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  • ジェンソン・バトン 「クルマは素晴らしいけど僕の力量でもある」

    ジェンソン・バトン 「クルマは素晴らしいけど僕の力量でもある」

    ジェンソン・バトンは、今シーズンの活躍がクルマのおかげであるとの非難を退けた。

    7戦で6勝をあげているバトンは、チャンピオンシップを大きくリードして彼の母国グランプリであるイギリスGPに挑む。

    イギリスGPを前に、ファンから現在の好調の理由に関して「クルマがどれくらいで、ドライバーがどれくらいか?」と問われたバトンは以下のように答えている。

    「いつもこのような質問があるけど、難しい質問だよね」

    「もしフットボールチームなら、ゴールキーパーがどれくらいで、ディフェンダーとストライカーがどれくらいなんて話さないよね。それはチームの努力だ。F1もそうなんだ」

    「僕はクルマを運転する人間だけど、400人あまりがクルマを造り、一緒にまとめあげている。僕たちは一緒に働いている」

    「僕はフィードバックを与えて競争力のあるクルマを造るのを手伝っている。クルマが速くないのであれば、そのいくつかは僕の責任だ」

    「全てがひとまとまりだし、長い間チームやクルマと一緒にいれば、チームの一部だと感じる。個人を指すわけではない」

    「チームの全個人は、ドライバーと同じくらいクルマにとって重要だ。今年、昨年のクルマだったら僕は勝てないだろう。それは不可能なことだ」

    「時間がかかることだ。クルマの中で最高の仕事をして、エンジニア面で努力をし、ロス・ブラウンを得たように正しい人々がチーム内にいて、そしてサーキットに届ける」

    「僕たちはこの状況になるためにどれくらい運がよかったかはわかっている。でも、プレートに乗せて手渡されたわけではない。僕たちはこのために懸命に取り組んできた」

    「僕たち全員が成し遂げたことを誇りに思うべきだ。速いクルマを持っただけでなく、チームはいかなるミスも犯さなかったからね」

    「今年これまで僕たちは完璧だった。でも、他のチームはあまりそうではなかったのかもしれない」

    「彼らは僕たちと比較して少し一貫していなかった。彼らの結果のいくつかはそれが理由だ」

    「でも、僕たちは落ち着くことはできない。これが今年ずっと続くかというと、そうではないと思う」

    「僕たちは集団の前に留まり、少なくとも一貫して上位にいられるよう最高の仕事をするために、クルマの小さなディテールに懸命に取り組んでいる」

  • マックス・モズレー、FOTAの妥協案へ歩み寄りの姿勢

    マックス・モズレー、FOTAの妥協案へ歩み寄りの姿勢

    FIA会長のマックス・モズレーは、FOTAが申し出たエントリー最終期限の受け入れられないが、妥協案を受け入れる気があることを明らかにした。

    FOTAチームは、F1撤退を回避し、2012年までF1に参戦する意思を明言した最終的な妥協案マックス・モズレーとバーニー・エクストンに提出。FIA側もこの提案を受け入れる姿勢をみせている。

    FIAは、エントリーの最終期限を7月1日まで延長すること、コスワースが供給する標準エンジンのパワーダウンは拒否するが、予算制限と統治について改訂する気があること語る。

    マックス・モズレーは、6月19日(金)までにコンコルド協定を改定するチャンスはなく、暫定的に1998年のバージョンを使用しなければならないよ語る。

    「1998年のコンコルド協定の統治条項の改訂を始めたら、長い議論が始まるだろう」

    「我々は遅くとも金曜日までには残りの2010年の申請者に返答しなければならないので、時間は残っていない」

    「したがって、全てのチームが手紙のやり取りによって1998年の統治条項を受け入れることに合意するというのが我々の提案だ。その後、我々は1998年の合意の保護のもとで2009年の新しいコンコルド協定を協議することができる」

    「我々は10年間これらに耐えてきた。もう数週間、数ヶ月くらい、困難ではないだろう」

    さらにモズレーは、次の数週間でさらなる議論を行う前に、チームが4,000万ポンドの予算制限を受け入れることを望んでいる。

    「FOTAの基本的な問題は、明確な人物が不在していることだ。チームは制約がなにかを理解する必要がある」

    「したがって、昨年合意され、公表された2010年の規約を受け入れることを提案する。必要に応じて、それらは統治条項の手順に基づき修正することができる」

    マックス・モズレーは、2010年が2つのレギュレーションにならないことを明らかにした。これはFOTAが最も不満を示していた部分でもある。

    具体的には、可変ウイング、ギアボックス規約、テスト制限は今シーズンのまま、タイヤウォーマーは継続となり、4WDは禁止となる。

    しかし、モズレーはコスワースのエンジンに関しては“2010年に復帰するために時間とリソースがない”ため、2006年レギュレーションでの実施を許可するだろうとしている。

    マックス・モズレーは、金曜日の最終期限までにFOTAが条件を取り上げるというFIAの要請に応えるよう書簡を送るとしている。

    「我々はまもなく各々のチームに署名のための書簡を送るつもりだ。署名され、返されれば、書簡は上記の提案に対して法的な拘束力を持ち、関連チームのエントリーを無条件にする」

  • FOTA、FIAに最後の妥協案を提出

    FOTA、FIAに最後の妥協案を提出

    FOTAチームは、2010年のF1規約を巡るFIAとのにらみ合いを終わらべく、最終的な妥協案をFIAに提出した。

    報じられたところでは、FOTAは但し書きを含めた予算キャップ案にサインすることを申し出ており、さらなる交渉と新しいコンコルド協定にサインするために、最終期限を7月1日まで延長するよう求めているという。

    「F1のために、我々全員が妥協に努め、2010年の世界選手権を考慮した長期的な討論に早急な決着をつけなければならない時がきた」

    「チームは2012年末までF1に貢献する意志があることを明言しており、我々はこの書簡をチームの重要な行動を表すものと見なしていただけることを期待している」

    「したがって、我々は力強く、しかし敬意を持ってこれらの提案を提出する予定であり、複数の重要なチームがF1から撤退する可能性を避けたいと思っている」

    「重要な問題について適切かつ早急な解決を図る時が来たのだ」

  • ルイス・ハミルトン、イギリスGP特別ヘルメット

    ルイス・ハミルトン、イギリスGP特別ヘルメット

    ルイス・ハミルトンは、母国グランプリであるイギリスGPを特別カラーリングを施したヘルメットで戦う。

    ヘルメットの上部には、イギリス国旗が入れられた。ハミルトンが、イギリスGPのためにヘルメットのデザインを変更するのは、2007年のF1以来初の試みとなる。

    ハミルトンは、ホームグランプリのレースでファンの大きな応援に応えるために特別なデザインを選んだと語る。

    「イギリスのチームのイギリス人ドライバーとして、イギリスの観客の前で、レースをすることを本当に誇りに思っている。僕がイギリスのスポーツマンということを示すだけでなく、シルバーストンでファンのみんなの応援に応えられるようなデザインを選びたかった」

    「昨年、グリッドに立って、観客みんなの顔や旗を見たときのことを覚えている。本当に特別な瞬間だった。ラップ終盤は、ラップごとに旗や横断幕を振っている熱狂しているファンを見ることができた。シルバーストンでのレースは特別だし、イギリスのファンは特別だ。再び彼らに会うのを本当に楽しみにしている」

    ルイス・ハミルトン イギリスGP特別ヘルメット (画像)

    ルイス・ハミルトン ルイス・ハミルトン イギリスGP 特別ヘルメット 画像

  • セバスチャン・ベッテル (F1イギリスGPプレビュー)

    セバスチャン・ベッテル (F1イギリスGPプレビュー)

    セバスチャン・ベッテルが、F1イギリスGPが開催されるシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    セバスチャン・ベッテル (レッドブル)
    僕にとっては今回で2回目のシルバーストンGPなので、他のドライバーほど思い出はないが、シルバーストンがF1カレンダーから消えるのは残念だ。素晴らしい伝統あるサーキットだし、沢山の高速コーナーがあるので、レースを観ているファンにとってもドライバーにとっても本当におもしろいサーキットだ。

    シルバーストンはミルトンキーンズのファクトリーから車ですぐなので、レッドブル・レーシングやレッドブル・テクノロジーの社員が大勢で僕とマークの応援に駆けつけてくれる。だから、特別な雰囲気のレースになるんだ。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • マーク・ウェバー (F1イギリスGPプレビュー)

    マーク・ウェバー (F1イギリスGPプレビュー)

    マーク・ウェバーが、F1イギリスGPが開催されるシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    マーク・ウェバー (レッドブル)
    シルバーストンの一番の思い出は、昨年度のレースでフロントローからスタートしたことだ。レースは計画通りにはいかなかったが、土曜日の予選は非常にやりがいがあった。レッドブル・レーシングのファクトリーはシルバーストンにとても近いので、大勢の人々が応援に駆けつけてくれた。そんなレースをフロントローからスタートするのは最高で、とてもスペシャルな1日だった。

    これが最後のシルバーストンGPだとは思わない。ドニントンは美しいバイク・コースで、シルバーストンは素晴らしい自動車コース。そのままにしておくべきだ。またシルバーストンに戻る日が来るだろう。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • エイドリアン・ニューウェイ、シルバーストンの思い出を語る

    エイドリアン・ニューウェイ、シルバーストンの思い出を語る

    レッドブルのチーフ・テクニカルオフィサーであるエイドリアン・ニューウェイが、今年が最後のイギリスGP開催となるシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    エイドリアン・ニューウェイ (レッドブル)
    1973年のシルバーストンGPが僕が初めて観戦したF1レースだった。両親と出かけ、ウッドコート・スタンドの席で観戦した。父親が買ってくれたハンバーガーをスタンド席の下に落としてしまって、地面に落ちたハンバーガーを拾いに走ったのを覚えている。レースがスタートすると、ジャッキー・スチュアートが一番最初に目前に現れた。1周目の最後には他を何マイルも引き離したダントツのトップだった。

    しかしその後、ジョディー・シェクターが僕たちの目の前でコントロールを失い、12台ぐらいのアクシデントを引き起こした。まだ子どもだったから、本当に怖ろしい事故に見えた。死んだ人がいるのではないかと思ったが、奇跡的に脚を骨折した人がひとりいただけで、全員がクルマから降りてきた。初めてのF1観戦としてはとてもドラマチックだったね。それ以来、レースの虜になったんだ。レッドフラッグが振られて、再スタートになった。圧倒的にレースをリードしていたジャッキーが優勝しなかったのは驚きだった。スピンオフしたのだと思う。当時はまだ13か14歳だったので、あまり良く覚えていないけどね!

    今回が最後のシルバーストンGPになるかも知れないのは悲しい。僕にとっては思い出深いサーキットだ。レイトンハウスやウィリアムズの時代には良いレースを経験している。1991年には、僕が初めてデザインしたウィリアムズでナイジェル・マンセルが優勝した。『マンセル・フィーバー』まっただ中だったので、大勢のサン誌の読者がナイジェルの応援に来ていた。その後も良いレースがいくつかあり、沢山の幸福な思い出がある。シルバーストンこそイギリスGP開催にふさわしいサーキットだ。政治的な理由でサーキットが変わるのは大変残念なことだと思う。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • クリスチャン・ホーナー、シルバーストンの思い出を語る

    クリスチャン・ホーナー、シルバーストンの思い出を語る

    レッドブルのチーム代表クリスチャン・ホーナーが、最後のシルバーストンGPを記念してシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    クリスチャン・ホーナー (レッドブル・チーム代表)
    僕のシルバーストンの最高の思い出は、運転免許をとってすぐのこと。フォルクスワーゲン・ビートルでシルバーストンで昔行われていたF1のタイヤ・テストを見に行ったんだ。1991年6月のことだ。フェンスの下からピットレーンに忍び込んで、クルマやドライバーのすぐ近くまで行った。その時、本物のアイルトン・セナを初めて見た。彼がジェットスキーの事故で怪我をした直後で、後頭部を何針か縫っていたのを覚えている。

    彼との会話を試みた。おそらく、彼は何をとんちんかんなことを言っているのかと思っただろうが、僕は彼と話がしてみたかったんだ。ずいぶん長いことウィリアムズのクルマに見とれていたよ。思えば、エイドリアンの初めてのクルマだったんだろうね。

    その当時はゴーカートに夢中だった。ドライバーとして数多くの良いレースを経験しているし、チームオーナーとしても3年連続でサポートレース(F3000)に優勝している。日曜日の夜の楽しい思い出もある。沢山の良い思い出が詰まったサーキットだ。早く再びシルバーストンでF1が開催される日が来るといいね。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • デビッド・クルサード、シルバーストンの思い出を語る

    デビッド・クルサード、シルバーストンの思い出を語る

    レッドブルでF1親善大使を務めるデビッド・クルサードが、最後のシルバーストンGPを記念してシルバーストン・サーキットの思い出を語った。

    デビッド・クルサード
    まだレースを始める前の1990年にストウコーナーに立って、朝靄に包まれたマゴッツからハンガーストレートへ向かうフェラーリのV12エンジンを聞いていたのを思い出す。クルマが見える前からエンジン音が響き渡っていた。

    当時はエンジン音がそれぞれ大きく異なっていた。V12対V8だったので、もちろん、フェラーリが来るというのが分かった。あの背中がゾクゾクするような瞬間は忘れたことがない。

    自分のレースでは、シルバーストンで連続優勝したこと、特に2000年の優勝は特別な出来事だった。千年紀の年に優勝できるなんて、あと992年はないんだからね。だから、僕のあの記録はしばらくは破られないね! シルバーストンはハイスピードではまるチャレンジングなコース。選択の自由があるならば、ドニントンよりもシルバーストンのレースを選ぶね。

    開催日程:2009年 F1 イギリスGP

  • ローラ、F1エントリーを撤回

    ローラ、F1エントリーを撤回

    ローラは、F1エントリーを取り下げた。ローラは、6月12日(金)に発表された2010年F1世界選手権のエントリーリストから漏れていた。

    ローラは火曜日に声明を発表。

    「ローラF1チーム社は本日、2010年 FIA F1世界選手権のエントリー申請を撤回するとの決定をFIAに通知した」

    「2010年の参戦マシンを生み出すためにかなり大きな財政投資がなされた。FIAはローラF1チームが将来のエントリーの可能性のために準備できた状態なままでいるようを要求していた」

    「ローラF1チームは、2010年 FIA F1 世界選手権のエントリー申請を真剣に考慮してくれたF1に感謝したい」

    ローラのマーティン・ビレーンは、ローラのF1プロジェクトがすでに進行しており、エントリーが承認されればローラが2010年のグリッドに並ぶことに自信を見せていた。

    「先週、風洞に我々のモデルを入れた。我々には現在、適切なクルマがある」

    「7週間にわたって、現在のF1で経験のある人から多くのインプットがあり、多くの人々が働いた」

    このエントリー申請の撤回により、ローラがFOTA側のシリーズに加わるのではとの見方もある。