カテゴリー: ブリヂストン

  • ブリヂストン 「F1復帰は考えていない」

    ブリヂストン 「F1復帰は考えていない」

    ブリヂストンは、近い将来のF1復帰は考えていない。

    ブジヂストンは、2011年までF1にタイヤを供給。“タイヤ戦争”と単独供給時代の両方でF1と同義だった。

    だが、ブリヂストンはオリンピックの主要スポンサーとして契約をしており、F1復帰は考えていないと語る。

    ブリヂストンのヨーロッパ責任者を務めるロビン・ショーは「現在、我々は時間とリソースをオリンピックに投資している」

    「近い将来、F1に復帰するという危険を冒すことは考えていない」

    「私はF1のファンであり、楽しく観させてもらっている。だが、現在、我々がF1ではなく、オリンピックへの投資に満足していることに私は満足している」

  • ブリヂストン、スーパーフォーミュラ撤退を発表

    ブリヂストン、スーパーフォーミュラ撤退を発表

    ブリヂストンは、全日本選手権スーパーフォーミュラ シリーズにおける公式タイヤサプライヤーとしての契約を2015年シーズンで終了することを発表した。

    ブリヂストンは、前身のF2000時代からこれまで長期にわたりタイヤを供給してきた。

    ブリヂストンは「ドライバー、チーム関係者の皆様とともに戦いながら、当社のタイヤ開発技術を向上させることができ、また当社のブランド力向上にもつなげることができました」と声明で述べた。

    ドライバー、チーム及び関係者の皆様、そしてこれまで応援してくださったモータースポーツファンの皆様に心より感謝を申し上げます」と声明でコメント。

    「スーパーフォーミュラへのタイヤ供給は終了しますが、当社は今後もモビリティー社会に携わる一員として、モータースポーツ活動に情熱をもって参画していきます。また、モータースポーツファンの皆様に新たな形でモータースポーツを楽しんで頂けるよう全力を尽くして参りますので、引き続き当社のモータースポーツ活動にご支援を賜りますよう宜しくお願いします」

    またスーパーフォーミュラを運営する株式会社日本レースプロモーションは「株式会社ブリヂストン様より、今期をもってスーパーフォーミュラへのタイヤ供給を終了するとの発表がございました」と声明で述べた。

    「株式会社日本レースプロモーションは、これまで永きにわたりレースタイヤを供給して頂いたことに感謝申し上げるとともに、国内最高峰に相応しい、レベルの高いレースをお客様にご覧いただくために多大なるご尽力を賜りましたことについて、重ねて感謝申し上げます」

    「尚、来期以降のタイヤ供給につきましては、できるだけ早い時期に、皆様にお知らせできるよう努力してまいる所存でございます」

  • ブリヂストン、五輪と数100億円規模のスポンサー契約との報道

    ブリヂストン、五輪と数100億円規模のスポンサー契約との報道

    ブリヂストンが、国際オリンピック委員会(IOC)と総額が数100億円に上る最高位のスポンサー契約を締結すると報じられている。

    契約の詳細は、13日午後に東京都千代田区の帝国ホテルで開かれる調印式と記者会見で発表される。調印式には、ブリヂストンの津谷正CEO、IOCのバッハ会長が出席する予定。

    ブリヂストンは、2020年の東京五輪を含む複数の大会にまたがってスポンサーを務める方針だという。

    ブリヂストンが締結するとされる最高位の「TOPプログラム」というスポンサー契約は、1業種1社限定。五輪のシンボルマークを世界中で自社製品の広告や宣伝に使うことができるなど、五輪に関する独占的権利が与えられる。

    現在は、コカ・コーラなど世界的企業10社が協賛しており、日本企業ではパナソニックが名を連ねている。

    ブリヂストンは、2010年でF1へのタイヤ供給から撤退。2015年末にはMotoGPから撤退することが決定している。

  • ブリヂストン、2015年でMotoGPから撤退

    ブリヂストン、2015年でMotoGPから撤退

    ブリヂストンは、MotoGPにおける公式タイヤサプライヤーとしての契約を2015年シーズンで終了することを決定した。

    ブリヂストンは「2002年の初参戦以来、より速く、より安全なタイヤをめざして技術革新を繰り返しながら、トップライダーの足元をささえてきました。タイヤの開発・供給を通じて、当社の技術は飛躍的に向上し、また、MotoGP関係者及び世界中のファンに支えられ、世界各国でブランド力の強化にも多大な貢献を果たすことができました」とプレスリリースで述べた。

    「これまで応援してくださったMotoGPライダー、チームおよび関係者の皆様、そして世界中のモータースポーツファンの皆様に心よりの感謝をお伝えします。なお、2015年シーズン終了までは従来と同様にMotoGPを全力でサポートしていきます」

    「当社はモビリティー社会に携わる一員として、今後もモータースポーツ活動に情熱をもって参画していきます。また、当社リソースを最大限に活用し、新たな形でモータースポーツを楽しんで頂けるよう全力を尽くします。引き続き当社モータースポーツ活動にご支援を賜りますよう宜しくお願いします」

  • ブリヂストン、F1復帰を否定

    ブリヂストン、F1復帰を否定

    ブリヂストンは、2014年にF1復帰する可能性を否定した。

    現時点でいまだピレリは2014年の契約を結んでおらず、来年のタイヤ供給への不安が高まっている。

    ブリヂストンは、1997年にF1に参入。2010年末にF1から撤退した。ブリヂストンの広報担当者は、その決定をひるがえす計画はないと述べた。

    「現在、我々にF1に再参入する計画はありません」

    「F1への参戦以降、ブリヂストンは、ヨーロッパ、そっして世界中のそれ以外の地域でのブランド認知において大きな改善を成し遂げました」

    「同時に、ブヂストンは、乗用車タイヤの開発のために、F1タイヤのコンパウンド、設計、シミュレーションの技術を適用することに成功しました」

    「ブリヂストンの14年間のF1参戦は非常に重要だったと言うことができます」

    「連続的に変化する現在のビジネス環境において、ブリヂストンはそれらを革新的なテクノロジーや戦略的な製品のさらに集中的な開発に変えるというニースに集中し、2010年末の契約満了後に新しいタイヤ供給契約を更新しないことに決めました」

    潜在的なタイヤ供給候補に挙げられているハンコックも、2014年のF1参戦を否定している。

    関連:
    ・ハンコック、2014年のF1タイヤ供給を断念 – 2013年6月2日
    ・ピレリ、F1撤退を警告 – 2013年5月25日

  • ブリヂストン、バレンティーノ・ロッシとのアドバイザー契約を延長

    ブリヂストン、バレンティーノ・ロッシとのアドバイザー契約を延長

    ブリヂストン・ヨーロッパは、モーターサイクルタイヤの開発アドバイザーとして、バレンティーノ・ロッシとの間で合意を延長したことを発表した。

    昨年から欧州全土において、モーターサイクルの情熱を促進するため、二人三脚で公道タイヤ、特にレーシングやスポーツツーリングの分野におけるパフォーマンスと安全面の向上を目指して、開発に着手。

    2年連続して、アドバイザーに就任したバレンティーノ・ロッシは、「ブリヂストンとは、MotoGPで長く一緒に仕事をしてきて、常に彼らのプロフェショナルリズムと製品の質の高さに感銘を受けていた。今回の延長合意は、新たな公道タイヤの開発に貢献する素晴らしい機会となる」と、抱負を語った。

    ブリドストン・ヨーロッパのCEO、フランコ・アンネンツィアータは、「バレンティーノ・ロッシは、弊社の偉大な大使です。今回の合意拡大により、モーターサイクルレース史上において最も偉大なライダーの1人から助言と提言をいただき、市場に最良の新たなバトラックスタイヤを確保します」と、市場戦略に向けて自信を見せた。

    今回の合意も昨年に引き続き、バレンティーノ・ロッシ個人との契約となり、所属チームとは無関係であることが指摘された。

    関連:
    ・バレンティーノ・ロッシ、ヤマハに復帰 (MotoGP) – 2012年8月15日

  • 浜島裕英、フェラーリのタイヤディレクターに就任

    浜島裕英、フェラーリのタイヤディレクターに就任

    フェラーリは、ブリジストンでタイヤ開発本部フェローを務めていた浜島裕英と契約したことを発表した。

    浜島裕英は、パット・フライ直属でマシンとタイヤの相互作用に対処する。

    フェラーリのチーム代表ステファノ・ドメニカリは、2011年シーズンで苦戦した部門での浜島裕英の貢献を楽しみにしているとマドンナ・ディ・カンピーリオでの恒例イベント「Wrooom 2012」の場で述べた。

    「本日、浜島が加入した。彼はマシン開発とタイヤの問題に貢献してくれるだろう」とステファノ・ドメニカリはコメント。

    「昨年、いくつかのコンディションで我々が苦しめられた問題だった。目標は、彼の関与により大きな利益を得ることだ。彼は我々のリファレンスになるだろう。我々は彼に重要な貢献を期待している」

    「彼はタイヤの世界を知っている。彼の知識は重要であり、我々はそのエリアにおける理解を強化するためにこの機会を利用していく」

    「昨年、我々はタイヤをうまく活用できなかった。それが彼がチームに加入した理由だ」

  • ブリヂストン、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

    ブリヂストン、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

    MotoGPにタイヤを供給するブリヂストンが、MotoGP マレーシアGPでの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意を表した。

    マルコ・シモンチェリ選手はMotoGP第17戦マレーシアGPの決勝レースの2周目に11コーナーでフロントから転倒して他車に接触。頭部、頸部、胸部を強く打撲したシモンチェリ選手はメディカルセンターへ運ばれ心肺蘇生措置を受けたが、16時56分に残念ながら死亡が確認された。

    堀尾直孝 (ブリヂストン モータースポーツ推進部長)
    「マレーシアGPの決勝レース中に発生したアクシデントによるマルコ・シモンチェリ選手の突然の訃報は、誠に痛恨哀惜に堪えません。ご家族、ご友人、チーム、御関係者の皆様に対し、心より哀悼の意を申し上げます。今日の不幸な出来事により、我々MotoGPファミリーは、このうえなく明るい人柄を備え、傑出した素晴らしい才能を今まさに花開かせつつあった若者と、永遠の別れを告げることになってしまいました。あまりにも突然の出来事で、類い希な資質と華やかなキャラクターのマルコを失ったことが今はまだ信じられない思いです。そこにいるだけで周囲を明るくする彼の笑顔、屈託のない話し声、そして何より、二輪ロードレースの最高峰MotoGPで着実にトップライダーへの道を歩み続けた彼と過ごしたこの2年間の素晴らしい日々を、我々はけっして忘れることがないでしょう。今はただ、悔しい、残念、という言葉しか思い浮かびません。マルコ選手、安らかにお眠りください。衷心より御冥福をお祈り申し上げます」

    マルコ・シモンチェリ 経歴

    1996年から2000年にかけて地元イタリアのミニバイク選手権で活躍し、2年連続のチャンピオンに輝く。01年にイタリア選手権125ccクラスのホンダ・トロフィーに参戦。翌02年には、欧州選手権の125ccタイトルを獲得するとともに、ロードレース世界選手権(WGP)にも出場。03年からWGPにフル参戦を開始し、05年には125ccで総合5位と躍進すると、翌年から250ccにステップアップを果たした。08年には250ccのタイトルを獲得し、09年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となった。2010年に最高峰のMotoGPにステップアップ。参戦2年目の2011年、第17戦マレーシアGP決勝レースにおけるアクシデントで負傷し、サーキットのメディカルセンターで救命処置が行われたが同日逝去。享年24歳。

    関連:マルコ・シモンチェリ、MotoGPのレース中に事故死

  • ブリヂストン、インディカー撤退を撤回

    ブリヂストン、インディカー撤退を撤回

    ブリヂストンは、ファイアストンのブランドでのインディカーへのタイヤ供給を2011年シーズン末で終了するとの決定を撤回。少なくとも2年間は留まることを発表した。

    ファイアストンは、今月初旬に今シーズン限りでインディカーシリーズからの撤退を発表していたが、2012年から新しいレギュレーションが導入されることもあり、チーム側はファイアストンが留まるよう説得していた。

    ファイアストンは11日(金)、2013年までインディカーにタイヤを供給することを発表した。
    「先週末、両組織は、長期的な活動を準備するためも将来について決定しなければならない最終期限に達した」とインディカー・シリーズのランディ・バーンハート代表はコメント。

    「それは避けられない決断のひとつだった」

    「今週前半、我々はチームオーナーにプロセスとを案内し、彼らのインプットを行くために会議を招集していた。ファイアストンと一体になって歩んでいけると言えることに満足している」

    「我々は、今回の新しい供給契約が全員にとって利益になると感じている。2012年の完全に新しいマシンに移行するために安全性と信頼性が証明されているファイアストン製品を供給できる。我々のスポーツの長期的な成長に協力するために我々と働いてくれるファイアストンの皆さんに感謝しなければならない」

    ファイアストンのモータースポーツ活動を統括するアル・スパイアーは、合意に達したことに満足していると述べた。

    「我々はインディカー・シリーズにおける成功の頂点にたどり着いた一方で、2013年までIZODインディカー・シリーズとの関係を拡大し、我々の魅力的なパートナーシップを続けられることを嬉しく思っている」

    ただし、今回の新しい契約はインディカーのみのものであり、ファイアストンがタイトルスポンサーとタイヤ供給を行っている下位カテゴリーのインディ・ライツに関しては今シーズン末で撤退する意向だとしている。

  • ブリヂストン、今季限りでインディカーから撤退

    ブリヂストン、今季限りでインディカーから撤退

    ブリヂストンは、ファイアストンのブランドで行ってたインディカーへのタイヤ供給を2011年シーズン末で終了することを発表した。

    ファイアストンの撤退は数ヶ月前から囁かれてきたが、インディカーは2012年に新しい規約を導入することもあり、少なくともあと1年はタイヤを供給してくれるよう説得を続けていた。

    しかし、ファイアストンとインディカーは、2012年のための新しいタイヤサプライヤーが必要になると発表した。

    インディカー・シリーズのランディ・バーンハート代表は「ファイアストンのようなスポーツによって偉大なパートナーを失うのは残念なことだ」とコメント。

    「だが、我々は2012年にデビューする新マシンに備え、他のタイヤメーカーが我々のスポーツに関与する機会についてについて積極的に交渉している」

    「世界で最も速く、最も多彩なシリーズとして、インディカーはトラック上でパフォーマンスとブランドの両方を認めてもらう機会を求めている企業のために理想的なプラットフォームを提供したい。実際、ファイアストンは5年間の我々とのパートナーシップで売り上げを2倍にした」

    ファイアストンのモータースポーツ活動を統括するアル・スパイアーは「たとえ今季限りのインディカー・シリーズからの撤退を発表したとしても、ファイアストン・レーシングは2011年を通して、高水準のパフォーマンスを維持することをファン、チーム、そしてドライバーに保証したい」と述べた。

    「我々はインディ500の100周年を祝う計画も考えており、そのマイルストーンの一部として我々のパートナーシップを祝い、数十年の長い関係を称えることを楽しみにしている」

    ファイアストンは、1995年にアメリカン・シングルシーターシリーズに復帰し、すぐにライバルのグッドイヤーを圧倒。1999年にグッドイヤーが撤退したあとは、チャンプカーとインディカーの分裂後は両シリーズにタイヤを単独供給していた。

    ファイアストンは、インディカーのタイトルスポンサーとインディ・ライツへのタイヤ供給も2011年で終了する。