F1ドライバーの異名15選 「スムース・オペレーター」「アイスマン」その由来とは

F1ドライバーの異名15選 「スムース・オペレーター」「アイスマン」その由来とは

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F1ドライバーには、その人物像やドライビングスタイル、あるいは何気ない出来事をきっかけに定着した「ニックネーム」が数多く存在する。

カルロス・サインツJr.の「スムース・オペレーター」、キミ・ライコネンの「アイスマン」、アラン・プロストの「プロフェッサー(教授)」など、その呼び名を聞くだけでドライバーの姿が浮かぶものも少なくない。

一方で、セルジオ・ペレスの「チェコ」のように、意外なほど単純な由来を持つものもある。F1公式サイトが紹介した15人の印象的なニックネームと、その誕生の背景を振り返る。

■ セルジオ・ペレス「チェコ(Checo)」
キャデラックF1のセルジオ・ペレスが長年親しまれている「チェコ」という呼び名。その由来は意外なほどシンプルだ。

母国メキシコでは「Checo」は「Sergio」の一般的な愛称であり、英語圏でJamesをJimと呼ぶようなものだ。

ただし、レッドブル・レーシング時代には別の異名も生まれた。「メキシコ国防大臣(Mexican Minister of Defence)」だ。

きっかけは2021年最終戦アブダビGP。ドライバーズタイトルを争っていたマックス・フェルスタッペンを援護するため、ペレスはルイス・ハミルトンを相手に激しい防御を展開した。ハミルトンのペースを抑え、フェルスタッペンとの差を縮めさせた走りから、この異名が広まった。

セルジオ・ペレス「チェコ(Checo)」

■ アレクサンダー・アルボン「アルボノ(Albono)」
アレクサンダー・アルボンの「アルボノ」は、ジュニアカテゴリー時代のレーシングスーツに由来する。

当時は緊急時に備えて血液型をスーツに明記する必要があり、アルボンの場合は「A. Albon O+」と記されていた。これを続けて読むと「Albono」に見えることから、自然とニックネームになった。

2020年、新型コロナウイルスによるロックダウン期間中にシャルル・ルクレール、ランド・ノリス、ジョージ・ラッセルらとオンラインレースを配信したことで、この呼び名はファンの間にも広く浸透した。

アレクサンダー・アルボン「アルボノ(Albono)」

■ カルロス・サインツJr.「スムース・オペレーター(Smooth Operator)」
カルロス・サインツJr.は、自分自身で偶然ニックネームを生み出した珍しいケースだ。

マクラーレンに所属していた2019年のハンガリーGPでトップ5フィニッシュを果たした直後、無線でシャーデーが1984年に発表した楽曲「Smooth Operator」を歌った。

サインツJr.はシルバーストンで耳にした曲を気に入っていただけで、それほど有名な楽曲だとは知らなかったという。

ブラジルGPでも同じフレーズを無線で披露。その年、サインツJr.は同レースでF1初表彰台を獲得し、「スムース・オペレーター」は彼を象徴する呼び名として完全に定着した。

カルロス・サインツJr.「スムース・オペレーター(Smooth Operator)」

■ ダニエル・リカルド「ハニーバジャー(Honey Badger)」
2024年にF1を去ったダニエル・リカルドだが、「ハニーバジャー」という異名はいまも彼の代名詞だ。

普段は笑顔を絶やさず陽気な性格ながら、コックピットに入れば攻撃的で激しいレーサーへと変貌する。その二面性が、小柄ながら非常に獰猛なことで知られるラーテル(ハニーバジャー)と重なった。

リカルド自身もかつて、ハニーバジャーについて「かわいらしく見えるけど、自分のものを奪われれば反撃する」と説明し、それがステアリングを握った際の自分の「もうひとつの人格」に似ていると語っている。

ダニエル・リカルド「ハニーバジャー(Honey Badger)」

■ セバスチャン・ベッテル「インスペクター・セブ(Inspector Seb)」
4度のF1ワールドチャンピオンに輝いたセバスチャン・ベッテルは、速さだけでなく知的好奇心の強さでも知られていた。

特に有名だったのが、パルクフェルメでライバルのマシンを観察する姿だ。レースや予選を終えると他チームのマシンに近づき、空力パーツなど細部を熱心にチェックする光景が何度も目撃された。

その行動から付けられたのが「インスペクター・セブ」、つまり「セブ警部」である。

セバスチャン・ベッテル「インスペクター・セブ(Inspector Seb)」

■ キミ・ライコネン「アイスマン(The Iceman)」
キミ・ライコネンを象徴する「アイスマン」は、マクラーレン時代のチーム代表ロン・デニスによって付けられた。

コース上でもコース外でも感情を大きく表に出さず、メディア対応でも淡々とした態度を貫いたフィンランド人。その冷静さが「アイスマン」という呼び名にぴったりだった。

マクラーレンを離れた後もこのニックネームは使われ続け、現在でもライコネンを象徴する言葉となっている。

キミ・ライコネン「アイスマン(The Iceman)」

■ ニコ・ロズベルグ「ブリトニー(Britney)」
2016年F1ワールドチャンピオンのニコ・ロズベルグには、若手時代に本人としてはあまり歓迎できなかったであろうニックネームがあった。

2006年にウィリアムズからF1デビューした当時、金髪と若々しいルックスを見たチームメイトのマーク・ウェバーが、米国の人気歌手ブリトニー・スピアーズになぞらえて「ブリトニー」と呼び始めた。

同年最終戦ブラジルGPでは両者が接触し、ロズベルグがピットへ戻る途中でクラッシュ。ウェバーは無線で「ブリトニーが壁に突っ込んだ」と皮肉った。

その後ロズベルグがトップドライバーへ成長するにつれて、この呼び名は次第に使われなくなっていった。

ニコ・ロズベルグ「ブリトニー(Britney)」

■ ミカ・ハッキネン「フライング・フィン(The Flying Finn)」
ミカ・ハッキネンもライコネン同様、必要以上に多くを語らないフィンランド人だった。

しかし、ステアリングを握れば常に限界まで攻め続け、その圧倒的なスピードから「フライング・フィン」と呼ばれるようになった。

同郷のケケ・ロズベルグから支援を受けながら成長し、ミハエル・シューマッハ最大のライバルのひとりとして活躍。1998年と1999年に2年連続でF1ワールドチャンピオンとなり、通算20勝を挙げた。

ミカ・ハッキネン「フライング・フィン(The Flying Finn)」

■ ナイジェル・マンセル「イル・レオーネ(Il Leone)」
ナイジェル・マンセルは、その攻撃的なドライビングと情熱的な姿勢によってファンから絶大な支持を集めた。

1989年にフェラーリへ加入すると、開幕戦ブラジルGPでいきなり優勝。その後もマシンを限界まで攻め続け、ハンガリーGPでは12番手から劇的な逆転勝利を飾った。

その勇猛果敢な姿に魅了されたイタリアのティフォシが与えた呼び名が「Il Leone」。イタリア語で「ライオン」を意味する。

ナイジェル・マンセル「イル・レオーネ(Il Leone)」

■ アラン・プロスト「教授(The Professor)」
4度のF1ワールドチャンピオンに輝いたアラン・プロストは、純粋な速さだけで勝利を積み重ねたドライバーではなかった。

レース全体を論理的に組み立て、マシンやタイヤを管理しながら必要な場面で最大限の力を引き出す。その知的かつ計算されたアプローチから「教授」と呼ばれるようになった。

アイルトン・セナとの激しいタイトル争いでも、プロストは緻密な戦略と判断力を武器に対抗。そのスタイルは「教授」という異名とともにF1史に刻まれている。

アラン・プロスト「教授(The Professor)」

■ ニキ・ラウダ「ザ・ラット(The Rat)」
3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダの異名は、その偉大な実績からは少々意外なものだった。

当初は歯の特徴から「ザ・マウス(The Mouse)」と呼ばれ、その後「キング・ラット」「スーパー・ラット」などへと変化。最終的には「ザ・ラット」が広く知られるようになった。

また、マシンを極めて論理的に分析し、感情に左右されない走りを見せたことから「ザ・コンピューター」と呼ばれることもあった。

ニキ・ラウダ「ザ・ラット(The Rat)」

■ ジェームス・ハント「ハント・ザ・シャント(Hunt the Shunt)」
1976年F1ワールドチャンピオンのジェームス・ハントは、成功を収める以前、派手なクラッシュを繰り返すことで知られていた。

「shunt」はモータースポーツでクラッシュや接触を意味する言葉で、「Hunt」と韻を踏んだ「Hunt the Shunt」という呼び名が誕生した。

若手時代にはマシンを壊してでも攻めるような走りを見せていたが、経験を積むにつれてその荒々しさをコントロール。最終的には1976年にF1王座を獲得した。

ジェームス・ハント「ハント・ザ・シャント(Hunt the Shunt)」

■ グラハム・ヒル「ミスター・モナコ(Mr Monaco)」
整えられた口ひげと英国紳士らしい振る舞いで知られたグラハム・ヒル。その名を特別なものにした舞台がモナコだった。

1963年にモナコGP初優勝を飾ると、1964年、1965年、1968年、1969年にも勝利。合計5勝を記録した。

後にアイルトン・セナが6勝を挙げて記録を更新したものの、モナコを象徴する最初のF1ドライバーとして、ヒルには「ミスター・モナコ」という称号が残った。

グラハム・ヒル「ミスター・モナコ(Mr Monaco)」

■ ジャック・ブラバム「ブラック・ジャック(Black Jack)」
「ブラック・ジャック」という名前からギャンブラーを連想するかもしれないが、ジャック・ブラバムの異名は賭け事とは関係がない。

黒い髪と寡黙でどこか謎めいた雰囲気から付けられたものだった。

ブラバムは単なるドライバーではなく、マシンの問題点を数周走っただけで的確に見抜ける優れた技術的感覚を持っていた。1966年には自身の名を冠したブラバムでワールドチャンピオンを獲得。自らの名前を持つマシンでF1王者となった唯一の人物として歴史に残っている。

ジャック・ブラバム「ブラック・ジャック(Black Jack)」

■ ファン・マヌエル・ファンジオ「エル・マエストロ(El Maestro)」
F1黎明期を代表するファン・マヌエル・ファンジオには、「El Maestro」、スペイン語で「巨匠」「師匠」を意味する異名が与えられた。

この呼び名を使った人物のひとりが、ファンジオを深く尊敬し、チームメイトでもあったスターリング・モスだった。

ファンジオは5度のF1ワールドチャンピオンを獲得。出走した51戦のうち48戦でフロントロースタートを記録するなど、驚異的な成績を残した。

「チェコ」から「教授」「アイスマン」「イル・レオーネ」まで、F1ドライバーのニックネームにはそれぞれの時代やキャラクター、そしてコース上で生まれた物語が凝縮されている。単なる愛称を超え、ドライバーのF1でのレガシーを象徴する言葉として現在まで語り継がれている。

ファン・マヌエル・ファンジオ「エル・マエストロ(El Maestro)」