カテゴリー: ジェンソン・バトン

  • ジェンソン・バトン、F1ラストレースはブラウンGP時代のイエローヘルメット

    ジェンソン・バトン、F1ラストレースはブラウンGP時代のイエローヘルメット

    ジェンソン・バトンは、ラストレースとなる今週末のF1アブダビGPを、2009年にブラウンGPでワールドチャンピオンを獲得した際にかぶっていたイエローのカラーリングの特別なヘルメットで臨む。

    2018年にレースシートに復帰する可能性が残っているジェンソン・バトンだが、アブダビGPの木曜記者会見で、もうF1引退を決意しており、今回がラストレースになると表明した。

    「F1でのラストレースだという気持ちでこのグランプリに臨む。だから、パパのためのピンクを少しヒントにして、ワールドチャンピオンを獲得した年の思い出を持ってこようと思ったんだ」とジェンソン・バトンはInstagramにイエローのカラーリングの画像とともに投稿。

    「本当に素晴らしいルックスだと思うし、みんなもそう思ってくれるといいな」

    ヘルメットには The journey is the reward. とメッセージが入れられており、その上にはピンクのラインが入っている。

    『僕たちは夢とともにF1に到着し、思い出とともに去る』

    画像ジェンソン・バトン ラストレース ヘルメット関連:ジェンソン・バトン、F1引退を決意 「今回がラストレース」

  • ジェンソン・バトン、F1引退を決意 「今回がラストレース」

    ジェンソン・バトン、F1引退を決意 「今回がラストレース」

    ジェンソン・バトンは、F1から引退する覚悟で今週末のアブダビGPに臨む。

    ジェンソン・バトンは、来季のシートをストフェル・バンドーンに譲り、2017年はマクラーレン・ホンダのアンバサダーという役割に就く。

    契約では2018年にグリッドに復帰する可能性も残されているが、最近になって復帰への思いが薄れてきたとジェンソン・バトンは打ち明けた。

    「今週末、これがラストレースだと思って臨んでいる」とジェンソン・バトンはFIAの記者会見で語った。

    「それがベストな方法だと思う。これが僕のラストレースだ。今は、これ以上F1でレースをしたいとは思わない」

    ジェンソン・バトンは、F1イタリアGPで契約が発表された時とは気持ちが少し変化したようだ。当時は2018年に双方が望めば、レースへの復帰が可能なのだとロン・デニスが強調していた。

    だが、ジェンソン・バトンは、一切の後悔なくF1を去ることができると述べた。

    「僕はこれがラストレースだと思っているし、他のみんなにもそう思ってほしい。8歳からモータースポーツでレースをしてきたし、ここまで長い道のりだった」

    「F1以前は、全てがF1に行くための努力だった。たくさんの夢を持ってF1に来て、何かを成し遂げたいと考えていた。思い出を持って去ることができるなら幸いだ。僕のF1での17年はまさにそうだ。驚くような思い出、人生を変える思い出がたくさんある。良いものもあれば悪いものもある。ワールドチャンピオンを手に入れたこともとても特別だ」

    「300戦以上のグランプリに出た。僕は自分の成果に満足してF1を離れることができる。そして僕の人生はここから始まる」

    2016 F1アブダビGP 木曜記者会見

  • ジェンソン・バトン 「2017年の開発レースの復活はF1を生き返らせる」

    ジェンソン・バトン 「2017年の開発レースの復活はF1を生き返らせる」

    ジェンソン・バトンは、2017年の開発レースの復活が、F1を生き返られると考えている。

    今シーズンまで、レギュレーションは3年間安定しており、メルセデスのモータースポーツ責任者を務めるトト・ヴォルフは、現在のレギュレーション下ではパフォーマンスが“頭打ち”になったと認めている。

    2017年、F1は空力とエンジン規約が改訂される。マシンとタイヤがワイド化され、パワーユニットサプライヤーはトークンによる制約がなくなる。

    ジェンソン・バトンは、それがシーズンを通してチームの状態を変動させる大きな機会を与えると考えており、2009年に厳しいスタートから後半戦で上位争いをするまで巻き返したマクラーレンを例に挙げた。

    「来年の大きな変化はポジティブだ。スポーツにとって素晴らしいことだ」とジェンソン・バトンはコメント。

    「一年を通して大きな進歩を目にすることになると思うし、それは人々が見たいと思っていることでもある」

    「マクラーレンが2009年にしたように、競争力のないクルマでスタートしても、シーズンを通して開発していける時代に戻る。今はそれができない。速いクルマでスタートしてシーズンを通してレースに勝つか、速くないクルマでスタートして、最後まで速くないかだ」

    ジェンソン・バトンは、昨年、ホンダとのパートナーシップを再開して以降、マクラーレンがフィールドで最も大きな改善を示したと考えている。

    「制限されたレギュレーションによって開発カーブは難しい。過去2年間、開発面で僕たちはベストを尽くした。僕たちは低い位置からのスタートではあったけどね」

    「シーズンを通しての発展は逃していたことのひとつだ。来年はシーズンを通した発展に満ちている。それはレースをかなり面白くするだろう」

  • ジェンソン・バトン 「終わりではない。新たな始まりだ」

    ジェンソン・バトン 「終わりではない。新たな始まりだ」

    ジェンソン・バトンが、ひとまず最後のF1レースとなる最終戦アブダビGPを前にF1公式サイトのインタビューに答えた。

    マクラーレン・ホンダは、2017年にジェンソン・バトンに代えてストフェル・バンドーンをレースドライバーに起用。ジェンソン・バトンは、2018年にF1レースに復帰する可能性を残しつつも、リザーブドライバー兼アンバサダーとしてマクラーレン・ホンダで裏方に回ることになる。

    ――ジェンソン、アブダビでのシーズン最終戦の後、あなたのアクティブなF1キャリアは終わりを迎えます。少なくとも、現在はそのような状況です。F1での長い年月をじっくりと振り返るとどのようなことが思い浮かびますか? 楽しいことですか、悲しいことですか・・・

    「まだ振り返るのはまだ早すぎるよ。終わらない限り、終わりではないので、どうもそれが正しいとは感じられないんだ!」

    ――では、良かった時と悪かった時について伺いたいです。

    「もちろん、全てのキャリアには浮き沈みがある。僕は常に停滞したキャリアではなく、最高潮か絶不調でいたい。その通りになっているけどね!(笑) 最高潮のときのことはとても良く覚えている。そして、どんな人間であっても絶不調のことは忘れたいものだ。ブラジルでフィニッシュラインを通過してワールドチャンピオンを獲得したときのことはもちろん覚えている。それに初めてF1カーをドライブしたときのことも覚えている。非常に特別だったし、絶対に忘れないことだ。1999年にマクラーレンだった。シルバーストンで英国フォーミュラ・フォードのチャンピオンを獲得した“賞”だった。若手ドライバーへのご褒美だね。多くのラップは走れなかったけど、『おお、これは楽しい』『僕のためのものだ』と思ったよ。最初のきちんとしたテストはプロストとだった。バルセロナだったね。フィニッシュラインに戻ってきたときは本当に笑顔が止まらなかったよ。多くな幸せが瞬間がある。でも、それらは全て僕の本に残すつもりだよ!」

    ――あなたは信じられないくらい長くF1に留めることができました。達成するのは簡単なことではありません。その事実に纏わる秘密はありますか?

    「秘密はないよ。僕の推測では、僕がこれほど長くF1に留まったこと、そして留まりたいと思ったのは、常に変化があったからだと思う。新しことを学べる、そして自発的に学ぶことが重要だ。自分が手にするパッケージのパフォーマンスは常に変わっていく。競争相手もそうだ。それが僕を興奮させ続けていたし、毎年どんどん大きく戻ってくる」

    ――実際、あなたは16年も戻ってきました。そして、常にペイドライバーとしてではなく、給料をもらうドライバーとしてでした。最近ではそれは達成するのが最も難しいことです・・・

    「そうだね、ドライブするためにお金を払ったことはない。イギリス人ドライバーにとって達成するのがとても難しいことだ。モータースポーツへの支援はごくわずかしかないからね。政府は僕たちに資金を助成してくれないし、スポンサーも多くない。南米のドライバーは政府やビッグスポンサーからずっと大きなサポートを受けている」

    ――ドアを開けるためにスポンサーパワーからあまり得なかったあなたにとっては、あなたのスキルが最高のサポーターだと言うことができるでしょう。ここで生き残るためにF1ドライバーのDNAで3つの重要な特性を挙げるとすれば何ですか?

    「学ぶ気持ちだ。それは興奮をキープできる環境にいるという意味でもある。退屈に感じるのはかなり早いからね。もちろん、運も必要だ。そして、それを基にできるかだ。自分のレース技術、テクニカル面の能力、正しい方法でパートナーやスッポンサーと働けること。そして、もちろん、速くなければならない。それがなければ、長い目で見てそれ以外でも助けにはならない」

    ――どれくらい“政治的”でなければなりませんか?

    「F1ドライバーは政治的な人間ではないと言いたい。そうだね、僕たちはメディアが望んでいるほどオープンではないけど、それは政治とは無関係だ・・・」

    ――ですが、一部のドライバーは彼らの利益のために非常に激しくメディアを使っていたりします。

    「誰のことを言っているのかわからない。例えば、ルイス(ハミルトン)。彼にはソーシャルメディアでかなりのフォロワーがいる。でも、もちろん、彼は3度のワールドチャンピオンだ。彼が3度のワールドチャンピオンでなければ、彼はそのようなフォロワーは得られないだろう。もし、あなたがルイスの立場で、写真を投稿すれば、もちろん、気づかれないわけにはいかない。実際、あなたは彼がそのような全てをファンのためにやっていると言わなければならない」

    ――あなたは2017年もアドバイザー的な役割でマクラーレンと続けていきますし、スポーツに近いままです。パドックで最も経験豊富な一人として、あなたの声はとても耳を傾けられることになるでしょう。F1でどうようなことが変わってほしいですか?

    「僕がスポーツを運営していない限り、F1で何も変わることはないよ! マクラーレンに関しては、僕の仕事がクルマを開発することではない。僕が走らせることはないからね。ドライバーのフィードバックを聞いて、チームがドライバーのフィードバックが何を意味しているのかを理解する手助けをすることになる。感情的になっているときは簡単ではないときもあるからね。僕の仕事の目的はチームの編成を助けて、チームを磨き上げることだ。長い間、一方からチームを見ていて、突然、一線を退くチャンスを得て、また別の視点から見れば、僕たちが学べることはたくさんあると確信している」

    ――他の人の援助なしにF1に入ってくるドライバーはいません。あなたの道のりを整える助けになってくれた人は誰ですか?

    「もちろん、父は僕のキャリアで大きな役割を担った。彼は僕がレースをスタートした理由だった。彼はラリークロスでレースをしていたし、僕は彼を見るのが大好きだった。ラバーの臭い、そして、ノイズが大好きだった。僕はまだ5〜6歳だった。7歳のときに彼が僕にカートを買ってくれた。なので、間違いなく彼が僕に影響を与えたと言える。レースをしたとき、表彰台に上がって注目を浴びるのが本当に大好きだった。勝って、僕のトロフィーが彼らよりも大きいのを見るのが大好きだったんだ! ここにいる僕たち全員が“他の人を打ち負かす”のが大好きだね(笑) 勝つことは明らかに僕のキャリアを推し進めていく助けになった。もっと良いクルマに乗れるようになり、最終的にF1にたどり着くまで、より重大なカテゴリーに移ることができた。その段階でデビッド・ロバートソンのグループに管理してもらっていた。僕たちはずっと前に別々の道を歩むことになったけど、彼が亡くなるまでずっとリスペクトしていたよ」

    ――F1は非常に注目を集めるレースシリーズです。それは私生活が簡単ではないことも意味しますね・・・

    「まぁ、それは世界で最高の仕事をしているときに支払わなければならない対価だと思う。F1カーをドライブするというね! そうだね、ちょっと悩みの種になることもある。やっぱり、スポーツマンであって、広告で生きている歌手や俳優ではないからね。でも、完璧な仕事なんてないよ(笑)。来年からはずっとシンプルな人生を送れると確信している」

    ――まだ目指しているゴールはありますか? もうF1ではちょっと年配かもしれませんが、他のキャリアでは36歳はまだ全盛期の男です・・・

    「これまでよりも健康であることかな。アマチュアとして、自分の年代グループのトライアスロンでワールドチャンピオンを目指したい。プロではなくね。ル・マンでもレースをしたい。やっぱりラリークロスもtodoリストにあるね。やりたいことはかなりたくさんある」

    ――噂では、あなたはF1で稼いだお金に非常に慎重だと言われていますが・・・

    「・・・でも、たくさん浪費してきたよ。実際、無駄ではなかったけどね。多くのお金を使ってきた。世界中を旅行するという事実もあるしね。なので、持って帰れないものなので、それを楽しまなければならない。いつか子供ができたら、彼らのために何かを残しておきたい。いつか自分に『それを稼いだとき、どのように終わるだろう?』と尋ねるだろうね(笑)。でも、まだ元気なのは確かだ。誰も僕について心配しなくていいと思うよ」

    ――アブダビのレース後、我々はあなたについて心配しなければなりませんか? 実感するのはいつですか?

    「アブダビの週末は確かに感情的になるだろう。父が亡くなり、ここ数年はかなり難しかった。そうだね、僕の最後のレースはタフだろうね。でも、母、姉妹のひとり、多くの友人が来てくれる。なので、とてもスペシャルな週末になるだろう。終わりではない。新たな始まりだ」

    関連:2016 F1アブダビGP テレビ放送時間&タイムスケジュール

  • ジェンソン・バトン 「アブダビはキャリアの集大成となるレース」

    ジェンソン・バトン 「アブダビはキャリアの集大成となるレース」

    ジェンソン・バトンが、2016年の最終戦となるF1アブダビGPへの意気込みを語った。

    ジェンソン・バトン (マクラーレン・ホンダ)
    「今週末を本当に楽しみにしている。僕の人生において非常に特別なチャプターを刻むことになるし、アブダビには友人やファミリーが来てくれるので、とても興奮している。本当にエモーショナルな週末になるだろうし、ファン、チーム、僕に親しい人々のサポートを期待しているし、自分たちの最大限を尽くして週末を楽しめることを願っている」

    「マクラーレン・ホンダでの僕のキャリアの終わりではないけど、新しいフェーズのスタートだし、それについては信じられないくらいポジティブだ。今回のレースは、多大なハードワーク、献身、そして、僕が愛しているスポーツへの情熱の集大成となる。過去17シーズンで達成してきた全てのこと、そして、この2年でマクラーレン・ホンダと果たしてきた素晴らしい進歩を本当に誇りに思っている。素晴らしいプロジェウトだったし、ここでの僕の関与が終わらないのは確かだ。このチャプターを立派に締めくくり、同じくらいの熱意で新しいチャンプターを開始することを楽しみにしている。今後の展開が待ち切れない」

    「ヤス・マリーナは、比較的低い平均スピードと最終セクターのタイトなコーナーなど、ストリート・サーキットの特性の多くがみられる、かなりテクニカルなレーストラックだ。典型的にオーバーテイクはかなり大変だし、予選でできるかぎりのことをして、僕たちが今年ここまで楽しんできたような力強く、クリーンなスタートをして、出来る限りベストな結果を獲得できるように戦略を最大限に生かせることを願っている。金曜日に生産的に走行時間を使うことができれば、週末にむけてクルマをセットアップする最高のチャンスを得られるだろうし、レースでのペースに本当に苦しんだブラジルの二の舞にならないことを願っている。間違いなく、僕たちのパッケージはあれよりも多くのポテンシャルを秘めているし、限界までプッシュすることができ、チームとファンに楽しくシーズンを締めくくってもらえることを願っている」

    関連:2016 F1アブダビGP テレビ放送時間&タイムスケジュール

  • ジェンソン・バトン、2017年の活動はSUPER GTとラリークロスに絞り込み

    ジェンソン・バトン、2017年の活動はSUPER GTとラリークロスに絞り込み

    ジェンソン・バトンは、F1レースから退く2017年の活動をSUPER GTとアメリカのラリークロスへのスポット参戦に絞り込んでいるようだ。

    2017年は、F1レース活動を休止し、マクラーレン・ホンダのF1リザーブドライバーとアンバサーダーを務めるジェンソン・バトンだが、その間に他のモータースポーツにトライしたいと考えている。

    2017年にレース活動をする場合はホンダのマシンに限られているのかと質問されたジェンソン・バトンは「そうしなければならないとは思わないけど、もちろん、そうするのが僕にとってはやりやすいプログラムだ」とコメント。

    「ホンダが僕に彼らのメインのライバルのためにレースをすることを望まないのは確かだし、それは完全に理解できることだ」

    「例えば、来年、ル・マンでレースをすることはないだろう。適切な機会はそこにはない」

    「でも、将来にその機会があることを期待しているよ」

    ジェンソン・バトンは、日本のSUPER GTのなかでも特殊なレースである鈴鹿1000kmとアメリカのグローバル・ラリークロスを現在の最も見込みのあるオプションとして挙げた。

    「SUPER GTで鈴鹿1000kmを走るかもしれない。それがうまくいけば素晴らしいだろうし、それは本当に論理的なんだ」とジェンソン・バトンはコメント。

    「それ以外では、アメリカでラリークロスをするかもしれない。他にもラリークロスでテストをするかもしれない」

    「やれることはたくさんあるし、来年はどれくらいやりたいか、もっと多く休みたいかを選ぶことになる」

    ホンダのラリークロス活動は、世界選手権よりもアメリカのGRC(レッドブル・グローバル・ラリークロス)に集中している。そのため、ジェンソン・バトンはアメリカのラリークロスでだけレースをすることになるだろうと示唆している。

    ホンダは、今年からOlsbergs MSEとともにGRCに参戦しており、昨年2位に入ったセバスチャン・エリクソンと2014の王者であるヨニ・ウイマンを起用している。

    2017年にラリークロスにフル参戦するかと質問されたジェンソン・バトンは「来年はそれは実現しないだろう。将来的にはあるかもしれない」とコメント。

    「大きく成長しているスポーツだ。特にアウディがル・マンから撤退し、フォルクスワーゲンがラリーから撤退したからね」

    「彼らのメインの狙いがラリークロスではないことは知っているけど、それが彼らのラリークロスのプログラムの助けになるのは確かだと思う」

  • ジェンソン・バトン 「ホンダとSUPER GTの鈴鹿1000kmに出たい」

    ジェンソン・バトン 「ホンダとSUPER GTの鈴鹿1000kmに出たい」

    ジェンソン・バトンは、2017年にSUPER GTにスポット参戦したいという願望があることを認めた。

    2017年はF1から退くジェンソン・バトンだが、マクラーレン・ホンダは将来的にF1に復帰する可能性を完全には除外していない。

    ジェンソン・バトンは、2017年にフルタイムでレース参戦するつもりはないが、スポット的にレースを継続することを望んでいる。

    ジェンソン・バトンは、ホンダとSUPER GTの鈴鹿1000kmに参戦したいと述べ、アメリカでラリークロスも試してみたいと語った。

    「まだ何をするかはわからない。SUPER GTで鈴鹿1000kmを走るかもしれない。それが実現したら素晴らしいだろう」とジェソン・バトンは Crash.Net にコメント。

    「それ以外ではアメリカでラリークロスに出るかもしれないし、他にもいくつかテストをする可能性がある」

    「やれることはたくさんあるし、来年、やってみたいことは本当にたくさんあるので選ばなければならない。来年、ラリークロスにフル参戦することはない。将来的にはあるかもしれないけどね。大きく成長しているスポーツだと思う」

    ジェンソン・バトンの父ジョンは1970年代にラリークロスドライバーとして活躍していた。

    実際、ジェンソン・バトンは、F1以外でレースをすることに興奮していると語る。

    「とても興奮しているよ。17年間1つのレースだけをやってきたし、他でレースをしてみたい。僕はレーシングドライバーだ。キャリア全体で1つのレースだけをしたくはない。F1はモータースポーツの頂点だけど、変化が必要なときもある」

  • ジェンソン・バトン 「インテルラゴスではポイントを目指す」

    ジェンソン・バトン 「インテルラゴスではポイントを目指す」

    ジェンソン・バトンが、F1ブラジルGPへの意気込みを語った。

    ジェンソン・バトン (マクラーレン・ホンダ)
    「インテルラゴスには全てが揃っている。どれくらいか? 物凄いね。本気で攻めることができる場所だ。それに本当に楽しい。フロントエンドがしっかり決まっているときは特にね」

    「フェラドゥーラのようなコーナーは、うまく通り抜けることができれば本当に満足だ。コーナーのエントリーで本気でコミットして、いかなるスピードもほぼ落とさずに2つ目のエイペックスの縁石を抜けるまでクルマを誘導していくような感じだ。素晴らしいね。ヘアピンでさえ、本当に攻撃的なスタイルを必要とするし、縁石をたくさん使うことができる。それに出口にはランオフがない。本当にレーストラックはそうあるべきだ」

    「インテルラゴスが大好きだし、週末を本当に楽しみにしている。あの場所では本当に一流のF1レースがあったし、シーズン終了にむけていつも楽しいクライマックスだ。メキシコよりも良い結果を残せることを期待しているし、ポイント圏内を目指して頑張っていく。残り2レースしかないし、素晴らしいブラジルのファンのために全力を尽くしていく。インテルラゴスの雰囲気は常に特別だし、あの場所で素晴らしいレース週末を彼らに見せたい」

    関連:2016 F1ブラジルGP テレビ放送時間&タイムスケジュール

  • ジェンソン・バトン、F1引退回避は「ロン・デニスの説得があったから」

    ジェンソン・バトン、F1引退回避は「ロン・デニスの説得があったから」

    ジェンソン・バトンは、F1から完全に引退するのではなく、2017年に1年間を休養ことにしたのはマクラーレンCEOを務めるロン・デニスの説得があったからだと明かした。

    マクラーレンは、9月のモンツァでジェンソン・バトンが2017年にレースドライバーから退き、チームのアンバサダーとして活動することを発表。代りにストフェル・バンドールンがレースドライバーに昇格し、フェルナンド・アロンソとチームを組む。

    ジェンソン・バトンの契約には、マクラーレンが2018年にストフェル・バンドーンもしくはフェルナンド・アロンソが不在となった場合、再びレースドライバーとしてステアリングを握る可能性が残されている。

    2017年にF1以外でレースをする予定はあるかと質問されたジェンソン・バトンは「ないよ。来年はレースをしないことがゴールだからね」とコメント。

    「僕の目標はまたレースをすることではない。ただ、半年もすればまたレースがしたくなるかもしれないね」

    「スパでのロンとの話し合いは引退に関することだったけど、雑誌で言われているのとは違って、彼の影響でチームにとどまる方向に考えを変えたんだ。逆だ。僕がレースをしない理由は、ロンが1年休むべきだと言ったからだ」

    2000年にF1デビューしたジェンソン・バトンは、15回の優勝、50回の表彰台を達成しており、2009年にはワールドチャンピオンを獲得している。だが、マクラーレンがホンダとのタッグを再開した2015年からはチームが苦戦を強いられていることもあり、2012年のF1ブラジルGP以降は優勝から遠ざかっている。

    ジェンソン・バトンは、3勝を挙げて、次ぐランキング2位で終えた2011年がマクラーレンでのベストシーズンだったと語る。

    「そうだね。今年はかなり不運が続いている。今年も楽しんでいるし、良い仕事ができているとは思うけど、今年のレースで運がこれだけ味方してくれないとちょっとね」

    「2011年はおもしろい1年だったな。マシンが最高だったね。ブロウンディフューザーがあってダウンフォースが凄かったし、みんなも気に入っていたけど、グリップが低い時は僕にはかなり良く合っていた。だから、メキシコは僕のドライビングスタイルにあまりあった場所ではないかもしれないけど、頑張るよ」

  • 【動画】 ジェンソン・バトン、オープニングラップで8台抜き

    【動画】 ジェンソン・バトン、オープニングラップで8台抜き

    ジェンソン・バトンのF1アメリカGPでのオープニングラップのオンボード映像が公開された。

    F1マレーシアGPでは、チームメイトのフェルンド・アロンソが10台をごぼう抜きする驚異的なオープニングラップを見せたが、F1アメリカGPではジェンソン・バトンも負けていなかった。

    予選ではマクラーレンのタイミングのミスもあり、Q1敗退を喫して19番手からスタートしたジェンソン・バトン。

    素晴らしい蹴り出しを見せたジェンソン・バトンは、まずはターン1へ安全に侵入。ターン3-4-5でダメージを負ったニコ・ヒュルケンベルグ、スタイドしたケビン・マグヌッセンを抜いた後、数コーナーでのホイール・トゥ・ホイールのバトルでロマン・グロージャンを仕留め、その間にバルテリ・ボッタスも攻略。ターン11ではマーカス・エリクソンとジェリオン・パーマーを抜き、ターン12手前ではダニール・クビアトをオーバーテイク。5.5km以内で19位から11位まで順位を上げた。

    関連:【動画】 2016 F1アメリカGP 決勝レース ハイライト