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  • ブリヂストン、2015年でMotoGPから撤退

    ブリヂストン、2015年でMotoGPから撤退

    ブリヂストンは、MotoGPにおける公式タイヤサプライヤーとしての契約を2015年シーズンで終了することを決定した。

    ブリヂストンは「2002年の初参戦以来、より速く、より安全なタイヤをめざして技術革新を繰り返しながら、トップライダーの足元をささえてきました。タイヤの開発・供給を通じて、当社の技術は飛躍的に向上し、また、MotoGP関係者及び世界中のファンに支えられ、世界各国でブランド力の強化にも多大な貢献を果たすことができました」とプレスリリースで述べた。

    「これまで応援してくださったMotoGPライダー、チームおよび関係者の皆様、そして世界中のモータースポーツファンの皆様に心よりの感謝をお伝えします。なお、2015年シーズン終了までは従来と同様にMotoGPを全力でサポートしていきます」

    「当社はモビリティー社会に携わる一員として、今後もモータースポーツ活動に情熱をもって参画していきます。また、当社リソースを最大限に活用し、新たな形でモータースポーツを楽しんで頂けるよう全力を尽くします。引き続き当社モータースポーツ活動にご支援を賜りますよう宜しくお願いします」

  • ブリヂストン、F1復帰を否定

    ブリヂストン、F1復帰を否定

    ブリヂストンは、2014年にF1復帰する可能性を否定した。

    現時点でいまだピレリは2014年の契約を結んでおらず、来年のタイヤ供給への不安が高まっている。

    ブリヂストンは、1997年にF1に参入。2010年末にF1から撤退した。ブリヂストンの広報担当者は、その決定をひるがえす計画はないと述べた。

    「現在、我々にF1に再参入する計画はありません」

    「F1への参戦以降、ブリヂストンは、ヨーロッパ、そっして世界中のそれ以外の地域でのブランド認知において大きな改善を成し遂げました」

    「同時に、ブヂストンは、乗用車タイヤの開発のために、F1タイヤのコンパウンド、設計、シミュレーションの技術を適用することに成功しました」

    「ブリヂストンの14年間のF1参戦は非常に重要だったと言うことができます」

    「連続的に変化する現在のビジネス環境において、ブリヂストンはそれらを革新的なテクノロジーや戦略的な製品のさらに集中的な開発に変えるというニースに集中し、2010年末の契約満了後に新しいタイヤ供給契約を更新しないことに決めました」

    潜在的なタイヤ供給候補に挙げられているハンコックも、2014年のF1参戦を否定している。

    関連:
    ・ハンコック、2014年のF1タイヤ供給を断念 – 2013年6月2日
    ・ピレリ、F1撤退を警告 – 2013年5月25日

  • ブリヂストン、バレンティーノ・ロッシとのアドバイザー契約を延長

    ブリヂストン、バレンティーノ・ロッシとのアドバイザー契約を延長

    ブリヂストン・ヨーロッパは、モーターサイクルタイヤの開発アドバイザーとして、バレンティーノ・ロッシとの間で合意を延長したことを発表した。

    昨年から欧州全土において、モーターサイクルの情熱を促進するため、二人三脚で公道タイヤ、特にレーシングやスポーツツーリングの分野におけるパフォーマンスと安全面の向上を目指して、開発に着手。

    2年連続して、アドバイザーに就任したバレンティーノ・ロッシは、「ブリヂストンとは、MotoGPで長く一緒に仕事をしてきて、常に彼らのプロフェショナルリズムと製品の質の高さに感銘を受けていた。今回の延長合意は、新たな公道タイヤの開発に貢献する素晴らしい機会となる」と、抱負を語った。

    ブリドストン・ヨーロッパのCEO、フランコ・アンネンツィアータは、「バレンティーノ・ロッシは、弊社の偉大な大使です。今回の合意拡大により、モーターサイクルレース史上において最も偉大なライダーの1人から助言と提言をいただき、市場に最良の新たなバトラックスタイヤを確保します」と、市場戦略に向けて自信を見せた。

    今回の合意も昨年に引き続き、バレンティーノ・ロッシ個人との契約となり、所属チームとは無関係であることが指摘された。

    関連:
    ・バレンティーノ・ロッシ、ヤマハに復帰 (MotoGP) – 2012年8月15日

  • ブリヂストン、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

    ブリヂストン、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

    MotoGPにタイヤを供給するブリヂストンが、MotoGP マレーシアGPでの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意を表した。

    マルコ・シモンチェリ選手はMotoGP第17戦マレーシアGPの決勝レースの2周目に11コーナーでフロントから転倒して他車に接触。頭部、頸部、胸部を強く打撲したシモンチェリ選手はメディカルセンターへ運ばれ心肺蘇生措置を受けたが、16時56分に残念ながら死亡が確認された。

    堀尾直孝 (ブリヂストン モータースポーツ推進部長)
    「マレーシアGPの決勝レース中に発生したアクシデントによるマルコ・シモンチェリ選手の突然の訃報は、誠に痛恨哀惜に堪えません。ご家族、ご友人、チーム、御関係者の皆様に対し、心より哀悼の意を申し上げます。今日の不幸な出来事により、我々MotoGPファミリーは、このうえなく明るい人柄を備え、傑出した素晴らしい才能を今まさに花開かせつつあった若者と、永遠の別れを告げることになってしまいました。あまりにも突然の出来事で、類い希な資質と華やかなキャラクターのマルコを失ったことが今はまだ信じられない思いです。そこにいるだけで周囲を明るくする彼の笑顔、屈託のない話し声、そして何より、二輪ロードレースの最高峰MotoGPで着実にトップライダーへの道を歩み続けた彼と過ごしたこの2年間の素晴らしい日々を、我々はけっして忘れることがないでしょう。今はただ、悔しい、残念、という言葉しか思い浮かびません。マルコ選手、安らかにお眠りください。衷心より御冥福をお祈り申し上げます」

    マルコ・シモンチェリ 経歴

    1996年から2000年にかけて地元イタリアのミニバイク選手権で活躍し、2年連続のチャンピオンに輝く。01年にイタリア選手権125ccクラスのホンダ・トロフィーに参戦。翌02年には、欧州選手権の125ccタイトルを獲得するとともに、ロードレース世界選手権(WGP)にも出場。03年からWGPにフル参戦を開始し、05年には125ccで総合5位と躍進すると、翌年から250ccにステップアップを果たした。08年には250ccのタイトルを獲得し、09年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となった。2010年に最高峰のMotoGPにステップアップ。参戦2年目の2011年、第17戦マレーシアGP決勝レースにおけるアクシデントで負傷し、サーキットのメディカルセンターで救命処置が行われたが同日逝去。享年24歳。

    関連:マルコ・シモンチェリ、MotoGPのレース中に事故死

  • ブリヂストン、インディカー撤退を撤回

    ブリヂストン、インディカー撤退を撤回

    ブリヂストンは、ファイアストンのブランドでのインディカーへのタイヤ供給を2011年シーズン末で終了するとの決定を撤回。少なくとも2年間は留まることを発表した。

    ファイアストンは、今月初旬に今シーズン限りでインディカーシリーズからの撤退を発表していたが、2012年から新しいレギュレーションが導入されることもあり、チーム側はファイアストンが留まるよう説得していた。

    ファイアストンは11日(金)、2013年までインディカーにタイヤを供給することを発表した。
    「先週末、両組織は、長期的な活動を準備するためも将来について決定しなければならない最終期限に達した」とインディカー・シリーズのランディ・バーンハート代表はコメント。

    「それは避けられない決断のひとつだった」

    「今週前半、我々はチームオーナーにプロセスとを案内し、彼らのインプットを行くために会議を招集していた。ファイアストンと一体になって歩んでいけると言えることに満足している」

    「我々は、今回の新しい供給契約が全員にとって利益になると感じている。2012年の完全に新しいマシンに移行するために安全性と信頼性が証明されているファイアストン製品を供給できる。我々のスポーツの長期的な成長に協力するために我々と働いてくれるファイアストンの皆さんに感謝しなければならない」

    ファイアストンのモータースポーツ活動を統括するアル・スパイアーは、合意に達したことに満足していると述べた。

    「我々はインディカー・シリーズにおける成功の頂点にたどり着いた一方で、2013年までIZODインディカー・シリーズとの関係を拡大し、我々の魅力的なパートナーシップを続けられることを嬉しく思っている」

    ただし、今回の新しい契約はインディカーのみのものであり、ファイアストンがタイトルスポンサーとタイヤ供給を行っている下位カテゴリーのインディ・ライツに関しては今シーズン末で撤退する意向だとしている。

  • ブリヂストン、今季限りでインディカーから撤退

    ブリヂストン、今季限りでインディカーから撤退

    ブリヂストンは、ファイアストンのブランドで行ってたインディカーへのタイヤ供給を2011年シーズン末で終了することを発表した。

    ファイアストンの撤退は数ヶ月前から囁かれてきたが、インディカーは2012年に新しい規約を導入することもあり、少なくともあと1年はタイヤを供給してくれるよう説得を続けていた。

    しかし、ファイアストンとインディカーは、2012年のための新しいタイヤサプライヤーが必要になると発表した。

    インディカー・シリーズのランディ・バーンハート代表は「ファイアストンのようなスポーツによって偉大なパートナーを失うのは残念なことだ」とコメント。

    「だが、我々は2012年にデビューする新マシンに備え、他のタイヤメーカーが我々のスポーツに関与する機会についてについて積極的に交渉している」

    「世界で最も速く、最も多彩なシリーズとして、インディカーはトラック上でパフォーマンスとブランドの両方を認めてもらう機会を求めている企業のために理想的なプラットフォームを提供したい。実際、ファイアストンは5年間の我々とのパートナーシップで売り上げを2倍にした」

    ファイアストンのモータースポーツ活動を統括するアル・スパイアーは「たとえ今季限りのインディカー・シリーズからの撤退を発表したとしても、ファイアストン・レーシングは2011年を通して、高水準のパフォーマンスを維持することをファン、チーム、そしてドライバーに保証したい」と述べた。

    「我々はインディ500の100周年を祝う計画も考えており、そのマイルストーンの一部として我々のパートナーシップを祝い、数十年の長い関係を称えることを楽しみにしている」

    ファイアストンは、1995年にアメリカン・シングルシーターシリーズに復帰し、すぐにライバルのグッドイヤーを圧倒。1999年にグッドイヤーが撤退したあとは、チャンプカーとインディカーの分裂後は両シリーズにタイヤを単独供給していた。

    ファイアストンは、インディカーのタイトルスポンサーとインディ・ライツへのタイヤ供給も2011年で終了する。

  • ブリヂストン、インディカーからも撤退?

    ブリヂストン、インディカーからも撤退?

    ブリヂストンが、インディカーから撤退する可能性があるとの懸念が高まっている。

    ブリヂストンは、昨年末に14年間タイヤを供給してきたF1から撤退。2011年からはピレリがF1にタイヤを供給する。

    ブリヂストンは、ファイアストンのブランドでインディカーにタイヤを供給しているが、昨年12月31日の最終期限までに契約を更新することができなかった。

    シリーズ側はまだブリヂストンと交渉中だと語るが、インディカーのランディ・バーナードCEOは「懸念しているのは確かだ」と Indianapolis Star とコメント。

    また Speed.com には「現在、ファイアストンは彼らのあらゆるマーケティング資産を評価している。しかし、我々は交渉中だ。今日も話をしたし、前進していると楽観的に捉えている」と述べた。

    ブリヂストンは、2000年からインディカー・シリーズにタイヤを単独供給している。

  • ブリヂストン、F1特別企画展「Bridgestone 14 years in F1」を開催

    ブリヂストン、F1特別企画展「Bridgestone 14 years in F1」を開催

    ブリヂストンは、企業博物館「ブリヂストンTODAY」(東京都小平市)で特別企画展「Bridgestone 14 years in F1」を開催する。展示期間は2010年11月29日(月)から2011年2月下旬までの予定。

    今シーズンでF1を撤退したブリヂストン。「Bridgestone 14 years in F1」ではブリヂストンがF1に参戦した14年間の軌跡やF1車両、F1タイヤなどを展示。14年間の集大成とも言える展示を通して感謝の意を伝える。

    主な展示内容は以下の通り。
    1.F1車両(フェラーリF2004・2010年カラーリング)
    2.F1で実際に使用されたタイヤ
    3.風洞実験用F1タイヤ
    4.TwitTYRE
    5.サーキットでスタッフが使用する道具(ラップタイム記入ボード、温度計など)
    6.F1参戦14年間の軌跡の写真や映像

    ブリヂストンTODAY概要
    1. 開館日 : 月〜土曜日(日曜日、祝祭日は休館)
    ※夏季、年末年始、および臨時の休館日があります。
     開館スケジュール詳細は、当館Webサイトまたは電話でご確認ください。
    2. 開館時間 : 10:00〜16:00(入館は15:30まで)
    3. 入館料 : 無料
    4.. 所在地 : 東京都小平市小川東町3-1-1
    5. アクセス : 西武国分寺線 小川駅東口より徒歩5分(駐車場あり)
    6. 電話番号 : 042−342−6363
    7. WebサイトURL : http://www.bridgestone.co.jp/today/
    ※10名様以上での見学、並びに展示解説をご希望の場合は、予めご連絡ください

  • ブリヂストンF1活動14年の軌跡

    ブリヂストンF1活動14年の軌跡

    ブリヂストンは、これまでのF1活動を振り返るスペシャルWebサイト「ブリヂストンF1活動14年の軌跡」をオープンした。

    ブリヂストンは、1997年の参戦から14年間、242レースにわたりF1にタイヤを供給し、通算175勝を達成。11回のドライバーズチャンピオンとコンストラクターズチャンピオンを足元からサポートした。

    「ブリヂストンF1活動14年の軌跡」では、1997年のF1参戦にいたるヒストリーやF1ドライバーやモータースポーツジャーナリストなどによるブリヂストンF1活動にまつわる様々なエピソードなどを紹介している。

    ブリヂストンF1活動14年の軌跡の主なコンテンツ

    1.「ブリヂストンのF1チャレンジはこうして始まった」
    1997年のF1参戦にいたるヒストリーを紹介。

    2.「ブリヂストンF1スタッフ歴戦の記憶」
    F1に携わってきたブリヂストン社員の秘蔵エピソードを紹介。

    3.「F1参戦がもたらしたもの」
    社内外のF1関係者のブリヂストンF1活動にまつわる様々なエピソードを紹介。

    4.「心に残る名シーン」・「ブリヂストンF1活動へのメッセージ」募集
    ファンの皆様からのメッセージを募集。

    URL:http://mshistory.bridgestone.co.jp/

  • ブリヂストン:14年間のF1活動にピリオド (F1アブダビGP)

    ブリヂストン:14年間のF1活動にピリオド (F1アブダビGP)

    ブリヂストンは、F1アブダビGPで14年にわたるF1活動に終止符を打った。

    壮大でエキサイティングなレースとなったブリヂストンのF1最後のアブダビGP決勝は、レッドブル・レーシングのセバスチャン・ベッテルが今季5度目の優勝を飾り、史上最年少のF1世界チャンピオンに輝いた。

    ベッテルはスーパーソフト-ミディアムのタイヤ戦略を使って優勝した。彼と共に表彰台に並んだのは、2008年度チャンピオンのルイス・ハミルトンと昨年度チャンピオンのジェンソン・バトン。このボーダフォン・マクラーレン・メルセデスのふたりはベッテルと同じ戦略だった。

    ブリヂストンのタイヤ・サプライヤーとしての14年間はスリリングなレースで幕を閉じた。この14年間に製造された70万本のブリヂストン・ポテンザF1タイヤは、11回のドライバーズ及びコンストラクターズ・チャンピオンシップ優勝、175回のレース優勝、170回の最速ラップタイム、そして168回のポールポジションを達成した。

    安川ひろし (ブリヂストン モータースポーツ推進室長)
    「今日、力強いレースを戦い、ドライバーズ・チャンピオンシップ優勝を決めたセバスチャン・ベッテル選手にお祝いを申し上げます。我々にとっては最後のレースでしたが、様々なドラマや興奮を経験したこの14シーズンのフィナーレにふさわしい素晴らしいシーズンの最後を結ぶことができました。この間に我々のブランドの認知度は大きく高まり、数々の活動やイベントでは全世界のブリヂストン販売会社の皆さんに支援していただきました。ブリヂストンの全ての関係者に感謝すると共に、F1関係者の皆様にも長年の友情とご支援に感謝したいと思います。また、全世界の全てのF1及びモータースポーツ・ファンの皆さんにも感謝いたします。我々の最高の技術を追求する情熱を楽しんでいただけたことを願います」

    浜島裕英 (ブリヂストン MS・MCタイヤ開発本部フェロー)
    「今日は、最後のチェッカーフラッグまでブリヂストン・ポテンザタイヤが様々な戦略、最高の緊張感、そして大きな興奮を提供することができたレースでした。ポールポジションを一番多く獲得したドライバーがチャンピオンに輝いたのはふさわしい結果だったと思います。セバスチャン・ベッテル選手は、どうしたら最大限にタイヤの性能を引き出すことができるかを理解するために頻繁にブリヂストンのエンジニアたちと話をしたドライバーです。今シーズンは彼の才能が光輝く場面が多かったですが、今日も例外ではありませんでした。どちらのコンパウンドも素晴らしい性能を発揮しました。バトン選手はマネージメント次第でスーパーソフトも長持ちすることを証明してくれましたし、クビサ選手はトップグループとは逆の戦略で戦う価値を見せてくれました。ブリヂストンにとって、F1はやりがいのある、貴重な、そして満足のいくプロジェクトでした。この14年間の我々のF1活動に関わって下さった皆さんに感謝したいと思います。ありがとうございました」

    関連:
    ・F1アブダビGP:セバスチャン・ベッテル優勝でワールドチャンピオン!
    ・2010年 F1ポイントランキング