カテゴリー: ザウバーF1チーム

  • ミハエル・シューマッハ、2000年にライコネンとの契約をザウバーに助言

    ミハエル・シューマッハ、2000年にライコネンとの契約をザウバーに助言

    2000年にキミ・ライコネンのF1テストを見学していたミハエル・シューマッハは、“彼は大物になる”とザウバーF1のチーム代表であるペーター・ザウバーに助言していたと Blick は回顧する。

    キミ・ライコネンは、わずか23戦のシングルシーター経験しかなかったが、勝率53%というパフォーマンスで注目を集めていた。その成績に注目したザウバーはムジェロにキミ・ライコネンを招待してF1マシンでのテストを実施した。

    Blick によると、このテストを見学していたミハエル・シューマッハは、チームオーナーであるペーター・ザウバーにキミ・ライコネンと契約するよう助言したという。

    「同じ日にムジェロでフェラーリをテストしていたミハエル・シューマッハは、夕方にピーター・ザウバーに『誰があなたのクルマを運転していたのかはわからないが、彼は大物になるだろう!』と語った」

    2001年に4戦限定の仮スーパーライセンスでF1デビューを果たしたキミ・ライコネンは、デビュー戦オーストラリアGPで6位入賞。その後、正式にスーパーライセンスが発給されたライコネンは、第6戦オーストリアGP、第8戦カナダGPで4位入賞するなど、全17戦中4戦で入賞して9ポイントを獲得し、ドライバーズランキング10位を獲得している。

    キミ・ライコネンは、2007年にミハエル・シューマッハの後任としてフェラーリに加入してF1ワールドチャンピオンを獲得。2020年現在、フェラーリのドライバーが獲得したドライバーズタイトルはこの年のライコネンのタイトルが最後となっている。

    昨年、フェラーリF1との契約を更新できなかったキミ・ライコネンは、ザウバーの復帰。アルファロメオF1に名前を変えたチームと今シーズン末まで契約を結んでいる。

    キミ・ライコネンとミハエル・シューマッハ

  • 【動画】 ザウバー、チーム創設から50歳の誕生日

    【動画】 ザウバー、チーム創設から50歳の誕生日

    F1世界選手権でアルファロメオ・レーシングを運営するザウバー・モータースポーツは、2020年5月15日でペーター・ザウバーがチームを創設してから50歳の誕生日を迎えた。

    1970年、アマチュアレーサーだったペーター・ザウバーはヒルクライムに参戦するため、自宅の地下室でザウバー・C1を製作。ヒンウィルにガレージを開設し、5月15日に正式にチーム活動を開始した。

    1973年にペーター・ザウバーはドライバーを引退し、シャシーコンストラクターに専念。1982年からは世界耐久選手権に参戦。1985年にザウバー・C8の開発にあたり、メルセデス・ベンツから市販ベースのターボエンジンの供給を受けた。奇しくも1955年のル・マンの大惨事によって30年間レースから遠ざかっていたメルセデスを、同事故によってレースから遠ざかっていたスイスのモータースポーツチームが呼び戻したことになる。

    1988年にはメルセデスが正式にモータースポーツに復帰することを発表し、チーム名を「チーム・ザウバーメルセデス」とした。これによりザウバーはワークス・チームとなり、選手権開幕戦より優勝を果たすなど11戦中5勝を挙げ、チームズランキング2位を獲得。1989年には選手権8戦中7勝という圧倒的な強さを見せ、ドライバーズとチームズのダブルタイトルを制覇した。

    1990年もメルセデスベンツ・C11を投入して9戦中8勝、ル・マン優勝こそジャガー・XJR-12に譲ったものの、世界スポーツプロトタイプカー選手権連覇。また、前年のドイツF3選手権のランキング上位3名(カール・ヴェンドリンガー、ハインツ=ハラルド・フレンツェン、ミハエル・シューマッハ)を採用し、ヨッヘン・マスらベテランと組ませて交替で参戦させた。この「メルセデス・ジュニアチーム」はメルセデスのレースディレクターであるヨッヘン・ニアパッシュが計画したもので、若手ドライバーの起用に難色を示していたザウバーも彼らの才能を認めることになった

    1991年からザウバーはF1転向に向けて準備を開始。だが、1991年11月28日にダイムラー・ベンツはF1へのワークス参戦を行わないと発表した。ザウバーは代わりに資金援助と技術支援を受け、プライベートチームとして計画を続行。1993年よりF1参戦を開始した。1994年にメルセデスはイルモアエンジンを正式に「メルセデスエンジン」と呼称してザウバーに供給。しかし、2年間の結果を見て、メルセデスは供給先をマクラーレンへと変更したことで長年のパートナーシップに終止符が打たれる。

    1993年からはフォードのエンジンを搭載。そして、1997年からはフェラーリの1年落ちのエンジンにスポンサーであるペトロナスのバッジネームを付けて「ペトロナスエンジン」として使用。当時はフェラーリのジュニアチーム的存在だった。

    2006年にはBMWにチームを売却し、『BMWザウバー』として参戦。BMW撤退後はペーター・ザウバーがチームを買い戻し、2010年よりプライベーターに戻り、再びフェラーリエンジンを搭載。ペーター・ザウバーは、2016年にすべての業務から完全に引退した。

    2018年からはタイトルスポンサーにアルファロメオを迎えて『アルファロメオ・ザウバー』として参戦、翌2019年からコンストラクター名自体を変更。アルファロメオの名のみでエントラントを登録し、「アルファロメオ・レーシング」として参戦を続けている。

    フレデリック・バスール (サウバー・モータースポーツAG CEO)
    「今日は、ザウバー・モータースポーツの歴史において重要な節目を迎えた。このビジネスでの50年は長い時間だが、ザウバーは、直面するすべての課題を通して常に自分自身を再発明することに成功してきた。基本的にその最大の強みはそれを構築する人々であり、最高レベルの競争力を確保することだ。つまり、その従業員だ。今日のお祝いは、それぞれのハードワーク、献身、そしてレースへの情熱へのオマージュであり、次の50年がこれまでの50年よりもさらに成功することを願っている」

    キミ・ライコネン(アルファロメオ・レーシング F1ドライバー)
    「ザウバーの50歳の誕生日に彼らの健闘を称えたいと思う。僕にとってF1デビューを果たした非常に大きな意味のあるチームであり、一緒に過ごした素晴らしい時間に感謝している。もちろん、僕が加入する前からすでに素晴らしいチームの歴史があり、それ以降、チームは素晴らしい成績を収めてきた。今、僕たちは再び一緒になり、この歴史の新しいページを書く準備ができている。そして、もっと多くの素晴らしい瞬間があることを願っている」

    アントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ・レーシング F1ドライバー)
    「ザウバーは僕にとって本当にスペシャルで大切なチームだ。50歳の誕生日おめでとう!チームには多くの良い思い出がある。1番は2017年にメルボルンでデビューしたことだ。ドライブすることは特別な場所だし、僕が初めて公式のF1ドライバーになったチームだ。たくさんの幸せなひと時を過ごし、すぐに一緒に表彰台を祝えることを願っている」

    ロバート・クビサ(アルファロメオ・レーシング F1リザーブドライバー)
    「今日はF1だけではなく、モータースポーツにおける長い歴史の50周年を記録する非常に特別な日だ。このチームは常に素晴らしい人々で構成されており、彼らのためにレースをすることは喜びだ。ここは僕が2006年にデビューした場所だ。僕自身とキャリアにとって最大の機会だった。それらの日々の思い出はたくさんあるし、2008年のカナダでの勝利は、僕のレース人生で最高の瞬間の1つだった。ザウバーの歴史を刻んできたすべての人々をお祝いしたい。また、僕がヒンウィルのホームに戻ってきたときに出会う機会があった新しい人々の活躍も祈っている。チームがあと50年、100年以上の素晴らしい歴史を刻んでいくことを願っている」

    タチアナ・カルデロン(アルファロメオ・レーシング F1テストドライバー)
    「チーム全体を祝福し、今後50年間、活躍を祈りしています。ザウバーとの素晴らしい思い出はたくさんありますが、最も特別な瞬間はもちろん、2018年にメキシコで初めてF1カーに乗り込んだときです。とても特別な気持ちでしたし、夢が叶いました。トラックでチーム全員と仕事をすることは、私が永遠に忘れることのない素晴らしい経験でした。子供の頃、私は常にF1ドライバーになり、ザウバーと同じくらいの歴史を持つチームと一緒に働くことを夢見ていました」

  • F1マシン列伝:BMWザウバー F1.08 “自ら捨てたタイトルへの挑戦権”

    F1マシン列伝:BMWザウバー F1.08 “自ら捨てたタイトルへの挑戦権”

    BMWザウバーの2008年F1マシン『F1.08』は、現アルファロメオ・レーシングとして存続しているチームにとって最も成功を収めた一台だったが、当時のBMW上層部は自らタイトルへの挑戦権を捨ててしまった。

    BMWは、2005年末にザウバーを買収してBMWザウバーとして参戦。新チームはスイスにあるザウバーのファクトリーと風洞施設を引き続き使用してシャシー開発をし、ミュンヘンのBMWファクトリーでエンジンの開発をするという体制を採った。

    BMW F1.08は、前年戻るの正常進化版だが、スーパーコンピュータを備えた風洞施設を活用して様々な空力パーツが投入された。フロントノーズにはマクラーレンが考案した“ホーンウイング”が搭載され、3層構造のフロントウイングは、ノーズから吊り下げるステーが2段目のプレートに接続される特徴的な構造。サイドポンツーン周辺には多数のフィンやミニウイングが搭載された。

    ペトロナス、インテル、セルティーナ、DELL、クレディスイスのロゴが掲載されたBMWザウバー F1.08のカラーリングは美しさも兼ね備えていた。

    前年にフェラーリ、マクラーレンに次ぐポジションにつけていたBMWザウバーは、2018年シーズンの開幕から速さをみせた。第2戦マレーシアGPではニック・ハイドフェルドがBMWザウバーにとって初ファステストラップを記録し、第3戦バーレーンGPではロバート・クビサが初ポールポジションを獲得。そして、第7戦カナダGPではクビサ・ハイドフェルドの順でチームにとっての初優勝を1-2フィニッシュで飾った。この時点でクビサはポイントリーダーとなった。

    しかし、BMW上層部はレギュレーションが大幅に変更される2009年を最大のチャンスとみなし、早々に開発の焦点を次シーズンにむけた。その結果、パフォーマンスは徐々に低下した。

    最終的にロバート・クビサはチャンピオンを獲得したルイス・ハミルトンと23ポイント差のランキング4位、ニック・ハイドフェルドは6位という結果。クビサとハイドフェルドの2人あわせて11回もの表彰台を獲得し、前年よりも3ポイント多くのを獲得したものの、フェラーリから38ポイント差のコンストラクターズランキング3位でシーズンを終えた。

    迎えた2009年、BMWザウバーはトップに近づくことすらできずにシーズン中盤にBMWはF1から撤退。2008年に大きなチャンスを失ったことが明らかとなった。

    BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)BMWザウバー F1.08 (2008年のF1世界選手権)

  • F1:ザウバー・グループ、セーブ・ザ・チルドレンを支援する衣類を発表

    F1:ザウバー・グループ、セーブ・ザ・チルドレンを支援する衣類を発表

    アルファロメオF1チームを運営するザウバー・グループは、ファッションブランドのCreightivistと協力して、新型コロナウイルス危機に“セーブ・ザ・チルドレン”のための資金を集める特別なコレクションを立ち上げた。

    この取り組みでは #GarageTime のブランドでスウェットシャツやTシャツを含むさまざまな衣料品が発売される。

    プロモーション用に、アルファロメオ・レーシングのF1ドライバーであるキミ・ライコネンとアントニオ・ジョビナッツィ、テスタードライバーのロバート・クビカとタチアナ・カルデロンがロックダウン中に“ザウバーハウス”で過ごすポスターも用意された。

    #GarageTime キャンペーンで集められた資金は、ザウバー・グループの公式チャリティーパートナーであるセーブ・ザ・チルドレンに寄付される。

    「共有は思いやりであり、本当の意味での連帯は、全世界に影響を与える危機に対処する唯一の方法だ」とザウバー・グループのCEOであるフレデリック・ヴァッサーは述べた。

    「社会的責任は常に我々の企業文化の重要な役割を果たしてきた」

    「ザウバー・グループとして、パートナーであるセーブ・ザ・チルドレンおよびCreightivistと協力して、この危機を世界社会の最も脆弱なメンバー、すなわち世界中の子供たちを支援する機会に変えることに捧げることを誇りに思う」

    キミ・ライコネンは「パンデミック時にすべての子供がシェルターを持っているわけではない。セーブ・ザ・チルドレンが手を差し伸べるのを助けるために僕たちができることをすることが重要だ」とコメント。

    「#GarageTime プロジェクトに参加して、是非、困っている子供たちをサポートするためにしてもらいたい」

    1993年からF1に参戦しているザウバーは、昨年からアルファロメオ・レーシングとしてF1を戦っている。

    #GarageTime

  • ホンダF1とザウバーの契約白紙化が与えた影響 / F1特集

    ホンダF1とザウバーの契約白紙化が与えた影響 / F1特集

    F1に“ザウバー・ホンダ”が誕生することはなかった。ホンダF1とのザウバーとのエンジン契約は発表から3か月後に白紙撤回された。それによってF1の状況は大きく動くことなった。

    2017年のF1世界選手権のスタートは、ザウバーとホンダF1のどちらにとっても期待できるものではなかった。

    2009年末のBMWの撤退後、ザウバーは2010年代半ばまで財政的に苦労し、2016年にその存続のために資金をかき集めて、1年前落ちのフェラーリ製エンジンと標準以下のシャーシで2017年に入った。

    一方、ホンダF1はマクラーレンとのパートナーシップの3年目に入っていたが、パフォーマンスと信頼性の問題の中でパワーユニットのコンセプトが変更され、プロジェクトは立ち戻っていた。

    マクラーレンとホンダF1の関係は崩壊しつつあった。以前はその独占権を破るという考えに抵抗していたマクラーレンは、より多くのデータを収集してコンセプトを理解するために2番目のチームに提供するというホンダの願いを受け入れた。

    4月末、ザウバーはモニシャ・カルテンボーンの管理下で、2018年からホンダF1がパワーユニットサプライヤーになることを発表し、2010年から続いたフェラーリとの関係を断った。

    ドライバーを務めていたマーカス・エリクソンとパスカル・ウェーレインはホンダF1との提携に前向きだった。

    マーカス・エリクソンは、ホンダのF1エンジンの欠点を認めながらも「長期的にはチームにとって正しい決断だと思う。ポテンシャルはあると思う」と語り、パスカル・ウェーレインも「ホンダF1が来年ザウバーの競争力を高めるための役割を果たしてくれることを期待している」と付け加えた。

    しかし、ザウバー・ホンダのパッケージは実現しなかった。

    モニシャ・カルテンボーンは6月にザウバーを去り、その直後に2016年にルノーのチームプリンシパルを務めていたARTの長年のボスであるフレデリック・バスールが後任として加入した。

    フレデリック・バスールの最初の行動の1つはホンダF1とのパートナーシップを打ち切ることだった。彼はホンダF1に対するマクラーレンのコミットメントに対する不確実性、特にギアボックスの使用に関して悪影響を与える可能性があることを恐れていた。ザウバーではギアボックスを構築することはできなかった。まだ、2018年のF1マシンの設計は別のパワーユニット、ギアボックスで回収できる段階にあった。

    ザウバーの公式発表では決定は「ザウバーF1チームの将来への最善の意図を念頭に置いて」行われたというものだった。ホンダF1は「ホンダとザウバーの将来の方向性には、パワーユニット供給システムの準備プロセスに認識の違いがあった」とコメントした。

    その後まもなくザウバーはフェラーリとのパートナーシップを更新することを発表した。

    ホンダF1とザウバーが行った唯一の共同作業は、契約の白紙化が確認された数日後にブダペストで行われた若手ドライバーテストでホンダF1の育成ドライバーである松下信治がザウバーのF1マシンをテストしたときだけだった。

    理論的にはホンダF1は2018年に供給先がない状態となったが、レッドブルは状況を監視しており、トロロッソにワークス供給することで契約が成立した。トロロッソとホンダF1の契約は、マクラーレン、レッドブル、ルノー、カルロス・サインツなどの複数の関係者が関与する複雑な契約だったが、決定的に重要なことはホンダがF1に残ったことだった。

    2018年のホンダのF1エンジンのパフォーマンス向上は、ルノーのパフォーマンス停滞に同調し、レッドブルに2019年の供給を確信させ、レッドブル・ホンダのパートナーシップはマックス・フェルスタッペンとの3勝を挙げた。

    一方、ザウバーは、2018年に最新のパワーユニットを確保し、フェラーリとの関係を強化。フィアット・クライスラー・オートモービルズは、アルファロメオのブランド活用に熱心であり、タイトルスポンサー契約に調印した。

    ザウバーがフェラーリとの提携を再開したことで、フェラーリは1つのシートの決定権を獲得し、2018年にはF2チャンピオンのシャルル・ルクレールをF1デビューさせ、メルセデスに支援されていたパスカル・ウェーレインを外した。

    ザウバーでのシャルル・ルクレールのパフォーマンスは、フェラーリに2019年の準備ができていることを確信させた。その後、アルファロメオがザウバーのネーミングライツを引き継ぎ、2007年のF1ワールドチャンピオンのキミ・ライコネンが復帰した。

    フレデリック・バスールが、ホンダF1との契約を手付かずのままにした場合、F1界の状況はどのように展開していただろう?

  • F1特集:ザウバー 歴代F1マシン Part 2

    F1特集:ザウバー 歴代F1マシン Part 2

    ザウバーのF1世界選手権における歴史をF1マシンとともに振り返る。第2弾としてBMWからチームを買い戻し、プライベーターとして再出発した2010年以降を振り返る。

    BMWが2009年シーズン中に撤退を発表し、チームは売却先を探したが、最終的に元オーナーでチームオーナーのペーター・ザウバーが買い戻し、ザウバーF1チームとして再出発することになった。

    ザウバー C29(2010年)
    ザウバー C29Sauber C29
    小林可夢偉とペドロ・デ・ラ・ロサをドライバーに起用。前半戦は信頼性問題に悩まされたが、中国GPから加入したジェームス・キーによる改良によって戦闘力をつけ、第7戦トルコGPでシーズン初となるダブル完走を果たし、小林可夢偉が10位入賞。第12戦ハンガリーGPではダブル入賞。第15戦シンガポールGPからはデ・ラ・ロサに代わってニック・ハイドフェルドを起用。さらに2度のダブル入賞を果たし、ランキング8位でシーズンを終える。

    ザウバー C30(2011年)
    ザウバー C30Sauber C30
    小林可夢偉のチームメイトとしてセルジオ・ペレスが加入。小林可夢偉は第2戦から6戦連続でポイントを獲得。モナコGPでは自己最高位となる5位入賞を果たし、中嶋一貴以来日本人ドライバー2人目のモナコでのポイント獲得、日本人歴代最高位を更新した。30ポイントを獲得してランキング12位。これまでの日本人最多ポイントだった佐藤琢磨の44ポイントを上回った。チームは前年と同じ44ポイントの獲得でランキング7位だった。

    ザウバー C31(2012年)
    ザウバー C31Sauber C31
    小林可夢偉とセルジオ・ペレスのラインナップを継続。第3戦中国GPでは小林可夢偉が日本人として1989年最終戦オーストラリアGPに中嶋悟が達成して以来23年ぶり、ザウバーとしては初めてのファステストラップを記録。第12戦ベルギーGPでは2番手タイムを記録し、2004年第7戦ヨーロッパGPの佐藤琢磨以来、8年ぶりの日本人予選フロントローを獲得。第15戦日本GPでは3位表彰台を獲得し、日本人としては2004年アメリカGPでの佐藤琢磨以来8年ぶり、鈴鹿では1990年鈴木亜久里以来22年ぶりとなる日本人3人目のF1表彰台登壇者となった。セルジオ・ペレスも3回の表彰台を獲得し、チームとして126ポイントを獲得してランキング6位でシーズンを終えた。チーム創設者であるザウバーは69歳の誕生日前にチーム代表を退き、株式の3分の1を譲り受けたモニシャ・カルテンボーンがF1史上初となる女性チーム代表に就任する。

    ザウバー C32(2013年)
    ザウバー C32Suber C32
    ドライバーラインナップを一新。フォース・インディアから移籍したニコ・ヒュルケンベルグとルーキーのエステバン・グティエレスを起用。マシンからは前年までの白からグレーに変更される。第2戦マレーシアGPにてヒュルケンベルグが8位を獲得したものの、C32は前年の車ほどの戦闘力はなかった。だが、アップデートがうまく機能して中盤からパフォーマンスが向上。第12戦イタリアGPではヒュルケンベルグが予選3番手を獲得。57ポイントを獲得してランキング7位。だが、この年から財政難が囁かれはじめ、7月にロシア企業の救済計画の一環としてセルゲイ・シロトキンが開発ドライバーとして加入。2014年のレースドライバー契約も含まれるとされたが、実現することはなかった。

    ザウバー C33(2014年)
    ザウバー C33Sauber C33
    フォース・インディアからエイドリアン・スーティルが移籍し、エステバン・グティエレスとチームを組む。また、“アフィリエイトドライバー”としてシモーナ・デ・シリベルトロと契約する。だが、C33のパフォーマンスは低く、最高位はスーティル11位、グティエレス12位で、参戦以来初のノーポイントシーズンとなった。

    ザウバー C34(2015年)
    ザウバー C34Sauber C34
    ケータハムからマーカス・エリクソンが加入し、ルーキーのフェリペ・ナッセがチームメイトを務める。二人ともペイドライバーであり、マシンカラーはナッセが持ち込んだブラジル銀行のコーポレートカラーである青と黄色に変更される。前年とはうって変わり、開幕戦でナッセが5位、エリクソンが8位とダブル入賞。その後も入賞を続け、36ポイントを獲得して8位でレースを終える。

    ザウバー C35(2016年)
    ザウバー C35Sauber C35
    マーカス・エリクソンとフェリペ・ナッセのラインナップを継続。開幕直前にテクニカルディレクターのマーク・スミスが離脱し、その後も主要メンバーが離脱するなど不穏な空気が流れる。ドライバー契約騒動と財政難が尾を引き、ついに2月分の給料の一部が支払われない事態に陥り、続く3月分の給与支払いにも遅れが生じた。このため、早くも第3戦中国GP前には参戦自体が危ぶまれる。4月分の給与支払いも遅れ、スペインGP後に行われるバルセロナでの合同テストを欠席。7月20日に共同株主だったスイスのロングボウ・ファイナンスに所有権を譲ることが正式に発表された。これに伴い、チーム創設者のペーター・ザウバーはすべての業務から完全に引退、後任にロングボウ・ファイナンス社CEOのパスカル・ピッチが就くことが決定。チームの資金難は解消されたが、C35に競争力はなく、第20戦ブラジルGPでナッセがチーム初ポイントをもたらす9位入賞。なんとかマノーを上回り、ランキング10位でシーズンを終える。

    ザウバー C36(2017年)
    ザウバー C36Sauber C36
    ブラジル銀行の支援打ち切りによりフェリペ・ナッサは残留できず、マーカス・エリストンのチームメイトにはメルセデスの育成ドライバーであるパスカル・ウェーレインが加入。だが、ウェーレインはシーズン開幕前のROCは負傷。リザーブドライバーのアントニオ・ジョビナッツィが開幕2戦に出場する。型落ちのフェラーリのPUというハンデもあり、5ポイント獲得でランキング10位で終える。第4戦ロシアGPにて、2018年からホンダのカスタマーパワーユニットが供給されることを正式発表。しかし、6月21日にモニシャ・カルテンボーンが代表兼CEOを退任。後任を務めた元ルノーのフレデリック・バスールは契約の見直し、7月27日にホンダとの契約を白紙撤回、翌28日にフェラーリの最新仕様パワーユニット供給契約を発表した

    ザウバー C37(2018年)
    ザウバー C37Sauber C37
    マーカス・エリクソンが続投し、パスカル・ウェーレインに代わって新人のシャルル・ルクレールが加入。アルファロメオがタイトルスポンサーを務めることになり、チーム名は「アルファロメオ・ザウバーF1チーム」に変更され、商業的および技術的協力関係を築くことになった。第2戦バーレーンではエリクソンが1ストップ作戦の成功させ3年ぶりとなる9位入賞。第4戦ではルクレールがフル参戦初の6位入賞。第9戦では2015年第3戦以来のダブル入賞を達成。その後、ルクレールとマシンのパフォーマンスは向上し、チームとして48ポイントを獲得してコンストラクターズタイトル8位でシーズンを終える。

    2019年、ザウバーは、チーム名とシャシー名の両方をアルファロメオ・レーシングに変更。1993年からF1に参戦し、現存するコンストラクターとしては4番目に古い歴史を持っているザウバーの名前が完全に消えることになった。だが、創設者のペーター・ザウバーの妻であるクリスティーヌ(Christine)のイニシャルに由来する『CXX』のマシン名が継続されている。

    ・F1特集:ザウバー 歴代F1マシン Part 1

  • F1:小林可夢偉、セルジオ・ペレスとのザウバー時代を回顧

    F1:小林可夢偉、セルジオ・ペレスとのザウバー時代を回顧

    小林可夢偉が、ザウバー時代にチームメイトだったセルジオ・ペレスについて回顧。“パートナーだったことを誇りに思っている”と語った。

    2011年、小林可夢偉はエースドライバーとしてザウバーに残留し、新人のセルジオ・ペレスをチームメイトに迎えた。翌2012年も引き続き二人がチームを組んだザウバーは強さを見せ、セルジオ・ペレスは3度の表彰台、小林可夢偉もF1日本GPで3位表彰台を獲得している。

    「チェコとのあの年はとても良かったですね。僕たちは最高のチームではなかったですが、マシンを大幅に改善し、多くの情報を共有していました。チームメイトとして非常にうまく機能していました」と小林可夢偉は Marca にコメント。

    「F1でのメインのライバルは常に自分のパートナーであることを考えれば、僕たちはうまく対応していたと思います」

    「2012年に僕たちはザウバーで非常に良い結果を達成しました」

    29歳になったセルジオ・ペレスは、今年でF1での9シーズン目を迎える。現在、レーシング・ポイントに名前を変えたチームで6シーズン目となる。

    「僕は今、F1をあまりフォローしていませんが、チェコには新しいチームメイト(ランス・ストロール)がいて、チームの呼び方も違っていることは知っています」と小林可夢偉は語る。

    「同じチームですが、名前が違うんですよね。彼らはより大きな予算を持つことになるので、興味深いですね。チェコはより多くの成功を収められるということです。彼が成功することを望んでいます。チェコの活躍を祈っていますよ」

  • アルファF1代表 「チーム名変更は真っ先にペーター・ザウバーに相談した」

    アルファF1代表 「チーム名変更は真っ先にペーター・ザウバーに相談した」

    アルファロメオ・レーシングのF1チーム代表を務めるフレデリック・バスールは、F1チームをアルファロメオにブランド変更することについて他の誰よりも先にチーム創設者のペーター・ザウバーに相談したと明かす。

    2019年シーズンに先立ち、ザウバーのF1エントリーは、2018年にスタートとしたアルファロメオのパートナーシップを拡大し、アルファロメオ・レーシングへと改名された。

    アルファロメオ・レーシングは、2019年F1マシンにザウバーが長年つけてきた『C』の名称を保持したが、ザウバーの名前自体は1993年にデビューして以来、初めてF1グリッドから姿を消すことになった。

    アルファロメオ・レーシングとしての最初のシーズンを終え、フレデリック・バスールは、長年人気だったザウバーの名前を落とすことへの反響について心配はしていなかったと語る。

    「まったく心配はしていなかった。アルファロメオと話し合ったときに最初にペーターに連絡していたからね」とフレデリック・バスールは語る。

    「ペーターの反応は私にとって重要だった。彼は『もしチームにとって良い前進だと考えるなら、そうすればいい。私はそれについてあならを支持する』と言ってくれた。それは会社にとって重要な一歩だった」

    「アルファロメオとの長期的な契約だ。長期的または中期的な見方を持っている場合ににしか構築することができないことだ。3か月のプロジェクトで何かを構築することはできない」

    アルファロメオとのパートナーシップが長期的なプロジェクトであるとのフレデリック・バスールの誓約は、シーズン終了に浮上したパートナーシップが終了するかもしれないという噂に対抗したものだ。

    キミ・ライコネンは、今年の前半戦のスターの一人だったが、夏休み後にアルファロメオは一貫性を失い、4戦をノーポイントで終え、コンストラクターズ選手権8位でシーズンを終了した。

    しかし、フレデリック・バスールは、財政難によってチームを再構築していた2018年よりも多くのポイントを獲得できたことで、進歩の兆候はポジティブだと語る。

    「昨年は完全に何もないところからのスタートだったし、シーズン中は非常に形勢をうかがっていた」とフレデリック・バスールは語る。

    「我々が獲得できる可能性のあるほぼすべてのポイントを獲得したと思う」

    「今シーズンは少し異なり、それほど日和見的ではなかった。我々はいくつかチャンスを逃した。だが、最終的に昨年より多くのポイントでシーズンを終了したし、それは良い一歩だ」

    「トップチームに対してペース面で0.7%のステップを果たした。それは非常に大きい。これに完全に満足することはできないし、もっと多くのことをする必要がある。だが、楽観的になることができると思う」

  • ニコ・ヒュルケンベルグ 「2013年のザウバー移籍はF1キャリア最大の失敗」

    ニコ・ヒュルケンベルグ 「2013年のザウバー移籍はF1キャリア最大の失敗」

    ニコ・ヒュルケンベルグは、2013年のザウバー移籍はF1キャリア最大のミスだったと考えている。

    2010年にウィリアムズでF1デビューを果たしたニコ・ロズベルグは、1年間のリザーブドライバーを経て、2011年にフォース・インディアでグリッドに復帰。2013年に前年に競争力をみせていたザウバーに移籍するが、資金難によってチームは低迷。わずか1年で離脱し、フォース・インディアに戻っている。

    2020年のF1シートを獲得することができず、177戦で一度も表彰台に上がることなくF1グリッドを離れることになったニコ・ヒュルケンベルグは、ザウバー移籍はF1キャリアで最大のミスだったと考えている

    「全ての移籍が適切もしくは完璧というわけではなかった」とニコ・ヒュルケンベルグは語る。

    「F1で難しいのは、物事が変化する6~8か月前に決断を下さなければならないことだ。状況がどうなるかを予測するのは困難だ」

    「いつも後から言うのは簡単だけど、2013年のザウバー移籍は僕のキャリアではベストで移籍ではなかったと感じている。シーズン後半は良かったんだけどね」

  • 「アルファロメオがF1から撤退してもザウバーは生き残る」と元職員

    「アルファロメオがF1から撤退してもザウバーは生き残る」と元職員

    元BWMザウバーのエンジニアで、現在フィンランドのテレビ局でF1開設者を務めるオッシ・オイカリネンが、アルファロメオがスポンサーから撤退してもザウバーはF1を継続していけるだろうと語る。

    F1アメリカGPの週末、チームの不振を受け、アルファロメオが2020年限りでザウバーのスポンサーから撤退するとの噂が浮上した。現在、チームはアルファロメオ・レーシングとして参戦している。

    実際のところ、チームの母体はスイスに本部を置くザウバーで変わっておらず、名称がアルファロメオに変わっただけだ。

    「こうしたうわさの背後に何があるのかはわからない」

    「だが、仮にアルファロメオが去ったとしても、私はチーム(ザウバー)がなくなるようなことはないと思っている。彼らは以前と同じように続けるだろう」

    実際、オイカリネンは、2021年からは予算上限が導入されることもあり、ザウバーは十分に生き残っていけるはずだと考えている。

    「おそらく、それが彼らの未来への希望となるだろう」

    「もしF1チームが厳しく予算を制限されることになれば、それはザウバーにとってはいいことだ。彼らはこれまで常に小さな予算だったものの、少ないリソースで良いクルマを開発してきた」