カテゴリー: ホンダF1

  • マクラーレン 「ホンダとの苦境は他のエリアに改善をもたらした」

    マクラーレン 「ホンダとの苦境は他のエリアに改善をもたらした」

    マクラーレンは、2017年のホンダとの苦境のなかでコース上では期待外れな結果に終わったものの、チームとしてはシーズンを通して改善を果たすことができたと強調している。

    2015年にホンダとのパートナーシップを開始したマクラーレンは、2016年には前年を上回る成績を残したものの、F1パワーユニットを一新するというホンダの決断は2017年の一連の後退に繋がった。

    わずか30ポイントの獲得でコンストラクターズ選手権を9位で終えたマクラーレンは、ホンダとのパートナーシップを解消し、2018年からトップに返り咲くことを目指してルノーと新たに3年契約を結んだ。

    マクラーレンのエリック・ブーリエは、2017年の後退によってチームは他のエリアに集中することが可能になったとし、教訓を学んだことで2018年はそれがより強い力となって発揮されると考えている。

    「コース上で目に見えるパフォーマンスは氷山の一角であり、実際には我々は一年を通して改善を果たしている」とエリック・ブーリエはコメント。

    「クルマの開発、組織の強化という点では、舞台裏で良い一年を過ごすことができた。新しいマクラーレンとでも呼ぼう」

    「組織は強くなってきているし、パフォーマンスを重視していたことで過去に少し後回しとなっていたエリアに焦点を当てるようになった」

    「例えば、ピットストップに関しては、機材を改善し、トレーニング方法を変えることに時間を費やし、それが成果を挙げてきている」

    「我々は組織の微調整を終えており、いくつかのコースでのパフォーマンスを見れば、シャシーは競争力があることを示している。それはチームにとって最高のことだ」

    マクラーレンとして特に改善した部分について質問されたエリック・ブーリエは「どの部分もだ。常にそれがF1のDNAだ」とコメント。

    「いつでも、どの部分であっても改善しなければならない。だが、クルマのパフォーマンスが良いときは、ピットストップやチームの考え方を微調整できる」

    「戦闘マシンとなり、勝つ準備のために心理状態も微調整することができる。それが我々が今いる場所だ」

    「仕事を続け、100%でクルマを開発するというプロセスは他のどのチームとも同じだ」

  • ホンダ、新型インサイトのプロトタイプをデトロイトショーで世界初公開

    ホンダ、新型インサイトのプロトタイプをデトロイトショーで世界初公開

    ホンダは、新型インサイトのプロトタイプモデルをデトロイトモーターショーで世界初公開する。

    今回、プロトタイプモデルを公開する新型インサイト(INSIGHT)は、1999年に米国で初のハイブリッドモデルとして発売された初代、2009年に登場した2代目に続き、3代目となるハイブリッド専用モデル。

    インサイトは、ホンダのセダンラインアップにおいて「シビック(CIVIC)」の上位に位置付けられる5人乗りセダンとして開発され、スタイリッシュなデザインと、革新的な2モーターハイブリッドシステム「SPORT HYBRID(スポーツ ハイブリッド)i-MMD」を採用する。

    新型インサイトは、米国・インディアナ工場で生産され、2018年夏に米国での発売を予定している。

    2018年北米国際自動車ショー(デトロイトモーターショー)は、米国・デトロイトで2018年1月14日(日)~1月28日(日)に開催される。

  • ホンダ、鈴鹿8耐と全日本ロードレース選手権へのワークス参戦を決定

    ホンダ、鈴鹿8耐と全日本ロードレース選手権へのワークス参戦を決定

    本田技研工業は、2018年シーズンのMFJ全日本ロードレース選手権(JRR)のJSB1000クラスと、FIM 世界耐久選手権 鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)にワークスチーム「Team HRC」として参戦することを決定した。

    ホンダがワークスチームとしてJRR JSB1000クラスおよび鈴鹿8耐に参戦するのは2008年以来、10年ぶりとなる。CBR1000RRをベースとしたワークスマシンを投入し、HRCライダーの高橋巧がJSB1000クラス2連覇と同時に、鈴鹿8耐での優勝を目指す。

    ホンダは『コーポレートスローガンである「The Power of Dreams」のもと、モータースポーツ活動の発展に寄与することで、お客様と喜びの共有を目指してまいります』と声明で述べた。

    森山克英 (本田技研工業株式会社 執行役員 ブランド・コミュニケーション本部長)
    「Hondaワークスチームで参戦し、頂点を目指しチャレンジすると共に、ライダー、チームの人材育成にもつなげていきたいと思います。これからも、モータースポーツファンの皆様のご期待に応えられるように頑張ってまいりますので、Hondaチームへのご声援をよろしくお願いします」

    野村欣滋 (株式会社ホンダ・レーシング 代表取締役社長)
    「国内ロードレースの最高峰クラスであり、2018年は全9戦中、13レース※3が開催され、ますます激しい争いが見込まれるJRR JSB1000クラスと、鈴鹿8耐という厳しいレースに、ワークスチームとして10年ぶりに参戦します。Team HRCはチャレンジャーとして、一丸となって勝利を目指してまいります。皆様のご声援をよろしくお願いします」

    TEAM HRC

  • マクラーレン 「ホンダには6ヵ月の猶予期間を与えていた」

    マクラーレン 「ホンダには6ヵ月の猶予期間を与えていた」

    マクラーレンは、ホンダが2018年にむけて競争力を見つけるために6カ月間の期間を与え、“多くの異なることや異なる方法”を試したが、パフォーマンスは出てこなかったため、選択肢はなかったと述べた。

    2015年に厳しいスタートを切った後、ホンダは2017年にむけてF1パワーユニットに新しい哲学とアプローチを導入したが、プレシーズンテストでは信頼性問題が多発し、期待されたパフォーマンス向上が見い出されていないことが明らかになった。

    3年連続でグリッド後方での戦いを強いられたフェルナンド・アロンソはチーム離脱をほのめかすような状況になり、マクラーレンはホンダに6ヵ月間の最終期限を与えたことを明らかにした。

    マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザク・ブラウンは「バルセロナのテストで問題があることはわかっていたし、2018年にはるかに競争力があると確信できるソリューションを見つけるために、6カ月間、本当に懸命に取り組んできた」と Sky Sports F1 にコメント。

    「多くのことを試した後、最終的に多くのことなる方法をとっても我々はそこに到達できないと感じた。F1で3年は長い時間だし、我々はチームをトップに返り咲変えるために方向を変える必要があった」

    6ヵ月の試行錯誤の末、マクラーレンはF1シンガポールGPでホンダとのパートーナーシップを解消し、2018年からルノーのF1パワーユニットを搭載することを発表。ホンダはトロ・ロッソと新たなパートナーシップを開始することになった。

    決別が決定した最後の7戦で、マクラーレンとホンダはお互いを尊重しながらレースを戦い、5戦でポイントを獲得。ザク・ブラウンは、マクラーレンとホンダはポジティブな気持ちでパートナーシップに終止符を打てたと考えており、将来、ホンダと再び仕事をする可能性もあると述べた。

    彼らは素晴らしい人々のいる素晴らしい会社だ。そのリレーションシップはずっと強いものだったし、今でも強い。我々は再び彼らとレースをすることを除外しない」とザク・ブラウンはコメント。

    「彼らの活躍を祈っているが、我々は利益のために厳しい決断を下す必要があった。リレーションシップは人々が予想するよりもずっと強いものだった。我々は一緒に懸命に仕事をして、一緒に挫折した。だが、我々は怒鳴り合うようなことは決してなかった」

  • トロ・ロッソ 「ホンダのF1パワーユニットへの変更は単純作業ではない」

    トロ・ロッソ 「ホンダのF1パワーユニットへの変更は単純作業ではない」

    トロ・ロッソのテクニカルディレクターを務めるジェームス・キーは、2018年にF1パワーユニットをルノーからホンダに載せ替えることは、2つのパワーユニットの設計の違いによって単純な作業ではないと認める。

    ホンダとルノーのパワーユニットはターボが異なる位置に配置されている。そのため、元々ルノーのエンジンを前提に設計されていたトロ・ロッソのマシンにホンダのエンジンを搭載することは簡単な作業ではない。逆を言えば、マクラーレンも同じ難題に直面していることになる。

    「それらは完全に異なる」とジェームス・キーは Autosport にコメント。

    「非常にうまくパッケージ化されたエンジンだ。だが、パワーユニット全体が異なるアーキテクチャとなっている」

    「同じスペースにはめ込むことはできない。それに適応するためいはかなりのレイアウト作業が必要だ」

    ジェームス・キーは、2018年にむけてすでに実際されていたエアロ作業を無駄にしないことが重要だと語る。

    「我々はそのルールに従うことを試みている。クルマはすでに開発プロセスに入っており、空力の表面などの主要なアイテムを乱さないようにするためにあまり多くのエリアをゼロからやり直していない」

    「我々は可能な限りベストな方法でクルマを適応させた。その結果、シャシーデザイン、ギアボックスの動作方法などでまったく異なるアプローチをとることになった」

    「我々はそのコンセプトを持越し、今年のクルマからさらにマシンを発展させている」

    トロ・ロッソは、ギアボックスに関してレッドブル・テクノロジーが製造するインターナルパーツを使用し、ケーシングのみチームで設計。ギアボックスのデザインは前年モデルよりも短い新しいものとなった。

    ギアボックスに関してジェームス・キーは「今年のもと比較して、ホンダのエンジンのためのレイアウトとサイズは異なる。コンセプトは同じだと思うが、アーキテクチャは異なる」とコメント。

    「インターナルのいくつかは引き継がれ、一部は変更され、一部はSTRボックス専用となっている。それ以外は我々が走らせてきたものにかなり近い」

    ジェームス・キーは、トロ・ロッソは一般的に考えられているよりもはるかに多い独自開発を行っていると主張する。

    「人々が考えているよりもトロ・ロッソでは多くのことが行われている。人々はトロ・ロッソのことを知らない。それは本当にフラストレーションが募る」

    「可能な部分をレッドブルと一緒にすることは大きな意味のあることだが、我々は自分たちの風洞があるバイチェスターで独自に空力開発を行っており、完全に独立している。合法でなければならないからね」

    「クルマの全体的な設計はファエンツアで行われている。レッドブル・テクノロジーから来るクルマのパーツは共同設計されたギアボックスのインターナルだけだ」

    トロ・ロッソとホンダのパートナーシップには、ジェームス・キーが述べている通り、レッドブル・テクノロジーを通して親チームのレッドブルも協力しており、2018年、トロ・ロッソは親会社のレッドブルの名前を掲げ「レッドブル・トロロッソ・ホンダ(RED BULL TORO ROSSO HONDA)」のチーム名で参戦することが決定している。

    レッドブルは来シーズン限りでルノーのF1パワーユニットを失うとされており、2019年からホンダのF1パワーユニットを搭載すると予想されている。

  • ブレンドン・ハートレー 「トロロッソ・ホンダで自分の価値を証明したい」

    ブレンドン・ハートレー 「トロロッソ・ホンダで自分の価値を証明したい」

    ブレンドン・ハートレーは、新生トロロッソ・ホンダでF1にフル参戦する2018年に“自分の価値を証明したい”と語る。

    ブレンドン・ハートレー(28歳)は、2017年の第17戦F1アメリカGPでトロ・ロッソから念願のF1デビューを果たしたが、出場した全4戦でパワーユニット交換によるグリッド降格ペナルティを科せられ、ベストリザルトは13位と厳しいデビューイヤーを過ごした。

    初めて走らせるトロ・ロッソ STR12とピレリタイヤに慣れながらの後方での戦いは厳しい戦いだったと認めるブレンドン・ハートレーだが、ポルシェとFIA 世界耐久選手権のタイトルを獲得した経験を生かして、2018年はより力強いスタートを切ることができる感じている。

    「トロ・ロッソとホンダから多くのポジティブなことを聞いている。来年彼らと仕事をするのが待ち切れないし、F1での自分の価値を示せることを願っている」とブレンドン・ハートレーはコメント。

    「もちろん、ポルシェとのプロジェクトが終わったのはとても悲しいことだった。ポルシェは4年前に僕に大きなチャンスを与えてくれた。信じられないような旅だった」

    「僕たち全員が終わってしまったことを悲しく思っているけど、その一方で僕たちは多くのことを達成できたと感じているし、おそらくそのチャプターを終わらせるときだったんだと思う」

    かつてレッドブルのジュニアプログラムを外されたブレンドン・ハートレーだが、今ではドライバーとして“より円熟した”と感じていると語る。

    18歳だった2008年に初めてレッドブルのF1マシンを走らせたブレンドン・ハートレーは、翌年にレッドブルとトロ・ロッソの公式リザーブドライバーに就任したが、並行して参戦したォーミュラ・ルノー3.5で成績が伸び悩んでいた2010年途中にプログラムから外された。

    ブレンドン・ハートレーは、当時は十分な経験がなかったと認める。

    「あの時点では準備ができていなかった」とブレンドン・ハートレーはコメント。

    「あのときの僕と同じような年齢でF1に入ったマックス(フェルスタッペン)のような人たちのことは本当に尊敬するよ」

    「そこには本物のチャンスがあったけど、それが巡ってきたときに僕には必要な経験がまったくなかった。それがあれば助けになっていたかもしれないけどね。僕はボロボロだった」

    「それから多くのことを学んだし、今では18歳のときよりもずっと円熟したドライバーになったと感じている」

    「タイミングは完璧だったし、改善し続けていると思う。厳しい時間だったけど、僕にとってそこから学ぶことも重要だった」

  • ホンダF1 「マクラーレンとのプロジェクトが終わって安堵している」

    ホンダF1 「マクラーレンとのプロジェクトが終わって安堵している」

    ホンダでF1プロジェクト総責任者を務めた長谷川祐介は、マクラーレンとのパートナーシップが終わって安堵していると述べた。

    マクラーレンは、ホンダとのパートナーシップが3年目を迎えた今年、ホンダが新たに導入したF1パワーユニットの信頼性とパフォーマンス不足にフラストレーションを募らせた。

    最終的にマクラーレンはホンダとのパートナーシップを解消し、2018年からルノーのF1パワーユニットを搭載することを決定。ホンダはトロ・ロッソと新たにパートナーシップを結ぶことになった。

    2018年のトロ・ロッソとのパートナーシップに向けて、ホンダはF1の運営体制を変更。これまで技術開発とレース現場指揮監督の責任を担ってきたF1プロジェクト総責任者のポジションを廃止し、現場の指揮に専念するテクニカル・ディレクターを新たに設置。過去にF1やインディで手腕を発揮してきた田辺豊治が初代テクニカル・ディレクターに就任し、長谷川祐介はF1プロジェクトを離れることになった。

    そのニュースが発表される直前、長谷川祐介は AUtosport の取材に応じていた。

    長谷川祐介は、マクラーレンとのタイアップが終了したことに“安堵を感じている”し、“来年に集中できるのは嬉しいことです”と語っていた。

    「信じてもらえないかもしれませんが、我々(マクラーレンとホンダ)に人間面の問題はなかったと思っています」

    「新鮮なスタートだとは感じていません。とにかく今はエンジンをより良くすることに集中できるかは我々次第です。その点では何も変わりはありません。我々はまだ内部と外部から大きなプレッシャーがあります」

    「トロ・ロッソと仕事をすることにかなり自信を感じています。刺激的です。新しい挑戦です。異なるグループとより多くの情報を持ち、新たな関係を築いていくことは非常にエキサイティングなことです」

    「しかし、常に言ってきたように、我々はエンジンコンセプトを変更する計画はありませんし、その点で言えば、我々はすでに来年のエンジン開発を開始しています。開発グループにとっては実際には大きな違いはありません」

    長谷川祐介は、マクラーレン・ホンダのパートナーシップを継続できないのは残念だが、今のホンダの焦点は評判を上げていくことだと述べた。

    「もちろん、彼らが来年異なるエンジンを選ぶことに決めたのは残念です。ですが、彼らにとってこれは戦略の一部であり、我々はそれを尊重する必要があります」

    「彼らや他のチームが将来我々を選びたくなるように我々は競争力なマニュファクチャラーになる必要があります」

  • トロ・ロッソ 「ホンダF1との作業はスケジュール通り」

    トロ・ロッソ 「ホンダF1との作業はスケジュール通り」

    トロ・ロッソのチーム代表フランツ・トストは、2018年からパートナーとなるホンダとすでに緊密な関係を築いており、作業はスケジュール通りに進行していると語った。

    トロ・ロッソは、今シーズン終盤に信頼性トラブルに苦しめられ、パーツ供給において論争にまで発展したルノーとの関係を終え、2018年からはホンダと新たなパートナーシップをスタートさせる。

    ホンダとの作業についてフランツ・トストは「スケジュール通りに進んでいる」とF1公式サイトのインタビューで語った。

    「もちろん、我々は毎日ビデオ会議を行っている。そうだね、すでに非常に緊密に協力している」

    「とても満足している。我々はF1での彼らの唯一のパートナーだ。私はすでにモノコックのデザインを目にしている。我々は独自のアイデアを考えていくことができるし、他が彼ら自身のために計画したものを取り入れなくてもいい。それは大きなアドバンテージだ」

    「我々は唯一のパートナーなので、シーズン全体を通して十分なパワーユニットとパーツを得ることができるしね! エンジンメーカーの“ベンチマーク”になることは素晴らしことだ」

    トロ・ロッソとホンダのワークス体制には親チームであるレッドブルも協力しており、は2018年にレッドブルの名を冠した『レッドブル・トロロッソ・ホンダ』として新たなスタートを切る。

    レッドブルは2018年からルノーのF1パワーユニットを失い、ホンダのパワーユニットを搭載するとの噂もある。

    レッドブルの状況について質問されたフランツ・トストは「彼らは非常に近くで見ている。彼らが2019年以降のエンジンに関してどのような計画を立てるかは、レッドブル・レーシングが決めることだ」と述べた

    ホンダは、2018年のトロ・ロッソへのF1パワーユニット供給に向けてF1の運営体制を変更。これまで機能していなかった技術開発とレース現場指揮監督の責任を担うF1プロジェクト総責任者というポジションを廃止し、現場の指揮に専念するテクニカル・ディレクターを新たに設置。今年までF1プロジェクト総責任者を務めてきた長谷川祐介はプロジェクトから外れ、初代テクニカル・ディレクターには田辺豊治が就任する。

  • ピエール・ガスリー 「2018年はホンダと多くのポイントを獲得したい」

    ピエール・ガスリー 「2018年はホンダと多くのポイントを獲得したい」

    ピエール・ガスリーは、ホンダの2018年F1エンジンによってトロ・ロッソが定期的にポイントを獲得できることを期待していると語る。

    2015年にマクラーレンのワークスパートナーとしてF1に復帰したホンダだが、信頼性とパフォーマンス不足に苦しみ、今シーズンをもって3年間のマクラーレンとのパートナーシップを解消することになった。

    ホンダは2018年もF1にとどまり、レッドブルのジュニアチームであるトロ・ロッソにF1パワーユニットを供給する。

    2018年のトロ・ロッソ・ホンダのドライバーを務めることが決定しているピエール・ガスリーは「ほぼ毎週末ポイントを争えるポテンシャルがあることを願っている」と Ouest-France にコメント。

    「でも、ホンダの到着によって多くのことが変わるし、今はまだシーズン中のポテンシャルを知るのは難しい。2月のテストまで待たなければならないだろう」

    また、フランス出身のピエール・ガスリーは、2018年にF1フランスGPがカレンダーに復帰するのを楽しみにしていると語る。

    「F1でホームグランプリがあることは素晴らしいことだ。3人のフランス人ドライバーとモナコ出身のドライバーがいるしね」とピエール・ガスリーはコメント。

    「アラン・プロストやジャン・アレジと話をする機会があったけど、彼らはとても特別な瞬間を味わえると言っていた。1年で一度しかないことだからとね」

    ホンダは、2018年のトロ・ロッソへのF1パワーユニット供給に向けてF1の運営体制を変更。これまで機能していなかった技術開発とレース現場指揮監督の責任を担うF1プロジェクト総責任者というポジションを廃止し、現場の指揮に専念するテクニカル・ディレクターを新たに設置。今年までF1プロジェクト総責任者を務めてきた長谷川祐介はプロジェクトから外れ、初代テクニカル・ディレクターには田辺豊治が就任する。 エンジン開発では第2期を支えた浅木泰昭が指揮をとる。

    関連:トロ・ロッソ 「ホンダF1との作業はスケジュール通り」

  • ピエール・ガスリー、GP2初優勝直前に悲惨な交通事故

    ピエール・ガスリー、GP2初優勝直前に悲惨な交通事故

    ピエール・ガスリーは、2016年にF1ドライバーという夢を奪われたかもしれないほどの大きな自動車事故に遭っていた。

    ピエール・ガスリーは2016年にGP2のタイトルを獲得。翌2017年は日本でスーパーフォーミュラに参戦していた途中にF1マレーシアGPでトロロッソでF1デビューを果たし、2018年はトロロッソ・ホンダでF1フル参戦することが決定している。

    「F1に到達するために全力を尽くしてきた。長く険しい道だったし、20名のドライバーしかチャンスを得られないことはわかっていたけど、自分は実現できると確信していた」とピエール・ガスリーは Formule 1 のインタビューでコメント。

    2016年の夏にシルバーストンで開催されたGP2のレースに出場するためにピエール・ガスリーは、両親やトレーナーと一緒に車でサーキットで向かっている途中、前を走る車の運転手の不注意により大きな交通事故に遭っていた。

    ピエール・ガスリーは、その自動車事故がどれくらい悲惨な状況だったかを明かしている。

    「僕は後部座席の真ん中に座っていて、母親が僕の左側に座っていたんだ」とピエール・ガスリーは事故当時のことを振り返る。

    「僕たちの車は衝突して、4回転して道路の50m先で逆さまの状態で止まった。周りは血だらけだった。いたるところに血が飛び散っているのが見えた」

    「母親が死んでしまうのではないかと思った。母は呼吸が困難な状況になっていて、僕もそうだったけど、本当に怖がっていた」

    この事故により、同乗していた家族やトレーナーは入院。ピエール・ガスリーも負傷を負っていたが、レースに出場してフィーチャーレースでGP2初優勝を飾り、勝利を入院中の母親に捧げた。

    ピエール・ガスリーの母親はその後3カ月あまりも退院できなかったが、2016年の最終戦アブダビには息子の応援に訪れ、勝利の瞬間に立ち会った。