カテゴリー: 角田裕毅

  • 角田裕毅、ランキング5位後退も気負いなし「好結果を出せるよう頑張る」

    角田裕毅、ランキング5位後退も気負いなし「好結果を出せるよう頑張る」

    ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は、FIA-F2 第11戦 バーレーン大会 レース2を15位でフィニッシュ。ノーポイントに終わった角田裕毅は、ランキング5位に後退しましたが、3位との差は5ポイントと、僅差で最終戦に臨む。

    FIA-F2選手権第11戦のレース2がバーレーン・インターナショナル・サーキットで開催された。現地時間午後1時のスタート時点で、気温が27℃、路面温度は34℃のコンディション。レース1で6位となった角田裕毅(カーリン)は、リバースグリッドにより2列目3番手からのスタート。

    好ダッシュを決めた角田裕毅は、第1コーナーまでに2番手に浮上し、トップを追う態勢となった。しかし、第1コーナーの立ち上がりで後続車が角田裕毅の右リアに軽くヒット。体勢を崩すには至らなかったが、右リアタイヤにダメージを追い、その後スローダウン。ピットインしてタイヤ交換を余儀なくされた。

    レース開始早々に最後尾までポジションを落とした角田裕毅は、6周目のセーフティカー導入時に再びピットインし、ミディアムタイヤに交換した。その後、ハイペースで走行を続けたが、前者との間隔は大きく、ポジションを上げるには至らず、先行車のリタイアなどにより最終的に15位でレースを終えた。

    「スタートはよく、ポジションを上げることができました。1コーナーを回ったところで後ろから突っ込まれて軽く当たってしまい、右リアタイヤのバルブが壊れてパンクしてしまいました。エンジニアから異常を聞かされてピットインを余儀なくされ、レースは終わってしまいました。ペースもよかっただけに悔しい結果です」と角田裕毅はコメント。

    「次もバーレーンですが、コースレイアウトが変わります。シミュレーターでは思ったよりテクニカルな感じですし、右コーナーが多いのでタイヤマネージメントも重要だと思います。マシンの状態はいいので、好結果を出せるようがんばります」

  • FIA-F2 第11戦 レース2 結果:角田裕毅は15位でランキング5位に後退

    FIA-F2 第11戦 レース2 結果:角田裕毅は15位でランキング5位に後退

    FIA-F2 第11戦 バーレーン大会のレース2が11月29日(日)にバーレーン・インターナショナル・サーキットで行われ、ロバート・シュワルツマン(プレマ)が優勝。ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は15位に終わり、ランキング5位を後退した。

    23周のスプリントレース。リバースグリッドで2列目3番グリッドからスタートした角田裕毅は、オープニングラップでマーカス・アームストロングと接触したことによって右リアタイヤがパンク。ピットインを余儀なくされ、21番手でコースに復帰する。

    7周目に再び新品タイヤに交換して挽回を目指した角田裕毅だったが、15位でフィニッシュ。ノーポイントに終わった。

    優勝はロバート・シュワルツマン。2位にはニキータ・マゼピン、3位にはルイ・デレトラズが続いた。

    第11戦を終え、ドライバーズランキングでは、首位ミック・シューマッハ(205ポイント)、2位カラム・アイロット(191ポイント)、3位ニキータ・マゼピン(162ポイント)、4位ロバート・シュワルツマン(159ポイント),5位角田裕毅(157ポイント)となった。

  • ホンダF1 田辺豊治 「角田裕毅の決定はチームに委ねられている」

    ホンダF1 田辺豊治 「角田裕毅の決定はチームに委ねられている」

    ホンダF1のテクニカルディレクターを務める田辺豊治が、2021年にアルファタウリ・ホンダでのF1デビューが期待されている角田裕毅について語った。

    ホンダF1とレッドブルの両方のジュニアドライバーとしてFIA-F2に参戦する角田裕毅は、現在ランキング3位に位置しており、シーズンを4位以上で終えれば、ストレートでF1に参戦するためのF1スーパーライセンスを取得することができる。

    今月、角田裕毅はイモラ・サーキットでアルファタウリの2年落ちのF1マシンでテストを実施。約350kmを走破し、グランプリ週末のフリー走行に出走するためのライセンス条件はすでに満たしている。

    角田裕毅のF1テストについて田辺豊治は「良いテストだったと思います」とコメント。

    「角田がF1カーを学ぶことが唯一の目的でした。午前中の路面コンディションはウェットでした。彼はウエットタイヤでスタートし、路面コンディションが徐々に乾いていき、そこからようやくドライタイヤにスッチしました」

    「そういったコンディションは彼にマシンの挙動を学ぶための多くの機会を与えましたし、ステアリングスイッチの操作や無線コミュニケーションなど、一日を通して彼は多くのことを学びました。

    「さらに、ホンダと日本のファンにとって、日本人ドライバーがF1を運転しているのを見ることができたことも良かったと思います。最近、日本人F1ドライバーはいないですからね」

    「もちろん、決定はチームに委ねられているので、私たちは知りませんが、近い将来、日本人ドライバーを目にすることができることを願っています」

    2021年にそれが実現するかと質問された田辺豊治は「私にはわかりません」と答えた。

  • 角田裕毅、最後尾から6位フィニッシュ「レースに向けて前向きになれた」

    角田裕毅、最後尾から6位フィニッシュ「レースに向けて前向きになれた」

    ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は、最後尾からスタートしたFIA-F2 第11戦バーレーン大会のレース1で16台を抜いて6位でフィンッシュ。ランキング3位を守った。

    FIA-F2選手権第11戦がバーレーンで始まった。約2ヶ月のインターバルを経て、シーズン最終盤を迎えている。シリーズランキング3位の角田裕毅は、予選最初のアタック中にスピンしマシンがストップ。予選をクリアできずに終わり、レース1では最後尾からのスタートとなった。

    午後0時10分にフォーメイションラップがスタート。気温27度、路面温度30度のコンディション。スタートでひとつポジションを上げた角田裕毅は、その後にも前車をパスし1周目を19番手で終えた。ペースの良い角田裕毅は、タイヤをマネージメントしながら冷静にポジションを上げ、10周目には15番手まで上昇する。

    レース中盤に入ると、始めにミディアムタイヤを選択したマシンが徐々にタイヤ交換のためピットインし始めた。角田裕毅はハードタイヤでスタートし、ピットインをなるべく先に伸ばす作戦で臨み、18周目には2番手を走行。20周目という同じ戦略の中でも最も遅いタイミングでピットインし、タイヤ交換を行った。

    タイヤ交換を終えて16番手でレースに戻った角田裕毅は、ハイペースを活かして次々に前車をパスしポジションを上げる。24周目には3台をオーバーテイクし11番手に浮上。26周目には入賞圏内の10番手に上がった。レース終盤、ペースに勝る角田裕毅の追い上げは前車との差を詰めて捉え、27周目、28周目、29周目と立て続けにオーバーテイクを決めてポジションを上げ、7番手となった。

    そして最終ラップには5秒以上あった6番手との差を詰めてパスし、6位でフィニッシュした。角田裕毅は21周目に1分46秒316のベストタイムをマークし、これが入賞者のファステストラップとなり、貴重な2ポイントを獲得。6位のポイントと合わせて10ポイントを加算し、シリーズランキング3位を守っている。

    「タイヤ戦略はいろいろ迷ったのですが、最終的に10番手から後ろのマシンがミディアムが多ければハードで、ハードが多ければミディアムで行くつもりで、半々ならばハードだと決めていました。様子を見るとほぼ半々だったのでハードを選択しました」と角田裕毅はコメント。

    「スタートはあまり良くはなかったのですが、ポジションは上げることができました。タイヤ交換も、タイヤの保ちがよくわからなかったので、10周目くらいまでの状況を見ながらエンジニアと相談し、なるべく保たせる方向で走りました」

    「タイヤをミディアムに替えた後もペースはよく、マシンも仕上がっていて、ポジションを上げることができました。マシンがよく、ピット作業もうまくいったことが結果に大きく影響しているので、チームには感謝しています」

    「予選のあとは落ち込んでいましたが、チームの励ましもあり、レースに向けて前向きになれました。レース2のことを考えて8位が目標と言いましたが、最後尾からのスタートでは正直とても厳しいとは思っていました。ですから6位という結果は嬉しいですし、チームにも結果で恩返しができたかなと思います」

    「レース2ではよいペースを活かして、よい結果を出したいですね。でも何が起こるかわからないので、気を引き締めて臨みます」

  • FIA-F2 第11戦 レース1 結果:角田裕毅が最後尾から6位入賞

    FIA-F2 第11戦 レース1 結果:角田裕毅が最後尾から6位入賞

    FIA-F2 第11戦 バーレーン大会のレース1が11月28日(土)にバーレーン・インターナショナル・サーキットで行われ、フェリペ・ドルゴビッチ(MPモータースポーツ)が優勝。ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は6位入賞を果たしてランキング3位を死守した。

    32周のフィーチャーレース。最後尾スタートの角田裕毅はハードタイヤでスタート。角田裕毅は19周目までスティントを伸ばして2番手まで浮上した後、ピットイン。16番手でコースに復帰してミディアムタイヤで順位アップを目指す。

    そこから角田裕毅はオーバーテイクショーを披露。最終的に14ポジション挙げて7位でフィニッシュして8ポイントを獲得。リバースグリッドの明日のレース2は2列目3番グリッドからスタートする。

    優勝したフェリペ・ドルゴビッチはレース1初勝利。2位はカラム・アイロット(ユニ・ヴィルトゥオーシ)、3位にはユアン・ダルバラ(カーリン)が続いた。

    レース1を終えてポイントランキングはミック・シューマッハ(203ポイント)、カラム・アイロット(191ポイント)、角田裕毅(155ポイント)となった。

  • ホンダF1育成の角田裕毅、予選でスピンを喫してレース1は最後尾スタート

    ホンダF1育成の角田裕毅、予選でスピンを喫してレース1は最後尾スタート

    FIA-F2 第11戦 バーレーン大会の予選が11月27日(金)にバーレーン・インターナショナル・サーキットで行われ、ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅はスピンを喫してレース1を最後尾からスタートすることになった。

    残り2大会4レースとなったFIA-F2選手権。レース1のグリッドを決める予選が行われ、カラム・アイロット(ユニ・ヴィルトゥオーシ)がポールポジションを獲得。2番手にはフェリペ・ドルゴヴィッチ(MPモータースポーツ)、3番手にはダニエル・ティクトゥム(ティクトゥム)が続いた。

    角田裕毅(カーリン)は、ターン12でスピンを喫してしまい、なんとかコースに復帰しようとするもエンジンがストール。このインシデントで赤旗が提示された。角田裕毅はレース1を最後尾からスタートすることになった。


    角田裕毅
    「フリープラクティスは、赤旗が多かったですが、プラント通りに走れて良い感触でした。予選では1回目のアタックでプッシュした際に、前車との間隔が詰まってしまってダウンフォースが抜けて縁石に乗ってしまいました。スピンして止まった時にはエンジンはかかっていたのですが、2速から1速に落とした時になぜかエンジンがストップし、それで予選は終わってしまいました。レースでは(最後尾からのスタートなので)追い上げるしかないです。ペースは悪くないので、タイヤ戦略もよく考えて挽回したいと思います」

    FIA-F2 第11戦 バーレーン 予選結果

  • 角田裕毅 「F2でチャンピオンを獲得することは不可能ではない」

    角田裕毅 「F2でチャンピオンを獲得することは不可能ではない」

    ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は、残りの4レースで2020年のFIA-F2でチャンピオンを獲得するのは“不可能ではない”と語る。

    今年、FIA-F2に初参戦した角田裕毅は、今シーズンここまで10回の入賞を果たし、そのうち5回の表彰台を獲得し、2勝を挙げている。3回のポールポジションはカラム・アイロットと並んで最多となっている。

    現在、角田裕毅はポイントリーダーのミック・シューマッハから44ポイント差を付けられているが、4つのレースとそれぞれの予選セッションで最大96ポイントを獲得できる。

    角田裕毅は、ランキング4位以内でシーズンを終えれば、2021年のアルファタウリ・ホンダでのF1デビューがほぼ約束されている。11月4日(水)にはイモラ・サーキットでアルファタウリ・ホンダとF1初テストに挑み、2018年F1マシンでフリー走行に出走に必要なスーパーライセンス取得のための300kmの走行を無事にこなした。

    それでも、角田裕毅はFIA-F2に集中しており、現時点での目標はあくまでチャンピオンを獲得することだと語る。

    「本当に楽しみにしています」と角田裕毅はコメント。

    「良いレースをするためには、過去の経験のすべてを活用する必要があります。実際には大変だと思いますが、楽しいと思います。チームのために本当に結果を出したいと思っています。シーズンを通して懸命に仕事をして僕を手助けしてれましたし、本当にマシンを速くしてくれました。自分のドライビングで彼らに応えたいと思っています。レースを本当に楽しみにしています」

    「タイトル争うは本当にタイトです。現時点で僕は3位ですが、非常に拮抗していますし、最後の2ラウンドで非常に簡単に変わる可能性があります」

    「1位とは大きなギャップがありますが、チャンピオンシップを1位でフィニッシュすることは不可能ではないと思っています。1位で終えることを目指していますし、できる限りプッシュするつもりです。本当にエキサイティングな戦いになるはずです。それを本当に楽しみにしています」

    角田裕毅は、F1アブダビGP後の若手ドライバーテストにアルファタウリ・ホンダF1から参加することが決定しており、場合によってはF1の残り3戦のどこかでフリー走行1回目に出走する可能性がある。

  • 角田裕毅 「僕の夢はF1ワールドチャンピオンになること」

    角田裕毅 「僕の夢はF1ワールドチャンピオンになること」

    ホンダF1とレッドブルのジュニアドライバーである角田裕毅は、2021年にアルファタウリ・ホンダでF1デビューを果たせば、小林可夢偉以来のF1に参戦する日本人ドライバーとなる。だが、F1デビューをすることだけが目的ではない。角田裕毅は「夢はF1ワールドチャンピオンになること」だと語る。

    この数年間は角田裕毅にとって激動のシーズンだった。ヨーロッパに戦いの場を移して2年以内、FIA-F3への挑戦はシングルシーターでの経験がわずか3年でのものあり、サーキットの知識はほとんどなかった。

    ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトとレッドブルからのサポートを受け、角田裕毅はFIA-F3のルーキーシーズンの前半は目立たなかったが、新しい大陸とまったく新しいチャンピオンシップに順応していった。

    当時はまだ角田裕毅に何を期待するかを知るのは困難だったが、2年後、彼はFIA-F2のタイトル争いの中心におり、レッドブルの姉妹チームであるアルファタウリ・ホンダF1のシートをめぐる噂の最前線にいる。彼はモータースポーツで最も優秀な若い才能の一人として名を馳せ、大胆で攻撃的でありながら、計算力と賢さを兼ね備えている。身長は160cmとグリッド上で最も背が低いドライバーだが、彼は他のどのドライバーよりも勇気がある。

    神奈川で生まれた角田裕毅は、4歳の若さでゴーカートを始めた。父親から4輪か2輪かを尋ねられたときには躊躇うことなく前者を選んだ。ヨーロッパでは14歳でだが、日本の年齢制限によって彼は16歳になるまでカートに制限された。だが、FIA F4日本選手権にステップアップしてすぐに3位を獲得。この選手権では1位と2位に入れば、ホンダのジュニアチームと契約がご褒美として与えられることになっていた。

    「彼らは1位と2位のドライバーを選ぶことになっていました」と角田裕毅は振り返る。

    「通常、彼らはそうするのですが、それらのドライバーは僕より経験豊富ですでにF4で運転していました。F1でレースをしていた中嶋悟さんが担当し、ホンダに僕とも契約するよう勧めてくれました。最初はまだ公式にはフルのジュニアドライバーではなかったですけどね」

    角田裕毅は日本でFIA F4日本選手権でさらに2シーズンを過ごし、3位、そして、チャンピオンを獲得した。その間、彼はホンダジュニアとして正式に確認された。その結果、ホンダが主催したハンガロリンクでのモトパークでの3日間のテストが行われ、角田裕毅はヨーロッパでのシートを勝ち取った。

    しかし、提供された契約はこれだけではなかった。

    「ヘルムート・マルコは結果を見て、僕をレッドブル・ジュニアにすることに決めました」と角田裕毅は振り返る。

    「あのテストはこれまでの僕の人生で最大の瞬間の1つです。もし、あれがうまくいかなかったら、僕は今いるところにはいなかったでしょう。たぶんまだ日本にいたと思います」

    レッドブルとホンダが角田裕毅をFIA-F3に参戦させたが、グランプリ週末にF1のサポートレースとして行われることは、角田裕毅にとって一か八かの賭けだった。

    「日本では、パフォーマンスと競争力に自信を持っていましたが、これまでヨーロッパでレースをしたことはなく、経験もありませんでした」と角田裕毅は認めた。

    「ヘルムートには、もしレッドブルジュニアになるなら、F3の他のドライバーと競争できなければならないと言われました。同じようなレベルでパフォーマンスを発揮する必要がありましたし、結果を出さなければなりませんでした」

    「他のドライバーとデータを比較することもできたので、ハンガロリンクでのテストには自信がありましたが、実際にはどのトラックでもドライブしたことはありませんでした」

    ホンダとレッドブルの育成ドライバー契約を勝ち取った角田裕毅は、2019年にヨーロッパへと活動拠点を移し、イェンツァー・モータースポーツのあるスイスに移住してFIA-F3に参戦する。序盤の結果はある程度の見込みを示したが、シーズン後半の活躍を予測できた人はほとんどいなかった。

    序盤7戦では2回の入賞を果たしたのみだったが、それ以降の7戦では勝利と2つの表彰台を含めて7回の入賞を果たしている。

    「最初は結果についてあまり考えていませんでした。とにかく懸命にプッシュして、どのように進んでいくかを見守っていました」と角田裕毅は語る。

    「2019年のスパは僕にとって本当にターニングポイントでした。その週末、僕たちはアントワーヌ・ユベールを失うという悲劇が起こりました。彼はそれ以降の僕の結果に役割を果たしました。僕は彼から学んでいましたし、彼のためにレースをしました。彼の事故の後のレース2で、僕はそのシーズンで初めて表彰台を獲得しました」

    「その後のモンツァでのラウンドで、もうひとつの表彰台と初勝利を挙げました。それは僕のドライビングパフォーマンスにとって本当にターニングポイントでした。ヘルムートに少し印象を与えることができました」

    角田裕毅の英語力は、2年近く前にヨーロッパに移住して以降、劇的に上達した。もちろん、日本を恋しく思うと語る角田裕毅だが、元F2レーサーの牧野任祐や福住仁嶺と親しい友人であり、二人とオンラインでゲームをして息抜きをしていると語る。

    フットボールの大ファンである角田裕毅は、常にボールをトラックに持ち込んでいる。かつて日本で地元の人々とフットサルをしていた角田裕毅は、オーストリアでのシーズン第1ラウンドに先立ってバイエルン・ミュンヘンのジャージを購入したことを振り返る。また、今年のバイエルンとパリ・サンジェルマンによるチャンピオンズリーグ決勝戦を観戦している。

    「2つのビッグチームによるビッグマッチでした。ネイマールがいるパリ・サンジェルマンを応援していたのですが、バイエルン・ミュンヘンも好きですし、彼らは本当に強かったです」

    何よりも注目を集めているのはオンライン版のフットボールで、角田裕毅はアメリカ版のFIFAではなく、日本製のPESプレイしている。

    「レースから離れて、それから距離を置くことができる時間ですね」と角田裕毅は説明する。

    「それはレースウィークになると集中することにも役立ちます。友達とPESをよくプレイしています。どのプレーヤーが優れているか、誰を見たらいいかを見つけるのに役立ちますね」

    「たとえば、クリスティアーノ・ロナウドはシュートがとても上手で、リオネル・メッシはドリブルがとても上手です。たくさんプレイしているので、PESプレーヤーのデータにはかなり詳しいですよ…ラヒーム・スターリングは全力疾走とドリブルは得意ですが、シュートは得意ではありません」

    FIA-F3をランキング9位で終えた角田裕毅は、1年でFIA-F2にサプライズともいえる昇格を果たし、イギリスを拠点とするカーリンで同じレッドブルの育成ドライバーであるジョハン・ダルバラと走る契約を結んだ。

    当初はFIA-F3でもう一年走る必要があるかもしれないと考えられた角田裕毅だが、それが間違いであったことを証明する。

    角田裕毅をFIA-F2にステップアップさせるという決定の背景には、同シリーズが18インチタイヤに切り替えることがあった。これにより、フィールドは平準化され、ルーキーが経験豊富なドライバーと同等になることが期待されていた。それは見逃すことのない機会だと考えられ、そして、裏付けられた。

    「F2は僕の人生で最大の挑戦でした」と角田裕毅は笑顔で語る。

    「でも、F3シーズンの初めよりも強くフィーリングを持ってシーズンに入ることができました。ペースも良く、チームも良かったですね」

    シーズンに先立ち、20歳のち角田裕毅はイギリスのミルトンキーンズに引っ越した。ミルトンキーズンにはレッドブルのファクトリーがあり、サリーを拠点とするカーリンまで車で行ける距離にあった。それは、スイスから英国への移住はまた別のカルチャーショックだったと角田裕毅は語る

    「日本からここに来るのは簡単ではありませんでした」と角田裕毅は続ける。

    「最初にここに引っ越したときは食べ物に苦労しました。僕にとって日本食は本当に美味しいです。ヨーロッパに来たとき、それは同じではありませんでした。日本食が恋しいです」

    「フィッシュ・アンド・チップスが好きですし、サツマイモのウェッジも好きですが、イギリス料理の大ファンではありません。ハモンや生ハムのようなイタリア料理とスペイン料理が大好きですが、僕にとっては日本食が一番です。ソーシャルメディアではいつもラーメンやお寿司の写真を見ていて、食べられないことに少しイライラしています」

    「今シーズンの目標を達成したら、本当に美味しいお寿司を食べたいと思っています。それが僕のお祝いの方法です。お祝いのときの寿司の味は違います。まあまあシーズンを過ごして寿司を食べると、普通の味がします。良いニュースを聞いて寿司を食べると、同じお寿司でも味が違います。本当に美味しいお寿司と本物のラーメンを食べられるように頑張るつもりです」

    だが、本当のターゲットは寿司を食べることではない。角田裕毅は今季F1スーパーライセンスを取得できれば、2021年にアルファタウリ・ホンダでF1デビューするチャンスが与えられることになる。

    「ヘルムート(マルコ/レッドブル モータースポーツアドバイザー)から、今シーズンはうまくやらなければならない、スーパーライセンスを取得するために5位になる必要があると伝えられています」と角田裕毅は説明。

    「彼は僕が5位ならば、F1でドライブする資格があると言っています。ですが、そうでなければ、再び日本でドライブする必要があるでしゅう」

    「厳しいですが、彼に同意しています。ジョージ・ラッセル、ランド・ノリス、シャルル・ルクレールのような優れたドライバーであれば、F2で1年しか必要ないと思います。彼らには2~3年は必要ありませんでした」

    現在、角田裕毅はFIA-F2で2勝、3回の表彰台を獲得してランキング3位につけている。それはF2への予想外のステップアップの性質を考えれば、注目に値する結果だ。

    角田裕毅は、マックス・フェルスタッペンと同じようにモータースポーツ界でアイドルはいなかったが、その代わりに競争相手から少しずつ学んでいったと語る。F2の卒業生であるラッセル、ノリス、ルクレールの名前は、アントワーン・ユベールと同様に、ほぼ1時間のインタビューのなかで何度も登場した。

    「彼は僕をより良いドライバーにしてくれました」と角田裕毅はアントワーヌ・ユベールについて語った。

    「すべてのレースで大きなパフォーマンスを発揮する必要があります。それはプレッシャーですが、良いメンタリティでもあります。今年はそれほど悪くはありませんでしたが、今後どうなるか見ていきたいです。僕の夢はF1のワールドチャンピオンになることです。F2で苦労しているようでは、それは実際には難しいでしょう」

    最近、角田裕毅は、イモラ・サーキットでアルファタウリ・ホンダの2年落ちのマシンをテスト。約350kmを走行し、フリー走行限定のF1スーパーライセンスの資格を満たし、シーズン終了までにFP1でアルファタウリ・ホンダのマシンを走らせる可能性がある。また、12月のアブダビGP後にヤス・マリーナ・サーキットで開催される若手ドライバーテストにアルファタウリ・ホンダから参加することが計画されている。

    「ご存知のように、日本のファンは日本人ドライバーがF1に参戦するのを待っています。それはソーシャルメディアから見ることができます。日本からのプレッシャーがありますが、それは悪いプレッシャーではなく、良いプレッシャーです。彼らは日本人F1ドライバーを待っています。そして、僕はそれを達成するために最も近い一人です。彼らのために実現したいと思っています」

  • 角田裕毅 インタビュー(3):「F2への参戦は人生で最大の挑戦だった」

    角田裕毅 インタビュー(3):「F2への参戦は人生で最大の挑戦だった」

    角田裕毅は、今年のFIA-F2は人生で最大の挑戦だったと語る。

    2018年のFIA-F3をランキング9位で終えた角田裕毅は、2019年にFIA-F2にサプライズともいえるステップアップを果たす。英国を拠点とするカーリンで同じレッドブルのジュニアドライバーであるジョハン・ダルバラとチームを組んだ。

    角田裕毅には、FIA-F3でもう1年の経験が必要なのではないかという見方もあったが、それがいかに間違っていたかを証明することになる。

    角田裕毅をFIA-F2にステップアップさせるという決定の背景には、同シリーズが18インチタイヤに切り替えることがあった。これにより、フィールドは平準化され、ルーキーが経験豊富なドライバーと同等になることが期待されていた。それは見逃すことのない機会だと考えられ、そして、裏付けられた。

    「F2は僕の人生で最大の挑戦でした」と角田裕毅は笑顔で語る。

    「でも、F3シーズンの初めよりも強くフィーリングを持ってシーズンに入ることができました。ペースも良く、チームも良かったですね」

    シーズンに先立ち、20歳のち角田裕毅はイギリスのミルトンキーンズに引っ越した。ミルトンキーズンにはレッドブルのファクトリーがあり、サリーを拠点とするカーリンまで車で行ける距離にあった。それは、スイスから英国への移住はまた別のカルチャーショックだったと角田裕毅は語る

    「日本からここに来るのは簡単ではありませんでした」と角田裕毅は続ける。

    「最初にここに引っ越したときは食べ物に苦労しました。僕にとって日本食は本当に美味しいです。ヨーロッパに来たとき、それは同じではありませんでした。日本食が恋しいです」

    「フィッシュ・アンド・チップスが好きですし、サツマイモのウェッジも好きですが、イギリス料理の大ファンではありません。ハモンや生ハムのようなイタリア料理とスペイン料理が大好きですが、僕にとっては日本食が一番です。ソーシャルメディアではいつもラーメンやお寿司の写真を見ていて、食べられないことに少しイライラしています」

    「今シーズンの目標を達成したら、本当に美味しいお寿司を食べたいと思っています。それが僕のお祝いの方法です。お祝いのときの寿司の味は違います。まあまあシーズンを過ごして寿司を食べると、普通の味がします。良いニュースを聞いて寿司を食べると、同じお寿司でも味が違います。本当に美味しいお寿司と本物のラーメンを食べられるように頑張るつもりです」

    だが、本当のターゲットは寿司を食べることではない。角田裕毅は今季F1スーパーライセンスを取得できれば、2021年にアルファタウリ・ホンダでF1デビューするチャンスが与えられることになる。

    「ヘルムート(マルコ/レッドブル モータースポーツアドバイザー)から、今シーズンはうまくやらなければならない、スーパーライセンスを取得するために5位になる必要があると伝えられています」と角田裕毅は説明。

    「彼は僕が5位ならば、F1でドライブする資格があると言っています。ですが、そうでなければ、再び日本でドライブする必要があるでしゅう」

    「厳しいですが、彼に同意しています。ジョージ・ラッセル、ランド・ノリス、シャルル・ルクレールのような優れたドライバーであれば、F2で1年しか必要ないと思います。彼らには2~3年は必要ありませんでした」

    現在、角田裕毅はFIA-F2で2勝、3回の表彰台を獲得してランキング3位につけている。それはF2への予想外のステップアップの性質を考えれば、注目に値する結果だ。

    角田裕毅は、マックス・フェルスタッペンと同じようにモータースポーツ界でアイドルはいなかったが、その代わりに競争相手から少しずつ学んでいったと語る。F2の卒業生であるラッセル、ノリス、ルクレールの名前は、アントワーン・ユベールと同様に、ほぼ1時間のインタビューのなかで何度も登場した。

    「彼は僕をより良いドライバーにしてくれました」と角田裕毅はアントワーヌ・ユベールについて語った。

    「すべてのレースで大きなパフォーマンスを発揮する必要があります。それはプレッシャーですが、良いメンタリティでもあります。今年はそれほど悪くはありませんでしたが、今後どうなるか見ていきたいです。僕の夢はF1のワールドチャンピオンになることです。F2で苦労しているようでは、それは実際には難しいでしょう」

    「ご存知のように、日本のファンは日本人ドライバーがF1に参戦するのを待っています。それはソーシャルメディアから見ることができます。日本からのプレッシャーがありますが、それは悪いプレッシャーではなく、良いプレッシャーです。彼らは日本人F1ドライバーを待っています。そして、僕はそれを達成するために最も近い一人です。彼らのために実現したいと思っています」

  • 角田裕毅 インタビュー(2):転機となったアントワーヌ・ユベールの死

    角田裕毅 インタビュー(2):転機となったアントワーヌ・ユベールの死

    角田裕毅は、2019年のアントワーヌ・ユベールの死がある意味で自身のキャリアのターニングポイントとなったと語る。

    ホンダとレッドブルの育成ドライバー契約を勝ち取った角田裕毅は、2019年にヨーロッパへと活動拠点を移し、イェンツァー・モータースポーツのあるスイスに移住してFIA-F3に参戦する。序盤の結果はある程度の見込みを示したが、シーズン後半の活躍を予測できた人はほとんどいなかった。

    序盤7戦では2回の入賞を果たしたのみだったが、それ以降の7戦では勝利と2つの表彰台を含めて7回の入賞を果たしている。

    「最初は結果についてあまり考えていませんでした。とにかく懸命にプッシュして、どのように進んでいくかを見守っていました」と角田裕毅は語る。

    「2019年のスパは僕にとって本当にターニングポイントでした。その週末、僕たちはアントワーヌ・ユベールを失うという悲劇が起こりました。彼はそれ以降の僕の結果に役割を果たしました。僕は彼から学んでいましたし、彼のためにレースをしました。彼の事故の後のレース2で、僕はそのシーズンで初めて表彰台を獲得しました」

    「その後のモンツァでのラウンドで、もうひとつの表彰台と初勝利を挙げました。それは僕のドライビングパフォーマンスにとって本当にターニングポイントでした。ヘルムートに少し印象を与えることができました」

    ※写真はアントワーヌ・ユベールの母親と話す角田裕毅

    角田裕毅の英語力は、2年近く前にヨーロッパに移住して以降、劇的に上達した。もちろん、日本を恋しく思うと語る角田裕毅だが、元F2レーサーの牧野任祐や福住仁嶺と親しい友人であり、二人とオンラインでゲームをして息抜きをしていると語る。

    フットボールの大ファンである角田裕毅は、常にボールをトラックに持ち込んでいる。かつて日本で地元の人々とフットサルをしていた角田裕毅は、オーストリアでのシーズン第1ラウンドに先立ってバイエルン・ミュンヘンのジャージを購入したことを振り返る。また、今年のバイエルンとパリ・サンジェルマンによるチャンピオンズリーグ決勝戦を観戦している。

    「2つのビッグチームによるビッグマッチでした。ネイマールがいるパリ・サンジェルマンを応援していたのですが、バイエルン・ミュンヘンも好きですし、彼らは本当に強かったです」

    何よりも注目を集めているのはオンライン版のフットボールで、角田裕毅はアメリカ版のFIFAではなく、日本製のPESプレイしている。

    「レースから離れて、それから距離を置くことができる時間ですね」と角田裕毅は説明する。

    「それはレースウィークになると集中することにも役立ちます。友達とPESをよくプレイしています。どのプレーヤーが優れているか、誰を見たらいいかを見つけるのに役立ちますね」

    「たとえば、クリスティアーノ・ロナウドはシュートがとても上手で、リオネル・メッシはドリブルがとても上手です。たくさんプレイしているので、PESプレーヤーのデータにはかなり詳しいですよ…ラヒーム・スターリングは全力疾走とドリブルは得意ですが、シュートは得意ではありません」

    FIA-F3をランキング9位で終えた角田裕毅は、1年でFIA-F2にサプライズともいえる昇格を果たし、イギリスを拠点とするカーリンで同じレッドブルの育成ドライバーであるジョハン・ダルバラと走る契約を結んだ。

    当初はFIA-F3でもう一年走る必要があるかもしれないと考えられた角田裕毅だが、それが間違いであったことを証明する。