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  • ドイツの博物館でミハエル・シューマッハのF1コレクションを常設展示

    ドイツの博物館でミハエル・シューマッハのF1コレクションを常設展示

    ドイツ・ケルペンにある『Motorworld Köln Rheinland』で2017年末からミハエル・シューマッハのマシンや記念品といったパーソナルコレクションが常設展示されることになった。

    『Motorworld Köln Rheinland』は、シューマッハ家と合意。2017年末からミハエル・シューマッハのレースキャリア初期のカート、スポーツカー、トロフィ、そしてF1カーといったコレクションが無料で展示される。

    ミハエル・シューマッハのマネージャーを務めるザビーネ・ケームは「ファンの皆さんが入場料を払うことなくミヘルのコレクションを見ることができるというのが、ミハエルの家族の念願です」と述べた。

    「彼らに思い出を楽しみ、再び素晴らしい時代を甦らせることができます」

  • 「ミハエル・シューマッハは歩くことはできない」と弁護士が証言

    「ミハエル・シューマッハは歩くことはできない」と弁護士が証言

    ミハエル・シューマッハ家の弁護士は、ドイツの法廷でミハエル・シューマッハが歩けないと証言した。

    ミハエル・シューマッハ家は、昨年12月、1面の独占記事として、ミハエル・シューマッハが24時間体制で介護を担当している医療スタッフの助けを借りて歩くことができると報じた雑誌『Bunte』に対して訴訟手続きを取っている。

    ドイツの雑誌に対する訴訟手続きにおいて、ミハエル・シューマッハ家の弁護士フェリックス・ダムは「彼は歩くことができない」と述べた。

    ミハエル・シューマッハは、友人や家族とフランス・アルプスで休暇を過ごしていた2013年12月にスキーで転倒し、脳に重大な損傷を負った。ミハエル・シューマッハは、治療のために人工的昏睡状態に置かれ、2014年9月スイス・レマン湖畔にある自宅に戻った。

    ミハエル・シューマッハが自宅に戻って以来、家族は彼のプライバシーを厳しく守り続けており、フェリックス・ダム弁護士の発言は、ミハエル・シューマッハのリハビリと回復に関する数少ない公式コメントとなった。

    昨年『Bunte』の報道に対する声明において、ミハエル・シューマッハの長年のマネージャーであるザビーネ・ケームは「残念ながら我々は、最近の報道によって、ミハエルが再び動けるようになったという主張を説明せざるを得なくなった」と述べていた。

    「このような憶測は無責任である。なぜなら、彼の負傷の重症度を考えると、ミハエルにとってプライバシーは非常に重要だからだ。残念なことに、彼らは多くの関係者に間違った期待を与えている」

    関連:ミハエル・シューマッハの家族、虚偽報道のドイツ誌を告訴

  • ミハエル・シューマッハの家族、虚偽報道のドイツ誌を告訴

    ミハエル・シューマッハの家族、虚偽報道のドイツ誌を告訴

    ミハエル・シューマッハの家族は、シューマッハの健康状態について虚偽の報道を行ったドイツ誌を告訴した。

    昨年12月、ドイツ誌『Bunte(ブンテ)』は、2年前にスキー中の事故で頭部に重傷を負ったミハエル・シューマッハがセラピストの手を借りて何歩か歩くことができ、腕を上げることもできたと報じた。

    ミハエル・シューマッハのマネジャーであるザビーネ・ケームは、ただちに異議を唱え、報道が“無責任”であり、“関連する多くの人々に虚偽の希望を与えた”と批判していた。

    今回、ミハエル・シューマッハの家族は、この件についてハンブルグでブンテ誌を告訴。弁護士のフェリックス・ダムは報道された内容が間違っているだけでなく、ミハエル・シューマッハの健康状態に触れているため、プライバシー保護を定める法律にも違反していると述べた。

    事故以来、ミハエル・シューマッハの負傷についての詳細は伏せられているが、訴訟のための必要性からシューマッハが“歩くことができない”とフェリックス・ダムは認めている。

    ブンテ誌の弁護団は、オリジナルの記事で“シューマッハの友人”とされている情報元について、シューマッハの健康状態についてよく知る、以前から信頼できる人物だったと述べた。

    この訴訟を担当する裁判官は、ミハエル・シューマッハの家族に対する損害賠償金が4万ユーロから10万ユーロ(約455万円から1,137万円)におよぶと概算。 Mirror は、最終的な判決は10月になると報じている。

  • ジョック・クリア 「シューマッハはベッテルのことをべた褒めしていた」

    ジョック・クリア 「シューマッハはベッテルのことをべた褒めしていた」

    フェラーリに加入したベテランエンジニアのジョック・クリアは、いつかセバスチャン・ベッテルと契約すべきだと周囲に語っていたミハエル・シューマッハの見る目は「正しかった」と述べた。

    52歳となるジョック・クリアは、ベネトン、レイトンハウス、ロータス、ウィリアムズといったチームでエンジニアを歴任。1997年にはジャック・ヴィルヌーヴ担当エンジニアとしてF1タイトル獲得に貢献。ジャック・ヴィルヌーヴとともにBARへ移籍したジョック・クリアは、2004年と2005年には佐藤琢磨の担当エンジニアを務めていた。

    その後、ホンダ、ブラウンGP、メルセデスと姿を変えてもチームと留まっていたジョーック・クリアだが、2014年までルイス・ハミルトンの担当エンジニアを務めた後、フェラーリへの移籍を決めていた。

    メルセデスとの契約により、1年間のガーデニング休暇を過ごしたジョック・クリアは、今年からフェラーリでの業務を開始している。

    ジョック・クリアは、メルセデス在籍時代の2010年、F1復帰を果たしたミハエル・シューマッハと3年間共に仕事をしている。

    その当時から、ミハエル・シューマッハは、後輩のドイツ人ドライバーのことを周囲の人物たちに話していたようだ。

    ジョック・クリアは当時のことについて「ミハエル・シューマッハは常にセバスチャンのことをべた褒めしていた。そして、彼は完全に正しかった」とコメント。

    「今、私はフェラーリでセバスチャンと仕事をしているが、ミハエルが彼について語っていたことはまったく大袈裟ではなかったと断言できる」

    「特に彼は詳細な部分にまで信じられないほどの取り組み方を見せる。それにより、スタッフやチームの長所を引き出してチームを前進させていく力を持っている。彼の貢献度は計り知れないし、彼の仕事への取り組み方が4回F1チャンピオンになった者とその他のドライバーたちとの違いを生んだと言える」

    ジョック・クリアは、1年間の休暇を終えてF1の現場に戻ってきたことを嬉しく思っていると述べた。

    「21年間ずっとレースをやっていたのに、突然、家でソファに座ってテレビを見る生活を送ることになったのは辛かったし、楽しくなかった」

    「F1で求められる即断力というようなものがいかにすぐに失われてしまうかということわ分かった。自分はまだそのスピードを取り戻そうとしているところだ。予選やレースではショックを感じていた。だが、幸運なことに、私は素晴らしい人たちに囲まれている」

  • ミハエル・シューマッハの展覧会がドイツで開幕

    ミハエル・シューマッハの展覧会がドイツで開幕

    ミハエル・シューマッハのキャリアを称える無料の展覧会がドイツ・マールブルクで開幕した。

    このイベントは、長らくミハエル・・シューマッハのスポンサーを務めてきた『ドイチェ・フェルメーゲンスベラトゥン(Deutsche Vermögensberatung)』社が家族と協力して実現に至った。

    展覧会は『ミハエル・シューマッハ – 史上最多のワールドチャンピオン。ドイチェ・フェルメーゲンスベラトゥンとの20年』と題され、これまで公開されてこなかった個人所有の品などが展示されている。

    展示は2年間にわたり、無料で閲覧できるという。

    15日(月)に行われたそのオープニングイベントには、マネージャーを務めるザビーネ・ケーム、ミハエル・シューマッハの妻コリーナ、娘のジーナマリア、息子のミックらも顔を見せていた。また友人のノルベルト・ハウグ(元メルセデスモータースポーツ責任者)、ステファノ・ドメニカリ(元フェラーリチーム代表)らを含むおよそ200名が参加していた。

    ただ、当然ながら、本来であれば主役としてこの場に居合わせるべきミハエル・シューマッハの姿はなかった。47歳となったミハエル・シューマッハは、現在もスイスの自宅で2013年末に起きたスキー事故で受けたけがからの回復に向けたリハビリが続けられている。

    「彼は歴史上最も成功したドライバーです。時折、こういう機会を得て、そのことを思い出すのもいいことです」とザビーネ・ケームは述べた。

    「もちろん、ミハエルはここにいませんし、私たちも寂しく思っています。起きてしまったことを変えられないことはわかっています。私たちはそれを受け入れるしかありませんし、いつか彼が私たちのところへ戻ってくることを期待して、精一杯の支援と忍耐を継続していくしかないのです」

    「レースは彼の人生でした。そして、彼自身が一番この場にいたかったと思います」

    ドイチェ・フェルメーゲンスベラトゥンは、この展覧会が示すのはシューマッハが2013年12月にスキー中の事故で頭部に重傷を負ってから同社がシューマッハとのパートナーシップに投じてきた“揺るぎない献身”だと述べている。今、同社はジュニアカテゴリーで戦うシューマッハの息子ミックをサポートしている。

    Michael Schumacher – Record-holding World Champion. 20 years of Partnership with Deutsche Vermögensberatung

  • ルカ・ディ・モンテゼーモロ、シューマッハの容態は「良くない」

    ルカ・ディ・モンテゼーモロ、シューマッハの容態は「良くない」

    元フェラーリ会長のルカ・ディ・モンテゼーモロは、ミハエル・シューマッハの現在の容態は“良くない”と明かした。

    ミハエル・シューマッハが、スキー事故で脳に重傷を負ってから2年以上が経過している。

    ルカ・ディ・モンテゼーモロは「知らせを受けたが、残念なことに良いものではなかった」とリポーターに述べたが、それ以上の詳しい情報は明かさなかった。

    「人生とは奇妙なものだ。彼は素晴らしいドライバーであり、1999年にフェラーリで1つの事故に遭っただけだ」

    昨年10月、シューマッハ家と親しいFIA会長のジャン・トッドは、ミハエル・シューマッハが「まだ戦っている」と述べている。

    ミハエル・シューマッハは、2014年9月から自宅で治療を続けているが、それ以降、ミハエル・シューマッハについての情報はほとんど明かされていない。マネジメントによる公式声明は、2014年9月にミハエル・シューマッハが“長く険しい道”に向かうと発表したのが最後となっている。

  • ローマ教皇、ミハエル・シューマッハの回復を祈る

    ローマ教皇、ミハエル・シューマッハの回復を祈る

    FIA会長のジャン・トッドは、ローマ教皇のフランシスコが、2013年末のスキー事故で脳に負った怪我のリハビリをスイスの自宅で続けているミハエル・シューマッハのために祈ることをと約束してくれたと語った。

    F1キャリアを通じて7度チャンピオンに輝いたミハエル・シューマッハは、そのうち5回をフェラーリ時代に達成している。当時、チーム代表としてミハエル・シューマッハとともにフェラーリの黄金時代を築いたのがジャン・トッドだった。

    ジャン・トッドは今週、カトリック教会における最高権威であるローマ教皇に謁見。目的は交通安全問題に関する話し合いだったが、会話の中、話題はミハエル・シューマッハのことにも及んだという。

    ジャン・トッドは私は常にミハエルのことを考えている。それは誰もが知っていることだ。彼は私の家族の一員だからね」と Vatican Radio にコメント。

    「彼(フランシスコ教皇)に、ミハエル・シューマッハのために祈ってもらえないかとお願いをした。彼は喜んで私の頼みを受け入れてくれた」

    「フランシスコはシューマッハのことを知っており、彼の事故のことも耳にしていた」

    ジャン・トッドは、ローマ教皇との会合を終えたあと、このことをミハエル・シューマッハの妻コリーナに電話で知らせたという。

  • ロス・ブラウン 「シューマッハは今のメルセデスの成功の一役を担った」

    ロス・ブラウン 「シューマッハは今のメルセデスの成功の一役を担った」

    ロス・ブラウンは、ミハエル・シューマッハが、現在メルセデスが味わっている成功の一役を担ったと考えている。

    かつてフェラーリでF1記録を塗り替え続けたロス・ブラウンとミハエル・シューマッハは、メルセデスがワークスチームとしてF1に復活した2010年から2012年までチーム代表とドライバーとして共に働いた。

    ロス・ブラウンは、メルセデス時代について「初期シーズン、我々はもはや成功を収めなったが、彼の献身は何も変わらなかった」

    「勝利はまだ彼のDNAの一部だった」

    「現在メルセデスが味わっている成功んためにミハエルがどれくらいのことをしたかについて過小評価するべきではない」

    ミハエル・シューマッハのキャリアを振り返り、ロス・ブラウンは、これまでにF1でレースをしたなかで最も偉大なドライバーのひとつだと結論づけるだ。

    「彼は、我々が勝てるはずないと思っていたレースで勝った」とロス・ブラウンはフェラーリ時代を振り返った。

    「そして、私の意見では、ミハエルは他の誰よりもしばしばそれを実現した」

    現在、報じられたところでは、ロス・ブラウンは、スキー事故以来、ミハエル・シューマッハを見舞った数少ない人々のひとりとされている。

    ロス・ブラウンは、ミハエル・シューマッハは私人であるとしてプライバシーを守るという家族の決定を擁護する。

    「ひとりのミハエル・シューマッハは、一般の人々とメディアのためのものだったが、もう一人のミハエルは私人だった」

    ミハエル・シューマッハのスキー事故から2年が経過したが、実際の容体についてはほとんど知らされていない。

    Il Giornale は、「ミハエル・シューマッハは、技術的に目を覚ましており、彼の目は開いている」とのF1インサイダーのレオ・トゥッリーニのコメントを紹介。

    「しかし、彼は周りの環境や彼に会う権利のある数少ない人々を認識していないようだ」

    「テレビでF1がやっていても彼は反応しない」

    La Gazzetta dello Sport も同様の報道をしており、ミハエル・シューマッハが「どんなカタチであれ、コミニュケーションはとれない」と非公式に主張している。

    「彼の体重は45〜48kgであり、動くことはできない」

    しかし、ミハエル・シューマッハの家族、そして、ロス・ブラウンのような親しい友人は諦めていない。

    「ミハエルは、彼の前にはほとんどの人が歩いてこなかった道にいる」とロス・ブラウンは語る。

    「彼は、以前に何度も我々を驚かせてきた男だ」

  • ミハエル・シューマッハのスキー事故から2年

    ミハエル・シューマッハのスキー事故から2年

    ミハエル・シューマッハがスキー事故に遭ってから2年の月日が流れた。

    2013年12月29日、ミハエル・シューマッハは、フランス・グルノーブルのメリベル・リゾートでのスキー中に転倒事故を起こし、頭部に重傷を負った。現在、スイスの自宅で療養しているとの情報はあるが、詳しい容体については聞こえてこない。

    ボスとしてミハエル・シューマッハの5年連続ワールドチャンピオンを見届けたルカ・ディ・モンテザーモロは「大きな悲しみとともにそのドラマを思い起こしている」と認める。

    「私は、コリーナ、ミック、ジーナ・マリアと親しい仲だ。1月3日(ミハエル・シューマッハの47歳の誕生日)にはコリーナに電話するつもりだ」

    イタリアの報道では、ルカ・ディ・モンテゼーモロはミハエル・シューマッハと会っていないという。

    「大きな悲しみはあるが、私はまだ奇跡を信じている。その一方で私は我々の勝利の瞬間を覚えている」とルカ・ディ・モンテザーモロは付け加えた。

    ルカ・ディ・モンテゼーモロは、唯一の後悔は、ミハエル・シューマッハがF1復帰に関心を示した際、メルセデスの新たなワークスプロジェクトに加入するという決定を止められなかったことだと述べた。

    「サードカーの提案を通すことができていれば、それは彼のためになっただろう」

    エンツォ・フェラーリの息子ピエロ・フェラーリは「このような状況え彼のことを考えるのは悲しいことだ。このような運命がふりかかろうとしているなど想像もできなかった」と述べた。

    Le Parisien は、シューマッハ家がリハビリのために1ヵ月につき50万ユーロ(約6574万円)を費やしていると報じた。

  • ウィリー・ウェバー 「コリーナがシューマッハの見舞いを許してくれない」

    ウィリー・ウェバー 「コリーナがシューマッハの見舞いを許してくれない」

    ミハエル・シューマッハの元マネージャーであるウィリー・ウェバーは、2013年のスキー事故以来、ミハエル・シューマッハを訪問することはできないと述べた。

    ミハエル・シューマッハの悲劇的な事故から2年が経過しようとしているが、ウィリー・ウェバーは、ミハエル・シューマッハの妻コリーナが、一度も訪問を許してくれないと自身のFacebookページに書き込んだ。

    「残念ながら、Faebookに書き込んだとおりだ」とウィリー・ウェバーは Bild にコメント。

    「コリーナが私がミハエルと接触することを妨げている。何十回となく訪問の許可を得ようとしたが、どれも成功していない」

    その理由はなんだと思うかと質問されたウィリー・ウェバーは「何も言えない。その背景に何があるのかもわからない。常にそこには言い訳がある」

    だが、ジャン・トッドやロス・ブラウンといった友人は、ミハエル・シューマッハを見舞っている。

    ウィリー・ウェバーは、なぜ自分がもうそのグループに属していないのかわからないと語る。

    「事故以前、ミハエルとの関係はセンセーションナルなものだった…シュツットガルトで2週間で計画を立てた」

    「私にとっては酷い状況だ。家族も苦しんでいるよ。25年間、私の家族はとても親しかった。今はもう誰も理解できない」