カテゴリー: ジェンソン・バトン

  • ジェンソン・バトン 「F1ドライバーの給与カットは難しい」

    ジェンソン・バトン 「F1ドライバーの給与カットは難しい」

    元F1ドライバーのジェンソン・バトンは、新型コロナウイルスによる経済危機の中で、チームの努力を支援するために給与カットを受け入れることは、F1のトップの稼ぎ手にとっては“難しい”ことだと考えている。

    F1は停止状態にあり、いつレースが再開できるかについて明確な目途は立っていない。2020年のF1カレンダーは15レース未満に削減される可能性もあり、F1の収入は大幅に減少する可能性がある。

    このような経済危機は、トップ3チームも傷つけるが、グリッドの最弱のメンバーを文字通り破壊する可能性がある。

    元F1ドライバーのカルン・チャンドックは、ドライバーが契約で定められているよりも大幅に少ないレースしか走らない場合は、給与カットを受け入れるべきだと主張している。

    「この会話はピットレーンを行ったり来たりしていると思う」とカルン・チャンドックは Sky F1 Vodcast で語った。

    「結局のところ、ドライバーの観点から見れば、彼らが契約で意図されていた22レースの仕事をしていない場合、彼らは報酬を少なくするべきだと言う議論がある」

    「彼らはそのように見ないだろうし、彼らのマネージャーもそのように見ないだろうと確信しているが、現時点では彼ら全員がチームプレーヤーでなければならないと思う」

    「ギュンター・シュタイナーがドライバーのところに行き、『見てくれ。我々はスポンサーやプロモーターから得られる金額が少なくなっている。少し協力してくれないか』と言って、ある種の和解を求めれば、ドライバーがノーとは言わないだろう」

    多くの人にとって、常識と純粋な良識は、ルイス・ハミルトンやセバスチャン・ベッテルが技術的失業の際に大規模な報酬の一部を放棄するよう奨励するはずだ。そして、議論はおそらく、すべてのお金が重要である小規模チームにとってはさらに説得力がある。

    しかし、ジェンソン・バトンは、経済的連帯はドライバーに当然のこととしてもたらされないことを示唆している。

    「それはトリッキーなものだ」とジェンソン・バトンは語る。「大金を稼いでいるドライバーが6~7人いる」

    「残りのグリッドはそうではなく、明らかに一部のドライバーはスポンサーを通じてお金を持ち込み、そのようにして支払いを受けている。しかし、極端な金額を稼いでいる者も何人かいる」

    「僕がF1でレースをして以来、それは4〜5年で成長した。たくさんのお金だ。しかし、それは常に難しいことだ」

    「この金額でこの契約を提供されており、それを断って、私がチームのために減らしてもいいと言う・・・それは起こるはずだが、ドライバーにとって非常に異なる考え方だ」

  • F1:ゲルハルト・ベルガー 「ジェンソン・バトンをDTMに勧誘したが…」

    F1:ゲルハルト・ベルガー 「ジェンソン・バトンをDTMに勧誘したが…」

    DMT(ドイツツーリングカー選手権)の代表を務めるゲルハルト・ベルガーは、元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンはドイツのシリーズに関心を示しているが、今のところは参戦するように説得できてないと語る。

    ゲルハルト・ベルガーは、昨年のホッケンハイムでジェンソン・バトンとDTM参戦の可能性について話をしたと明かす。

    「ホッケンハイムでジェンソンバトンに話しかけた」とゲルハルト・ベルガーは Motorsport-Total.com に語った。

    「彼はDTMを運転したいと言っていた。だが、その後の話し合いで、私は彼はロサンゼルスに住み続けたいと思っていると感じた」

    実際、元マクラーレンのF1ドライバーであるジェンソン・バトンは、婚約者のブリトニーワードと幼い息子ヘンドリックスと一緒に、現在、日当たりの良いカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいる。

    しかし、ベルガルト・バーガーは、いかなる関与も完全なコミットメントが必要であり、おそらくロサンゼルスを離れることを余儀なくされるだろうと明言する。

    「DTMはタフで絶対にトップレベルだ。成功するには、ヨーロッパに住み、毎日チームと連絡を取り合う必要がある。彼の準備ができているかどうかはわからない」

    「男としては、私はDTMで彼に見たかった。私は彼のことが好きだし、彼のことをたくさん考えているが、彼は今、他の興味を育てる人生のフェーズにいると思う」

  • ジェンソン・バトン 「ハミルトンがメルセデスF1を離れるとは思えない」

    ジェンソン・バトン 「ハミルトンがメルセデスF1を離れるとは思えない」

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンは、ルイス・ハミルトンがメルセデスF1チームを離れることになるとは考えていないと語る。

    ルイス・ハミルトンとメルセデスF1チームとの現行契約は今シーズン末で失効となり、過去数年と同じようにフェラーリへの移籍の噂が絶え間なく繰り返されている。だが、メルセデスはルイス・ハミルトンとの契約延長が最優先だとして交渉を進めていくことを明らかにしている。

    ジェンソン・バトンは、まず自分がF1キャリアでフェラーリのためにドライブできなかったことを後悔していると語る。

    「だからと言って、僕がフェラーリに移籍できたかどうかはわからない。フェラーリだからね」とジェンソン・バトンは Mirror に語る。

    2009年にF1ワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンは、2011年にフェラーリの責任者と話し合いをしたが、最終的にマクラーレンに残留することを決断したと明かす。

    「自分のグランプリキャリア中にフェラーリで走るチャンスがあることを期待していた。僕は勝ちたいし、それが常に僕のゴールだった。当時は個人的にマクラーレンの方が良い選択だった」とジェンソン・バトンは振り返る。

    ジェンソン・バトンは、元チームメイトだったルイス・ハミルトンがすぐに赤いクルマに乗り換えることになるとは考えていない。6回のF1ワールドチャンピオンであるルイス・ハミルトンは、今年、ミハエル・シューマッハの7回というF1最多ワールドチャンピオン記録に並ぶ可能性がある。

    「すべての英国人とファンは彼が勝つことを望んでいるし、彼が7回目のタイトルを制覇するのを見たがっていると思う。でも、誰らが6回のタイトルを獲得すれば、そこには噂はつきものだ。チームが状況を利用して、コメントによってドライバーやライバルをトラックから追い出そうとすることだってある。どれくらい真実なのかは誰にもわからない」とジェンソン・バトンは語る。

    「ルイスがチームを変えれば本当に驚くだろう。彼は5つのタイトルを獲得して自分信頼してくれたメルセデスに感謝し、彼らはそれができるマシンに彼を乗せた。そのようなものを置き去りにするのは非常に困だす。うまくやってくれるチームを去るようなしないと思う」

    「物事が下り坂になったり、ファクトリーチームではなくなったりすると予想される状況でもない。彼の移籍の唯一の動機となるのは、メルセデスがもはやメルセデスでなくなるときだけだろう」

  • 「フェラーリF1の状況はアロンソ/ハミルトンの関係に似ている」とバトン

    「フェラーリF1の状況はアロンソ/ハミルトンの関係に似ている」とバトン

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンは、フェラーリにおけるセバスチャン・ベッテルとシャルル・ルクレールの関係は、かつてのマクラーレンのフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンと似た色合いがあると考えているが、2020年にはより強力が関係を築けるだろうと語る。

    昨年、シャルル・ルクレールの台頭によってフェラーリないでのナンバー1とナンバー2の役割が曖昧にとなり、二人はシーズンを通して多くの火花を散らした。

    ジェンソン・バトンは、その権力争いは、2009年のマクラーレンでのフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンの関係を思い起こさせると語る。

    「僕たちはフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンがマクラーレンでチームメイトだったときにそれがわかったけど、チームにヤングガンがいるとき、経験豊富なドライバーを少し傷つけられるものだ」とジェンソン・バトンは Sky Sports にコメント。

    「しかし、一度それを乗り越えて彼を平等に見れば、それは非常に異なってくる。彼らは一緒にうまくいくと思う。チャンピオンシップにとって重要なことなので、彼らがそうなることを願っている」

    「セバスチャンは今、彼のチームメイトがどれほど速いかを理解していると思うし、今年は関係はもっと良くなると思う。もちろん、彼らはお互いを打ち負かしたいけど、僕は非常に強力なペアだと思っている」

    「マシンのセットアップという点では、セバスチャンはとても上手く見える。彼は誰よりもエンジニアと多くの時間を費やし、あちこちで微調整を試みている」

    ジェンソン・バトンは、フェラーリが2019年の状況をうまく管理できたと感じていると語る。

    「彼らは2019年にいくつかのインシデントを経験したが、今年はそうならないことを願っている」とジェンソン・バトンは語る。

    「彼らは二人ともとても速い。昨年、彼らは両方ともチーム内でのポジションを見つけようとしていたと思う。新加入のシャルル・ルクレールは誰よりも多くのポールポジションを獲得し、セバスチャン・ベッテルは4度のワールドチャンピオンだ」

    「2人の非常に才能のあるドライバーだし、最初の1年間を一緒に過ごした今、彼らは本当にチームとして働き、互いに戦うだけでなく、メルセデスと戦うことに集中できると思う」

    「難しいことだけど、うまく管理する必要があることだ。昨年のフェラーリ内の特定のポイントにあったとは思わない」

    2020年はセバスチャン・ベッテルにとってフェラーリとの現行契約の最終年となる重要な年だが、ジェンソン・バトンはベッテルがかつての状態を再発見できればタイトル争いに取り組むことができると考えている」

    「彼にとって重要な年だ」とジェンソン・バトンは語る。

    「昨年、彼はポイントでチームメイトに負けた。今年は、彼は実際に彼がそこから抜け出して、彼ができることを見せなければならない。もしそれがれきれば、彼はワールドチャンピオンのために戦うことになると思う」

  • ジェンソン・バトンのGTチーム、ホンダからマクラーレンに車両を変更

    ジェンソン・バトンのGTチーム、ホンダからマクラーレンに車両を変更

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンのGTチーム『Jenson Team Rocket RJN』は、ホンダ・NSX GT3からマクラーレン・720S GT3へと車両を変更して2020年のGTワールドチャレンジン・ヨーロッパ(旧ブランパンGTシリーズ)に参戦する。

    2009年にブラウンGPでF1ワールドチャンピオンを獲得したジェンソン・バトンは、昨年限りでホンダとのSUPER GTプロジェクトを終了。今年からはかつてF1を戦ったマクラーレンの車両に切り替え、カラーリングはお馴染みのブラウンGPのカラーが施される。

    2010年から2017年までマクラーレンでF1を戦ったジェンソン・バトンは「今シーズン、Jenson Team Rocket RJNがマクラーレン・720S GT3で活動し、マクラーレンとレースをすることを発表できて興奮している」とコメント。

    「チームは大きな経験を積んでおり、僕たちはレースで勝者としての地位をすでに確立しているクルマで自信に満ち溢れてシーズンに挑む」

    RJNを運営するボブ・ネヴィルは「僕たちはホンダを継続する立場になかった。幸運にもこの契約を結ぶことができた」とコメント。

    「僕たちは本当に喜んでいる。車は素敵に見え、膨大な量の開発が行われている」

    Rocketというチーム名はジェンソン・バトンの亡き父ジョン・バトンが設立したカートチーム『Rocket Motorsport team』に由来したチームとなる。同チームはバトンだけでなく、ルイス・ハミルトン、ウィル・スティーンブス、オリバー・ローランド、ジェームス・カラドといったドライバーを輩出している。

    20年前に設立されたRJNモータースポーツは、ツーリングカー、ダカール・ラリー、GTレースなど様々なプロジェクトを展開してきた。チームはブランパンGTシリーズが開始した2011年から参戦しており、GT3とGT4の両方でタイトルを獲得している。

    ジェンソン・バトンとRJNレーシングとのパートナーシップは、元RJNのドライバーである2018年にブランパンGTシリーズ耐久カップのPro-Amチャンピオンであるクリスチャン・バンコムが関与し、Rocket MotorsportプロジェクトのGT3プログラムや他の商業面などを統括している。

    Jenson Team Rocket RJN - McLare 720S GT3Jenson Team Rocket RJN - McLare 720S GT3Jenson Team Rocket RJN - McLare 720S GT3Jenson Team Rocket RJN - McLare 720S GT3

  • ジェンソン・バトン 「素晴らしい機会を与えてくれたホンダに感謝している」

    ジェンソン・バトン 「素晴らしい機会を与えてくれたホンダに感謝している」

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンが、SUPER GTを離れた理由、チームを組んだ山本尚貴というドライバー、そして、ホンダについて語った。

    2019年のSUPER GT最終戦を前にTEAM KUNIMITSUのジェンソン・バトンが、19年シーズン限りでSUPER GTからの引退を発表した。“元F1王者としてSUPER GTではどのような走りをみせるのか?”と昨シーズン開幕前から話題を集めた。

    するとジェンソン・バトンはその期待に応えるかのようにデビュー戦で2位表彰台を獲得。18年の最終戦ではシリーズタイトルを争うライバルとの直接対決を制し、参戦初年度にもかかわらず、山本尚貴とともにチャンピオンに輝いた。

    タイトル連覇が期待された19年は速さはみせるものの、第5戦での2位が最高位と結果が伴わない苦しいシーズンとなった。それでもホンダ勢の中では2番目の総合順位だった。バトンがSUPER GTから引退する理由、TEAM KUNIMITSUで戦った2シーズン、チームメートへの思いを語った。

    SUPER GTでの2年間の戦いを終え、今どのような気持ちですか?
    SUPER GTでの2シーズンは、本当にすばらしい経験だった。F1を戦っていたときからSUPER GTに興味を持ってフォローしていたし、いつかホンダのマシンで出場したいと思っていた。その夢が叶っただけでなく、参戦1年目でシリーズチャンピオンになれたのだから、これ以上はないくらい素敵なチャレンジだったと言える。高橋国光さんというレジェンドのもとで、TEAM KUNIMITSUの若いスタッフと力を合わせてタイトルを獲得することができて本当によかったし、感動を分かち合えてうれしかった。

    参戦1年目の2018年は、序盤なかなか思うように走れなかったのでは?
    SUPER GTと並行して、LMP1でWEC(FIA 世界耐久選手権)にも数戦出場したが、LMP1はF1と比較的似たクルマだったから問題なく、すぐ自分のものにすることができた。しかし、GT500は全く違うタイプのクルマで、完全に乗りこなすまでに時間がかかってしまい、正直かなり苦労した。これまでずっとダウンフォースが大きいクルマで戦ってきたから、どのように走らせたらいいのか、なかなかつかめなかったんだ。もし、ダウンフォースがより小さい(GT300クラスの)GT3マシンに乗っていたら、GT500よりもさらに苦労していただろう。

    それでも参戦初年度に山本尚貴選手とともに優勝し、シリーズチャンピオンにも輝きました。
    ナオキとは2年間、1台のクルマをシェアして一緒に戦ってきた。うれしいときも、辛いときも常に一緒だった。自分にとっては、初めて心から友達と思えるチームメートだった。なぜなら、F1などフォーミュラのレースで、チームメートは常に倒すべき存在だったから。チームメートに速く走ってほしいと思ったのは、初めてだったよ(笑)。ナオキは本当に速いドライバーだし、SUPER GTでの経験が豊富だったので、彼から多くのことを学べて本当によかった。20年からはレギュレーションが変わり、クルマが完全に新しくなるけれど、彼の新しいチャレンジが成功することを心から願っている。

    一緒に戦った山本選手は、どのようなドライバーでしたか?
    すばらしいチームメートだった。ナオキと自分のドライビングを比べると、ナオキの方がややアグレッシブだった。それでもクルマのセッティングの方向性は似ていたし、大きな妥協を強いられることはなかった。19年のドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)ホッケンハイム戦には僕だけが出場し、NSX-GTを自分好みのセッティングに仕上げていったが、きっとナオキがドライブしても満足してくれたと思う。それくらい僕らの目指す方向性は似ていたし、仕事をしやすい相手だった。ただし、唯一シートポジションの違いだけは苦労した。僕とナオキは身長が20cmほど違うので、お互い我慢する必要があった。ホッケンハイムでは初めて自分好みのシートポジションに合わせることができて、とても快適に感じられた。

    参戦2年目の19年は優勝に手が届かず、タイトルを防衛することもできませんでした。
    僕らにとって厳しいシーズンになってしまった。通常、僕もナオキもほとんどクラッシュをしないけれど、19年はなぜか多かった。自分たちのミスだけでなく、巻き添えになってしまった不運なアクシデントもあり、なかなか思うような結果を得られなかった。それでも富士のレースでは表彰台に立ったし、シーズン全体を通して見れば、充実した内容だったと言える。特に、第7戦SUGOはウエットコンディションでタイヤのグリップをうまく引き出し、トップを走ることができた。結果こそ残らないレースだったが、自分としてはいい仕事ができたと思える1戦だった。SUGOは未知なるコースだったけれど、初年度の18年に初優勝した場所でもあるし、お気に入りのサーキットになったよ。

    クルマにもサーキットにも慣れたこのタイミングで、なぜSUPER GTを離れるのですか?
    新しいことに挑むためだ。自分の人生は常に挑戦の連続で、F1を辞めてSUPER GTに活動の場を移したのもビッグチャレンジだった。1台のクルマをシェアし、速度が違うGT300を抜きながら走るのは初めての経験だったが、それでも参戦1年目にタイトルを獲得できた。そして2年目のシーズンを戦う中で、次なる挑戦に踏み出すときが訪れたと感じた。まだ引退するような年齢ではないけれど、このタイミングを逃してしまうと新しいチャレンジが難しくなると思ったんだ。

    最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。
    2年間応援してくれた多くのファンやレース関係者の皆さんに、感謝の気持ちを伝えたい。本当にありがとう。カートのレースに出場するため1997年に初めて日本を訪れたとき、日本人選手のレベルの高さにとても驚いたのを覚えている。僕は日本の人々や文化をとてもリスペクトしているし、SUPER GTでの2年間はかけがえのないすばらしい時間だった。このようなすばらしいチャンスを与えてくれたチームとホンダにとても感謝している。またいつか、ホンダのクルマでレースに出る機会が訪れるかもしれないから、そのときを楽しみにしているよ。

  • ジェンソン・バトン 「ハミルトンは何度でもチャンピオンになれる」

    ジェンソン・バトン 「ハミルトンは何度でもチャンピオンになれる」

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンは、ルイス・ハミルトンが今後も複数回チャンピオンを獲れると考えている。

    先週末のF1アブダビGPをポール・トゥ・ウィンで制したルイス・ハミルトンは、今年自身6回目となるF1ワールドチャンピオンを獲得。ミハエル・シューマッハの持つ最多記録の7回まであと1回に迫った。

    今年はフェラーリとレッドブル・ホンダの挑戦を受けたメルセデスだが、2020年もレギュレーションは大きく変わらないため、当然ながらルイス・ハミルトンは2020年もF1ワールドチャンピオン候補の筆頭となる。

    かつてマクラーレンでルイス・ハミルトンのチームメイトを務めたジェンソン・バトンは「メルセデスの最も速いマシンに乗っている間は、ハミルトンは何度でもチャンピオンになれるんじゃないかな。チームメイトに勝てればね」とコメント。

    「F1はチームスポーツであり、ハミルトンには素晴らしいチームがついている。メルセデスは素晴らしいマシンを提供していて、2014年からずっと総合優勝を果たしているんだ」

    「ずっと勝てるポジションにいることはドライバーにとって普通ではないけど、ハミルトンはチームに求められたことを全うしてきた。そしてメルセデスのドライバーとして5度目の総合優勝を勝ち取ったんだ」

  • ジェンソン・バトン、WECに苦言「競争のないトヨタは退屈なはず」

    ジェンソン・バトン、WECに苦言「競争のないトヨタは退屈なはず」

    元F1ワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンは、新しいハイパーカーでのWEC(世界耐久選手権)に再び参加したいと考えており、その準備として来年のル・マン24レースにLMP2クラスから参戦する可能性を示唆した。

    ジェンソン・バトンは今月で2シーズンにわたるSUPER GTへの参戦を終了。別れの記者会見で“新しい規制に非常に興奮”しており、‟将来的に素晴らしいシリーズになる”と考えており、“ル・マンで再びレースをしたい”と語っていた。

    ジェンソン・バトンの目標は、2020-21シーズンに導入されるハイパーカーのルールに設定されているが、彼は来年6月の2019-20シーズンの最終戦となるル・マン24時間レースへの参戦を試みる可能性があることを示唆した。

    「来年参戦すれば、再びルマンに慣れて、もっと経験を積むことになるだろう」とジェソン・バトンはコメント。

    「おそらくLMP2になるだろう。それがハイパーカーのペースになるだろうからね。それに少なくとも競争はできる。トヨタにいなければ、勝つことはできない」

    「競争がないのはトヨタにとっては本当につまらないだろうね」

    「だから、LMP2は素晴らしいカテゴリーであり、おそらくそれが選択肢かもしれません。それ以外にはまったく計画はない」

    「僕が進みたい方向は、2020-21シーズンからのWECだ」

    ジェンソン・バトンは、2018-19シーズンのWECの序盤にSUPER GTプログラムと並んでSMP Racing LMPから参戦していた。

    しかし、SUPER GTのコミットメントと両立することは不可能であるとして、最後3レースを残して撤退した。SMPは、ジェンソン・バトンの代わりに元F1ドライバーのストフェル・バンドーンを起用している。

    ジェンソン・バトンは、表彰台を獲得したかもしれないが、ル・マンをスキップしたことに後悔はないと語る。

    「3位を獲得するためにル・マンには行かない。でも、バンドーンに公平に言えば、彼は素晴らしい仕事をした」

    「でも、僕は表彰台に立って、3番目に満足していなかっただろう。勝つチャンスがないことはわかっている。そして、3位はある種の勝利だ。でも、それは少し奇妙なことだ」

    「ル・マンをフィニッシュすること自体が良いことです。しかし、僕がル・マンに行くなら、実際にル・マンに勝てるマシンに乗りたい」

  • ジェンソン・バトン:インタビュー 「ホンダに心から感謝している」

    ジェンソン・バトン:インタビュー 「ホンダに心から感謝している」

    元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンが、F1からSUPER GTへの転向における苦労や今後の展望について語った。

    2009年のF1ワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンは、11月3日(日)にツインリンクもてぎで開催された最終戦をもって日本でのSUPER GTのキャリアに幕を閉じた。昨年、SUPER GTに初フル参戦したバトンは、山本尚貴とともにRAYBRIG NSX-GTを駆り、シリーズ参戦初年度で見事チャンピオンを獲得した。

    「人生は常にチャレンジの連続だ。F1からSUPER GTに転向した時も新しいチャレンジだった。レースのやり方は異なるし、チームメイトもいる、スピードの違うGT300もいる。これまでやってきたものとは全く違うレースだった」とジェンソン・バトンは振り返る。

    「チームは非常に若いメンバーも多く、そうしたチームと一緒にチャンピオンシップを獲ることができた。非常に感動的な瞬間だった。高橋国光さん、チーム関係者に感謝したい」

    「山本尚貴と一緒にやるのは本当に楽しかった。チームメイトに速く走ってほしいと思ったのは初めてだったし、良い経験だった。彼は本当に速いし、新しいカテゴリーで経験がある彼から学ぶことは本当に楽しかった。来年、彼は新しいレギュレーション、新しいマシンで戦うことになると思うけど、彼の新しいチャレンジが成功することを祈っている」

    「一番困ったのは、2人の身長の違いだ。僕は183~184cmぐらいの身長だけど、彼とは20cm近い差があるため、シートポジションの調整には本当に大変だったし、お互いに妥協できる範囲で我慢してレースをすることになった。(DTMの)ホッケンハイムでは自分の思い通りのセッティングにすることができた。その時は自分好みのシートの角度、ステアリングの角度に調整して、とても快適だった。その意味でシートポジションというのが本当に困難な部分だった」

    これまでホンダでのレースをしてきたジェンソン・バトンだが、日産やトヨタといった他のメーカーで走る可能性について「日産やトヨタなどの日本のメーカーと契約するということはないよ(笑)」とコメント。

    「ホンダとはずっと一緒に仕事をしてきたし、来年もホンダさんと仕事をすることはないかもしれない。今後も良い関係を続けたいと思っている」

    新たな挑戦としてNACARに参戦するとの噂もあるが、ジェンソン・バトンは「アメリカ・ホンダがNASCARに興味があるという話が出たのでSNSで『ホンダがNASCARに挑戦するなら僕はその準備ができている』と書いただけだ。これまで元F1ドライバーがチャレンジしてうまくいっていないので、難しいチャレンジになるとは思うが、面白そうだね」

    「現時点では来年の計画は決まっていない。特に来年の前半は何も予定がないので、家族と過ごす時間を作って、少し休みたいと考えている。やりたいことは沢山あるし、オフロードにも興味があるし、ル・マン24時間にも再度挑戦したいね」

    2018年には第一子が誕生したジェンソン・バトンだが、レース活動への影響について「人生は常に変わっていくし、子供が生まれることはその1つだろう。だが、レースに対する姿勢は変わらないし、やることも一緒だ」とコメント。

    「常にベストを尽くすし、子供が生まれてもそれは変わらない。子供が生まれた後も富士やスポーツランドSUGOでレースをしたけど、全力を尽くして戦った。今はアメリカに住んでいて、レースやテストのたびに移動する生活だ。子供が生まれて過ごし方などはちょっと変わったけど、レーシングドライバーであることには変わりがない。常に全力で勝利を目指している」

    元チームメイトのフェルナンド・アロンソはダカール・ラリーに参戦するが、今後の活動については「やりたいことはたくさんある」とジェンソン・バトンは語る。

    「ダカールとはちょっと違うかもしれないけど、オフロードにはとても興味がある。DTMの交流戦が行なわれる週末にバハ1000に出場する。また、将来的にはル・マン24時間レースにもう1度出てたい思っている。新しいレギュレーションがうまくいけばいいね。また、NASCARも素晴らしいシリーズだと考えている」

    「何か1つにフォーカスするとのではなく、いろいろとトライしたいと思っている。カートの世界選手権に出るかもしれない。いずれにせよ、僕はまだハングリーだし、これからもレースをしてきたいと思っている。F1で歴史を作り、SUPER GTでも新しい歴史を作ることができた。素晴らしいキャリアを刻むことができた。これからの新しい挑戦には興奮している」

    「最後に、多くの人たちにこの2年間を本当にありがとうと言いたい。僕は日本の文化や人々を心から尊敬している。1997年にカートで初めて日本に来たときから、日本のドライバーの競争力の高さには本当に驚いた。そして、こんな良い機会を与えてくれたホンダに心から感謝している」

  • ジェンソン・バトン、SUPER GTを終了「日本のレースカルチャーに感謝」

    ジェンソン・バトン、SUPER GTを終了「日本のレースカルチャーに感謝」

    元F1ワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンは、11月3日(日)にツインリンクもてぎで開催された最終戦をもって日本でのSUPER GTのキャリアに幕を閉じた。

    2009年のF1ワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンは、昨年SUPER GTに初フル参戦。山本尚貴とともにRAYBRIG NSX-GTを駆り、シリーズ参戦初年度で見事チャンピオンを獲得した。

    今年も山本尚貴とチームを組んで挑んだが、チャンピオン獲得はならず、最終戦を6位でフィニッシュした。

    「僕のSUPER GTキャリアは6位で太陽が沈んだ。感謝したいことがたくさんある」とジェンソン・バトンはコメント。

    「僕たちはチャンピオンになり、それをしながら楽しむという目標を達成した。日本のレースカルチャーに僕のことを歓迎してくれたすべての人々に感謝している。プロフェショナリズムで、情熱的で素敵なカリスマチームであるチーム・クニミツに感謝している。この機会を与えてくれたホンダに感謝している。そして、最後に一生懸命走り、決して僕を失望させなかった山本尚貴という男に感謝したい。一緒にチャンピオンをとり、親友になった」