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  • 【インディカー】 AJフォイト、2017年からシボレーエンジンに変更?

    【インディカー】 AJフォイト、2017年からシボレーエンジンに変更?

    AJフォイト・レーシングが、ホンダを離れてシボレーにエンジンを変更すると報じられている。その場合、佐藤琢磨の去就に影響することになるだろう。

    先週の金曜日、チップ・ガナッシがエンジンをホンダに変更することを発表。シボレー勢から4台が減少することになった。

    今年、すでにホンダは、シュミット・ピーターソン、レイホール・レータマン・ラニガン、デルコイン、アンドレッティにエンジンを供給しており、フィールドはさらに不均衡になることを意味する。

    ホンダは、既存チームの全てを維持し、そこにガナッシが加わることで、2017年は11台から15台に増加するが、シボレーは11台から7台に減少する。

    インディカーの規約では、各メーカーがフィールドの60%に供給する準備ができていなければならないと記されている。そのため、シボレーは、ペンスキー、エド・カーペンター、KVSHに加えて、AJフォイトの2台をホンダから誘い出す準備ができている。

    メーカーが供給できるチームの最大数は規定されていないが、ホンダの情報筋は、多くのクルマに供給することへの懸念があることを示唆している。

    AJフォイトとシボレーの契約は成立目前とされており、チームマネージャーのラリー・フォイトは、正式ではないが、確定次第、シボレーから発表になることを示唆している。

    AJフォイトは、2016年に佐藤琢磨とジャック・ホークスワースを起用していた。しかし、1台はペンスキーのシートを喪失したファン・パブロ・モントーヤが候補に挙がっている。

    ファン・パブロ・モントーヤは、空席がある全チームのシートを争っているとされているが、トニー・カナーンがガナッシに残留し、セバスチャン・ブルデーがカーペンターに戻ることで、AJフォイトとカーペンガーが最有力とされている。

    AJフォイトがシボレーにエンジンを変更した場合、ホンダドライバーである佐藤琢磨がチームを移籍するのは確実と思われる。

  • 【インディカー】 ガナッシ、2017年からホンダエンジンを搭載

    【インディカー】 ガナッシ、2017年からホンダエンジンを搭載

    チップ・ガナッシ・レーシングは、インディカー 2017年シーズンからシボレーに代えてホンダのエンジンを搭載することを発表した。

    ガナッシは、2013年シーズンまでホンダの一員だったが、2014年にシボレーに変更。2016年シーズンは、シボレーを搭載したペンスキーが1-2-3を達成する強さをみせており、ホンダはガナッシの復帰を熱望していた。

    「ホンダとガナッシの連携は、ホンダの北アメリカプログラムの歴史の中で最も成功したひとつだ」とホンダ・パフォーマンス・ディベロップメントの代表を務めるアート・セント・シアーはコメント。

    「ホンダが初めてマニュファクチャラーチャンピオン(CART)に輝いた1996年にガナッシは我々のパートナーのひとつだった。その年、ガナッシのドライバーを務めたジミー・バッサーは、我々に初のドライバータイトルをもたらしてくれた」

    「ホンダとガナッシのパートナーシップは、CARTとインディカーで77勝を挙げ、チャンピオンシップを獲得している。その成功には、ダリオ・フランキッティのインディ500制覇とスコット・ディクソンによる2013年のドライバーチャンピオンも含まれている」

    「我々はパートナーシップの復帰を歓迎しており、2017年に一緒にビクトリーサークルに戻れることを楽しみにしている」

    チームオーナーのチップ・ガナッシは「我々は長年にわたってホンダと良好な関係を持っていたし、トラックに戻ることを楽しみにしている」とコメント。

    「彼らとは12年過ごしており、ホームに戻った気分だ。我々の組織の成功のほとんどがホンダと勝ち得たもので、とても興奮している」

  • アレキサンダー・ロッシ、2017年もアンドレッティからインディカーに参戦

    アレキサンダー・ロッシ、2017年もアンドレッティからインディカーに参戦

    アレキサンダー・ロッシが、2017年もアンドレッティからインディカーに参戦することが発表された。

    今年、チームに加入したアレキサンダー・ロッシは、初挑戦でインディ500を制し、ランキング11位でシーズンを終了。2016年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得している。

    エントリーは、今年と同じアンドレッティとブライアン・ハータ・オートスポーツとの共同プログラムであるAndretti Herta Autosportからとなる。

    「なんて素晴らしい8カ月間だっただろう」とアレキサンダー・ロッシはコメント。

    「2月にインディカーに参加する機会を得て、5月に100回目のインディアナポリス500で優勝し、そして今、アンドレッティ・オートスポーツとの契約を更新した」

    「信じられないくらい誇りに感じているし、このようなチームと仕事する機会を得ることに感謝している。僕たちはもっと多くのレース優勝を追い求めているし、この驚くべきチャンピオンシップで成功を続けていく」

    「僕たちの前には多くの仕事があるし、僕たちが属しているグリッドの最前線に戻ることに集中している」

    チームオーナーのマイケル・アンドレッティは「アレキサンダーは今年物凄い成長を示した。我々は彼がチームに戻ってくることを歓迎している」とコメント。

    「インディカーの初シーズンで、アレキサンダーはチームのエンジニア、メカニック、チームメイトと素晴らしい関係を築いた。それ自体は2017年を開始する大きな基盤だ」

    「また、我々は彼が競争的であり、レースに勝てることを知っている。連続性は我々のプログラムの成功に大きな役割を果たすものであり、アレキサンダーがチームに残留することを発表できたのは素晴らしいことだ」

  • 佐藤琢磨 「嬉しいニュースをお届けできることを期待しています!」

    佐藤琢磨 「嬉しいニュースをお届けできることを期待しています!」

    佐藤琢磨が、2016年 インディカー 最終戦 ポコノのレース週末を振り返った。

    佐藤琢磨の2016年ベライゾン・インディカーシリーズは、最終戦ソノマで力走を見せた末に14位でフィニッシュして幕を閉じた。

    これは、佐藤琢磨にとってもAJフォイト・レーシングのメンバーにとっても、決してエキサイティングなレースとはいえなかった。

    それでも佐藤琢磨が示したパフォーマンスは決して悪くなかったし、ややギャンブル的な側面を持つレース戦略が、今回はNo.14ダラーラ・ホンダの順位を上げるのにあまり役に立たなかっただけともいえる。

    過去には、こうした努力が実を結んだこともあった。今回、佐藤琢磨は予選を15番手で終えたが、2014年にはこれよりも低いポジションの20番手からスタートして4位でフィニッシュしている。また、2015年のレースでは18番手から8位まで浮上した。しかし、今年は佐藤琢磨が思うようなタイミングでイエローが提示されなかったのである。

    「戦略面に関していえば、今週末は運が悪く、そしてタフだったといえます」と佐藤琢磨。

    「僕らは懸命にレースを戦いましたが、それでも及びませんでした。あとほんの少しのスピードが必要だったのです。ときにはレース戦略の妙で好成績を得られることもありますが、その場合は自分たちにとって都合のいいタイミングでイエローが提示される必要があります。そうでなければ、予選結果がその週末における調子の具合を示していることが多いので、残念ながら僕たちはあまり速くはありませんでした」

    レースの1週間前、AJフォイト・レーシングはソノマでのテストに参加していた。

    「テストができたことはよかったと思います。僕たちは新しいことを学び、新しい考え方に基づくロードコース用セッティングを試すことができました。でも、ソノマは本当にタフなコースです。まず、グリップがとても低く、このためファイアストンはシーズン中に使われるタイアのなかでももっとも柔らかいコンパウンドを今回持ち込みました。おかげで、最初の1〜2周は高いグリップが得られるのですが、その後は激しいデグラデーションに見舞われ、スティント中のバランスシフトは極めて大きなものとなります。このためスティント中にラップタイムが2秒も3秒も落ち込むことがありますが、これはとても大きな低下です」

    「ソノマ周辺はワインの名産地としても有名で、1年を通じて好天に恵まれます。これはレースをするうえで恵まれているだけでなく、コース外でも素敵なレストランでおいしい食事やワインを楽しめることを意味しています。そのかわり、コースは埃や砂に覆われていて、これがドライバーにとっては大きなチャレンジとなります。テストを行なったのは1週間前のことですが、それでもコースコンディションはまるで異なっていました。ただし、僕たちには良好なベースセットを作り上げることができたので、セッションごとにそれを煮詰めていき、順調に進歩することができました」

    各ドライバーは金曜日に新品のファイアストン・タイアを3セット使うことができた。佐藤琢磨は最初のセッションで2セットを使って8番手となったが、次のセッションでは1セットしか使えなかったため、17番手に終わった。土曜日に行われた3回目のプラクティスでは、佐藤琢磨の相対的な速さをよりはっきりと示すことができ、12番手となった。

    「他のドライバーに比べて、僕たちはたくさん走るとともに、より多くの周回数をこなしており、ユーズド・タイアを履いたときのバランスにも満足していました。ただし、ニュータイアを装着したときのバランスはさらに煮詰める必要がありました」

    予選結果はそれほど悪いものでもなかったが、チームはさらにいい成績を期待していた。予選グループ内における佐藤琢磨のポジションは8番手。わずか0.12秒差でトップ6が進出できるセグメント2に駒を進められず、佐藤琢磨は結果的に15番グリッドからレースに臨むことになった。

    「期待外れの結果でしたが、純粋なスピードにかんしていえばわずかに不足していたのも事実です。予選グループ内の上位陣とは僅差でした。本当の接戦で、わずかな差で敗れたのです。最終戦ではQ2に進出したいと願っていたので、この結果は本当に残念でした」

    この予選結果と、ソノマが極めてオーバーテイクが難しいコースであることを考慮すれば、最初のピットストップを早めに行って他のドライバーとは異なるサイクルでレースを戦う戦略を選択することは、極めて論理的な判断だといえる。

    「過去2年間、ソノマではいい予選結果を得られませんでしたが、レースでは上位でフィニッシュできました。だから、今年もまた可能だと僕は思いました。レースは3ストップでも余裕で走りきることができますが、タイア・デグラデーションが激しいため、多くのチームは4ストップを想定していました。もしもスティントの終盤に1秒近く速いラップタイムで周回できれば、スティントごとに10秒ほどを稼ぐことができるのです」

    Q2に進出できなかった佐藤琢磨の手元には多くのニュータイアが残されていたので、AJフォイト・レーシングは5ストップを視野に入れていた。好スタートを切った佐藤琢磨は13番手に浮上、抜かれたトニー・カナーンとミハエル・アレシンは悔しい思いでオープニングラップを周回したことだろう。

    「僕たちのペースはよかったし、ポジションも悪くありませんでした。僕たちは早めにピットストップを行うつもりでしたが、もしもほかのドライバーも早めにピットストップを行うようだったら、逆に僕たちがスティントを引き伸ばすことも考慮していました」

    佐藤琢磨は11ラップ目に最初のピットストップを実施。残るドライバーたちがピットストップを行ったところ、佐藤琢磨は10番手まで順位を上げることになった。これは好ましい展開で、2回目のピットストップを同じく早めの31周目に行うと、佐藤琢磨は8番手へと駒を進めた。もちろん、次にピットストップを実施したことで佐藤琢磨のポジションは下がった。しかし、ほどなくウィリ・パワーがアクシデントを起こし、ダメージを負ったマシーンを排除するためにイエローが提示されたところ、佐藤琢磨は再び8番手に浮上。つまり、レース戦略はうまくいっているように見えたのだが、厳密にいえば、これが佐藤琢磨にとっては躓きの始まりだった。

    「このときイエローが提示されていなかったら、僕たちは間違いなくトップ10争いができていたはずです」

    その8周後、佐藤琢磨は3回目の給油のためにピットストップ。そして通常の戦略を選んだドライバーたちが3回目のピットストップ(このレースではこれが彼らにとって最後のピットストップとなった)を行うと、佐藤琢磨は6番手まで挽回した。しかし、残り周回数は23ラップもある。したがって、レース終盤にイエローが長く提示され続けない限り、佐藤琢磨は4回目のピットストップを行わなければならなかったのだ。レースが残り17周となったとき、佐藤琢磨は13番手につけていたが、その数周後にカナーンに抜かれて14番手に後退。そしてベテラン・ブラジル人ドライバーに続く格好で佐藤琢磨はチェッカードフラッグを受けた。

    「イエローは完璧なタイミングで提示されなければいけません。フルコースコーションとなったとき、僕はあと2回ピットストップしなければいけませんでしたが、他のドライバーは1回だけで十分でした。これはタフな展開だったので、僕には攻め続ける以外に選択肢はありませんでした」

    炎天下のソノマを85周して競われるレース中、イエローが提示されたのは中盤の3周だけだったので、すべてのドライバーにとっては過酷な戦いとなった。
    「今シーズン、もっとも苦しいレースのひとつでした。ソノマのレースではヘビーグレーキング、暑さ、Gフォース、他のドライバーとのバトルなどがあるので、フィニッシュしたときには本当に疲れ切っていました。これで成績がよければ、気分もずいぶん違っていたのでしょうが! けれども、今シーズンは本当にタフで、苦しい週末でした。メカニックたちはピットストップで本当に素晴らしい働きを見せてくれたので、もっと上位でフィニッシュしたかったと心から思います」

    2017年シーズンが始まるまでにはまだだいぶ時間があるが、インディカードライバーは椅子のうえで寛ぎながら冬を過ごすわけではない。新しいシーズンに向けた交渉も行なわなければいけないし、佐藤琢磨の場合であれば日本に帰ってファンやスポンサーの前に姿を現すことも必要となる。

    「今年もたくさんのイベントが計画されています。そのなかには、古いF1でデモ走行する予定もあるので、とてもエキサイティングです! 冬の間に素晴らしい分析結果が出て、嬉しいニュースをお届けできることを期待しています!」

  • 佐藤琢磨、最終戦を14位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨、最終戦を14位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨は、2016 インディカー最終戦ソノマの決勝レースを14位でフィニッシュした。

    カリフォルニア州サン・フランシスコ郊外のソノマで開催された2016年ベライゾン・インディカー・シリーズ最終戦ゴープロ・グランプリ・オブ・ソノマは、暑さの中での戦いとなった。午後4時前にレースがスタートした際は、サーキットの気温は36℃に達し、路面温度は50℃以上という高温となり、タイヤの磨耗をいかにマネジメントするか、チームによって作戦が異なることになった。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は今大会を14位で完走し、ランキング17位でシーズンを終えた。

    インディカーの2016年シーズンは今日のレースをもって終了。2017年シーズンはフロリダ州セント・ピーターズバーグにおいて3月12日に決勝が開催されるファイアストン・グランプリ・オブ・セント・ピーターズバーグで始まる。

    佐藤琢磨(14位)
    「決勝に向けて用意したマシンはいいペースで走るセッティングになっていました。スタートでポジションをいくつか上げることができ、ピットインするタイミングを少し遅らせて戦いました。しかし、フルコースコーションの出されるタイミングが自分たちに有利なものになりませんでした。逆に、一番悪いタイミングでレースの半ばに出されてしまいました。オーバーテイクを仕掛けるのに必要なコーナーでのスピードが少し足りませんでしたが、ターン11でパスをすることはできていました。自分たちの持っている中ではレベルの高いマシンを作ることができていました。今シーズンの私たちは、リザルトに現れたもの以上の進歩を遂げることができていたと思います。シーズン序盤のストリートレースではHonda勢をリードする戦いを見せることもできていました。しかし、今年は表彰台に上がることができませんでした。それはとても悔しいことですし、残念です。しかし、私たちチームは全力で戦っていました。今シーズンも応援をありがとうございました」

  • シモン・パジェノー、2016年のインディカーチャンピオンを獲得

    シモン・パジェノー、2016年のインディカーチャンピオンを獲得

    シモン・パジェノーが、インディカー最終戦ソノマでシーズン5勝目を挙げて2016年のインディカーチャンピオンに輝いた。

    ダブルポイントが与えられる最終戦。シモン・パジェノーとチーム・ペンスキーのチームメイトであるウィル・パワーとタイトルを争っていたが、ウィル・パワーは36周目にギアボックストラブルが発生してタイトル争いから脱落。

    スタートでリードを築いたシモン・パジェノーは、1回目のピットストップ後にその差を5.4秒に広げた。イエローコーションによってその差は縮まったが、最終的に3.5秒の差をつけてチェッカーフラッグを受け、2016のインディカータイトルを獲得した。

    自身初となるインディカーチャンピオンを獲得したシモン・パジェノーは「信じられない。明日になればもっと実感が湧いてくると思う」とコメント。

    「なんてレースだ! 今は感情が昂ぶっていて、正直、なんて言えばいいかわからない。言葉が見つからない。僕のキャリア全体が、このため、今日のため、このポイント、このレベルに到達するためにあったんだ」

  • 佐藤琢磨、15番グリッドから最終戦ソノマに挑む / インディカー

    佐藤琢磨、15番グリッドから最終戦ソノマに挑む / インディカー

    佐藤琢磨は、2016年 インディカー 最終戦ソノマの予選を15番手で終えた。

    事前にテストを行い、午前中のプラクティスで12番手のタイムを記録した佐藤琢磨だったが、予選では苦戦を強いられた。

    No.14 ABCサプライ・ホンダを駆る佐藤琢磨は予選で1分16秒9661(111.556mph。約178.5km/h)を記録し、15番グリッドを獲得した。

    佐藤琢磨
    「今日は自分たちができることをすべて試しましたが、トリッキーな予選となりました。僕たちにはスピードが欠けていました。今朝に比べるとコースは少し遅くなったように感じましたが、これは誰にとっても同じことでしょう。明日はまったく違う展開になるはずです。シーズン最終戦の決勝を力強く戦えるものと楽しみにしています。No.14に関わる全員が素晴らしい働きをして密度の高い走りができましたが、残念なことにあとわずかな部分が欠けていました」

  • 佐藤琢磨、最終戦ソノマの初日は17番手 / インディカー

    佐藤琢磨、最終戦ソノマの初日は17番手 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 最終戦ソノマの初日のセッションを17番手で終えた。

    インディーカー・シリーズ最終戦のプラクティスが16日(金)、サンフランシスコから北に向かってクルマで1時間ほどのソノマ・レースウェイで開催された。当日のソノマは午前中が涼しく、午後はぐっと気温が上昇した。

    75分間のセッションが2回行われた走行において、佐藤琢磨は思うような結果を残すことができなかったが、明日の予選に向けてマシンを改良するのに必要なデータが手に入ったと考えている。なお、明日の午後、ソノマ周辺の気温はさらに上昇すると予想されている。

    No.14 ABCサプライ・ホンダを駆って合計44ラップを走行した佐藤琢磨は1分17秒7193(110.474mph、約176.8km/h)を記録し、17番手となった。

    佐藤琢磨
    「ラップタイムは期待したほどではありませんでしたが、今日はいいテストになりました。コンディションはテストのときとは大きく変わっています。特に風向きがまるで違っており、これがマシーンのバランスに大きな影響を与えました。僕たちの基本セットは決して悪くないので、あとはマシンのグリップをより高めて正しいバランスに整えることが必要となります。今日の走行では、ニュータイヤと中古タイヤでラップ中のバランスシフトが大きく異なっていたので、このデータから多くのことを学べるはずです。まずはいいデータが収集できたので、明日行われる予選に向けて、これらを十分に活用したいと思います」

  • 佐藤琢磨、終了間際のスピンは「ちょっと欲張りすぎた」

    佐藤琢磨、終了間際のスピンは「ちょっと欲張りすぎた」

    佐藤琢磨が、インディカー 第15戦 ワトキンス・グレンのレース週末を振り返った。

    待望久しかったインディカー・シリーズのワトキンス・グレン戦が開催された。インディカーがこの地を訪れるのは6年ぶりのこと。ここでNo.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆る佐藤琢磨は後方グリッドから8番手まで挽回し、トップ6が狙えそうな展開となりながら、スピンしてそのチャンスを失うというドラマチックなレースを演じた。

    ニューヨーク州の緑多いサーキットで事前のテストに参加しなかったのはAJフォイト・レーシングだけ。しかも、このコースは路面の再舗装を行ったばかりで、エンジニアにとってもドライバーにとっても手がかりとなるような情報はないも同然だった。

    ちなみに佐藤琢磨はここで2010年に1度だけレースを戦ったことがあるが、チームメイトのジャック・ホークスワースにとっては初めてのイベントとなった。

    「ただし、エンジニアたちは入念に準備してくれました」と佐藤琢磨は語る。「また、ホンダ・パフォーマンス・デベロップメントからは必要なデータが提供され、これもとても役に立ちました。最初のプラクティスでは初期のセッティングに集中しましたが、時間はとても短いものでした。そして僕はワトキンス・グレンがどれほどチャレンジングなコースであるかを再発見しました。僕はこのサーキットが本当に好きです。コーナーに進入するときのスピードは、普通のサーキットに比べると信じられないくらい速いので、とにかく自信を持っていないと走れません」

    「再舗装が行われたことで、前回インディカー・サースが開催されたときに比べるとラップタイムは5秒か6秒ほど速くなっていたので、走っているときの感覚はまったくの別物でした! 施設はアメリカのサーキットとしてはベストなもののひとつですし、路面のスムーズさに関していえば並ぶものがありません。とりわけ路面はスパ-フランコルシャンを思い起こさせるほどスムーズで、完全にF1スペックのサーキットだといえます。きっと、誰もがこのコースでの走りを楽しんだと思います」

    「すべてのコーナーは横Gが3.5Gから4Gに達し、なかには4Gを越えるコーナーもありました。こうなると肉体的にも厳しく、何人かのドライバーは首が痛いといっていました。まるで速かった時代のF1のようです!」

    合計2時間で行われたプラクティスにおいて、佐藤琢磨は最初のセッションで14番手、次のセッションでは12番手に浮上した。「運のいいことに、通常のイベントよりもセッションは長めに設定されていました。唯一の制約はタイヤの使用本数に制限がかかっていることだけです。だから、かなり恵まれた環境だったわけですが、それでもモータースポーツの世界ですべてのことをやり尽くそうとすると、どんなに時間があっても十分ということはありません! リザルトを見ただけでは、僕たちがどれだけ速さに満足していたかはわからないでしょうが、確実にトップとの差を詰めていることは実感していました」

    土曜日に行われた最後のプラクティスでは、路面コンディションが改善されたこともあってチームはさらなる前進を果たし、佐藤琢磨は15番手のタイムをマーク。予選に向けて自信を抱いていたが、期待されたような結果を残すことなく、最後尾の22番グリッドからスタートすることが決まる。

    「細かなトラブルがいくつか起きました。予選でトップ10に入る自信があり、僕たちは予選中のタイヤ戦略について検討しました。コースの全長が長いので、時間内に走行できる周回数は少なくなります。そこで最初のセグメントでは、硬めのブラック・タイヤを装着してからレッド・タイヤに交換するのではなく、最初からレッド・タイヤで走り始めたほうが好ましいと考えられました。フリープラクティスでは、ブラック・タイヤでもグレイニングやブリスターの兆候が見られましたが、僕自身はグループ2から参加することが決まっていた予選では、最初からレッド・タイヤを履いてグループ1の予選に挑んだドライバーが路面コンディションの改善に助けられてタイムをぐんぐんと縮めていく様子を目の当たりにしました。そこで、僕たちも同じ戦略で挑むことを決めました」

    「不運にも、このとき僕のHANSデバイスは正しい位置に装着されていませんでした。こんなことは初めてでしたが、安全確認の為にピットストップを行い、これでインラップとアウトラップの時間をロスすることになりました。これですべてが終わりになったわけではありませんが、余裕のない展開となったのは事実です。それでも、レッド・タイヤでいい感触を掴んだ僕はアタックを開始します。セクタータイムはコンペティティブなもので、走行中のペースからラップタイムを予測するシステムがあるのですが、それによると、2番手に位置していたとエンジニアは教えてくれました。しかし、僕はミスを犯してスピンを喫します。あとになってクルマに小さな問題があったことが確認されましたが、あれはコントロールできたかもしれないと思うと、悔しくて仕方ありません。メカニックたちには本当に申し訳ないことをしてしまったと思います」

    これで佐藤琢磨はグリッドの最後尾に並ぶことになったが、好スタートを決めると、カオスに陥ったオープニングラップでライバルたちを次々とパスし、6つポジションを上げることに成功する。

    「コーナーはどれも高速かつ大きく曲がり込むレイアウトなので、ヘビーブレーキングを行う場所がなく、オーバーテイクは簡単ではありません。このため、1コーナーには3ワイドや4ワイドとなって進入し、順位を上げようとするのが一般的です。僕は隊列の最後方にいたので、アクシデントに巻き込まれないように気をつけながら、いくつか順位を上げることができました」

    佐藤琢磨が最初のピットストップを指示されたのは8周目という早い段階。これは他のドライバーたちとは異なるピット戦略を選択したことを意味しており、その成果はレース終盤に現れるはずだった。佐藤琢磨のマシンは好調だったが、それでもワトキンス・グレンでライバルをオーバーテイクするのは容易ではなく、したがって戦略を駆使するのが順位を上げるうえではもっともいい方法なのである。レースの大半を佐藤琢磨は15番手ないし16番手で周回していたが、他のドライバーがピットインしたときには順位を上がられると期待された。実際、60周のレースの32周目には3番手まで浮上。そして佐藤琢磨自身が最後から2番目となるピットを行うと15番手に後退した。そして39周目にウィル・パワーがクラッシュし、今回のレースを決定づけることになるイエローが提示されると、佐藤琢磨は2番手へと返り咲いたのである。

    ほとんどのドライバーがここでピットインし、フィニッシュまで走り続ける戦略を選択したが、カルロス・ムニョスと佐藤琢磨はステイアウトを決め込んだ。これでムニョスはトップ、佐藤琢磨は2番手に浮上したものの、ふたりはもう1度ピットストップを行わなければならない。レースは43周目に再開、佐藤琢磨はトップを目指して戦い続けた。

    「僕たちはダウンフォースの設定がややコンサバティブで、空気抵抗が大きいように感じられました。このため、バスストップ・シケインに向かうところでスピードは伸び悩み、ギア設定もショートだった為にエンジンが回りきってしまい、難しい状況でした。僕はスリップストリームとプッシュ・トゥ・パスを使いましたが、スリップストリームから抜け出すと空気の壁に突き当たり、まるで減速するように感じられます。さらにカルロスは信じられないくらいのレイトブレーキを繰り出しました。コーナーでは僕をアウト側に押し出すようにして、コースのギリギリのところまで追いやられました。このとき縁石を乗り越え、いくつか順位を落とすこととなります」

    「それでもチームがいい戦略を考え出してくれました。このときのイエローは本当にクリティカルなタイミングだったのです。この後、燃費走行で走り続ければフィニッシュまでたどり着けないこともありませんでしたが、それは極めてリスキーでした。もしも僕たちがほかのドライバーと同じ戦略を選んでいたら、燃費走行をしながら1周あたり1台をオーバーテイクしなければならなかったでしょう。ただし、ライバルたちの少なくとも半分はもう1度ピットインすることがわかっていたので、これはいい判断でした」

    残り12周となったところで、佐藤琢磨は最後のピットストップを実施。ムニョスは1周あとでこれに続いた。佐藤琢磨はコロンビア人ドライバーを素早くパスすると15番手に浮上。その後は駆け上がるようにして順位を上げていった。

    「僕はアタックを繰り返しました。これは最高に楽しかったです。何人かのドライバーはギリギリまで燃料をセーブしながら走っていたため、ラップタイムは3秒も遅くなっていました。けれども僕はレッド・タイヤを履いてプッシュし続けます。マシンはやや不安定な状況でしたが、僕は残り周回数が減っていくのを数えていました。トップ10、トップ8……。ある周回では、バスストップの進入で1度に2台をパスしました。ライアン・ハンター-レイがRCエナーソンをオーバーテイクしようとしてスリップストリームから抜け出したとき、ふたりの間に飛び込んだのです。あれは本当に楽しかったです!」

    ファイナルラップの1周前、佐藤琢磨がアレクサンダー・ロッシをパスして8番手となったところで悲劇は起きた。

    「ちょっと欲張りすぎたのかもしれません。僕はついに7番手となり、シモン・パジェノーの背後につきました。いまになってみれば、僕のあのスピードでは次のストレートまで待つべきだったといえますが、あと2周で次のグループに追いつくためには、できるだけ早くオーバーテイクしたかったのです。ターン7でパジェノーはデフェンス気味の動きを見せたので、ターン8で彼をオーバーテイクすべく、マシンを大きく振ってスロットルを早めに開けました。ところが、僕は路面の汚れた部分に足を踏み入れてグリップを失い、リアが滑り始めてスピンを喫しました。あんなことを自分がしたなんて、信じられません。完全に自分のミスです」

    その後は集団の間を彷徨うようにして佐藤琢磨は17位でフィニッシュ、極めて残念な結果に終わった。しかし、少なくともシーズン最終戦のソノマに向けてはいい兆候になったといえないこともない。なお、カリフォルニアのサーキットでは間もなくテストが行われることになっている。

    「僕たちのパフォーマンスは示すことができました。決して最速だったわけではありませんが、僕たちはコンペティティブで、多くのポイントを獲得できる程度には強力でした。これはとてもいいサインです。ソノマでは是非、反撃に転じたいですね。テストも予定されているので、速いクルマを作ることに集中したいと思います。このサーキットでは、昨年も僕たちはいい戦いができたので……」

  • 佐藤琢磨、終盤にスピンを喫して17位 / インディカー

    佐藤琢磨、終盤にスピンを喫して17位 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ワトキンス・グレンの決勝レースを17位で終えた。

    1961年から1980年までF1世界選手権アメリカGPの舞台となったワトキンスグレン・インターナショナルでは、1979年〜80年と、2005年〜2010年にインディカーのレースも開催されてきた。

    ニューヨーク州西側の山間、フィンガーレイク地方とも呼ばれる緑深いリゾートエリアにたたずむ全長3.37マイルのサーキットはアップダウンに富み、高速コーナーが連続するコースレイアウトだが、コースの舗装が一新されたことで、6年ぶりのレースとなったインディカーのスピードが大幅に上昇。予選トップのタイムは2009年のレコードから一気に5.6秒以上も短縮された。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は予選のアタック中にコースアウトしたため、スターティンググリッドは最後尾の22番手だった。後方からのスタートのため、ピットタイミングをずらしてチャンスをうかがう作戦に出た佐藤琢磨は、レース終盤の41周目のリスタートで2番手を走行。ゴールを前に短い給油のためのピットストップを行っても、トップ5でのフィニッシュが狙える位置を走っていた。

    しかし、終盤のバトルの中でゴール目前の59周目にスピンを喫し、結果は17位でした。

    佐藤琢磨 (17位)
    「とてもエキサイティングなレースでした。フルコースコーションが3度出され、結果的に私たちのチームはいい作戦を選べていました。序盤には作戦が裏目に出たこともありましたが、終盤の勝負どころでの判断が正しかったので、上位での戦いに加われました。そこからは激しいバトルが繰り広げられました。ライバルたちの多くは燃料をセーブする必要があり、私たちは上位へと再びポジションを上げていくチャンスを手にしました。残り2周となって、私はさらにポジションを上げるべくアタックしたのですが、シモン・パジェノー(シボレー)と並んでターン7に入ったとき、2人とも普段よりわずかにラインがアウトに膨らみ、タイヤかすに乗ってスピンを喫しました。私のミスでした。言葉もありません。スポンサーやメカニックに申し訳ないです。いい結果がつかめそうだったのに、ゴールまで走りきってそれを手にすることができませんでした」