カテゴリー: インディカー

  • ジャスティン・ウィルソン、頭部外傷で意識不明の重体 / インディカー

    ジャスティン・ウィルソン、頭部外傷で意識不明の重体 / インディカー

    ジャスティン・ウィルソンは、インディカー 第15戦 ポコノの決勝レースでクラッシュして飛び散ったマシンの破片がヘルメットに直撃。頭部に重傷を負い、昏睡状態に陥っている。

    ジャスティン・ウィルソンは、レース後半にクラッシュしたセイジ・カラムのマシンのボディーワークの大きな破片がヘルメットに直撃。直後にノーズからバリアに激突した。

    すぐに安全クルーが現場に駆けつけ、ジャスティン・ウィルソンは、近くのアレンタウンの病院にヘリコプターで搬送された。

    インディカー・シリーズは、日曜日に声明を発表。ジャスティン・ウィルソンの怪我は深刻であり、重篤な状態であることを認めた。

    アンドレッティのチームメイトであるライアン・ハンター・レイは「僕が知る限り、彼は意識不明であり、反応していなかった。彼は空輸された。全てがとても悪い状態だ。とても心配だ」と述べた。

  • 佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ポコノの決勝レースを6位でフィニッシュした。

    予選9番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、ハンドリングの定まらないマシンで序盤には20番手以降まで大きく後退したが、ピットストップでマシンセッティングの調整を重ねて少しずつ走りを向上させていき、終盤土壇場でトップ争いに加わり、6位でゴールした。

    レース終盤の180周目、トップを走っていたマシンがクラッシュしたことで飛び散ったマシンの破片がジャスティン・ウィルソン(Andretti Autosport)のヘルメットを直撃した模様で、ウィルソンはアレンタウンの病院にヘリコプターで搬送された。

    佐藤琢磨(6位)
    「ダウンフォース少なめでバランスの悪かったマシンで序盤は苦労し、タイヤの内圧調整も難しく、レースの大半は後方集団で戦っていました。しかし、ピットストップでマシンのセッティングを変更し続け、リスタートもいいものが切れて終盤に一気に上位へと進出できました。残り20周で2番手につけていたときには優勝を狙っていましたが、ストレートでスピードの伸びないセッティングを最後のピットストップで変更できなかったこともあり、6位という悔しい結果になりました。ジャスティン・ウィルソンのことはレースを終えてから知りました。容態がとても心配です。少しでも早く快復してくれることを願っています」

  • 佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー100戦目となったミッドオハイオのレース週末を振り返った。

    風光明媚なミッドオハイオで繰り広げられたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦でも佐藤琢磨は幸運に恵まれなかった。残り30周でリタイアに追い込まれた結果、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダは24台の全エントリーのなかで最下位の24位とされた。

    金曜日のフリープラクティスでは好調だった佐藤琢磨にとっては、とても残念な結果だったといえる。

    「非常に悔しい週末でした」と佐藤琢磨。

    「滑り出しは好調で、期待が持てる状況でした。初日の感触は良好だったのです。僕はトップ5に食い込んでいて、ホンダのなかでもっとも速いドライバーのひとりでした」

    実際、最初のプラクティスで佐藤琢磨は4番手に入り、チームメイトのジャック・ホークスワースを直後に従える形でホンダ勢のトップに立っていた。そして2回目のプラクティスでも5番手で、ホンダ・ドライバーのなかでは2番手につけていたのである。

    「ホンダとシボレーの差はとても小さいように思えたので、勇気づけられました。それと、過去2シーズンはプラクティス・セッションでライバルたちに追いつくのが難しい状況でした。インディカー・テストでは大抵、僕たちはコンペティティブなのに、レースウィークエンドになると状況が大きく異なってしまうのです」

    「今年はテストが行なわれなかった代わりに、金曜日には90分間のプラクティスを2度行うことになりました。僕たちは異なるセッティングと考え方で臨み、エアロパッケージも当然異なっています。それらはとてもうまく機能しているように思えました」

    もっとも、金曜日が順調だったからといって、その流れが週末を通じて維持されるとは限らない。「ミッドオハイオはとても古いコースです。コース幅が狭く、たくさんの上り坂とコーナーがあって、それらが一体となってひとつのコースを形作っています。そして最大の問題は、コースが古いために舗装の表面が磨り減って滑らかになっていて、このためラバーが乗ってくるまでは非常にグリップレベルが低く、その後、コンディションは急激に変化していく傾向にあります。なにしろ、最初のプラクティスから予選までの間に5秒近くもラップタイムは上がっているのです。まるでギアを1速上げたくらいスピードが変わったように感じられます」

    土曜日の午前中に行われた最後のフリープラクティスで、フォイト・チームのペースは大きく落ち込んでしまう。「速さがなくなりました。小さな問題があったのは事実ですが、他のドライバーはみんな速くなっていました。特にシボレー勢は目立って速くなったようです。ところが、彼らとは対照的に僕らは後退してしまったので、予選では異なることを試さなければいけなくなりました」

    佐藤琢磨は自分の予選グループで8番手になったため、第2セグメントには進めず、16番グリッドからスタートすることが決まる。けれども、佐藤琢磨はあと100分の6秒速ければ第2セグメントに進出できたほか、3番手となったファン-パブロ・モントーヤとは0.2秒しか差がなかった。このような接戦こそが、まさしくインディカー・シリーズだといえるだろう。

    「僕たちはマシンのバランスを整えようとしましたが、予選はあまりに接戦でした。最終コーナーで少し姿勢を乱しましたが、これで失ったのは0.1秒にも満たないでしょう。でも、もうそれで十分でした。ジャックとジャスティン・ウィルソンはもう1ラップ周回してトップ6に滑り込みました。『僕ももう1周していれば……』というのは簡単ですが、あまりにもタイトな戦いでした。残念な結果です」

    日曜日朝のセッションでは右リアタイアがスローパンクチャーを起こすという不運に見舞われた。マシンは引き続きナーバスで、しかもタイアを交換した佐藤琢磨がコースインするとセッションは赤旗中断となってそのまま幕を閉じた。いっぽう、朝早いセッションでバランスを正しく整えることは、あまり容易ではない。「それでもポジティブと思われたのは、ジャックがこのセッションで好調だったことで、これには勇気づけられました」

    ミッドオハイオはオーバーテイクが極端に難しく、しかも佐藤琢磨は16番グリッドからのスタートだったので、レース戦略がすべてといえた。もっとも、過去、このコースで上位入賞を果たしたのは、下位グリッドからのスタートにもかかわらず巧妙な戦略で追い上げを図ったレースばかりだったので、フォイト・チームは最初のピットストップをやや早めに実施し、他のドライバーとは異なるタイミングで給油を行う戦略を選択する。この時点で、チャーリー・キンボールがスピンしてイエローコーションとなったため、佐藤琢磨はひとつポジションを上げて15番手となっていた。

    「他のドライバーに追いついていくことはできました。ただし、イエローに備えるためにはアグレッシブな戦略を採らなければいけませんでした。最初のスティントは予定どおり進み、すべては順調のように思えました」

    やがて他のドライバーのなかにも同様の戦略を選ぶ者が現れた。そのなかのひとりだったステファノ・コレッティは佐藤琢磨のマシンに追突。このとき、佐藤佐藤琢磨は19番手でコレッティは20番手だった。このため、琢磨はもう1度ピットストップを行うことになり、コース上に散らばったパーツを回収するためにセーフティカーが導入された。

    「このアクシデントでリアバンパーにダメージを負い、ピットストップを余儀なくされました。フォンタナでチームがリアバンパーを交換しようとしたとき、長い時間を要して僕はラップダウンになりました。ところが、次にピットストップしたライアン・ブリスコーはたった15秒でリアウィング・アッセンブリーをすべて交換しました。そこで僕たちもアッセンブリー全体を交換することしましたが、カーボンの構造体に固定するボルトの何本かがダメージを負っていたため、作業に手間取ることとなりました。ここで5分間をロスし、2周遅れとなります。ひどい展開でした」

    「その後はイエローのタイミングで周回遅れから脱することを強く期待していましたが、そのような展開にはなりませんでした」

    そして24番手を走行していた佐藤琢磨はリタイアに追い込まれることになる。

    「僕はカルロス・ムニョスを追っていました。すると彼はターン4でコースアウトを喫したので、何かがあったのだろうと推測しましたが、なんと僕も同じ状況になり、リアが突然滑り始めました。僕はコースに復帰しようとしましたが、グリーンかグラベルにリアバンパーが引っ掛かってしまったらしく、またもやダメージを負ってしまいました。しかし、時間内に交換を終えるのに必要なスペアはもう手元になく、最後のスティントを残して僕らはリタイアせざるを得ませんでした」

    このレースにはたくさんのファンが応援に駆けつけていただけに、佐藤琢磨にとっては残念な幕切れとなった。

    「とても残念でした。オハイオはホンダにとって重要な生産拠点で、従業員もたくさんおり、今回は僕たちの参戦100戦目を祝ってくれました。暖かい歓迎を受けてとても嬉しかったので、皆さんの応援には心から感謝していました。しかも、今回はファンクラブのメンバーが日本からたくさん訪ねてきてくれたので、僕にとってもっとも苦しいレースのひとつを皆さんに見てもらわなければいけなかったことはとても残念です」

    次のイベントまで3週間のインターバルがあるうえ、ミッドオハイオとは大きく異なるポコノのスーパースピードウェイがレースの舞台となる。

    「これまで好成績を残しているコースではありませんが、調子は良く、どちらかといえば僕らが得意としているコースです。今度こそいいリザルトが得られると期待したいですね」

  • 佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー100戦目の記念すべきレースとなった第14戦 ミッドオハイオの決勝レースをリタイアで終えた。

    予選16番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、1回目のピットストップをレイホールたちと同様に早めに行ったが、その直後に他車と接触。ダメージの修復で周回遅れに陥り、レースに戻ったものの再びマシンを損傷し、ピットでレースを終えた。

    佐藤琢磨(24位)
    「オーバーテイクの難しいコースなので、序盤に早い段階でピットストップを行う作戦を立てていました。実際に僕らは早めにピットインし、そこまでは非常に順調だったと思います。ところが、コースに戻ったあとにリアからぶつかってきたドライバーがいてホイールガードが壊れ、その修理で2周遅れとなりました。自分の走行ペースはトップとほとんど変わらないものにできていたのですが、2ラップを取り戻すのは難しかったですね。最後のピットストップを前にコースアウトし、リアのウイングレットにダメージを受けました。私はピットに戻り、そこでリタイアとなりました。今回は自分にとってインディカーでの100戦目でしたが、レースは残念なものとなりました。次の101戦目から、またフレッシュな気持ちでがんばりたいと思います。今シーズンの残り2戦、いい戦いができるようがんばります」

  • ネルソン・ピケJr. ペンスキーでインディカーをテスト

    ネルソン・ピケJr. ペンスキーでインディカーをテスト

    ネルソン・ピケJr.は、来週、ソノマで開催される特別なルーキーテストでチーム・ペンスキーとともにインディカーをテストする。

    トロントでインディ・ライツに1回限りの参戦をしたネルソン・ピケJr.は、インディカ・タイツで少なくとも50%を走行した場合にチームにつき追加で2日間のテスト日を得られるというシリーズ規約6.2.3の機会を得る。

    テストでは、現在、インディ・ライツでタイトルを争うスペンサー・ピゴットがネルソン・ピケJr.とともに走行する。

    インディ・ライツで首位に立つジャック・ハーベイはシュミット、カーリンのエド・ジョーンズがレイホール・レターマン・ラニガン、マシュー・ブラバムがアンドレッティ、日曜日のレースで優勝したショーン・レイホールは、ナガッシで走行を行う予定となっている。

    彼らには8月13日に2.2マイルのロードコースであるソノマでの走行時間を与えられる。

  • 佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第14戦 ミッドオハイオの予選を16番手で終えた。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、インディカーにデビューした2010年のミッド・オハイオで予選3番手になり、2011年には予選9番手から4位フィニッシュを記録している。

    金曜日の2回のプラクティスでともにトップ5入りしていた佐藤琢磨は、予選を前にした土曜日午前中のプラクティスでは13番手だったが、ソフトタイヤを使用する予選では上位での戦いが期待されていた。

    佐藤琢磨は今週末の自己ベストを更新する1分5秒5933を第1セグメントの第2グループでマークし、6番手で第2セグメントに進出するものと思われた。しかし、計測終了間際に2台が佐藤琢磨と5番手のドライバーの間に割って入ったため、佐藤琢磨の予選結果は第1セグメントの第2グループで8番手となり、明日のレースには16番グリッドからスタートすることが決まった。

    佐藤琢磨(16番手)
    「金曜日のプラクティスの時点でマシンのフィーリングが非常によく、上位のタイムを出せていました。しかし、予選ではほんの小さなタイム差によって、第2セグメントへの進出を逃しました。ミッドオハイオは、オーバーテイクしやすいコースではありませんから、16番手は厳しいグリッドになります。ただ、私たちには新品のソフトタイヤが2セット残されていますから、そのアドバンテージをうまく利用して、上位へと食い込んでいくつもりです。明日のプラクティスでもう一度マシンの向上を目指し、レースでは作戦も上手に使って、トップグループへと進出したいです」

  • 佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨は、今週末に開催されるインディカー 第14戦ミッドオハイオでインディカー100戦目を迎えることを記念した「インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメット」でレースに臨む。

    2011年にインディカーに転向した佐藤琢磨は、今週末、8月2日に開催されるミッドオハイオ戦で参戦100戦目を迎える。

    佐藤琢磨は「インディカーシリーズ参戦100戦目を迎えることができました。応援してくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます」とコメント。

    「北米での挑戦を決意してから5年半の歳月が流れました。気がつけばF1での出走91戦を追い抜いて、あっという間にここまで来た感があります」。

    「いつもみなさんの声援を身近に感じ、良い時も悪い時も同じ思いでこれまで走り続けることができました」。

    「たくさんのレースを戦い、本当に素晴らしい瞬間を数え切れないほど経験しましたが、コース上では今でも新鮮な気持になります」。

    「今後もさらなる高みを目指して、みなさんと一緒に夢に向かって挑戦していきたいと思っています」。

    「100レース目には、これまでのすべての想いと感謝の気持ちをこめてスペシャル・ヘルメットを着用して挑みますが、レース後はこのスペシャル・ヘルメットをチャリティーオークションに出品し、『With you Japan』を通じて復興地の子供たちの支援に届ける予定です。オークションの詳細は改めて報告させていただきます」

  • アレックス・ザナルディ、インディ500参戦の夢を諦めず

    アレックス・ザナルディ、インディ500参戦の夢を諦めず

    アレックス・ザナルディは、インディ500参戦を目指していることを明らかにした。

    2度のCARTチャンピオンであるアレックス・ザナルディは、2001年にラウジッツリンクでのレースでの事故で両足を切断。その後、WTCCでレースに復帰した後、ハンドサイクルでの活動に専念し、2012年のロンドンパラリンピックではイタリア代表として金メダルを2個、銀メダルを1個獲得している。

    しかし、アレックス・ザナルディは、ドライバーとしてインディでのレースを実現したいと語る。

    アレックス・ザナルディは、アメリカでレースをしていた時代、CARTとインンディカーに分裂によってインディアナポリスでレースをする機会を逃している。

    「実現できずに不満を言い続ける老人にはなりなくない。チャンスがあるなら、インディ500に是非とも出場したい」とアレックス・ザナルディはコメント。

    アレックス・ザナルディは、元チームメイトで友人であり、KVレーシングの代表であるジミー・バッサーとインディでのレースについて話をしたと述べた。

    「友人のジミー・バッサーからドライブのオファーも実際にあった。でも、仕事としてそれを行うことの詳細を話すまでには至っていない」とアレックス・ザナルディーは明かし、“ジミーとの友好を駄目にしたくなかった”ため、オファーを受けることを迷ったと述べた。

    また、アレックス・ザナルディーは、インディカーでレースをするなら、1997〜1998年にCARTで成功を収めたチップ・ガナッシで走るチャンスがあるときだけだろうと付け加えた。

    2年前、アレックス・ザナルディは、事故に見舞われたラウジッツリンクでレイナードのCARTマシンを走らせており、インンディカーへの適応は比較的容易だろうと説明した。

    アレックス・ザナルディは、先週末BMW Z4 GT3でレースに参戦したが、来年のスパ24時間レースへの復帰は、リオ・オリンピックに向けたトレーニングスケジュールと重なるために除外している。

    アレックス・ザナルディは、シーズン序盤にいくつかレースをする可能性を示唆しつつも「リオは9月上旬だし、トレーニングに完全に集中したい」と述べた。

    関連:アレックス・ザナルディ

  • インディカー:ミッドオハイオから新型レインタイヤを導入

    インディカー:ミッドオハイオから新型レインタイヤを導入

    インディカーは、今週末のミッドオハイオから新型レインタイヤを導入する。

    新しいタイヤは、12ヶ月前に導入された先代のタイヤを改善するべく、タイヤ供給元のファイアストーンが開発作業に取り組んできた。

    テキサスのブリヂストンの実験場では、いくつかの実験的なコンパウンドがテストされ、評価されてきた。テストではロードコースとストリートコースでのウェット走行の経験のあるインディカーチームが負荷とスピードに関するデータとの供給に協力した。

    「我々はウェットコンディションによりフィットするようにタイヤを最適化してきました」とブリヂストン・アメリカのチーフエンジニア兼レースタイヤ開発マネージャーのデイル・ハリグルはコメント。

    「新しいレインタイヤの鍵となる特徴は、新しいトレッドコンパウンドです」

    「チームとドライバーにとっては学習プロセスとなるでしょう。我々にとっての最大のチャレンジは、いくつかのサーキットの滑らかなコンクリートです」

    新型レインタイヤは、ファンが識別しやすいようにサイドウォールに施されたシルバーが特徴となる。

    トレッドパターンンと深さは、以前のウェットタイヤ設計が新しい仕様でも保持されている。

  • インディカー:デリック・ウォーカーの辞任を発表

    インディカー:デリック・ウォーカーの辞任を発表

    インディカーは、デリック・ウォーカーが、競技委員長の役割を辞任したことを発表した。

    元チーム代表のデリック・ウォーカーは、2013年に競技委員長に就任。2015年のエアロキット導入を初め、新しいイベントやレースコントロール技術への投資、現在のマシンの安全性改善など、インディカーレースの様々な領域に注力してきた。

    デリック・ウォーカーは「私はインディカーで、チームオーナー、ドライバー、そしてチームと密接に働く機会を評価してきた」とコメント。

    「2シーズン半を負え、他の機会に移行する適切なタイミングだと考えている」

    デリック・ウォーカーは、2015年シーズンが終了する8月末に辞任する。

    インディカーの親会社ハルマン・アンド・カンパニーのマーク・マイルズ最高経営責任者は、インディカーへのデリック・ウォーカーの貢献に感謝の言葉を述べた。

    「我々はデリックの広範囲なレース経験、疲れをしらない努力、インディカーへの情熱から利益を得てきた。彼がいなくなるのは寂しい」