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  • ウィリアムズF1育成の中村紀庵ベルタ 2027年FIA F3昇格 トライデントから参戦

    ウィリアムズF1育成の中村紀庵ベルタ 2027年FIA F3昇格 トライデントから参戦

    ウィリアムズ・ドライバー・アカデミーに所属する中村紀庵ベルタが、2027年にFIA F3へステップアップし、トライデント・モータースポーツから参戦することが決定した。

    18歳の中村紀庵ベルタは、2026年のフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン選手権(FREC)で3勝を含む8度の表彰台を獲得し、ランキング3位でシーズンを終えた。その実績を評価され、ウィリアムズの育成プログラムから引き続き支援を受けながら、次のステップとなるFIA F3に挑む。

    F4王者からFRECを経てFIA F3へ
    日本とスロバキアにルーツを持つ中村紀庵ベルタは、2023年にF4東南アジア選手権でシングルシーターデビューを果たした。

    2024年にはF4 UAE選手権でランキング2位を獲得。そして2025年には飛躍のシーズンを迎え、F4選手権とイタリアF4で立て続けにタイトルを獲得した。

    2026年はフォーミュラ・リージョナルへとカテゴリーを上げ、フォーミュラ・リージョナル・ミドルイースト・トロフィーを制覇。さらにFRECでは3勝を挙げ、合計8回の表彰台を記録してランキング3位に入った。

    その結果、2027年はトライデントからFIA F3に参戦することになった。

    トライデントは若手育成で高い実績を持ち、2025年のFIA F3王者ラファエル・カマラやランキング2位のフレディ・スレーターも、FRECから同チームを経てF3へステップアップしている。中村紀庵ベルタも同じルートをたどることになる。

    中村紀庵ベルタ FIA F3選手権

    「F3デビューに向けて大きな自信になる」
    中村紀庵ベルタは、ウィリアムズの支援を受けながらFIA F3へ昇格できることへの喜びを語った。

    「ウィリアムズのプログラムから引き続きサポートを受けながら、F3へステップアップできることをうれしく思います」

    「FRECで力強いシーズンを終え、F3でこれほど競争力のあるチームに加入する機会を得られたことは、来年のF3デビューに向けて大きな自信になります。ここまで来るために力を貸してくださったすべての皆さんに心から感謝しています」

    ウィリアムズ「次世代に機会を生み出している証」
    ウィリアムズのスポーティングディレクターを務めるスヴェン・スメーツも、アカデミー所属ドライバーの新たな昇格を歓迎した。

    「キーンがルーキーシーズンに向けてトライデント・モータースポーツからF3へステップアップする姿を見ることができるのは、我々にとって誇らしい瞬間だ」

    スメーツは今回の昇格について、ウィリアムズのドライバー育成プログラムが「次世代の才能あるドライバーに機会を生み出している」ことを示すものだと評価している。

    ウィリアムズ育成で次のステップへ
    ウィリアムズはF1チームの将来を見据え、アカデミーを通じて若手ドライバーの発掘と育成を進めている。中村紀庵ベルタにとって、FIA F3への昇格はその育成過程における重要な一歩となる。

    F4でタイトルを獲得し、フォーミュラ・リージョナルでも結果を残してきた18歳は、2027年からF1への登竜門のひとつであるFIA F3に舞台を移す。

    ラファエル・カマラやフレディ・スレーターも歩んだFRECからトライデントへのルートを経て、中村紀庵ベルタがFIA F3でどのような結果を残すかが注目される。

  • ウーゴ・ウゴチュクウ FIA F3王座獲得「これが今年最大の目標だった」

    ウーゴ・ウゴチュクウ FIA F3王座獲得「これが今年最大の目標だった」

    ウーゴ・ウゴチュクウが、2026年FIA F3ドライバーズチャンピオンに輝いた。マドリンクで行われた最終戦でフレディ・スレーターとの直接対決を制し、キャリア最大の目標だったタイトルを手にした。

    カンポス・レーシングにとってもFIA F3初のドライバーズタイトルとなった。19歳のウゴチュクウは、年初のフォーミュラ・リージョナル・オセアニア選手権に続いて2026年2冠を達成。「キャリアの中でも最高のシーズンのひとつ」と振り返った。

    最終レースを同点で迎えたスレーターとの王座決戦
    ウゴチュクウは日曜日のフィーチャーレース2を、スレーターと同ポイントで迎えた。最後の一戦でウゴチュクウは2位、スレーターは8位となり、タイトル争いに決着がついた。

    「本当にうれしい。もちろん、これがシーズン開幕時からの最大の目標だった。チャンピオンシップを獲得することだった」

    「予選を終えた時点で、自分たちがやるべき仕事、最大の仕事はできたと分かっていた。昨日と今日は、それをきちんと実行して、ポイントを獲得して、最後まで持ち帰るだけだった」

    最終戦特有のプレッシャーもあった。

    「多少のプレッシャーはあった。それは当然だと思う。この最終週末はフィーチャーレースが2つあったから、間違いなくチャンピオンシップで最も重要な週末だった」

    「予選では仕事をやり遂げなければならないというプレッシャーがあったけど、その中でもうまく走れたと思う。リスクとリターンのバランスを適切に取って、ミスもしなかった。最終的に今日は、その良い予選結果を生かすことができた」

    「今日はチャンピオンになるために何をすればいいか分かっていた。だから、自分の手の中にあった。クリーンに走って、後ろのマシンを抑えて、そのままフィニッシュまで持っていくだけだった」

    モンツァから15ポイント差まで挽回
    タイトル争いの流れを大きく変えたのが、その前戦モンツァだった。

    ウゴチュクウは日曜日のフィーチャーレースを後方からスタートした一方、スレーターはポールポジションから出走。しかし、スレーターがリタイアし、ウゴチュクウはポイント圏まで挽回。マドリードには15ポイント差で乗り込むことができた。

    「この週末を迎えるにあたって、15ポイント差まで縮められたのはかなり幸運だったと思う」

    「15ポイントはまだそれなりの差だけど、ライバルに少しプレッシャーをかけるには十分だと分かっていた。最終的に、この最後の週末を完璧にまとめ、しっかり実行できた。それがチャンピオンシップにつながった」

    スレーターとの一騎打ち「最後に同点なんてクレイジー」
    ウゴチュクウとスレーターのタイトル争いはシーズンを通じて続いた。両者は年初にニュージーランドで行われたフォーミュラ・リージョナル・オセアニア選手権でもタイトルを争い、そこでもウゴチュクウが頂点に立っている。

    「一年を通して素晴らしい戦いだったし、本当に楽しめた。シーズン序盤のテストや第1戦の時点から、最後には僕たち2人がチャンピオンシップを争うことになるかもしれないと思っていた」

    「でも、最終レースを同ポイントで迎えるほど最後の最後までもつれるなんて、かなりクレイジーだった。だから、やり遂げてタイトルを獲得し、トップに立てたことが本当にうれしい」

    ウーゴ・ウゴチュクウ FIA フォーミュラ3選手権

    王者会見「P2で十分だと分かっていた」
    タイトル獲得後のFIA公式記者会見でも、ウゴチュクウは最終レースで冷静さを保つことを最優先していたと説明した。

    Q:フレディ・スレーターとの非常に僅差のタイトル争いでマドリードを迎えました。どのような気持ちでしたか?

    ウーゴ・ウゴチュクウ:「最終レースを同ポイントで迎えるとは思っていなかったけど、それによってすごくエキサイティングになった。この週末はずっと良い仕事ができたと思う。予選で良い位置につけて、レースでも良いポジションにいた。だから今日は、自分たちの仕事をきちんと遂行するだけだった」

    「2位は悪い結果ではなかった。タイヤをマネジメントしようとしていただけだ。それでチャンピオンになれると分かっていたから、とにかく最後まで持っていくことだけを考えていた」

    Q:今季は2勝、7回の表彰台を獲得しました。特に印象に残っている瞬間はありますか?

    ウーゴ・ウゴチュクウ:「いくつかある。第1戦メルボルンは間違いなく特別だった。F3での初勝利だったし、チャンピオンシップを争えると分かって、その後もプッシュし続けるための大きな自信になった」

    「モンツァも重要だった。そこから挽回して何ポイントか獲得できた。15ポイント差だけでこの週末を迎えられたのは幸運だったし、それによってプレッシャーをかけて攻めることができ、最終的にチャンピオンシップを獲得できた」

    苦しいルーキーイヤーから大きく成長
    2025年のルーキーシーズンを経てF3参戦2年目を迎えたウゴチュクウは、自身の成長がタイトルという結果につながったと語った。

    Q:厳しいルーキーイヤーを経て2年目を戦いました。どれほど成長したと感じていますか?

    ウーゴ・ウゴチュクウ:「すごくうれしい。全体として、ドライバーとして成長し、進化できたと思う。これからの数年間も、さらに良いパフォーマンスを発揮し続けることが目標だ」

    「このタイトルは、その成長を証明するものでもある。チームと一緒に積み重ねてきた仕事を本当にうれしく思っている。昨日はチームズチャンピオンシップを決めて、今日はドライバーズタイトルも獲得できた。僕たちにとって、ほぼ完璧なシーズンだった」

    カンポス・レーシング初のFIA F3王者
    カンポス・レーシングにとって、ウゴチュクウはFIA F3で初めて誕生したドライバーズチャンピオンとなった。

    Q:カンポス・レーシング初のFIA F3チャンピオンになったことには、どのような意味がありますか?

    ウーゴ・ウゴチュクウ:「本当に特別だ。チーム全員がとても喜んでいる。シーズン開幕時の僕たちの目標はチャンピオンシップを争うことだった。そして実際にそれをやり、トップに立つことができた」

    「一人ひとりのハードワークには感謝してもしきれない。シーズンが始まる前から一緒にうまく仕事をしてきて、それが結果につながったと思う。チャンピオンシップを良い形でスタートすることはいつだって重要だし、この週末は良い形でシーズンを締めくくることもできた。カンポスに初めてのタイトルをもたらせて本当にうれしい」

    次のステップはF2「F1への論理的な道」
    FIA F3王者となったウゴチュクウにとって、次に見据えるカテゴリーはFIA F2となる。

    Q:FIA F3チャンピオンとして、次は何を目指しますか?

    ウーゴ・ウゴチュクウ:「これから分かると思う。もちろんF2は、誰もが夢見るF1へ向かう階段の中で、次の論理的なステップだ」

    「今はこのタイトル、このチャンピオンシップを楽しんでいる。2026年全体が僕にとって本当に良い一年だった。2つのチャンピオンシップを獲得できたし、2027年に何が待っているのか楽しみにしている」

    2026年に2つのタイトルを手にし、FIA F3ではカンポス・レーシングに初のドライバーズ王座をもたらしたウゴチュクウ。本人が「本当に、本当に獲りたかった」と語るタイトルは、F1を目指すキャリアにおける大きな一歩となった。

  • ウーゴ・ウゴチュクウ F3王座獲得 最終戦マドリンクでスレーターとの激戦制す

    ウーゴ・ウゴチュクウ F3王座獲得 最終戦マドリンクでスレーターとの激戦制す

    ウーゴ・ウゴチュクウが、2026年FIA F3選手権のドライバーズタイトルを獲得した。マドリンクで行われた最終ラウンドでフレディ・スレーターとのタイトル争いを逆転で制し、F3王者に輝いた。

    最終ラウンドをランキング2位で迎えたウゴチュクウは、首位スレーターに15ポイント差をつけられていた。しかし、今大会はフィーチャーレースが追加されたことで通常より多くのポイント獲得機会があり、タイトル争いはシーズン最終レースまでもつれ込んだ。

    スレーターが失速 ウゴチュクウが15点差を逆転
    アウディF1のジュニアドライバーであるスレーターにとって、マドリードでの週末は厳しいスタートとなった。予選で苦戦して後方グリッドに沈み、最初の2レースではポイントを獲得できなかった。

    最初のフィーチャーレースでは、ポイント圏外を走行していたスレーターがスピンしてウォールにクラッシュ。一方、ウゴチュクウは最初の2レースを8位、4位で終え、シーズン最終レースを前にスレーターと同ポイントまで追いついた。

    タイトル決定戦ではウゴチュクウが2番グリッド、スレーターが8番グリッドからスタート。オーバーテイクが非常に難しいマドリンクでは、このグリッド差が大きな意味を持った。

    スレーターは順位を大きく上げることができず8位でフィニッシュ。一方のウゴチュクウは2位をキープし、タイトル獲得へ大きく前進した。

    最終周セーフティカー再スタートを耐えて王座
    それでも最後まで緊張感は途切れなかった。最終周にセーフティカーからの再スタートが行われ、2番手を走るウゴチュクウには大きなプレッシャーがかかった。

    しかし、ウゴチュクウはポジションを守り切って2位でチェッカーフラッグ。スレーターに14ポイント差をつけ、2026年FIA F3選手権のチャンピオンを決めた。

    ウゴチュクウは、かつてマクラーレンの育成プログラムに所属していたアメリカ人ドライバー。今回のタイトル獲得によって、オスカー・ピアストリやガブリエル・ボルトレトらに続き、F3王者の歴代リストにその名を刻むことになった。

    ウーゴ・ウゴチュクウ FIA フォーミュラ3選手権

  • 加藤大翔 F3マドリード予選1で初ポール獲得 予選2はタッポネンが最速

    加藤大翔 F3マドリード予選1で初ポール獲得 予選2はタッポネンが最速

    FIA F3第11戦マドリードの予選が9月11日(金)にマドリンクで行われ、ARTグランプリの加藤大翔が予選1でトップタイムを記録。FIA F3参戦初のポールポジションを獲得した。

    初開催となるマドリンクでは予選が2セッションに分けて実施され、予選1がフィーチャーレース1、予選2がフィーチャーレース2のグリッドを決定。予選2ではMPモータースポーツのトゥッカ・タッポネンが最速タイムを記録した。

    予選1:加藤大翔が0.012秒差でF3初ポール
    予選1では加藤大翔が最初にタイムを記録し、1分51秒127でトップに立った。アレックス・パウエルが0.161秒差の2番手につけ、序盤から加藤が速さを見せた。

    一方、トライデント勢にはトラブルが発生。ノア・ストロムステッドはウォームアップラップでリー海夏澄(Kanato Le)と接触してサイドポッドが外れ、タイトルリーダーのフレディ・スレーターもマシンの問題を無線で訴えた。

    2回目のアタックで加藤は1分50秒639までタイムを短縮。中村仁が0.218秒差の2番手に入り、日本人ドライバーが一時1-2を形成した。

    しかし、ロダン・モータースポーツのペドロ・クレロが1分50秒547を記録してトップへ浮上。タイトルを争うスレーターは11番手にとどまり、引き続きマシンの問題を訴えていた。

    トライデントはスレーターをピットへ戻して新品ハードタイヤを投入。その間にも加藤はアタックを続け、1分50秒535を叩き出してクレロをわずか0.012秒上回った。

    終盤にはブランド・バドエルがバリアにヒットし、左リアサスペンションを損傷。ロダンは予選2までの短いインターバルで修復を迫られた。

    加藤は最後のアタックでは自己ベストを更新できなかったものの、ライバル勢もタイムを上回れず、そのままトップを確保。FIA F3で自身初となるポールポジションを手にした。

    2番手はクレロ、3番手タッポネン、4番手ウーゴ・ウゴチュク、5番手エンツォ・デリニー。中村仁も6番手と好位置につけた。

    12番手にはジェームス・ウォートンが入り、リバースグリッドが適用される土曜日のスプリントではポールポジションからスタートする。一方、スレーターはターン1でロックアップするなど苦戦が続き17番手に終わった。

    加藤大翔 予選1ポール

    予選1ポール 加藤大翔「壁にキスすることもあった」
    F3初ポールを獲得した加藤は、予選1後の記者会見でマドリンクを限界まで攻めたアタックを振り返った。

    「最高の気分です。F3で初めてのポールポジションです。モンツァでは素晴らしい週末を過ごせましたし、それに続いて今週末のマドリードでもいい流れで来られています。僕たちはいいマインドセットを持てていると思いますし、予選ではマシンが素晴らしくて、ここで走るのは本当に楽しかったです」

    「マドリードでは壁との距離が本当に近いです。限界までプッシュしていて、ときには壁にキスすることもありました。それがすごくよかったです。最終的にポールポジションを獲得できて、本当にうれしいです」

    ARTグランプリにとっても2024年ハンガリー以来となるF3のポールポジション。加藤はマシン自体にはシーズンを通して速さがあったと説明した。

    「マシンは今年ずっと本当に良かったと思います。ただ、僕自身のミスだったり、トラフィックだったり、少し運がなかったりしました。F3では1周ですべてをまとめるのが本当に難しいです。それに運がなければ、ポールポジションを獲るのは本当に難しいです」

    「だから、ようやくF3でポールポジションを獲得できてうれしいです。チームにも本当に感謝しています。チームのみんなに心からありがとうと言いたいです。マシンは素晴らしかったです」

    初めてF3の予選が行われたマドリンクについては「本当にいいです。走っていて本当に、本当に楽しいです。マシンの中で感じるアドレナリンはすごかったです」と語った。

    予選2:タッポネンが最終アタックでポール
    短いインターバルを挟んで予選2がスタート。マシンの問題に苦しんだスレーターも、トライデントによる作業を経てコースへ復帰した。

    そのスレーターは序盤に1分49秒972を記録してトップに立ち、ウゴチュクに0.5秒以上の差をつけた。

    クレロと、予選1でクラッシュしたバドエルも上位へ進出。修復を終えたバドエルは3番手まで浮上したが、その後、中村仁が2台のロダン勢の間に割って入った。

    2回目のアタックでは加藤が一時トップに浮上。しかし直後にウゴチュクが1分49秒901を記録して加藤を上回った。

    さらにクレロが1分49秒830で首位に立つ一方、スレーターは最速のセクター1を刻みながらターン5への進入でロックアップし、5番手に後退した。

    ウゴチュクは続くアタックで1分49秒771まで更新して再びトップへ。スレーターはアタックを中断してピットへ戻り、クレロが0.069秒差の2番手につけた。

    だが、最後のアタックでタッポネンが1分49秒750をマーク。ウゴチュクを0.021秒上回り、フィーチャーレース2のポールポジションを奪った。

    ウゴチュクは最後のアタックで更新できず2番手。クレロはさらに速いタイムを狙っていたものの、最終コーナーでリアを失ってバリアにクラッシュし、そのままセッション終了となった。

    予選2はタッポネン、ウゴチュク、クレロのトップ3。加藤は4番手につけ、予選1のポールに続いて両セッションで上位に入る力強いパフォーマンスを披露した。

    5番手マッティア・コルナギ、6番手デリニー、7番手アレッサンドロ・ジュスティと続き、スレーターは8番手。イェバン・デイビッドが9番手、エルネスト・リベラが10番手となった。

    タッポネン 予選2 ポール

    予選2ポール タッポネン「最後にいいラップをまとめられた」
    今季2度目のポールポジションを獲得したタッポネンは、予選2後の記者会見で最終アタックを振り返った。

    「いい気分だ。予選1は3番手で、予選2では1番手だった。正直に言えば、ドライビングの感触自体は予選1の方が良かった。でも幸い、予選2ではポールポジションを獲るのに十分だった。日曜日のレースをポールからスタートできるのは本当にうれしい」

    最後のアタックを開始する時点ではトップから約0.1秒差で、順位も5、6番手付近だったという。

    「最後のプッシュを始める前は0.1秒くらい遅れていて、5番手か6番手だった。本当に僅差だった」

    「今週はずっとセクター1で苦戦していたから、そこで失うタイムをできるだけ少なくして、残りのラップをうまくまとめることだけを考えていた。それができた。最後はいいラップだった」

    タイトル争いはウゴチュクが好位置
    2回の予選を終え、タイトル争いではランキング首位のスレーターが予選1で17番手、予選2で8番手と苦戦した一方、ライバルのウゴチュクは予選1で4番手、予選2で2番手を確保した。

    ウゴチュクは「2回ともいい予選ができたのは、まさに僕たちが必要としていたことだ」と振り返り、レースではタイトル争いを意識しながらポイントを最大化することが最優先だと語った。

    加藤は予選1でクレロとの0.012秒差の接戦を制してF3初ポールを獲得し、予選2でも4番手。初開催のマドリンクで2セッションを通じて速さを示した。

    マドリードのF3最初のレースとなるスプリントは9月12日(土)現地時間11時05分にスタートする。

  • ホンダF1育成の加藤大翔 F3初優勝 モンツァのスプリントで9番手から逆転

    ホンダF1育成の加藤大翔 F3初優勝 モンツァのスプリントで9番手から逆転

    ARTグランプリの加藤大翔が、2026年FIA F3第9戦モンツァのスプリントレースで初優勝を飾った。

    9番グリッドからスタートした加藤大翔は、モンツァでライバルを次々と攻略。終盤には選手権リーダーのフレディ・スレーターから激しいプレッシャーを受けたものの、最後まで首位を守り切り、F3参戦初勝利を手にした。

    9番グリッドから鮮やかな追い上げ
    ホンダF1育成の加藤大翔はスタート位置の9番手から着実にポジションを上げていった。高速コースのモンツァでオーバーテイクを重ね、レース終盤にはトップへ浮上した。

    最後の2周では、12番グリッドから追い上げてきたトライデントのフレディ・スレーターが背後に迫った。しかし、加藤大翔はプレッシャーのかかる状況でもミスを犯さず、スレーターを抑え切ってトップでチェッカーを受けた。

    これが加藤大翔にとってFIA F3での記念すべき初優勝となった。

    スレーターは12番手スタートから2位まで挽回。優勝には届かなかったものの、選手権リーダーとしてポイントを積み重ね、日曜日のフィーチャーレースを前にランキング2位との差を17ポイントに広げた。

    ホンダF1育成 加藤大翔 F3初優勝

    山越陽悠も3位で表彰台
    3位にはファン・アメルスフォールト・レーシングの山越陽悠が入り、日本人ドライバー2人が表彰台に立つ結果となった。

    AIXレーシングのイェヴァン・デイビッドは最終ラップでアレッサンドロ・ジュスティをオーバーテイクして4位を獲得。レースの大半で首位を走っていたジュスティは最終的に5位となった。

    6位にはジュスティのMPモータースポーツのチームメイト、マッティア・コルナギが続き、カンポス・レーシングのエルネスト・リベラが7位に入った。

    8位はファン・アメルスフォールト・レーシングのエンツォ・デリニー。DAMSルーカスオイルのニコラ・ラコルテが9位、チームメイトのブルーノ・デル・ピノが10位となり、ポイント圏内を締めくくった。

    りー海夏澄はフィーチャーレースでフロントロー
    日曜日に行われるフィーチャーレースでは、選手権リーダーのスレーターがポールポジションからスタートする。

    その隣の2番グリッドにはARTグランプリのりー海夏澄が並ぶ予定で、日本勢にとってはスプリントレースに続く好結果への期待が高まる。

    モンツァのスプリントレースでは、加藤大翔が9番グリッドから見事な追い上げでF3初優勝を達成し、山越陽悠も3位表彰台を獲得。日本人ドライバーが強烈な存在感を示すレースとなった。

  • 元FIA F3ドライバーのズデニェク・ホヴァネツが21歳で死去

    元FIA F3ドライバーのズデニェク・ホヴァネツが21歳で死去

    元FIA F3ドライバーのズデニェク・ホヴァネツが、2026年7月18日に21歳で死去したことが明らかになった。死因は公表されていない。

    ベネズエラ生まれで、チェコとポルトガルで育ったホヴァネツは、2021年と2022年にシャルーズ・レーシング・システムからFIA F3選手権に参戦したことで知られる若手ドライバーだった。

    カートからFIA F3まで駆け上がったキャリア
    ズデニェク・ホヴァネツ・ロペスは2004年10月9日、ベネズエラ・プエルト・ラ・クルスで誕生。幼少期に父親の母国チェコのプラハへ移住し、2018年にはポルトガルへ移り住んだ。

    同年にポルトガル国内選手権ジュニアクラスで9位となりカート競技を本格的に開始。2019年にはX30カテゴリーで6位に入り、スペイン・カート選手権にも参戦した。

    2020年にシングルシーターへ転向し、F4 UAE選手権ではXcel Motorsportから参戦。3位表彰台を2度獲得してランキング7位となった。その後はイタリアF4選手権にBhaitechから参戦し、フルシーズンではなかったもののランキング17位を記録。イモラでの5位が最高成績だった。

    2021年はF3アジア選手権でリージョナルF3デビューを果たし、その後はダブルRレーシングからユーロフォーミュラ・オープンに参戦。18レースで33ポイントを獲得し、ランキング15位となった。

    シーズン終盤にはチェコのシャルーズからFIA F3選手権へ昇格。レシャド・デ・ジェラスの後任として8レースに出場し、全戦で完走を果たした。最高位は20位でランキング34位だった。

    Boss GPや耐久レースにも挑戦
    2022年はMMインターナショナル・モータースポーツからBoss GP選手権に参戦し、フォーミュラクラスで6戦中5勝を挙げる活躍を見せた。

    しかしシーズン途中でBoss GPを離れ、再びシャルーズからFIA F3へ復帰。当時のチームは苦戦が続き、ホヴァネツは4戦に出場して2度リタイア。最高位はシルバーストン・フィーチャーレースでの24位、ランキング40位でシーズンを終えた。

    現役最後のレースは2023年9月のアルティメット・カップ・シリーズ(エストリル)だった。TS CorseからLMP3クラスに参戦し、元シャルーズのチームメイトであるエアトン・シモンズ、ポルトガル・モザンビーク出身のペドロ・ペリーノとともに11位総合、クラス4位でフィニッシュ。年間ランキングはLMP3クラス15位となった。

    一方で、実現しなかった計画もあった。2021年にはポルトガルGT選手権でフェラーリ458チャレンジをドライブする予定だったほか、2023年にはGetSpeedからGTワールドチャレンジ・ヨーロッパ耐久カップへの参戦が計画されていた。また2025年にはARCAメナーズ・シリーズのデイトナ合同テストにFast Track Racingから参加予定者として名を連ねていた。

    元FIA F3ドライバーのズデニェク・ホヴァネツが21歳で死去

    「優しさとユーモア」で愛された青年
    ホヴァネツはポルトガル・ポルト近郊のコレージオ・ノヴォ・ダ・マイア校の卒業生だった。

    周囲からは思いやりがあり、ユーモアのある人物として親しまれ、レース活動の傍らロードカーの整備を楽しみ、クラシックピアノの演奏も学んでいたという。

    訃報は現地時間7月21日に発表された。地元メディアによると、通夜は7月22日にポルトガル・マトジニョシュで営まれ、葬儀は23日に執り行われる予定となっている。

    21歳というあまりにも早すぎる別れとなったホヴァネツの訃報に対し、モータースポーツ関係者から追悼の声が寄せられている。

  • 山越陽悠 F3モナコ戦スプリントレースで初優勝「モナコの勝者になれた」

    山越陽悠 F3モナコ戦スプリントレースで初優勝「モナコの勝者になれた」

    山越陽悠(ファン・アメルスフォールト・レーシング)が、2026年FIA F3モナコGPスプリントレースでポール・トゥ・ウインを達成し、FIA F3初優勝を飾った。

    モンテカルロ市街地コースで行われたスプリントレースは、オープニングラップから多重接触による赤旗中断に見舞われる荒れた展開となったが、山越陽悠は再スタート後も冷静なレース運びを披露。最後まで首位を守り切り、モナコでの記念すべき初勝利を手にした。

    赤旗中断の混乱でも首位を譲らず
    スタートで山越陽悠は好発進を決め、ターン1をトップで通過。ジェラール・シエ(DAMSルーカスオイル)が続き、ペドロ・クレロが3番手につけた。

    しかしロウズ・ヘアピンで複数台が絡むアクシデントが発生。ブラッド・ベナビデス、トゥウッカ・タポネン、クリスチャン・ホー、ブランド・バドエルがストップし、セーフティカー導入後に赤旗が提示された。

    コース清掃後にレースは残り時間制で再開されたが、山越陽悠はリスタートでも首位を維持。シエが背後0.5秒以内でプレッシャーをかけ続けたものの、トップの座を明け渡さなかった。

    再度のセーフティカーにも動じず初優勝
    残り17分には再びロウズ・ヘアピンで接触が発生し、セーフティカーが導入された。

    エルネスト・リベラ、フレディ・スレーター、テオフィル・ナエルが接触し、スレーターには後に接触の責任を問われ10秒加算ペナルティが科された。

    残り14分でレースが再開されると、山越陽悠は再び完璧なリスタートを決め、シエとチームメイトのブルーノ・デル・ピノを引き離した。

    終盤にはスイミングプール出口のデブリ回収のためVSCも導入されたが、グリーンフラッグ後には約2秒のリードを築く盤石の展開。上位勢がDRSトレイン状態となったことでオーバーテイクは困難となり、山越陽悠はそのままチェッカーフラッグを受けた。

    山越陽悠 FIA F3選手権

    ファン・アメルスフォールト・レーシングにモナコ初勝利
    2位にはシエが入り、自身初のF3表彰台を獲得。3位にはデル・ピノが続き、ファン・アメルスフォールト・レーシングは2台同時表彰台を達成した。

    チームにとってもモナコでの初勝利となり、2026年シーズンのスプリントレース2勝目を記録。チームランキング首位の座をさらに強固なものとした。

    山越陽悠はレース後、モナコでの勝利の喜びを次のように語った。

    「ここで勝てて本当に特別な気持ちです。たとえスプリントレースだったとしても最高です。勝利は勝利ですからね」

    「これで僕はモナコの勝者になりました。本当に特別なことです。夢が叶いましたし、この結果をとても嬉しく思っています」

    タイトル争いでも大きな意味を持つ一勝
    モナコはF1を頂点とするフォーミュラカテゴリーの中でも特別な意味を持つサーキットとして知られる。狭い市街地コースではミスが許されず、リスタートやタイヤマネジメント、トラフィック処理など総合力が求められる。

    その舞台で山越陽悠はスタートからフィニッシュまで一度も首位を譲らず完勝。FIA F3参戦キャリアにおいて大きな節目となる初優勝を、世界で最も名誉ある市街地レースのひとつで成し遂げた。

    決勝のフィーチャーレースは現地時間日曜日午前7時45分にスタート予定。ポールポジションからスタートするテオフィル・ナエルを中心に争われるが、スプリントレースを制した山越陽悠にも大きな注目が集まる。

  • 山越陽悠 2026年にファン・アメルスフォールトからFIA F3に参戦

    山越陽悠 2026年にファン・アメルスフォールトからFIA F3に参戦

    山越陽悠は2026年にファン・アメルスフォールト・レーシング(Van Amersfoort Racing)からFIA F3にステップアップする。

    チームは2026年シーズンの2人目の契約ドライバーとして日本人ドライバーの山越陽悠を発表した。今週初めに発表されたジェシー・カラスケドに続くラインアップとなる。

    山越陽悠は2023年にシングルシーターにデビュー。2024年にはイタリアF4選手権とユーロ4選手権に参戦し、両シリーズで計4勝を挙げ、最終順位はそれぞれ3位と4位となった。

    2025年にはフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピーニャン選手権・バイ・アルピーヌにステップアップし、これまでに2度の表彰台を獲得。現在ランキング8位につけている。

    2026年の昇格について山越陽悠は、ファン・アメルスフォールト・レーシングとともにF3に臨む喜びを語った。

    「まず初めに、この機会を与えてくれた皆さんに感謝したいと思います。これがファン・アメルスフォールト・レーシングでの3年目となるので、僕の最初のFIA F3シーズンにとって本当に大きな助けになると思います。F3テストが待ちきれませんし、F3レースウイークエンドに向けてすでにとてもワクワクしています。最初の公式テスト、ヘレスでお会いしましょう」

    ファン・アメルスフォールト・レーシングのチーム代表ブラッド・ジョイスも次のように述べた。

    「山越陽悠がFIA F3にステップアップするにあたり、我々の旅を続けられることを嬉しく思う。彼はこれまで素晴らしい働きをしてきたし、勤勉でプロフェッショナルな姿勢を持っている。この次の国際舞台へのステップにもよく順応できると確信している。今後のテストが、彼にとって初めてF3マシンを操り、強力なシーズンに向けた基盤を築く機会となるはずだ。我々は彼の成長を支えることを楽しみにしているし、素晴らしい結果を共に達成できると自信を持っている」

  • トヨタ育成中村仁 2026年にハイテックTGRからFIA F3に参戦

    トヨタ育成中村仁 2026年にハイテックTGRからFIA F3に参戦

    中村仁が2026年にハイテックTGRからFIAフォーミュラ3へステップアップする。

    チームは来季に向けた最初の契約を発表し、日本人ドライバーの中村仁がフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン選手権(FRECA)からFIAフォーミュラ3に昇格することを確認した。中村仁は現在ランキング11位につけており、今季のベストリザルトは3位となっている。

    中村仁は2022年に全日本F4でシングルシーターデビューを果たし、初年度はランキング4位、翌年にはシリーズ2位に躍進した。その後、2024年にはスーパーフォーミュラ・ライツとスーパーGTに参戦し、それぞれランキング4位と6位でシーズンを終えた。

    19歳の中村仁はまた、今年初めにフォーミュラ・リージョナル・ミドルイースト選手権にも参戦し、1勝とさらに1度の表彰台を獲得、ランキング10位でシリーズを締めくくった。

    今回のF3昇格について、トヨタ・ガズー・レーシング・ドライバーチャレンジ・プログラム所属の中村仁は、ハイテックから参戦できることを誇りに思うと語った。

    「2026年のFIAフォーミュラ3シーズンにハイテックから参戦できることをとても誇りに思います。この選手権で走ることは夢でした。信頼を寄せてくださったチームに、そしてこれまで僕のレース人生を支えてくださったトヨタ・ガズー・レーシングに感謝しています。日本とヨーロッパでの経験を通じて多くを学び、この新たな挑戦に臨む準備はできています。テストで走り始め、来年の強力なデビューに向けて準備を整えるのが待ちきれません」

    ハイテックFIA F3チームマネージャーのポール・ベルリンガーも次のようにコメントした。

    「2026年に中村仁をチームへ迎えることができてとても嬉しく思う。彼は非常に多才なドライバーとして、さまざまなカテゴリーにしっかりと適応してきたし、FIA F3へ昇格してもその姿勢は変わらないはずだ。FRECAやFRMECでのパフォーマンスは大きな可能性を示していて、安定した表彰台やポイント獲得が彼の着実な成長を裏付けている。我々は彼と密に取り組み、次のキャリアステップでその潜在能力を最大限に発揮できるようサポートすることを楽しみにしている」

  • FIA フォーミュラ3:レオナルド・フォルナローリが2024年のチャンピオンを獲得

    FIA フォーミュラ3:レオナルド・フォルナローリが2024年のチャンピオンを獲得

    レオナルド・フォルナローリが、2024年のFIA フォーミュラ3選手権のチャンピオンを獲得した。

    劇的なフィナーレの後、レオナルド・フォルナローリ(トライデント)はFIA F3ドライバーズ・チャンピオンシップで優勝した初のイタリア人となった。19歳のはフォルナローリは150ポイントでレースを終え、2位のガブリエーレ・ミニに2ポイント差をつけた。

    FIA フォーミュラ 3 チャンピオン、レオナルド フォルナローリ。レオ、どう思う?
    素晴らしい。今週末は、これほど重要なチャンピオンシップを勝ち取れる立場に立ったことがなかったので、大変だった。ようやく終わってタイトルを獲得できたので、本当に素晴らしいですし、自分がそれを成し遂げたなんて信じられない。

    さて、あなたは今週末、チャンピオンシップリーダーとして臨みましたが、ガブリエーレ・ミニとはわずか1ポイント、ルーク・ブラウニングとは6ポイント差でした。これほど僅差だった中で、仕事を完遂できるという自信はどの程度ありましたか?
    ペースが非常に速いことは分かっていた。金曜日にポールポジションを獲得し、昨日は良いレースをし、良いリカバリーもできて、ガブリエーレにポイントを上回った。今日は、完璧なレースではなかったものの、自分のパフォーマンスに完全に満足しているわけではないが、前のラウンドで彼とルークに獲得したポイントをすべて獲得し、彼の前でフィニッシュできなかったにもかかわらず、勝つことができた。

    2つのレースを振り返ってみましょう。ポールポジションを獲得しましたが、かなり混乱したセッションとなり、スプリントレースではグリッドペナルティを受けました。16位からスタートして8位でフィニッシュしましたが、そのレースに臨むにあたってどのような心構えでしたか?
    もちろん、ポイントを獲得するためには挽回しなければいけないことは分かっていたが、レースを完走しなければいけないということも念頭に置いていた。そうでなければ、悲惨な結果になっていただろう。レースの序盤と中盤のペースは非常に良かったが、最終的にはリアのデグラデーションにかなり苦しみ、残念ながら2つポジションを落としてしまった。しかし、とにかく、ガブリエーレの前でフィニッシュできたので、ポイントを獲得するために最も重要なことであり、そのおかげで今日タイトルを獲得することができた。

    確かに、今日はすべての準備が整った。最終レースではグリッドの最前列に並び、素晴らしいレースだった。最終ラップの最終コーナーで壮大な動きを見せ、タイトルを獲得した。最終ラップでポジションを上げなければならないとわかっていたとき、何を考えていたのか。そして、ゴールラインを越えたとき、何を考えていたのか。
    この混乱はアスカリへの進入で起きたミスから始まった。前のラップでセーフティカーが入ったとき、コーナーが砂埃で覆われているのが見えたが、こんなに滑りやすいとは思っていなかった。だからいつものラインを走ったが、完全に後方を失い、3ポジションを失った。できるだけポジションを取り戻さなければならないことはわかっていたので、タイヤをかなりプッシュして全員を追い抜こうとした。結局、タイヤにかなり苦労した。さらに状況を悪化させたのは、フロントにフラットスポットがいくつかあったことだ。ガブリエーレとマンセルに追い抜かれたとき、エンジニアにまだチャンピオンなのかと聞いた。彼は「いや、絶対に前にいるマンセルを追い抜かなければならない」と言った。タイヤが完全に消耗していたため、レースのその部分では彼らが私よりも速かったので、本当に大変だったと言わざるを得ない。でも幸運にも、最終ラップで彼らが少し戦い始めた。2番目のシケインで動きを試みたものの、十分ではなかった。グリップがなかったため、フロントがロックしてしまった。アスカリが基本的に最後のチャンスだということはわかっていたが、それをつかむことができなかった。だから最終コーナーに差し掛かったとき、「よし、全力で挑む」と決めた。シーズン最後の2周でタイトルを失うのは受け入れられない。だからなんとかイン側に入り込んだ。彼はかなり公平だったと言わざるを得ない。僕との間に十分なギャップを残してくれた。公平で正しい選択だった。そして最終コーナーでなんとか表彰台に上がり、タイトルを獲得することができた。ゴールラインを越えたとき、週末やシーズン中に感じていたプレッシャーがすべて消え去った僕は世界で一番幸せな男だ。人生で最高の日の一つだ。

    レオナルド・フォルナローリ F3チャンピオン

    おめでとうございます。祝賀会を見るのは楽しかったです。それでは、勝利シーズンについてお話ししましょう。レース優勝はありませんが、表彰台7回、ポールポジション1回、ファステストラップ2回、フロントロースタート3回など、今シーズンはスプリントレース2回のうち、ポイント圏外となったのは2回だけです。どのようにしてこれほどの素晴らしい安定性を実現したのですか?
    トライデントでは、昨年に比べてレースペースを改善するために多くの作業を行った。レースペースが僕の弱点だった。今年は確実に前進したし、すべてのレースでミスをあまりせずに常に上位にいたことで、勝利はなかったものの、多くのポイントを獲得することができた。

    チャンピオンシップで優勝した今、勝利がないことはあなたにとって何か意味がありますか?
    もちろん、今はそれほど気にしていないが、アドレナリンが落ち着けば、今日のレースは完璧ではなかったかもしれないと分析し始める。そして、後ですべてを見直して、将来に向けて改善し、これらのカテゴリーで初優勝を収めるように努める。

    それについては後ほどお話ししますが、これまで振り返ってみて特に誇りに思っているレース ウィークエンドはありますか?
    そうだね、モンツァは大好きなサーキットだ。僕のホームトラックだし、F4で初めて表彰台に上がったから、特別な場所だ。フリープラクティスで古いタイヤを履いて1周しか走っていなかったけれど、予選に入るときはすごく自信があった。トライデントでいい仕事をした。クルマは完全に軌道に乗っていたし、ラップ中にいいトウも取れた。昨日はペースがとても良かったけど、レース終盤でちょっと力不足だったから、セットアップを少し保守的にしたけど、やりすぎだったかもしれない。スタートではアレックスが僕より速かったけど、僕が犯したミスがなければいいレースになったと思う。

    しかし、このチャンピオンシップ争いでは多くのドライバーが接戦を繰り広げてきましたが、シーズン序盤を振り返ってみてどうでしょうか。優勝できるかどうか疑問に思ったことはありませんか?
    バルセロナの後、自分にもできるとわかったので、自信がついたと言わざるを得ない。でも、その後2週間調子が悪く、トップから26ポイント遅れてしまった。トップに戻るのは難しいだろうと思っていたが、ここ数週のセッションではほとんどトップ5以内に留まることができた。タイトル候補のドライバーたちよりも上位でフィニッシュし、ポイントもたくさん獲得できた。スパの後、ガブリエーレとの差はわずか1ポイントだったので、すでに自分たちのパフォーマンスには非常に満足していた。でも、ようやくトップでフィニッシュできたのは、本当に素晴らしいことだ。

    先ほど、レースペースの面での進歩について触れました。昨年のルーキーシーズンでは、ポールポジションを1回獲得し、表彰台を3回獲得しました。2年目は、チャンピオンシップ優勝に向けて前進しました。このチャンピオンシップで過ごした2シーズンはトライデントと過ごしましたが、あなたの成功においてチームはどれほど重要な役割を果たしましたか?
    この2年間、トライデントで素晴らしい時間を過ごせたと感じている。今では僕にとって第二の家族のようなものだ。チームにさらに適応するために、フォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパ選手権にも参戦した。エンジニアと一緒に素晴らしい仕事をした。とても誇りに思っているし、感謝してもしきれない。

    今シーズンは信じられないほど接戦で、プレッシャーも大きかったです。レース後にパルクフェルメでガブリエーレと抱き合う場面も見られました。今シーズンはタイトルを争うライバルが非常に多かったですが、彼らについて何か一言お願いします。
    ええ、彼らは僕に楽をさせてくれなかった。今週末は2人ともとても速かった。ルークは残念ながら予選の最速ラップでブロックされてしまったが、昨日は飛ぶように走っていて、最終ラップでとても良い動きで僕を追い抜いた。ガブリエーレも僕を追い抜くところだったが、僕はうまく防御することができた。今日は厳しいレースになることは分かっていた。最初はアレックスの後ろでかなり自信があったが、ミスをした後、今挽回しなければすべてを台無しにしてしまうと言い聞かせた。ガブリエーレはとても良いレースをした。残念ながらルークは1周目に接触しており、それを運転中に大画面で見ていた。彼はとても良いドライバーで、今年はスピードを発揮していたので、それは非常に不運だった。ガブリエーレとは今日とても良い戦いができた。最終コーナーまで彼は僕に勝つつもりだったが、僕は目の前のクリスチャンを追い抜くことができた。もちろん、僕が望んでいた結果ではなかったが、とにかく彼は今日素晴らしいチャンピオンシップと素晴らしいレースをした。

    最後に、フォーミュラ 3 チャンピオンの次なる目標は何ですか?
    来年のレースプログラムはすでに決まっており、近々発表される予定だ。