カテゴリー: USF1

  • YouTube、USF1のスポンサーとしてF1参入か

    YouTube、USF1のスポンサーとしてF1参入か

    YouTubeが、チームUSF1のスポンサーになるとの噂が広まっている。

    YouTubeの共同設立者であり現CEOを務めるアメリカ人のチャド・ハーリーは、先週末のイギリスGPを訪れ、USF1との契約の最終仕上げをしたとされている。

    チャド・ハーリーは、2005年にスティーブ・チェン、ジョード・カリムとともに動画共有サービスYouTubeを設立。2006年10月にはYouTubeをGoogle社に16億5000万ドルで売却した。有名なYouTubeのロゴをデザインしたのもチャド・ハーリーだ。

    USF1にとって、アメリカ企業のYouTubeをスポンサーに迎えることは“メイド・イン・アメリカ”のスローガンに合致している。

    予算キャップのもとでF1エントリーを提出したUSF1。先日の世界モータースポーツ評議会で予算キャップが廃止されたが、USF1は予算キャップの有無に関わらず2010年のF1に参戦するとされている。

    改めてエントリーを承認されたUSF1の準備は急進展しており、チームの共同設立者ピーター・ウィンザーは、F1の予選前とレースの記者会見におけるドライバーへのインタビュー役をITVのコメンテーター、ジェイムズ・アレンに引き継いでいる。

  • チームUSF1、ポールリカールをヨーロッパ拠点の候補に

    チームUSF1、ポールリカールをヨーロッパ拠点の候補に

    チームUSF1は、ヨーロッパの拠点としてポールリカールに目を向けている。

    チームUSF1は、ノースカロライナの本協居地でマシンを設計・製造する一方、ヨーロッパの活動拠点として、スペインのエプリシロン・ユースカディの本拠地を使用することを望んでいたとされる。

    しかし、その後エプシロン・ユースカディは、グランプリチームとして独自に2010年のエントリーを提出。現時点でエントリーは認められていないが、FOTAとの論争がまとまるまで待機している状態だ。

    報じられたところでは、USF1は代わりにフランスに目を向けており、マルセイユ近郊のル・キャステレにあるポールリカールを拠点の候補地として注目しているという。
    ピーター・ウィンザーは、ポールリカールの上層部との交渉が進展しているとしている。

    ポールリカールのディレクターであるジェラール・ヌブーは「彼のプロジェクトは、非常に組織化されており、疑わしさがない。彼らはとても真剣だ」とコメントしている。

  • チームUSF1、ダニカ・パトリックを評価

    チームUSF1、ダニカ・パトリックを評価

    チームUSF1は、2010年の参戦初年度にダニカ・パトリックをドライブさせることを検討している。

    昨年のインディ・ジャパンで女性ドライバー初優勝を成し遂げたダニカ・パトリックは、少なくとも一人はアメリカ人ドライバーを起用する意向を明らかにしているUSF1と議論を行っている。

    チームUSF1のスポーティングディレークターを務めるピーター・ウィンザーは、ダニカ・パトリックを検討していることを認める。

    「我々はドライバーを検討し始めている。ダニカがリストに載っているのは確かだ。彼女は、アメリカのシングルシーター選手権をリードしており、最もふさわしいアメリカ人だ」

    「彼女は本当に素晴らしい仕事をしている」

    現在ダニカ・パトリックは、インディカー・シリーズのトップ5に入っている。

    「他にも何人か素晴らしいドライバーもいる。マリオ・アンドレッティ、グラハム・レイホール、ライアン・ハンターレイ、ジョナサン・サマートンなどがリストにいる。本当にいいドライバーがだし、我々は彼らに焦点を合わせ始めなければならない」

  • チームUSF1とは

    チームUSF1とは

    チームUSF1が2010年のF1エントリーを承認され、2010年に新たにF1に参戦することとなった。

    チームUSF1はオールアメリカンをコンセプトとして掲げるアメリカのF1チーム。今年の2月29日に発足した完全に新しいレーシングチームであるが、経験豊富なディレクターを有しており、すでに多くの投資家を獲得している。

    チームUSF1のチーム代表を務めるケン・アンダーソンは、元リジェのテクニカルデレクターを務めた経験があり、インディ500およびインディカー・シリーズの優勝マシンを設計・製造したことで有名。

    チームディレクターを務めるピーター・ウィンザーは、ウィリアムズとフェラーリで働いていた経験があり、今日では、テレビ評論家やジャーナリストとして知られている。

    チームUSF1は、コスワートとエンジン契約を結び、2010年F1世界選手権に参戦。すでにマシンの図面は完成しており、9月には風洞でのテストを、そして早ければ11月にはテスト走行を実施する予定である。

    関連:
    2010年 F1エントリーリスト発表 – 2009年6月12日

  • USF1、11月上旬にテスト走行を予定

    USF1、11月上旬にテスト走行を予定

    USF1の第1号マシンは、早ければ11月初旬にテスト走行を行う予定だという。

    「それまでにマシンを届けられるように、6月12日にエントリーが発表された時点でパーツ製造を始めるつもりだ」とケン・アンダーソンは語る。

    風洞テストは9月下旬の開始を開始を予定しているという。

    「エンジンにもよるが、マシンは1月第1週に走り始めるだろう。しかし、すべてが完全に整えられれば、11月か12月にマシンを走らせたい」

    現在のチーム所属人数は20人ですが、これを増やしていく段階にあるとも明らかにしています。

  • USF1、マシン図面が完成

    USF1、マシン図面が完成

    予算キャップが100%保証されたわけではないが、USF1(USGPE)は、来シーズンのグリッドに立つことを確信している。

    ピーター・ウィンザーは、USF1が初マシンの図面を完成させ、F1の将来に自信を持っていることを明らかにした。

    「まず始めに、FIAが新しいチームがF1に参入しやすくしたことに、我々は非常に感動している。それが起こらなかったら、我々は今ここにいなかっただろう。当然、どんな新しいシステムにも生みの苦しみというものは必要だ」

    「しかし、我々の見解ではあまり変わらない。現在、我々が運営しているこの予算は、3〜4年間計画してきたものだ。予算を変えてはいないし、最近言及されている多くの数字と完全にかみ合っている。我々はCADでマシンの図面を完成させたところだ。すべてがとてもエキサイティングだ」

    ピーター・ウィンザーは、まだKERSを搭載するかは決めていないと語る。

    「多くはレギュレーションに依存している。選択肢があるなら、我々はKERSを搭載しないだろう。しかし全チームに義務付けられる可能性があるので、そのつもりでいなければならない」

    しかし、ウィンザーは、KERSの状況が「数ヶ月以内」に変わるかもしれないとしている

  • USF1、コスワースエンジンを検討

    USF1、コスワースエンジンを検討

    2010年にF1参戦を目指すUSF1は、参戦のためにコスワースの標準エンジンの使用を“真剣”に検討しているという。

    チーム代表のケン・アンダーソンとピーター・ウィンザーは、2月のチーム発表会でグリッド上の全てのメーカーにアプローチするつもりであると語っていたが、現在は、自動車メーカーと提携するよりも、コスワースと契約する方が適しているかもしれないと考えていることを明らかにした。

    「エンジンの決定は、F1が今行っている全体の再生の一部だ」とピーター・ウィンザーは語る。

    「コスワースエンジンは確かに魅力的な提案だ。承認されているし、コスワースの人間は、レッドブルが突然ルノーにスイッチしたとき、レッドブル・レーシングと素晴らしい仕事をしていた」

    「コスワースにいた多くの人々は去ったが、一方で多くの素晴らしい人間がまだたくさんいる。我々にとっては本当に興味深いことだ。それを除いても、コスワースは現在、アメリカ人のケビン・カルコーベンが所有しており、我々にとっては良い関連だと言える」

    「小規模の専門会社と働くというアイデアは、レーシングチームとして我々が運営しているやり方とうまく合っている」

    コスワースがUSF1の好ましい選択肢かという問いにウィンザーは次のように答えている。

    「好ましいとは私は言えないが、我々が非常に真剣に考えているオプションであることは間違いない」

  • USF1 「USGPEも仮の名前」

    USF1 「USGPEも仮の名前」

    USF1のチーム代表であるピーター・ウィンザーは、「USF1」「USGPE」というチーム名はまだ仮のものであり、数週間のうちに正式な名前が決定すると語る。

    USF1は、チーム発表後、“F1”という文字が入るチーム名がFOMの持つ商標権に抵触していることから、すぐさまオフィシャルHPのドメインをusf1.comからusgpe.comに変更していた。

    ピーター・ウィンザーは、“F1”を使うことには商標に関わってくるため“チーム”を加える必要があり、新しいチーム名は数週間後に正式決定されなければならないと語る。

    「USF1という名前は基本的にケン・アンダーソンが名付けたもんだ。偉大な名前だよ!我々が4年前に始めた進行中の仕事のための仮題だった」

    「“F1”が保護された名前であることは分かっていたし、我々は常に正しいことをしたかった。でも、我々が現在の活動をするまでは単なる仮題だったので意味はなかった。公式になってから、我々はチームになるつもりだった。そして、我々は座って、状況を考える必要があった」

    「ケンは、その状況のためにいくつかドメイン名を登録していたので、我々は平穏に進ませるために、すぐに他のドメイン名で全てを保留にした。新しい名前は、オリジナルの名前とそんなにかけ離れてはいないし、まだなく発表されるだろう」

    「正式にエントリーして、FIAが2010年のチャンピオンシップを発表するとき、チーム名が載るだろうし、他にもいくつか良い発表があるだろう」

  • USF1、チーム名を『USGPE』に変更

    USF1、チーム名を『USGPE』に変更

    USF1は、バーニー・エクレストンとFOMからのチーム名称の変更を求められ、「USGPE」に変更になる。

    2010年からF1参戦を目指す新チームは「USF1」というチーム名で発表されたが、“Formula 1”の商標権を持つFOMが省略形の“F1”の使用に反対したため、チームは「USGPE (US Grand Prix Engineering)」に名称を変更した。

    すでにチームのオフィシャルサイトのURLもhttp://www.usgpe.com/に変更されている。

    ルノー、フォース・インディア、トヨタはすでにチーム名に“F1”を使用しているが、そのあとに“Team”が付いているため、FOMはそれらの記述を許可していると思われる。

    唯一の例外はウィリアムズで、公式名は「WilliamsF1」である。

    2008年にF1から撤退したスーパーアグリも発足当時は「SUPER AGURI FORMURA1」と名乗っていたが、同様の理由で「SUPER AGURI F1 TEAM」に名称を変更している。

  • ダニカ・パトリック、USF1移籍の可能性にためらい

    ダニカ・パトリック、USF1移籍の可能性にためらい

    ダニカ・パトリックは、USF1からのオーファーをためらっていると語る。もしF1への移籍が成功しなければ、多くのものを失うと考えているからだ。

    インディシリーズの女性ドライバーであるダニカ・パトリックは、USF1のドライバー候補の1名に挙げられている。

    しかし、ダニカはアメリカでのキャリアが最優先のままであり、F1テストのオファーを受け入れることを非常に慎重に考えるだろうと語る。

    「最初に考えるのは、本当にふさわしいの?ということ」とダニカは語る。

    「インディカーのシーズンの邪魔にならない?この先の契約の邪魔にならない?疲れない?スケジュールの中で本当に作業できる?そして、本当に私がしたいことなの?」

    ダニカ・パトリックは、F1にトライすることはギャンブルであり、彼女とチームの競争力に完全に確信する必要があると考えている。

    「そのあとの自信の可能性があるので、興味があるかわからないことについて人々を導くのはあまり生産的なことだろは思わない」

    「もしF1に行って、理想的もしくは完璧じゃなかったら、成功を収めることはできる?そのあと突然、批判にさらされる可能性があるだけ」

    「だから考えているし、スケジュールをチェックするつもり。それでも来るなら橋を渡ってみるつもり」

    ダニカ・パトリックは、これまでUSF1から連絡がないことを強調する。

    「私は何も聞いていない。私が聞いたすべては、あなたが読んだこと同じだし、それ以上はないわ」

    今週初めのUSF1のプレス発表で、チームの共同オーナーであるピーター・ウィンザーは、USF1がダニカ・パトリックに興味を持っていることを明らかにしている。

    「彼女は間違いなくリストに載っている。すべてのアメリカ人ドライバーに資格があるし、彼女は確かに資格を持っている」

    「私にとって、彼女には道が開けているし、我々が注目している人間だ。しかし、我々はあらゆる人間を注目している」

    ダニカ・パトリックとアンドレッティ・グリーン・レーシングとの契約は今シーズンで終了するが、彼女はまだインディカーシリーズに残留するか、どこか他を探すかどうかは明らかにしていない。ダニカは、2007年にアンドレッティ・グリーン・レーシングと契約する前にNASCARへの転向が囁かれていた。