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  • 佐藤琢磨、日本カー・オブ・ザ・イヤー「実行委員会特別賞」を受賞

    佐藤琢磨、日本カー・オブ・ザ・イヤー「実行委員会特別賞」を受賞

    佐藤琢磨が、2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤーにおいて「実行委員会特別賞」を受賞した。レーシングドライバーが受賞するのは初めてとなる。

    佐藤琢磨は、今年5月に米国にて開催された第101回インディ500で優勝。インディ500は、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ『世界3大レース』のひとつとして知られ、日本人がインディ500で優勝したのは佐藤琢磨が初めてとなる。佐藤琢磨は2010年の第94回大会から挑戦を続け、8回目のチャレンジでの栄冠とった。

    佐藤琢磨
    「このたびは、実行委員会特別賞を頂き、誠にありがとうございます。この賞をレーシングドライバーが受賞するのは初めてだと聞きました。インディ500で優勝したことにより、このような賞を受賞でき、本当にうれしく思っています。今まで支えて下さった多くの方々に感謝致します。来年は飛躍の年として更なる結果を求めて頑張り続けたいと思っています。これからも応援宜しくお願い致します」

    また、2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤーでは、ホンダの軽自動車N-BOX(エヌボックス)が「スモールモビリティ部門賞」を受賞。

    N-BOXは、先代から好評の広い室内空間や存在感のあるデザインを踏襲しながら、助手席スーパースライドシートなどの充実した新機能を備えた上で約80kg軽量化すると共に、優れた走行性能・低燃費・乗り心地を実現した。また、先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」を全車標準装備とし、JNCAPの2017年度「予防安全性能アセスメント」において最高評価となる「予防安全性能評価 ASV++」を獲得した。

    2017年9月1日の発売以来、累計受注台数は8万5,000台を超え、N-BOXシリーズとして、3ヵ月連続で四輪総合販売台数第1位を獲得するなど、子育て中のファミリー層を中心にシニア層まで、幅広い層のお客様から支持を得ている。

    株式会社本田技術研究所 新型N-BOX開発責任者 白土清成
    「このたびは、スモールモビリティ部門賞を頂き、ありがとうございました。良い商品を創ることに留まらず、N-BOXを通じてユーザーの生活をより良くしたいという想いから、日本で一番使いやすいファミリーカーを目指してまいりました。開発に携わったすべてのチームメンバーを代表して御礼申し上げます。本当にありがとうございました」

  • 【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    佐藤琢磨が、2018年にレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を決断した経緯を語った。

    今年、佐藤琢磨は名門アンドレッティ・オートスポーツに移籍し、アジア人として初めてインディ500を制した。誰もが来季もアンドレッティで活躍するものと考えていたが、佐藤琢磨は2012年に所属していたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を選んだ。

    佐藤琢磨は10日(日)、都内でファンイベント『TAKUMA CLUB MEETING 2017』を開催。その場で移籍についての経緯を語った。

    「僕としては、やっぱりシリーズチャンピオンになりたいんです」と佐藤琢磨は語り始めた。

    「それには絶対的な速さと強さが通年を通してないとなれない。シリーズチャンピオンを獲りたいんですけども、2018年は新しいパッケージなる。でも、今年はホンダとシボレーで違う。エンジンだけでなく、空力特性が違った。2016年から2017年にかけてレギュレーションがフリーズになったので、16年に速いクルマは17年も速い、16年に遅いクルマは17年も遅いということになる。そうすると、ホンダのパッケージは非常に申し訳ないんだけど、シリーズチャンピオンはあまり現実的ではない。となったときに、狙うは一つ、インディ500だと」

    「そうすると、インディ500で一番強いチームというと、当然ペンスキー、ガナッシの2つだけではなく、アンドレッティ・オートスポーツがある。僕としては、インディ500を獲りにいく、そのためにアンドレッティに行くと。2016年、アンドレッティは1-2だった。戦略の違いがあったんですけど、つまり、どういった状況でも速かったのは事実なので、17年も強いだろうと。そのときに、AJフォイト・レーシングの進路が変わってしまって、エンジンのメーカー変更があって、僕としてはホンダ系のチームでやっぱり走りたい」

    「だから、他を探していて、26号車がそっくりそのままあって、そこには自分が昔いたエンジニアが待っていてくれて、とすべて揃っていたので、本当に二つ返事ではないけど、アンドレッティに行くと決めて、移籍したわけです」

    「ところが、僕としては15号車がずっと気になっていたんです。2012年にボビーのところで走って、その後、お互いに違う道を行かざるを得なかったんだけど、ボビーは僕に来年一緒に走ろうとずっと言ってくれてた。でも、いろんな条件、チームの大きさだったり、体制だったりが整わなくて、実現しなかったんですね」

    「18年に関しては、僕がインディ500を勝った今、ボビーとしては今言わないでどうするという話になって。僕としてはチームの契約があるし、そんな簡単には行かないんです」

    「ところが、同じときにマイケルが『ちょっとエンジンメーカーが変更になる可能性がある。シボレーで走れるか』という質問があって、どっかで聞いたセリフですけど(笑)。で、『一回、持ち帰らせてくれ』と。で、日本に戻ってホンダにも相談して」

    「そのときに例えば、F1の時も実はそうだったんだけれども、“待つ”という作業があったんですよ。でも、それって、結局自分の未来を誰かに委ねなきゃいけない。マイケルを信じて、でも、ファイナルシャルの状態とかいろいろ見ると、チームの中にいたんでわかるんだけども、本当にやばかったんですよ。で、シボレーに行く可能性がものすごい高くて」

    「そうなると、ずっと契約で拘束されたまま、いろんなところが埋まり始めてて、ポンと放出される可能性があった。向こうとしてはインディ500に勝ったので放出なんてしないんです。ただ、もしシボレーのエンジンになったら、僕は走らないし、走れないんですよ」

    「そうなったときにまた移籍ってなって、チームがまた戻るとか、下にいくとか嫌だったんで。インディ500獲ったらチャンピオンしかないでしょう。そしたら、ボビーのところしかないんですよね。でも、もちろん、アンドレッティと契約更新することもできました。ちゃんとオプション契約も持っている。でも、僕としては次のステップに行きたい

    「なんでレイホールなのかというと。これまでアンドレッティ・オートスポーツは4台体制で、ペンスキーも4台体制、チップ・ガナッシも4台体制のなかで、グラハム・レイホールは1台でやってきた。で、ホンダのパッケージが苦しかった15年と16年、シングルカー体制でホンダ最上位だったんですよ。それぐらい安定している。ショートオーバル、スーパースピードウェイ、ロードコース、ストリートコース、すべての環境のなかで速くないとシリーズ争いの上位には入れないんです。しかも15年はチャンピオン争いをしている。今年も確かスコット・ディクソンには負けたんですけど、ホンダ2位なんですよね。そういうことを見ると、基本的なメカニカル、つまり空力サイドでは僕らはある意味ディスアドバンテージがあったわけで、それをカバーできるメカニカルグリップを彼らは持っている。それは僕はグラハムの真後ろで走っていたからよくわかる」

    「で、来年はユニバーサルパッケージということで上側が全員一緒になるので、何が大事かと言うとメカニカルグリップなんです。アンドレッティはプラクティスで4台のなかで一番いいのを選んでいけるけど、彼らはとりあえずひとつの方向で行くしかない。適当にいくとレースは科学の世界なので駄目になっちゃうんだけど、彼らのエンジニアリングはちゃんと正しいところに戻ってくる。グラハムも時として予選を失敗することもあるんだけど、決勝は常に速いんですよ」

    「それで僕は話を進めて、ボビー・レイホールのところに移籍することを決意したんです」

    古巣に戻ることに関して佐藤琢磨「全然問題ないでよ」と語る。

    「あの年は僕がインディカーに乗って初めての表彰台だったり、そして、インディ500はあとちょっとで勝てるところまで行って、すごく勢いのあるいいチームだった。ただ、小さかったし、エンジニアリングのメンバーもあれからごそっと一新して、非常に強くなった」

    「僕としては26号車はやっぱり後ろ髪を引かれたというか、やっぱり彼らとともに作り上げてきたものというのは、間違いなくナンバー1のクルマですし、本当に彼らのサポートがあったからこそ僕は活躍ができたわけで、その人たちと一緒にできないのは非常につらかったですね。でも、みんな涙してたけど、俺らの絆は一生変わらない、どこに行っても応援していると言ってくれて。ただ、後ろを走ってねと(笑)。それはお互い様というか、非常に別れ惜しいけど、非常に素晴らしい環境のなかで送り出していただいて、感謝の気持ちしかないです」

  • ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダは、今年のインディー500ウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500優勝トロフィー「ボルグワーナートロフィー」を12月8日(金)・9日(土)の2日間にわたってHondaウエルカムプラザ青山で特別展示する。

    ボルグワーナートロフィーは、世界三大レースの一つ、インディ500の勝者を称えるために1936年に登場。

    それまでのウイナー24名の顔が刻まれた、特徴的なフォルムの銀製彫刻には、毎年優勝者の顔が追加されていき、レース後に飲み干す牛乳と同様にインディ500の象徴的アイコンとして認識されている。

    今年、アジア人として初めてインディ500を制した佐藤琢磨選手の顔もこのトロフィーに刻まれ、10月17日に米国で初めて公開された。

    普段、トロフィーはインディ500の舞台であるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ内に所在する、ホールオブフェームミュージアムで展示されている。しかし、この度、1936年に登場して以来、初めて米国を離れ日本でのさまざまなイベントでお披露目されることとなり、12月8日・9日の2日間、Honda青山ビルにも展示されることになった。

    本物のフォルム、その大きさ、刻まれた歴代の優勝者の表情を間近で見ることができる希少な機会だ。

    ボルグワーナートロフィー
    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。当初の価値は1万ドル(約112万円)だったが、現在は350万ドル(約3億9500万円)まで価値が上昇している。

  • 佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500の優勝トロフィー『ボルグワーナートロフィー』が、82年の歴史上で初めて米国を離れ、日本へとやってくる。

    今年、佐藤琢磨は世界3大レースのひとつ“インディ500”で日本人ドライバー初となる優勝という快挙を達成。日本レース界の金字塔を打ち立てた。

    ボルグワーナートロフィーは、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されてきた。

    しかし、今回特別に日本で開催される佐藤琢磨のインディ500優勝、そして、ホンダのインディ500における12勝目を祝う様々なイベントのために11月28日に米国を離れて日本へと輸送された。

    「ボルグワーナートロフィーが日本に移動するのは非常に特別なことだと思います」と佐藤琢磨はコメント。

    「トロフィーは世界最大のレースでの優勝を表すものですし、自分が2017年のインディ500で優勝して、自分な顔がトロフィーに刻まれたことを非常に誇りに思っています」

    「ほぼ2週間、トロフィーはファンやメディアに公開されます。インディ500で優勝した初の日本人ドライバーであることを光栄に思っていますし、ボルグワーナートロフィーが僕のチームとホンダの業績を祝うために初めて米国外に旅することに非常に感謝しています。来年もまた頑張りますよ!」

    ボルグワーナー社のマーケティング副社長を務めるスコッド・D・ギャレットは「ボルグワーナー社は、インディ500で優勝した初の日本人ドライバーである佐藤琢磨を称賛するためにボルグワーナートロフィーが日本に持ち込まれることに興奮している」とコメント。

    「ホンダのインディ500での12勝と琢磨の“500”初優勝を彼らの母国で祝う手助けができることはボルグワナーの名誉だ。我々はボルグワーナートロフィーを日本のレースファン、メディア関係者、我々の従業員に示せることを非常に誇りに思っている。重さ110ポンド、高さ5フィート以上あるこの歴史的で象徴的なトロフィーは、インディアナポリス500の素晴らしい歴史と伝統を表している。その勝者は1911年の最初の“500”までさかのぼる」

    ボルグワーナートロフィー 展示スケジュール
    12月3日(日):Honda Racing THANKS DAY(ツインリンクもてぎ)
    12月4日(月):東京ドーム
    12月6日(水):ボルグワーナー工場(三重県・名張市)
    12月7日(木):NSKワーナー工場(静岡県・袋井市)
    12月8日(金):ホンダ本社(東京・青山)
    12月9日(土):ホンダ本社(東京・青山)
    12月10日(日):佐藤琢磨ファンイベント(東京)
    12月11日(月):佐藤琢磨 受賞イベント(東京)

  • 佐藤琢磨、GQ MEN OF THE YEAR 2017を受賞

    佐藤琢磨、GQ MEN OF THE YEAR 2017を受賞

    佐藤琢磨が、GQ JAPAN誌が選ぶ“各分野で著しい活躍を見せた2017年を代表する男たち”の賞『GQ MEN OF THE YEAR 2017』を受賞した。

    佐藤琢磨は“ベスト・スポーツマン賞”を受賞。世界3大レースのひとつ「インディ500において日本人ドライバー初となる優勝という快挙を達成。日本レース界の金字塔を打ち立てた。

    佐藤琢磨は「レース人生を本当に大きく変えてしまうような、そんな激動と言っていいくらいの非常に自分にとって大事な意味のあるシーズンでした」とコメント。

    「今年一番嬉しかったのは、やはりインディアナポリス5500マイルレース優勝です」

    「30年前に鈴鹿サーキットで生まれて初めてモータースポーツ触れて挑戦し続けて、今年その夢が叶いましたから自分にとってもう本当にこれほどのことっていうのはないですし、でも逆に夢がさらに大きくなって、前進していこうとそんな風に思った1年です」

    「18年は多分僕の真価が問われる。みんなが注目している。自分自身もさらに上に上がっていきたい。2018年を一言で言い表すならば、“躍進”だと思います」

    『GQ MEN OF THE YEAR 2017』の受賞者は佐藤琢磨を含めて9人。

    インスピレーション賞には元SMAPの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人。アクター・オブ・ザ・イヤー賞には俳優の長谷川博己。ベスト・コメディアン賞には芸人の秋山竜次(ロバート)、2017年のブーム賞には将棋名人の佐藤天彦、ミレニアル・インスピレーション賞にはミュージシャンの野田洋次郎(RADWIMPS)、アウトスタンディング・アチーブメント賞には俳優の斉藤工が選出された。

  • 佐藤琢磨、不倫を謝罪 「ひとえに私の弱さが原因」

    佐藤琢磨、不倫を謝罪 「ひとえに私の弱さが原因」

    佐藤琢磨が15日(水)の夜に自身のブログを更新。週刊誌で報じられたフリーアナウンサーの内藤聡子との不倫について「この度の報道された内容につきまして、応援して下さっている多くの皆様の信頼を裏切ってしまった事を心よりお詫び致します」と謝罪した。

    16日発売の 週刊新潮 は、佐藤琢磨(40歳)を直撃取材。不倫の事実を認め、内藤聡子とは2010年にラジオ番組の競演で知り合い、番組でレースを応援に来てもらったことで仲良くなり、不倫関係になったと説明した。

    佐藤琢磨は2005年に同じ年の妻と結婚し、二人の子供がいる。だが、すでに内藤聡子(43歳)との不倫は2012年に妻に知られ、離婚にむけた話し合いになったことも認めており、現在は代理人を通して話をしているという。

    今年、世界3大レースのひとつであるインディ500でアジア人初となる制覇を果たすという快挙を成し遂げた佐藤琢磨は、内藤聡子がレース活動の支えになってくれたとしつつも、2人の子供への思いも大きいとし、「正直、非常に悩んでいる」とも記事では語られている。

    この報道について佐藤琢磨は自身のブログを更新。「この度の報道につきまして」というタイトルで不倫について謝罪した。

    「この度の報道された内容につきまして、応援して下さっている多くの皆様の信頼を裏切ってしまった事を心よりお詫び致します」と佐藤琢磨は謝罪。

    「私を支援してくれてきた妻には深く感謝していますが、このような事態を招いてしまったことは、ひとえに私の弱さが原因だったと思っています」

    「今後の解決に向けて、誠意を尽くし、私自身、自らの責任を果たしていく所存です」

    「この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした」

    関連:佐藤琢磨、フリーアナウンサーの内藤聡子と不倫報道

  • 佐藤琢磨、フリーアナウンサーの内藤聡子と不倫報道

    佐藤琢磨、フリーアナウンサーの内藤聡子と不倫報道

    佐藤琢磨が、フリーアナウンサーの内藤聡子と不倫関係にあることを報じられ、本人もそれを認めている。

    佐藤琢磨(40歳)は、2005年に同じ年の妻と結婚し、2人の子供がいる。だが、 週刊新潮 が報じたところによると、佐藤琢磨は内藤聡子(43歳)と2010年に知り合い、それから数カ月後に不倫関係になったと報道。

    同誌の取材に対して佐藤琢磨は「10年秋、ラジオ番組で一緒になって盛り上がり、僕のレースを番組で応援に行くということにもなって仲良くなった。(不倫関係になったのは)それから数カ月後ですかね」と関係を認めているという。

    「内藤さんのことは12年夏ごろに知られて、その時期に離婚に向けての話をしたのも事実です。ただ、正直な話、非常に悩んでいます。僕のレースを内藤さんが支えてくれた部分は確実にありますが、一方で、子供への思いも大きい」

    現在、佐藤琢磨と妻は代理人を通して話をしているという。11月16日発売の「週刊新潮」では、警察沙汰を招いた騒動と併せて詳しく報じる。

    佐藤琢磨は、今年5月に開催されたインディ500を日本人として初制覇。その功績が認められ、内閣総理大臣顕彰の受賞。今月、ドナルド・トランプ大統領が来日した際には、安倍晋三首相主催の晩餐会に出席している。

    内藤聡子は、アシスタントを務めていた「5時に夢中!」(TOKYO MX)を昨年3月に卒業している。

    関連:佐藤琢磨、不倫を謝罪 「ひとえに私の弱さが原因」

  • 佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    今年の5月に開催された第101回インディ500で優勝した佐藤琢磨の顔が完成しトロフィーに取り付けられ、10月17日(火)に初めて公開された。

    世界で最も長い歴史を誇るインディアナポリス500マイルレース(インディ500)の勝者は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されているボルグワーナートロフィーに顔が刻まれる伝統となっている。

    この式典は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイ内にあるホールオブフェームミュージアムにおいて、チーム、サーキット、報道の関係者だけではなく、ファンにも解放されて華々しく賑やかな雰囲気の中で執り行われた。

    佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。

    夕方の5時に始まったセレモニーでトロフィーの一部分を覆っていた黒いベールが、ボルグワーナーのPR担当副社長と佐藤琢磨によって取り払われた。

    「この彫像はすごくうれしそうな顔をしていますね。こうしてトロフィーに貼り付けられた自分の顔を見て、本当にうれしく感じています。今日、実際に自分の顔がトロフィー上にあるのを見て感激しています。ノースカロライナ州にある芸術家のスタジオを訪れ、そこでは粘土製の実物大の顔を見せてもらいましたが、そのときも最高の出来栄えだと感じました。自分よりいい男になっていて、小さく作られた銀製の顔も、あの彫像と同じようにすばらしいと思います。そして、おもしろいことに小さくなった彫像は、ちゃんと日本人の顔になっていますよね」と佐藤琢磨は笑顔で印象を語った。

    「今日もまた本当にすばらしい一日となりました。インディ500で優勝してからというもの、もう何度も今日のような日を経験しています。ありがとうございます。今日、ここに来ていらっしゃる皆さん一人一人に感謝します。そして、今日ここに来ることのできなかった多くの方々も含めて、本当にたくさんの人たちの力があって、インディ500での優勝は達成されました。インディ500を走るようになってしばらく経ちますが、ここ数年、走る度に感謝の気持ちを深くしています」とスピーチを締めくくった。

    式典後の夜7時からは、インディアナポリス市街のレストランで恒例のメディア・ディナーが開催され、佐藤琢磨は20人ほどの地元メディアと、夕食や会話を楽しんだ。その上のフロアでは佐藤琢磨のスタッフ、友人など60人以上が集まり、そちらもテーブルを囲んで楽しいときを過ごした。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    インディカーは、今年のインディ500のウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれた“ボルグワーナートロフィー”を現地時間17日(火)にインディアナポリスモータースピードウェイ博物館で公開した。

    世界最長の歴史と、世界最大の規模を誇るインディ500で優勝した者は、その顔の彫刻がトロフィーに刻まれる栄誉を与えられる。

    今年、佐藤琢磨は日本人として初めてインディ500を制覇。ボルグワーナートロフィーに刻まれる104番目の顔になった。

    第101回大会のウイナーなのに101人目ではないのは、2つのレースでドライバー交代が行われ、2人が同年度のウイナーとなっているためと、1945年にインディアナポリス・モーター・スピードウェイを購入して大会消滅の危機から救い、インディ500を世界最大のレースへと再び繁栄させたコースオーナー、トニー・ハルマン氏の顔も刻まれているからだ。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。

    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。

    トロフィーの製作者はウィリアム・バーレーンズ氏。メジャーリーグベースボールの選手やアメリカの政治家などの彫刻製作でも有名なアーティスト。1990年からインディ500ウイナーの顔をボルグワーナートロフィーのために作っている。

    今年9月、佐藤琢磨はウィリアム・バーレーンズのアトリアを訪れ、インディ500の翌日に彫像製作用として撮影された写真をもとに、粘土で作られた実物大の顔および頭部の細かな部分を作り込まれた。

    ボルグワーナートロフィーには、佐藤琢磨の顔のレリーフと名前、開催年の2017年、そして、佐藤琢磨の決勝レースにおける平均速度155.595MPHが刻まれた。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨が、2018年のインディカー・シリーズを戦うレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシンでシート合わせを戦った。

    今年、アンドレッティ・オートスポーツでインディ500を制した佐藤琢磨は、来シーズンより2012年にも在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する。

    移籍について佐藤琢磨は「レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー、デイヴ、マイクの3人は、これまでもいつも僕を応援してくれました。過去数年間、チームは驚くほどコンペティティブでした。2018年にこのチームの一員となることが待ちきれないような思いです。きっと、僕たちは一緒に素晴らしいことを達成できるはずです」と語っている。

    佐藤琢磨は16日(月)にチームのワークショップを訪問。2018年シーズンの愛機となるイエローにカラーリングされたカーナンバー16のマシンでシート合わせを実施した。

    佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング

    この日は、レッドブル・エアレースでチャンピオンを獲得した室屋義秀も同行。室屋義秀は、2018年の佐藤琢磨のチームメイトとなるグラハム・レイホールのマシンに乗り込んで、佐藤琢磨からマシンについて説明を受けた。

    インディ500のウィナーである佐藤琢磨は、伝統あるレースを代表してスピードウェイで開催されるエアレースを訪問。予選日に初対面した2人は、世界を駆け巡って活躍する者同士、すぐさま意気投合。翌日には室屋義秀が同じ日本人としてエアレースで初のワールドチャンピオンになる瞬間を見守った。

    佐藤琢磨と室屋義秀