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  • ロバート・クビサ F1カナダGP大事故から1年後の劇的な復活劇

    ロバート・クビサ F1カナダGP大事故から1年後の劇的な復活劇

    ロバート・クビサは、2007年F1カナダGPで21世紀を代表する大クラッシュを生き延びた。そして1年後、同じモントリオールでF1初優勝という劇的な“再生”を果たした。

    2007年のクラッシュ映像はいまなおF1史の象徴的シーンとして語り継がれているが、その後の復活劇まで含めて振り返ると、クビサというドライバーの特別さがより鮮明になる。

    F1界を凍りつかせた2007年カナダGPの大事故
    2006年途中にBMWザウバーからF1デビューを果たしたロバート・クビサは、わずか3戦目のイタリアGPで表彰台を獲得し、一躍将来有望な若手として注目を集めていた。

    2007年シーズンも着実にポイントを重ね、BMWザウバーの中核ドライバーへと成長しつつあった。

    しかし2007年6月10日のカナダGPで、そのキャリアは一瞬にして終わるかに見えた。

    レース終盤、ヤルノ・トゥルーリのトヨタを追っていたクビサは、ヘアピン立ち上がりで接触。マシンはコントロールを失ったまま高速でウォールへ激突した。

    BMWザウバーは宙を舞いながら何度も回転し、サーキットに破片が飛び散った。

    当時のF1界にとっても衝撃は大きく、実況席やピットウォールには緊張が走った。映像を見た誰もが、最悪の事態を覚悟したほどの事故だった。

    しかし、クビサは奇跡的に生還した。

    診断結果は脳震盪と軽度の捻挫。命に別条はなく、翌週にはすでに回復へ向けて動き始めていた。

    現代F1の安全技術が進化する過程で、この事故は“ドライバー保護性能”を証明した代表例のひとつとしても語られている。

    そして1年後 モントリオールで訪れた完全復活
    2008年、クビサは再びカナダGPの地へ戻ってきた。

    前年の大事故現場に戻ること自体が精神的な挑戦だったが、クビサは週末を通して高い競争力を見せた。

    そして決勝では、ルイス・ハミルトンとキミ・ライコネンがピットレーン出口で接触リタイアする波乱の展開のなか、冷静なレース運びでトップへ浮上した。

    BMWザウバーにとっても歴史的な瞬間だった。

    クビサはF1初優勝を達成し、BMWザウバーにも初勝利をもたらした。

    しかも、それは前年に命を落としかけたサーキットで成し遂げた“劇的な勝利”だった。

    モントリオールの表彰台で国旗を掲げたクビサの姿は、F1史でも屈指の“再生の物語”として刻まれている。

    F1安全性の転換点として語り継がれる事故
    クビサのクラッシュは、現代F1の安全思想を語るうえでも重要な事故となった。

    2000年代初頭までのF1では、大事故が発生するたびにドライバー生命だけでなく命そのものが危ぶまれる空気が存在していた。

    だが、2007年のクラッシュでクビサが自力で脱出できたことは、モノコック構造やクラッシュテスト、安全セルの進化を世界に示した瞬間でもあった。

    その後F1はさらに安全性を強化し、現在ではヘイローや側面保護構造なども導入されている。

    クビサの事故は、恐怖の映像としてだけではなく、「F1がどれほど安全なスポーツへ進化したか」を象徴する出来事として、今なお語り継がれている。

  • マクラーレンF1がロバート・クビサを獲らなかった理由「鼻が大きかったから」

    マクラーレンF1がロバート・クビサを獲らなかった理由「鼻が大きかったから」

    マクラーレンは、2008年F1シーズンに向けてルイス・ハミルトンの新たなチームメイトとしてロバート・クビサを検討しながらも、「彼の鼻が大きすぎた」という理由で獲得を見送っていた。これは、元マクラーレンの広報責任者であるマット・ビショップによる、驚くべき証言だ。

    ビショップ自身も、それが当時の最高経営責任者マーティン・ウィットマーシュの冗談だったのかどうか、確信は持てないとしながらも、実際にそうした発言があったことを明かしている。

    「鼻が大きすぎた」クビサはなぜマクラーレンに呼ばれなかったのか
    ロバート・クビサは、今世紀のF1における“未完の才能”のひとりとして語られる存在だ。F1で挙げた勝利は2008年カナダGPでの1勝のみで、当時所属していたBMWザウバーでの快挙だった。

    しかし2011年2月、ラリー参戦中に起きた大事故によってキャリアは大きく暗転する。重傷を負い、F1での将来は事実上閉ざされた。

    その後、ラリーで成功を収めたクビサは再びF1への挑戦を選び、2019年にウィリアムズから1シーズン復帰。同年ドイツGPでは、チームにとって唯一となるポイントを獲得している。

    現在41歳のクビサは、2025年にフェラーリでル・マン24時間レース初優勝を果たし、感情あふれる勝利を手にした。

    なおクビサ自身は2018年、2011年の事故当時、2012年にフェラーリF1チームへ加入する契約にサインしていたことも明かしている。

    アロンソ離脱後のマクラーレンが探していた“ハミルトンの相棒”
    2007年シーズン終了後、マクラーレンはフェルナンド・アロンソの後任を探していた。ハミルトンとの関係が破綻した2度の世界王者は、わずか1年でチームを去ることになる。

    最終的にマクラーレンが選んだのは、ルノーで印象的なデビューシーズンを過ごしていたヘイキ・コバライネンだった。結果的に、コバライネンとアロンソは“シートを交換する”形となった。

    ビショップは、2008年から2017年までマクラーレンのコミュニケーション責任者を務め、その後アストンマーティンにも在籍した人物である。

    彼は自身のポッドキャスト『And Colossally That’s History!』に出演した際、当時の意思決定の舞台裏をこう振り返った。

    「ウィットマーシュが当時、2008年のマクラーレンのドライバー候補としてクビサを考えたとき、問題のひとつは“彼の鼻が大きすぎる”ということだと言っていたのを覚えている。本当にそう言ったんだ」

    「空力じゃなくて見た目の問題だと思う」
    司会者から、それが空力的な問題なのか、それとも見た目の問題なのかと冗談交じりに問われると、ビショップは笑いながら答えた。

    「見た目の問題だと思うよ。正直なところ、冗談だったんだと思う」

    「もしこれを聞いているなら、マーティン、たぶん聞いていないと思うけど、説明してくれてもいい。でも、彼はそういうジョークを言うことがあった。ドライバーはこうあるべきだ、という考えを持っていたんだ」

    「それはロン・デニスから学んだ部分でもある。ロンはドライバーの外見にとても厳しかったからね。ただ公平を期すと、ロバートの鼻についてロンが文句を言っているのは聞いたことがない」

    同席していた音楽・スポーツ記者のリチャード・ウィリアムズも、こう付け加えている。

    「クビサの鼻の話は本当に笑えるよ。今のF1に彼がいたら、どこに収まるんだろうね。今の若手ドライバーはみんなボーイバンドのメンバーみたいな顔をしている。まるで“ルックス審査”を通過してきたみたいだ」

    ロバート・クビサ

    モータースポーツ界の“鉄人” クビサの壮絶な事故
    ウィットマーシュは2014年に25年間在籍したマクラーレンを去り、ロン・デニスも2017年にチームを離れている。

    一方、クビサは昨年出演したポッドキャスト『Gurulandia』で、2011年のラリー事故の壮絶さを改めて語っている。

    「正直に言うと、長い間昏睡状態だったから、何が起きたのかほとんど覚えていない」

    「病院に着いたとき、体にあった血液は1.5リットルしかなかった。人間の体には6〜7リットルあるのにね」

    「体の右半分は完全に粉々だった。42カ所の骨折で、足の指から肘まで全部折れていた」

    さらにこう続けた。

    「僕は人間だ」

    「6〜7カ月の間、何の感覚もなく、まったく動けなかった。指を動かそうとしてもできなかった。その感覚は、経験した人にしか分からない」

    「初めて動かせた日、言葉にならないほどの喜びを感じた」

    鼻の大きさという冗談めいた理由でマクラーレン入りを逃したとされるクビサだが、そのキャリアと生き様は、F1史の中でも屈指の重みを持つものとなっている。

  • ロバート・クビサ F1を妨げた事故「42箇所を骨折して体の右側はぐちゃぐちゃ」

    ロバート・クビサ F1を妨げた事故「42箇所を骨折して体の右側はぐちゃぐちゃ」

    ロバート・クビサが、8年間F1から遠ざかる原因となった恐ろしい事故を振り返った。

    元F1ドライバーのロバート・クビサは、このスポーツで最も成功したレーサーの一人ではないかもしれないが、彼を熱心に追いかけていた人たちは、彼が持っていた才能を知っている。

    このポーランド人ドライバーは、いくつかの不運な事故、それも悲劇的な事故に遭わなければ、はるかに輝かしいキャリアを歩んでいたかもしれないレーサーの一人だ。

    クビサは最近、2011年2月にラリー・ロンデ・ディ・アンドラで経験した事故を思い出した。テストコでスーパー2000仕様のシュコダ・ファビアを運転していたクビサは、車の制御を失い、高速で衝突バリアに衝突した。

    その結果、彼は1時間以上車内に閉じ込められ、救助隊が彼を救出できたのはその時になってからだった。この恐ろしい事故の後、ポーランド人はヘリコプターでピエトラ・リーグレのサンタ・コロナ病院に搬送された。

    クビサは、この事故で受けた衝撃的な怪我について明かした。「正直に言うと、長い間昏睡状態だったので、何が起こったのかほとんど覚えていない」とCorriere Della Seraのインタビューで語った。

    「人間の体には6~7リットルの血液があるけど、僕は1.5リットルの血液を失って病院に運ばれた。体の右側はぐちゃぐちゃだった。42箇所も骨折し、つま先から肘まで、すべてが折れていた」

    クビサは手術を受けたものの、リハビリには何年もかかった。「僕も人間だ」と感情的になったクビサは付け加えた。「6、7か月間、感覚がまったくなくなり、何も動かすことができなかった」

    「指を動かそうとしたけど動かせず、経験した人にしかわからない感覚だった。それができた日は、とてつもない喜びを感じた」

    クビサが負った怪我の程度を考えれば、レースに復帰できたこと自体が奇跡に等しい。しかし、粘り強くリハビリに取り組み続けたおかげで、2012年には早くもレースに復帰。7年後にはウィリアムズからF1に復帰した。

    クビサは耐久レースで自分の潜在能力を発揮し始めている
    2011年に起きた悲惨な事故以前は、クビサが最も才能あるドライバーの一人であることに疑いの余地はほとんどなかった。しかし、彼が負った怪我の種類によっては、ピーク時の調子を取り戻せるかどうかは常に疑問視されていた。

    元ザウバーのF1ドライバーは、再び同じレベルで競争するのは困難だと感じていたが、それでもベストを尽くし続けることをやめなかった。彼は段階的にステップを踏んでいき、それが今日、耐久レースで成功を収めるのに役立っている。

    彼は、2023年にFIA世界耐久選手権LMP2クラスで優勝し、ヨーロッパ・ル・マン・シリーズLMP2クラスでも2度(2021年、2024年)優勝したチームの一員だった。40歳の彼は、今年も同様のレベルの成功を達成することを望んでいる。

  • 元F1ドライバー ロバート・クビサ 「ラリーに復帰して楽しみたい」

    元F1ドライバー ロバート・クビサ 「ラリーに復帰して楽しみたい」

    F1ドライバーであり、現在はWECハイパーカードライバーであるロバート・クビサは、将来ラリーに復帰する可能性を否定していない。

    だが、ロバート・クビサは、ラリーが恋しいと語るが、将来的には競争のためではなく「楽しみ」のためにラリーに復帰することしか考えていない。

    かつてF1レースで優勝し、現在は世界耐久選手権のAFコルセ・フェラーリ・ハイパーカー・ドライバーであるクビサは、2013年から2016年までWRCに参戦しており、引き続き同シリーズを熱心にフォローしている。

    クビサはF1で名声を得る前からラリーに憧れており、2013年のWRC2選手権でも優勝。その後2シーズンにわたりトップクラスで戦い、Mスポーツ製のフォード・フィエスタを駆り、14回のステージ優勝と2014年のアルゼンチンでの6位という最高成績を記録した。

    2016年に最後のスタートを切った後、クビサは2019年にウィリアムズでF1に復帰し、その後DTMに参戦し、2021年にスポーツカーレースとWECに進出した。

    今月初めにWRCが母国ポーランドを訪問した際に参加したクビサには、ラリー復帰の噂が流れている。将来復帰したいかと聞かれると、「正直、ラリーが少し恋しい。僕はラリーの大ファンだ。でも今はレースプログラムで自分のやるべきことがあるので、2016年初めにラリーを止めて以来、ラリーをファン、サポーターの視点で見ることが多くなった」とAutosportに語った。

    「WRCで何が起こっているのかをフォローしている。何よりもラリーに注目している」

    「もし(復帰が)ちょっとした楽しみになるのなら、もちろんそうするよ。ただし、それは競技の精神とはかけ離れている。もちろん、カレンダーに掲載されているラリーにはいくつか注目しているものもあるし、参加するのもいいだろうと思う。でも、それにはどれほどの努力と準備が必要かを思い出す。もし楽しむために参加するのであれば、プレッシャーを感じることなくラリーに参加できるだろう」

    ロバート・クビサ

    ロバート・クビサは今や、ハイパーカー/LMDhクラスに9つのブランドが参加するなど、メーカーの関心が著しく高まり、活況を呈しているWECシーンの一員だ。これは間接的に、昨年フェラーリが待望のチャンピオンシップ復帰を果たした後、クビサがAFコルセが運営するフェラーリ・ハイパーカーのシートを獲得する結果となった。

    WECへのメーカーの関心が爆発的に高まったのを見て、クビサはWRCでも同じようなことが起こり得ることを望み、ラリーはファンとメーカーに「何か特別なもの」を提供し続けると信じている。

    しかし、F1で12回表彰台に上がった経験を持つクビサは、今週末のWECのブラジル訪問に向けて準備を進めており、ラリーが同様の好景気を享受するには多くの努力が必要だと認めている。

    「これは複雑な問題であり、さまざまな関係者の関与が必要になる」とクビサは、WRCがどのようにしてWECの足跡をたどることができるのかとの質問に対して答えた。

    「今(WRCで)起こっていることは、現代と関係があるのではなく、僕がWRCにいた頃から始まった傾向だと思う。残念ながら、現代では、モータースポーツ全般において、人々は異なる種類のスポーツやレース方法を評価する傾向がある」

    「ラリーは、特にファンの観点から見て、何か特別なものを提供してくれると今でも思っている。WECでは、過去2年間でメーカーが大きく増加し、レベルが大幅に向上した。メーカーが他のメーカーを引きつけており、ラリーが新しいメーカーを引きつけるのに苦労しているのはそのためだ。これは複雑な問題だけど、幸いなことに僕はそれについて考える必要はない」

    「しかし、ファンの立場から言えば、WECで起こったようなことが起こってほしい。それはとても特別なことであり、誰にとっても有益なことだ。このようなことは長い間起こっていない。人々が努力していることは知っているし、一筋縄ではいかないと思うが、物事を改善しようとする努力は必要だ」

  • ロバート・クビサ 「フェラーリF1の夢を逃した傷口は開いたまま」

    ロバート・クビサ 「フェラーリF1の夢を逃した傷口は開いたまま」

    ロバート・クビサは2012年にフェラーリでF1に参戦する予定だったが、2011年2月にラリーで負った大事故がすべての計画を頓挫させた。クビサはこう語る。『今でもまだ痛い』

    2010年シーズンを終えて、F1界の意見は一致していた。ロバート・クビサはF1フィールドで偉大な才能の一人だった。2008年にザウバーF1チームの夢であったグランプリ優勝を果たしたクビサは、2012年シーズンもフェラーリと契約を結んでいた。

    だが、2011年春にリグーリア州で開催された「ロンド・ディ・アンドーラ・ラリー」でアクシデントに見舞われ、当分の間レースキャリアを続けることができないほどの大怪我を負った。

    クビサの右腕には特に問題があったが、彼はそれにめげることなくハードワークを続け、レーストラックへの復帰を果たした。まずルノーとウィリアムズのテストドライブをこなし、次にリザーブドライバーとしてトレーニングセッションに参加することを許された。そして2019年、最後のグランプリ参戦から3046日後、ついにウィリアムズのF1ドライバーとしてグリッドに戻った。

    この年、ウィリアムズのF1マシンは競争力こそなかったものの、ホッケンハイムリンクで10位に入り、2019年シーズンのイギリスチーム唯一のポイントである世界選手権ポイントを1ポイント獲得した。当時のチームメイトで、現在はメルセデスのドライバーを務めるジョージ・ラッセルはノーポイントだった。クビサはポジションを失ったが、これで彼のF1キャリアが終わったわけではなかった。

    キミ・ライコネンが2021年にコロナウイルス検査で陽性反応を示し、出場できなくなったのだ。当時、アルファロメオ・ザウバーでサードドライバーを務めていたクビサは、ザントフォールトとモンツァで出場し、オランダでは15位、イタリアでは14位でレースを終えた。

    クビサは昨年F1から引退したが、レーストラックからは離れていない。世界耐久選手権では、ルイ・アンドラーデ、ルイ・デレトラズとともにオレカ07を駆り、LMP2チャンピオンに輝いた。

    そして、今年はAFコルセからフェラーリ499Pでハイパーカー・シリーズに参戦する。

    「フェラーリで走ることはは、他のブランドでのレースとはまったく違う」と39歳のクビサはGazzetta dello Sportに語る。

    「F1ドライバーとして、僕には2つの目標があった。世界選手権で優勝することと、赤い車に乗るということだ。でも、それは叶わなかった」

    「たまたま、私の人生の道はこれまでとは異なっているし、開いた傷が残っていることを認めなければならない。でも今、僕はフェラーリとともにWECでの挑戦を克服する素晴らしい機会に恵まれている」

  • ロバート・クビサ F1復帰失敗は「間違ったタイミングと場所にいた」

    ロバート・クビサ F1復帰失敗は「間違ったタイミングと場所にいた」

    ロバート・クビサは、2019年にウィリアムズ・レーシングでF1復帰を目指したが失敗した際、「間違ったタイミングに間違った場所にいた」と語った。

    2011年にラリーでのクラッシュと生涯にわたる腕の負傷によって、当初、非常に有望なF1キャリアは悲劇的な終わりを迎えたクビサは、39歳になったばかりだ。

    ウィリアムズのシートを失った後、彼は今年のル・マンでLMP2クラス2位となり、タイトルを獲得。フェラーリ傘下のAFコルセでハイパーカーのトップカテゴリーに昇格する。

    クビサはPrzeglad Sportowyに対し、トップレベルでのレースがいつまで続くかはわからないと語った。

    「プロフェッショナルな生活が僕の時間の90パーセントを占めていることは分かっている」とポーランドの後援者オーレンとの関係を拡大したばかりのクビサは語った。

    「自転車に乗るとレースのことを考える。その日、その年のすべてのスケジュールは、車の中で僕を待っていることに依存する」

    「一方で、これはポジティブなことだけど、他方では、僕はまもなく40歳になる。次の人生で何をしようかという考えが浮かび始めている」

    クビサが学んだのは、注目を集めるF1復帰の見込みさえ、必ずしも魅力的ではないということだ。

    「何年もかけて、どんな犠牲を払ってでもレースをする必要はないということが分かってきた」とクビサは語る。「自分が良い気分になれる適切な雰囲気を見つけたいと思っている」

    「今の状況は、僕に精神的な安らぎを与えてくれるんだ。F1復帰に関連する2つ目の考えは、スポーツ的な観点から見ると、ウィリアムズで終わることになったとき、これ以上悪いことはなかったということだ」

    「正直なところ、このチームには多くの尊敬の念を抱いている。チームには自分たちが何をしているのかを本当に知っている人がたくさんいた」とクビサは説明した。「残念ながら、僕は間違ったタイミングに間違った場所にいた」

  • F1 | ロバート・クビサ、BMWのカスタマーチームからDTM参戦が決定

    F1 | ロバート・クビサ、BMWのカスタマーチームからDTM参戦が決定

    ロバート・クビサが、2020年にARTグランプリが運営するBMWのカスタマーチームからDTM(ドイツツーリングカー選手権)に参戦することが発表された。

    2019年のウィリアムズのF1ドライバーを務めたロバート・クビサは、昨年12月に開催されたDTMの、ルーキーテストでBMW M4 DTMをテストしていた。

    ロバート・クビサのエントリーは2016年以来のDTM復帰となるARTグランプリによって運営される。ARTグランプリは、2015年から16年の間に2台のメルセデスのファクトリーカーで参戦していたが、その後、メーカーごとに6台に制限するというレギュレーション変更により、DTMから撤退していた。

    予想通り、ロバート・クビサの契約は後援者のPKNオーレンによって資金調達される。PKNオーレンは2020年にアルファロメオ・レーシングのスポンサーを務め、ロバート・クビサはリザーブドライバー契約を結んでいた。

    「DTMには長い間魅力を感じていた。12月にヘレスで行われたテストにより、さらに多くのことを味わうことができた」とロバート・クビサは語る。

    「モータースポーツのキャリアにおけるこの新しい章を始めることを本当に楽しみにしている。DTMは世界で最も強力で最高のレースシリーズの1つだと思う。テストではすぐにBMW M4 DTMを快適に感じた。

    「ARTグランプリは、長年にわたり国際的なモーターレースシーンで大きな名声を誇っている。DTMで一緒に多くのことを達成できると確信している。

    「もちろん、確立されたDTMチームと比較して経験を積む必要があるけど、常に改善できるように努力していく。DTMでのレースを待ち切れない」

    BMWモータースポーツのイェンス・マルカルト代表は「これはDTMにとって本当に素晴らしいニュースだ」とコメント。

    「我々は、ARTグランプリをプライベートカスタマーチームとしてDTMに迎えることができてうれしく思う。

    「プライベートな経営によるBMW M4 DTMでDTMフィールドをさらに大きく魅力的にすることが常に我々の目標だった。いくつかの選択肢があり、ここ数か月で潜在的なチームと多くの議論を行ってきた。すべての側面を考慮して、ARTグランプリが提供するパッケージを選択した」

    「昨年12月のスペインでのテストの後、ロバート・クビサはDTMの未来を想像できるという事実を秘密にしなかった。ARTグランプリが、BMW M4 DTMで2020年シーズンを争う機会を与えてくれたたことは素晴らしいことだ。テスト中、ロバートはDTMカーで非常に優れていることを示しました。彼はシリーズの本当の資産ですだ」

    「ARTグランプリとロバートがうまくいくよう祈っている。彼らがDTMシーズンを成功させることを願っていまる」

    ロバート・クビサは3月のモンツァでのプレシーズンテストでBMW M4のハンドルを握り、4月24~26日にゾルダーで開幕戦を迎える。

  • ロバート・クビサ、ウイングを勝手に交換したウィリアムズを非難

    ロバート・クビサ、ウイングを勝手に交換したウィリアムズを非難

    ロバート・クビサは、何も説明することなくアップグレード版フロントウイングをマシンから取り外されたことを明らかにし、ウィリアムズの行為は“限度を超えている”と非難した。

    ウィリアムズは、F1日本GPのプラクティスでアップグレード版のフロントウイングを試しており、ロバート・クビサはパフォーマンスに満足していた。

    だが、ウィリアムズは予選前にロバート・クビサのマシンから新しいフロントウイングを取り外した。ただし、チームメイトのジョージ・ラッセルも古いフロントウイングを走らせている。

    予選でクラッシュを喫したロバート・クビサだが、ウィリアムズの行動に不満を抱いている。

    「金曜日はとても良かっ。非常に長い間で初めてと言っていい」とロバート・クビサは地元ポーランドのテレビ局に語った。

    「でも、僕たちはフロントウィングを変更した。それで良くなるはずはなかった。もう一台のクルマは何のアドバンテージも得られていなかったし、さらに悪くなっていた。でも、僕のクルマははるかに良くなったと感じていた」

    「でも、奇妙な理由により、予選前にウイングは今朝僕のマシンから取り外されていた。土曜日に考えるがあまりに時間は多すぎたんだと思う…」

    「台風は過ぎ去ったが、ここでの決定はこのトラックに関連するものではなく、他の理由や選択に関連していると思う」

    「でも、今朝は僕に多くのことを考えさせてくれた。ある程度のことを知っていたが、今朝はおそらく限度を越えていた」

    ロバート・クビサのこのコメントについて、ウィリアムズは、日曜日の天候と突風を考慮して、ウイングを損傷させるリスクを冒さないことを選択したと説明している。そして、ロバート・クビサがクラッシュしたことを考えれば、チームは決定には正当性があるかもしれない。

    「いつものように、我々はレースの各週末に先立って最も効果的な戦略について話し合うが、必要に応じて調整している」とウィリアムズは説明。

    「我々の新しいフロントウイングは、将来のレースでの走行を視野に入れて、常にこのイベントのテストアイテムとして意図されていた」

    「台風ハギビスが土曜日の全走行をキャンセルせざるをえない可能性があり、今日の厳しい風の状態と相まって、チームは、メキシコでさらなるテストを実施する前に、新しいフロントウィングを走らせて損害を被るリスクを負わないことを決定した」

    「予選での出来事を考れば、これが正しい決定であることが証明された」

    しかし、ウィリアムズの行為にロバート・クビサの不満は収まらない。

    「ロシアのレースを失望させた後、予選前に僕に知らせさえせずに決定が下された。これは正しい方法ではないと思う」とロバート・クビサはコメント。

    「ロシアでの失望の後、僕たちみんながここにいてベストを尽くすことを望んでいた。それが金曜日に僕たちがやろうとしていたことだ。実際、金曜日のフィーリングを掴んでいたが、僕のフィーリングがあまりにも良かったのかもしれない」

  • ロバート・クビサ 「鈴鹿は古き良きレースのDNAが残るサーキット」

    ロバート・クビサ 「鈴鹿は古き良きレースのDNAが残るサーキット」

    ウィリアムズのロバート・クビサが、F1日本GPの舞台となる鈴鹿サーキットについて語った。

    「日本GPはF1カレンダーで最もエキサイティングなレースのひとつだ。本当にチャレンジングなセクションが組み合わされているし、セクター1の高速のS字はクルマのポテンシャルを最大化する。ミドルパードはいくつかヘアピンがあって少し遅いけど、その後はトラックの最終コーナーであるシケインに繋がる非常に速いパートだ」とロバート・クビサはコメント。

    「古き良きレースのDNAが残ったトラックだし、運転するには素晴らしい場所だ。また、鈴鹿は熱狂的なファンでも知られているし、クルマに乗っているときだけでなく、クルマを降りても非常に特別でユニークな場所だ。

  • ロバート・クビサ、F1イタリアGPでようやくカスタムステアリングを入手

    ロバート・クビサ、F1イタリアGPでようやくカスタムステアリングを入手

    ウィリアムズのロバート・クビサは、夏休みまで自分専用にカスタマイズされたステアリングを待たなければならなかった。

    2010年のラリーでの事故で右腕に重傷を負ったロバート・クビサは、奇跡的とも言える回復をみせて今年F1復帰を果たした。だが、右手には後遺症が残っており、すべてを左手で操作できるように左側にボタンを並べてステアリングをチームに求めていた。

    「シーズン開始時からそのステアリングを使えるはずだった。でも、シーズン開幕よりも少し遅れてしまった」とロバート・クビサはコメント。

    「2つのボタンが右側ではなく、左側についている。それに左側にパドルが追加されている」

    ウィリアムズのシニアレースエンジニアを務めるデイブ・ロブソンは、新しいステアリングホイールによってロバート・クビサはシーズン後半戦の物事を少し楽になるだろうと考えている。

    「この新しいホイールによって、ロバートに非常にアクセスしやすくなった」とデイブ・ロブソンはコメント。

    「すべての機能にもう少し簡単にアクセスできるようになる。実際のラップタイムロスよりも、彼にとってはフラストレーションが溜まっていたと思う」