タグ: 武藤英紀

  • 【SUPER GT】 武藤英紀、ドラゴ モデューロの最終戦秘話

    【SUPER GT】 武藤英紀、ドラゴ モデューロの最終戦秘話

    武藤英紀が、Drago Modulo Honda Racingの最後の戦いとなったSUPER GT最終戦もてぎを自身のブログで振り返った。

    道上龍監督率いるDrago Modulo Honda Racingは、レース週末の9日(火)に今シーズン限りでのチーム活動終了することを発表。もてぎが最後の戦いとなった。

    「自分はパフォーマンスに影響しないよう、とにかく速く走ることに意識を持って解散を考えるのをやめました」と武藤英紀は振り返る。

    だが、#15 ドラゴ モデューロ NSX CONCEPT-GTは冷却系のトラブルにより45周目にマシンをガレージに入れる形で、2016年のシーズンを終えることになった。

    「なんとかポイントを持ち帰りたかったのですが、思いとは裏腹にRd.3は12位。最終戦はリタイアと非常に悔しい結果となりました」

    「途中トラブルでピットに戻れ!と指示が出ましたが、無視して走り続けようか悩みました。何としても15号車をチェッカーまで持って行く責務があると感じていたからです」

    「しかし、トラブルの兆候は20周も前から始まっており車両が燃える可能性がありました。僕が燃えるのは構いませんが、最後に燃えた車両の修復をメカニックにさせてはいけない。そう思いピットへ向かいました」

    「モーターホームへ戻り、無気力で固まっていたら、相方の牧野が突然入ってきて、『武藤さんもう一回走って下さい!武藤さんでチェッカーを受けてあげて下さい!メカニックが応急処置をしてくれています!』 牧野の気遣いとチームのやる気に涙が止まらなくなりました」

    「結果、再び走ることはできませんでしたが、火傷を負いながらも修復しようとしてくれたメカニック、何とかできないか?案を練ってくれたエンジニア、道上監督、牧野。裏方を支えてくれるマネージャー、レースクイーン、スポンサー様、ファンの皆さん。みんなの想いで、最後まで何が何でも絶対に諦めない!想いはひとつ。そんな強い精神を持ったチームが誕生したように感じました」

    「もっと走らせてやりたい!まだまだ走りたい!この気持ちが各々にある限り 今後フィールドは違えど、みんな良い仕事をすると思う」

    「すでに2017年の戦いは始まっています。「Never Stop. 悲しい、寂しい。そんなことを言っている時間はありません。ドライに聞こえるかもしれませんが、それがレースです。感謝の気持ちと思い出を胸に次のステップへ進みます」

    「Drago Modulo Honda Racingありがとう 多くを学びました。いつも変わらず応援してくれるファンの皆さん ありがとう」

    「いつか一緒に泣きましょう」

    関連:DRAGO、スーパーフォーミュラおよびSUPER GTからの撤退を発表

  • 武藤英紀、葉山エレーヌと破局

    武藤英紀、葉山エレーヌと破局

    武藤英紀が、交際が報じられていた日本テレビアナウンサーの葉山エレーヌと破局していたことが明らかになった。

    昨年10月、Facebookで「Helene Hayamaさんと交際中」と表示されたことで葉山エレーヌとの交際が発覚した武藤英紀。昨年スポット参戦したインディ・ジャパンでも武藤英紀を応援する葉山エレーヌの姿が目撃されていた。

    しかし、葉山エレーヌに新たな恋人が発覚し、二人が破局していたことが明らかになった。

    現在、葉山エレーヌは、同じ日本テレビに務める女優の仁科亜希子の再婚相手の息子との熱愛が報じられている。

  • 武藤英紀 「一秒で人生が大きく変わってしまう世界に生きている」

    武藤英紀 「一秒で人生が大きく変わってしまう世界に生きている」

    武藤英紀が、インディカー最終戦ラスベガスでのダン・ウェルドンの事故死を受け、自身への想いをブログに綴った。

    昨年までインディカーにフル参戦し、ダン・ウェルドンとともに戦っていた武藤英紀は『命』というタイトルでブログを更新した。

    「今日、昨年まで3年間一緒に戦ったダン ウエルドン選手がレース中の事故で亡くなった」

    「何度か食事を共にしたり、飲みに行った事もあった。冗談を言う気さくなチャンピオン、誰にでも愛される選手だった」

    「彼の死を知ったその瞬間から何かが壊れたように涙が止まらなくなった」

    「インディという最も危険なレースなのは重々理解しているつもりだ。僕も去年まで、特にオーバルのレースの前は家中を掃除して、もしかしたらここにはもう帰れないかもしれない。誰かが整理しに来ても恥ずかしくないように!毎回そう覚悟して臨んでいた。でもそんな事は絶対にない!信じてた」

    「でも実際は違うんだ。一秒で人生が大きく変わってしまう。受け入れがたいけど現実なんだ」

    「そういう世界に自分は生きているんだ!ずっとそこで生きてきたんだ!そう実感した」

    「冷静に考えたら300キロ以上のスピードでぶつかって生きている事の方が奇跡だ。両親はどんな思いで僕のレースを見ているのだろう?本人よりよっぽど恐怖に違いない。色々考えてしまう」

    「ダンの家族の事を思うと本当に胸が苦しい。彼は幸せな人生を生きた!そう信じたい。どんな事があろうと前え進むしかない!止まれない。彼の死から学ぶ事は沢山ある!一瞬一瞬を精一杯生きていくだけだ!」

    関連:ダン・ウェルドン、インディカー最終戦の事故で死去

  • 武藤英紀 「インディジャパン・ザ・ファイナル」に参戦決定

    武藤英紀 「インディジャパン・ザ・ファイナル」に参戦決定

    武藤英紀は、9月18日(日)にツインリンクもてぎで行われる「インディジャパン・ザ・ファイナル」にサム・シュミット モータースポーツからスポット参戦することを発表した。

    「昨年まで3年間フル参戦しておりましたインディカーシリーズですが、今年は解説者という立場で、レースを追って参りました」と武藤英紀はプレスリリースでコメント。

    「また、今シーズンはSUPER GTというフィールドで戦い、毎戦多くの事を学び、成長しております。そのような状況の中、今年で最後となる『インディジャパン』に挑戦したいという強い気持ちが芽生え、参戦に向け活動して参りました」

    「その結果、この度株式会社オートバックスセブン様、amscの皆様をはじめとして、多くの方々のご協力を頂きスポット参戦できます事を、心より嬉しく思い、感謝しております」

    「昨年までの『インディカー・シリーズ』フル参戦で培ってきた経験と今年新たに発見できた事を全て出し切り、『インディジャパン・ザ・ファイナル』を更に盛り上げ、悔いの残らない戦いをしたいと思っております」

    「また、インディジャパンが開催されるツインリンクもてぎ周辺は、今回の震災により被災地となっております。昨年まで多くの方々にご声援を頂きました。ツインリンクもてぎで、いいレース、いい走りをお魅せし、皆様に元気を届けたいと思っております」

  • 武藤英紀、SUPER GT参戦が決定

    武藤英紀、SUPER GT参戦が決定

    武藤英紀が、2011年にSUPER GTに参戦することが発表された。

    ホンダは4日(金)、2011年のモータースポーツ活動を発表。昨年までインディカーに参戦していた武藤英紀が、元F1ドライバー鈴木亜久里が率いる「オートバックス・レーシング・チーム・アグリ」からSUPER GTに参戦することが発表された。

    2007年にインディカーでデビューを果たした武藤英紀は、2010年に名門ニューマン・ハースに移籍。しかし、マシンの競争力不足などにより総合18位でシーズンを終えていた。

  • 武藤英紀、2011年はインディカーへのフル参戦を断念

    武藤英紀、2011年はインディカーへのフル参戦を断念

    武藤英紀は、2011年にインディカーにフル参戦しないことを自身のブログで明らかにした。

    2007年にインディカーでデビューを果たした武藤英紀は、2010年に名門ニューマン・ハースに移籍。しかし、マシンの競争力不足などにより総合18位でシーズンを終えていた。

    武藤英紀は17日、『空っぽ』というタイトルでブログを更新。二年間暮らしたシカゴの家の整理を行ったことを明らかにし、2011年はインディカーにフル参戦しないことを明らかにした。

    「最後に家を出る時、空っぽになった部屋を見て淋しかったけど、同時に頭も空っぽにして新しい事をどんどん吸収していきたい!そういう気持ちになりました」

    「2011年はINDY CARへのフル参戦はしません。ただ、条件が合えばスポット参戦は考えています」

    「詳しい事は、全てが決まり次第ご報告させて頂きます」

    武藤英紀は、2011年はインディカーに限らず、フォーミュラ・ニッポンやSUPER GTを含めた他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにしている。

  • 武藤英紀、国内レース復帰も視野

    武藤英紀、国内レース復帰も視野

    武藤英紀は、2011年はインディカーに限らず、フォーミュラ・ニッポンを含めた他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにした。

    今年ニューマン・ハースに移籍した武藤英紀だが、マシンの競争力不足などにより総合18位と低迷。2008年にインディカーでデビューしてから2年連続で獲得してきた表彰台も逃した。

    武藤英紀は、2011年にむけてインディカーへの継続参戦を基本路線に複数のチームと交渉しているが、優勝を狙えるシートを獲得できない場合は他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにした。

    「表彰台には乗ったのであとは優勝しかない」と武藤英紀はコメント。

    「ちゃんとした体制でなければ狙えない。いい車に乗ることが大前提」

    「インディで戦闘力のないチームで乗るより、違うシリーズで勝てるクルマに乗る」とした武藤英紀は「他のトップシリーズでも話を進めたい」とGP2やフォーミュラ・ニッポンへの転向も視野に入れていることを示唆した。

  • 武藤英紀、20位完走でシーズンを終える (インディカー最終戦)

    武藤英紀、20位完走でシーズンを終える (インディカー最終戦)

    武藤英紀は、インディカー最終戦マイアミの決勝レースを20位完走で終えた。

    武藤英紀は26番手からスタート。トップグループとピットタイミングを変えてポジションを上げたシーンもあったが、その作戦は成功せず。それでも、レースが進む中でハンドリングを向上させ、20位でフィニッシュした。

    武藤英紀は、トータルで250ポイントを獲得し、ランキング18位でシーズンを終えた。

    武藤英紀 (20位)
    「昨日のプラクティスの後にマシンセッティングを大幅に変更しました。それはいい方向に出ていたと思います。今日の自分たちのマシンはリスタートなどでのハンドリングが悪く、集団の中でも安定していませんでしたが、レースが落ち着いてクリーンエアの当たる状態ではスピードを上げ、そこから何台かをパスしていくという戦いになっていました。全体的に見て、レースが進むにつれてマシンの状態はよくなっていったと思います。やっとマシンの調子が上がってきたところで最終戦を迎えたのは残念ですが、難しいマシンを走らせ続けたことでドライビングスキルも磨かれたし、マシンセッティングについては昨年まで以上に深く考え、多くを学べた一年でした」

  • 武藤英紀、予選26番手 (インディカー最終戦)

    武藤英紀、予選26番手 (インディカー最終戦)

    武藤英紀は、インディカー最終戦マイアミの予選で26番手だった。

    武藤英紀は、予選用セッティングがコースにマッチせず、結果は26番手となった。攻撃的姿勢で臨んだ予選だったが、ダウンフォース量を少なくしすぎた結果、グリップレベルも下がってしまった。

    決勝へのスタートは最後列からとなるが、プラクティスから決勝をにらんでのマシンセッティングに重点を置いてきていることから、武藤英紀もチームも予選結果に大きく失望はしていない。

    武藤英紀 (26番手)
    「プラクティスからマシンのダウンフォースを削っていく攻めのセッティングを施した結果、それが裏目に出てしまい、マシンのフロントもリアもグリップが落ちていました。プラクティスでは決勝レース用のセッティングをメインに行い、タイムは決して悪くなかったです。決勝レース用セッティングでトップ10に入れていました。それが予選ではアタック2周目にスロットルを緩めなければならず、思い通りのスピードを保ち続けることができませんでした。プラクティスで、決勝レース用のマシンセッティングがよいことが確認されていますし、同じ1.5マイルオーバルでコースの性格が似ているシカゴランドやケンタッキーのときよりもさらによくなっていると思います」

  • 武藤英紀、14位完走 「攻めの走りができた」 (インディジャパン)

    武藤英紀、14位完走 「攻めの走りができた」 (インディジャパン)

    武藤英紀は、インディカー第16戦インディジャパンの決勝レースを14位で完走した。

    武藤英紀は予選17番手から発進。68周目に出されたフルコースコーションでピットインしない作戦に出て、17位から2位へとポジションを上げた。上位グループでの武藤はハイペースで走り続け、トップ5をキープしたが、ピットストップのタイミングをずらす作戦が功を奏することはなく、再び17位前後へ後退。

    それでも、レースを通じてマシンのハンドリングを向上させた武藤英紀は、最後のピットストップ後の50周で3台をパスして14位でゴールした。

    武藤英紀 (14位)
    「序盤はマシンのハンドリングがよくなかったのですが、コクピットの中でできる調整を繰り返し、ピットストップでのセッティング変更も行って、マシンは徐々に、着実によくなっていきました。ギャンブル的な作戦で2番手に上がりました。トップ5での戦いでは自分たちのペースも十分に速く、その後の展開次第では上位に残り続けることができると思っていたのですが、イエローフラッグの出るタイミングが我々の望み通りとはならず、順位をまた下げてしまいました。それでも、最後のスティントでオーバーテイクを重ね、攻めの走りを見せることができました。ファンからの応援を感じ、それに応えたいと思って走っていました。14位という結果には満足していませんが、最終的にマシンはとてもいいハンドリングとなっていたので、この勢いを保って最終戦マイアミでいい結果を出したいと思います」

    関連:
    インディジャパン:カトスロベネスがポールトゥウィン、佐藤琢磨12位