ミハエル・シューマッハ F1史上初の7度目の王座獲得から22年

ミハエル・シューマッハ F1史上初の7度目の王座獲得から22年

2004年8月29日、ミハエル・シューマッハはF1ベルギーGPで自身7度目となるワールドチャンピオンを確定させた。それまで自らが持っていた最多6回の記録を更新し、現在も破られていない「7度のF1世界王者」という歴史的記録を打ち立てた。

ただし、シューマッハが7つ目のタイトルを決めたスパ・フランコルシャンで、表彰台の頂点に立ったのは彼ではなかった。圧倒的なシーズンを送っていたフェラーリのエースは、この日は「わずか」2位。それでもタイトル獲得には十分な結果だった。

F1史に残る圧倒的な2004年シーズン
2004年のシューマッハは、F1史上でも屈指の支配的なシーズンを展開した。全18戦のうち13勝を挙げ、6度の世界王者から史上初の7度の世界王者へと到達した。

第14戦ベルギーGPを迎えるまでに、シューマッハは13戦中12勝。開幕戦オーストラリアGPからスペインGPまで5連勝を飾り、モナコGPを挟んでヨーロッパGPからハンガリーGPまでさらに7連勝を記録していた。

唯一勝利を逃していたのがモナコGPだった。セーフティカー導入中、トンネル内でファン・パブロ・モントーヤと接触してリタイア。これによって13連勝という記録達成は阻まれた。

思い出深いスパで7度目の王座に王手
ベルギーGPの舞台となったスパ・フランコルシャンは、シューマッハにとって特別な場所だった。

1991年に同地でF1デビューを果たし、その翌年の1992年にはF1初優勝を達成。数々の歴史を刻んできたサーキットに、2004年はチャンピオン決定の可能性を携えて戻ってきた。

ベルギーGPを前に、シューマッハはフェラーリのチームメイト、ルーベンス・バリチェロに38ポイント差をつけていた。ベルギーGP終了後には残り4戦となるため、タイトル争いを決着させる絶好の状況だった。

当時のF1では上位8台に「10-8-6-5-4-3-2-1」のポイントが与えられていた。バリチェロがタイトル争いを継続するには勝利が必要であり、シューマッハは7位以上に入れば5年連続のワールドチャンピオンが決まる状況だった。

ライコネンが勝利 シューマッハは2位で王座確定
予選ではヤルノ・トゥルーリがポールポジションを獲得し、シューマッハは2番手。タイトル逆転のために勝利が必要だったバリチェロは6番手にとどまり、この時点でシューマッハの優位はさらに大きくなった。

一方、マクラーレンのキミ・ライコネンは10番グリッドからスタート。苦戦が続いていたマクラーレンにとって厳しいシーズンだったが、ライコネンはそこから追い上げ、シーズン初勝利を挙げた。

ライコネンはシューマッハに3.132秒差をつけて優勝。シューマッハは2位でチェッカーを受けた。

勝利こそ逃したものの、その瞬間にタイトル争いは決着した。シューマッハは5年連続、通算7度目のF1ワールドチャンピオンとなった。

F1世界王者の最多記録が更新された歴史
F1世界選手権の歴史において、最多タイトル記録が更新されたケースは非常に少ない。

1953年にアルベルト・アスカリが2度目のタイトルを獲得してジュゼッペ・ファリーナの記録を更新。1955年にはファン・マヌエル・ファンジオが3度目の王座を獲得してアスカリを上回った。

その後、ファンジオは最終的に5度までタイトル数を伸ばし、その記録は数十年にわたって破られなかった。

2003年、シューマッハが6度目の世界王者となってファンジオを抜き、F1史上最多記録を更新。そして翌2004年、自らの記録をさらに更新する7度目のタイトルを獲得した。

F1世界選手権 最多タイトル記録の更新
1953年:アルベルト・アスカリ(2回)/ジュゼッペ・ファリーナを更新
1955年:ファン・マヌエル・ファンジオ(3回)/アルベルト・アスカリを更新
2003年:ミハエル・シューマッハ(6回)/ファン・マヌエル・ファンジオを更新
2004年:ミハエル・シューマッハ(7回)/自身の記録を更新

シューマッハが2004年のスパで打ち立てた7度の世界王者という記録には、後にルイス・ハミルトンが2020年に並んだものの、現在も誰にも更新されていない。2004年8月29日のベルギーGPは、シューマッハがF1史上初の7度の世界王者となった歴史的な一戦として刻まれている。