カテゴリー: 佐藤琢磨

  • 佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    今年の5月に開催された第101回インディ500で優勝した佐藤琢磨の顔が完成しトロフィーに取り付けられ、10月17日(火)に初めて公開された。

    世界で最も長い歴史を誇るインディアナポリス500マイルレース(インディ500)の勝者は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されているボルグワーナートロフィーに顔が刻まれる伝統となっている。

    この式典は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイ内にあるホールオブフェームミュージアムにおいて、チーム、サーキット、報道の関係者だけではなく、ファンにも解放されて華々しく賑やかな雰囲気の中で執り行われた。

    佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。

    夕方の5時に始まったセレモニーでトロフィーの一部分を覆っていた黒いベールが、ボルグワーナーのPR担当副社長と佐藤琢磨によって取り払われた。

    「この彫像はすごくうれしそうな顔をしていますね。こうしてトロフィーに貼り付けられた自分の顔を見て、本当にうれしく感じています。今日、実際に自分の顔がトロフィー上にあるのを見て感激しています。ノースカロライナ州にある芸術家のスタジオを訪れ、そこでは粘土製の実物大の顔を見せてもらいましたが、そのときも最高の出来栄えだと感じました。自分よりいい男になっていて、小さく作られた銀製の顔も、あの彫像と同じようにすばらしいと思います。そして、おもしろいことに小さくなった彫像は、ちゃんと日本人の顔になっていますよね」と佐藤琢磨は笑顔で印象を語った。

    「今日もまた本当にすばらしい一日となりました。インディ500で優勝してからというもの、もう何度も今日のような日を経験しています。ありがとうございます。今日、ここに来ていらっしゃる皆さん一人一人に感謝します。そして、今日ここに来ることのできなかった多くの方々も含めて、本当にたくさんの人たちの力があって、インディ500での優勝は達成されました。インディ500を走るようになってしばらく経ちますが、ここ数年、走る度に感謝の気持ちを深くしています」とスピーチを締めくくった。

    式典後の夜7時からは、インディアナポリス市街のレストランで恒例のメディア・ディナーが開催され、佐藤琢磨は20人ほどの地元メディアと、夕食や会話を楽しんだ。その上のフロアでは佐藤琢磨のスタッフ、友人など60人以上が集まり、そちらもテーブルを囲んで楽しいときを過ごした。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    インディカーは、今年のインディ500のウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれた“ボルグワーナートロフィー”を現地時間17日(火)にインディアナポリスモータースピードウェイ博物館で公開した。

    世界最長の歴史と、世界最大の規模を誇るインディ500で優勝した者は、その顔の彫刻がトロフィーに刻まれる栄誉を与えられる。

    今年、佐藤琢磨は日本人として初めてインディ500を制覇。ボルグワーナートロフィーに刻まれる104番目の顔になった。

    第101回大会のウイナーなのに101人目ではないのは、2つのレースでドライバー交代が行われ、2人が同年度のウイナーとなっているためと、1945年にインディアナポリス・モーター・スピードウェイを購入して大会消滅の危機から救い、インディ500を世界最大のレースへと再び繁栄させたコースオーナー、トニー・ハルマン氏の顔も刻まれているからだ。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。

    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。

    トロフィーの製作者はウィリアム・バーレーンズ氏。メジャーリーグベースボールの選手やアメリカの政治家などの彫刻製作でも有名なアーティスト。1990年からインディ500ウイナーの顔をボルグワーナートロフィーのために作っている。

    今年9月、佐藤琢磨はウィリアム・バーレーンズのアトリアを訪れ、インディ500の翌日に彫像製作用として撮影された写真をもとに、粘土で作られた実物大の顔および頭部の細かな部分を作り込まれた。

    ボルグワーナートロフィーには、佐藤琢磨の顔のレリーフと名前、開催年の2017年、そして、佐藤琢磨の決勝レースにおける平均速度155.595MPHが刻まれた。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨が、2018年のインディカー・シリーズを戦うレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシンでシート合わせを戦った。

    今年、アンドレッティ・オートスポーツでインディ500を制した佐藤琢磨は、来シーズンより2012年にも在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する。

    移籍について佐藤琢磨は「レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー、デイヴ、マイクの3人は、これまでもいつも僕を応援してくれました。過去数年間、チームは驚くほどコンペティティブでした。2018年にこのチームの一員となることが待ちきれないような思いです。きっと、僕たちは一緒に素晴らしいことを達成できるはずです」と語っている。

    佐藤琢磨は16日(月)にチームのワークショップを訪問。2018年シーズンの愛機となるイエローにカラーリングされたカーナンバー16のマシンでシート合わせを実施した。

    佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング

    この日は、レッドブル・エアレースでチャンピオンを獲得した室屋義秀も同行。室屋義秀は、2018年の佐藤琢磨のチームメイトとなるグラハム・レイホールのマシンに乗り込んで、佐藤琢磨からマシンについて説明を受けた。

    インディ500のウィナーである佐藤琢磨は、伝統あるレースを代表してスピードウェイで開催されるエアレースを訪問。予選日に初対面した2人は、世界を駆け巡って活躍する者同士、すぐさま意気投合。翌日には室屋義秀が同じ日本人としてエアレースで初のワールドチャンピオンになる瞬間を見守った。

    佐藤琢磨と室屋義秀

  • 佐藤琢磨、インディアナポリスで室屋義秀の王座獲得の瞬間を目撃

    佐藤琢磨、インディアナポリスで室屋義秀の王座獲得の瞬間を目撃

    世界を転戦しながらの8レースで構成されるレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ。このシリーズに2009年から出場を続けている室屋義秀選手が、10月15日に決勝が行われた最終戦インディアナポリスで見事優勝を果たした。

    年間レース数の半分で勝利を収めるという、圧倒的なパフォーマンスを見せた室屋義秀は、日本人初のワールドチャンピオンに輝いた。

    そして、これを現場で見ていたのがインディカードライバーの佐藤琢磨。今回のエアレースの舞台となったのはインディアナポリス・モーター・スピードウェイ。100年以上の歴史を誇るスーパースピードウェイ。この5月に行われた第101回インディアナポリス500(インディ500)で優勝した佐藤琢磨は、日本人初のインディ500ウイナーとなり、その伝統あるレースを代表して、スピードウェイで開催されるエアレースを訪れた。もちろん、室屋選手の応援も目的の一つだった。

    予選日に初対面した2人は、世界を駆け巡って活躍する者同士、すぐさま意気投合。そしてその翌日、佐藤琢磨はチャレンジャークラスのウイニングパイロットであるメラニー・アストルにトロフィーを渡す重責を果たし、室屋義秀が同じ日本人として、エアレースで初のワールドチャンピオンになる瞬間を目撃することになった。

    「すごいレースでした。エキサイティングでしたね」と佐藤琢磨はコメント。

    「予選でマシントラブルに見舞われた室屋選手は11番手と厳しいポジションで、決勝で勝ち進んでいくことは難しいかとも思いました。そして、決勝日のコンディションは低温で、強い風が吹く難しいものになりました。そうした中で、ミスを犯しながらもアグレッシブなアタックを重ね、チャンピオンの座を争う相手もミスをし、スリリングなレース展開になっていました」

    「4人で争われたファイナルでの室屋選手は本当に速い、痺れるようなラップを記録し、優勝して見事チャンピオンに輝きました」と感激した佐藤琢磨。同時に、来シーズンのインディ500での活躍に向けた、大きな刺激を受けていた。

    関連:【レッドブル・エアレース】 室屋義秀がワールドチャンピオンを獲得!

  • 佐藤琢磨、インディ500トロフィーを「Honda Racing THANKS DAY」で披露

    佐藤琢磨、インディ500トロフィーを「Honda Racing THANKS DAY」で披露

    佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500優勝トロフィー“ボルグワーナートロフィー”が12月3日(日)にツインリンクもでぎで開催される「Honda Racing THANKS DAY 2017」でお披露目されることが明らかになった。ボルグワーナートロフィーがアメリカ国外に持ち出されるのは史上初めてとなる。

    世界最長の歴史と、世界最大の規模を誇るインディアナポリス500(インディ500)で優勝した者は、その顔の彫刻がトロフィーに刻まれる栄誉を与えられる。

    佐藤琢磨は、今年の第101回インディア500で日本人として初めて優勝するという快挙を達成。ボルグワーナートロフィーに刻まれる104番目の顔になる。

    通常、ボルグワーナートロフィーは12月にインディアナポリスでお披露目されるが、今年は12月3日(日)にツインリンクもでぎで開催される「Honda Racing THANKS DAY 2017」で公開されることになった。ボルグワーナートロフィーがアメリカ国外に持ち出されるのは史上初めてとなる。

    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。

    また、「Honda Racing THANKS DAY 2017」では、佐藤琢磨がインディ500のウィニングマシンでのデモ走行を行うことも明らかになった。

  • 佐藤琢磨 「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません」

    佐藤琢磨 「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません」

    佐藤琢磨が、2017年インディカー・シリーズ 最終戦ソノマのレース週末を振り返るとともに、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する2018年シーズンにむけた抱負を語った。

    北カリフォルニアの丘陵地帯を縫うように走るソノマのロードコースで催されたシリーズ最終戦は、佐藤琢磨の2017年ベライゾン・インディカー・シーズン後半戦を象徴するような一戦となった。予選で絶好調だったにもかかわらず、トラブルのために好成績を収める絶好のチャンスを逃した。

    No.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダに乗る佐藤琢磨は予選を5位で通過したが、これはホンダ勢のトップにあたるもの。佐藤琢磨が予選でホンダ勢の最高位となるのは今シーズン6度目のことだが、これはインディカー界のレジェンドでもあるスコット・ディクソンと並ぶ記録だ。

    ちなみに、彼らふたりに続くドライバーは今季2度しかホンダ勢のトップに立っていない。ところが、佐藤琢磨はレース序盤にパンクに見舞われてリードラップから転落。さらに駆動力を失ってリタイアする羽目に陥った。これさえなければ佐藤琢磨がランキング5位でシリーズを終えるのは簡単だっただろうが、このおかげでランキング8位に後退。実に残念なシーズンの幕切れとなった。

    フリープラクティスの前日にあたる木曜日に行なわれたプリテストは期待の持てる内容となった。「例年、オープンテストはレースの1週間前に行なわれてきました」と佐藤琢磨。

    「僕たちはここにやってきてテストを行なうと、機材をそのまま残してインディアナポリスに帰り、レースウィークにまた戻ってくるというのがこれまでの流れでした。ところが今年は前日にオープンテストが行なわれたので、実質的に4日間のイベントとなりました。これはとても好ましいことです。なぜなら、ソノマがとてもチャレンジングなのはそのコーナーのレイアウトだけによるのではなく、天候、風向き、温度などが1週間前のオープンテストとレースウィークとで大きく異なることがあるからです。けれども、今回はとても充実したテストとなり、僕たちが思うどおりの作業ができました」

    「前回、僕たちがここでテストを行なったのは4月のことで、このときは基本的なセットアップをいくつか試しました。なぜなら、アンドレッティ・オートスポーツは今年、セットアップのフィロソフィーに大きな変更を加えたからです。昨年、ライアン・ハンター-レイは力強い走りを見せ、チームは自信を抱いていました」

    金曜日最初のセッションを12番手で終えた佐藤琢磨は、その後、9番手にポジションを上げ、土曜日に行なわれた3回目のセッションでは7番手まで躍進した。

    「マシンのバランスに大満足する必要は必ずしもありませんでしたが、セッションごとに状況はどんどんよくなっていきました。そして予選までにすべてがまとまり、その状態を維持することができたのです。とても楽しいソノマの予選でした!」

    おそらくそうだったのだろうが、佐藤琢磨がこのコースで納得のいく予選を戦ったことはこれまで1度もない。ところが今回は、予選最初のセグメントを4番手で終えると、第2セグメントでは5番手となり、最後のセグメントであるファイアストン・ファスト6では、予選を席巻したチーム・ペンスキーの4人のドライバーに続く5番グリッドを手に入れたのである。

    「本当に素晴らしいコースです。高低差が大きくて、高速コーナーもあるし低速のテクニカルなコーナーもある。しかも路面の変化がとても大きいのです。山や丘から風が吹き下ろすので、コースに少し砂が乗ってとてもグリップは低くなります。このためデグラデーションが激しく、おいしいラップは1周しかないような状況となるため、ファイアストンは今回、コンパウンドを変えてきました。毎周、ひとつコーナーを曲がるために路面は異なるので、タイアの性能を最大限引き出すのはとても難しいのです。正しいバランスと安定性を手に入れることが重要となります」

    「したがってとてもチャレンジングなのですが、このコースでこれほどコンペティティブなマシンを手に入れたことはありません。僕は走行したラップを心から楽しみましたし、マシンは最高の走りを見せてくれました。ソノマの予選を楽しめたのは、今回が初めてです!」

    強敵ペンスキーは、その1週間前に規則で認められたテストを実施していたので、彼らを打ち負かすのは不可能に近かった。それでも佐藤琢磨たちは自信満々だった。決勝レースでよりよいマシンを手に入れるため、4名のドライバーが異なるプログラムで臨んだ最後のセッションを佐藤琢磨は8番手で終えた。

    「僕の前にいたドライバーはチャンピオンシップを競い合っていましたが、もしも状況が許せばもちろん彼らにもチャレンジするつもりでした。ただし、彼らのタイトル争いには関係したくないと思っていました」

    チップ・ガナッシのスターであるディクソンもペンスキーの4名を相手にタイトル争いを演じていたので、佐藤琢磨はオープニングラップを慎重に走った。

    「ターン2からターン3にかけて、好スタートを決めたスコットとサイド・バイ・サイドとなり、その後、彼は先行していきました。僕はポジションを守ろうとしてラインをクロスしましたが、ターン4でアレックス・ロッシがイン側に飛び込んできました。続くターン5で彼はアウトにはらみ、僕は押し出される格好となって砂地に足を落とします。彼の行動には失望しました。これが原因になったかどうかはわかりませんが、その数周後にパンクに見舞われたのです」

    このとき、グラハム・レイホールにも抜かされたので、タイア交換のため6周目にピットストップを行なうまでに佐藤琢磨は8番手となっていた。

    「パンクが明らかになったのはターン2だったので、ほとんど1周にわたってスロー走行をしなければいけませんでした。おかげでフロア、ウィングレット、バンパーなどがダメージを受け、この段階で非常に困難な状況に追い込まれました」

    この遅れで佐藤琢磨はラップダウンになったものの、イエロー・コーションになればリードラップに返り咲く可能性が生まれるので、それほど悲観する必要はなかった。ところが、このレースはなんと一度もコーションにならなかった。もっとも、どちらにしても結果は変わらなかったといえる。なぜなら、佐藤琢磨は62周でリタイアに追い込まれたからだ。

    「僕たちは最善を尽くしました。その後、駆動力を失い、マシンを停めなければならなくなりました。今回は力強く戦えたはずなので、こんな形でレースが終わるのは残念でなりませんでした。過去6レース、僕たちは挑戦し続け、常にトップクラスの速さを手に入れてきたので、今回は本当にいい結果が欲しいと思っていました」

    結果的に今回のソノマが、佐藤琢磨が1シーズンを過ごしたアンドレッティ・オートスポーツと戦う最後のレースとなった。なぜなら、2018年は佐藤琢磨が2012年に在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰することが決まったからだ。アンドレッティで過ごした今シーズンのハイライトがインディ500だったことは、いまさらいうまでもない。

    「シーズンを通じて、チームのメンバーは傑出した働きを示してくれました。どれほどお礼を申し上げても十分とはいえません。スタート前には、グリッド上でみんなと素晴らしい時間を分かち合いました。インディ500で信じられないような成績を収めることができたのは彼らのおかげで、いつもホンダ勢でもっとも速いマシンを用意してくれました。このことを僕は誇りに思っていますし、僕たちの関係はこれからもずっと変わることはないでしょう。彼らと新しいシーズンを迎えられないことは残念ですが、これがモータースポーツです。僕たちは前に進まなければいけません」

    今回“前に進む”ことはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに“戻る”ことを意味する。

    「彼らのチームに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー・レイホール、マイク・ラニガン、デイヴィド・レターマンは、2013年に互いに違う道を歩むことになってからも、ずっと僕を応援してくれました。ボビーがチームに留まって欲しいと望んでいたことは、もはや公然の秘密です。彼らが過去3シーズンに残した成績には誰もが感銘を受けています。グラハムはいつも素晴らしい戦い振りを見せてきました。なにしろ、たとえ予選で苦戦しても、決勝日にはいつも挽回するのですから!」

    「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません。彼らはとても強力なチームで、エンジニアは優秀で、しかも2018年からはまったく新しいユニバーサル・エアロ・パッケージが導入されるので本当に楽しみです。チームは大きな可能性を秘めていて、非常に強力になったとしても不思議ではありません」

  • 佐藤琢磨、2018年のレイホール・レターマン・ラニガン移籍を発表

    佐藤琢磨、2018年のレイホール・レターマン・ラニガン移籍を発表

    佐藤琢磨は、2018年のインディカー・シリーズでレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰することを正式発表した。

    佐藤琢磨は、2012年にもレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに在籍、インディ500の最終ラップでダリオ・フランキッティと激闘を演じたことでも知られている。

    佐藤琢磨は「レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー、デイヴ、マイクの3人は、これまでもいつも僕を応援してくれました。過去数年間、チームは驚くほどコンペティティブでした。2018年にこのチームの一員となることが待ちきれないような思いです。きっと、僕たちは一緒に素晴らしいことを達成できるはずです」と述べた。

    かつてCBSレイトショーのホストを務めていたデイヴィド・レターマン、Mi-Jackの共同オーナーであるマイク・ラニガンとともに、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの共同オーナーを務めるボビー・レイホールは次のように述べた。

    「琢磨がチームに戻ってくれることを心から喜んでいます。私は彼のスピリット、そして様々なことへのアプローチにかねてより敬服していたので、今年のインディ500で優勝したときには自分のことのように嬉しく思いました。彼がチームに復帰するという好機は、とても見過ごせるものではありません。琢磨とグレアムはきっとうまくやってくれるはずで、ふたりは2018年のどのレースでも勝てるくらい強力なマシーンを手に入れるでしょう。これにより、チームはいつも優勝争いが演じられるようになるほか、ふたりのドライバーにとってはこれまでで最高のシーズンになると期待されます。このことに私は本当にワクワクしていて、まだ2017年シーズンが終わったばかりだというのに、2018年シーズンの開幕が待ちきれない気持ちです」

    佐藤琢磨について

    東京出身の佐藤琢磨は、2010年にデビューして以来、インディカー・シリーズの135戦に出走した。キャリアのハイライトは2017年インディ500での優勝と、2013年ロングビーチGPでの優勝。くわえて表彰台獲得は6回、ポールポジション獲得は7回で、これまで通算471ラップをトップで走行した。インディカー・シリーズ参戦以前は2002年から2008年までF1世界選手権に90戦出場。2003年のアメリカGPでは表彰台を獲得している。RLLに在籍当時、琢磨のベストフィニッシュはサンパウロでの3位とエドモントンでの2位で、いずれも当時の彼にとってはキャリア・ベストの成績だった。

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングについて

    オハイオ州ヒリアード、そしてインディアナ州ブラウンズバーグに本拠を構えるレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング3回チャンピオンに輝き、1986年にはインディ500を制したボビー・レイホール、それにCBSレイトショーのホストを務めていたデイヴィド・レターマン、Mi-Jackの共同オーナーであるマイク・ラニガンの3人が共同オーナーを務めている。2017年、チームは26シーズン目となるオープンホイール・レースに参戦。すでに挙げている23勝─これには2004年のインディ500でバディ・ライスがポール・トゥ・フィニッシュを果たした際の栄冠が含まれている─、29回のポールポジション獲得、91回の表彰台獲得、1992年のシリーズ・チャンピオンなどに加わる、新たな栄冠の達成を目指した。チームは2009〜2013年にBMWチームRLLとしてアメリカン・ルマン・シリーズにも参戦。2010年にはGTカテゴリーでマニュファクチュアラー選手権とチーム選手権を制したのに続き、2011年にはマニュファクチュアラー、チーム、ドライバーの3タイトルを手に入れた。2012年はチーム選手権で2位、マニュファクチュアラー選手権で3位。2013年はドライバー、チーム、マニュファクチュアラーの各選手権でいずれも2位となる。2014年、BMWチームRLLはユナイテッド・スポーツカー・チャンピオンシップのGTLMクラスに転向。2台をエントリーし、6回の表彰台(うち4回は2位フィニッシュ)を獲得した。2015年、チームは3勝、ポールポジション2回、表彰台8回を達成し、マニュファクチュアラー、チーム、ドライバーの各選手権で2位となった。2016年、BMW M6 GTLMでシリーズに挑むBMWチームRLLは、2回のポールポジションと3回の表彰台を獲得。これでチームは通算13勝、22回のポールポジション、60回の表彰台を手に入れたことになる。2017年シーズンは2勝と表彰台5回を獲得している。

  • 佐藤琢磨 「アンドレッティ・オートスポーツには感謝してもしきれない」

    佐藤琢磨 「アンドレッティ・オートスポーツには感謝してもしきれない」

    佐藤琢磨が、わずか1シーズンで離れることになったアンドレッティ・オートスポーツに感謝の気持ちを述べた。

    今年、アンドレッティ・オートスポーツに移籍した佐藤琢磨は、日本人として初めてインディ500を制覇。後半戦はポイントを落としたものの、デトロイトのレース2とポコノでのポールポジション獲得、合計4回のトップ5フィニッシュによって、年間ランキングは自己ベストの8位で終えた。

    アンドレッティ・オートスポーツは、2018年に佐藤琢磨に代えてザック・ビーチを起用することを発表しており、最終戦ソノマは佐藤琢磨にとってチームとの最後のレースとなった。

    ソノマでの佐藤琢磨は予選で5番手に食い込み、レースも上位で戦うことと見られていた。しかし、スタート直後に他車によってコースから押し出され、その後にはタイヤトラブルも発生。予選までの目覚ましいスピードを決勝で発揮することができず、リタイアで結果は20位だった。

    「今シーズン最後のレースで好パフォーマンスを見せて上位フィニッシュしたかったのですが、それは叶いませんでした。しかし、忘れることのできないシーズンになりました」と佐藤琢磨はコメント。

    「すばらしい時をチームとともに過ごせました。26号車のクルーたちと、思いきり結束してシーズンを戦い抜けたと思います」

    「アンドレッティ・オートスポーツのスタッフ全員に、感謝してもしきれないほどです。私たちのチームはインディ500での優勝を達成しました」

    佐藤琢磨は、シーズン終盤の5戦すべてで予選トップ6入りしながら、トラブルなどにより、そのうちの4戦が15位以下という悔しい戦績となった。

    「皆さんのサポートに対しても感謝の気持ちでいっぱいです。厳しい、ローラーコースターのようなシーズンでもありました。しかし、私たちはスピードを見せることができていたと思います。特に最後の6レースでは、ほぼ常にホンダ勢のナンバーワンになることができました。信じられないようなパフォーマンスを発揮できていました。そして、そうした成績は私にとって大きな誇りです。振り返れば、最高のシーズンでした。皆さんに、そして、すべてのことに感謝をしています」

    関連:アンドレッティ・オートスポーツ、佐藤琢磨の放出劇の経緯を告白

  • アンドレッティ・オートスポーツ、佐藤琢磨の放出劇の経緯を告白

    アンドレッティ・オートスポーツ、佐藤琢磨の放出劇の経緯を告白

    アンドレッティ・オートスポーツのチーム代表マイケル・アンドレッティが、今シーズン限りで佐藤琢磨を放出することになった経緯について言及した。

    今年、佐藤琢磨はアンドレッティ・オートスポーツに移籍し、日本人で初めてインディ500を制した。しかし、アンドレッティ・オートスポーツは、26号車のドライバーとしてザック・ビーチを起用することを発表。佐藤琢磨は、2018年にレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍すると報じられている。

    アンドレッティ・オートスポーツは、2018年にむけてシボレーとエンジン契約について交渉。そのことが判明した際、来季は走れなくなると考えた佐藤琢磨陣営は、他のホンダ系チームとの交渉を開始したようだ。

    だが、最終的にアンドレッティ・オートスポーツは2018年もホンダとパートナーシップを継続していくことを決定。しかし、マイケル・アンドレッティによると、佐藤琢磨と彼のマネージャーは、彼と交渉さえさせてくれなかったと述べた。

    「彼のマネジメントは基本的に離れること(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍)を決心していた」とマイケル・アンドレッティは IndyStar に不満げにコメント。

    「その瞬間まで、私はその動きを理解していなかった。彼らは私に琢磨がここに居続けることができるよう戻って解決するチャンスさえ与えなかった。全ての状況が少し不公平だった」

    契約上、佐藤琢磨と彼のマネージャーであるスティーブ・フューセクは、今シーズンの最終戦ソノマまで2018年について交渉することは許されていなかった。

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのオーナーであるボビー・レイホールは「2台目のマシンに取り組んでいるが、この段階で何も報告することはない」とコメントしている。

    マイケル・アンドレッティは、契約が成立していないと聞いて笑った。

    「それは終わったことだ」とマイケル・アンドレッティはコメント。

    「彼らとの契約で、彼らは何も言うことができない。だが、私は言うことができる。それは終わったことだ」

    佐藤琢磨の離脱について、アンドレッティ・オートスポーツのチームメイトであるアレキサンダー・ロッシは驚いていると語る。

    「彼はチームにとって素晴らしい追加だった」とアレキサンダー・ロッシはコメント。

    「彼は素晴らしい。彼はこのチャンピオンシップで何が出来るかを証明していると思うし、彼は必ずしもそれを示すチャンスを得られていなかったと思う。彼はここに完璧にフィットしていた。僕たちは彼がいなくなるのは間違いなく寂しく思うだろう」

    マイケル・アンドレッティも「彼はこのチームに本当にうまくフィットしていた」とコメント。

    「彼は仲良くやっていた…我々はチームの一員として彼と本当に楽しんでいた。もちろん、彼は我々とインディ500で勝ったし、彼が我々とタイトルを守ることはできないのは残念だ」

  • 佐藤琢磨 「来季もインディカーで大暴れしたい」

    佐藤琢磨 「来季もインディカーで大暴れしたい」

    佐藤琢磨は、インディカー・シリーズ最終戦ソノマの決勝をリタイア(20位)で終え、ランキング8位で2017年シーズンを締めくくった。

    5番グリッドからスタートした佐藤琢磨は、チャンピオンシップ争いをしているドライバーにリスペクトしつつ、序盤は上位でレースを展開。しかし、チームメイトのアキレサンダー・ロッシとのバトルでコースオフ。その後、タイヤがパンクしてマシンに損傷を負い、最終的にはレースをリタイアすることになった。

    レース展開について佐藤琢磨は「隣のディクソンと前のペンスキー4台がチャンピオンシップ争いをしているので、そのあたりはもちろんチャンスがあれば上位を狙って走りたかったですけども、そのあたりはリスペクトしつつ、ディクソンとサイド・バイ・サイドになりながらターン3に入ったので、まったくは無理はせずにクロスをかけて、自分のポジションを守ろうとしたのですが、ターン4でチームメイトのアレックスが入ってきたので、サイド・バイ・サイドで走ったんですが、ターン5で何故か物凄い幅寄せを喰らって、押し出されてしまいましたね。あれは非常に残念だし、自分としてはアンフェアな走りにかなり残念な思いですけども、その結果として大きく順位を落として、それが完全な要因かわかりませんが、タイヤがパンクしてしまって、それによってボディカウルが壊れてしまったので、ダウンフォースもかなり失ってしまったし、痛手を負ったままの走行になりました」と振り返った。

    今年、アンドレッティ・オートスポーツでインディカーを戦った佐藤琢磨だが、チームは2018年の26号車のドライバーとしてアメリカ人の若手ザック・ビーチと契約。今回のレースがアンドレッティでの最後のレースとなった。

    「最後はオーバルもスーパースピードウェイのポールから始まって、ショートオーバルでも予選も良かったし、ロードコースでも3戦連続でトップ6に入ったり、ほとんどのケースがホンダのトップだったりっていうことで、自分としては非常にいい速さを26号車のみんなと見せられたかなと。そのあたりはもちろん達成感あったんですが、決勝ではここ数戦ずっとトラブルだったり、外的要因でうまくいかないことが多かったので、今週末のソノマこそは、特に最後、このボーイズというか26号車のみんなと最高のレースをしたかっただけに、最終的には決勝リタイアとなってしまって、とても残念に思います」

    今シーズン、佐藤琢磨は日本人初のインディ500優勝という快挙を達成。最終ランキングは8位。来季の去就はまだ明らかになっていないが、“インディカーで大暴れしたい”と2018年シーズンへの気持ちを語った。

    「シーズンとしてはやっぱり忘れられないシーズンとなりましたし、インディ500の優勝という本当に素晴らしいチャンスを与えてくれた、それを26号車のみんなとチャンスをもぎ取って優勝できたことは本当に誇りに思いますし、それ以外のレースでも何度もいい走りができて、最終的なリザルトだったり、特にシリーズランキングは最後の4~5戦で大きくポイントを落としてしまったので、順位を落としてしまいましたけども、本当にこの26号車のみんなが素晴らしい仕事ぶりをしてくれたので、僕自身も思いっきり走れたシーズンだったと思いますし、来季もインディカーでやっぱり大暴れしたいから、本当に今年マイケルとアンドレッティ・オートスポーツの全員に感謝したいと思います」