カテゴリー: 佐藤琢磨

  • 佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ポコノの決勝レースを6位でフィニッシュした。

    予選9番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、ハンドリングの定まらないマシンで序盤には20番手以降まで大きく後退したが、ピットストップでマシンセッティングの調整を重ねて少しずつ走りを向上させていき、終盤土壇場でトップ争いに加わり、6位でゴールした。

    レース終盤の180周目、トップを走っていたマシンがクラッシュしたことで飛び散ったマシンの破片がジャスティン・ウィルソン(Andretti Autosport)のヘルメットを直撃した模様で、ウィルソンはアレンタウンの病院にヘリコプターで搬送された。

    佐藤琢磨(6位)
    「ダウンフォース少なめでバランスの悪かったマシンで序盤は苦労し、タイヤの内圧調整も難しく、レースの大半は後方集団で戦っていました。しかし、ピットストップでマシンのセッティングを変更し続け、リスタートもいいものが切れて終盤に一気に上位へと進出できました。残り20周で2番手につけていたときには優勝を狙っていましたが、ストレートでスピードの伸びないセッティングを最後のピットストップで変更できなかったこともあり、6位という悔しい結果になりました。ジャスティン・ウィルソンのことはレースを終えてから知りました。容態がとても心配です。少しでも早く快復してくれることを願っています」

  • 佐藤琢磨、予選9番手 / インディカー

    佐藤琢磨、予選9番手 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ポコノの予選を9番手で終えた。

    2013年に予選8番手、昨年は4番手とポコノを得意としている佐藤琢磨は、プラクティス1で5番手につけるタイムを出していた。マシンセッティングが順調に進み、予選でも上位に来ることが期待されていた。

    佐藤琢磨のアタック順は8番目で、計測1周目に時速219.7マイル、2周目に219.455マイルを記録し、予選9番手となった。

    佐藤琢磨(9番手)
    「予選の走りはよかったと思います。朝のプラクティスセッションも非常に順調で、走行を重ねるごとにマシンは進歩していきました。それにより、予選に対しても自信を持つことができていました。予選で重要なのはダウンフォースと抵抗のバランスです。予選での私たちのマシンは少し滑っていましたが、そのコントロールはできており、満足のいくラップができていました。チームのクルーたち、そしてエンジニアたちがいいマシンを作ってくれた結果です。レースでのマシンもいいものにしたいと思います」

  • 佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー100戦目となったミッドオハイオのレース週末を振り返った。

    風光明媚なミッドオハイオで繰り広げられたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦でも佐藤琢磨は幸運に恵まれなかった。残り30周でリタイアに追い込まれた結果、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダは24台の全エントリーのなかで最下位の24位とされた。

    金曜日のフリープラクティスでは好調だった佐藤琢磨にとっては、とても残念な結果だったといえる。

    「非常に悔しい週末でした」と佐藤琢磨。

    「滑り出しは好調で、期待が持てる状況でした。初日の感触は良好だったのです。僕はトップ5に食い込んでいて、ホンダのなかでもっとも速いドライバーのひとりでした」

    実際、最初のプラクティスで佐藤琢磨は4番手に入り、チームメイトのジャック・ホークスワースを直後に従える形でホンダ勢のトップに立っていた。そして2回目のプラクティスでも5番手で、ホンダ・ドライバーのなかでは2番手につけていたのである。

    「ホンダとシボレーの差はとても小さいように思えたので、勇気づけられました。それと、過去2シーズンはプラクティス・セッションでライバルたちに追いつくのが難しい状況でした。インディカー・テストでは大抵、僕たちはコンペティティブなのに、レースウィークエンドになると状況が大きく異なってしまうのです」

    「今年はテストが行なわれなかった代わりに、金曜日には90分間のプラクティスを2度行うことになりました。僕たちは異なるセッティングと考え方で臨み、エアロパッケージも当然異なっています。それらはとてもうまく機能しているように思えました」

    もっとも、金曜日が順調だったからといって、その流れが週末を通じて維持されるとは限らない。「ミッドオハイオはとても古いコースです。コース幅が狭く、たくさんの上り坂とコーナーがあって、それらが一体となってひとつのコースを形作っています。そして最大の問題は、コースが古いために舗装の表面が磨り減って滑らかになっていて、このためラバーが乗ってくるまでは非常にグリップレベルが低く、その後、コンディションは急激に変化していく傾向にあります。なにしろ、最初のプラクティスから予選までの間に5秒近くもラップタイムは上がっているのです。まるでギアを1速上げたくらいスピードが変わったように感じられます」

    土曜日の午前中に行われた最後のフリープラクティスで、フォイト・チームのペースは大きく落ち込んでしまう。「速さがなくなりました。小さな問題があったのは事実ですが、他のドライバーはみんな速くなっていました。特にシボレー勢は目立って速くなったようです。ところが、彼らとは対照的に僕らは後退してしまったので、予選では異なることを試さなければいけなくなりました」

    佐藤琢磨は自分の予選グループで8番手になったため、第2セグメントには進めず、16番グリッドからスタートすることが決まる。けれども、佐藤琢磨はあと100分の6秒速ければ第2セグメントに進出できたほか、3番手となったファン-パブロ・モントーヤとは0.2秒しか差がなかった。このような接戦こそが、まさしくインディカー・シリーズだといえるだろう。

    「僕たちはマシンのバランスを整えようとしましたが、予選はあまりに接戦でした。最終コーナーで少し姿勢を乱しましたが、これで失ったのは0.1秒にも満たないでしょう。でも、もうそれで十分でした。ジャックとジャスティン・ウィルソンはもう1ラップ周回してトップ6に滑り込みました。『僕ももう1周していれば……』というのは簡単ですが、あまりにもタイトな戦いでした。残念な結果です」

    日曜日朝のセッションでは右リアタイアがスローパンクチャーを起こすという不運に見舞われた。マシンは引き続きナーバスで、しかもタイアを交換した佐藤琢磨がコースインするとセッションは赤旗中断となってそのまま幕を閉じた。いっぽう、朝早いセッションでバランスを正しく整えることは、あまり容易ではない。「それでもポジティブと思われたのは、ジャックがこのセッションで好調だったことで、これには勇気づけられました」

    ミッドオハイオはオーバーテイクが極端に難しく、しかも佐藤琢磨は16番グリッドからのスタートだったので、レース戦略がすべてといえた。もっとも、過去、このコースで上位入賞を果たしたのは、下位グリッドからのスタートにもかかわらず巧妙な戦略で追い上げを図ったレースばかりだったので、フォイト・チームは最初のピットストップをやや早めに実施し、他のドライバーとは異なるタイミングで給油を行う戦略を選択する。この時点で、チャーリー・キンボールがスピンしてイエローコーションとなったため、佐藤琢磨はひとつポジションを上げて15番手となっていた。

    「他のドライバーに追いついていくことはできました。ただし、イエローに備えるためにはアグレッシブな戦略を採らなければいけませんでした。最初のスティントは予定どおり進み、すべては順調のように思えました」

    やがて他のドライバーのなかにも同様の戦略を選ぶ者が現れた。そのなかのひとりだったステファノ・コレッティは佐藤琢磨のマシンに追突。このとき、佐藤佐藤琢磨は19番手でコレッティは20番手だった。このため、琢磨はもう1度ピットストップを行うことになり、コース上に散らばったパーツを回収するためにセーフティカーが導入された。

    「このアクシデントでリアバンパーにダメージを負い、ピットストップを余儀なくされました。フォンタナでチームがリアバンパーを交換しようとしたとき、長い時間を要して僕はラップダウンになりました。ところが、次にピットストップしたライアン・ブリスコーはたった15秒でリアウィング・アッセンブリーをすべて交換しました。そこで僕たちもアッセンブリー全体を交換することしましたが、カーボンの構造体に固定するボルトの何本かがダメージを負っていたため、作業に手間取ることとなりました。ここで5分間をロスし、2周遅れとなります。ひどい展開でした」

    「その後はイエローのタイミングで周回遅れから脱することを強く期待していましたが、そのような展開にはなりませんでした」

    そして24番手を走行していた佐藤琢磨はリタイアに追い込まれることになる。

    「僕はカルロス・ムニョスを追っていました。すると彼はターン4でコースアウトを喫したので、何かがあったのだろうと推測しましたが、なんと僕も同じ状況になり、リアが突然滑り始めました。僕はコースに復帰しようとしましたが、グリーンかグラベルにリアバンパーが引っ掛かってしまったらしく、またもやダメージを負ってしまいました。しかし、時間内に交換を終えるのに必要なスペアはもう手元になく、最後のスティントを残して僕らはリタイアせざるを得ませんでした」

    このレースにはたくさんのファンが応援に駆けつけていただけに、佐藤琢磨にとっては残念な幕切れとなった。

    「とても残念でした。オハイオはホンダにとって重要な生産拠点で、従業員もたくさんおり、今回は僕たちの参戦100戦目を祝ってくれました。暖かい歓迎を受けてとても嬉しかったので、皆さんの応援には心から感謝していました。しかも、今回はファンクラブのメンバーが日本からたくさん訪ねてきてくれたので、僕にとってもっとも苦しいレースのひとつを皆さんに見てもらわなければいけなかったことはとても残念です」

    次のイベントまで3週間のインターバルがあるうえ、ミッドオハイオとは大きく異なるポコノのスーパースピードウェイがレースの舞台となる。

    「これまで好成績を残しているコースではありませんが、調子は良く、どちらかといえば僕らが得意としているコースです。今度こそいいリザルトが得られると期待したいですね」

  • 佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー100戦目の記念すべきレースとなった第14戦 ミッドオハイオの決勝レースをリタイアで終えた。

    予選16番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、1回目のピットストップをレイホールたちと同様に早めに行ったが、その直後に他車と接触。ダメージの修復で周回遅れに陥り、レースに戻ったものの再びマシンを損傷し、ピットでレースを終えた。

    佐藤琢磨(24位)
    「オーバーテイクの難しいコースなので、序盤に早い段階でピットストップを行う作戦を立てていました。実際に僕らは早めにピットインし、そこまでは非常に順調だったと思います。ところが、コースに戻ったあとにリアからぶつかってきたドライバーがいてホイールガードが壊れ、その修理で2周遅れとなりました。自分の走行ペースはトップとほとんど変わらないものにできていたのですが、2ラップを取り戻すのは難しかったですね。最後のピットストップを前にコースアウトし、リアのウイングレットにダメージを受けました。私はピットに戻り、そこでリタイアとなりました。今回は自分にとってインディカーでの100戦目でしたが、レースは残念なものとなりました。次の101戦目から、またフレッシュな気持ちでがんばりたいと思います。今シーズンの残り2戦、いい戦いができるようがんばります」

  • 佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第14戦 ミッドオハイオの予選を16番手で終えた。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、インディカーにデビューした2010年のミッド・オハイオで予選3番手になり、2011年には予選9番手から4位フィニッシュを記録している。

    金曜日の2回のプラクティスでともにトップ5入りしていた佐藤琢磨は、予選を前にした土曜日午前中のプラクティスでは13番手だったが、ソフトタイヤを使用する予選では上位での戦いが期待されていた。

    佐藤琢磨は今週末の自己ベストを更新する1分5秒5933を第1セグメントの第2グループでマークし、6番手で第2セグメントに進出するものと思われた。しかし、計測終了間際に2台が佐藤琢磨と5番手のドライバーの間に割って入ったため、佐藤琢磨の予選結果は第1セグメントの第2グループで8番手となり、明日のレースには16番グリッドからスタートすることが決まった。

    佐藤琢磨(16番手)
    「金曜日のプラクティスの時点でマシンのフィーリングが非常によく、上位のタイムを出せていました。しかし、予選ではほんの小さなタイム差によって、第2セグメントへの進出を逃しました。ミッドオハイオは、オーバーテイクしやすいコースではありませんから、16番手は厳しいグリッドになります。ただ、私たちには新品のソフトタイヤが2セット残されていますから、そのアドバンテージをうまく利用して、上位へと食い込んでいくつもりです。明日のプラクティスでもう一度マシンの向上を目指し、レースでは作戦も上手に使って、トップグループへと進出したいです」

  • 佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨は、今週末に開催されるインディカー 第14戦ミッドオハイオでインディカー100戦目を迎えることを記念した「インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメット」でレースに臨む。

    2011年にインディカーに転向した佐藤琢磨は、今週末、8月2日に開催されるミッドオハイオ戦で参戦100戦目を迎える。

    佐藤琢磨は「インディカーシリーズ参戦100戦目を迎えることができました。応援してくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます」とコメント。

    「北米での挑戦を決意してから5年半の歳月が流れました。気がつけばF1での出走91戦を追い抜いて、あっという間にここまで来た感があります」。

    「いつもみなさんの声援を身近に感じ、良い時も悪い時も同じ思いでこれまで走り続けることができました」。

    「たくさんのレースを戦い、本当に素晴らしい瞬間を数え切れないほど経験しましたが、コース上では今でも新鮮な気持になります」。

    「今後もさらなる高みを目指して、みなさんと一緒に夢に向かって挑戦していきたいと思っています」。

    「100レース目には、これまでのすべての想いと感謝の気持ちをこめてスペシャル・ヘルメットを着用して挑みますが、レース後はこのスペシャル・ヘルメットをチャリティーオークションに出品し、『With you Japan』を通じて復興地の子供たちの支援に届ける予定です。オークションの詳細は改めて報告させていただきます」

  • 佐藤琢磨 「これほど嫌な気分を味わったことはない」 / インディカー

    佐藤琢磨 「これほど嫌な気分を味わったことはない」 / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー 第13戦 アイオワのレース週末を振り返った。

    前戦が終わってまだ6日しか経っていないというのに、ベライゾン・インディカー・シリーズの一行はミルウォーキーよりもさらに全長が短いアイオワ・スピードウェイを訪れたが、佐藤琢磨にとって残念な結果に終わったことには変わりなかった。

    佐藤琢磨はラップダウンの14番手を走行中に、No.14AJフォイト・ダラーラ・ホンダの右フロント・サスペンションが破損したため、ターン2のウォールに激突。佐藤琢磨が無傷だったことは幸運以外の何ものでもなかった。

    チームがアイオワに持ち込んだショートオーバル用のセットアップは、ロードコースで使われているものと非常に近い内容だったが、状況はまったく異なっていた。

    「率直にいって、誰にとっても非常に大変な週末でした」と佐藤琢磨。

    「ミルウォーキーはほとんどバンクがありませんが、アイオワはハイバンクのコースで、しかもナイトレースとなります。ところが、プラクティスはすべて日中に行われました。ナイトレースのときは夜間のプラクティス・セッションが設けられるのが通常です。したがって、冬の間にアイオワでテストしたほんの数チームだけが、新しいエアロパッケージの開発を行える可能性があったことになります。たしかに、テストは昼の間に行われましたが、気温はずっと低いので、いくつかのことをシミュレーションできたはずです」

    「僕たちのプラクティスはあまりスムーズに進んだとはいえません。45分のセッションが2回だけでは、決して十分ではありません。走り出しの段階では、マシーンのセットアップは完璧とは言いがたい状態だったので、最初のセッションではまずセットアップの煮つめを行い、ようやく安心してドライブできるレベルに近づきました。そこで、プラクティス2ではセットアップをさらに改善するため、いくつかの実験を行いましたが、それらは残念ながら反対の結果に終わりました。エアロの点でもメカニカルグリップの点でも、僕のマシーンは最適化されたことが一度もないまま、セッションは時間切れとなったのです」

    このような状態だったから、予選での15番手という結果は決して悪くなかったといえる。

    「あらかじめ、そこそこにはいい結果が得られるであろうことがわかっているセットアップで予選に臨みました。今季は、僕が先に予選アタックに挑み、この結果を踏まえてチームメイトのジャック・ホークスワースが予選に臨むという形で進んできましたが、今回はジャックが4番手、僕は21番手の出走で、アタックを終えたジャックは、アンダーステアがひどく、またダウンフォースが大きすぎると訴えていました。僕たちはもともと彼よりも軽めのダウンフォースでセッティングしていましたが、ジャックのコメントを受けてさらにウィングを寝かせることにしました。結果的にプラクティスよりは速くなりましたが、スピードは満足できるレベルに達していなかったし、ギアリングも合わせ込むことができませんでした」

    「少なくとも、僕はラップタイムよりバランスのほうが満足できました。これでようやく、『レースに向けて少しいい状態になってきた』という、多少なりともポジティブな感触が掴めたのです。なぜなら、シャシーのメカニカルな部分に関しては、少しはよくなったことを証明できたのですから……」

    レースまでに夜のセッションに向けて最適化した新しいエアロパッケージを準備する時間は、ほんのわずかしか与えられなかった。たしかに今シーズン前半に行われたテキサスはナイトレースだったが、あれはスーパースピードウェイでの開催だったのでまた異なるパッケージが用いられた。夜間は、気温が下がるためにダウンフォースは増え、路面温度も低下するのでタイアのグリップレベルも同様に上がる。しかし、どれほど良くなるかを予想するのはとても難しかった。

    「新しいエアロパッケージのおかげでダウンフォース・レベルは大きく向上しました。けれども、出走したドライバーのなかでいうと、僕は比較的軽めのダウンフォースだったようです。ダウンフォースが大きく不足していることに気づいたのはスタートしてからのことでした。このときは午後7時50分で日没前でしたが、気温は下がり始めていてもまだ華氏80度(約27℃)あり、路面温度は華氏100度(約38℃)でした。しかも、スティントごとに温度は下がっていき、バランスも大幅に変化していきました。もちろん、チームは空気圧を変えて補正しようとしましたが、マシーンは非常にセンシティブな状態でした」

    レースの大半を通じて、佐藤琢磨はリードラップの後方集団か、ときにはラップダウンになりながら周回を重ねていたが、周回遅れになった際には、コーションになってトップがピットインしてもコース上にステイアウトするなどの戦略でリードラップへの返り咲きを図っていた。いずれにせよ、クルマを良い状態にまとめあげるには時間がかかった。

    「最初のスティントでは空気圧が高すぎ、コースのどこでもタイアがスライドするような状態でした。空気圧を少し下げた第2スティントはいい感触でしたが、第3スティントは少し欲をかいて空気圧を下げすぎ、スタビリティが失われてしまいました。第4スティントは空気圧を戻したところ最初のスティントと同じような状態となり、第5スティントで最終的に問題を解決できました。これでようやくバランスのいいマシーンに仕上がったのですが、ここまでに250ラップ近くを費やしていました」

    ある周回では、ホークスワースがトップで佐藤琢磨が2番手となり、AJフォイト・レーシングの1-2体制ができあがったが、その直後に佐藤琢磨は最後のピットストップを行うこととなった。そして261周目に悪夢のような出来事が起きる。

    「とてもエキサイティングで、いかにもアイオワらしいレースでした。接戦の連続で、僕は前に行ったり後ろに行ったり、ショートオーバルらしい忙しい戦いでしたが、最後のスティントはとてもいいペースで周回でき、目の前のグループに追いついていきました。ターン2のいちばんバンピーなところにやってきたとき、右フロントのプッシュロッドが壊れ、マシーンが激しくボトミングしました。僕にはどうすることもできませんでした」

    「2011年のテキサス以降、これほど嫌な気分を味わったことはありません。とてもアグレッシブなラインで必死にコーナリングしている最中に、なんの予兆もアクシデントはなく起きました。ラップタイムは18秒ほどで、しかも5Gを越える横Gがかかる、シリーズ中もっとも厳しいコースのひとつです。それが、5Gがかかっている真っ最中、200mph(約320km/h)のスピードでアウト側に突き進み、ほとんど減速できないままウォールに激突したのだから信じられません。おそらく、衝突するまでに1秒くらいしかかかっていないでしょうが、実際にはもっと長く感じられました! 『これはひどいことになるぞ』って思いました。正直、怖いとも覆いましたが、SAFERウォールと頑丈なモノコックのおかげで、ケガを負わずに済みました」

    「ものすごくガッカリしました。いずれにしても、いい成績は残せなかったでしょうが、頑張ってくれたメカニックたちのためにも完走したいと思っていました」

    実は、サスペンション・トラブルに見舞われたのは佐藤琢磨だけではなく、ポイントリーダーのファン-パブロ・モントーヤも同じようなアクシデントでリタイアに追い込まれていた。

    「インディでジェイムズ・ヒンチクリフは右フロント・サスペンションのロッカーが壊れるトラブルに遭いました。そこでインディカー・シリーズは強化されたロッカーとサスペンション・ブラケットの使用を義務づけました。これはとてもうまくいきましたが、事故の原因を探るためにも、強度計算の詳細を調べないといけないでしょう。モントーヤの話を聞いたところ、アクシデントの原因はふたりともプッシュロッドの破損であったように思われます。ひと晩に2回も事故を起こすとは、多すぎるといわざるを得ません」

    2015年シーズンのインディカー・シリーズも残すは3戦。2週間後には美しいミドオハイオのロードコースでレースが繰り広げられる。「幸運にも、メカニックたちはミドオハイオ前にテキサスに戻ってマシーンの準備をすることができます。まるでイギリスのオウルトンパークのようなこのコースが僕は大好きです。最初の2シーズンはとても力強い走りを見せることができ、その後はいい成績を残せませんでしたが、このコースはいつでも楽しめます!」

  • 佐藤琢磨、サスペンショントラブルで19位 / インディカー

    佐藤琢磨、サスペンショントラブルで19位 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第13戦 アイオワの決勝レースを19位で終えた。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、8列目イン側の15番グリッドからスタート。序盤はタイヤの空気圧がコンディションにマッチしていなかったためにスピードに乗りきれず、ピットストップごとに調整を行ってハンドリング向上を目指した。

    しかし、一度よくなったマシンが、コンディションが涼しくなってきたことで再びバランスを失い、苦しい走りが続く。それでも1周遅れの状況からフルコースコーションを利用して取り戻し、レースが終盤に入ってからマシンのハンドリングをベストに仕上げることに成功。トップ10、そしてさらに上位を目指したが、261周目のターン1に飛び込んだ直後にマシンの右フロントサスペンションが壊れ、カーナンバー14をつけたマシンはセーフティーバリアに突っ込み、レースを終えた。

    次戦は1週間のインターバルの後、オハイオ州ミッドオハイオ・スポーツカー・コースで開催されるHondaインディ200アット・ミッド・オハイオとなる。

    佐藤琢磨(19位)
    「スタートからタイヤの空気圧で苦しみました。コンディションに合わせたタイヤのセッティングを見つけるのは本当に難しいですね。非常にデリケートで、1度目のピットストップで調整してよくなったものが、次のピットストップのあとにまた悪化しました。自分たちはダウンフォースの量が少なかったと思います。完全に夜になって、気温なども下がったレース終盤では、自分たちはようやくハンドリングをよくすることができました。しかし、タイミングが少し遅過ぎましたね。そして、最後にはサスペンションが壊れてしまいました。次戦は大好きなミッド・オハイオのロードコースです。本当に久しぶりのロードコースでのレースになりますから、とても楽しみです」

  • 佐藤琢磨、15番グリッドから決勝に挑む / インディカー

    佐藤琢磨、15番グリッドから決勝に挑む / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第13戦 アイオワの予選を15番手で終えた。

    2011年にアイオワ・スピードウェイでインディカーキャリアでの初ポールポジションを獲得した佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、金曜日に行われたプラクティス1で13番手、プラクティス2では19番手のラップタイムを記録。

    一日のプラクティスで思うようにマシンを仕上げることはできなかったが、一晩をかけてデータを解析した結果、予選のマシンは自身が望むハンドリングに近いものとなった。

    アタック1周目には平均時速178.310マイル、2周目には178.557マイルをマークし、2ラップの平均時速178.433マイルで15番手となった。

    決勝レースは本日、夜7時50分(日本時間:19日午前9時50分)のスタートが予定されている。

    佐藤琢磨(15番手)
    「昨日はプラクティスが2回行なわれ、1回目は13番手でしたが、2回目には19番手のラップタイムでした。今回も予選は決勝日の日中に行われるスケジュールで、暑い中で2周のアタックを行いました。予選15番手という結果にはもちろん満足することはできませんが、このアタックを通じて、自分たちのマシンの動きが昨日に比べてずっとよくなっていることが確認できました。レースは夜になってからのスタートで、今回はこれまでのところ日中でしか走ってきていないので、マシンのセッティングをどうするのか、チームによって設定する数字も違ってくるし、判断が本当に難しいところです。私たちは今年のテキサスでのナイトレースなどのデータに、アイオワ向けのフィルターをかけて決勝用セッティングを決めるつもりです」

  • 佐藤琢磨 「歯車がかみ合わなかった」 / インディカー

    佐藤琢磨 「歯車がかみ合わなかった」 / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー 第12戦 ミルウォーキーのレース週末を振り返った。

    手応えと失望。ミルウォーキーで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦で佐藤琢磨とAJフォイト・レーシングが経験したことは、このふたつの言葉に集約できる。No.14 ダラーラ・ホンダはリードラップで14位フィニッシュを果たしたが、この結果はミルウォーキーの週末に彼らが示した恐ろしいまでのパフォーマンスをまったくといっていいほど反映していない。

    ミルウォーキー・マイルのレーススケジュールは驚くほどコンパクトなものだった。土曜日には最初のプラクティスのみを実施。2回目のプラクティスは日曜日に行い、そのまま予選、決勝になだれ込むという日程である。

    「すべてがぎゅっと凝縮されていたので、とても難しい週末でした」と佐藤琢磨。「いくつかのことは試せても、その解析に必要な十分な時間がなかったので、エンジニアの視点からいえばとても難しかったと思います。このため、基本的なセットアップをまとめるうえで、土曜日のプラクティスは非常に重要だと考えられました」

    このセッションで佐藤琢磨は終盤までトップに立っていたものの、最終的には3番手となった。

    「マシーンの調子は最高でした。最終的に煮詰めるにはもう少し試すべきことが残っていましたが、数周するとこの点も解決し、ニュータイアでも僕たちは非常にコンペティティブでした。チャンピオンシップでトップ10に入っているドライバーたちは追加のタイアを投入しなかったので、タイムそのものについてはあまり心配しませんでしたが、僕たちはとてもいいポジションにいたし、ホンダのエアロはショートオーバルで素晴らしい性能を発揮していたのです」

    土曜日の午前中に行われたプラクティスで佐藤琢磨は5番手となった。「このプラクティスはとても忙しく、残り45分間で予選シミュレーションとレースセットアップの両方を行わなければいけませんでした。そこで、ニュータイアを装着した1周目に予選トリムの確認を行いましたが、このときはバランス、スピードともにとても満足がいくものでした。ただし、レースに向けてはダウンフォース・レベルを変更しなければいけません。異なるスプリングを用いたサスペンション・セッティングを試さなければいけないほか、新しいエアロパッケージは車高の調整に対して非常に敏感に反応します。ところが、僕たちはダウンフォースを大きめにしたレースセットアップには満足できませんでした。通常、ほかのドライバーの直後につくとアンダーステアになるものですが、このときはオーバーステアに転じていたのです。これは、フロントウィングの空力効率が非常に高いということを証明しているいっぽうで、リアのダウンフォースは乱気流の影響を受けて大幅に減少するために起きるものと推測されました。このままでは誰かを追うのが極めて難しいため、別のパッケージングを考えなければいけませんでしたが、残念ながらセッションは時間切れとなってしまったのです」

    それでも、少なくとも予選では好成績が望めそうだったが、No.14をつけたマシーンは13番グリッドから決勝に臨むという不本意な結果に終わったのである。「ミルウォーキーではオーバーテイクが難しいので、予選結果がとても重要です。けれども、得られた結果は僕たちが期待したようなものではありませんでした。気温はプラクティスの時点からあまり変わらなかったのですが、午後1時の路面温度は午前10時よりも大幅に上昇していました。このため、僕たちはコースのグリップレベルを読み違えてしまったのです。おかげでグリップ不足によりマシーンはスライドを始め、物理的にはまるでコーナーをクリアできないような状態でした。そこで、僕はダウンシフトを始めとする、すべてのテクニックを使いました。この状態にはペンスキーでさえ手こずっており、ウィル・パワーは僕の後ろというポジションに終わりました。つまり、正しいバランスを得るのが本当に難しかったのです」

    スタートの段階で、マシーンは大きくバランスを崩しており、ひどいオーバーステアを示していた。「スタートではひどい目に遭い、いくつも順位を落としたほか、勢いも失なってしまいます。数周して状況が落ち着いてからは、後ろのドライバーを押さえ込むためにありとあらゆる手段を駆使しました。フロントのアンチロールバーはいちばん硬めにし、ウェイトジャッカーはいちばん右側に設定したほどです。5周の間にすべてのツールを使い切ってしまいました。最初のピットストップまでの残る45周は、とにかく粘り続けることだけでした。それにしても、本当に長いスティントでした!」

    そのピットストップで佐藤琢磨はタイムをロスしてラップダウンとなったものの、フロントのフラップとタイアの空気圧を調整した結果、ハンドリングは見違えるように改善されたのである。これが通常のレース展開であれば、コーションの前後で適切な戦略を駆使すればリードラップに返り咲くことができるところだが、このときはトップを走るセバスチャン・ブールデがほかのドライバーとは異なるタイミングでピットストップを行っており、ステイアウトを選択したのである。「彼らの戦略に腹を立てることはできませんが、これには本当に参りました。1ラップ遅れとなったことで、僕たちのレース展開は決まったも同然となりました。リスタート後のブールデのペースは速く、やはりペースが速かった僕と彼のふたりが後続を引き離す格好となりました」

    残すところ40周少々となったところで佐藤琢磨はトップ10まで挽回し、残り36周でブールデがピットストップを行うとリードラップに返り咲いた。さらに、フィニッシュまで残り17周のときにフルコーションとなったところで全ドライバーがニュータイアを求めてピットストップを行い、レースは非常に興味深い状況となった。どのドライバーも似たようなコンディションのタイアを装着することで接戦が期待されたのである。

    ところが、佐藤琢磨はリアタイアの装着に手間取ってピットアウトが遅れた結果、15番手からレース終盤の戦いに臨む形となる。そしてフィニッシュ間際にカルロス・ムニョスをオーバーテイクしたところで佐藤琢磨のレースは幕切れとなった。

    「誰もが同じような状態のタイアを履いていたのでオーバーテイクはとても難しく、結果的に1台しか抜けませんでした。オーバーテイクを実現するには、他のドライバーとは異なるコンディションのタイアを履いていなければいけないのです。僕はいつもミルウォーキーのレースを楽しんできたし、1マイル・オーバルは大好きですが、この日ばかりは歯車がかみ合いませんでした」

    ミルウォーキーの滞在時間は極めて短いものだったが、このレースが終わるとわずか数日のインターバルでもうひとつのショートオーバルコースであるアイオワ・スピードウェイを訪れることになる。これまで、佐藤琢磨がアイオワで数々の好レースを演じてきたことは、皆さんもご存知のとおりである。

    「アイオワには切り立ったバンクがあるし、ナイトレースとして開催されるので、ミルウォーキーとは大きく異なった展開となるでしょう。アイオワでもミルウォーキーと同じパッケージングを用いる予定ですが、密集したレースを防止するため、ダウンフォース・レベルは恐らく制限される見通しです。できれば、ライバルたちと十分に戦えるコンペティティブなマシーンに仕上げたいところです。もっとも、ミルウォーキーではホンダとシボレーのパッケージがほとんど似たようなパフォーマンスを示したので、この点は大いに期待できると考えています」