カテゴリー: MotoGP

  • MotoGPライダー、バイクに日本へのメッセージ

    MotoGPライダー、バイクに日本へのメッセージ

    MotoGPライダーが、大地震に見舞われた日本へのメッセージをバイクに掲載した。

    2011年MotoGPがカタールのロサイル・インターナショナル・サーキットで開幕。17日に行われたフリー走行では、ライダーが日本へ向けたメッセージをバイクに掲載した。

    ホンダ系ライダーは日本の国旗に「がんばれ日本!」、ヤマハ系ライダーは「WITH YOU JAPAN」の文字が確認できる。

    青山博一(Team San Carlo Honda Gresini)は、喪章をつけてセッションに挑みフリー走行1では12番手タイムを記録。Moto2クラスでは、サーキットベストタイムを更新した高橋裕紀(Gresini Racing Moto2)がフリー走行2のトップタイムをマークした。

    青山博一は、20日(日)の決勝グリッド上で「SAVE JAPAN」のパネルを持って国際映像に映し、世界へ向けてメッセージを発信することを計画している。

    青山博一 ケーシー・ストーナー ホルヘ・ロレンソ

  • ドゥカティ、2011年MotoGPマシン「デスモセディGP11」を公開

    ドゥカティ、2011年MotoGPマシン「デスモセディGP11」を公開

    ドゥカティは、2011年のMotoGPマシン「デスモセディGP11」を公開した。

    新加入のバレンティーノ・ロッシのマシンは、ロッシのヘルメットデザイナーとして有名なアルド・ドゥルーディが、ロッシのイメージカラーとなったイエローを加え、個性を強調したカラーリングとなった。

    ドゥカティ・コセルのジェネラルディレクターを務めるフィリッポ・プレジオーシは、プレスカンファレンスで、新しいエアロダイナミクス、微調整が行われたエンジン、硬化されたシャーシ、見直された電子制御など、デスモセディチGP11の特性を説明。

    「エアロダイナミクスは全く異なります。マシンキャラクターは11月にバレンシアでテストし、進歩の基礎となります」とWrooomでのプレスカンファレンス後に語った。

    ジェネラルマネージャーのクラウディオ・ドミニカリは、「2011年はグレートなチェンジの年となるでしょう。MotoGPにおける3期目の始まりです。バレンティーノを起用することは、新たな局面であり、世界中の誰もが、彼の持つ改善の方向性を示す能力を知っています」とバレンティーノ・ロッシの加入を歓迎した。

    ドゥカティ GP11

    ドゥカティ デスモセディGP11 Ducati GP11 ドゥカティ GP11 バレンティーノ・ロッシ

  • バレンティーノ・ロッシ 「予想より肩の回復が遅れている」

    バレンティーノ・ロッシ 「予想より肩の回復が遅れている」

    バレンティーノ・ロッシは、肩の回復が予想よりも遅れており、3月の2011年シーズン開幕戦では万全の体調ではないだろうと述べた。

    バレンティーノ・ロッシは、昨年11月に長年怪我を抱えていた肩の手術を行った。

    恒例イベント「Wrooom」でドゥカティ・ライダーとして初出演したバレンティーノ・ロッシは、100%になるにはまだ時間が必要だと述べた。

    「もう少し良い感覚を望んでいた。やらなければならない仕事はたくさんあるけど、2月のテストにむけてそれなりの状態にするのは素晴らしいチャレンジだ」とバレンティーノ・ロッシは記者会見で述べた。

    「3月20日のマレーシアの開幕戦では最高の状態ではないだろうけど、いい感じでバイクに乗れることを期待している。時間との戦いだ。肩の状態は予想していたよりも深刻だった」

    「4月/5月には100%になることを目指している。ファンが辛抱してくれることを願っている。残念ながら僕はもう20歳ではないけど、いずれにせよモトクロスやムジェロでのクラッシュは起こり得ることだった。引退を考えたことはない」

    「僕は熱心だし、このチャレンジはより多くのモチベーションを与えてくれているので、トップで数年間過ごせると期待している」

    昨年イタリアGPで足を骨折して数戦を欠場したバレンティーノ・ロッシは、今シーズンは現チャンピオンのホルヘ・ロレンソと現ホンダ・ライダーのケーシー・ストーナーがライバルになると考えている。

    「前者は完全にバイクを理解しているけど、後者はホンダだ。それがとても重要になるだろう」

    「ストーナーはこのバイクで速かった。彼はあらゆる状況に適応する素晴らしい才能を持っているし、バイクに素晴らしいフォーリングを持っている。現時点でまだ僕は持ってないことだ。なので、多くの走行をしなければならない」

    7年間過ごしたヤマハを離れてドゥカティに加入したバレンティーノ・ロッシは新しいドゥカティのバイクについて「その他すべてのバイクと異なる。まったくのプロトタイプだし、日本のメーカーとはコンセプトが違う。デスモセディチでレースをするにはもう少しラフなスタイルでなければならない」と述べた。

  • バレンティーノ・ロッシ、ドゥカティでオフィシャルデビュー!

    バレンティーノ・ロッシ、ドゥカティでオフィシャルデビュー!

    バレンティーノ・ロッシが、ドゥカティのライダーとして恒例プレスイベントに初参加する。

    フェラーリとドゥカティが合同開催するプレス向けのスキーイベント「Wrooom」が11日にイタリアのマドンナ・ディ・カンピーリオで開催する。

    毎年恒例のイベント初日は、移籍してきたバレンティーノ・ロッシと3年目を迎えるニッキー・ヘイデンが、それぞれ単独のプレスカンファレンスを行う。

    2日目は、ドゥカティ・コルセの代表であるクラウディオ・ドミニカリがプレスカンファレンスを行った後、2011年型のプロトタイプマシン、デスモセディGP11を披露。

    3日目は、フェラーリのフェルナンド・アロンソとフェリペ・マッサが登場。

    最終日の4日目には、ロッシ、ヘイデン、アロンソ、マッサの4人が、スキーレースと氷上でのエキジビションイベントに参加を予定。

    だが、バレンティーノ・ロッシは11月14日に手術を受けた右肩が完治していないことから、イベントの参加を見送る可能性がある。

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  • パリス・ヒルトン、MotoGP 125ccクラスのチーム結成

    パリス・ヒルトン、MotoGP 125ccクラスのチーム結成

    パリス・ヒルトンは18日、スペインの首都マドリード市内のホテルで、2011年シーズンにMotoGP 125ccクラスに参戦するチーム「スーパーマルトセ・VIP・バイ・パリス・ヒルトン」を発表した。

    ホテルチェーン、ヒルトン・ホテルの創業者一族の令嬢として、モデル、デザイナー、女優、歌手、作家と多岐にわたって活躍するパリス・ヒルトンは、現在パリス自身がスペインのイビサ島を中心にプロデュースするインターナショナルパーティーのワールドツアー、スーパーマルトセ・VIPのプロモーションを展開。

    世界的なイベントを展開する中で、BQRが母体となるブルセンス‐STXとコラボレーションを結成。ピンク、ホワイト、ブルーにカラーリングされたマシンを発表した。

    発表会にはアプリリアRSAを走らせるセルジオ・ガデアとマーベリック・ビニャーレスも出席した。

  • ドゥカティ、メルセデス・ベンツAMGとスポンサー契約

    ドゥカティ、メルセデス・ベンツAMGとスポンサー契約

    ドゥカティ・モーター・ホールディングは17日、アメリカのロサンゼルスで開催中のオートショーで、メルセデス・ベンツAMGと共同会見を開き、マーケティング活動を共同で展開することを発表した。

    ドゥカティとAMGの最初の協力関係は、スポンサーとマーケティング活動となり、AMGは、2011年からドゥカティ・チームのオフィシャルカーとしてサポートする。

    さらに、AMGが選択するイベントにおいて、ドゥカティのオフィシャルライダーたちやドゥカティの顧客に、AMGを走らせる機会を提供するなど、今後戦略的な活動を展開していく。

    ガブリエレ・デル・トルチィオ (ドゥカティ・モーター・ホールディングの最高経営責任者)
    「ドゥカティMotoGPチームのスポンサーとしてAMGをお迎えできることは、非常に光栄な事です。また、共同で実施する計画中のマーケティングも順調であり、喜ばしいことです。ハイパフォーマンス、モータースポーツ、エキサイトメント、そして他に類を見ないスタイリングとデザインを特徴とするドゥカティのブランドバリューを完璧に反映できるパートナーがAMGです」

    オーラ・カーレニウス (メルセデス・ベンツAMGの高経営責任者)
    「本日、ドゥカティとの戦略的な提携合意を発表できたことを非常に喜ばしく思います。AMGとドゥカティは同じ価値を共有できるブランドであり、また理想的にお互いを補完することができます。レースに対する情熱、高性能かつエクスクルーシブであることが両ブランドの根幹をなすメッセージです。この長期的なパートナーシップの合意により、私たちは新しい顧客グループにアクセスできるようになるでしょう」

  • バレンティーノ・ロッシ、ドゥカティのMotoGPマシンで初走行

    バレンティーノ・ロッシ、ドゥカティのMotoGPマシンで初走行

    バレンティーノ・ロッシは9日、来年から所属するドゥカティ・チームからオフィシャルテストに参加。2011年型のデスモセディチGP11で初走行を行った。

    最終戦バレンシアGPを終えてから2日後、バレンティーノ・ロッシはリカルド・トルモに延滞。今年の12月31日まで契約があるヤマハ発動機からの許可を得て、今年最後のテストに参加。

    テストライダーのフランコ・バッタイーニが、挙動を確認した後、ロッシは12時24分にソフトタイヤを装着したデスモセディチGP11でコースイン。7ラップを走行した。

    ドゥカティは2日間のオフィシャルテストに3台のマシンを準備。バレンティーノ・ロッシは2タイプのエンジンをテストする予定。

    バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ

  • ホルヘ・ロレンソ、MotoGPクラスで初タイトルを獲得

    ホルヘ・ロレンソ、MotoGPクラスで初タイトルを獲得

    ホルヘ・ロレンソは、第15戦マレーシアGPの決勝レースで表彰台を獲得し、最高峰MotoGPクラスで初タイトルを獲得。通算3度目のタイトルを奪取した。

    今季6度目のポールポジションからスタートしたロレンソは、決勝を3位でフィニッシュ。3戦ぶり13度目の表彰台を獲得し、3戦を残して、最高峰MotoGPクラスの2010年のワールドチャンピオンに輝いた。

    「最高峰クラスでの初タイトル。夢が現実となった!」とホルヘ・ロレンソは語る。

    「ライダーとして、そのキャリアで達成できる最高のものだから、まるで世界の終わりのように、祝い、楽しまなければいけない。想像できるかい?この瞬間をずっと考えてきたけど、いざ、この時が来ると、何を言っていいのか、どうしていいのか分からなくなってしまう。ハッキリ話すために、馬鹿げたことを言わないために、落ち着くことに努めている。すごく疲れたから、数分間部屋に一人でいる必要がある。そこで、何をやったのか考えないと」

    「たくさんの人たちに感謝したい。言葉を探すのが難しいけど、ヤマハ、チーム、ブリヂストン、全ての関係者に感謝しないと。もちろん、僕のファンにも」

    「今日ここで優勝できれば、完璧な状況だったけど、可能ではなかった。グッドなスタートで、グッドな走りだった。一瞬、アンドレアから脱げ切れると考えたけど、その後に抜かれてしまい、バレンティーノにも抜かれてしまったから、優勝争いは、あまりにもリスクが大きく、レースの終わりを待つのがベストだと考えた」

    「バイクは僕の情熱。僕の仕事だけど、プレイでもある。だから、ゲームオーバーというメッセージを示すことに決めた。今日、シーズンのプレイが終わった。僕がチャンピオンになったからだ」

    「今は将来のことを考えない。MotoGPクラスの最初のタイトルを祝いたいだけ。今夜から先のことを考えない。将来は、巨大なライバルたちと共に厳しく、感動的なものになるだろう。だけど、それを今考える必要はない。今は楽しまなければいけないだけ」

    「長い道程だった。キャリアの中では、すごくゆっくりと進むときもあれば、すごく速いときもある。チャンピオンシップに参戦し始めたときは、125ccクラスでほとんど最後尾だったけど、僅か8年でMotoGPクラスのチャンピオンになった。どんなふうに人生を変えることが出来るのか、信じられない。僕たちは、そのために闘った。幸運があり、グッドなバイクがあり、グッドなチームがあった。いつも僕のベストを望む人たちに囲まれていた。彼らに感謝したい」

    「今シーズンは指の骨折でいい始まりにならなかったけど、最終的にはファンタスティックな1年となった。もし、3つのベストレースを選ぶとしたら、ベストレースはヘレスだ。MotoGPクラスで初めて勝った。もしかしたら、優勝の最高の舞台かもしれない。それに、池へのダイブを楽しんだ!シルバーストンはもしかしたら、ベストレースかもしれない。アグレッシブで、スピーディーだったから。最後はここだ。僕のライディングではなく、ワールドチャンピオンという重要なレースだった」

    「来季、ナンバー1のゼッケンを使用するか、まだ分からない。もし、グッドなデザインが見つかれば、使うかもしれない。そうじゃなければ、99を残す」

    「ワールドチャンピオン…素晴らしい言葉に聞こえる。まるで世界の王様になったような気分だ。今夜は最高に楽しもう」

  • Moto2クラス、富沢祥也のゼッケン48を欠番に

    Moto2クラス、富沢祥也のゼッケン48を欠番に

    MotoGPファミリーは、第12戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPの決勝レースで不慮の事故死を遂げた富沢祥也に対して、複数の追悼セレモニーを実施することを決めた。

    エントリーした全ライダーたちは、富沢祥也のゼッケンだった48のステッカーをマシンに貼って、第13戦アラゴンGPのフリー走行1に登場。各ライダーたちが、それぞれの形で、富沢の死去を偲んだ。

    Moto2クラスのポイントリーダー、トニ・エリアスが、前日のプレスカンファレンスで提案したミシェル・メトロ・トロフィ(ベストプライベーター賞)については、IRTA国際レーシングチーム連盟が17日に、Moto2クラスのライダーたちから投票を集め、富沢祥也の受賞が決定。

    2000年に他界したIRTAの創立者ミシェル・メトロ氏の息子オリビエが、次戦日本GPの際に、富沢家の代表に同賞のトロフィを手渡すこととなった。

    さらに、Moto2クラスからゼッケン48を欠番にすることも決定。

    第14戦日本GPでは、48番が刻まれたメモリアルプレートが富沢家に贈られることになる。

    第13戦アラゴンGPの決勝レース前には、メインストレートで、MotoGPファミリーたちが、1分間の黙とうを捧げる。

    *ミシェル・メトロ・トロフィは、125ccクラスとMoto2クラスのベストプライベーターに与えられる。Moto2クラスは、全チームがインディペンデントチームであることから、ライダーたちの投票によって決定することになっている。同賞の前身は、IRTAカップ。1999年にIRTAの創立者だったミシェル・メトロが他界したことから、2000年からミシェル・メトロ・トロフィに改名されていた。

  • 富沢祥也さん通夜 ・・・ AKB48 板野友美ら供花

    富沢祥也さん通夜 ・・・ AKB48 板野友美ら供花

    ロードレース世界選手権第12戦サンマリノGP決勝レースでの転倒事故で亡くなった富沢祥也選手の通夜が14日、出身地である千葉県旭市の東総会館で行われれ、レース関係者や同級生、ファンなど1100人が参列。故人をしのんだ。

    祭壇には笑顔の遺影とともにライダースーツ、ヘルメットなどの遺品が飾られ、バレンティーノ・ロッシや親交のあったV6の長野博、日本GPで富沢選手のグリッドガールを務める予定だったAKB48の板野友美らからの多くの供花で埋め尽くされた。

    富沢選手と同じMoto2クラスに参戦する高橋裕紀は「まだ信じられない。彼の遺志を継いで走り続けるしかない」と語った。