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  • 佐藤琢磨、2012年のインディカー残留にむけて複数チームと交渉

    佐藤琢磨、2012年のインディカー残留にむけて複数チームと交渉

    佐藤琢磨は3日(土)、東京都内で毎年恒例となるファンイベント「Takuma Club Meeting 2011」を開催。2012年の去就について語った。

    今年はインディカーで日本人初のポールポジションを獲得した佐藤琢磨。だが、所属チームのKVレーシングが2012年からエンジンをホンダからシボレーに変更することもあり、ホンダと深い関係にある佐藤琢磨はチーム移籍が噂されている。

    「まだ詳しくは言えませんが、複数チームと交渉をしています」と佐藤琢磨はコメント。

    「今季達成できなかった3位以内や優勝を目指すため、一番可能性のあるチームで走りたい」

    だが、インディカーでトップチームと呼ばれるチームはほぼシートが埋まっているのも事実。

    一部報道ではホンダエンジンを搭載するレイホール・レターマン・レーシング(Rahal Letterman Lanigan Racing)への移籍が報じられている佐藤琢磨。

    佐藤琢磨はレイホールのファクトリーを訪問をしたことを認めたが、KVレーシングから契約延長のオファーもあるとし、ホンダエンジンだけでなく、様々な選択肢を検討していることをほのめかした。

  • ジャック・ヴィルヌーヴ、インディカー最終戦のオファーを断っていた

    ジャック・ヴィルヌーヴ、インディカー最終戦のオファーを断っていた

    ジャック・ヴィルヌーヴは、あまりに危険だと考えたため、2011年インディカー最終戦ラスベガスへの参戦オファーを断っていたことを明らかにした。

    最終的にボーナス賞金500万ドルを獲得できるチャレンジドライバーとして参戦したのは、事故で亡くなったダン・ウェルドンだった。

    ジャン・ヴィルヌーブは、ダン・ウェルドンの死に言及し、「まさにそれが理由で」参戦を断ったと述べた。

    「34人が小さなオーバルにいる場合、そこには常にスピンする何人かのドライバーや事故の原因になるようなルーキーがいることになる」

    「危険についてはなんとも思ってはいないが、僕にとってはあまりに大き過ぎた」

    「300キロでウォールに飛んでいくのがどのような感覚かはわかっている」

    関連:ダン・ウェルドン、インディカー最終戦の事故で死去 – 2011年10月17日

  • KVレーシングがシボレーにエンジン変更。佐藤琢磨のシートは?

    KVレーシングがシボレーにエンジン変更。佐藤琢磨のシートは?

    KVレーシングは、インディカーに新シャシーが導入される2012年からシボレーのエンジンを搭載することを発表した。

    KVレーシングは、アンドレッティ・オートスポーツとペンスキーに次ぎ、シボレーエンジンを使用するインディカー・チームとなった。

    「KVレーシング・テクノロジーが、2012年のインディカー・シーズンをシボレーのエンジンで競争することで合意に達したことを発表できることをとても嬉しく思う」とKVレーシングの共同オーナーであるケヴィン・カルコーヴェンは述べた。

    「シボレーには、モータースポーツで証明された革新の歴史と成功がある。その遺産を引き継いでいくことを楽しみにしている」

    同じく共同オーナーを務めるジミー・ヴァッサーは、彼のキャリアでの最初の2年間をシボレー製エンジンで戦っており、シボレーと再会できたことを嬉しく思っていると述べた。

    「シボレーがインディカー・レーシングに戻ってきて、彼らと働くチャンスを得ることにとても興奮している」とジミー・ヴァッサーはコメント。

    「シボレーとは個人的に長い歴史がある。私の最初の車は1969年のカマロであり、初表彰台は1993年にフェニックスでシボレーエンジンと一緒だった。私はシボレー・ディラーだと言えることを誇りに思っている」

    「我々はこの先何年にもわたるシボレーとの非常に良好な関係を楽しみにしている」

    ここ2年間グループ・ロータスからの支援を受けているが、ロータス・カーズも来季エンジン供給に名乗りを上げている。しかし、ロータス・カーズはマイケル・シャンクスのグループが運営を担当すること以外まだ決まっていない。

    KVレーシングは、佐藤琢磨が2010年のインディカーデビュー以来、所属しているチーム。佐藤琢磨はホンダとの関係が深いため、2012年の佐藤琢磨の去就が気になるところだ。

  • FIA、ダン・ウェルドンの事故の原因調査でインディカーに協力

    FIA、ダン・ウェルドンの事故の原因調査でインディカーに協力

    FIAは、先週末のインディカー最終戦ラスベガスでダン・ウェルドンが命を落とした事故の調査でインディカーに協力していく。

    インディカーは18日(火)、ラスベガスのレースでの11周目に起こった多重クラッシュ、何台かのマシンが宙を舞った原因の最初の所見を発表できることを望んでいると発表した。

    「ドライバー、クルー、インディカーのスタッフ、レーストラックのスタッフ、そして観客の安全性が、常に一番の重要です」とインディカー・シリーズの主催者は声明を発表。

    「我々の標準的な安全性の実施要綱の一部として、事故に関連する要因を特定するためにACCUS(Automobile Competition Committee of the United States)、そしてFIA(Federation Internationale de l’Automobile)の協力のもと、完全な調査がインディカーにとって開始されます」

    「今後数週間以内に予備的な所見を報告できることを望んでいます。一方で、その作業が終了するまでさらなるコメントをすることは不適当だと考えています」

    インディカーは、今週ラスベガスで予定されていたガナッシによる2日間の2012年のダラーラ製シャシーのテストを中止。テストにはダリオ・フランキッティが参加する予定だった。

    ダリオ・フランキッティの妻アシュレイ・ジャッドは「ラスベガスのトラックでの私の夫のテストを中止してくれたインディカーに感謝しています。新車は開発が必要ですが、今、そして再びあそこで行うべきではないと思います」とコメントした。

    ダン・ウェルドンの追悼式は、10月23日にインディナポリス中心部のコンセコ・フィールドハウスで開催される。

  • デビッド・クルサード 「インディカーはスピードを制限すべき」

    デビッド・クルサード 「インディカーはスピードを制限すべき」

    元F1ドライバーのデビッド・クルサードは、インディカーは本当に高いトップスピードが必要がどうかを検討するべきだと考えている。

    先週末のインディカー最終戦ラスベガスで、多重クラッシュに巻き込まれたダン・ウェルドンが命を落とすという悲しい事故が起こった。

    アメリカのシングルシーターではレース経験のないデビッド・クルサードだが、インディカーはファンを楽しませるために225mph(約362 km/h)でレースをする必要はないのではないかと Daily Telegraph のコラムに寄稿した。

    「現在のインディカーのレースにおける努力には頭が下がる思いだ」とデビッド・クルサードは述べた。「家族と米国に引っ越し、そこで生計を立てる可能性もあった。だが、私にとっても単純に報酬に対する危険性が高すぎた」

    「F1は許容できるレベルだと感じていたが、インディカーはおそらく安全面で20年遅れている」

    「主な理由は単純だ。私の意見では、オーバールサーキットで225mphでホイール・トゥ・ホイールでレースをする必要はないと思う。観客を楽しませるためにそのようなことをする必要はない。F1には非常にウォールに近いストリート・サーキットがある。だが、スピードはずっと遅い」

    デビッド・クルサードの元チームメイトであるマーク・ウェバーもオーバルで“一隊”となってレースをインディカーの特性に懸念を抱いている。だが、マーク・ウェバーは、インディカー・シリーズが、先週のイベントから学んでくれると信じている。

    「一隊となるレースの要素が特に危険だと思っている」とマーク・ウェバーは Age にコメント。

    「彼らは、シングルシーターがショートオーバルで350km/hでお互いにこすり合いながらぴったりとくっついてレースをしているという状況を検討していくことになるだろう」

    「僕はオーバルでレースをしたことはないけど、経験したことのある多くの仲間と話をしているし、彼らが改善してもっと良い仕事をしたいと思っていることを知っている。35台による1時間の350km/hでの闘牛場レースをね」

    「彼らがそれを学び、彼らがこのような事故、そしてこのようなレースから学び、今後の改善に目を向けていくと確信している」

    デビッド・クルサードは、ダン・ウェルドンの事故によってインディカーシリーズに向けられたメディアの注目が、安全面の開発を速めてくれることを望むと述べた。

    またデビッド・クルサードは、かつてインディカー参戦を考えたことがあったが、オーバルでの事故の激しさを見て、気持ちが変わったと明かした。

    「僕自身、アマリカ合衆国にレースをしに行くという夢を常に抱いていた」

    「若手ドライバーの頃、エンジニアとミルトンキーンズの共有アパートでインディ500のプラクティスを観ていたことを覚えている」

    「そうしたらネルソン・ピケがクラッシュしたんだ。忘れられないヒーローの思い出だ。バイザーが開き、コックピットから叩き潰された足がぶら下がり、レーストラックを横滑りしていた。僕の夢はその瞬間に消え失せた」

    関連:F1-Gate.com YouTubeチャンネル

  • ダラーラ、インディカー新シャシーを「DW001」と命名

    ダラーラ、インディカー新シャシーを「DW001」と命名

    ダラーラは、2012年のインディカー新シャシーの名称をダン・ウェルドンへの敬意を表して「DW001」と名付けた。

    ダン・ウェルドンは、2012年からインディカーに導入される新シャシーの開発ドライバーを務めていた。

    ダラーラのジャンパオロ・ダラーラ代表は、マシンにダン・ウェルドンの名前を付けることは、2005年のシリーズチャンピオン、2度のインディ500勝者であり、ダラーラのシャシーで16勝を挙げたダン・ウェルドンに相応しい敬意であると述べた。

    「ダンはダラーラ全員の記憶の中で生きている。彼は真のチャンピオンだった。多くの勝利を挙げたからだけでなく、他のすべてにおいてもだ。彼は、出会った全ての人々に対して、誠実で、思いやりのある人物だった」

    「ダラーラの全員が彼とイタリア、そしてアメリカで仕事をすることを楽しんでいた。ダラーラ インディカー 2012に彼の名前を捧げることにより、我々は今後も彼の記憶を敬意を表していく。彼はそれに値する」

  • ホンダ、ダン・ウェルドン選手に哀悼の意

    ホンダ、ダン・ウェルドン選手に哀悼の意

    HRD(ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント)の社長エリック・バークマンが、インディカー最終戦ラスベガスでの事故で命を落としたダン・ウェルドン選手に哀悼の意を表した。

    ダン・ウェルドン選手は、ホンダが2003年にインディカー・シリーズへの参戦を開始した際に、アンドレッティ・グリーン・レーシングの一員としてホンダ・インディV8の開発に携わった。

    インディカーのレースには通算134戦出場し、16回の優勝を飾り、トップ10フィニッシュは実に93回を記録。ダン・ウェルドン選手は2005年にインディ500で優勝し、その年にシリーズ・チャンピオンの座まで駆け上がりました。また今年の5月29日に開催されたインディ500で、2度目の優勝を果たしました。

    エリック・バークマン (HPD社長)
    「今日はHondaファミリーにとって悲しい日となりました。計ることができないほど大きなものを失ったのです。私たちにとってダンは単なるドライバー以上の存在でした。彼はHondaファミリーの一員でした。しかし、誰よりも、私たちの思いと祈りを彼の家族、スージーと幼い男の子二人に寄せたいと思います。ダンはモータースポーツに対して情熱を持っており、すばらしいパーソナリティーを備え、レース界の人々みんなと友だちでした。彼の才能と献身は、私たち全員に影響を与えていました。彼を今後もずっと忘れることはないでしょう。私たちHondaのファミリー全員が、深い哀悼の意を彼の家族、友人、そして世界中のファンに捧げたいと思います」

    ダン・ウェルドン選手追悼ラップ

    関連:ダン・ウェルドン、インディカー最終戦の事故で死去

  • 佐藤琢磨、ラスベガスの初日は17番手 (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨、ラスベガスの初日は17番手 (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦ラスベガスのプラクティス初日を17番手タイムで終えた。

    佐藤琢磨は、現在、297ポイントを獲得してポイントスタンディングの13位につけているが、10位まではわずか17ポイント差でしかなく、インディカー・シリーズ参戦2年目にしてレースでの力強い戦い振りとポイントスタンディングでのトップ10入りに期待がかかっている。

    佐藤琢磨はKVRT-ロータスのドライバーとしてはもっとも多い47周を周回、25.0424秒(221.960mph。約355.1km/h)を記録した。

    佐藤琢磨
    「今日は実り多い1日でした。ケンタッキーを終え、僕たちはスピードを本当に必要としていたため、いくつかの変更を行いました。トラフィックでのマシーンの感触は良好で、これからは明日の予選に向けた準備を行うことになります。ラスベガスの施設はとてもきれいで印象的です。トラックはバンク角が深く、路面はスムーズなので、僕たちにとっていい週末になることを期待しています」

  • 佐藤琢磨、ケンタッキーは15位完走 (インディカー第16戦)

    佐藤琢磨、ケンタッキーは15位完走 (インディカー第16戦)

    佐藤琢磨は、インディカー第16戦ケンタッキーの決勝レースを15位で完走した。

    予選22番手と後方グリッドからのスタートとなった佐藤琢磨。決勝用のマシンセッティングも期待したよりもパフォーマンスは低く、集団の中で順位を上げていくことができずにいた。それでもピットストップの速さやリスタートのよさで佐藤琢磨は147周目には7位を走行。さらに上位をうかがって戦い続けた佐藤琢磨だったが、トップスピードが出ないことで順位を落とし、最終結果は15位となった。

    佐藤琢磨 (15位)
    「とてもタフなレースでした。レース序盤、マシンはとてもルーズ(オーバーステア)で何度かコントロールを失いそうになりました。けれども、最大の問題は全般的にスピードが不足していたことで、このため他のドライバーの後ろにつけてドラフト(スリップストリーム)を使いながら周回しました。リスタートでは何度もポジションを上げましたが、マシーンが遅いためにほどなく追い越されてしまいました。最終的にレースを完走できたことはよかったと思います。僕たちはできることをすべてやり抜き、チームとしての強さを示しました。ピットストップは素晴らしかったと思います。メカニックたちの働きぶりは最高でした。今日は自分たちの実力を出し切ったとは言えないので、ファクトリーに戻ってからこの週末の様子を振り返ってみる必要があります」

  • 佐藤琢磨、ケンタッキーの予選は22番手 (インディカー第16戦)

    佐藤琢磨、ケンタッキーの予選は22番手 (インディカー第16戦)

    佐藤琢磨は、インディカー第16戦ケンタッキーの予選で22番手だった。

    朝から寒さに包まれたケンタッキー・スピードウェイは、夕方になっても空には雲が広がったままで、低温の難しいコンディションで予選が行われました。

    予選前に行われた2回のプラクティス走行では11番手につけ、ポジションアップは十分に可能という感触をつかんでいたの佐藤琢磨が、コースコンディションが味方せず、苦しい走行となった。

    チームメートの中ではトニー・カナーンの19番手がベストで、E.J.ヴィソは佐藤琢磨のすぐ後ろの23番手だった。

    佐藤琢磨 (22番手)
    「プラクティス2回でのマシンはとてもハンドリングがよかったので、予選ではもっとスピードを出せると思ったのですが、マシンに安定感がありませんでした。ウオームアップラップもうまく走れていましたし、アタック2周もコックピット内のツールを使ってうまくまとめ上げることができていたと思います。しかし、スピードが伸びませんでしたね。なぜこのような結果となったのか、チームの3台のマシンのデータを見て原因を解明しなくてはなりません。しかし、決勝用セッティングのマシンはトラフィックの中でも安定していましたから、明日のレースでは上位陣に喰らいついていき、チャンスが訪れたら、それをうまく利用したいと思います」