カテゴリー: スクーデリア・アルファタウリ

  • ピエール・ガスリー 「トップチームに選ばれるF1ドライバーになってみせる」

    ピエール・ガスリー 「トップチームに選ばれるF1ドライバーになってみせる」

    アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、2021年の印象的な成績はトップチームに空席ができた場合、自分を“明白な選択”として有益であることを示せたと考えている。

    2019年にレッドブル・レーシングとのスティントに失敗した後、ピエール・ガスリーは、姉妹チームのアルファタウリ(当時トロロッソ)に降格。それ以来、ファエンツァチームのリードドライバーであり続けている。

    だが、そこでピエール・ガスリーはすぐにが自信を取り戻し、素晴らしい結果を生み出し始めた。昨年のF1イタリアGPでは見事なF1初勝利を挙げ、今季もF1アゼルバイジャンGPで表彰台に立った。

    だが、ピエール・ガスリーが最も注目を集めたのは予選だった。シングルラップのペースで定期的にトップ6に入ったが、チームとしてのアルファタウリ・ホンダF1は日曜日のレースペースでそれを結果に変えることにしばしば苦労した。

    それでも、ピエール・ガスリーは、コンストラクターズ選手権でアルファタウリ・ホンダよりも上位で終えたアルピーヌのフェルナンド・アロンソとエステバン・オコンを上回るドライバーズランキング9位でシーズンを終了。8位のダニエル・リカルド(マクラーレン)とはわずか5ポイント差だった。

    ピエール・ガスリーは、トップチームが2023年シーズンにドライバー交代を検討する場合、2021年の結果を見てくれることを願っている。

    現在はより成熟した熟練したドライバーとなっているピエール・ガスリーにとって、明らかな移籍先は、セルジオ・ペレスに代わって再びレッドブルに戻ることだが、他のオファーにもオープンだ。

    「それは明らかに重要な動きになると思う」とピエール・ガスリーは次の方向性について語った。

    「今後2年間でレッドブルの見方を確認する必要がある。彼らとは8年になるからね。長い時間だ」

    「当然、現時点では彼らは非常に競争力のあるマシンを持っている。彼らがマックス(フェルスタッペン)と何をしているのか、彼らがどのように前進するのかを見極める必要がある。でも、もちろん、自分のキャリアについても考える必要がある」

    「僕はまだ非常に若いし、25歳だけど、僕の目標は、それらの人たちが誰が交代できるかを考えたら、ファーストシートに着くことだ。現在、僕はドライバーズチャンピオンシップで9位だ」

    「僕の前にいる8人全員は、コンストラクターズの上位チームで走っているドライバーだ。だからこそ、空席があれば自分が当然の選択であることを示すことが重要だ。それが私がやろうとしていることだ」

    ピエール・ガスリーは、自分の将来の可能性について「まず第一に僕の優先順位はレッドブルだけど、現時点では彼らはセルジオを続けることを決定した」

    「彼らが何を計画しているのかは分からない。彼らは2023年に選択肢があるかもしれないと言っている」

    「僕はそのために自分自身をベストポジションに置くように努めていくけど、その議論が来年レッドブルと行われることは分かっている」

  • ピエール・ガスリー、GP2時代に経験したスポンサー詐欺を回想

    ピエール・ガスリー、GP2時代に経験したスポンサー詐欺を回想

    アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、GP2時代にスポンサー詐欺の被害者となったことを明らかにした。

    2016年シーズンに先立ち、ピエール・ガスリーは、DAMSから、GP2に初参入したプレマに移籍することを望んでいた。しかし、プレマに加入するには資金が必要だった。

    その結果、ピエール・ガスリーは、潜在的な支援者と連絡を取り合った後、ウガンダへと飛ぶことになった。

    「いくつかスポンサーを見つけなければならなかった。そして、ウガンダへと飛んだ」とピエール・ガスリーはRacingNews365.comに語った。

    「僕を後援したい人に会うことになっていた。プレマで競争するための予算が必要だった。大統領選挙中だったので、国で反乱の危険性が高かった」

    「でも、プレマとレースをしたかったし、お金を探す必要があったので、そこに行くしかなかった…当時は19歳だった」

    「24時間の間に僕たちはチケットを手に入れ、12時間かけてそこに行き、未知の男に会うことにした。でも、彼は現れず、残念ながら、会うことができず、資金を得ることができなかった」

    ピエール・ガスリーは、その出来事は間違いなく学習体験だったことを認める。

    「最初から最後まで、何も期待通りに進まなかったし、本当の冒険だったと言わなければならない」とピエール・ガスリーは語った。

    「母と一緒にそこに行ったけど、もうヨーロッパには戻れないかもしれないと思った」

    「実際、そこに住んでいる人々の貧困と状況を目にしたのは、ある意味でショッキングだった。僕たちは貧民街を経験した。そして、それは世界のいくつかの場所がどうなっているのか、貧困がそういった人たちにどのような影響を与えているかを理解させられた」

    「何もお金を得ずに帰ってきた。実際に飛行機の切符代を失ったけど、それは良い人生の教訓だった」

  • アルファタウリF1の角田裕毅がルーキーシーズンに学んだ2つの最大の教訓

    アルファタウリF1の角田裕毅がルーキーシーズンに学んだ2つの最大の教訓

    アルファタウリ・ホンダF1の角田裕毅は、ルーキーシーズンとなった2021年のF1世界選手権で学んだ重要な教訓を明らかにした。

    7年ぶりの日本人F1ドライバーとしてデビューを果たした角田裕毅は、2021年シーズンを通して浮き沈みを経験した。開幕戦F1バーレーンGPで9位入賞を果たした角田だが、その後、一連のクラッシュとノーポイントフィニッシュが続いた。

    コース外でも論争を巻き起こした。F1スペインGPの予選16位で予選を通過した角田裕毅は、12位で終えたアルファタウリ・ホンダF1のチームメイトであるピエール・ガスリーと異なるマシンを与えられる諭旨の発言をして、後に謝罪した。

    不安定なフォームを受けて、レッドブルF1は、角田裕毅を英国からイギリスに転居させ、チーム代表のフランツ・トストに再教育を託した。結果として、角田裕毅はシーズン後半に調子を取り戻し、転居は報われた。

    角田裕毅は、週末のレースに臨む際の自信の重要性を知ったと感じており、また、いくつかの重要なオフトラックの問題にも気づいたと認める。

    ルーキーイヤーの最大の教訓について質問された角田裕毅は「ドライビングに関して、自信を持つことだと言えます」と角田裕毅はRacingNews365.comに語った。

    「どのようにアプローチするか、どのように進歩するかなど、レースウィークに関連する自信ですね。たくさんのこと、特にそれらの部分を学びました」

    「ソーシャルメディアのことも学びました! もちろん、僕が学んだことはたくさんあったと思いますが、それら2つが、今年僕が学んだ最大のトピックでした。」

    波乱に満ちた2021年に続き、角田裕毅は冬休み中に日本に帰国する予定となっている。シーズン開幕前から初めての帰国となる。

    「久しぶりです。日本食と友達がとても恋しいです」

    「帰国は嬉しいですが、日本では先月よりも新型コロナウイルスの制限が少し厳しくなっているので、多くの検疫があるかもしれません」

    「簡単なことではありませんが、それでも楽しみです。できるだけ休んで、来年もフレッシュなフィーリングで再開する必要があります」

  • F1特集:角田裕毅のキャリアを支えたキーパーソンが語る(2)ミスを恐れず

    F1特集:角田裕毅のキャリアを支えたキーパーソンが語る(2)ミスを恐れず

    F1公式サイトが角田裕毅を特集。『The rise of Japanese racing sensation Yuki Tsunoda』と題して、キャリアを支えたキーパーソンが語った。

    今年、7年ぶりのF1ドライバーとしてアルファタウリ・ホンダでF1デビューを果たした角田裕毅。デビュー戦でポイントを獲得して以来、スランプに陥ったが、終盤戦は自信を取り戻し、最終戦F1アブダビGPでは自己ベストとなる4位入賞を果たしてシーズンを締めくくった。

    F1公式サイトが、角田裕毅がこれまでのキャリアを通して働いた人々、そして、角田裕毅にインタビューを敢行した第2弾。
    F1特集:角田裕毅のキャリアを支えた重要人物が語る(1)F1への道筋

    角田裕毅はミスを恐れない。常に速く走りたいと考えており、ミスをしながら学び、成功を収めてきた。ジュニアカテゴリーではそれでよかったが、F1では、ミスをしたり、バリアにクラッシュしたり、スピンしたりするたびに、世界の目が彼に向けられる。すべてのミスは大きく報じられ、精査されるため、プレッシャーが高まる。

    FIA-F3時代の所属チームであるイエンツァー・モータースポーツの創設者アンドレアス・イェンツァーは「裕毅は自分で物事を学ぶ。彼がミスを犯した場合、彼はそれがミスであったことを知っている」と語る。

    「エンジニアは彼に『ブレーキを遅らせる必要があり、早くエイペックスにつく必要がある』と言う必要はない。裕毅が必要とするのは、マシンの外で物事を整理するのを手伝うことだけだ。たとえば、彼が適切な食事を摂っている、水分補給、トレーニングなどだ。だが、ドライバーとしてのシーズンでは、物事がどのように機能し、ピレリタイヤがどのように機能しているかを説明するだけだった。それ以外は、彼は火傷を負ってでも、自分自身を学びたいと思っていた」

    「彼がミスを犯したとき、ミスをした自分自身にとてもイライラすrので、彼をかなり長い間放っておく必要がある。あるブリーフィングを覚えている。マシンがポールを獲得できなかったとき、私は彼に我々は5番手で満足していると言った。我々がブリーフィングを離れたとき、彼は私についてきた、そして、彼は私を引き留めて『アンドレアス、二度と5番手に満足していると僕に言わないでください。5番手や8番手に満足しているなどと言う必要はありません。あなたは僕にポールにいる必要があり、1番手になる必要があるとだけ言っていればいい、勝つために僕が一番になるようにプッシュする必要があ』と言ってきた」

    「彼は3番手または5番手には満足しなかった。彼は勝ちたかった。彼が怒っているとき、ほとんどの場合、自分がすべきだと思っていた方法でパフォーマンスできなかった自分自身に腹を立てていた」

    FIA-F2時代の所属チームであるカーリンの創設者トレバー・カーリンは「裕毅の最大の特徴は、彼が非常に自然に才能があることだ」と語る。

    「すべてのマシンには、速く走るための様々なニュアンスと特別なトリックがある。我々のエンジニアは彼が何をする必要があるかを説明した。そして、彼の素晴らしいところは、彼はコースに出てそれをするということだ。彼は指示を非常にうまく適用する。そのようなドライバーがいると、様々なトラックで小さなことを提案し続けることができ、彼が常にそれを行う場合、彼は常に速いことを知っているので、仕事全体がはるかに簡単になる」

    「10回のうち9回は、我々が行ったほとんどのトラックでマシンはかなり良かったので、彼は自分がしていることに集中でき、エンジニアリングについてあまり心配する必要はなかった。彼のアプローチはオール・オア・ナッシングだ。彼はプッシュする。彼は最大の攻撃だ。彼はそれを勝ち取ろうとしているという見方を持ってすべてのレースにアプローチしている。そのアプローチがなければ、間違った仕事をしていることになる」

    だが、F1では予選Q1での1回目のアタックからクラッシュするという場面があった。

    レッドブルF1のチーム代表を務めるヘルムート・マルコは「Q1で常にプッシュすることに意味はない。Q3に進むことができるマシンを持っているとクラッシュするリスクがあると彼に言った」と語る。

    「ポイントは? Q2に進む必要がある。最速である必要はない。彼は、すべてのラップではなく、より技術的で、必要なときに攻撃する必要がある」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーフエンジニアである本橋正充は「F2とは大きく異なり、非常に複雑なF1ステアリングスイッチのしくみを学び始めたとき、彼のユニークな点は、F1について多くのことをすばやく学ぶだけでなく、自分で変更を加えていったことです」と語る。

    「彼は私たちのエンジニアと多くのことを話し、非常に詳細に、良いフィードバックを提供しています。我々は彼がすでに非常に良いレベルにあると思っています」

    角田裕毅は「F3とF2では1年しかレースをしませんでした」と語る。

    「かなりプッシュしましたし、初めてトラックでのレースがたくさんありました。すぐに学びました。F1でも同じことをしています。すべてのセッションから学ぶようにしています。すべてのセッションとすべてのレースウィークで、多くのことを学んでいます。トラックが私にとって新しいときは常に最初から始めなければなりません。でも、ラップごとにディテールごとに改善しているような気がします」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーム代表を務めるフランツ・トストは「裕毅は良い方向に向かっている。彼のドライビングスタイルは現代のドライビングスタイルに属している」と語る。

    「そして、彼は自分が何を望んでいるかを知っている。彼はアンダーステアのマシンがあまり好きではあない。エイペックスで流れてしまうようなマシンが好きではない。彼はマシンのリアをあまり気にしない。彼がこれまでに示したものはすべてポジティブだ。もちろん、彼はクラッシュするべきではない。だが、どんなドライバーにも言っているが、私はそれをクラッシュ期間と呼んでいることだが、クラッシュは学習と開発プロセスの一部だ」

    角田裕毅の特徴のひとつは、チームメイトと非常にうまくやっていける性格が挙げられる。アルファタウリ・ホンダでは、ピエール・ガスリーと素晴らしい関係を築いており、それはF2時代のユアン・ダルバラとのチームメイトとしての関係も成功したものだった。角田裕毅が入ってくると部屋は明るくなる。

    本橋正充:「彼はとてもおしゃべりで、エンジニアととても仲良くしています。彼らの関係は状況によって大きく異なります。彼らは一緒に食事をしたり、一緒に話したりするとき、F1や技術的なことについて、そして、プライベートなことについても多くの会話があります」

    山本雅史:「マシンに乗っていないときは、他の21歳と同じように、ゲームなどの話をしています。しかし、F1や仕事の話になると、彼は非常に真剣になります。彼は成功するために何をしなければならないかを知っています。彼は彼の年齢では非常に成熟していると思います。彼は多くの異なるシリーズを非常に迅速に経験したので、彼が急速に成熟したのは当然のことです」

    ヘルムート・マルコ:「彼は面白い男であり、誰もが彼を好きだ。それは素晴らしいことだが、必要なのは一貫したスピードだ。それが重要だ。彼がF1のピエロにならないようにし、彼が最高のドライバーになることに集中していることを確認する必要がある。彼には大きな可能性があると我々は信じている。オーストリア(第9戦)で、彼はすでに(ダニール)クビアトよりも速かったので、彼を昇進させる決定は正しかった。彼はとても若いです。彼には学ぶべきことがたくさんある」

    トレバー・カーリン「彼の英語は年が進むにつれて上手になり、年末までにはかなり上手になった。当初、彼は少しシャイで静かだったが、それは言葉の壁もあった。シーズン後半までに、エンジニア、メカニック、そしてチーム全体が、裕毅とかなり楽んでいた。全員が仲が良かった。本当に一日中ふざけあっていた」

    角田裕毅:「アルファタウリは最初から自分に合ったチームでした。彼らはイモラでの最初のテストから本当にフレンドリーでした。彼らはいつもおしゃべりです。そして、僕にとって、それはうまくいきます。チームの全員が大好きです。だから、ミスをするとより恥ずかしい思いをします。ミスをそうと『ごめん』と言います。僕の焦点はチームとの関係を構築することです。僕は彼らにふさわしい結果を与える必要があります」

    角田裕毅のデビューシーズンで話題になったことに無線でのコミニュケーションがある。初期のレースでは、エンジニアを罵倒するような暴言を吐き、「落ち着く」ように伝えられるのをよく耳にしたが、後半になるとその頻度が減っていった。

    角田裕毅は、落ち着きを保つことが自分の弱点であると認めている。そのようなシャウトな無線メッセージは、彼のキャリアを通してそれが弱点であった理由を説明している。

    アンドレアス・イェンツァー:「彼のチームラジオは、我々にとって最初は本当に惨事だった。彼は今では少なくとも80%は落ち着いていると思う。酷くなってくると『OK、我々はラジオのプラグを抜く。運転に集中しろ』と言った。我々はいつも、彼の気性は人に向かって叫ぶためではなく、マシンを運転するためにエネルギーを使うべきだと言っていた。彼はラジオで感情的になりすぎて、欲求不満をコントロールするのに苦労した。だが、それは改善した」

    本橋正充:「チームラジオで時々使う言葉はF1への情熱から来ていると思います。もう少しジェントルにした方がいいかもしれません! 彼はいつもそうなわけではなく、バイザーが下がっているときのチームラジオだけです。それ以外のときは、彼はとてもクールです」

    山本雅史:「ラジオは彼の情熱を示しています。彼は自分の感情に非常にまっすぐであり、それは理解できます。しかし、彼はチームを率いる必要のあるドライバーでもあるので、ラジオを聞いたチームメンバーの気持ちを考えなければなりません。私はそれについて彼に話しました。そして、彼はそれを理解したと思います。彼はまだとても若い。経験が必要です」

    ヘルムート・マルコ:「彼の言語はあまり日本的ではない。それは日本で悪い評判を与えている。彼がその意味を知っているかどうかはわからない」

    トレバー・カーリン:「裕毅は怒って欲求不満になるが、すぐに乗り越える。我々が見たそれは最大のこと、そして、F1で少し目にしているのは、彼をブロックしたり、彼を切り刻んだり、コース上でひどく運転をする人々に巻き込まれたときだ。それは本当に彼を苛立たせる、そして、彼はそれをラジオで発散する。その後、他のドライバーについてのチャットがあった。『オーケー、裕毅。我々はそれについてすぐに話をする。集中してくれ』。彼は現在ラジオで見ているようなドラマはあまりなかった」

    角田裕毅:「後悔しています。僕はいつも自分の言うことをコントロールしようとしますが、難しいこともあります。頑張っています。いつも改善したいと思っています」

    フランツ・トスト:「彼に『これは言うな。あなたのイメージに良くない。チームにも良くない。静かにしていろ』と言うことはできる。彼はバイザーを閉じ、マシンの中に座って、問題を抱えている。どんな理由であれ、彼は動揺ている。人々は、これがF1カーであることを理解しなければらない。ドライバーからの攻撃があるに違いない。。ただ転がっているだけではない。彼らはアドレナリンを持っている必要がある。そうでなければパフォーマンスを示すことはできない。私は彼にそれをしないように要求するだろう。彼は自分自身に叫ぶことができる。ラジオのスイッチを入れずにね。それは彼を傷つけ、そしてそれはチームを傷つける」

    Yuki Tsunoda

    角田裕毅のキャリアには、ミスを振りかけながらゆっくりと新しいチャンピオンシップをスタートし、アプローチを引き締めて周囲に適応するというパターンが形成されている。それはF1にも当てはまるようで、イスタンブールとオースティンはターニングポイントとなった。彼はかなり落ち着いており、ラジオで叫ぶようなことは今ではほとんどなくなかった。

    2022年の課題は、レッドブル、ホンダ、そして、日本からの高い期待だけでなく、彼にとってさらに重要なこととして、彼自身の目標を実現する機会を最大限に活用することだ。

  • アルファタウリ・ホンダF1代表 「アルピーヌは運に恵まれた部分もあった」

    アルファタウリ・ホンダF1代表 「アルピーヌは運に恵まれた部分もあった」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーム代表を務めるフランツ・トストは、コンストラクターズ選手権の5位争いで敗北を喫したアルピーヌF1はある程度の運に恵まれいたと考えている。

    マシン的にはアルファタウリ・ホンダの方が競争力があることが多かった。ピエール・ガスリーは定期的に予選でQ3に進出し、トップ6でフィニッシュすることが多かった。

    だが、アルファタウリ・ホンダF1のルーキーの角田裕毅がスランプに落ちってピエール・ガスリーが一人でポイントを稼ぐ状態だったのに対し、アルピーヌF1は、特にフェルナンド・アロンソがマシンに慣れて以降は2人のドライバーが決勝で安定してポイントを獲得した。

    さらにF1ハンガリーGPではエステバン・オコンが衝撃的な勝利を収め、同ポイント迎えたF1カタールGPではフェルナンド・アロンソが3位表彰台を獲得して一気にポイント差をつけられた。

    最終的にアルピーヌF1にわずか13ポイント届かずランキング6位で終えたアルファタウリ・ホンダF1だが、フランツ・トストは、アルピーヌF1は運に恵まれたと考えている。だが、今後はチームとしてもっと努力をする必要があるとも認める。

    「もちろん、5位の方がと勝っただろう。だが、チームは今シーズン中に大きく改善したと言わなければならない。いくつかの良いレースがあったが、ポイントを獲得できると考えていたレースで獲れなかったこともあった」

    「アルピーヌは2回本当に運が良かったと言わなけばならない。ブダペストでは勝利を収め、カタールも少し運が良かった」

    「それでも彼らは非常に良い仕事をした。彼らはポイントを獲得したので、我々たちの前にいる。つまり、我々は改善し、もっと良くなるために懸命に努力しなければならない。我々は将来の目標を持っている必要がある」

  • レッドブルF1首脳 「F1アブダビGPのクラッシュが角田裕毅だったら…」

    レッドブルF1首脳 「F1アブダビGPのクラッシュが角田裕毅だったら…」

    レッドブルF1のモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコは、マックス・フェルスタッペンのF1ワールドチャンピオン獲得を助けたF1アブダビGP終盤のセーフティカーのきっかけとなったクラッシュが角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)ではなかったことに胸を撫でおろしている。

    残り6周でニコラス・ラティフィ(ウィリアムズ)がウオールにクラッシュしてセーフティカーが出るまでは、マックス・フェルスタッペンのF1ワールドチャンピオン獲得という希望は事実上潰えたように見えた。

    しかし、セーフティカーは、レースの大半をリードしたルイス・ハミルトンとのギャップを縮めるだけでなく、新品のソフトタイヤのための“フリーピットストップ”の機会を与え、物議を醸す最終ラップのリスタートを可能にし、ターン5でマックス・フェルスタッペンはハミルトンを抜いて自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

    仮にそのクラッシュがレッドブルの姉妹チームであるアルファタウリ・ホンダで、シーズン中に多くの事故に巻き込まれた角田裕毅によるものであった場合、何か不吉な告発が国際映像で流れていたかもしれないとヘルムート・マルコは感じている。

    2008年のF1シンガポールGPでは、ルノーのネルソン・ピケJr.が、チームメイトのフェルナンド・アロンソを支援するために故意にクラッシュした“クラッシュゲート”スキャンダルが起こっている。この罪で起訴されたルノーF1のフラビオ・ブリアトーレはF1界から追放され、さらにはルノーのワークス活動停止へと繋がった。

    レッドブルF1のドライバー育成プログラムの責任者でもあるヘルムート・マルコは、最終的にルイス・ハミルトンに前人未踏の8回目のF1ワールドチャンピオンを犠牲する一連のイベントを引き起こしたのは、実際にはメルセデスF1のエンジンカスマーであるウィリアムズだったと指摘してMotorsport-total.comに語った。

    「内部的には、セーフティカーが必要であることは明らかだった」とヘルムート・マルコはF1アブダビGPのイベントについて語った。

    「角田裕毅がクラッシュしたとしたら、何かが起こっていただろう」

    「だが、その後、これが我々のイースター、クリスマス、世紀のチャンスであることはすでに明らかだった」

  • ピエール・ガスリー 「ジョビナッツィがF1を離れるのは寂しい」

    ピエール・ガスリー 「ジョビナッツィがF1を離れるのは寂しい」

    アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、仲の良いドライバーのひとりであるアントニオ・ジョビナッツィが2021年でF1パドックを離れることになって寂しいと語る。

    アルファロメオF1で3シーズンを過ごしたアントニオ・ジョビナッツィは、2022年に周冠宇にシートを奪われる形でF1を去ることになった。周冠宇は、F2をランキング3位で終えてF1に昇格する。

    アントニオ・ジョビナッツィのシートは、最後のF1シートだったため、他チームへの移籍はできず、2022年はドラゴン・ペンスキーと契約してフォーミュラEに参戦しながら、フェラーリ/アルファロメオのリザーブドライバーとしてF1への関与は継続する。

    アントニオ・ジョビナッツィは、2023年にF1グリッドに戻ることを望んでいる。

    ピエール・ガスリーは、アントニオ・ジョビナッツィに別れを告げるのが今だけであることを望んでおり、彼がF1から弾き出されるのを見るのは「本当に悲しい」と語った。

    「アントニオ・ジョビナッツィがパドックを離れるのを見るのは本当に悲しい。彼はとてもナイスガイで、とても素晴らしい人だからね」とピエール・ガスリーはファンからの質問に答えた。

    ピエール・ガスリーは誰とでもポジティブな関係を築いているが、F1で最も仲がいいドライバーとして、フェラーリのシャルル・ルクレール、アルファタウリのチームメイトである角田裕毅と並んで、アントニオ・ジョビナッツィの名前を挙げた。

    「シャルルは明らかパドックでの僕の親友だ」とピエール・ガスリーは語った。

    「裕毅は、今シーズン以降、たくさんの時間を一緒に過ごしているし、彼ととても良い関係を築いている」

    「僕はほとんどみんなと仲良くしていますが、この3人とは明らかに最も仲がいいと思う」

  • ピエール・ガスリー 「勝利の感覚に勝るシーズンではなかった」

    ピエール・ガスリー 「勝利の感覚に勝るシーズンではなかった」

    アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、2021年シーズンに自己最多ポイントを獲得したが、2020年にモンツァで勝利を達成したときのような感覚をもたらすことはできなかったと語る。

    ピエール・ガウリーは、2020年のF1イタリアGPでこれまでで唯一となるF1初勝利を挙げ、アルファタウリにトロロッソとして知られていた2008年のセバスチャン・ベッテル以来となる業績をもたらした。

    今シーズンは、ピエール・ガスリーは、傑出したドライバーのひとりとして活躍。F1アゼルバイジャンGPで3位表彰台を獲得し、昨年の75ポイントから110ポイントまで獲得ポイント数を伸ばした。また、アルファタウリがトロロッソ時代を含めてF1で100ポイントを超えたのは初めてとなる。

    だが、ピエール・ガスリーは、F1で初優勝した後にもたらされた感覚をまだ経験してないと語る。

    「今年は勝利がなかったし、勝利の感覚に勝るものはない」とピエール・ガスリーはコメント。

    それでも、ピエール・ガスリーは、フェラーリやマクラーレンに定期的に挑戦するペースがあったシーズンを喜んでいる。最終的にコンストラクターズチャンピオンシップではアルピーヌF1に13ポイント差の6位でフィニッシュしたが、ワークスチームが相手であることを考えれば、印象的な成果だ。

    「でも、シーズン全体で22レースを楽しんだと言わなければならない。フェラーリ、マクラーレンと戦って、ポイントを争えることを知って週末にレースに臨めた。それはまた別の興奮だった」とピエール・ガスリーは続けた。

    「そして、僕はシーズンを通してそれを愛していたと言わなければらない。来年もそうなることを本当に望んでいる」

    最終戦でアルピーヌF1を逆転することを目指して臨んだ最終戦では、角田裕毅が4位入賞、ピエール・ガスリーが5位入賞を果たして22ポイントを獲得。チームとして最高の結果を残した。

    アルピーヌF1は、ペース面ではアルファタウリほど一貫してなかったが、F1ハンガリーGPでのエステバン・オコンの優勝、F1カタールGPでのフェルナンド・アロンソの3位表彰台などに助けられた。

    ピエール・ガスリーは、F1でのベストシーズンの後、アルピーヌF1の業績とアルファタウリ・ホンダを称賛した。

    「彼らは良い仕事をした。僕たちは非常にうまく機能していたし、(ランキング)5位で終えることができたかもしれないけど、それは実現しなかった」と彼は付け加えました。

    「それでも僕たちが達成したこと、自分が達成したことを非常に誇りに思っている、110ポイントはアルファタウリで頻繁に起こることではない。今シーズンはとても楽しかった」

    F1は、2022年に大幅なレギュレーション変更を導入。マシンは完全に新しいものとなり、勢力図において順位を上げる機会でも、下げる機会でもある。

    ピエール・ガスリーは、この段階でアルファタウリがどちらの方向に進むかは分からないが、2021年シーズンは今後の成功したシーズンへの自信を与えたと語る。

    「来年は大きく異なる可能性があることは分かっている。同じかもしれないし、良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない」とピエール・ガスリーはコメント。

    「でも、最終的にはチームがこのようなパフォーマンスできたことに満足している。それは来年への希望を与えてくれる」

  • 角田裕毅 「イタリアに転居する前はただの“怠け者”だった」

    角田裕毅 「イタリアに転居する前はただの“怠け者”だった」

    アルファタウリ・ホンダF1の角田裕毅は、今シーズン序盤にイギリスからイタリアに転居したことで、F1レース週末への準備が改善され、生産性の高い日々がもたらされたと語る。

    7年ぶりの日本人F1ドライバーとなった角田裕毅(21歳)は、開幕戦F1バーレーンGPで力強いデビューを果たし、9位入賞でフィニッシュして印象を与えた。

    しかし、その後、角田裕毅、乱雑な予選セッションとレース、そして、奇妙なクラッシュで躓いた。この状況は、レッドブルF1のモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコに、モナコグランプリの週末後に、角田裕毅をミルトンキーンズからファエンツァに転居させるという決定を促した。

    この引っ越しによって、角田裕毅はアルファタウリ・ホンダのファクトリーに近くに住み、プロのレーシングドライバーとしての時間を有効に活用し、レースの準備に集中することができた。

    「この引っ越しは、準備の面で助けになりました」と角田裕毅はAutosprintに語った。

    「イタリアに来る前は、僕はただの怠け者でした。トレーニングの後、まっすぐ家に帰り、PlayStation 5の電源を入れて、一日中遊んで、ただ楽しんでいました」

    「週末が近づくと、すべてを必死にやったような気になっていたのはそれが理由だと思います。始まってからレースウィークの準備をしていましたし、それではあまりに遅かったと思います」

    「自分自身を他のドライバーと比較して、それについて考え、もっとたくさん準備するようになりました」

    「僕はルーキーで、経験豊富なドライバーよりも多くの準備が必要でした。それ以来、いくらか有益なことをするようになったと思います」

    「イタリアに引っ越してから、いくつかの面で改善が見られました。レース後、ファクトリーに戻ってレースを見直し、問題点を理解しました。このアプローチが違いを生みました」

    角田裕毅のF1の冬休み中の計画には、バッテリーを“充電”するために日本に帰ることが含まれているが、2022年に改善を誓っているフィジカル面の準備のほとんどに時間が通夜されることになる。

    「まず、日本に戻って充電します」と角田裕毅は言った。

    「2月以来、日本に帰っていませんでした。本当に日本食が恋しいですし、まずはそこを充電しなければなりません」

    「でも、同時に、もちろん、自分自身、特にフィットネス面を改善する必要があります」

    「だから、もちろん、自分自身を向上させるためにそれらのことを推し進め、バーレーンでの最初のレースで2022年も良いスタートを切りたいと思っています」

    「それがほぼオフシーズンも過ごし方になります。僕は、完全に休んだり、ビールを飲んだりすることはありません。厳しいオフシーズンになりますが、良いスタートを切るにはそういったことが必要です」

  • アルファタウリF1代表 「リアム・ローソンには明るい未来がある」

    アルファタウリF1代表 「リアム・ローソンには明るい未来がある」

    アルファタウリF1のチーム代表を務めるフランツ・トストは、ヤングドライバーテストでF1マシンでの初走行を行ったリアム・ローソンを高く評価している。

    19歳のリアム・ローソンは、アブダビF1テスト1日目にヤス・マリーナ・サーキットでアルファタウリ・ホンダのF1マシンで125周を周回し、メルセデスのF1マシンを走らせたニック・デ・フリースに次ぐ、2番手タイムでセッションを終えた。

    リアム・ローソンは、F1マシンでの走行は子供の頃からの夢だったと語った。

    「なんて日だ。このマシンの信じられないような速さは本当に驚くほど素晴らしい」とリアム・ローソンは語った。

    「もちろん、事前にシミュレーターで運転していた。シミュレーターに乗っているときは、いつも本物のマシンはいくらなんでも実際にそんなに速いことはないと思っていたけど、本当にそうだった」

    「初めてガレージから出ていくときは間違いなく緊張していた。見せないようにしたが、緊張していたのは確かだ」

    「フルスロットルになるまで少し時間がかかったけど、フルスロットルになったときは『なんて大きなパワーだ!』と思った」

    「最大の違いはダウンフォースだ。僕が慣れているものよりもはるかに多くのものがある。今日は本当にマシンから降りたくなかった。F1を初めて味わうことができて本当に良かった」

    リアム・ローソンは、今年ハイテックGPからFIA-F2に参戦し、シーズンのオープニングスプリントレースで優勝した後、ランキング9位でシーズンを終えている。

    ヤス・マリーナ・サーキットでのロアム・ローソンのパフォーマンスは、アルファタウリ・ホンダF1の上層部の評判を害することはなかったようだ。

    「彼は非常に良い仕事をし、問題なく125周を終え、ラップタイムは非常に競争力があったと言わなければならない」とアルファタウリ・ホンダF1のチーム代表を務めるフランツ・トストは語った。

    「彼は一日中良いフィードバックを与えていた。我々は彼と一緒にさまざまなセットアップを実行し、非常に多くの強力なデータを収集した」

    「これは、マシンの全般的な理解をさらに深めるのに役立つ。来年は新しいマシンになるが、それでも、今日収集されたすべてのデータは2022年に役立つ。今日、リアムは本当に素晴らしい仕事をしてくれた」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーフレースエンジニアであるジョナサン・エドルズは、リアム・ローソンがどれだけ早くスピードを上げたかに感銘を受けたと語る。

    「タイヤはF1の重要な部分であり、特にレーススティントだけでなく、1回のタイムドラップでもタイヤを管理するため、我々はリアムをさまざまなタイヤステータス、走行タイプ、燃料負荷で走らせた」とジョナサン・エドルズは述べた。

    「一日の終わりまでに、彼は最適なラップタイムを達成するために温度を管理および操作することができた」

    「彼と一緒に仕事をすることは喜びだった。この短い仕事上の関係から、彼には大きなポテンシャルがあり、モータースポーツで非常に明るい未来があることがすでにわかった」

    2021年のF1コンストラクターズチャンピオンシップを6位で終わったアルファタウリは、2022年もピエール・ガスリーと角田裕毅のドライバーラインナップを継続する。