カテゴリー: ホンダF1

  • レッドブルF1代表 「2021年の筋書きはハリウッド映画の脚本家でも書けない」

    レッドブルF1代表 「2021年の筋書きはハリウッド映画の脚本家でも書けない」

    レッドブルF1のチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーは、2021年F1シーズンの劇的なストーリーは“ハリウッド映画の脚本家”でも思いつかないだろうと語る。

    マックス・フェルスタッペンとルイス・ハミルトンは同ポイントで最終戦F1アブダビGPを迎えるという47年ぶりの大接戦となった。予選ではフェルスタッペンがポールポジションを獲得したが、決勝ではハミルトンがレースの大部分でリードした。

    しかし、終了間際に出たセーフティカー、物議を醸すレースディレクターの判断、ファイナルラップのリスタートによって、マックス・フェルスタッペンはルイス・ハミルトンをオーバーテイクをして自身初のF1タイトルを獲得。ホンダF1のラストイヤーでもタイトル争いは、まさに“最後の数コーナー”まで続いた。

    それ以外にもコース内外でドラマに満ちたシーズンだった。ルイス・ハミルトンとマックス・フェルスタッペンは、シルバーストンとモンツァで衝突事故を起こし、ブラジルとサウジアラビアではコース外まで使ったホイール・トゥ・ホイールの攻防を繰り広げ、その裁定が議論を呼んだ。

    F1は、テレビ視聴者数の点でも強力なシーズンを過ごし、これまで弱かったアメリカでのレースに3日間にわたって40万人がサーキット・オブ・ジ・アメリカズを訪れたことを含め、サーキットへの来場者数で増加し、冬休みにチェイス・キャリーからF1のCEO兼会長を引き継いだステファノ・ドメニカリの下でF1は活況を呈した。

    クリスチャン・ホーナーは、ステファノ・ドメニカリが今年「興奮、レース、そして、彼が担当したドラマによって、レッドブルを巨大なクリスマスハンパーを購入する必要がある」と冗談交じりに語った。

    「ドライバーが同ポイントで最終戦を迎えたのは47年ぶりだ。ハリウッドの脚本家でさえ、今年の一部始終を思い付くことはできなかったと思う。そして、我々が目にしたF1人気は天井知らずに上昇した」

    「彼はおそらく今年のフィナーレとして世界最大のスポーツイベントを開催した。そして、我々がこのスポーツに歓迎した新しいファンの数は、驚異的だ」

    フェラーリF1のチーム代表であるマッティア・ビノットは、フェラーリF1の元同僚であるステファノ・ドメニカリとF1のオーナーであるリバティメディアがF1のリーチを拡大するために行った仕事を称賛した。

    「彼はとてもうまくやっている」とマッティア・ビノットは語った。

    「リバティメディアも非常に好調だと思う。リバティメディアが初めて以来、彼らはショーを大幅に改善し、テレビ放送だけでなく、ソーシャルメディアなどの面でもファンにショーを提示する方法を改善してきた」

    「我々がコミュニケーションのレベルとファンとの関わり方を強化したのは確かだ。

    「1年が経ったが、ステファノは非常にうまくいっていると思う。チェイスは素晴らしい仕事をしていたので、チェイスの後で彼がそのレベルを維持するのは簡単ではなかったはずだ」

    「しかし、私はステファノのことを知っており、将来的にも彼は非常にうまくやっていくと確信している」

  • レッドブルF1首脳、敗北を認めたメルセデスF1を称賛「壮大な意思表示」

    レッドブルF1首脳、敗北を認めたメルセデスF1を称賛「壮大な意思表示」

    レッドブルF1のモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコは、F1アブダビGPの結果に対して上訴を進めないことを決定したメルセデスF1を称賛した。

    セーフティカーの処理が物議を醸した最終戦でのマックス・フェルスタッペンの勝利に続いて、メルセデスF1はスチュワードに2つの別々の抗議を提出した。

    1つは、セーフティカーが最終ラップで撤収する前にマックス・フェルスタッペンがルイス・ハミルトンを「追い抜いた」との主張。2つ目は、最後から2周目のラップでのセーフティカーの撤収の処理に関連してたものであり、メルセデスF1は、スチュワードに最終ラップではなく、セーフティカーラップの終わりの結果に基づいて順位を決定するという競技規則を適用ように促した。

    しかし、スチュワードは両方の抗議を棄却。その後、メルセデスF1は上訴を提出するつもりであることを示唆したが、最終期限となった木曜日に上訴を進めないであろうことを発表。マックス・フェルスタッペンが2021年のF1ワールドチャンピオンであることが確定した。

    ヘルムート・マルコは、メルセデスF1が上訴を取り下げるという決定を歓迎し、ルイス・ハミルトンがレースの最後の瞬間にタイトルを失った後、彼らがどのように感じているを理解できることを認める。

    「これはメルセデスの壮大な意思表示であったとしか言えない」とヘルムート・マルコはLa Gazzetta dello Sportに語った。

    「ハミルトンは間違いなく運が悪かったが、我々もシルバーストン、ブダペスト、バクーでそうだった。これがレースというものだ。しかし、失望は理解している」

    F1アブダビでGPのレース最終ラップのセーフティカー期間中に行われた決定は論争となり、手順に変更を加える必要があるかどうかについて多くの議論が行われた。

    FIA(国際自動車連盟)は、ヤス・マリーナ・サーキットで起こったことについて「詳細な分析」が行われることを確認している。

    ヘルムート・マルコは、F1アブダビGPに続いてその役割が精査されているF1のレースディレクターであるマイケル・マシの肩にかかるプレッシャーを軽減すべきだと考えている。

    「新しいFIA会長は、マシを助ける新しいシステムを考え出さなければならないだろう。彼はそれを一人ではできないからだ」とヘルムート・マルコは語った。

    「現時点では、彼の肩に過度のプレッシャーがかかっている。たとえば、チームマネージャーやチームボスがレース中に直通でマシと話せなくなるはずだと思う」

    「さらに、ルールを簡素化する必要がある。我々またはメルセデスのどちらかを不快にさせる決定が多すぎた。判断をより均一にする必要がある」

  • ピエール・ガスリー、GP2時代に経験したスポンサー詐欺を回想

    ピエール・ガスリー、GP2時代に経験したスポンサー詐欺を回想

    アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、GP2時代にスポンサー詐欺の被害者となったことを明らかにした。

    2016年シーズンに先立ち、ピエール・ガスリーは、DAMSから、GP2に初参入したプレマに移籍することを望んでいた。しかし、プレマに加入するには資金が必要だった。

    その結果、ピエール・ガスリーは、潜在的な支援者と連絡を取り合った後、ウガンダへと飛ぶことになった。

    「いくつかスポンサーを見つけなければならなかった。そして、ウガンダへと飛んだ」とピエール・ガスリーはRacingNews365.comに語った。

    「僕を後援したい人に会うことになっていた。プレマで競争するための予算が必要だった。大統領選挙中だったので、国で反乱の危険性が高かった」

    「でも、プレマとレースをしたかったし、お金を探す必要があったので、そこに行くしかなかった…当時は19歳だった」

    「24時間の間に僕たちはチケットを手に入れ、12時間かけてそこに行き、未知の男に会うことにした。でも、彼は現れず、残念ながら、会うことができず、資金を得ることができなかった」

    ピエール・ガスリーは、その出来事は間違いなく学習体験だったことを認める。

    「最初から最後まで、何も期待通りに進まなかったし、本当の冒険だったと言わなければならない」とピエール・ガスリーは語った。

    「母と一緒にそこに行ったけど、もうヨーロッパには戻れないかもしれないと思った」

    「実際、そこに住んでいる人々の貧困と状況を目にしたのは、ある意味でショッキングだった。僕たちは貧民街を経験した。そして、それは世界のいくつかの場所がどうなっているのか、貧困がそういった人たちにどのような影響を与えているかを理解させられた」

    「何もお金を得ずに帰ってきた。実際に飛行機の切符代を失ったけど、それは良い人生の教訓だった」

  • レッドブルF1首脳 「セルジオ・ペレスとの契約は正しい決断だった」

    レッドブルF1首脳 「セルジオ・ペレスとの契約は正しい決断だった」

    レッドブルF1のモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコは、セルジオ・ペレスはチームが彼と契約することが“正しい決断”だったことを証明したと考えている。

    今年、レッドブル・ホンダF1に加入したセルジオ・ペレスだが、予選ではほぼ毎週末でマックス・フェルスタッペンが優位に立っていた。だが、レースでは持ち前の粘りず良い走りを見せ、フェルスタッペンを援護射撃。

    F1アゼルバイジャンGPでレッドブル・ホンダF1移籍後初勝利を収めたセルジオ・ペレスは、シーズン後半にチームに感銘を与えるパフォーマンスを見せて2022年の契約を獲得した。

    ヘルムート・マルコは、F1アブダビGPでルイス・ハミルトンを抑えたセルジオ・ペレスの仕事を称賛。これにより、マックス・フェルスタッペンはハミルトンとの差を縮め、結果的にファイナルラップでの逆転劇に繋がった。

    「チェコには浮き沈みがあった」とヘルムート・マルコはFormel1.deに語った。

    「弱点の1つは予選だった。8番目、9番目、または11番目からのスタートでは、マックスをサポートできるようになるまでに時間がかかりすぎる。つまり、アンダーカットの可能性がなくなってしまう」

    「しかし、アブダビで彼は理想的な仕事をしたし、マックスがこの勝利を得ることを大いに助けた。彼がハミルトンを抑え、ペレスを抜くのに長い時間がかかったトルコでの同様の状況も覚えている」

    セルジオ・ペレスがアレクサンダー・アルボンの後任として確認される前、彼もしくはニコ・ヒュルケンベルグがシーズン終了後にアルボンのポジションを獲得する可能性があるという話が渦巻いていた。

    ヘルムート・マルコは、ニコ・ヒュルケンベルグにもレッドブルF1でシートを獲得する可能性があったことを認め、当時、セルジオ・ペレスの予選パフォーマンスは基準に達していなかったと認める。

    とは言え、ヘルムート・マルコは、セルジオ・ペレスをマックス・フェルスタッペンのパートナーに選んだことは成功だったと感じている。

    「ヒュルケンベルグをマシンに乗せたわけではないので、言うのは難しいです。しかし、ペレスはすべてが彼にとって正しいとき、信じられないほどの経験を持っていることを示した、そして、多くのレースでマックスで運転した」

    「スタートポジションが悪かったため、それが効果を発揮したが、全体としては正しい決断だった」

  • ホンダF1 山本雅史MD 「心残りは叶わぬ夢となってしまった鈴鹿への凱旋」

    ホンダF1 山本雅史MD 「心残りは叶わぬ夢となってしまった鈴鹿への凱旋」

    ホンダF1のマネージングディレクターを務める山本雅史が、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング・ホンダ)のF1ワールドチャンピオン獲得で幕を閉じた7年間のホンダF1活動について振り返った。

    2015年にマクラーレンのワークスパートナーとしてF1復帰したホンダF1は、2021年のF1アブダビGPでのラストレースでタイトルを獲得して、7年、141戦の第4期のF1活動に終止符を打った。

    「ご存じの通り、ホンダのF1への参戦は、12月12日に行われたアブダビでのシーズン最終戦をもって終了となりました。劇的なレース展開の中で、最後の最後にマックス(・フェルスタッペン/レッドブル・レーシング・ホンダ)がドライバーズチャンピオンシップを獲得するという素晴らしいエンディングを迎えることができました」と山本雅史はHonda Racing F1のコラムに綴った。

    「歓喜とともに、これまでに経験してきた数々のことが思い出されて、言葉では表現できないような気持ちになりましたが、一生忘れることのできない一夜になりました」

    「そこから2週間以上が経過した現在は、その喜びとともに、『すべて終わってしまったんだな』という寂しさと、最後に目標を達成できたという満足感が入り混じったような気持ちです」

    7年間、141戦。前を向いて戦い続けました
    ホンダは、高度なハイブリッド技術を使用した新パワーユニット(PU)レギュレーションの導入に伴い、2015年からPUサプライヤーとしてF1に復帰し、トータルで7シーズン、141グランプリを戦ってきました。

    141戦を振り返ると、本当にいろいろなことがありました。ほかのライバルに比べると短い開発期間だったこともあり、参戦当初のマクラーレンとのパートナーシップ時には非常に苦戦し、どん底と呼べるような時期も味わってきました。この当時のことをよく質問されますし、今考えても、私自身も、そしてエンジニアたちも非常に苦しい時間を過ごしてきましたが、一方でこのときに学んだ多くのことがベースになって、今回のチャンピオンシップ獲得にまで至っていると思っています。

    マクラーレン・ホンダという偉大な名の下で開始したプロジェクトでしたので、皆さんだけでなく我々もマクラーレンも、大きな成功を夢見ていました。その名前の大きさゆえ、互いに『ホンダならできる』『マクラーレンならできる』といった形で、双方の実力を信頼しすぎた、リスペクトしすぎた部分があり、それゆえ前進していくための十分なコミュニケーションが足りていなかったのではないかというのが、プロジェクトがうまくいかなかったことに対する私の実感です。

    ホンダとしても技術的な面で準備不足な点が多くあり、そのためにドライバーやチームに多くの迷惑をかけたことも事実です。もう少し上手くできた部分があったのかもしれないとも思いますが、そういった中でもホンダらしいなと感じるのは、苦しい状況にもかかわらずエンジニアたちが前を向き、失敗から多くのことを学んだ上で、その後様々な技術的なブレイクスルーを果たし、世界のトップにまでたどり着いた点です。彼らの成し遂げてきたことを思うと非常に誇らしく、そして胸が熱くなります。

    どん底の中で『高速燃焼』に光を見出した
    私がインタビューで最も苦しかった時期は?と聞かれると、迷うことなく『MGU-Hのトラブルが続いた2017年の第2戦バーレーンGP、そしてその後から夏まで続いたマクラーレンとの離婚協議』と答えます。

    ただ、実はエンジニアリングの観点では、その年の夏あたりには、ホンダのPU躍進のコアとなった燃焼技術『高速燃焼』の手がかりのようなものが見つかっていました。高速燃焼は、偶然の中から生まれたごくわずかなデータの変化をエンジニアが見逃さず、それをきっかけに研究開発が始まりました。事象を発見した後にも、じゃじゃ馬のように扱うことが難しい燃焼でしたので、一筋縄ではいきませんでしたが、浅木(PU開発責任者)の指示の下、数々の試行錯誤と高度な制御によって手なずけ、2018年の後半にはレースで実用できるまでに至りました。

    PUそのものも、その燃焼技術を生かすために毎年変更を重ね、21年シーズンには、エンジニアたちの尽力により当初予定を大きく前倒して”新骨格”と呼ばれる新しいモデルを投入しました。ほかにも、トラブルが続出していたMGU-HをHondaJetのエンジン開発陣の力により改良して問題を解決したり、二輪部門のシリンダーコーティング技術を使用して耐熱・耐摩耗性能を向上したりと、HRD-SakuraとHRD-UKを中心に、オールホンダとして様々な知見と技術を投入してここまで来ることができました。

    トラックサイドでも、田辺テクニカルディレクターを中心に、ファクトリーから届いたPUの信頼性とパフォーマンスを最大限に引き出すべく尽力し、2チーム、4台のマシンに戦闘力を与えてきました。

    言葉で言うのは簡単ですが、この裏にはエンジニア・メカニックたちの膨大な量の努力と研鑽が存在しています。かかわってきたメンバーのひとりひとりの貢献がここまでの進化を支えてきましたし、ホンダの意地を見せるとともに、技術力の高さを証明することができたと感じています。

    ともに戦ってくれた仲間への感謝
    もちろん、ここまで来られたのは、我々の力だけによるものではありません。

    2017年に『ホンダならできる』という言葉とともに、私たちを信じて迎え入れてくれたてくれたフランツ(・トスト/アルファタウリ代表)、パートナーシップ締結時から『ホンダと一緒にチャンピオンを獲るんだ』と言い続け、その夢を一緒に叶えたヘルムート(・マルコ/レッドブルモータースポーツアドバイザー)とクリスティアン(・ホーナー/レッドブル代表)。

    我々にいくつもの忘れられない勝利と栄冠、そして勇気を与えてくれたマックス、そのマックスをサポートして自らも勝利したセルジオ(・ペレス)、スーパーフォーミュラ時代からホンダと苦楽を共にしてきたピエール(・ガスリー)、最終年に間に合わせるかのようにデビューを果たし、今後の日本人ドライバーとしての希望を与えてくれた角田選手。

    ホンダとともに大きな夢を抱き、多くの困難に立ち向かってくれたフェルナンド(・アロンソ)とジェンソン(・バトン)や、そのほかの一緒に仕事をしてきたすべてのドライバー、レッドブル・レーシング、スクーデリア・アルファタウリ、マクラーレン・レーシングのチームのメンバーなど、言い出すと本当にきりがないのですが、ともかく、ここまで本当に多くの仲間たちに支えられてきました。

    そして、その仲間たち情熱とともに今のホンダF1を築き、夢を叶えてきました。誰一人を欠いても今日のホンダF1に至ることはなかったと思っています。

    信じて支えてくれたファンの皆さまへ
    なにより、もっとも感謝をしたいのは、いいときも悪いときも熱い声援とともに我々を支えてくれたファンの皆さまです。先が見えない状況で、くじけてしまいそうなときでも、皆さんの強い後押しにより前を向くことができたメンバーは、私一人ではありませんでした。

    皆さんと一緒に『The Power of Dreams』を体現するんだという思いとともに、いつもレースを戦ってきたので、少しでも多くの皆さんと、勝利の喜びや負ける悔しさを共有し、『いつか世界の頂点に立つんだ』という夢を見ることができたのであれば、これ以上うれしいことはありません。

    このチャレンジが皆さまの記憶に残り、今後、皆さま自身が夢に向かってチャレンジする際に、少しでも勇気を与えるようなことがあるのであれば、それは私たちホンダにとっては一つの成功であると言えるのかもしれません。

    何かやり残したことはあるか?と聞かれたら、コンストラクターズチャンピオンシップの獲得とともに、今年・昨年と鈴鹿でレースができなかったことを挙げると思います。

    我々のホームコースで、レッドブルとアルファタウリが大声援を受けて走る姿をこの目で見たかったですし、Hondaのパワーユニットで走るドライバーが表彰台の真ん中に立つ姿を、皆さんに見せたかった。そして最後に皆さんの前できちんと挨拶をして、自分の声でありがとうと伝えたかったのですが、それらが叶わなかったことは本当に悔しく、心残りです。

    Hondaの鈴鹿への凱旋は、叶わぬ夢となってしまいましたが、来年もマックスや角田選手、セルジオやピエールは出場しますので、ぜひとも彼らに対して大きな声援を送っていただければうれしいなと思います。

    冒険を終えて
    我々のF1での冒険は、残念ながら今シーズンをもって終了しました。ここからHondaは、F1で培った技術力や人材の力を用いて、カーボンニュートラルに対する取り組みという、新たなチャレンジに向かうことになります。また、F1でもレッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリが、我々が開発したPUの使用を続けていきます。

    このような形でのF1プロジェクト終了について、いろいろな声があることは承知していますし、私やほかのメンバーも悔しく、かつ残念な想いを持っています。とはいえ、Hondaですので、またいつか『F1をやりたい』という声が若いエンジニアたちから上がってくる日が来るのではと思いますし、カーボンニュートラルへの取り組みに目途がついた際には、またHondaのロゴをつけて走るマシンをF1で見られる日が来るといいなと、一人のHondaのファン、F1ファンとして楽しみにしています。

    その際には私はきっと皆さんと一緒にファンとして応援することになると思うのですが、そんな日が来ることを心待ちにしながら、筆を置きたいと思います。

    最後になりますが、改めて、HondaのF1プロジェクトに関わり、応援してきてくれたすべての皆さまに、この場を借りて感謝の言葉を送ります。皆さんと一緒に冒険ができて、とても楽しかったです。本当にありがとうございました。

  • フェルスタッペン 「F1イギリスGPの事故がなければ王座は早期に決まった」

    フェルスタッペン 「F1イギリスGPの事故がなければ王座は早期に決まった」

    レッドブル・ホンダF1のマックス・フェルスタッペンは、F1イギリスGPでの大クラッシュがなければ、タイトル争いが最終戦までもつれこむことはなかったと感じている。

    マックス・フェルスタッペンは、最後戦のファイナルラップで自身初のF1ドライバーズタイトルを獲得した。新品ソフトでのリスタートで、ルイス・ハミルトンの8回目のF1ワールドチャンピオン獲得を阻止した。

    シーズンの大部分において、マックス・フェルスタッペンは、ドライバーズチャンピオンシップの首位に立っていたが、いくつかの重要な瞬間がフェルスタッペンとハミルトンをバトル圏内に戻した。

    レッドブルF1のチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーは、タイトル争いにおけるいくつかの決定的な瞬間を挙げた。まずはマックス・フェルスタッペンがレースをリードしているときにタイヤのパンクに見舞われた第6戦アゼルバイジャンGPを選んだ。

    ルイス・ハミルトンは、インシデント後のリスタートで“ブレーキマジック”の誤操作でランオフに直進し、セルジオ・ペレスが勝利を手にした。

    また、クリスチャン・ホーナーは、シルバーストンでのF1イギリスGPを「重要な瞬間」として選んだ。マックス・フェルスタッペンとルイス・ハミルトンはオープニングラップでコプスで衝突し、フェルスタッペンをバリアに突っ込んで、51Gのインパクトを記録した。

    「いくつかの大きな瞬間があった」とクリスチャン・ホーナーはGPFansに語った。

    「フランスとオーストリアのダブルヘッダーでの勝利、連勝が重要だった。その後、我々がアゼルバイジャンのような挽回しなければならない瞬間があった」

    「強力な挽回が重要だった。そして、マックスはそれをした。それからシルバーストンは重要な瞬間だった。再び彼はそれからどのように挽回したかが重要だった」

    マックス・フェルスタッペンは、クリスチャン・ホーナーに同意し、最もタイトル獲得の足枷となったレースにシルバーストーンを挙げた。

    その事件がなければ、マックス・フェルスタッペンは最終戦までタイトル争いがもつれ込むことはなかったと考えている。

    「クリスチャンと同じだ。シルバーストーンでタイヤウォールに頭突きをするのは素晴らしいことではなかった」とマックス・フェルスタッペンはシーズンの重要な瞬間について語った。

    「重要な瞬間だった。そうでなければ、はるかに早く決定していただろう」

    「特にシーズン終盤に、予想外の数勝、ポールポジション、さらにはファステストラップで追加ポイントを獲得できた」

    「僕たちのようにチャンピオンシップの戦いをしている場合、そういったことが実際に重要だ」

  • レッドブルF1代表 「ドライバーズタイトルの名声は何物にも代えがたい」

    レッドブルF1代表 「ドライバーズタイトルの名声は何物にも代えがたい」

    レッドブル・ホンダF1は、2021年に両方のチャンピオンシップに勝つチャンスがあったが、チーム代表のクリスチャン・ホーナーは、最もチームが望んでいたのはドライバーズタイトルだと語る。

    マックス・フェルスタッペンは、ルイス・ハミルトンを破って自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得。2013年以来、初めてメルセデスF1以外のドライバーがリャンピオンシップを制した。

    シーズンの様々な時点でレッドブル・ホンダF1には両方のタイトルを獲得できる可能性があるように見えたが、終盤にメルセデスF1は巻き返しを見せ、コンストラクターズタイトル8連覇という偉業を達成することになった。

    しかし、レッドブルF1のチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーは、どちらかを選択できたとしたら、自分の視点から見てコインは正しい側を向いて着地したと感じている。

    「お金が支払われるのはコンストラクターズだ。チャンピオンシップのパフォーマンスに基づいて、スポーツにもたらされた収益が分配されるのはコンストラクターズだ」とクリスチャン・ホーナーは語った。

    「我々のチーム内のすべての従業員、そして、おそらく、ほとんどのチームの従業員は、ドライバーズではなくコンストラクターズチャンピオンシップでどこにいるかで報われると思う」

    「しかし、ドライバーズには明らかに人気と名声がある。我々のビジネス内で、このドライバーズチャンピオンシップとコンストラクターズをトレードしたがる従業員は1人もいないと思う」

    「マックスがファクトリーを訪れたときの反応を見れば、誰もが彼が達成したことをとても誇りに思っている」

    「もちろん、その収益分配のためにコンストラクターは非常に重要だ。たとえば、1位と2位の差は数百万ドルという話になる

    「だが、ドライバーズチャンピオンシップの名声は大きい。本当に欲しいのはそれだ。そして、それこそが達成するに大きな意味がある理由だ」

    メルセデスF1の支配時代がどれだけ続いたかを考れば、セバスチャンベッテルは、2010~13年の4年連続でチャンピオンを獲得したレッドブルは成功の見知らぬ人ではないが、マックス・フェルスタッペンのタイトルは特に特別だと感じているとクリスチャン・ホーナーは語る。

    「これは最初のタイトルと同じくらい特別な感じがする」とクリスチャン・ホーナーは語った。

    「このタイトルの激しさと競争力は常軌を逸していたと思う」

    「ルイスとメルセデスチームの両方というライバルのクオリティに対峙することで、我々は自分たちができると考えていた以上の力を発揮できたかもしれない」

    「ハイブリッド時代の間、メルセデスがすべてを支配し、ライバるを全滅させてきたことが、それをさらにやりがいのあるものにさせたと思う。そして、我々はついに競争力のあるマシンを生み出すことができ、マックスは両手でそれを掴んだ」

    「モータースポーツで提供されている最大のタイトルでトップに立つことは、我々にとって非常に誇りに思う瞬間だ。そして明らかに、我々はマックスが達成したことを非常に誇りに思っている」

  • アルファタウリF1の角田裕毅がルーキーシーズンに学んだ2つの最大の教訓

    アルファタウリF1の角田裕毅がルーキーシーズンに学んだ2つの最大の教訓

    アルファタウリ・ホンダF1の角田裕毅は、ルーキーシーズンとなった2021年のF1世界選手権で学んだ重要な教訓を明らかにした。

    7年ぶりの日本人F1ドライバーとしてデビューを果たした角田裕毅は、2021年シーズンを通して浮き沈みを経験した。開幕戦F1バーレーンGPで9位入賞を果たした角田だが、その後、一連のクラッシュとノーポイントフィニッシュが続いた。

    コース外でも論争を巻き起こした。F1スペインGPの予選16位で予選を通過した角田裕毅は、12位で終えたアルファタウリ・ホンダF1のチームメイトであるピエール・ガスリーと異なるマシンを与えられる諭旨の発言をして、後に謝罪した。

    不安定なフォームを受けて、レッドブルF1は、角田裕毅を英国からイギリスに転居させ、チーム代表のフランツ・トストに再教育を託した。結果として、角田裕毅はシーズン後半に調子を取り戻し、転居は報われた。

    角田裕毅は、週末のレースに臨む際の自信の重要性を知ったと感じており、また、いくつかの重要なオフトラックの問題にも気づいたと認める。

    ルーキーイヤーの最大の教訓について質問された角田裕毅は「ドライビングに関して、自信を持つことだと言えます」と角田裕毅はRacingNews365.comに語った。

    「どのようにアプローチするか、どのように進歩するかなど、レースウィークに関連する自信ですね。たくさんのこと、特にそれらの部分を学びました」

    「ソーシャルメディアのことも学びました! もちろん、僕が学んだことはたくさんあったと思いますが、それら2つが、今年僕が学んだ最大のトピックでした。」

    波乱に満ちた2021年に続き、角田裕毅は冬休み中に日本に帰国する予定となっている。シーズン開幕前から初めての帰国となる。

    「久しぶりです。日本食と友達がとても恋しいです」

    「帰国は嬉しいですが、日本では先月よりも新型コロナウイルスの制限が少し厳しくなっているので、多くの検疫があるかもしれません」

    「簡単なことではありませんが、それでも楽しみです。できるだけ休んで、来年もフレッシュなフィーリングで再開する必要があります」

  • F1特集:角田裕毅のキャリアを支えたキーパーソンが語る(2)ミスを恐れず

    F1特集:角田裕毅のキャリアを支えたキーパーソンが語る(2)ミスを恐れず

    F1公式サイトが角田裕毅を特集。『The rise of Japanese racing sensation Yuki Tsunoda』と題して、キャリアを支えたキーパーソンが語った。

    今年、7年ぶりのF1ドライバーとしてアルファタウリ・ホンダでF1デビューを果たした角田裕毅。デビュー戦でポイントを獲得して以来、スランプに陥ったが、終盤戦は自信を取り戻し、最終戦F1アブダビGPでは自己ベストとなる4位入賞を果たしてシーズンを締めくくった。

    F1公式サイトが、角田裕毅がこれまでのキャリアを通して働いた人々、そして、角田裕毅にインタビューを敢行した第2弾。
    F1特集:角田裕毅のキャリアを支えた重要人物が語る(1)F1への道筋

    角田裕毅はミスを恐れない。常に速く走りたいと考えており、ミスをしながら学び、成功を収めてきた。ジュニアカテゴリーではそれでよかったが、F1では、ミスをしたり、バリアにクラッシュしたり、スピンしたりするたびに、世界の目が彼に向けられる。すべてのミスは大きく報じられ、精査されるため、プレッシャーが高まる。

    FIA-F3時代の所属チームであるイエンツァー・モータースポーツの創設者アンドレアス・イェンツァーは「裕毅は自分で物事を学ぶ。彼がミスを犯した場合、彼はそれがミスであったことを知っている」と語る。

    「エンジニアは彼に『ブレーキを遅らせる必要があり、早くエイペックスにつく必要がある』と言う必要はない。裕毅が必要とするのは、マシンの外で物事を整理するのを手伝うことだけだ。たとえば、彼が適切な食事を摂っている、水分補給、トレーニングなどだ。だが、ドライバーとしてのシーズンでは、物事がどのように機能し、ピレリタイヤがどのように機能しているかを説明するだけだった。それ以外は、彼は火傷を負ってでも、自分自身を学びたいと思っていた」

    「彼がミスを犯したとき、ミスをした自分自身にとてもイライラすrので、彼をかなり長い間放っておく必要がある。あるブリーフィングを覚えている。マシンがポールを獲得できなかったとき、私は彼に我々は5番手で満足していると言った。我々がブリーフィングを離れたとき、彼は私についてきた、そして、彼は私を引き留めて『アンドレアス、二度と5番手に満足していると僕に言わないでください。5番手や8番手に満足しているなどと言う必要はありません。あなたは僕にポールにいる必要があり、1番手になる必要があるとだけ言っていればいい、勝つために僕が一番になるようにプッシュする必要があ』と言ってきた」

    「彼は3番手または5番手には満足しなかった。彼は勝ちたかった。彼が怒っているとき、ほとんどの場合、自分がすべきだと思っていた方法でパフォーマンスできなかった自分自身に腹を立てていた」

    FIA-F2時代の所属チームであるカーリンの創設者トレバー・カーリンは「裕毅の最大の特徴は、彼が非常に自然に才能があることだ」と語る。

    「すべてのマシンには、速く走るための様々なニュアンスと特別なトリックがある。我々のエンジニアは彼が何をする必要があるかを説明した。そして、彼の素晴らしいところは、彼はコースに出てそれをするということだ。彼は指示を非常にうまく適用する。そのようなドライバーがいると、様々なトラックで小さなことを提案し続けることができ、彼が常にそれを行う場合、彼は常に速いことを知っているので、仕事全体がはるかに簡単になる」

    「10回のうち9回は、我々が行ったほとんどのトラックでマシンはかなり良かったので、彼は自分がしていることに集中でき、エンジニアリングについてあまり心配する必要はなかった。彼のアプローチはオール・オア・ナッシングだ。彼はプッシュする。彼は最大の攻撃だ。彼はそれを勝ち取ろうとしているという見方を持ってすべてのレースにアプローチしている。そのアプローチがなければ、間違った仕事をしていることになる」

    だが、F1では予選Q1での1回目のアタックからクラッシュするという場面があった。

    レッドブルF1のチーム代表を務めるヘルムート・マルコは「Q1で常にプッシュすることに意味はない。Q3に進むことができるマシンを持っているとクラッシュするリスクがあると彼に言った」と語る。

    「ポイントは? Q2に進む必要がある。最速である必要はない。彼は、すべてのラップではなく、より技術的で、必要なときに攻撃する必要がある」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーフエンジニアである本橋正充は「F2とは大きく異なり、非常に複雑なF1ステアリングスイッチのしくみを学び始めたとき、彼のユニークな点は、F1について多くのことをすばやく学ぶだけでなく、自分で変更を加えていったことです」と語る。

    「彼は私たちのエンジニアと多くのことを話し、非常に詳細に、良いフィードバックを提供しています。我々は彼がすでに非常に良いレベルにあると思っています」

    角田裕毅は「F3とF2では1年しかレースをしませんでした」と語る。

    「かなりプッシュしましたし、初めてトラックでのレースがたくさんありました。すぐに学びました。F1でも同じことをしています。すべてのセッションから学ぶようにしています。すべてのセッションとすべてのレースウィークで、多くのことを学んでいます。トラックが私にとって新しいときは常に最初から始めなければなりません。でも、ラップごとにディテールごとに改善しているような気がします」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーム代表を務めるフランツ・トストは「裕毅は良い方向に向かっている。彼のドライビングスタイルは現代のドライビングスタイルに属している」と語る。

    「そして、彼は自分が何を望んでいるかを知っている。彼はアンダーステアのマシンがあまり好きではあない。エイペックスで流れてしまうようなマシンが好きではない。彼はマシンのリアをあまり気にしない。彼がこれまでに示したものはすべてポジティブだ。もちろん、彼はクラッシュするべきではない。だが、どんなドライバーにも言っているが、私はそれをクラッシュ期間と呼んでいることだが、クラッシュは学習と開発プロセスの一部だ」

    角田裕毅の特徴のひとつは、チームメイトと非常にうまくやっていける性格が挙げられる。アルファタウリ・ホンダでは、ピエール・ガスリーと素晴らしい関係を築いており、それはF2時代のユアン・ダルバラとのチームメイトとしての関係も成功したものだった。角田裕毅が入ってくると部屋は明るくなる。

    本橋正充:「彼はとてもおしゃべりで、エンジニアととても仲良くしています。彼らの関係は状況によって大きく異なります。彼らは一緒に食事をしたり、一緒に話したりするとき、F1や技術的なことについて、そして、プライベートなことについても多くの会話があります」

    山本雅史:「マシンに乗っていないときは、他の21歳と同じように、ゲームなどの話をしています。しかし、F1や仕事の話になると、彼は非常に真剣になります。彼は成功するために何をしなければならないかを知っています。彼は彼の年齢では非常に成熟していると思います。彼は多くの異なるシリーズを非常に迅速に経験したので、彼が急速に成熟したのは当然のことです」

    ヘルムート・マルコ:「彼は面白い男であり、誰もが彼を好きだ。それは素晴らしいことだが、必要なのは一貫したスピードだ。それが重要だ。彼がF1のピエロにならないようにし、彼が最高のドライバーになることに集中していることを確認する必要がある。彼には大きな可能性があると我々は信じている。オーストリア(第9戦)で、彼はすでに(ダニール)クビアトよりも速かったので、彼を昇進させる決定は正しかった。彼はとても若いです。彼には学ぶべきことがたくさんある」

    トレバー・カーリン「彼の英語は年が進むにつれて上手になり、年末までにはかなり上手になった。当初、彼は少しシャイで静かだったが、それは言葉の壁もあった。シーズン後半までに、エンジニア、メカニック、そしてチーム全体が、裕毅とかなり楽んでいた。全員が仲が良かった。本当に一日中ふざけあっていた」

    角田裕毅:「アルファタウリは最初から自分に合ったチームでした。彼らはイモラでの最初のテストから本当にフレンドリーでした。彼らはいつもおしゃべりです。そして、僕にとって、それはうまくいきます。チームの全員が大好きです。だから、ミスをするとより恥ずかしい思いをします。ミスをそうと『ごめん』と言います。僕の焦点はチームとの関係を構築することです。僕は彼らにふさわしい結果を与える必要があります」

    角田裕毅のデビューシーズンで話題になったことに無線でのコミニュケーションがある。初期のレースでは、エンジニアを罵倒するような暴言を吐き、「落ち着く」ように伝えられるのをよく耳にしたが、後半になるとその頻度が減っていった。

    角田裕毅は、落ち着きを保つことが自分の弱点であると認めている。そのようなシャウトな無線メッセージは、彼のキャリアを通してそれが弱点であった理由を説明している。

    アンドレアス・イェンツァー:「彼のチームラジオは、我々にとって最初は本当に惨事だった。彼は今では少なくとも80%は落ち着いていると思う。酷くなってくると『OK、我々はラジオのプラグを抜く。運転に集中しろ』と言った。我々はいつも、彼の気性は人に向かって叫ぶためではなく、マシンを運転するためにエネルギーを使うべきだと言っていた。彼はラジオで感情的になりすぎて、欲求不満をコントロールするのに苦労した。だが、それは改善した」

    本橋正充:「チームラジオで時々使う言葉はF1への情熱から来ていると思います。もう少しジェントルにした方がいいかもしれません! 彼はいつもそうなわけではなく、バイザーが下がっているときのチームラジオだけです。それ以外のときは、彼はとてもクールです」

    山本雅史:「ラジオは彼の情熱を示しています。彼は自分の感情に非常にまっすぐであり、それは理解できます。しかし、彼はチームを率いる必要のあるドライバーでもあるので、ラジオを聞いたチームメンバーの気持ちを考えなければなりません。私はそれについて彼に話しました。そして、彼はそれを理解したと思います。彼はまだとても若い。経験が必要です」

    ヘルムート・マルコ:「彼の言語はあまり日本的ではない。それは日本で悪い評判を与えている。彼がその意味を知っているかどうかはわからない」

    トレバー・カーリン:「裕毅は怒って欲求不満になるが、すぐに乗り越える。我々が見たそれは最大のこと、そして、F1で少し目にしているのは、彼をブロックしたり、彼を切り刻んだり、コース上でひどく運転をする人々に巻き込まれたときだ。それは本当に彼を苛立たせる、そして、彼はそれをラジオで発散する。その後、他のドライバーについてのチャットがあった。『オーケー、裕毅。我々はそれについてすぐに話をする。集中してくれ』。彼は現在ラジオで見ているようなドラマはあまりなかった」

    角田裕毅:「後悔しています。僕はいつも自分の言うことをコントロールしようとしますが、難しいこともあります。頑張っています。いつも改善したいと思っています」

    フランツ・トスト:「彼に『これは言うな。あなたのイメージに良くない。チームにも良くない。静かにしていろ』と言うことはできる。彼はバイザーを閉じ、マシンの中に座って、問題を抱えている。どんな理由であれ、彼は動揺ている。人々は、これがF1カーであることを理解しなければらない。ドライバーからの攻撃があるに違いない。。ただ転がっているだけではない。彼らはアドレナリンを持っている必要がある。そうでなければパフォーマンスを示すことはできない。私は彼にそれをしないように要求するだろう。彼は自分自身に叫ぶことができる。ラジオのスイッチを入れずにね。それは彼を傷つけ、そしてそれはチームを傷つける」

    Yuki Tsunoda

    角田裕毅のキャリアには、ミスを振りかけながらゆっくりと新しいチャンピオンシップをスタートし、アプローチを引き締めて周囲に適応するというパターンが形成されている。それはF1にも当てはまるようで、イスタンブールとオースティンはターニングポイントとなった。彼はかなり落ち着いており、ラジオで叫ぶようなことは今ではほとんどなくなかった。

    2022年の課題は、レッドブル、ホンダ、そして、日本からの高い期待だけでなく、彼にとってさらに重要なこととして、彼自身の目標を実現する機会を最大限に活用することだ。

  • セルジオ・ペレス 「ホンダのF1エンジンへの対応は追加のハードルだった」

    セルジオ・ペレス 「ホンダのF1エンジンへの対応は追加のハードルだった」

    セルジオ・ペレスは、レッドブル・ホンダF1への移籍における最初のハードルは、ホンダのF1エンジンへの適応だったと語り、仮にマックス・フェルスタッペンがメルセデスF1に移籍すれば、彼であっても同じような問題を抱えるだろうと予想している。

    2018年にダニエル・リカルドがレッドブルを去っていこう、マックス・フェルスタッペンのチームメイトは安定せず、フェウスタッペンには“チームメイトキラー”の異名をとった。

    ピエール・ガスリー、アレクサンダー・アルボンと育成ドライバーを昇格させていたレッドブルだが、2021年に向けては自社のドライバープログラム外に目を向け、ミッドフィールドで高い評価を受け、レーシング・ポイントで最高のシーズンを過ごしながらもシートを失ったセルジオ・ペレスに白羽の矢を立てた。

    初期は改善を果たしたものの、セルジオ・ペレスも中盤は低迷。それでも、シーズン後半は一貫性と優れたペースを取り戻し、最終的にピエール・ガスリーやアレクサンダー・アルボンでは果たせなかったマックス・フェルスタッペンをアシストするという仕事をこなして、レッドブルの期待に応えた。

    レッドブル・ホンダに移籍した当初は、ピエール・ガスリーとアレクサンダー・アルボンが苦戦した理由が理解できると語っていたセルジオ・ペレスだったが、改めてシーズンを振り返れば、そういった問題はレッドブル特有の問題だったとは感じていないと語る。

    そして、彼にマックス・フェルスタッペンがメルセデスF1に移籍していたら、自分がレッドブル・ホンダで経験したものと同じような苦労をしていただろうと考えチエル。

    ホンダF1のエンジンへの切り替えが、レッドブルの初期段階で追加のハードルだったかとして質問されたセルジオ・ペレスは「イエス。ドライバーでさえ、異なるエンジンを走らせる、それを経験することを過小評価していると思う」とコメント。

    「異なるパワーユニットを運転することは完全に異なるタスクだ。ローレーキに対してハイレーキとという完全に哲学が異なるマシンを運転することも完全に異なるタスクだ」

    「物事へのアプローチ方法は非常に異るし、新しいテクニックを学ぶ必要があります。基本的に、僕が以前行っていたことは、ここ(レッドブル)では実際には何も機能しなかった」

    「たとえば、マックスがメルセデスに行った場合も同じだ。それら(マシン)は非常に異なっている」

    「非常によく似たラップタイムを生み出しているけど、ラップタイムを獲得する方法は非常に異なる」