タグ: デビッド・クルサード

  • クルサードJr.へのプレゼント

    クルサードJr.へのプレゼント

    ブラジルGPで246戦目となるF1キャリアの幕を閉じたデビッド・クルサード。レッドブルは、そんなクルサードに素敵なプレゼントを用意していた。

    決勝レースの3日前、デビッド・クルサードは、フォーミュラ・ウナを含むチームの全員をザ・ミュージアム・レストランのディナーに招待した。

    チーム・マネージャーのジョナサン・ウィートリーのスピーチが終わり、デビッドに最高にクールなお別れのプレゼントが贈られた。ガレージのメカニックたちが、ミニF1 ペダルカーを作ったのだ。そこには、レーシングスーツとプーマのレーシングブーツ、アライのヘルメットが添えられていた。全て、これから生まれてくるクルサードJr.のためのものだ。

    クルサードのラストレースは、わずか1コーナーで終わってしまった。クルサードは、チェッカーのあと、ファンの前でドーナツターンを披露する予定だったという。

    デビッド・クルサード 引退レース

    「とてもショックだ。最後のレースをこんな形で終わらせたくはなかった。」

    「チェッカーフラッグまでたどり着きたかった。普通ならば罰金ものだけれども、ファンのみんなのためにドーナッツをやるつもりだった。」

    「この4年間のレッドブル・レーシングのメンバー全員の努力にも感謝している。とても楽しい4年間だった。今後もチームと共に仕事を続けていくことを楽しみにしている。今週末のパドックのメンバーの気遣いには感動した。大勢の人々がわざわざ時間をとって「お疲れ様、これからも頑張って」と、声をかけてくれた。本当に嬉しかった。」

    「世界チャンピオンにはなれなかったけれども、それでも自分のキャリアに満足しているのだから、良い最後だと言えるだろう」

    ブラジルGP直前のデビッド・クルサードの記録

    デビッド・クルサードは245回のグランプリ出場を果たし、13優勝を達成した。表彰台62回、最速ラップタイム記録18回、ポールポジション12回、選手権最高成績2001年2位、535ポイントを獲得。これまでに所属したチームは3チーム。フロントローからのスタート37回、インタビューを受けた回数55400回、使用したレーシングスーツ160着、ヘルメット140個、グローブ85双、宇宙服1着。彼のミドルネームはマーシャル。トレーニングに費やした時間31,332時間。スーパーマンのコスチュームで表彰台に上った唯一のドライバー。飛行機に乗った回数1927回、これまでのチームメイトは7人。DC赤ちゃん用品を売る自分のミュージアムを所有。ランチにチキンを食べた回数432回、ファッションショー出演22回、ニューヨークの警察官の服装1回。

  • レッドブル:クルサード、わずか1コーナーのラストレース(ブラジルGP)

    レッドブル:クルサード、わずか1コーナーのラストレース(ブラジルGP)

    レッドブルは、F1ブラジルGPで、マーク・ウェバーが9位、引退レースとなったデビッド・クルサードは、接触により1周も走りぬくことなくレースを終えた。

    246戦目となるデビッド・クルサードのラストレースは、あっけなく終わってしまった。特別なカラーリングのマシンとレーシングスーツに身を包んでレースに挑んだクルサードだったが、オープニングラップのターン2でロズベルグに接触しスピン。さらに後ろからきた中嶋一貴と接触し、コース上でストップした。

    19994年、事故で亡くなったアイルトン・セナの後任としてF1デビューしてから14間。チャンピオンに輝くことはなかったが、デビッド・クルサードは多くのファイトをトラックに残してくれた。

    マーク・ウェバーは9位でフィニッシュ。レッドブルは、29ポイントを獲得し、コンストラクターズ7位で2008年シーズンを終えた。

    マーク・ウェバー (9位)
    「今日は運転が難しかった。ミドルスティントを長く取っていたが、ペースが出ずに苦しんだ。フリー走行で問題がいくつかあることは分かっていたので、レースでそれを解決しようとしたが、最終的にはほとんど解決できなかった。9位の結果は残念だ」

    デビッド・クルサード (リタイヤ)
    「とてもショックだ。最後のレースをこんな形で終わらせたくはなかった。ターン1は慎重にイン側のクルマのスペースを十分に取っていたが、残念ながらターン2でロズベルグに接触されてスピンしてしまった。それでも大丈夫だと思ったが、中嶋がクルマの前方に突っ込んできてフロントコーナーが取れてしまった。グリッドに着く前のワームアップラップは良い感じで、ウェットでも問題はなかった。チェッカーフラッグまでたどり着きたかった。普通ならば罰金ものだけれども、ファンのみんなのためにドーナッツをやるつもりだった。思い通りにはならなかったが、文句は言えない。ぼくは素晴らしい仕事に恵まれた。応援してくれたみんな、ありがとう。この4年間のレッドブル・レーシングのメンバー全員の努力にも感謝している。とても楽しい4年間だった。今後もチームと共に仕事を続けていくことを楽しみにしている。今週末のパドックのメンバーの気遣いには感動した。大勢の人々がわざわざ時間をとって「お疲れ様、これからも頑張って」と、声をかけてくれた。本当に嬉しかった。世界チャンピオンにはなれなかったけれども、それでも自分のキャリアに満足しているのだから、良い最後だと言えるだろう」

    クリスチャン・ホーナー
    「デビッドが最後のグランプリを第1コーナーでリタイヤしなければならなかったことは痛恨の極みだ。しかし、数多くのことを成し遂げた輝かしい長いキャリアだったと思う。これから彼は人生の新たな一歩を踏み出し、今後もレッドブル・レーシングに深く関わってくれることになる。コックピットから降りたデビッドと仕事をすることを我々も楽しみにしている。マークは難しいコンディションにも関わらず良いレースを戦った。1回目のピットストップで燃料を満タンにした。彼は最後までミスを犯さなかった。他のチームと同様に最後の数周はインターミディエイト・タイヤを使うことを選んだが、残念ながら9位完走は悔しいポジションだ。初の世界チャンピオンとなったハミルトンにお祝いを言いたい。チームはシーズンを通して本当に良く頑張ってくれた。後半は悔しい結果だったが、今後に期待したい」

    ファブリス・ロム、ルノー・プリンシパルエンジニア
    「チャンピオンシップ争いが最終コーナーまで続くという、驚くべき最後だった。ルイス、おめでとう。シーズンを通して素晴らしいドライブを見せていたので、当然の結果だと思う。マッサも良いレースを戦ったので残念だったが、今日は母国ファンの前で勝利を果たすことができた。我々に関しては、デビッドが最後のレースを1コーナーで終えるというドラマチックな結末だった。本当に残念だった。マークはとても良いレースだったが、ポイントを獲得することはできなかった。従って、我々は7位という結果だが、来年は再びポジションを取り戻すことができるだろう」

  • クルサード、クラッシュでラストレースを終える

    クルサード、クラッシュでラストレースを終える

    デビッド・クルサードのラストレースは、わずか1コーナーで終了した。

    レース直前の突然の雨により、ウェットでのスタートとなったブラジルGP。

    後方からのスタートとなったデビッド・クルサードだが、1コーナーで前のクルマにヒット。その弾みで後ろから来た中嶋一貴と接触し、最後のレースを一周も走り切ることなく終えた。

    ラストレースのために、「Wings for Life」のチャリティ募金を表す特別なカラーリングのマシンとレーシングスーツを用意し、「1周を噛みしめて走りたい」と語っていたクルサードだったが、残念なラストレースとなってしまった。

  • デビッド・クルサード:インタビュー(ブラジルGP)

    デビッド・クルサード:インタビュー(ブラジルGP)

    デビッド・クルサードが、ブラジルGPのFIA記者会見でチャンピオンシップ最終戦をウィングス・フォー・ライフのカラーリングで走る気持ちを語った。

    デビッド、今回のレースへの気持ちを聞かせてください。
    もっと感情的になるべきなのかも知れないが、日曜日にクルマから降りたときに何か感じるのだと思う。願わくはチェッカーフラッグを受けた後に、自分のひとつの時代が終わったことを実感するだろう。ぼくよりも長くレースを続けているルーベンスを除けば、このテーブルに座っている全員にとって、レースを引退する時を想像するのは難しいと思う。ぼくがレースを辞めるのは、グランプリカーの運転が嫌いだからでも、レースが嫌いだからでもない。自然と自分の人生の旅路のひとつの終着点にたどり着いたんだ。日曜日にパドックを去る時が、ぼくのドライバー人生の終わりだ。

    今回のクルマのカラーリングは特別なものですが、それについて聞かせてください。
    最後のグランプリで、ぼくだけが特別なカラーリングで出場することを全てのチームが許可してくれた。現代のF1では初めてのことだと思う。何十年も前にはあったと思うが、今回、2004年に設立された脊髄損傷治療研究基金である「ウィングス・フォー・ライフ」のカラーリングのクルマで走ることを他のチームに許してもらった。脊髄損傷はエキストリームスポーツをやるような人たちが負う怪我だと思っている人がほとんどだと思うが、統計では実際はエキストリームスポーツが原因の怪我は3%にしか過ぎない。年間13万人もの人々が他の原因の怪我によって車椅子での生活を余儀なくされている。家庭内での怪我、自動車事故など、毎日の生活の中での負傷によるものだ。現在、このようなタイプのリサーチへの政府の補助金はほとんどなく、製薬会社は興味を示さない。脊髄損傷を治す薬はないからね。ウィングス・フォー・ライフはレッドブル創設者であるデートリッヒ・マシテッツと、バイクの事故で脊髄を損傷する怪我を負ったご子息がいるハインツ・キニガードナーによって設立された基金だ。ウィングス・フォー・ライフへの募金は全て世界中の様々な団体の資金として使われている。また、ウィングス・フォー・ライフはクリストファー・リーブ基金などの他の基金とも協力して、脊髄損傷治療の研究を行っている。

    デビッド、あなたはこれまで何回も世界チャンピオンが決定する瞬間を見てきたわけですが、今年はどうなると思いますか?
    今回のレースまでに何度も同じ質問を受けてきたので、今日はふたりのチャンピオン候補の前でメディアに言ってきたことを言おうと思う。7ポイントリードするルイスの方がチャンピオンシップ優勝の可能性が高い。これは明白なことだと思う。彼はシーズンの大半をリードして来たのだから、チャンピオンにふさわしいと思う。しかし、ぼくはフィリペは今シーズン最も実力を伸ばしたドライバーだと思っている。彼のスピードについては誰もが知るところだが、今年の彼のドライビング、特にブダペストは素晴らしかった。最終的には優勝できなかったが、あのレースでのルイスへのオーバーテイクは、彼の攻撃力の素晴らしさを物語っていた。世界トップレベルのオーバーテイクだったと思う。どちらにも良い顔をしようとしているのではなく、本当にふたりのどちらも今年の世界チャンピオンにふさわしいドライバーだとぼくは思っている。だが、ルイスが有利なのは確かだ。フィリペが今回のレースに優勝し、ブラジルのファンを満足させることができ、ルイスがポイントを獲得するポジションで完走できれば、良いのかなと思う。だが、みんなも承知している通り何が起きてもおかしくないのがレースだ。ぼくも、みんなと同じようにどんな結果になるのか楽しみにしている。

  • レッドブルのカラーリング変更に全F1チームが同意

    レッドブルのカラーリング変更に全F1チームが同意

    レッドブルは、今週末のブラジルGPで2台のマシンに異なったカラーリングを施すが、全F1チーム代表者が満場一致でこれに賛成した。

    F1引退レースを迎えるデビッド・クルサードのレッドブルRB4は、ボディカラーを白に変更し“Wings For Life”基金という文字が掲載される。一方、マーク・ウェバーのRB4は通常の濃紺ボディのままだ。

    クルサードは「チームメイトと異るカラーリングで走ることについて他チームから許可を得られたことは素晴らしい。近代F1でこういった試みが実現するのは、おそらく初めてのことだと思う」とコメント。

    BAR 001

    1999年に、B・A・Rがアメリカのタバコブランド555とラッキーストライクの2つの異なるカラーリングで走らせようとしたが、全チームからの許可は得られなかった。

    その結果、B・A・Rは苦肉の策としてマシンの左半分と右半分を異なるカラーリングで塗り分けることに。日本のファンからは「キカイダー」と呼ばれなど、散々なカラーリングとなった。

    F1のスポーティングレギュレーションでは、同じチームに所属する2台のマシンは、カーナンバー、ドライバーの国籍旗、名前などの細かな部分を除いては、基本的に同じカラーリングでなければならないと定めている。

  • クルサード、引退レースを特別カラーリングのマシンで走る

    クルサード、引退レースを特別カラーリングのマシンで走る

    デビッド・クルサードは、彼の引退レースを特別な白のカラーリングのマシンで戦う。

    デビッド・クルサードは、日曜日のブラジルGPで彼の246レースにわたるF1キャリアに別れを告げる。そして、引退レースを脊髄研究団体「Wings for Life」のチャリティ募金に捧げる。

    クルサードのマシンには、脊髄研究団体「WINGS FOR LIFE」のテーマカラーである白と茶色を基調にした特別カラーリングが施され、エンジンカバーにはいつものレッドブルのマークではなく「WINGS FOR LIFE」のロゴとサイトURLが掲載される。

    「対麻痺の治療方法が見つかることを願い、自分の最後のレースをウィングス・フォー・ライフに捧げることにした」

    「F1ではわずか数秒が成功を決定付けるが、医療の世界では何年という単位で考えられる。しかし、できるだけ早くゴールにたどり着くには、訓練、野心、献身が欠かせない。ウィングス・フォー・ライフは脊髄研究の進展を助けることができるだろう」

    デビッド・クルサード 引退レース 特別カラーリング

    デビッド・クルサード 特別カラーリング RB4(画像) デビッド・クルサード 特別カラーリング RB4(画像2) デビッド・クルサード 特別カラーリング RB4(画像3) デビッド・クルサード 特別カラーリング RB4(画像4)

  • デビッド・クルサード、エンジンを3戦連続で使用

    デビッド・クルサード、エンジンを3戦連続で使用

    デビッド・クルサードは、ハンガリーGPで同じエンジンを3戦連続で使用する予定だ。

    2レース1エンジンというレギュレーションに基づき、レッドブルは、シルバーストンとホッケンハイムで同じルノーV8エンジンを使用した。

    しかし、レッドブルにエンジンを供給するルノーは、ハンガロリンクで、クルサードのRB4に新しいエンジンを積まないことを明らかにした。

    一方、ドイツGPでオイル漏れによりリタイアしたチームメイトのマーク・ウェバーのRB4には、ルノーから新しいエンジンが届けれらるようだ。

    レッドブルのエンジン供給責任者であるルノーのファブリス・ロムはこれについて「このような決断をしたのは初めてだ」と語った。
    クルサードは、シルバーストンのレースを1周目でリタイアしていることから信頼性については心配していないと語る。

    「まず、彼のV8エンジンはそれほど多くの距離を走り込んではいない。加えて、二人のドライバーのエンジン交換サイクルを変えることで、リスクを分散させることができる。」

    「今回の決断は、シーズン後半戦の物流面で役に立つはずだ。そして最終的にデビッド(クルサード)はスパとモンツァで同じエンジンを使用しなくてもいいということになる。この2つのサーキットはカレンダー上でも最も厳しく困難なサーキットだからね。」

  • デビッド・クルサード、父親になることを認める

    デビッド・クルサード、父親になることを認める

    デビッド・クルサードが、年末に父親になることを認めた。

    先月、クルサードのフィアンセであるカレン・ミニエが妊娠したとの報道がなされた。カレン・ミニエは、以前F1のテレビジャーナリストを務めていた。

    クルサードは、引退報道とのタイミングに関して「都合が良かった」と認めているが、父親になることと、F1から引退することは、それほど関係がないと主張する。

    「子供がいてもレースを続けているドライバーもたくさんいるから、父親になるのはそれほど決心のいることではなかった」

  • デビッド・クルサード、引退を語る

    デビッド・クルサード、引退を語る

    14年間のF1キャリアに終止符を打つことを発表したデビッド・クルサード。最後のイギリスGPを終え、これまでのキャリア、そして将来のことなど、引退について語った。

    デビッド、いつ2998年にF1を引退することを決断したのですが?
    今シーズンのはじめに、適切な時だと感じていたので、目が覚めて決断したときは、特別な朝ではなかった。ナンドかフィアンセのカレン(ミニエ)と話し合って、今シーズンを終えためのエネルギーと熱意があることを決心したけど、もう1シーズン始めるかについては疑問だった。そして、その全てが適切な時だと僕に教えてくれたんだ。だから、むしろ他のどこかにいることを望むより、楽しんでいるうちにうまく辞めることに満足しているよ。

    今シーズン、トラックでのレースが最後だとわかり、レースに違いはありますか?
    正直なところ、それほどでもない。今年をここまで振り返ると、小さな事故に巻き込まれていたし、まだ戦っていた。それは僕がまだ最後まで全力でプッシュするという決意を表している。ダメージのいくつかは僕を犠牲にしたかもしれないけど、僕はまだあきらめたというより、むしろトライしている。でも、もナコで友達の友達のボートから家に歩いていたとき、今回が最後なんだと悲しかったかもしれない。僕は本当にモナコのレースに挑戦することが好きなんだ。

    あなたのキャリアを振り返って、最高の瞬間、最悪な瞬間は何でしたか?
    もちろん最高の瞬間は、勝利だ。それに勝るものはない最高の気分だ。勝利の他で最高なのは、チームの人たちと働いているときだ。エンジニアやメカニカックのように懸命に働いている人がたくさんいる。最悪なのは、もちろんF1に関わるいくつかの政治的な取引だ。僕は9シーズンのあとでマクラーレンを去るとき、ブラジルのレースで目に涙が浮かんできた。でも、安堵の感情より、むしろいくらかの感情とともに離れた方が良いと思った。僕は人生においてチームとパートナーの両方でたくさんの関係があった。全ての関係が、責任、エネルギー、愛に満ちていた。だから、これまでの人生はとても充実していたと思うね。

    あなたはトップチームで多くドライブしてしましたが、しばしばチームメイトがチャンピンシップを獲得しても、あなたは掴み取ることはできませんでした。それは何故だと考えますか?
    ワールドチャンピオンシップに勝てるマシンを運転するチャンスがあったのは明らかだ。でも、僕は、スピードがあっても、それを獲るのに最後に必要となる一貫したレベルを維持することができなかった。これはいま、僕が残りの人生で対処しなければならないことだ。僕はレースに勝ったし、シルバーストンではミハエル(シューマッハ)やミカ(ハッキネン)と並んで素晴らしい勝利を楽しんだ。僕がその日打ち破ることができた2人の素晴らしいF1チャンピオンだ。でも、ドライバーが日曜日にすることだけが重要なのではない。トラックから離れても多くの仕事がある。僕がマクラーレンでそんなに長い期間を楽しんだ理由はそれだ。彼らは、僕がよく働き、チームの前進ために懸命に働くことを知っていたんだ。

    あなたはF1チャリアを通じて多くのチームメイトを持ちました。誰か長年の友達はいますか?
    元チームメイトとは誰とも定期的なコンタクトはとっていないよ。表現できな特別理由があるのかもしれないね。でも、常に消えることのない絆があるよ。

    F1キャリアと並んで、あなたはビジネスマンとしても成功した人生を確立しました。将来あなたのスキルはどこに進むのでしょう?そして、あなたの将来の予定でF1レーシングはどこにありますか?
    はい。君は正しいね。僕は4つのホテルとヘルメットプロジェクトのようにいくつかの投資プロジェクトがある。F1は僕に非常に素晴らしい人生を与えてくれたし、それにはとても感謝している。僕の主要な関心はまだモータースポーツにあるし、F1にある。だから、レッドルブルのコンサツラントになることには同意できないね。またメディアにも僕はたくさん貢献できる。チームの内部の知識などがあるからね。

    あなたはブラジルのチェッカーフラッグのあとレッドブルのコックピットを離れます。誰がそれを満たすことを望みますか?
    セバスチャン・ベッテルが将来のF1チャンピオンとして必要なものを全て持っていると思う。また、彼の成熟度やアプローチは、この仕事に最適な人間であることを証明している。だから、彼がレッドブルのために素晴らしい仕事ができるだろうと確信しているよ。

    日曜日にルイス・ハミルトンがシルバーストンで優勝するまで、あなたがイギリスGPで勝った最後のイギリス人ドライバーでした。今、シルバーストンの優勝者のリストに他のイギリス人がいることは悲しいですか?
    いいや、もちろん違うよ。僕はルイス(ハミルトン)がレースに勝ったことを気にしなかった。それはイギリスのモータースポーツのために素晴らしいことだ。このトラックでの僕の最後の走行が1周で終わってしまったことは悲しかった。でも、そうは言ってもそれがレースだ。勝利への精神力と柔軟性のある理論的な戦略。

  • デビッド・クルサード、F1引退を発表

    デビッド・クルサード、F1引退を発表

    デビッド・クルサードが今シーズン限りでF1から引退することを発表した。

    1994年にアイルトン・セナの事故死の代役としてウィリアムズでF1デビューしたデビッド・クルサード。1996年からは9年間マクラーレンに在籍。2005年には新チーム、レッドブルへ移籍し、これまでのキャリアで13回の優勝を記録している。

    クルサードは今後、レッドブルで新しいテストと開発の役割を担っていくという。

    デビッド・クルサードの声明
    本日、今シーズンをもってF1から引退する決断をしたことを発表します。今後もF1には積極的に関わり、レッドブル・レーシングのコンサルタントとしてテストやクルマの開発を中心に活動していくつもりです。将来、他のモータースポーツで再びレースを戦うかという件に関しても柔軟に考えていくつもりですので、まだ決してヘルメットを置いたわけではありません!

    本日、今シーズンをもってF1から引退する決断をしたことを発表します。今後もF1には積極的に関わり、レッドブル・レーシングのコンサルタントとしてテストやクルマの開発を中心に活動していくつもりです。将来、他のモータースポーツで再びレースを戦うかという件に関しても柔軟に考えていくつもりですので、まだ決してヘルメットを置いたわけではありません!

    引退を決意したのは今年になってからですが、その理由は、グランプリで運転するという途方もないチャレンジを自分が楽しむことができ、ドライバーとしての競争力が衰えないうちに幕を引きたかったからです。また、F1の中で新しいチャレンジを探したいという気持ちもあります。

    イギリスGPで引退を発表しようと決意したのは、皆さんもご承知の通り、13回のF1優勝のうちの2回をシルバーストンで達成したこと、自分がこのグランプリの主催者であるブリティッシュ・ドライバーズクラブの会員であることが理由です。

    レッドブル・レーシングでの自分の仕事には誇りを持っており、ブラジルの最後の1周まで、これまでと変わらぬ集中力を持ってレースに挑み続けるつもりです。その後も、レース優勝という最終的な目標へチームが向かっていけるように、チームの発展に貢献していきたいと思っています。

    今まで大勢の人々の力を借りてレースのキャリアを続けてきましたが、その一部の方々の名前を挙げたいと思います。

    ・驚くほどのエネルギーでぼくをいつも励まし続けてくれた両親

    ・カート時代を導いてくれたデイブ・ボイス

    ・セットアップやレースを指導してくれたデイビッド・レスリー・シニア及びジュニア

    ・ステップアップのチャンスを与えてくれたジャッキー・スチュアート卿とポール・スチュアート

    ・ぼくを信じてテスト・ドライバーからレース・ドライバーに昇進させてくれたフランク・ウィリアムズ卿とウィリアムズ・ルノー。彼らがいなかったらぼくのF1初優勝はありませんでした

    ・ロン・デニスとマクラーレン・チーム。このチームで9シーズンを過ごし、成功のほとんどを達成しました

    ・徹底したレーサーとしての姿勢を貫いてくれたノルベルト・ハウグとメルセデス

    ・ドライバーとして表彰台の数を増やしながらも、新チームの発展に貢献するチャンスを与えてくれたデイトリッヒ・マシテッツとレッドブル・レーシング

    ・ヘルムート・マルコの協力を得てオープンでプロフェッショナルなマネージメント・スタイルを貫いてくれたクリスチャン・ホーナー

    ・ぼくたち全員がスキルを磨き、自分たちをプロと呼べるような強力な基盤を与えてくれたバーニー・エクレストン。将来のぼくの家族たちはこの先何年もF1の興行的な成功を収めた彼に感謝し続けるでしょう

    ・アネット・ハッチンソンやイアイン・カニンハムの協力を得て貴重な意見を提供してくれた、ぼくのマネージメント・チームであるマーティン・ブランドルとデイビッド・コーソン

    チームは3つでしたが、デザイナーはただひとりでしたので、これまでにぼくがまいたシャンペンは、エイドリアン・ニューウェイのお陰でもあります。

    そして、最後になりましたが、これまでF1で共に働いてきたメディア関係者、オフィシャル、マーシャル、メディカル・サポート、エンジニア、スポンサー、弁護士、会計士、舞台裏のスタッフ全員に感謝します。