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  • ザウバー、長期的なチーム運営を見据える

    ザウバー、長期的なチーム運営を見据える

    ザウバーを救済したチーム創設者のペーター・ザウバーは、1年限りの運営ではなく、長期的なチーム運営を見据えている。

    ペーター・ザウバーは、スイスのNZZ am Sonntagに対して、3〜5年先を見据えたチーム計画を立てていると語った。

    「1年ごとの運営をするためなら、こんな冒険には乗り出さなかっただろう。中〜長期的に考えなければならないのは明白だ」

    2005年にチームをBMWへ売却していたザウバーは、つい数ヶ月前までチーム代表として再びピットウォールに座ることを否定していた。

    しかし、カドバックへのチーム売却が失敗したことで、ザウバーはヒンウィルにあるハイテク施設と従業員の職を守るために救済に乗り出した。

    「今は、従業員に対して安定性や確実性をもたらすことが重要だ。その後で、あらゆる意味で自分達のために前進しようとすることができる」

    ペーター・ザウバーは、BMWへのチーム売却を後悔しているとの噂を認めない。

    「どのような結末になるかなどわからない。あの時点で、売却は完全に正しい事でだったし、今でも同じことをしていただろう」

    「結局、我々はこの期間に強くなり、トップチームに匹敵するインフラを手に入れた」

    ペーター・ザウバーは、新たな挑戦を「夢」と表現することは拒むが、F1復帰の決断は「頭ではなく心」で決めたものだと認めている。

    「我々が考えていた形でBMWが運営を続けていれば、もっと快適だっただろうけどね」

  • ペドロ・デ・ラ・ロサ、ザウバーとの契約を否定

    ペドロ・デ・ラ・ロサ、ザウバーとの契約を否定

    ペドロ・デ・ラ・ロサは、2010年にザウバーで小林可夢偉のチームメイトになる契約を結んだとの報道を否定しているようだ。

    スイス紙は、ペドロ・デ・ラ・ロサが“ヒンウィルに地震でもない限り”ザウバーとの契約すると報じており、NZZ紙はペーター・ザウバーはニック・ハイドフェルドではない“経験豊富な人物”と契約したことを認めた報じていた。

    しかし、スペインのDiario Sport紙は、デ・ラ・ロサがそのニュースを否定していると報じている。

    デ・ラ・ロサは、マクラーレンのテストドライバーを務めているが、マクラーレンはデ・ラ・ロサに対して2009年末まで2010年のF1における役割を決断するよう通知したとされている。

  • ザウバー、BMWザウバーのチーム名称を継続か

    ザウバー、BMWザウバーのチーム名称を継続か

    ペーター・ザウバーは、チーム名称の変更時期がまだ未定だと語る。

    BMWのF1撤退とカドバックとの買収失敗により、チームはザウバーの設立者であるペーター・ザウバーに買い戻された。

    しかし、ペーター・ザウバーはチームの新名称の決定が「最も小さな問題のひとつ」であるとスイスの週刊誌NZZ am Sonntagにコメントした。

    「現在、チームはBMWザウバーF1チームと呼ばれている。なぜならFIAにその名称で登録したからだ。我々はその名称で参戦する予定だ」

    ザウバーは、2010年からフェラーリ・エンジンを搭載することになるが、「現時点で、いつ名称変更を申請するかは決めていない」とペーター・ザウバーは語る。

    ペーター・ザウバーはまた、マレーシアの石油会社であるペトロナスが、チーム15年間との関係を終了して2010年からメルセデスGPをスポンサーするという決定をしたときに失望したと認めた。

    「ペトロナスが、自動車メーカーとの提携を望んでいることはわかっていた。落胆したが、驚いてはいない」

    「2010年の予算に直接影響することはないが、もちろん痛手だ。資金が多いに越したことはない。もちろんタイトルスポンサーを見つけるつもりだ」

  • ペドロ・デ・ラ・ロサ、ザウバーのシートを獲得か

    ペドロ・デ・ラ・ロサ、ザウバーのシートを獲得か

    ペドロ・デ・ラ・ロサが、2010年にザウバーで小林可夢偉のチームメイトになるとスイスのBlick紙が報じている。

    同紙は、ヒンウィルに大地震でも起きない限り、まもなくザウバーがペドロ・デ・ラ・ロサの起用を発表すると主張。

    スペインのEl Mund紙は、マクラーレンがデ・ラ・ロサに対して2009年末まで2010年のF1における役割を決断するよう通知したと報じていた。

    スイスの週刊誌NZZ am Sonntag、ペーター・ザウバーが2010年の小林可夢偉のチームメイトとして「チームに新しい知識」をもたらす「経験豊富な人物」と契約したことを認めたと報じている。

    またペーター・ザウバーは、そのドライバーがニック・ハイドフェルドでないことを認めているという。

    来月で39歳になるペドロ・デ・ラ・ロサは、ザウバーのチーム本部に近いチューリッヒに住んでいる。デ・ラ・ロサが最後にフルタイムでF1参戦したのは、2002年のジャガー時代までさかのぼり、翌年からはマクラーレンのテスト&リザーブドライバーを務めている。

  • ザウバー、来週2人目のドライバーを発表

    ザウバー、来週2人目のドライバーを発表

    ザウバーは、来週、2010年の2人目のドライバーを発表するとしている。

    ザウバーのチーム代表であるペーター・ザウバーは「2人目のドライバーは来週発表する。チームは働く準備ができている」と自身のTwitterに投稿。

    ザウバーは、2010年のレースドライバーとして小林可夢偉を起用することをすでに発表している。

    2人目のドライバーの有力候補にはペドロ・デ・ラ・ロサの名が挙げられており、リザーブドライバーには、ベルギー人のベルトラン・バゲットが就くとみられている。

  • クリスチャン・クリエンのザウバー加入を望むバーニー・エクレストン

    クリスチャン・クリエンのザウバー加入を望むバーニー・エクレストン

    バーニー・エクレストンは、クリスチャン・クリエンが2010年にザウバーで小林可夢偉のチームメイトになることを望んでいる。

    クリスチャン・クリエンは、過去2年間BMWザウバーのテストドライバーを務めてきたが、2009年のレースドライバーであるニック・ハイドフェルドやペドロ・デ・ラ・ロサなどの候補者と2010年のシートを争っている。

    ジャガーとレッドブルからグランプリに48回参戦したクリスチャン・クリエンは、F1シート獲得を望み、プジョーとのル・マンの契約を保留にしていることを明らかにしていている。

    バーニー・エクレストンは「クリスチャンがザウバーのコックピットに座れば素晴らしいだろう」とオーストリアの国営放送ORFにコメント。

    「クリスチャンのことはずっと応援している。間違いなく彼にぴったりのチームだ」

  • 小林可夢偉、シート合わせのためにザウバーを訪問

    小林可夢偉、シート合わせのためにザウバーを訪問

    小林可夢偉は、ザウバーの2010年マシンのシート合わせのためにザウバーのヒンウィルの本部を訪れた。

    2010年にザウバーに移籍する小林可夢偉は、シート合わせのためにザウバーのファクトリーを訪れ、チーム代表のペーター・ザウバーと面会した。

    「僕は100%日本人ではない。6年間ヨーローパで生活していた」と語り、フランス人の彼女がいることを明かした小林可夢偉。

    「他にもオファーはあったけど、ザウバー氏のユニークなファクトリーと風洞を見せられたときに、彼の握手によって僕たちが契約したことがわかった」

    「彼の信頼は僕にとって非常に重要だ。彼のレーシングについての哲学はすぐに僕を納得された」

    小林可夢偉は、日本のスポンサーを惹きつけられるかについても「非常に楽観的だ」と語る。

    Blick紙は、小林可夢偉のチームメイトの最有力候補はペドロ・デ・ラ・ロサになるだろうと報じている。

    小林可夢偉 ザウバーC29のシート合わせを実施 ザウバーのF1マシンでシート合わせを行う小林可夢偉

  • ペトロナス、ザウバーのスポンサーから撤退か

    ペトロナス、ザウバーのスポンサーから撤退か

    マレーシアの石油会社ペトロナスは、2010年にF1チームのスポンサーを続けるとの報道を否定した。

    ペトロナスは、長年ザウバーチームのスポンサーを努めてきたが、BMWがF1から撤退した際に契約は終了したとみられている。

    しかし、最近ペーター・ザウバーがザウバーを買収したことで、再びペトロナスがスポンサーを務めると報道されている。

    ペトロナスのハッサン・メリカン社長は、マレーシアGPのタイトルスポンサーを継続することは明らかにしたが、F1チームのスポンサーについてはコメントしていない。

    「来年、我々にはチームはない。我々にとってF1に復帰する唯一の理由は、潤滑油事業のための商業取引にある」

  • 小林可夢偉、ザウバーと2010年のレースドライバーとして契約

    小林可夢偉、ザウバーと2010年のレースドライバーとして契約

    小林可夢偉は、2010年シーズンのザウバーF1チームのレースドライバーとなることが正式に決定した。これは、BMWザウバーF1チームが、本日12月17日(木)日本時間16時に、スイスにて発表したもの。

    1986年・兵庫県生まれの小林可夢偉は、1996年にカートレースにデビュー。多くのタイトルを獲得し、2001年にフォーミュラトヨタ・レーシングスクールでスカラシップを獲得。フォーミュラトヨタ・シリーズに参戦し、2003年はフル参戦初年度にして2勝を挙げシリーズ2位。翌2004年にはトヨタ・ドライバーズ・アカデミー(TDPの前身)と契約し、イタリアのフォーミュラ・ルノー・シリーズに参戦。2005年には日本人として初めてフォーミュラ・ルノーのイタリアシリーズとユーロカップシリーズ両方でのチャンピオンに輝いた。

    2006年、F3ユーロシリーズにステップアップした小林可夢偉はルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。2007年は1勝を挙げ同シリーズ4位。2008年からはF1直下のカテゴリーであるGP2シリーズとGP2アジアシリーズに参戦し、両シリーズで日本人として初めて優勝。2008年終盤から2009年前半にかけて行われたGP2アジアシリーズでは見事シリーズチャンピオンを獲得した。

    また、2008年からはパナソニック・トヨタ・レーシングのサードドライバーも兼任。2009年は第15戦日本GPで体調不良のレギュラードライバー、ティモ・グロックに代わり金曜日の公式練習を走行。第16戦ブラジルGP、第17戦アブダビGPには負傷したグロックに代わって参戦。デビューレースとなったブラジルGPで9位。アブダビGPでは6位フィニッシュを果たし、初ポイントを獲得した。

    小林可夢偉
    「レースキャリアをスタートしたときからF1ドライバーになることを夢見てきたが、正ドライバーとしてフル参戦する夢がついに叶った。2009年にパナソニック・トヨタ・レーシングで戦った2つのレースが評価されたことで、F1のシートを獲得でき非常に嬉しい。ペーター・ザウバー氏のチームで、ベストを尽くして戦うつもりだ。日本人の代表として、F1に参加し続けられることを誇りに思う」

    ペーター・ザウバー (BMWザウバーF1チーム チームオーナー)
    「可夢偉と一緒に仕事をするのを非常に楽しみにしている。今シーズン最後の2戦において、自分の才能を証明する思いがけないチャンスを得た彼は、それを確実に活かして見せた。特に最終戦アブダビGPでは、彼が単に速く、アグレッシブなドライバーというだけでなく、戦略を着実に遂行する能力もあるということを示した。私は彼が非常に大きな可能性を秘めており、我がチームに多くをもたらすことができると確信している」

    山科 忠 (トヨタ自動車 専務取締役)
    「小林可夢偉選手が2010年シーズンもF1ドライバーになれるようにと願ってきたが、今回、彼の実力が評価され、BMWザウバーF1チームのドライバーとして、F1レースに参戦できることとなり、喜ばしい限りだ。彼なら、多くのファンを魅了する走りをすると大いに期待をしているので、是非とも好成績を上げて欲しい」

  • FxPro、ザウバーからヴァージン・レーシングに乗り換え

    FxPro、ザウバーからヴァージン・レーシングに乗り換え

    ザウバーは、2010年のF1グリッドを確保したが、大手スポンサーを失った。

    BMWザウバーは、今年初めに外国為替仲介業のFxProをスポンサーに迎え、2009年マシンのフロントウィング、サイドミラー、ドライバーのヘルメットとオーバーオールにFxProロゴが掲載された。

    しかし、FxProはヴァージン・レーシングに移った。

    FxProのデニス・スホーティン会長は「FxProがF1でヴァージン・レーシングをスポンサーすることを非常に嬉しく思う」と述べた。