カテゴリー: セバスチャン・ベッテル

  • レッドブルF1 初勝利から17年 雨の中国GPでベッテルが刻んだ転換点

    レッドブルF1 初勝利から17年 雨の中国GPでベッテルが刻んだ転換点

    レッドブルF1にとっての歴史的な転換点は、2009年4月19日に訪れた。

    中国GP決勝は激しい雨に見舞われる中で行われ、その過酷なコンディションのなかでセバスチャン・ベッテルがポールポジションから完璧なレースを展開。チームメイトのマーク・ウェバーとともに1-2フィニッシュを達成し、レッドブル・レーシングにとってF1初勝利をもたらした。

    雨の上海で刻まれたレッドブルの“始まり”
    この勝利は、ベッテルにとってはキャリア2勝目だった。前年、トロロッソで記録したモンツァでの初優勝に続くものであり、そのポテンシャルを完全に証明する結果となった。

    一方で、チームにとっての意味はそれ以上に大きい。レッドブルが参戦初期の育成・開発フェーズを経て、トップ争いに本格的に加わる転換点となった瞬間でもあった。

    レッドブル・レーシング

    ここから築かれた王者への系譜
    上海での初勝利以降、レッドブルは勝利を積み重ねていく。これまでにグランプリ勝利は129回を追加し、コンストラクターズタイトルも6度獲得するなど、F1のトップ勢力へと成長を遂げた。

    あの雨の一戦は、単なる1勝ではない。レッドブルがF1において“勝つチーム”へと変貌する、その起点となったレースだった。

  • セバスチャン・ベッテル F1昇格の裏側 スピード「トストに暴言で即交代」

    セバスチャン・ベッテル F1昇格の裏側 スピード「トストに暴言で即交代」

    2007年F1シーズン、セバスチャン・ベッテルがトロロッソでデビューを果たした背景には、当時のレギュラードライバーだったスコット・スピードの行動が大きく影響していたことが明らかになった。

    スピード本人が振り返った証言により、レッドブル育成ドライバーとしてキャリアを歩んでいたベッテルの昇格は、単なる実力評価だけでなく、チーム内での人間関係や振る舞いも大きく関係していた実態が浮かび上がっている。

    ベッテル昇格の裏で起きていた出来事
    2007年、ベッテルはBMWザウバーから代役出場したアメリカGPで8位入賞を果たし、F1初ポイントを獲得した。その後、約2か月後のハンガリーGPでトロロッソから正式に参戦することになる。

    そのシートを失ったのがスコット・スピードだった。スピードはポッドキャスト出演の中で、自身のキャリアを振り返りながら当時の状況を明かしている。

    「いろいろ違うやり方ができたと思う。コミュニケーション能力がなかったし、ちゃんとした教育も受けていなかった。この世界がどういうものか全く理解していなかった」

    「ドライバーとして自分にどんな影響力があるのかも分かっていなかった。ただマシンに乗って速く走るだけだと思っていた。でも、なぜ速いのかも分かっていなかった」

    決定打となったトストとの衝突
    転機となったのは、ニュルブルクリンクで開催された2007年ヨーロッパGP後だった。豪雨により多くのマシンが1コーナーでコースアウトする混乱のレースとなり、スピードもその一人だった。

    レース後、トロロッソのチーム代表フランツ・トストとのやり取りが決定的な亀裂を生む。

    「エンジニアと話していたらトストが来て、1コーナーで何が起きたのかと聞いてきた」

    「正直、何を言っているのかと思った。あそこでは8台くらいがコースアウトしていたし、ハミルトンやバトンも同じだった。だから『みんなと同じだ。アクアプレーニングだ』と答えた」

    「すると彼は『全員じゃない。バカだけだ』と言った」

    「だから僕は『ふざけるな』と言ってその場を去った。そして次のレースでは、セバスチャン・ベッテルが僕のマシンに乗っていた」

    「傲慢だった」スピードの自己分析
    スピードは当時の自分を厳しく振り返り、トップカテゴリーで成功するために必要な要素を理解していなかったと認めている。

    「ただの傲慢な若者だった。チーム代表にあんなことを言っても問題ないと思っていた。でも実際は違った」

    「そのレベルで成功するために何が必要か、僕は理解していなかっただけだ」

    ベッテルのキャリアはこの交代劇をきっかけに大きく動き出し、その後の成功へとつながっていく。一方でスピードにとっては、F1でのチャンスを失う決定的な出来事となった。

  • 元F1王者セバスチャン・ベッテル ロンドンマラソン出場 慈善活動で資金調達

    元F1王者セバスチャン・ベッテル ロンドンマラソン出場 慈善活動で資金調達

    4度のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルが、2026年のロンドンマラソンに出場し、慈善活動のための資金調達を行うことが明らかになった。

    現役時代後半から社会問題への発信を続けてきたベッテルは、F1引退後もその姿勢を維持しており、今回の挑戦も社会貢献活動の一環として位置づけられる。

    ロンドンマラソン出場が決定
    セバスチャン・ベッテルは、4月26日に開催されるロンドンマラソンに出場する予定であり、F1ジャーナリストのトム・クラークソンとともに参加する。

    この大会は26.2マイル(約42.195km)におよぶ長距離レースであり、ベッテルにとって新たな挑戦となる。

    慈善団体への寄付を目的
    ベッテルは今回のマラソンを通じて、「ブレイン&スパイン財団」および「グランプリ・トラスト」のために資金を集める予定となっている。

    38歳となったベッテルは、競技外でも影響力を発揮し続けており、今回の取り組みもその延長線上にある。

    引退後も続く社会活動
    ベッテルは2022年シーズン終了をもってF1から引退したが、その後も社会問題への関与を継続している。

    現役時代の後半には、環境問題や社会的課題について積極的に発言する姿が見られていた。

    著名アスリートとともに参加
    今回のロンドンマラソンには、元イングランド代表クリケット主将のアラステア・クック、元ユベントス所属でアーセナル時代にFAカップ優勝を経験したアーロン・ラムジー、4度のオリンピック金メダリストであるベン・エインズリーなど、多くの著名スポーツ選手も参加する予定となっている。

    また、2023年には元マルシャのF1ドライバーであるマックス・チルトンも同大会に出場し、RNLIのための資金調達を行っている。

  • マックス・フェルスタッペン ル・マンでベッテルと共闘に前向き「小さな夢だ」

    マックス・フェルスタッペン ル・マンでベッテルと共闘に前向き「小さな夢だ」

    マックス・フェルスタッペンが、セバスチャン・ベッテルとの“夢”のパートナーシップに前向きな姿勢を示した。舞台はF1ではなく、世界三大耐久レースのひとつであるル・マン24時間レースだ。

    現時点で具体的な計画は存在しないものの、両者は数年前から「いつか一緒に走れたら」という構想を語り合ってきたという。実現には時間と条件が必要だが、4度のワールドチャンピオン同士による共闘は、将来的に現実味を帯びる可能性を秘めている。

    ル・マン参戦は“正しい条件”が前提
    フェルスタッペンは耐久レースへの関心を以前から公言しており、今季後半にはニュルブルクリンク24時間レースへの参戦も予定している。ル・マンへの挑戦については、準備に数カ月から数年単位の時間を要すると見られており、2026年はバルセロナ・カタルーニャGPと日程が重なるため不可能だ。

    ベッテルは2022年限りでF1を引退後、WECポルシェのマシンをテストした経験を持つが、レース参戦には至らなかった。そのベッテルは、フェルスタッペンとの構想について次のように語っている。

    「マックスとは定期的に連絡を取っているし、数年前に“もし実現できるなら、ル・マンを一緒に走ろう”と話したことがある」

    「ちょっとした夢だ」

    これを受け、バーレーンでのプレシーズン前に質問されたフェルスタッペンは、実現の条件を明確にした。

    「ぜひやりたい。でももちろん、勝利を争える状況でなければならないし、正しいチームに所属している必要がある」

    「現時点でいつ実現するかは分からない。でもフェルナンドは75歳まで走るって聞いているから、きっと一緒に走れる年とタイミングは見つかるはずだ」

    アロンソも参戦に含み
    このやり取りに対し、ル・マンを2018年と2019年に制しているフェルナンド・アロンソも独自の“条件”を提示した。

    「私はル・マンで100%の勝率を持っている。もしもう一度やるなら、彼らは完璧な準備をしてこなければならない」

    冗談めかしつつも、その言葉には本気のニュアンスがにじむ。

    ベッテルの今後とレッドブルとの関係
    一方でベッテルの将来については、レッドブルの若手育成プログラム責任者であるヘルムート・マルコの後任候補として名前が挙がっている。しかし本人は選択肢を限定するつもりはないようだ。

    「過去があるからレッドブルには強い愛着がある。でも他のチームでも走った」

    「どことも橋を燃やしたことはないし、今でもみんなと良い関係を保っている」

    「その役割が何か、そして自分に合っているかどうか次第だ。やるなら自分がその気でなければならないし、何か心をくすぐる挑戦である必要がある」

    ル・マンでのフェルスタッペン&ベッテルという構図は、今すぐ現実になる話ではない。しかし両者が“夢”として語り続けている限り、その可能性は消えていない。耐久レースの舞台で4冠同士が肩を並べる日が来れば、それはモータースポーツ史に残る瞬間となるだろう。

  • セバスチャン・ベッテル 2026年F1“DNA論争”に冷静姿勢「結論はまだ早い」

    セバスチャン・ベッテル 2026年F1“DNA論争”に冷静姿勢「結論はまだ早い」

    2026年F1レギュレーションを巡る議論が加熱するなか、元4度のワールドチャンピオンであるベッテルが冷静な姿勢を示した。エネルギー依存度が高まった新世代マシンについては、現役ドライバーからも懸念の声が上がっている。

    マックス・フェルスタッペン、ルイス・ハミルトン、フェルナンド・アロンソはいずれも新レギュレーションに公然と疑問を呈し、フェルスタッペンは「強化版フォーミュラEのようだ」と例えた。

    ベッテルはルツェルンで行われたイベントで、時期尚早な評価を戒めた。

    「今は多くの議論が起きている」とベッテルは語った。

    「僕も多少は耳にしているが、まだ結論を出すべきではないと思う。早すぎる」

    一方で、ドライバー側の不満にも理解を示している。

    「ドライバーの立場からすれば、クルマは速く、アグレッシブであってほしい。常にボタン操作に追われたり、モードに縛られたりせずに、プッシュできる状態が理想だ」と述べた。

    「だが正直に言えば、それが現代のF1でもある」

    ベッテルがより深刻視するのは、F1の本質そのものだ。

    「問題は、F1の根本的なDNAとは何かということだ」と問いかけた。

    「ドライバーたちが言う通り、ここはモータースポーツの頂点であり、僕たちはそれを極めなければならない。同時に、頭を使う追加要素も存在する。問題は、それがどこまで増えれば“やり過ぎ”になるのかという点だ」

    F1が記録的な人気を誇るなか、ベッテルは複雑化がショーそのものを損なう可能性に警鐘を鳴らした。

    「スポーツの本質を見失ってはいけない」と語った。

    「ドライバーにとってあまりに複雑すぎたり、以前ほど刺激的でなくなったりすれば、それは外に伝わる。クルマが本当に素晴らしくて、運転していて最高だという感覚は、自然と伝播するものだ」

    「だがもしドライバーがその感覚を伝えられなくなり、料理人でも運転できてしまうほど退屈なものになれば、それはスポーツにとって良くない」

    ラルフ・シューマッハも主要人物に自制を求めた。

    「F1は誰よりも大きな存在だ。バーニー・エクレストンよりも大きい」と語った。

    「最初の数戦を待ってから、これほど厳しい評価を下すべきだ。我々は団結する必要がある」

    元ドライバーのマルク・スレールは、エネルギー回生やバッテリーマネジメントが滑稽な展開を生むならば、最終的にFIAの介入が必要になる可能性を指摘した。

    「FIAは介入できる。さもなければ、恥ずかしい事態になりかねない」と述べた。

    一方、ピエール・ガスリーはメルボルンでの開幕戦について示唆的なコメントを残した。

    「スタートを見逃さないように目覚ましを早めにセットすることを勧める」と語った。

    「このスタートは歴史に残るかもしれない。間違いなく以前より難しくなる」

  • セバスチャン・ベッテルが語るF1で極限のプレッシャーに直面した時の「自問」

    セバスチャン・ベッテルが語るF1で極限のプレッシャーに直面した時の「自問」

    F1で数々の成功を収めてきたセバスチャン・ベッテルは、キャリアの中で幾度となく極限のプレッシャーに直面してきた。4度の世界王者、53勝、57回のポールポジションという実績を持つ彼は、プレッシャーや緊張とどう向き合ってきたのか。その考えを『Entrepreneur Middle East』の取材で明かしている。

    「プレッシャーや緊張、期待について話すなら、まず大事なのはオープンであることだ。なぜ今この緊張を感じているのか、なぜ前日は感じなかったのかを自分に問いかける必要がある」とベッテルは語った。

    「それが強くなりすぎたら何が悪いのか? そして、どうすればそれをコントロールできるよう学べるのか? そうした問いを自分に投げかけるんだ」

    ベッテルは、緊張やプレッシャーそのものを否定的には捉えていない。むしろ、それは前向きなサインだという。

    「多くの人は『緊張しなければいいのに』と言う。でも実際には、緊張はいいものだ。必要なものでもある。準備ができている証拠だし、ワクワクしている証でもある。それを活かして、ポジティブな方向に使うことができる」

    セバスチャン・ベッテル

    一方で、プレッシャーへの対処法に万能な答えは存在しないとも強調する。

    「これは本当に人それぞれだ。全員に当てはまるレシピなんて存在しない。人は皆違うし、パフォーマンスの出方も違う。必要とする環境も違う。だからこそ、極めて個人的なものなんだ」

    F1でのキャリアを通じて、ベッテルは挫折や困難への向き合い方も学んできた。その経験は、引退後の人生にも生きているという。

    「1つのシーズンの中ですら、浮き沈みはある。それでも前に進まなければならない」とベッテルは述べる。

    「思い通りにいかないことや、逆風になることはたくさんある。外から見ればすべてが順調に進んでいるように見えるかもしれないが、実際は決してそうじゃない。見えない障害や課題がたくさんあって、それに対処し続けなければならない。F1は、その後の人生に向けた素晴らしい学びの場だった」

  • アストンマーティンF1 「ニューウェイは銀の弾丸ではない」とベッテル

    アストンマーティンF1 「ニューウェイは銀の弾丸ではない」とベッテル

    セバスチャン・ベッテルは、エイドリアン・ニューウェイがアストンマーティンF1にとって極めて重要な存在になり得る一方で、チームを一気に変える「銀の弾丸」ではないと語った。

    ただし、その前提として、ニューウェイが適切な環境を得られれば、計り知れない影響力を発揮できる人物であるとも強調している。

    「僕はこのパドックで長い時間を過ごしてきたけど、誰もが“銀の弾丸”を探している。でも、そんなものは誰も見つけたことがない。存在しないんだ」とベッテルはポッドキャスト『Beyond the Grid』で語った。

    「F1の魔法は、すべての要素が噛み合ったときに起きる」

    「もちろん、ドライバーはマシンを実際に操る立場にあるから特別だし、最終的に結果を出さなければならない存在だ。そしてチームの中には、パフォーマンスを引き出すうえで本当に重要な人たちがいる」

    「エイドリアンは間違いなくその一人だ」

    一方でベッテルは、ニューウェイ自身も環境に左右される存在だと指摘する。

    「ただし、エイドリアン自身も正しい環境にいなければならない」

    「彼とはしばらく会っていないけれど、長年レッドブル・レーシングに在籍していたことを考えれば、新たな挑戦に本気で取り組みたいという火が再び灯った可能性は十分にある。彼自身もそうしたことを口にしていたと思う」

    さらに、ニューウェイ最大の強みについて、次のように表現した。

    「彼には、他の多くの人にはない資質がある。それはレースへの執着だ。彼は本当にレースを愛している。モータースポーツに関しては、まるで子どものようなんだ」

    「それこそが、最大の原動力だと思う」

    「もしアストンマーティンが、彼のその情熱を解き放てる環境、つまり“舞台”を用意できるなら、彼は銀の弾丸ではないにしても、素晴らしいマシンを生み出す巨大な貢献者になれる」

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム エイドリアン・ニューウェイとセバスチャン・ベッテル

    ベッテルはまた、2026年F1レギュレーション刷新を前にした勢力図についても見解を示している。

    「来年はダークホースが一つとは限らない。新レギュレーションを各チームがどう解釈するか分からないし、それこそが面白い部分だ」

    「一方で、今もっとも強いチームが、大きな規則変更でも有利だという考え方もある。組織が強いからね。そう考えると、マクラーレンF1が本命と言えるかもしれない」

    「それにパワーユニットがどうなるかも大きく影響する」

    「ただ、ビッグチームが中心になるのは間違いないし、アストンマーティンも候補に入ると思う。僕はプロジェクトが始まった頃から見てきたけれど、今では施設も整い、新しい風洞、ファクトリー、シミュレーター、そしてホンダとのパートナーシップもある」

    「ホンダもゼロから来るわけじゃない。長年の経験がある」

    「だから材料は揃っているし、以前から揃ってはいた。ただ、それを噛み合わせるのがどれほど難しいかも、これまで見てきた」

    「2023年はシーズン序盤が素晴らしかったけれど、後半は苦しんだ。2024年、2025年も簡単ではなかった」

    「それでも、リソースはある。人材もいる。なぜ可能性がないと言えるだろうか」

    アストンマーティンF1は2026年も、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールのドライバーラインアップを維持して新時代に臨む。

  • ヘルムート・マルコが比較「ベッテルは分析型、フェルスタッペンは本能型」

    ヘルムート・マルコが比較「ベッテルは分析型、フェルスタッペンは本能型」

    20年以上にわたりレッドブルの若手育成を率いてきたヘルムート・マルコは、数多くの才能をF1へと導いてきた。その中でも、セバスチャン・ベッテルとマックス・フェルスタッペンは、彼自身が送り出した「最も特別な存在」だという。

    82歳のオーストリア人であるマルコは、かつてフォーミュラ3000に自らのチームを運営していた経験も持ち、若手ドライバーの才能を見抜く目には定評がある。

    レッドブルのジュニアプログラム出身者すべてが頂点に立ったわけではないが、ベッテルとフェルスタッペンという2人は、近年のF1を代表する存在となった。

    「ベッテルはより分析的だった」
    両者ともに長年F1の世界を支配してきたが、そのアプローチは明確に異なっていたとマルコは語る。

    「ベッテルはすべてを非常に分析的に進めていた。マシンから最大限を引き出すため、エンジニアと何時間も議論を重ねていた」と、マルコは独紙ミュンヒナー・メルクア/tzに明かしている。

    一方で、フェルスタッペンについては次のように続けた。

    「当初のマックスは、より本能に頼るタイプだった。しかし今では、自分が何を求めているのかを正確に理解し、チームを導くこともできるドライバーへと成長した」

    マルコは、フェルスタッペンを「特別な存在」と評し、「超高速で、超人的な才能を持ち、極めて集中力が高い」と強調している。

    ヘルムート・マルコとマックス・フェルスタッペン

    極めて希少なフェルスタッペンの人格
    マルコはフェルスタッペンをわずか17歳でF1にデビューさせた人物でもある。同様に、ベッテルのF1昇格とレッドブル加入にも決定的な役割を果たし、ベッテルは同チームで合計4度のワールドチャンピオンに輝いた。

    フェルスタッペンもまた、レッドブルで4度のワールドタイトルを獲得し、通算71勝を記録している。一方のベッテルはキャリア通算53勝。両者は現在、F1史上でも最多勝利数ランキングのトップ4に名を連ねる存在であり、その背景にはマルコの存在があった。

    マルコは多くの才能を、時にはカート時代から見守ってきたが、フェルスタッペンとの関係は特別だという。

    「これほど密接な関係を築いたドライバーは他にいない。彼は、強い価値観を持っている。それは本当に人格の優れた人間にしか備わらないものだ。この組み合わせは極めて稀だ」

  • ハミルトンはフェラーリF1に溶け込めるのか ベッテルが助言した「イタリア語」

    ハミルトンはフェラーリF1に溶け込めるのか ベッテルが助言した「イタリア語」

    セバスチャン・ベッテルは、ルイス・ハミルトンがフェラーリF1へ移籍するにあたり、自身が伝えたアドバイスの中身を明かした。要点は極めてシンプルだ。「言語を学ぶこと」。それも、形だけではなく“本気で”学ぶことだという。

    2015年から2020年までフェラーリで戦ったセバスチャン・ベッテルは、マラネロでの時間を「大好きだったし、後悔はない」と振り返る一方、文化への踏み込みが十分ではなかったと自己分析する。

    「違っていた。とても違っていた。でも楽しかった。僕は順応したし、その時間を愛していた。イギリスのユーモアも、人々も、レースへのアプローチも好きだった。ただ、母国語が英語ではない自分が、さらに別の国へ行くという状況を想像すると、その難しさは計り知れない」

    フェラーリの“心臓”はイタリア文化
    18年間、マクラーレンとメルセデスという英国系チームで戦ってきたルイス・ハミルトンにとって、フェラーリは大きな転換点になるとベッテルは語る。

    「言語としては英語で仕事はできる。彼はチームの誰とでも意思疎通できる。でも、英語を話せない、あるいは流暢でない人たちもいる。言葉が十分に分からなくても仕事は進む。でも、その人たちや文化を“本当に理解できているか”は別の話だ。フェラーリの心と文化はイタリアにある」

    ベッテルは、自身のフェラーリ時代を振り返り、イタリア語への向き合い方が足りなかったと率直に認めている。

    「今振り返ると、それは決定的なミスだった。イタリア語は学んだし、レッスンも受けた。でも完璧ではなかった。もっと本気で勉強すべきだったし、もっとイタリアで過ごすべきだった。文化とは、人そのものだからだ」

    ハミルトンに伝えた“唯一の助言”
    だからこそ、ベッテルは移籍前のハミルトンに、こう伝えたという。

    「僕ができる唯一で、最高のアドバイスは『言語を学べ。本当に、徹底的に学べ』ということだ。言語を学ぶには、環境に身を置く必要がある。その国で、人々と話し、文化に触れる。そうすれば、他のことは自然と噛み合ってくる」

    セットアップや技術的な会話においては不要だという意見もあるが、「大きな視点で見れば、文化とスピリットを理解するために、言語は極めて重要だ」と強調した。

    ルイス・ハミルトン F1 スクーデリア・フェラーリ

    ハミルトン本人の自己評価「今はあまり良くない」
    2025年7月のペローニのイベントで、イタリア語の習得状況を問われたハミルトンは、率直にこう答えている。

    「正直、あまり良くない。最初はたくさんレッスンを受けていたけど、シーズンが忙しくなりすぎて、完全に止まってしまった。Duolingoもやっていたし、数週間は順調だったけど、ここ数カ月は何もしていない」

    「本当はイタリアに住みたい。でも今年はそれがほぼ不可能だった。毎週のように行ってはいるけど、ちゃんとイタリア語を話せるようになるのが夢だ」

    ハミルトンはフェラーリでの初年度をドライバーズランキング6位で終え、キャリアで初めて“シーズン無表彰台”という結果も経験した。ベッテルの言う「言語と文化への没入」は、単なるコミュニケーション手段ではなく、フェラーリというチームの中核に溶け込むための鍵であり、今後の巻き返しに向けた重要な要素になっていく。

  • セバスチャン・ベッテル告白「フェラーリF1時代にすでに衰え始めていた」

    セバスチャン・ベッテル告白「フェラーリF1時代にすでに衰え始めていた」

    セバスチャン・ベッテルは、F1キャリアを振り返り、4度のワールドチャンピオンを獲得したレッドブル・レーシング時代が自身の頂点だったと語った。一方で、フェラーリに在籍していた頃、特に新型コロナウイルスの影響を受けた2020年シーズンには、すでに下降局面に入っていたと感じていたという。

    「2006年にF1に来て、2007年、そして2010年にチャンピオンを獲ったころが、ある意味で頂点だったと思う」と、ベッテルはF1公式ポッドキャスト『Beyond the Grid』で振り返る。

    「ただ、2011年は2010年よりもはるかに準備が整っていて、より強かった。その後も安定した年が続いた。2015年はとても良い年だったし、2017年と2018年も同様だ。2019年、そして正直に言えば2020年も走ってはいたが、その頃にはもう衰え始めていた」

    「今はそれを口にできることがうれしい。もう、トップレベルで戦うための最後のひと押しが、自分の中に残っていなかったと感じていたからだ」

    ルクレールの存在が突きつけた現実
    フェラーリでの後半、若きチームメイトシャルル・ルクレールの存在は、ベッテルに強い印象を与えた。

    「シャルルは本当にエネルギーに満ちていた。正直、僕は甘やかされてきたと思う。4回のタイトル、多くの勝利やポールポジションを手にしてきた。僕が求めていたのは勝利だけだった」

    「一番大きなトロフィーが欲しかったし、レースに勝って表彰台に立つあの瞬間、月曜の朝に『昨日勝った』と実感できる感覚が欲しかった。でも、その感覚は長く続かない。だから、また次を勝たなければならない」

    「シャルルが来て、5位と6位でフィニッシュしたとき、彼はその結果に心から喜んでいた。それは彼にとってキャリアの別の段階であり、初めて競争力のあるマシンに乗った瞬間だったからだ」

    「その頃から、僕は少し苦しくなり始めたと思う」

    2020年、そして価値観の変化
    さらに2020年シーズンは、パンデミックによる中断がベッテルに大きな影響を与えた。

    「2020年は本当に厳しい年だった。レースがなくなり、これまで一度もなかったような長い休みを得て、家族と過ごす時間を心から楽しんだ」

    「同時に、子どもたちが成長し、世界の問題が自分にどう影響し、どう自分の中に反映されていくのかを強く意識するようになった。その時点で、僕はおそらくもう最高の状態にはいなかったと思う」

    それでもアストンマーティンへ向かった理由
    それでも彼はF1を去らず、アストンマーティンへの移籍を選んだ。その理由について、ベッテルはこう明かしている。

    「正直なところ、自分に言い聞かせたかったんだ。『まだできるのか?』って。ばかげて聞こえるかもしれないが、もちろんできることは何度も証明してきた。それでも、誰もが感じる不安や不確かさが、僕の中にもあった」

    その感覚は、かつての英雄との会話でも共有されていたという。

    「何年も前にミハエル・シューマッハともその話をした。彼でさえ、そう感じていた。『彼でさえ』と言うのは、僕にとって彼は史上最高だったからだ。子どもの頃、壁には彼のポスターを貼っていた。それほどの存在なのに、彼にも不安があった。『君が?』と思ったよ」

    頂点には戻れなかったが、意味のある時間
    結果面では、チームの成長がもっと早ければと感じる部分もあったという。それでも、アストンマーティンでの時間は無駄ではなかったとベッテルは語る。

    「これらの年は、僕にとってとても重要だった。本当にまたクルマの中で居心地の良さを感じられるようになったし、キャリアの後半でもピークに近いパフォーマンスを発揮できたと思う」

    「ただ、全体として見れば、もうかつての頂点には戻れなかった。それが正直な結論だ」