢磨
    「スタートでの混乱を避けた後のレース前半はペースも良く、バトルを演じることができましたが、後半はスピードに乗り切ることができず、苦しい展開となりました。予選でのトラブルが尾を引いてしまい、セッティングは煮詰まりきりませんでしたが、今週末もいろいろと試すことはできたと思います」

    「レース距離も100kmと短く、状況を変えることはできませんでしたが、今年最後のレースを楽しく走ることはできました。1年間を通して、TEAM無限の皆さんとチャレンジを共にできたことは本当に楽しかったですし、今年もスポット参戦という形でしたが、ファンの皆さんの声援を受けて日本で走ることもでき、実り多きシーズンでした。スタッフの皆さんのサポートに心から感謝します。ありがとうございました」

  • 佐藤琢磨、フォーミュラEのテストに開発ドライバーとして協力

    佐藤琢磨、フォーミュラEのテストに開発ドライバーとして協力

    佐藤琢磨は、フォーミュラEのマシン「SRT_01E」のテストに開発ドライバーとして協力することが発表された。

    フォーミュラEホールディングスは、20日(水)東京モーターショーで開催された『フォーミュラE 概要説明発表会』で、2014年秋からスタートする電気自動車による国際レースシリーズ、フォーミュラEに、佐藤琢磨が開発ドライバーとして協力することを発表した。

    佐藤琢磨は、シーズンオフに予定されている「SRT_01E」のテストに参加する。

    フォーミュラEは、電気自動車のみで行われる国際レースシリーズで、FIA国際自動車連盟が管轄する国際モータースポーツの新たなカテゴリーとして、2014年9月から開催が予定されている。参戦チームには、佐藤琢磨がともにF1を戦ったスーパーアグリが参戦を表明しており、再び両者のタッグが期待されている。

    佐藤琢磨
    「全く新しいレーシングコンセプトであるフォーミュラEシリーズに、開発ドライバーとして協力できることを大変光栄に思います。フォーミュラEはレースを盛り上げるコンテンツにおいても高度なマルチメディア技術を駆使し、世界初となる革新的なアプローチを行います。今後のモータースポーツの世界と大きな可能性を秘めた電気自動車の発展において、フォーミュラEホールディングスのプログラムに参加できることを大変楽しみにしています」

    関連:スーパーアグリ、フォーミュラEに参戦

  • 佐藤琢磨 「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオン」

    佐藤琢磨 「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオン」

    佐藤琢磨が、レース引退を発表したダリオ・フランキッティを称えた。

    ダリオ・フランキッティは、ヒューストンでのクラッシュで負った怪我の影響でレースを引退することを発表。そのレースでフランキッティとクラッシュした佐藤琢磨は、入院しているダリオ・フランティッキを見舞い、ヘルメット交換を約束。レース復帰を願っていた。

    佐藤琢磨は「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオンだ。僕は君とトラック上で素晴らしい時間を共有することにゾクゾクしていた」と自身のTwitterに英語で投稿。

    「信じられない競争者で驚くようなパーソナリティの持ち主だった。#Respect」

    関連:ダリオ・フランキッティ、事故の影響でレース引退を発表

  • 佐藤琢磨、DESCENTE SHOP TOKYOでスペシャルイベントを開催

    佐藤琢磨、DESCENTE SHOP TOKYOでスペシャルイベントを開催

    佐藤琢磨は、11月19日(火)にDESCENTE SHOP TOKYO(原宿)にてスペシャルイベントを開催する。

    DESCENTE SHOP TOKYOは、10月10日にオープンしたデサントのフラッグシップショップ。デサントは2006年から佐藤琢磨をスポンサーしている。

    佐藤琢磨は、30名の限定プレミアムトークショー「勝つために必要なこと」に登場。トークショーに参加するには、3000円の入場チケットの購入が必要になる。入場チケットは、1万円以上購入時に金券2000円としても利用できる。

    また、当日はスペシャル写真会も開催。5000円以上商品を購入すると佐藤琢磨との記念撮影ができる。

    <日時>
    2013年11月19日(火) 18:00〜18:45 (17:30開場)
    ※スペシャル写真会は19:00〜19:30 19:40〜20:00

    詳細やお申込みは下記デサントwebにてご確認下さい。
    http://www.descente.jp/shoptokyo/event0006/

  • 佐藤琢磨、レース1を9位、レース2で8位入賞 (スーパーフォーミュラ)

    佐藤琢磨、レース1を9位、レース2で8位入賞 (スーパーフォーミュラ)

    佐藤琢磨は、スーパーフォーミュラ 最終戦 鈴鹿にスポット参戦。レース1を9位、レース2を8位で終えた。

    最終戦は、午前中に20周のレース1、午後に28周のレース2が行われる2レース制。佐藤琢磨は、レインコンディションで行われたレース1では10番手ポジションからのスタートで出遅れ一旦最後尾へ落ちたが、追い上げをして9位でフィニッシュした。

    佐藤琢磨は、スーパーフォーミュラ 最終戦 鈴鹿にスポット参戦。レース1を9位、レース2を8位で終えた。

    最終戦は、午前中に20周のレース1、午後に28周のレース2が行われる2レース制。佐藤琢磨は、レインコンディションで行われたレース1では10番手ポジションからのスタートで出遅れ一旦最後尾へ落ちたが、追い上げをして9位でフィニッシュした。

    レース2は路面が乾き出す難しいコンディションで行われた。スタートでレインタイヤを選択した佐藤琢磨は3周目にドライタイヤに交換のためピットイン、順位を落とした。その後着実に順位を上げ、最終的には7番手争いを集団で展開し8位でフィニッシュした。

    佐藤琢磨
    「レース1ではスタートに失敗してしまい最後尾に落ちてしまいましたが、雨のコンディションの中、その後のペースは良かったし、順位も上げられました。最初のうち雨が多い中でも調子は良くて、その後雨量が少なくなってからはさらにペースアップすることができて、終始安定して走れました。ここまでクルマを仕上げてきた結果が出たのだと思います。まともにスタートできていれば上位入賞もできるペースだったので残念です。レース2については、ドライタイヤでスタートするグループとレインタイヤのグループとふたつに別れましたね。僕らはレインを選びましたが、スタート直後から予想以上に路面が乾きだしていて、1周目2周目のうちに、ドライタイヤに交換しようと決めました。チームメイトの山本選手がチャンピオンシップを争っているので先に交換してもらい、自分はその後で交換して追い上げるという形になりました。順位はそのときに一度落としてしまいましたが、そこから徐々に追い抜きも出来たし、雨が強くなった最後の2周でも順位を上げられました。あのままあと数周あったら結構おもしろい展開になったかなと思いますけど、仕方ありませんね。リザルトは思うように繋がりませんでしたが、楽しめるレースでした。チーム無限全員の、すばらしい働きぶりと山本選手の力強い走りがチャンピオン獲得につながったこと、そのチームの一員としてレースができたことを心から嬉しく思っています。」

  • 限定DVD:「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」

    限定DVD:「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」

    インディカー日本人初優勝を果たした佐藤琢磨の初参戦から優勝に至るまでの軌跡を収録したDVD「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」がGAORAから限定2000本で発売されることが決定した。

    今年、A.J.フォイト・レーシングに移籍し、インディカーで4年目のシーズンを戦った佐藤琢磨は、第3戦ロングビーチ」にて日本人初優勝の歴史的快挙を成し遂げた。

    日本人初優勝の快挙を達成するまでの貴重な記録とその軌跡を収録し、さらに、完全撮りおろし最新インタビューを含めた、ファン必携の永久保存版が遂にDVDで登場。

    本編170分+特典10分(予定)と見応え十分な内容。特典映像ではレース中のチーム無線を特別公開予定。また特典として12ページのスペシャルフォトブックレットが封入される。限定2000本。価格は6930円(税込)。

    【作品紹介】
    佐藤琢磨 インディカー・シリーズ日本人初優勝!
    2010年インディカー・シリーズ初参戦から、着々とステップアップ。
    トップ争いをするまでになった参戦3年目の2012年では2度の表彰台、そして世界で最も歴史のあるレース、インディ500で魅せたファイナルラップでの歴史的なトップ争い。あと一歩のところでつかみかけた優勝の瞬間・・・。
    そして、A.J フォイト・レーシングに移籍した4年目のシーズン。第3戦 「トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ」にて日本人初優勝の歴史的快挙を成し遂げた。
    このアメリカでの偉業は、翌日のニュース番組や多数の新聞の一面を飾るなど、日本でも大々的に報じられた。
    ファンが待ち望んだ夢がついに実現した瞬間だった。
    本作は、佐藤琢磨選手の最新のインタビューを交え、インディカー・シリーズ初参戦から優勝までの軌跡を収録。
    ファン必携のDVD!スペシャルフォトブックレットも付いた特製スリーブ仕様。2,000枚限定商品です!

    【封入特典】
    ★スペシャルフォトブックレット(12P)

    【特典映像(予定)】
    ★レース中のチーム無線特別公開(10分)

    【作品ポイント】
    ★日本でもニュースや新聞で大々的に報じられた、人気レーサー・佐藤琢磨の偉業!
    「インディカー・シリーズ」2010年の初参戦から、2013年第3戦 「トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ」にて、日本人初優勝の快挙を達成するまでの貴重な記録とその軌跡を収録し、
    さらに、完全撮りおろし最新インタビューを含めた、ファン必携の永久保存版が遂にDVDで登場!!

    ★特典映像は必見必聴!!レース中のチーム無線を特別公開予定!!
    封入特典は、他では見ることのできないスペシャルフォトブックレット(12P)!

  • 佐藤琢磨 「とてもエキサイティングなシーズンでした」

    佐藤琢磨 「とてもエキサイティングなシーズンでした」

    佐藤琢磨が、インディカー最終戦フォンタナ、そして2013年シーズンの戦いを振り返った。

    全長2マイルのフォンタナ・スピードウェイで開催された2013年IZODインディカー・シリーズの最終戦でも、佐藤琢磨の運気は変わらなかった。

    レースの折り返し地点を過ぎたあたりで、佐藤琢磨はマシンを惰性で走らせてピットに戻り、そのままリタイアに追い込まれた。

    250周/500マイルで競われるレースの144周目、コース上のゴミやマシンの破片を拾った影響で佐藤琢磨のマシンはオーバーヒートを起こし、エンジンが不調に陥って戦線離脱を余儀なくされた。この結果、No.14のフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダは17位とされ、チャンピオン争いの最終結果でも同じように17位となった。

    事前にフォンタナでのテストを行なっていたこともあり、西海岸に向かう佐藤琢磨とフォイト・レーシングの志気は高かった。

    「フォンタナで行なわれたテストに1日参加し、ここでコンペティティブなパッケージであることが確認できたので、僕たちには少し自信がありました」と佐藤琢磨は振り返る。

    「タイアのスペックは去年とは違っていました。また、テストでは様々なアイテムを試しました。クルマのバランスはよく、いい状態でしたが、本番はナイトレースなのにテストはすべて日中に行ないました」

    ところが、金曜日にコースを走り始めたとき、マシンの感触は思わしくなかった。

    「90分間のプラクティスで、路面がグリーンの間はいいフィーリングだったのですが、タイアの摩耗が進むにつれてスタビリティが低下していきました。なんとかこれに対処しようとしましたが満足のいく結果は得られず、プラクティスが終わるころにはとてもナーバスな挙動を示すようになりました」

    「ダウンフォースの制限が掛けられたインディカーでフォンタナを走ると、ターン1とターン2ではとてもトリッキーな動きを見せることがよくあります。コース幅が広くバンク角も深いので、いろいろなラインでコーナーに進入することができるのですが、各レーンを仕切るつなぎ目がとてもスリッパリーだったりします。しかも、各レーンのバンクが少しずつ違っているので、これをまたいで走ろうとするととてもナーバスな動きをします。いっぽうのターン3とターン4は、多少バンプがありますがそれほどバンク角の変化がアグレッシブなものではないので、こちらはレーンをまたぐことがよくあります」

    「ここでセッティングを変更したところ、リアのスタビリティが失われてしまい、ターン3でスナップ・オーバーに見舞われました。おかげで僕はいきおいよくウォールに接触。ひどい週末のスタートとなってしまいました」

    これで予選には出走できなくなったが、驚くべきことに、金曜日の走行を締め括る夜のプラクティスまでにマシンの修復は完了した。

    「衝撃はとても大きかったけれど、幸いにもダメージはあまり大きくありませんでした。バックアップカーに乗り換える必要もありませんでした。修復の必要があったのはリアエンドと車体の左半分で、メカニックたちはマシンを修復するのに素晴らしい働きをしてくれました。ただし、予選はその2時間後だったので、残念ながら間に合いませんでした」

    「それでも、夕方のセッションを走れたのは素晴らしいことでした。そうでなければ、いきなり夜の決勝を迎えることになったはずです。僕は20番手に留まりましたが、それでもいくつかのアイテムを試し、自信を取り戻すことができました。ただし、大きなトラフィックのなかでハンドリングを確認することはできませんでした。マシンは、とりあえず自分が望むようなスタイルでドライブできるようになっていましたが、それでもタイアが摩耗するとオーバーステア傾向を示していました」

    これで差佐藤琢磨は最後尾25番グリッドからのスタートとなったが、レースは序盤から順位を上げていく期待のもてる展開となった。そして最初のピットストップが行なわれる頃には19番手まで浮上していた。

    「今回は500マイルの長いレースなので、徐々に順位を上げていけばいいと考えていました。マシンのフィーリングはまずまず良好でした。路面は非常に滑りやすい状態でしたが、 スタート直後は他のマシンが密集して走行していたので、上手く勢いにのせて順位を上げるチャンスに恵まれました」

    「タイアの性能低下が始まったとき、去年と同じように順位を上げられることを期待していましたが、今回はプラクティスのときのようにスタビリティが低下していきました。状況は少しずつ難しくなっていったので、早くフレッシュタイアに履き替えたいと思っていました」

    コース上に多くの破片などが散らばっていたため、1回目のピットストップでは佐藤琢磨だけでなく多くのドライバーがタイムをロスした。

    「ラジエーターのエアインレットからゴミを掻き出す必要がありました。また、チームはオイルと冷却水の温度が上昇していることを心配していました。ラリー・フォイトがコース上の破片を拾っていることに気づいたので、メカニックたちがそれを取り出そうとしました」

    「昨年は、ターン3につながるバックストレッチの220mph(約350km/h)でアプローチする部分に大きなバンプがあり、これに乗り上げると4輪が宙に浮いてホイールスピンを起こし、エンジンのリミッターが作動してしまうほどでした! このため今年はバックストレッチ全体の路面を削りましたが、その破片というかホコリがコース上に残ったままでした。カリフォルニアの砂漠では雨がほとんど降らないので、ずっと洗い流されなかったのです。それでホコリが何度もコース上に現れ、リスタートのときにはまるでサンドブラストをかけているかのようにホコリが舞い上がりました!」

    「コースの清掃係は繰り返しホコリを払おうとしましたが、たくさんのドライバーがこの問題に悩まされたほか、このホコリのせいで捨てバイザーもあっという間に台無しになってしまいました」

    ピットストップが長引いたせいで佐藤琢磨は周回遅れとなったが、最初にコーションラップとなったところでリードラップに復帰。この段階で周回数はまだ170周も残っていた。

    「長い夜に向けて、僕は再スタートを切ることができました。この頃になると、マシンのフィーリングは段々よくなってきました。路面は引き続きとても滑りやすい状態でしたが、ラバーがだんだんのってきたほか、日が沈んで気温が下がり始めたため、僕たちには好ましい状況となり、いくつか順位を取り戻すこともできました」

    実際、佐藤琢磨はオリオール・セルヴィアとジェイムズ・ジェイクスをオーバーテイクして18番手に浮上。さらに次のコーションラップでは16番手へと駒を進めた。続いてグレアム・レイホールとジャスティン・ウィルソンをパスして14番手と挽回。その直後にウィルソンを巻き込む大規模な多重事故が発生したため、コース上は長い時間、イエローが提示されたままとなった。

    「アクシデントの残骸は凄まじい量でした。ジャスティンのことがとても心配で、1日も早い回復を祈っています。事故のあともドライバーがコクピットに閉じ込められたままになっているのを見るのは辛いものです」

    チームは佐藤琢磨を2回ピットに呼び寄せ、燃料がちゃんと入っているかどうか、そしてフレッシュタイアがパンクしていないかどうかなどを念入りにチェックした。これはまだレース半ばのことで、この後の展開はまったく予想できない状況だったが、残念なことに、それから20周ほどを走ったところで琢磨はリタイアを喫することになる。

    「水温がどんどん上がり続けたのでエンジンがオーバーヒートしてしまい、パワーが低下しました。残念でしたが、今回は本当にサバイバルレースとなりました。完走したのはたったの8台です。こんなことは、CART時代のミシガン500マイル以来、なかったそうです」

    最終戦を終えた佐藤琢磨は日本に戻り、鈴鹿と富士でスーパーフォーミュラ・シリーズのレースに臨むことになるが、これを別にすれば、今後は2014年のインディカー・シリーズをどう戦っていくかが主なテーマとなる。

    「いいこともそうではないこともたくさんあった2013年は、本当に驚くようなシーズンでした。でも、僕たちは初優勝を達成しただけでなくポールポジションも勝ち取り、そのほかのレースでも高いポテンシャルを発揮できたので、とてもエキサイティングなシーズンでした。引き続きこの勢いを保っていきたいと思います」

    「今シーズンもたくさんのことを学びました。まずはABCサプライ・AJフォイト・レーシングのスタッフに心から『ありがとう!』といいたいですね」

  • 佐藤琢磨、マシントラブルで無念のリタイア (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨、マシントラブルで無念のリタイア (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦フォンタナのレースを最後尾スタートから12番手まで順位を上げたものの、無念のリタイアを喫した。

    佐藤琢磨は、プラクティスでのアクシデントによって予選に出走できず、最後尾の25番グリッドからスタートした。

    レースは250周、500マイルもの長さがあるため、佐藤は燃費セーブにも十分に気を配りながら着実にポジションを上げていく戦いを目指した。

    得意のスタートで素早く5つのポジションアップを果たし、20番手に順位を上げた佐藤琢磨は、1回目のピットストップを終えたあとに周回遅れに陥ったが、71周目に出されたフルコースコーションを利用してリードラップに返り咲いた。

    そのあとも1つずつ順位を上げていく戦いを展開した佐藤琢磨だったが、ほかの多くのマシンと同様にエンジンのオーバーヒートに悩まされ、144周を終えたところでピットにマシンを滑り込ませ、リタイアとなった。

    佐藤琢磨(17位)
    「ラジエーターを異物が覆ったことによるエンジンのオーバーヒートにより、リタイアとなりました。とても残念な結果です。プラクティスでアクシデントがありましたが、クルーたちがマシンを完ぺきに仕上げてくれました。彼らはレース中のピット作業でもすばらしい仕事ぶりを発揮してくれ、着々とポジションを上げていくことができました。それだけに、今日のレースは最後まで走りきりたかったんです。今年はロングビーチで優勝を飾ることができ、ファンタスティックなシーズンでした。苦戦が続いた時期もありましたが、ヒューストンでポールポジションを獲得し、私たちがスピードを取り戻したことと、チームが高い力を備えていることを証明しました。ハードワークを続けてくれたチームに感謝したいと思います」

  • 佐藤琢磨、プラクティスでの事故で予選を走れず (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨、プラクティスでの事故で予選を走れず (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦フォンタナのプラクティス中に事故を起こし、マシンの修復が間に合わなかったために予選出走を断念した。

    全長2マイル(約3.2km)のオート・クラブ・スピードウェイで行われたプラクティスにおいて、ターン3に進入しようとした佐藤琢磨のマシーンはリアのグリップが失われ、車体の左側がウォールに接触。

    幸いにも佐藤琢磨は無傷でしたが、マシーンは左側のサスペンション、ボディワーク、ウィングなどにダメージを負いました。ただし、幸モノコックに異状がなかったのは不幸中の幸いだったといる。この事故が起きたとき、琢磨はトップ10につけていた。

    佐藤琢磨は、予選に出走できず、このレースに出走する25台中、最後尾からスタートすることになった。

    佐藤琢磨
    「今日は難しい1日となりましたが、メカニックたちには心からお礼を申し上げます。今朝、事故が起きてから、彼らは本当に素晴らしい仕事をしてくれました。今晩経験できたことはとても貴重で、乗りやすいマシーンであることが確認できました。とにかく安定したハンドリングであることがわかったのですが、これはとても重要なことです」

  • 佐藤琢磨 「ダリオが1日も早くコクピットに戻ってくることを願っています」

    佐藤琢磨 「ダリオが1日も早くコクピットに戻ってくることを願っています」

    佐藤琢磨が、インディカー第17・18戦ヒューストンのレース週末を振り返った。

    ヒューストンの市街地コースで行われたインディカーレースは実にエキサイティングだったが、それでも佐藤琢磨の“不運の連鎖”を断ち切ることはできなかった。ただし、少なくとも佐藤琢磨とAJフォイト・レーシングを上り調子へと転換させることはできたようだ。

    ダブルヘッダーで開催されるこのレースでは、第2ラウンドの最終ラップで佐藤琢磨が関係する大クラッシュが発生したものの、幸いにも佐藤琢磨は無傷だった。いっぽう、同じレースの第1ラウンドでは佐藤琢磨がポールポジションを獲得。なお、フォイトのチームが予選を制したのは1999年7月にアトランタ・モーター・スピードウェイでビリー・ボートが達成して以来のことである。いっぽう、佐藤琢磨がインディカー・シリーズでポールを獲得したのは、2011年のエドモントンを筆頭に、これが通算3回目となった。

    かつてチャンプカー・ワールドシリーズの舞台だったヒューストンでインディカー・シリーズが開催されたのは今回が初めてのこと。フォイト・レーシングでNo.14のマシーンに関わっている誰もが、このイベントを楽しみにしていた。

    「チームにとってはホームレースなので、とても楽しいイベントでした」と佐藤琢磨はコメント。

    「チャンプカーが開催された6年前のレースのビデオを見ましたが、非常に興味深いと思いました。クレージーなコースで、とてもバンピーなのに、速くて面白そうでした!」

    ただし、1ヶ所だけあまりにバンピーなところがあった。

    「今回はダブルヘッダーのイベントだったので、プラクティスは非常に短いものでした。いっぽう、他のカテゴリーでターン1のバンプが大きな問題となったので、速度を下げるための臨時シケインが設置されることになりました」

    「予選は土曜日に延期され、その間にバンプの整備を行ったので、シケインなしのコースに慣れるために10分間のウォームアップが設けられました」

    「金曜日のプラクティスは、ライドハイトやスプリングなど、ごく基本的な作業に取り組みましたが、大きな手応えを掴みました。そして土曜日の午前中にはとても古いタイアを装着して臨みましたが、マシーンは好調で、自信を抱くことができました」

    「メインストレートでは引き続き大きなバンプを避けなければならず、キンク部分のイン側を走ることになりました。それでも予選は最高に楽しかったですよ。僕たちは最初に硬めのブラックタイアでコースインし、ここでいいラップタイムを記録した後、レッドタイアに履き替えてポールポジションを獲得しました。この結果にはとても満足していますし、チームは素晴らしい仕事をしてくれたと思います。たくさんのチーム関係者と、腰の手術を終えて初めてサーキットに姿を見せたAJの前でこのような成績を収められたので、最高の気分でした」

    「いつもだったら、ポールを獲った後は一晩いい気分でいられますが、今回は記者会見を終えると、そのままレースの準備を始めなければいけませんでした」

    土曜日の午後には決勝のスタートが切られるのだから、忙しい思いをしたのは佐藤琢磨ひとりではなく、誰にとっても同じことだった。ただし、スタートラインでクラッシュが発生したために直ちに黄旗が提示され、この影響で佐藤琢磨は右リアタイアにパンクを負うことになる。

    「それほどいいスタートではありませんでしたが、トップを守ることはできました。ところが、先頭でこの事故現場に戻ってきたため、パーツの破片を拾ってしまったようです。エンジニアがラップごとに空気圧が下がっていることを伝えてくれたので、ピットストップをしないわけにはいきませんでした。これはとても辛いことでした」

    これで佐藤琢磨は12番手に後退。そしてリスタート以降は、トニー・カナーン、セバスチャン・ブールデ、マイク・コンウェイらと立て続けにバトルを演じることになる。

    「予選のときに比べると気温は大きく上がり、僕らはマシーンのスピードを失っていました。グリップは徐々に落ち始めていましたが、サイド・バイ・サイドのバトルがたくさんあったので、引き続きとてもエキサイティングでした。いっぽう、多くのドライバーが縁石に乗り上げて激しく跳ね飛び、コース上のホコリやマーブルに乗ってしまうような難しい状況でしたが、とにかく我慢のレースとなっていました」

    残念ながら、無線のトラブルによりチームと連絡をとれなかった佐藤琢磨には黒旗が提示され、ここでピットに戻ったマシーンをチームは修復することができた。この作業はあっという間に終わったが、佐藤琢磨はチームにハンドリングの症状を伝えるチャンスを逃してしまう。

    それでもレース戦略が的確だったこともあって、残り20周でリスタートを行ったときには8番手まで挽回していたが、フィニッシュまであと2周となったところで不運が襲いかかり、佐藤琢磨はウォールと接触することになる。

    「ジョセフ・ニューガーデンがターン1でイン側に飛び込んで僕をパスしていきましたが、このとき、彼はまったくスペースを残さなかったので、僕はシケインをショートカットすることになりました。これでタイアにはホコリがたくさんつきましたが、その後のターン3では3台が非常に接近して進入する形となります。僕のイン側にはジェイムズ・ジェイクスが飛び込んできました。僕はなんとかコーナーを曲がろうとしましたが、路面はとても滑りやすい状態になっていたため、一度ラインを外すともうどうすることもできず、僕はウォールに接触してしましました」

    「このときトーリンクにダメージを負いましたが、他のドライバーがリタイアすればポジションを上げることができるので、残り数周を走るためにレースに復帰しました」

    佐藤琢磨にとってはさらに悔しいことに、レース2の予選はキャンセルとなり、スターティンググリッドにはポイントランキング順に整列することとなった。ただし、エンジンをストールさせたダリオ・フランキッティと、チームのコミュニケーションが図れずに間違ったグリッドに並んだ琢磨のふたりは、最後尾からのスタートを余儀なくされた。

    「予選開始の10分前に雲行きが怪しくなってきたので、僕はヘルメットのなかで笑顔を浮かべていました。なにしろ、雨は大好きですからね! 僕は最終的にセッションがキャンセルされるまで、誰よりも長くコクピットのなかで待ち続けました」

    スタートとリスタートを完璧に決めた佐藤琢磨はぐんぐん順位を上げていき、レースが折り返し地点を迎えるころにはトップ10に迫っていた。

    「土曜日の走行から学んだことがあったので、マシーンはよくなっていました。僕がいちばん速かったわけではありませんが、チームが指示したピットストップやレース戦略がよかったので、トップグループと肩を並べることができました」

    最後のピットストップを終えたとき、7番手となった佐藤琢磨はシモン・パジェノーを追っていた。

    「6番手争いのバトルはエキサイティングでした。リスタートしたときのスピードは彼のほうが上でしたが、その後、彼に追いついていき、さらにプッシュ・トゥ・パスを使ってギャップを縮めていきました。サイモンとは僅差でフィニッシュできそうでした。抜けるかどうかはわからないけれど、とにかく全力を尽くそうと思ったのです。ファイナルラップの1周前、バトルをしていた僕はターン8の縁石に乗り上げてしまいます。これでマシーンは跳ね上がってラインがアウトにはらみ、マーブルに乗り上げて出口側のウォールにかすってしまいました」

    「レースはとても接戦だったので、勢いを失った僕はその直後にいくつかポジションを落としていました。また、リアのトーリンクにダメージを負ったようにも思いました。ここから最終ラップのターン4まではすべて左コーナーです。マシーンがドリフトするため、さらにマーブルを拾ってしまいました。このときはレースを走りきることだけを考えていました。けれども、右コーナーのターン5に進入したとき、左リアタイアに大きな荷重がかかり、これでトーリンクに問題が起こってしまったようです。ここはとてもトリッキーなコーナーで、僕は内側のラインをキープしようとしましたが、残念ながらひどいスナップオーバーが急に起こり、クルマ1台分くらい大きく横滑りしてしまいます。このとき、ちょうどダリオが僕をオーバーテイクしようとしていたので、ハイスピードで接触した2台によって大きな事故が起きました」

    佐藤琢磨のマシーンはコースを横断したところで停止したが、その側面に前方が見えていなかったEJヴィソのマシーンが激突する。

    「ものすごい衝撃でした。マシーンの右側は大破し、ベルハウジングまで大きな穴が貫通していました。それは、2002年のオーストリアGPを思い起こさせるようなアクシデントでしたが、ニック・ハイドフェルドがマシーンの弱い部分に突っ込んできたのに対し、EJが接触したのが頑丈な部分だったことは幸いでした」

    「衝撃はとてつもなく激しかったのに、シェルにはまったくダメージがありませんでした。僕は軽い打撲傷を負いましたが、大したことはなく、最新のシャシー設計の素晴らしさに大いに感謝しています」

    「いちばん心配なのは、ダリオ、ケガをされた13名の観客、そしてインディカーのオフィシャルたちで、一刻も早いご回復をお祈りしております。日曜日の夜11時ころ、足首の手術に成功したダリオのもとを訪れました。彼は本当に強い男で、ジョークを言ったり笑顔を見せてくれたりしました。麻酔の影響で軽い目まいを起こしているようでしたが、笑い合って話せたことで、僕はようやく胸を撫で下ろすことができました。彼が1日も早くコクピットに戻ってくることを願っています」

    幸いなことに、2週間後にカリフォルニアのフォンタナ・スピードウェイで開催される2013年最終戦に佐藤琢磨は出場する予定だ。

    「ヒューストンのレースの直前に、僕たちはフォンタナでテストし、いい結果を得ているので、そこでもパッケージが好調であることを期待しています」