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  • F1スペインGP初開催マドリンクに“マシンキラー”警告 F3テストで赤旗19回

    F1スペインGP初開催マドリンクに“マシンキラー”警告 F3テストで赤旗19回

    2026年F1第14戦スペインGPで初開催を迎えるマドリンクに、“マシンキラー”との警告が発せられている。8月に行われたFIA F3の2日間のテストでは、実に19回もの赤旗が出され、複数のマシンが大きなダメージを負った。

    ウィリアムズF1のチーム代表ジェームス・ボウルズは、F3テストで発生した事故の多さを指摘。新設されたマドリードの市街地コースが、ドライバーだけでなくマシンにとっても過酷な舞台になる可能性があると警戒している。

    F3テストで赤旗19回「マシンを壊すサーキット」
    マドリンクでは8月24~25日にFIA F3の公式テストが実施され、30人のドライバーと10チームが新コースを走行した。

    しかし、4セッションを通じて合計19回もの赤旗が提示された。10人のドライバーがウォールに接触したとされ、ジェームス・ボウルズによれば、3台のシャシーと6本のサスペンションが破損したという。

    スペインのSPORTの報道として、ボウルズはF3テストの状況について次のように語った。

    「F3のテストでは19回の赤旗が出て、3台のシャシーが壊れ、サスペンションも破損した」

    「もちろん、彼らはF3のドライバーだ。だが、ここはマシンを壊すサーキットだ」

    F3テストでは特定の1カ所だけで事故が集中したわけではなく、複数のコーナーでマシンがウォールの餌食になった。特に高速で進入するシケインやブラインドとなる区間では、わずかなミスが大きなクラッシュにつながる可能性が示された。

    サインツJr.「シミュレーターで走った中でも最も難しい」
    ウィリアムズのカルロス・サインツJr.は、5月にロードカーでマドリンクを走行したほか、F1スペインGPに向けてシミュレーターでも入念な準備を進めている。

    実際にF1マシンを想定して走行した印象について、サインツJr.は予想以上に難しいコースだったと明かした。

    「シミュレーターで初めて本格的に走ったけど、とんでもなくチャレンジングなコースだと言わざるを得ない」

    「僕がこれまでシミュレーターで走ったコースの中でも、最も難しいコースのひとつだ。ドライバーにとって厳しいものになると思う」

    サインツJr.はマドリンクの特徴について、ジェッダやバクー、そしてシンガポールを組み合わせたようなものだと表現している。

    「ジェッダとバクーの特徴が混ざっていると思う。この2つはドライバーにとっておそらく最も難しいコースで、そこに少しシンガポールも入っている」

    「シミュレーターで走ってみると、かなり個性のあるコースだと思う」

    マドリンク F1 スペイングランプリ

    最大の注目は24%バンクの「ラ・モヌメンタル」
    マドリンクを象徴するセクションとなるのが「ラ・モヌメンタル」だ。バンク角は勾配24%に達し、F1カレンダーでも異例の長いバンク区間となる。

    ボウルズは、この区間では約4.5秒にわたって高いGが持続すると説明しており、ドライバーだけでなくマシンや各システムにも大きな負荷がかかるとみている。

    「バンクで持続するGの大きさには驚かされた。約4秒半続く。それはマシンだけでなく、システムにとってもチャレンジになる」

    「現在のカレンダーには、これと同じものはない」

    サインツJr.も、ラ・モヌメンタルについて当初想像していたよりはるかに難しいと認めている。

    「僕が思っていたよりも難しい。最初は簡単に全開で抜けられる、単純な加速区間のようなコーナーだと思っていた」

    「でも実際には、少なくともシミュレーターではずっと難しかった。いい意味でね。あれだけのバンクがあって、その中でマシンをコントロールすることになる。大きなチャレンジになる」

    ボルトレトは「危険」 ペレスはジェッダ以上とは考えず
    アウディのガブリエル・ボルトレトも、前戦F1イタリアGPでマドリンクについて質問され、「危険」という言葉を使って第一印象を語っていた。

    「とても面白そうなコースだし、危険なコースにも見える。でも同時に、とてもチャレンジングだ。こういう新しいコースでレースをするのは楽しいと思う」

    一方、キャデラックのセルジオ・ペレスは危険性に対する懸念を過度に強調する必要はないとの考えを示している。

    「正直、ジェッダより危険だとは思わない」

    F3テストで赤旗19回、3台のシャシーと6本のサスペンションが破損したマドリンク。F3とF1ではマシンの性能もドライバーの経験も異なるため、その結果をそのまま当てはめることはできないが、初開催となるF1スペインGPでは金曜日のフリー走行からウォールとの距離を探る慎重な作業が求められる。

    “マシンキラー”という警告がF3だけのものだったのか、それともF1マシンにも牙をむくのか。未知のマドリンクで迎える最初のF1週末は、ドライバーの速さだけでなく、ミスなくマシンを生き残らせることも重要な要素になりそうだ。

  • リアム・ローソン 同じPUのレッドブルF1で困惑「パワーデリバリーが理解できない」

    リアム・ローソン 同じPUのレッドブルF1で困惑「パワーデリバリーが理解できない」

    リアム・ローソンが、レーシングブルズと同じレッドブル・パワートレインズ製パワーユニット(PU)を搭載するレッドブルRB22で、パワーデリバリーの違いに苦戦していたことが明らかになった。

    ローソンは2026年F1イタリアGPで、負傷したアイザック・ハジャーの代役としてレッドブル・レーシングから出場。レーシングブルズのVCARB-03で使い慣れているはずのPUだったが、RB22ではその出力特性を理解することが難しく、それが自身を「最も妨げている」と訴えていたという。

    同じレッドブルPUでもRB22では異なる感触
    2026年からレッドブル・レーシングとレーシングブルズは、ともにレッドブル・パワートレインズ製PUを搭載している。

    ローソンはレーシングブルズでVCARB-03をドライブしてきただけに、レッドブルのPUそのものには十分な経験がある。通常であれば、代役として別チームのマシンに乗り換える際にも、少なくともエンジン側の特性については一定の知識を持っていることになる。

    しかし、実際にRB22を走らせると、その感触はVCARB-03と同じではなかった。

    F1イタリアGPのFP1でローソンの無線を聞いていたF1TVのアレックス・ブランドルは、中継では放送されなかった興味深いやり取りがあったことを明かしている。

    「リアム・ローソンについて話そうと思って来たんだけど、彼は不安定さの問題を抱えている。それに加えて、現時点でレッドブルのパワーデリバリーを理解できないとも言っている。彼が自分を最も妨げているものとして挙げているのは、そこだ」

    つまり、ローソンが苦戦していたのは単純なPUの性能不足ではなく、アクセル操作に対してどのようにパワーが立ち上がるのかというドライバビリティの部分だった。

    レーシングブルズで経験済みのPUが「最大の足かせ」に
    この証言が興味深いのは、ローソンがレッドブル・パワートレインズ製PUを初めて経験したドライバーではないという点にある。

    レーシングブルズも同じPUを使用しており、ローソンはVCARB-03でその特性を十分に経験してきた。それにもかかわらず、RB22に乗り換えるとパワーデリバリーを「理解できない」と感じていた。

    同じPUを搭載していても、実際のドライバビリティはマシンごとに同一になるわけではない。エネルギーマネジメントやスロットルマッピング、ギアリング、シャシー側の特性などが組み合わさることで、ドライバーがアクセルペダルから受け取る感覚には違いが生じる。

    ローソンはFP1でRB22について「不安定だ」とも繰り返し訴えていた。アレックス・ジャックは当時のF1TV中継で「彼は無線でマシンが『不安定だ』と言っている。そしてFP1を通して、ずっと同じことを言い続けている」と伝えている。

    それでもローソンはFP1を4番手で終えたが、ベストタイムはソフトのC5タイヤで記録したものだった。トップタイムのシャルル・ルクレールはミディアムのC4タイヤを使用しており、順位ほど順調なセッションではなかったことが無線からもうかがえる。

    リアム・ローソン(レッドブル・レーシング)

    RB22特有の扱いにくさを示すローソンの証言
    レッドブル・パワートレインズは2026年の新レギュレーション導入に合わせて初の自社製F1パワーユニットを投入。FIAのADUO評価では、そのICE(内燃エンジン)は高い性能を示している。

    一方で、絶対的なエンジン性能とドライバーが感じる扱いやすさは別の問題だ。

    レーシングブルズで同じPUを経験してきたローソンが、RB22に乗った途端にパワーデリバリーへの戸惑いを訴えたことは、その違いを浮き彫りにするものだった。

    ローソンにとってレッドブルへの乗り換えは、単に同じPUを搭載した別のシャシーに乗るというほど単純なものではなかった。使い慣れたはずのレッドブル製PUでさえRB22では異なる振る舞いを見せ、その特性を理解すること自体が課題になっていた。

  • キミ・ライコネンの息子ロビン レッドブルF1育成加入が正式決定

    キミ・ライコネンの息子ロビン レッドブルF1育成加入が正式決定

    2007年F1ワールドチャンピオンのキミ・ライコネンの息子、ロビン・ライコネンが、2027年からレッドブル・ジュニアチームに加入することが正式決定した。レッドブルが9月9日に発表した。

    現在11歳のロビン・ライコネンは、幼少期からカートでキャリアを積み、国内外のRotaxおよびWSKの選手権ですでに実績を残している。レッドブルは「同世代で最も有望な若手のひとり」と評価しており、将来のF1昇格を見据えた育成プログラムの一員としてサポートしていく。

    11歳のロビン・ライコネンが2027年からレッドブル育成入り
    ロビン・ライコネンのレッドブル加入を巡っては、F1イタリアGPが開催されたモンツァで具体的な動きが表面化していた。

    ライコネン一家はモンツァを訪れ、ロビンと父キミがレッドブル側と接触。複数の海外メディアがレッドブル・ジュニアチームへの加入が間近だと報じていたが、今回、チームから正式に発表された。

    ロビンは2027年からレッドブルのドライバー育成プログラムに加わる。まだカートカテゴリーで経験を積んでいる段階であり、フォーミュラカーへのステップアップまでは時間があるが、レッドブルは早い段階からその才能を確保することになった。

    父のキミ・ライコネンは2001年にF1デビューし、2007年にフェラーリでF1ワールドチャンピオンを獲得。2021年限りでF1を引退するまで19シーズンを戦い、通算21勝、103回の表彰台を記録した。

    メキース「同世代で最も有望な若手ドライバーのひとり」
    レッドブル・レーシングのチーム代表ローラン・メキースは、ロビンがカートですでに見せている能力だけでなく、11歳とは思えない成熟度や冷静さも高く評価している。

    「ロビンはすでにカートで並外れた能力を示している。スピード、レースクラフト、そして生まれ持った才能によって、彼は同世代で最も有望な若手ドライバーのひとりとしての地位を築いている」

    「同時に、彼の成熟度、冷静な取り組み方、そしてドライビングに対する明確な集中力にも感銘を受けている」

    一方でメキースは、ライコネンという名前によってロビンに過度な期待やプレッシャーをかけることは避け、長期的な視点で成長を支えていく方針を強調した。

    「我々の目標は、彼の肩に不必要なプレッシャーをかけることなく、一歩ずつ成長させていくことだ。モータースポーツの道のりは長い。彼が自分の可能性を最大限に引き出すために必要な時間、サポート、リソースを提供していく」

    「我々は、適切な人々、適切な文化、適切な環境によるサポートがあれば、才能は開花できると強く信じている。ロビンが成長を続けていくなかで、我々が提供すると約束しているのはまさにそれだ」

    「ロビンと彼の家族とともに、彼の旅の次のステップへ進んでいくことを非常に楽しみにしている」

    ロビン・ライコネン F1 レッドブル

    キミ・ライコネン「家族全員が喜び興奮している」
    息子のキャリアを支えてきたキミ・ライコネンも、レッドブル・ジュニアチームへの加入決定についてコメント。レッドブルとの話し合いを通じて、育成プログラムの内容に強い魅力を感じたと明かした。

    「ロビンがレッドブル・ジュニアチームの一員としてレースキャリアをさらに進めていくことに選ばれ、家族全員がとても喜んでいるし、興奮している」

    「ローランをはじめ、レッドブルのみんなは話し合いを通じて素晴らしいサポートをしてくれた。彼らは今後数年間にわたってロビンの成長を促し、育てていくための非常に魅力的で包括的なプログラムを用意している」

    「これまでのカート活動で十分に示してきた彼の生まれ持った才能を伸ばすために必要な、あらゆる経験を与えてくれる」

    レッドブル・ジュニアチームは、これまで数多くのドライバーをF1へ送り出してきた。キミ・ライコネンも、その実績を息子の将来を託す大きな理由のひとつとして挙げた。

    「レッドブル・ジュニアチームは長年にわたって素晴らしい成功を収めてきた。その出身者にはセバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンをはじめ、多くのドライバーがいる」

    「だからこそ、ロビンは大きな謙虚さを持って、この名高いプログラムに加わる。レッドブルが彼に寄せてくれた信頼に応えられるよう、全力を尽くしていくだろう」

    名門育成プログラムからF1への道
    レッドブルは長年にわたって若手ドライバーの発掘と育成に力を注ぎ、セバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンをはじめ、多くのF1ドライバーを輩出してきた。

    2026年にはアービッド・リンドブラッドがレーシングブルズからF1に昇格しており、育成プログラムからトップカテゴリーへとつながる道は現在も続いている。

    そして2027年、その育成組織にF1ファンにとって特別な名字を持つ新たな才能が加わる。

    父キミがF1で最後のレースを戦ってから6年。ロビン・ライコネンはレッドブルの支援を受けながら、父とは異なる自身の道でF1を目指すことになる。

  • シャルル・ルクレール F1スペインGP出場は未確定「脳振とうの有無を確認」

    シャルル・ルクレール F1スペインGP出場は未確定「脳振とうの有無を確認」

    シャルル・ルクレールが2026年F1スペインGPに出場できるかどうかは、依然として確定していない。イタリアGPで激しいクラッシュを喫したフェラーリのルクレールは、マドリードで走行する許可を得る前に、さらなる医学的評価を受ける必要がある。

    ルクレールはモンツァでの事故後、右目の視界がぼやけていたことを明かしていた。月曜日にはモナコで追加の画像検査を受け、問題は確認されなかったものの、F1スペインGPへの出場には神経学的な評価をクリアする必要があるという。

    マドリンクの医療責任者が最終判断
    ルクレールはイタリアGPの序盤、モンツァのパラボリカでコントロールを失ってバリアに激突。約60Gともされる大きな衝撃を受けた。

    事故後はメディカルセンターで診察を受け、サーキットを離れることを許可されたが、本人は右目の視界に異常があったことを説明していた。

    その後、月曜日にモナコで追加の画像検査が実施され、問題となる所見は確認されなかった。しかし、それだけでF1スペインGPへの出場許可が下りるわけではない。

    今週末、マドリンクのメディカルセンターを統括するイサベル・オルナケ医師は、ルクレールについて神経学的な状態を評価し、脳振とうの有無を確認する必要があると説明した。

    「彼の神経学的な状態を確認し、本当に脳振とうを起こしているのか、それともそうではないのかを判断する必要があります」

    さらにオルナケ医師は、ルクレールがモナコでスキャン検査を受け、その結果を踏まえてマドリードでレースに出場できるかどうかが判断されると説明した。

    「ルクレールの場合、今日モナコでスキャン検査を受けています。それによって彼の状態を評価し、マドリードでスタートできるかどうかを確認します」

    つまり、現段階でルクレールのF1スペインGP出場が正式に認められたわけではなく、最終的なゴーサインは医学的な評価を経て判断されることになる。

    シャルル・ルクレール(スクーデリア・フェラーリ)

    今季すでにルクレールを診察したオルナケ医師
    オルナケ医師にとって、ルクレールを診察するのは今回が初めてではない。

    今季バルセロナで行われたレースの予選でもルクレールは大きな事故を経験しており、その際にもサーキットの医療体制を担当していたオルナケ医師が診察している。

    今回のモンツァでの事故では、ルクレールが一時的に視覚の異常を訴えていたこともあり、F1スペインGPへの出場については慎重な判断が求められる。

    フェラーリとしてはルクレールの出場を前提に準備を進めることになるが、最終的にはマドリードでの医学的評価をクリアすることが条件となる。

    ルクレールがマドリンクでSF-26のステアリングを握れるかどうかは、メディカルチェックの結果を待つことになる。

  • マクラーレンF1 スペインGPでMCL40に小規模アップデート Hウイングは撤去

    マクラーレンF1 スペインGPでMCL40に小規模アップデート Hウイングは撤去

    マクラーレンは、2026年F1第14戦スペインGPでMCL40に小規模なアップデートを投入する。一方、前戦イタリアGPのモンツァで導入した「Hウイング」は、マドリンクの特性に適さないことから使用しない方針だ。

    F1がマドリードで開催されるのは1981年以来45年ぶり。今回の舞台となるマドリンクは完全な新設サーキットであり、各チームには過去のレースデータが存在しない。マクラーレンにとっても、金曜日のフリー走行で路面のグリップレベルやタイヤの挙動をいかに早く把握できるかが重要になる。

    過去データのないマドリンク シミュレーターを軸に準備
    マドリンクはF1にとってまったく新しい市街地サーキットだ。既存の開催地とは異なり、マクラーレンには過去のレースから得られたデータがなく、セットアップを比較するための基準も存在しない。そのため、走行するすべてのラップが学習の機会となり、最初のフリー走行から重要な意味を持つ。

    マクラーレンは主にシミュレーターを使ってスペインGPへの準備を進めてきた。シミュレーションによってMCL40のセットアップの出発点を定めるとともに、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリもマドリンクのレイアウトへの習熟を進めている。

    ただし、実際にMCL40をコースへ送り出さなければ分からない要素も多い。実際のグリップレベル、タイヤの挙動、エネルギーデプロイメント、オーバーテイクの可能性、そして週末を通じた路面の進化などは、実走データによって確認する必要がある。

    過去のデータがないからこそ、マクラーレンには素早く学習し、それに応じてマシンを適応させる能力が求められる。シミュレーターで得た情報とサーキットで収集したデータを早い段階で照合し、セットアップを煮詰めながら実際の勢力図を把握していくことになる。

    また、走行プログラムを効率的に消化すると同時に、セッションごとに明らかになる新たな情報にも対応しなければならない。未知のサーキットでは、マシンそのものの速さだけでなく、チームの適応速度も結果を左右する要素となりそうだ。

    MCL40に小規模アップデート モンツァのHウイングは使用せず
    マクラーレンはスペインGPで、MCL40に小規模な空力アップデートを投入する予定だ。

    その一方で、イタリアGPで登場したHウイングは使用しない。モンツァの高速・低ドラッグ特性に合わせて採用されたエアロパーツであり、マドリンクのコース特性には適していないと判断された。

    マクラーレンでパフォーマンス担当テクニカルディレクターを務めるマーク・テンプルは、完全な新設サーキットで戦うことには大きなチャンスがある一方で、相応のリスクも伴うと説明する。

    「マドリードの完全に新しいサーキットに挑むことは、大きなチャンスであると同時に、大きなリスクでもある。レイアウト、エネルギーデプロイメント、空力面での要求についてはシミュレーションから確かなデータを得ているが、最大の不確定要素は、この新しいアスファルトでタイヤがどのように機能するかだ」

    「金曜日のフリー走行でコースのグリップレベルと路面コンディションを理解することが、その後の週末を組み立てるうえで非常に重要になる」

    マクラーレン スペイングランプリ

    「狭くブレーキング安定性が必要」マドリンクの特徴
    未知数なのは新しいアスファルトだけではない。テンプルによれば、マドリンクそのものもドライバーにとって難しいレイアウトになるという。

    低速区間では縁石を正確に使うことが求められる一方、いくつかの高速コーナーも存在し、そこでドライバーやマシンの差が表れる可能性がある。

    「サーキット自体は狭く、特にコーナーへ進入する際には非常に高いブレーキング時の安定性が求められる。また、低速セクションでは縁石に対する高い精度が必要で、それに加えていくつかの重要な高速コーナーもある」

    こうした組み合わせにより、最初のフリー走行では限界を探る作業も難しくなりそうだ。ノリスとピアストリはMCL40の挙動を確認すると同時に、グリップの限界を探りながら、新しいコースそのものを学習していかなければならない。

    空力とメカニカルの改良を継続「一歩ずつ前進」
    マクラーレンはマドリードでも、ここ数戦で進めてきたMCL40の継続的な開発を続ける。

    空力面とメカニカル面の双方で段階的な改良を進めており、今回の小規模アップデートもその一環となる。トップチーム間の差が依然として小さい状況では、わずかな改善でも結果を左右する可能性がある。

    「MCL40に対する継続的な空力面とメカニカル面の改良によって、我々は一歩ずつ前進している。ただ、トップチーム間の差は依然として非常に小さい」

    「新しいサーキットでは、最も素早く適応したチームが報われる。我々の目標は、各セッションを重ねるごとに自信とパフォーマンスを高め、日曜日の重要な場面で可能な限り最高の結果を手にすることだ」

    過去の実走データが存在しないマドリンクでは、金曜日からどれだけ早くシミュレーションとの相関を取り、MCL40を最適な状態へ近づけられるかが鍵になる。小規模なアップデートも投入するマクラーレンにとって、F1スペインGPはマシン性能だけでなく、チームの対応力も試される週末となる。

  • 角田裕毅 2027年F1復帰へ残された現実的な道はキャデラック

    角田裕毅 2027年F1復帰へ残された現実的な道はキャデラック

    角田裕毅が、2027年のF1レギュラーシート復帰に向けてキャデラックのバルテリ・ボッタスのシート獲得に動いているという。ジャーナリストのジャッキー・マルテンスがPaddock Accessポッドキャストで明らかにした。

    角田裕毅を巡っては2027年の候補としてハースとの関連も取り沙汰されてきたが、小松礼雄が明かした候補者に名前はなく、アルピーヌやウィリアムズなど他チームのラインナップも次々と固まりつつある。

    そうした状況で、キャデラックがF1復帰に向けて残された最も現実的な道として浮上している。

    角田裕毅はアイザック・ハジャーの負傷に伴うレッドブル陣営のラインナップ再編によってF1オランダGPでレーシングブルズから復帰し、イタリアGPにも出場。今週末のF1スペインGPでも引き続きレーシングブルズをドライブすることが決まっている。

    2026年はレッドブルのリザーブドライバーとしてシーズンを迎えた角田裕毅だが、F1オランダGPで思わぬ形で実戦復帰のチャンスが到来。本人も2027年のレギュラー復帰を強く望んでおり、ザントフォールトでは各チームに向けて「Call me, please!(僕に電話してください!)」と冗談交じりにアピールしていた。

    2027年F1復帰へキャデラックが現実的な選択肢
    角田裕毅は2027年のF1シート候補としてハースとの関連が取り沙汰されてきた。しかし、小松礼雄が明かしたドライバー候補の中に角田裕毅の名前はなく、現時点ではハース入りの可能性は高くないとみられている。

    また、アルピーヌとウィリアムズは2027年のラインナップを固め、アウディも両ドライバーが契約下にある。

    アストンマーティンではフェルナンド・アロンソの去就次第で状況が変化する余地はあり、ホンダとの長年の関係を考えれば角田裕毅にとって完全に可能性が消えたわけではない。ただし、現状では確実な空席が見えているわけではない。

    こうして2027年のF1グリッドの選択肢が狭まるなか、角田裕毅が現実的なターゲットとして見据えているとされるのがキャデラックだ。

    Paddock Accessポッドキャストでジャーナリストのジャッキー・マルテンスは、角田裕毅がキャデラックのシート獲得に向けて動いていると語った。

    「バルテリ・ボッタスが来年も確定しているという報道をいくつか読んだが、私はそうは思わない。どうしてもそうは思えないんだ」

    マルテンスが疑問視している最大の理由は、ボッタスとチームメイトのセルジオ・ペレスとのパフォーマンス差だ。

    2026年シーズン、キャデラックの2台がそろってチェッカーを受けたレースはこれまで5戦。そのうち4戦でボッタスはペレスの後塵を拝している。

    F1イタリアGPでもペレスがボッタスを大きく上回った。マルテンスは、その差がペレスに5秒のタイムペナルティが科されていたにもかかわらず約30秒に達したことを指摘した。

    「今日もまた30秒、ほぼ30秒チェコ(ペレス)から遅れていた。しかもチェコには5秒のタイムペナルティがあった」

    「チームメイトから何度も何度も30秒遅れるようなら、来年のグリッドに居場所はないのではないか? 少なくとも、そう考えているのは私だけではない。実際、ドライバーたちがキャデラックと話をしている」

    そしてマルテンスは、その候補のひとりとして角田裕毅の名前を挙げた。

    「角田裕毅がそのシートを獲得しようと動いていることは知っている」

    角田裕毅 キャデラック F1

    ボッタスの2027年残留は確定ではない?
    ボッタス自身は2027年もキャデラックで戦うことに自信を示しており、「僕は来年に向けて準備ができている」と発言している。一方で、2027年以降についてはいずれ話し合うとしており、その去就を巡る憶測は続いている。

    マルテンスはボッタスの残留を確定事項とは捉えておらず、ペレスとのパフォーマンス差が今後のドライバー選定に影響する可能性があるとみている。

    一方、キャデラックのリザーブドライバーを務めるコルトン・ハータも、将来的なF1昇格候補と考えられてきた。

    ハータはF1イタリアGPで今季3度目となるFP1に出走したものの、走行はわずか5周にとどまった。スーパーライセンス取得に向けて必要となる走行距離を積むという点でも痛手となった。

    さらにF2では苦戦が続いている。モンツァではプラクティスでクラッシュした後、予選20番手、スプリント15位。フィーチャーレースでは21番手を走行中にパラボリカでマシンをグラベルにはめ、レースを終えた。

    シーズン残り4大会の時点でハータは26ポイントのランキング17位。キャデラックが2027年にドライバー変更を決断した場合の有力候補と考えられてきたが、現状のF2での成績を踏まえれば、その立場は盤石とは言い難い。

    2027年のF1復帰を目指す角田裕毅にとって、選択肢は着実に狭まりつつある。アストンマーティンなどに不確定要素は残されているものの、現時点で具体的にシート獲得へ動いていると伝えられるキャデラックは、最も現実的な道になりつつある。ボッタスの2027年残留が確定していないのであれば、シーズン途中の実戦復帰で再び自らの力を示す機会を得た角田裕毅にとって、そのシート争いは今後のF1キャリアを左右する重要な焦点となりそうだ。

  • フェラーリF1 ADUO第2弾投入もパワー不足 バスール「純粋な馬力が足りない」

    フェラーリF1 ADUO第2弾投入もパワー不足 バスール「純粋な馬力が足りない」

    フェラーリは、2026年F1イタリアGPでADUO制度に基づく2度目のパワーユニット(PU)アップグレードを投入したものの、依然としてメルセデスに対して「純粋なパワー」が不足している。チーム代表のフレデリック・バスールが認めた。

    高速サーキットのモンツァではPU性能の差が顕著に表れ、フェラーリは予選でシャルル・ルクレールとルイス・ハミルトンが2列目に並んだ一方、フロントロウはメルセデスPUを搭載するアルピーヌのピエール・ガスリーとメルセデスのジョージ・ラッセルが占めた。

    ADUO第2弾でも埋まらなかったメルセデスとの差
    フェラーリはホームレースとなったモンツァで、FIAのADUO制度を利用した第2弾のPUアップグレードを投入。SF-26には新しい仕様のエンジンが搭載された。

    しかし、パワーがラップタイムを大きく左右するモンツァでは、メルセデスとの差が依然として明確だった。

    決勝ではルクレールが序盤に約60Gの大クラッシュを喫してリタイア。ハミルトンも6位にとどまった。

    バスールは、フェラーリが抱えている問題について、エネルギーのデプロイメントではなく、根本的な出力不足だと説明した。

    「詳細を話すつもりはないが、純粋なパワーが不足している場合、それを補うためにストレートのどこかでデプロイメントを調整し始めることになる」

    「だが、ある場所でより多く使えば、当然ながら別の場所では少なくなる。戦っているときにそれをやろうとすると、悪循環に陥ってしまう」

    「正直なところ、デプロイメントの問題ではない。デプロイメント自体はまずまずだったと思う。マクラーレンでさえ金曜日と土曜日の午前中には少し調整していた」

    「結局のところ、我々には純粋なパワーが足りない」

    モンツァではメルセデスとの差が「2倍」に
    バスールによれば、フェラーリPUとメルセデスPUの性能差は、コース特性によってラップタイムへの影響が大きく変化する。

    特に長い全開区間を持つモンツァでは、その弱点がザントフォールト以上に顕在化したという。

    「現実として、ザントフォールトでXだけ不足していれば、0.2~0.3秒を失うことになる」

    「モンツァではXより少し小さい不足だったとしても――数字を推測されるから文字を使っているが――メルセデスとの差は2倍になる」

    つまり、ADUOによる改良でフェラーリPU自体の性能差が縮小していたとしても、モンツァのようにエンジン出力への依存度が高いサーキットでは、ラップタイム上の損失がより大きく表れるということだ。

    スクーデリア・フェラーリ

    ADUOは即効性のある特効薬ではない
    2026年から導入されたADUOは、PUメーカー間の性能差を縮小するため、一定の基準に応じて追加開発を認める制度である。

    フェラーリはアウディ、ホンダとともに2026年と2027年にそれぞれ2回のアップグレードが認められている。一方、メルセデスは各年1回。内燃エンジン(ICE)で最高評価を受けたレッドブル・パワートレインズには追加アップグレードが認められていない。

    ただし、バスールはADUOによって短期間で大幅に性能差を縮められるわけではないと強調する。

    「エンジンについては、プロセスが非常に長い。部品のリードタイムが長いし、コストキャップへの対応も簡単ではない」

    「シーズンに必要なエンジンを生産しなければならない。その状態ですでにかなり手いっぱいだ。そこから開発を始めようとすれば、新しいエンジンのバッチを生産する必要があり、非常に難しい」

    フェラーリとしても、ADUOの1回目、2回目だけでメルセデスとの差を一気に取り戻せるとは考えていなかったという。

    「ADUO 1やADUO 2で追いつけるとは期待していなかった。我々は小さなステップを重ねている」

    「ただ、覚えておかなければならないのは、エンジンで小さな一歩を踏み出し、たとえ数馬力でも向上させることができれば、グリッド上ではそれが大きな一歩になるということだ」

    フェラーリは2027年PUでメルセデス追撃へ
    フェラーリが本格的な巻き返しのターゲットとして見据えているのは2027年だ。

    ADUOによる段階的な改良を続けながら、次世代仕様のPUでメルセデスとの差をさらに縮めることを目指している。

    「来年には新しいエンジンがある。もちろん目標は追いつくこと、それも可能な限り早く追いつくことだ」

    「だが、2カ月でメルセデスとの差を取り戻せるとは思っていなかった」

    モンツァで投入したADUO第2弾によってフェラーリPUは着実な改善を遂げたものの、高速サーキットでは依然としてメルセデスとの差が露呈した。バスールが認めた「純粋なパワー不足」をどこまで解消できるかが、2027年に向けたフェラーリの大きな課題となる。

  • ミハエル・シューマッハ F1史に残る1991年の移籍騒動 「the」から「a」で電撃移籍

    ミハエル・シューマッハ F1史に残る1991年の移籍騒動 「the」から「a」で電撃移籍

    ミハエル・シューマッハがF1デビューを果たした1991年、ジョーダンから出走したのはわずか1戦だった。しかし、そのたった1戦をきっかけに、F1史に残る壮絶な移籍騒動が巻き起こった。

    ジョーダンと交わした基本合意書の「たったひとつの単語」を巡る抜け穴を利用してベネトンがシューマッハを獲得。エディ・ジョーダンによる法廷闘争、ロベルト・モレノのシート喪失、そしてバーニー・エクレストンの仲介まで発展した争いは、最終的にモンツァのパドックで決着した。

    「the contract」から「a contract」へ
    1991年、ミハエル・シューマッハはジョーダンからF1にデビューしたが、同チームで走ったのはわずか1レースだった。そして、彼の去就を巡る争いは、最終的にはひとつの単語に行き着いた。

    スパ・フランコルシャンでのデビュー前にシューマッハが署名した基本合意書では、彼のマネジメント側が「the contract」という表現を「a contract」へ変更していた。

    シューマッハのマネジメント側は、特定の契約を意味する「the contract」を、契約の種類を限定しない「a contract」へ変更。これによってジョーダンと何らかの契約を結ぶ義務は残る一方、それがF1のレース契約である必要はなくなり、他チームへ移籍できる余地が生まれた。

    紙の上ではわずかな違いだったが、実際には極めて大きな意味を持つ変更だった。

    スポーツ面でも、その1戦は単なるお披露目以上のものとなった。

    シューマッハは予選で衝撃的な7番手を獲得。決勝ではクラッチトラブルによって早々にストップしたものの、その速さはF1パドックを揺るがすには十分だった。

    ベネトン代表のフラビオ・ブリアトーレはチャンスを見逃さなかった。スパの週末直後に動き、基本合意書に存在した抜け穴を巧みに利用した。

    当時のF1には、ドライバーが複数のチームと契約を結んだ場合、その優先順位を管理する機関が存在しなかった。優秀な弁護士、豊富な資金、あるいはパドック内で大きな影響力を持つ側が有利になる時代だった。

    エディ・ジョーダンは移籍を阻止するためイタリアの裁判所に訴えたものの、その主張は退けられた。曖昧な条項を含む基本合意書では、正式な契約を提示したベネトンに対抗できなかった。

    ミハエル・シューマッハ ベネトン フラビオ・ブリアトーレ

    モンツァで起きたシートの“玉突き移籍”
    最終的な決着の舞台となったのは法廷ではなく、F1イタリアGPが開催されたモンツァのパドックだった。ブリアトーレとジョーダンの間にバーニー・エクレストンが入り、問題の調整に動いた。

    ただし、ベネトンにはシューマッハを乗せるための空席がなかった。

    そこでブリアトーレは、スパで4位に入ったばかりのロベルト・モレノをシートから降ろし、シューマッハの場所を確保した。

    当然ながらモレノは納得せず、自らも法的措置を取る構えを見せた。最終的には関係者の証言によると50万~60万ドル近い金額を受け取って決着し、その後、シューマッハが空けたジョーダンのシートへ移ることになった。

    ベネトン、ジョーダン、モレノの間で具体的にどのような条件が取り決められたのか、その全容が明らかになることはなかった。

    結果としてジョーダンは経験豊富なモレノを獲得し、モレノは補償金とF1シートを手にした。そしてベネトンは、後に世代を代表する存在となるシューマッハを手に入れた。

    一方、ジョーダンとシューマッハの間に残った金銭問題が完全に解決したのは1997年4月だった。報道によれば、シューマッハは約100万ドルを支払ったとされる。

    そのころにはジョーダンはもはやF1の新参チームではなく、シューマッハもすでに2度のF1ワールドチャンピオンに輝いていた。

    ミハエル・シューマッハ ジョーダン エディ・ジョーダン

    エディ・ジョーダンとブリアトーレの全面対決
    エディ・ジョーダンは後年、当時の感情的な対立について隠そうとはしなかった。両者の間に摩擦と怒りがあり、自らイタリアの裁判所に問題を持ち込んだことも認めている。

    ブリアトーレもまた、この争いについて、ジョーダンを相手にしながら、ベネトン側ではトム・ウォーキンショーが動くという複数の戦線で同時に繰り広げられた戦いだったと振り返っている。

    その後、両代表はこの出来事を笑って振り返れる関係になった。ただし、それも最終的にシューマッハを手にした側にとっては容易だったのかもしれない。

    シューマッハ移籍騒動がF1の契約制度を変えた
    この一件がF1に残した影響は、単なる移籍秘話にとどまらない。

    シューマッハとモレノを巡って発生した混乱は、1992年にFIAの契約承認委員会(Contract Recognition Board=CRB)が設立される直接的なきっかけとなった。

    それ以降、F1ドライバーの契約はジュネーブにあるCRBへ登録され、複数の契約が競合した場合には、どの契約が優先されるかをCRBが判断する仕組みとなった。

    これによって、チーム同士がドライバー契約を巡って長期的な法廷闘争を繰り広げるケースは大幅に減少した。2022年にオスカー・ピアストリの契約を巡る問題が発生した際にも、この仕組みが判断を下すことになった。

    ジョーダンに残った苦い結末
    もっとも、CRBが1991年当時に存在していたとしても、シューマッハがジョーダンに長期間残っていた可能性は高くなかったとも考えられる。

    当時のコンストラクターズ選手権でジョーダンは13ポイントの5位だったのに対し、ベネトンは33ポイントを獲得しており、より競争力の高いチームだった。

    最大の違いは、移籍が実現するまでのスピードだった。基本合意書にあの抜け穴が存在していなければ、シューマッハの移籍には数カ月、場合によっては1シーズンを要していた可能性がある。それが実際には、わずか1レースを挟んだだけで実現した。

    ジョーダンにとっては苦い結末だった。自らシューマッハという才能を発掘し、F1デビューの機会を与えながら、その才能をチームに留めることはできなかった。

    シューマッハはジョーダンでわずか1戦を走っただけでベネトンへ移籍。その後1994年と1995年にF1ワールドチャンピオンとなり、やがて史上屈指の成功を収めるドライバーへと成長していった。

  • ピエール・ガスリー F1初ポールまで191戦 歴代最長記録ランキング

    ピエール・ガスリー F1初ポールまで191戦 歴代最長記録ランキング

    ピエール・ガスリーが2026年F1イタリアGP予選でキャリア初のポールポジションを獲得した。F1参戦191戦目でつかんだ初ポールは、史上2番目に長い道のりを経て達成された記録となった。

    アルピーヌのガスリーはモンツァで1分21秒786を記録し、ジョージ・ラッセルとオスカー・ピアストリを抑えて予選トップに立った。2020年にF1初優勝を飾った思い出のモンツァで、今度は自身初となるポールポジションを手にした。

    F1では、競争力のあるマシンを得るまで長い時間を要しながら、チャンスをものにして初ポールを獲得したドライバーが何人もいる。ガスリーの191戦はセルジオ・ペレスの216戦に次ぐ歴代2位。ここでは、初ポールまで最も多くのレースを要したドライバー10人を振り返る。

    9位タイ:ミカ・ハッキネン(94戦)
    ミカ・ハッキネンはF1最初の2シーズンを苦戦していたロータスで過ごした後、1993年にマクラーレンのリザーブドライバーに就任。マイケル・アンドレッティの離脱を受け、シーズン終盤にレースシートを得た。

    すぐに速さを示したハッキネンだったが、ちょうどその時期のマクラーレンは低迷期に入り、タイトルを争える状況にはなかった。

    1994年から1996年にかけて何度も表彰台に上がり、1997年にはマクラーレンの競争力が向上。シーズン終盤のニュルブルクリンクで行われたルクセンブルクGPで、参戦94戦目にして待望の初ポールを獲得した。

    ミカ・ハッキネン 初ポールポジション

    9位タイ:ダニエル・リカルド(94戦)
    HRTで半シーズンを戦った後、トロロッソで2年間実力を示したダニエル・リカルドは、2014年に4年連続王者だったレッドブルへ昇格した。しかし、そのタイミングで新レギュレーションを味方につけたメルセデスが圧倒的な強さを発揮し始めた。

    リカルドは2014年にメルセデス勢以外で唯一勝利を挙げたドライバーとなったものの、ポールには届かなかった。レッドブルが苦戦した2015年も状況は変わらなかった。

    2016年もメルセデス優勢が続いたが、モナコではレッドブルがトップ争いのできる速さを発揮。リカルドはQ3で会心のラップをまとめ、参戦94戦目で初ポールを獲得した。

    ダニエル・リカルド 初ポールポジション

    8位:ニコ・ロズベルグ(111戦)
    初代GP2王者のニコ・ロズベルグは2006年にウィリアムズからF1デビューした。しかし当時のウィリアムズは低迷期に入り、中団での戦いが続いた。

    4シーズンを過ごした後、ロズベルグはブラウンGPを買収して誕生したメルセデスへ2010年に移籍。チームの再構築には時間を要したが、2012年になるとマシンは特定の条件で高い速さを見せるようになった。

    そのチャンスが訪れたのが中国GPだった。ロズベルグは上海でミハエル・シューマッハを上回ってポールを獲得し、メルセデスに1955年以来となるF1ポールポジションをもたらした。翌日の決勝では、そのまま自身初優勝も達成した。

    ニコ・ロズベルグ 初ポールポジション

    7位:ティエリー・ブーツェン(115戦)
    ティエリー・ブーツェンは1983年にアロウズからF1に参戦し、その後ベネトンを経て1989年にウィリアムズへ加入した。

    当時はマクラーレンがF1を支配しており、他チームにポールのチャンスが回ってくることは少なかった。1989年にはチームメイトのリカルド・パトレーゼがハンガリーGPでポールを獲得している。

    翌1990年のハンガリーGPではブーツェンがパトレーゼをわずか0.036秒差で破り、参戦115戦目で初ポールを獲得した。これがブーツェンにとって唯一のF1ポールとなり、決勝でも勝利して自身3勝目を挙げた。

    ティエリー・ブーツェン 初ポールポジション

    6位:ヤルノ・トゥルーリ(119戦)
    ヤルノ・トゥルーリはF1キャリアを通じて予選での速さに定評があったが、初期には中団チームで過ごす時間が長かった。

    ルーキーだった1997年にはプロストでオーストリアGP予選3番手を獲得し、ジョーダン時代の2000年には2度フロントローに並んだ。特にモナコでは高い予選能力を発揮していた。

    2003年にルノーへ移籍したものの、その年はチームメイトのフェルナンド・アロンソが先にポールを獲得。トゥルーリの番が訪れたのは2004年のモナコGPだった。R24で見事なラップを決めて参戦119戦目で初ポールを獲得し、翌日の決勝では自身唯一となるF1優勝を飾った。

    ヤルノ・トゥルール 初ポールポジション

    5位:マーク・ウェバー(131戦)
    マーク・ウェバーは2002年、ミナルディからF1デビューし、地元オーストラリアGPでいきなり5位入賞を果たして注目を集めた。

    2003年にジャガーへ移籍すると予選でたびたび印象的な走りを披露。2004年マレーシアGPで2番手、ウィリアムズへ移籍した2005年スペインGPでも2番手につけた。2006年モナコGPでは3番手、レッドブル移籍後の2008年イギリスGPでも2番手を獲得している。

    2009年にレッドブルが一気に優勝争いへ加わると、ウェバーにもついにチャンスが訪れた。ニュルブルクリンクで行われたドイツGPで、参戦131戦目にして初のポールポジションを獲得した。

    マーク・ウェバー 初ポールポジション

    4位:ケビン・マグヌッセン(141戦)
    ケビン・マグヌッセンは2014年、マクラーレンでのF1デビュー戦でいきなり表彰台に上がった。しかし、それがその後のキャリアを象徴する結果にはならなかった。

    マクラーレンの競争力は低下し、マグヌッセンはシートを失った。2016年にルノーから復帰し、その後はハースで4年間を戦ったが、主に中団での戦いが続いた。2020年限りで一度F1を離れたものの、2022年開幕直前にハースへ電撃復帰した。

    そして同年のサンパウロGPで大番狂わせを起こす。Q3で最初にコースへ出たマグヌッセンは、雨が強まる直前のドライコンディションで好タイムを記録。その直後にジョージ・ラッセルがコースアウトして赤旗となり、再開時には路面が完全に濡れていた。

    誰もタイムを更新できず、マグヌッセンが参戦141戦目で初ポールを獲得。ハースにとってもF1初ポールとなった。

    ケビン・マグヌッセン 初ポールポジション

    3位:カルロス・サインツJr.(151戦)
    カルロス・サインツJr.は2015年にF1デビューし、トロロッソ、ルノー、マクラーレンと中団チームを渡り歩いた。

    2021年にフェラーリへ移籍して初めて本格的にポールを狙える環境を手にしたが、マシンに速さがある場面では予選巧者のシャルル・ルクレールが先に結果を残した。

    2022年にはフェラーリが高い競争力を発揮し、サインツJr.もマイアミとモナコでルクレールに次ぐ予選2番手を獲得。そしてウエットコンディションとなったイギリスGP予選でマックス・フェルスタッペンを0.072秒差で破り、参戦151戦目で初ポールを手にした。

    翌日の決勝でも勝利し、F1初優勝を達成した。

    カルロス・サインツJr. 初ポールポジション

    2位:ピエール・ガスリー(191戦)
    そして2026年F1イタリアGPで、このランキングの2位に入ったのがピエール・ガスリーだ。

    トロロッソ、レッドブル、アルファタウリ、アルピーヌでキャリアを重ねてきたガスリーは、これまでも予選で何度も印象的なパフォーマンスを披露してきた。特に2021年には複数回にわたって4番手を獲得している。

    アルピーヌ移籍後も2024年ラスベガスGPで3番手、2025年バーレーンGPで5番手につけるなど、マシンの実力を上回る予選結果を残すことがあった。

    そして2026年、ガスリーは2020年にF1初優勝を挙げたモンツァで再び大きな結果を残した。予選を通してアルピーヌが予想外の速さを発揮するなか、Q3で1分21秒786をマーク。ラッセルを0.060秒差で抑え、参戦191戦目で初ポールを獲得した。

    それまでガスリーは「ポール未獲得の最多出走」でエステバン・オコンに次ぐ2番手だったが、この一戦でそのリストから抜け、初ポール獲得までの出走数で歴代2位となった。

    ピエール・ガスリー 初ポールポジション

    1位:セルジオ・ペレス(216戦)
    F1史上、初ポール獲得まで最も長く待ったのはセルジオ・ペレスだ。

    ザウバー、マクラーレン、フォース・インディア/レーシングポイントと長く中団チームで戦ったペレスは、決勝では何度も番狂わせを演じた一方、純粋な速さが要求される予選でポールを狙える機会はほとんどなかった。

    レッドブル加入後はようやくトップマシンを手にしたが、チームメイトのフェルスタッペンが予選でも優位に立つことが多かった。2021年エミリア・ロマーニャGPではポールまでわずか0.035秒に迫ったものの、初ポールには届かなかった。

    その瞬間が訪れたのは2022年サウジアラビアGPだった。ジェッダ市街地コースでルクレールをわずか0.025秒差で破り、参戦216戦目にしてF1初ポールを獲得した。

    セルジオ・ペレス 初ポールポジション

    ガスリーの191戦目での初ポールは、このペレスの216戦に次ぐ歴代2位の記録となる。長く中団で戦いながらチャンスを待ち続けたドライバーが並ぶランキングのなかでも、約9年にわたるF1キャリアを経てモンツァで実現したガスリーの初ポールは、2026年シーズンを象徴するサプライズのひとつとなった。

  • ジョージ・ラッセル F1イギリスGPに専用「GRandstand」誕生 ノリスに対抗

    ジョージ・ラッセル F1イギリスGPに専用「GRandstand」誕生 ノリスに対抗

    ジョージ・ラッセルの願いが実現し、2027年F1イギリスGPで自身の名を冠した専用グランドスタンド「GRandstand」がシルバーストンに誕生することが決まった。

    シルバーストンでは、ランド・ノリスのファン専用エリア「Landostand」がすでに名物となっている。ラッセルは以前から自身のグランドスタンドを望んでおり、母国のライバルに対抗する形でついに専用エリアを手に入れることになった。

    ラッセル念願の「GRandstand」が2027年に誕生
    近年のF1では、母国GPでドライバーを前面に押し出したプロモーションが活発になっている。その代表例が、シルバーストンのストウ・コーナーに設けられているランド・ノリスの「Landostand」だ。

    2026年のF1イギリスGPではLandostandが大幅に拡張され、1万6000人以上のファンが詰めかけた。鮮やかな蛍光カラーに染まった巨大なスタンドは、ハンガーストレートからストウへ向かうドライバーの目にも飛び込んでくるシルバーストンの名物となっている。

    ラッセルも2026年のF1イギリスGPで、自身の専用グランドスタンドについて尋ねられ、実現に向けて動いていることを明かしていた。

    「以前からチームと話していたことなんだ。おそらく来年に向けて取り組んでいることのひとつだと思う」

    さらに、どこに設置したいかと聞かれると、ラッセルはノリスを意識して冗談交じりに語っていた。

    「ランドはストウのアウト側にかなりいい場所を持っているから、そこを彼から奪ってみようかな」

    ノリスの場所を奪うという希望こそ実現しなかったものの、ラッセルには別の一等地が用意された。

    「GRandstand」が設置されるのは、ターン1のアビーからターン2、そしてビレッジへと続く序盤区間に位置するファーム・カーブ。シルバーストンによれば、2027年から正式にジョージ・ラッセル・グランドスタンドとして使用される。


    「サーキットで最高の場所のひとつ」
    ラッセルは専用グランドスタンドの誕生を喜び、そのロケーションについて次のように説明した。

    「2027年のグランプリで、僕たち自身の『GR Grandstand』ができることを発表できて本当にうれしい」

    「場所はターン1の出口だ。だからターン1全体とターン2、それにターン3へのオーバーテイクポイント、そしてターン4まで見ることができる。本当に、本当にクールな場所だよ。僕の意見では、サーキットで最高の場所のひとつだ」

    ファーム・カーブはシルバーストンのオープニングセクションに位置し、スタート直後の攻防を含め、最初の4つのコーナーを広く見渡せる場所となる。

    「GRandstand」という名称は、ラッセルのイニシャルである「GR」と英語の「Grandstand」を組み合わせたもの。ノリスの名前と「stand」を掛け合わせた「Landostand」と同様、ドライバー名を生かしたネーミングとなっている。

    シルバーストンでは現在、GRandstandのチケットについて優先アクセスの登録を受け付けており、一般販売に先駆けて購入機会が提供される予定となっている。

    2027年のF1イギリスGPでは、ストウを埋め尽くすノリスの「Landostand」に加え、ファーム・カーブにラッセルの「GRandstand」が登場する。イギリスを代表する2人のF1ドライバーによるコース上の戦いだけでなく、シルバーストンのスタンドを舞台にしたファン同士の応援合戦も新たな見どころとなりそうだ。