アイルトン・セナが「F1の基準を引き上げた」元マクラーレンのピロが証言

アイルトン・セナが「F1の基準を引き上げた」元マクラーレンのピロが証言

元マクラーレンF1ドライバーのエマニュエル・ピロが、1980年代後半にアイルトン・セナとアラン・プロストの仕事ぶりを間近で見た経験を振り返り、セナが技術面で「ドライバーの基準を引き上げた」と語った。

当時マクラーレンのテストドライバーを務めていたピロは、セナとプロストがエンジニアにマシンの挙動を伝える技術に優れていたと証言。

なかでもセナは、ドライバーが感じたことを極めて詳細に言語化し、エンジニアがセットアップを改善するために必要な情報を余すところなく伝えていたという。

セナが変えた「マシンを伝える」技術
1988年と1989年、マクラーレンではセナとプロストというF1史を代表する2人のドライバーがチームメイトとして激しい争いを繰り広げた。

タイトル争いだけでなく、開発の現場でも両者は極めて高いレベルにあった。その様子を間近で見ていたのが、当時マクラーレンのテストドライバーを務めていたエマニュエル・ピロだ。

ピロはベネトンでレースに参戦する一方、マクラーレンのテストや開発にも携わり、セナとプロストが参加する技術ミーティングにも同席していた。

Davide Cironiとのインタビューで、ピロは2人について「明らかに並外れたドライバーだったし、テストドライバーとしても並外れていた」と振り返る。

そのうえで、セナには特に際立った能力があったと説明した。

「セナは、ドライバーがマシンの挙動をエンジニアに説明する方法という点で、本当に基準を引き上げた人物だった」

現在のF1では膨大なセンサーデータやシミュレーションを利用できるが、当時はドライバーの感覚と、それをエンジニアへ正確に伝える能力が現在以上に重要だった。

「もちろん今では多くのツールがあるから、このやり方自体は変わっているし、以前ほど重要ではなくなっている。それでも、今でも重要なことに変わりはない」

1時間以上続いたセナの技術デブリーフ
ピロによれば、セナの技術デブリーフは非常に長く、少なくとも1時間から1時間半に及ぶことも珍しくなかった。

ただ長く話していたわけではない。セナはコース上で経験したマシンの挙動を細部まで再現するように説明していたという。

「つまり、彼は自分がドライブしているときの経験をエンジニアの目の前に再現していた。マシンがその瞬間、その瞬間に何をしていたのかを伝えて、必要な調整をするための情報をすべてエンジニアに与えていたんだ」

セナはコーナーごとの挙動やマシンから受け取った感覚を詳細に言葉へ置き換え、エンジニアが問題を理解できるところまで掘り下げていた。

データ解析が現在ほど発達していなかった時代において、そのフィードバック能力はマシン開発そのものに大きな価値を持っていた。

プロストは半分以下の時間で「必要なことだけ」
興味深いのは、同じく開発能力の高さで知られたプロストが、セナとはまったく異なるアプローチを取っていたことだ。

「アラン・プロストのブリーフィングは、長くてもセナの半分くらいだった。おそらく、それより短かったと思う」

しかし、ピロはプロストのフィードバックがセナより劣っていたとは考えていない。

「彼は本質的な部分だけに集中していた。だから最終的には、僕の見方ではフィードバックの質は同じくらいだった」

その違いを、ピロは端的にこう表現する。

「セナはすべてを説明した。プロストは必要なことをすべて説明した」

セナがマシンで起きている現象を徹底的に言語化したのに対し、プロストは改善に必要なポイントを絞り込み、簡潔にエンジニアへ伝えるタイプだった。

アプローチは対照的だったが、どちらもマシンを速くするという目的に対して非常に高いレベルに到達していた。

ピロのキャリアにも残ったセナとプロストの仕事ぶり
セナとプロストの関係は、コース上ではF1史上でも屈指の激しいライバル関係として知られている。しかしピロにとって、2人を間近で見る経験は単なるライバル対決以上のものだった。

「彼らの技術デブリーフを聞くことは本当に楽しかったし、ものすごく勉強になった。その経験を、その後の自分のキャリアにも間違いなく持っていった」

ピロはその後、F1だけでなくスポーツカーでも長いキャリアを築き、ル・マン24時間レースでは5度の総合優勝を達成した。

そのピロが長いキャリアを経た後も鮮明に記憶しているのが、マクラーレンの技術ミーティングで目にしたセナとプロストの仕事ぶりだった。

激しいライバル関係ばかりが語られる2人だが、マクラーレンが1980年代後半に圧倒的な強さを発揮できた背景には、速さだけではなく、マシンの状態を理解し、それをエンジニアへ伝える2人の卓越した能力があった。なかでもセナの詳細なフィードバックは、ピロが「基準を引き上げた」と表現するほど、当時のF1におけるドライバーとエンジニアの仕事の水準を押し上げるものだった。