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  • ヘルムート・マルコ、セルジオ・ペレスのレッドブルF1批判に反論

    ヘルムート・マルコ、セルジオ・ペレスのレッドブルF1批判に反論

    レッドブル・レーシングの元モータースポーツアドバイザーであるヘルムート・マルコが、セルジオ・ペレスによる最近の発言に対して反論した。

    ペレスは母国メキシコのポッドキャスト番組「Cracks」に出演し、レッドブル在籍時を振り返り、「すべてが問題だった」と語るなど、チームに対して厳しい見解を示していた。

    「驚きだ。彼は契約を持っていなかった」
    マルコはオーストリア放送協会ORFの取材に対し、ペレスの発言を「驚くべきもの」と評した。

    「やや驚きだ。我々は、チェコ・ペレスには契約がなかったことを忘れてはならない」とマルコは語った。

    「彼は、自分が事実上存続させていたレースチームから解雇されたドライバーだった」

    さらにマルコは、ペレスの実績にも言及した。

    「彼が正確に何勝したかは把握していないが、特に2022年には、しばらくの間ワールドチャンピオン争いに加わっていた」

    そのうえで、次のように締めくくった。

    「最終的にパフォーマンスを落としたのにはいくつか理由があるが、全体として見れば、チェコは我々とともにキャリアを築いたのだと思う」

    セルジオ・ペレス

    ペレスが語ったレッドブル時代の“息苦しさ”
    ペレスはポッドキャスト内で、レッドブルでの立場について率直に語っている。

    「レッドブルでは、すべてが問題だった。速すぎても問題だった。なぜなら、チーム内の空気がとても緊張するからだ」

    「マックスより速くても問題、マックスより遅くても問題だった(笑)。とにかく、何もかもが問題だった」

    そのうえで、当時の経験から学んだこととして、次のように振り返った。

    「不満を言うよりも、置かれた状況の中で最善を尽くし、最大限の結果を引き出すしかないと学んだ」

    ホーナーとの別れ際の会話も明かす
    ペレスは、チーム代表だったクリスチャン・ホーナーとの別れ際のやり取りについても語っている。

    「別れの挨拶のとき、クリスチャンに言った。『リアムとうまくいかなかったらどうするんだ?』と。彼は『ユウキがいる』と言った」

    「じゃあそれでもうまくいかなかったら?と聞くと、『ドライバーはたくさんいる』と答えた。私は『全部使うことになるよ』と言ったし、彼も『分かっている』と言った」

    ペレスは当時を振り返り、自身がチームにとって“注意を逸らす存在”になっていたとも語っている。

    「その年はプレッシャーがとても大きかった。クリスチャン自身にも問題があり、僕はある意味でディストラクションだった」

    「僕のパフォーマンスが悪いことばかりが話題になり、他のことは誰も話さなかった」

    「精神的に強くなければ生き残れない」
    ペレスは、「チーム全体が公然と敵に回るような状況」を生き抜くには、「精神的な強さが必要だ」とも語っている。

    なお、ペレスの後任として起用されたリアム・ローソンは2戦でシートを失い、その後昇格した角田裕毅も2025年シーズン終了後にチームを離脱。現在はアイザック・ハジャーがレッドブルのシニアチームに昇格している。

  • セルジオ・ペレス、キャデラックF1苦難の初日「問題が出るなら今がいい」

    セルジオ・ペレス、キャデラックF1苦難の初日「問題が出るなら今がいい」

    セルジオ・ペレスは、2026年F1バルセロナテスト初日をキャデラックF1のドライバーとして走行したが、午後のセッションで記録できた周回数は11周にとどまった。午前中はバルテリ・ボッタスが33周を走行したものの、チーム全体としてはトラブルに見舞われ、新規参戦チームにとって厳しいスタートとなった。

    2026年F1はシャシーとパワーユニットの両面で大幅なレギュレーション変更が行われており、すべてのチームが対応に追われている。

    その中でもキャデラックF1は、プロジェクトをゼロから立ち上げ、初めてF1の舞台に挑んでいるという点で、最も難しい立場にあるチームのひとつだ。

    「これほど大きなレギュレーション変更があると、常にチャレンジになる。周回を重ねることが一番の目的だ。とにかく走行距離を積み重ねている段階で、それ自体は前向きなことだ」

    自身の誕生日と重なったテスト初日を振り返り、ペレスはそう語った。

    「正直に言えば、今日は多くの問題が出た。それは良いことだと思っている。初日だからね。今のうちに問題がすべて表に出てくれて、今後数日はもっとスムーズに進んでくれればいい」

    午後のセッションを担当したペレスは、走行時間が限られた中でマシンの感触を探る一日となった。競争力のあるタイムを記録することよりも、まずは新車の基本的な理解と信頼性の確認が優先された。

    「今は、あらゆる要素を最大限に引き出そうとしている段階だ。今のところ、すべてが少し穏やかすぎる状況かもしれない。とにかく大事なのは周回数を重ねることだし、それが今後数日の最優先事項になる。それが一番重要だ」

    セルジオ・ペレス キャデラック F1

    この日の走行は、ペレスにとってF1パドックへの復帰という意味も持っていた。2024年末にレッドブルを離脱し、2025年シーズンはF1から離れていたが、キャデラックF1のドライバーとして再びF1の舞台に戻ってきた。

    「本当に、戻ってこられてとても嬉しい。新しいシーズンを、新しいチームと一緒に始められる。これはとても大きなプロジェクトだ」

    さらに、チーム作りそのものにやりがいを感じているとも語る。

    「F1チームという組織がどれほど大きいか、人は時々忘れてしまう。みんながそれぞれの役割に就き、互いに仕事の進め方を学んでいく様子を見るのは本当に素晴らしい。僕はこのチャレンジを楽しんでいるし、チームと一緒に成長していきたいと思っている」

    最後にペレスは、2026年仕様のF1マシンについても言及した。

    「これらのマシンは、僕たちがこれまで慣れ親しんできたものとは根本的に違う。しかも、まだ本当に初期段階だ」

    「僕のキャリアの中でも、今回が最も大きなレギュレーション変更だと思う。適応するのは簡単ではないし、すべてのドライバーがその課題に直面することになるだろう」

    多くの問題を抱えながら迎えたキャデラックF1の初テスト。しかしペレスは、その困難を将来への糧として受説明し、長いシーズンに向けた第一歩を踏み出した。

  • セルジオ・ペレス、キャデラックF1初走行で熱い無線「歴史を一緒につくろう」

    セルジオ・ペレス、キャデラックF1初走行で熱い無線「歴史を一緒につくろう」

    セルジオ・ペレスは、キャデラックF1チームの2026年F1参戦に向けて実施されたシェイクダウン走行の終了後、チーム無線で感情のこもったメッセージを送った。キャデラックF1チームは、その音声を公式に公開している。

    キャデラックF1チームは、F1初参戦となる2026年F1シーズンに向け、先週金曜日にイギリス・シルバーストンで2026年F1マシンのシェイクダウンを実施した。

    この走行でステアリングを握ったのは、元レッドブル・レーシングのドライバーでF1通算6勝を挙げているセルジオ・ペレスだった。ガレージではチームメイトのバルテリ・ボッタスがその様子を見守っていた。

    キャデラックF1チームは、この節目の走行を終えた直後にペレスが送ったチーム無線を、異例とも言える形で公開した。

    「みんな、本当に誇りに思っている。これはキャデラックF1チームにとって、とても特別な瞬間だ。一緒に歴史をつくろう。ありがとう、みんな」とセルジオ・ペレスは無線で語った。

    この無線メッセージは、ペレスがシェイクダウンについて「間違いなく、もっと走りたいという気持ちに火をつけられた」と明かした直後に伝えられたものだ。ペレスは2025年F1シーズンをフル参戦せずに過ごしており、今回の走行は復帰に向けた重要な一歩となった。


    キャデラックF1チームを通じて発表されたコメントの中で、ペレスは次のように述べている。

    「今日は本当に素晴らしい一日だった。我々がチームとして初めて周回を重ねられたことを、全員が誇りに思うべきだ」

    「この瞬間に辿り着くまで、すべての人が本当に懸命に取り組んできたし、モータースポーツの歴史の一部になれたことは感情的だった」

    「楽しむべきだし、実際に楽しんでいるが、同時にもっと走りたいという気持ちが強く湧いてきた」

    「とにかく早くまた乗り込み、走行距離を重ねたい。これは始まりに過ぎない」

    一方、2026年にフル参戦へ復帰するバルテリ・ボッタスも、この歴史的な一日を振り返った。

    「キャデラックF1チームのマシンが初めてサーキットを走り、チームとして歴史を刻んだ一日だった」

    「チェコ(ペレス)が最初のラップを走り、マシンは順調に機能していた。ここまで辿り着いたチーム全員を誇りに思っている。本当に印象的だ」

    「この瞬間に立ち会い、チームの喜びを目にできたことは特別だった」

    「最初の一日は終わった。ここからさらに前に進んでいく」

    シルバーストンでのシェイクダウンでは、キャデラックF1マシンはオールブラックのリバリーで走行した。チームは来週バルセロナで行われる最初の公式プレシーズンテストに向け、チームスタッフの名前をデザインに組み込んだ特別カラーリングを使用する予定だ。

    プレシーズンテストは1月26日から30日にかけて、カタルーニャ・サーキットで5日間実施され、各チームの走行日は最大3日間に制限される。

    その後、キャデラックF1チームは2月8日に開催されるスーパーボウルの放送内で、2026年F1シーズン用のレースリバリーを発表する予定となっている。

  • セルジオ・ペレス、キャデラックF1初走行に高揚「まだ始まりに過ぎない」

    セルジオ・ペレス、キャデラックF1初走行に高揚「まだ始まりに過ぎない」

    セルジオ・ペレスは、1月16日にシルバーストンで行われたキャデラックF1チームの2026年型マシンによる初シェイクダウン走行を担当し、「もっと走りたい気持ちに火がついた」と語った。

    キャデラックF1はこの日、2026年F1マシンとしてはチーム初となる本格的な走行を実施。マシンは車名未発表のまま、オールブラックのカラーリングでコースに姿を現した。

    キャデラックにとって過去唯一のF1走行は、昨年11月のイモラで行われた旧型車テストだったが、今回が新規則マシンとしての実質的な第一歩となった。

    ペレスは初走行後、次のように語っている。

    「今日は本当に素晴らしい一日だった。チームとして初めてのラップを刻めたことを、誰もが誇りに思うべきだと思う。」

    「この瞬間のために、すべての人が信じられないほど努力してきた。その一部になれたことは感情的でもあったし、モータースポーツの歴史に関わったと感じている。」

    「もちろんこの瞬間を楽しむべきだが、正直なところ、もっと走りたいという気持ちが強くなった。すぐにでもまた乗り込んで、走行距離を重ねたい。これはまだ始まりに過ぎない。」

    キャデラックF1は今月下旬のバルセロナで非公開テストに臨み、その後バーレーンでの公式テストを経て、3月の開幕戦オーストラリアGPを迎える予定だ。

    セルジオ・ペレス キャデラック F1

  • セルジオ・ペレス レッドブルF1批判にモントーヤ苦言「それでも5勝しただろ」

    セルジオ・ペレス レッドブルF1批判にモントーヤ苦言「それでも5勝しただろ」

    セルジオ・ペレスはレッドブル・レーシングを離れて以降、チームでの扱いについて繰り返し言及してきた。その最新の発言を受け、元F1ドライバーのフアン・パブロ・モントーヤが、公然と批判の声を上げている。

    ペレスは2021年シーズン開幕からアレクサンダー・アルボンの後任としてレッドブル・レーシングに加入し、当初は競争力のあるパフォーマンスを披露した。しかし、2024年にかけて成績は大きく低下し、最終的にレッドブルF1との関係は終わりを迎えた。

    昨季はグリッドを離れていたが、次のシーズンにはキャデラックF1で復帰する予定となっている。

    レッドブル・レーシングで5勝を挙げ、2023年にはドライバーズランキング2位を獲得したにもかかわらず、ペレスはミルトンキーンズのチームに対する不満をたびたび口にしてきた。最近の発言では、自身のパフォーマンスの良し悪しに関係なく「すべてが問題視された」と述べ、レッドブル・レーシングがマックス・フェルスタッペンのチームであることを強く意識させられていたと主張している。

    セルジオ・ペレス レッドブル・レーシング 批判

    こうしたペレスの主張に対し、モントーヤは自身のポッドキャスト『MontoyAS』で次のように語った。

    「メキシコのペレスファンの視点に立てば、レッドブル・レーシングが彼を完全に公平に扱わなかったと言うこともできるかもしれない」とモントーヤは語った。

    「だが、彼自身が言っているように、何に直面するかは分かっていたはずだ。不公平だったかどうかは別として、レッドブル・レーシングは彼に5勝をもたらした。そう考えたとき、どれだけ不満を言えるのかという話になる」

    さらにモントーヤは、状況をより冷静に振り返るべきだと続けた。

    「最終的には、クルマが時々運転しづらかったことについて不満を言うことはできるが、良い面も数多くあった。レッドブル・レーシングは彼に多くのチャンスを与えたし、クルマに乗れているときの彼は素晴らしい仕事をしていた」

    ペレスの発言と、それに対するモントーヤの反論は、トップチームにおけるセカンドドライバーの立場や役割をあらためて浮き彫りにしている。

  • セルジオ・ペレスが振り返るF1初期の選択肢「メルセデスの話もあった」

    セルジオ・ペレスが振り返るF1初期の選択肢「メルセデスの話もあった」

    セルジオ・ペレスは、F1初期のキャリアにおいてマクラーレンに加入する前、メルセデスへ移籍する選択肢もあったことを明かした。

    ペレスは2011年にザウバーからF1デビューを果たし、2012年シーズンには3度の表彰台を獲得するなど、初期から印象的な結果を残した。

    その翌年、ペレスはジェンソン・バトンのチームメイトとしてマクラーレンに加入し、メルセデスへ移籍したルイス・ハミルトンの後任を務めることになった。

    しかしペレスによれば、その時点では複数の選択肢が存在しており、フェラーリもそのひとつだったという。ペレスはF1参戦初期にフェラーリのジュニアプログラムと関係を持っていた。

    「すべては本当に早かった」とペレスは『Cracks』ポッドキャストで語った。

    「僕はグリッドで最も欲しがられているドライバーだった。普通、若いドライバーがF1に来てすぐ結果を出すと、どのチームも欲しがるものだ。どこまで行けるか分からないからね」

    「だから、トップチーム3つから3つの異なる選択肢があった。ひとつは明らかにフェラーリだった。僕はフェラーリのアカデミーの一員としてF1に来たわけだし、論理的にはその道を進むのが自然だった」

    「でもフェラーリは2014年までシートを用意できなかった。僕はすでに焦っていたし、若かったし、今すぐ欲しかった。タイトル争いを始めるには最高のチームだったし、とにかく必死だった」

    セルジオ・ペレス F1

    さらにペレスは、もしハミルトンがマクラーレンに残留していた場合、ブランクリー拠点のチームへ移籍していた可能性があったことも明かしている。

    「突然その選択肢が出てきた。僕はずっと、絶対に乗ることはないと思っていたチームが2つあった。マクラーレンとレッドブルだ。どちらも自前のアカデミーでドライバーを育てるからね」

    「ところがマクラーレンから話が来た。彼らはハミルトンが去ることで不安になっていたし、もしハミルトンがメルセデスに行かなければ、僕にはメルセデスという選択肢もあった」

    「マクラーレンは非常に強い意志を持って契約を提示してきて、僕はそれを受け入れた」

    ペレスは最終的にマクラーレンに在籍したのは1シーズンのみとなり、不本意な結果に終わった2013年シーズンの終了とともに、ウォーキングを本拠地とするチームを去ることになった。

  • セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスは、フェラーリとの契約を見送り、「マクラーレン史上最悪の年」に飛び込んだ理由を明かした。

    すべてのF1ドライバーには、ほんの一瞬の判断次第でキャリアが大きく変わっていたかもしれない、そんな分岐点の物語がある。

    セルジオ・ペレスもまさにその一人だ。10年以上にわたりF1のグリッドに立ち、2026年にはキャデラックとともに復帰を準備している彼は、自身のキャリアを左右した重要な決断を振り返った。

    ペレスは2011年にザウバーでF1デビューを果たした。フェラーリ育成アカデミー出身の若手にとって、当時これは定番のルートだった。

    その後、スイスのチームで2シーズンを戦っただけで、ペレスはF1屈指のビッグチームから注目を集める存在となる。

    通算6勝を挙げているペレスは、2013年F1シーズンを前に、キャリアの分岐点となる状況に置かれていた。

    ペレスは「Cracks Podcast」で、当時を次のように振り返っている。

    「本当に、すべてがあっという間に起きたんだ」

    「当時の僕は、グリッドで最も引く手あまたのドライバーだった。若いドライバーなら誰もが望む状況だよね。F1に来てすぐ結果を出すと、どこまで行けるか分からないから、全チームが欲しがるんだ」

    「実際、僕にはビッグチームから3つの選択肢があった」

    「そのうちの1つがフェラーリだった。フェラーリの育成アカデミーのおかげでF1に来られたわけだから、論理的にはそのままフェラーリの道を進むのが自然だった」

    「でも、フェラーリは2014年までシートを用意できなかった。僕は焦っていた。若くて、最高のチームに行って、すぐにチャンピオン争いをしたかったからね」

    「とにかく必死だったし、そんな中で突然チャンスが舞い込んできた」

    「僕たちは、マクラーレンとレッドブルだけは絶対に走ることはないと思っていた。どちらもアカデミーを重視していて、基本的に方針が固まっているチームだったからだ」

    「でも、そこにマクラーレンが現れた」

    「ハミルトンがチームを離れるタイミングで、マクラーレンはとても自信満々で僕のところに来た。そして契約を提示され、僕はそれを受け入れた。それが、僕の瞬間だったんだ」

    セルジオ・ペレス F1

    その決断がもたらした「マクラーレン史上最悪の年」
    ペレスにとってマクラーレンでの唯一のシーズンは、結果的に厳しいものとなった。

    チームはコンストラクターズ選手権5位に終わり、表彰台は一度も獲得できなかった。チームメイトのジェンソン・バトンには、シーズンを通して24ポイント差をつけられている。

    ペレスは当時の状況をこう語っている。

    「マクラーレンは、史上最高のマシンを作ったと思っていた」

    「フロントはマクラーレン、中央はレッドブル、リアはフェラーリ。理論上は最高のクルマだった」

    「前年はチャンピオン争いをしていたし、レギュレーションもほとんど変わっていなかった。これほど大きく後退するのは、非常に珍しいことだ」

    「そして、結果的にそれがマクラーレン史上最悪の年になってしまった」

    「これは僕がF1参戦3年目のときで、契約更新に関する条項もあった」

    「最終的に契約は更新されなかったが、そのことを知らされたのはシーズンの本当に終盤だった。本当に遅いタイミングで、その結果、僕はシートを失った」

    ペレスは1年でマクラーレンを離れることになり、その後はフォース・インディア、レーシング・ポイントでキャリアを立て直し、最終的にはレッドブルへとたどり着いた。

    マクラーレンにとっても、この時期は歴史的に厳しいものだった。チームは2015年と2017年にコンストラクターズ選手権9位に低迷し、2008年にはスパイゲート問題によって選手権から除外されるという不名誉な記録も残している。

  • セルジオ・ペレス 「フェルスタッペンのチームメイトはF1最悪の仕事」

    セルジオ・ペレス 「フェルスタッペンのチームメイトはF1最悪の仕事」

    セルジオ・ペレスは、レッドブル・レーシングでマックス・フェルスタッペンのチームメイトを務めることを「F1で最悪の仕事だ」と表現し、チーム内で直面した強烈なプレッシャーと緊張関係について語った。

    2026年F1シーズンにキャデラックF1での復帰を控えるペレスは、メキシコ人実業家オソ・トラバが司会を務めるポッドキャスト「Cracks」に出演し、レッドブルで過ごした4年間を振り返った。この在籍期間は、2023年にランキング2位を獲得したにもかかわらず、2024年シーズン終了後に契約解除という形で幕を閉じた。

    「僕は最高のチームにいた。でも状況はとても複雑だった。マックスのチームメイトであること自体が非常に難しいが、レッドブルでマックスのチームメイトを務めるのは、F1で群を抜いて最悪の仕事だ」とペレスは語った。

    ペレスによれば、結果にかかわらず常に厳しい評価にさらされ、チーム内には絶えず緊張感が漂っていたという。

    「レッドブルでは、何をしても問題になった。もし僕がマックスより速ければ、それはそれで非常に緊張した雰囲気を生んだし、マックスより速いこと自体が問題だった」と述べた。

    「逆に、僕が遅くて、しかもマックスも遅かった場合でも、やはりすべてが問題になった」

    ペレスは、グラウンドエフェクト時代に入ってからマシン開発の方向性がますますフェルスタッペン寄りになり、成績が落ち始めた自身にとって状況がより厳しくなったと説明した。

    「このプレッシャーがすべて始まった。本当に大変だった。結局、誰のせいにされるかと言えばドライバーだ」とペレスは語る。

    「集中していないからだとか、コマーシャル活動をやりすぎているからだとか、他のことをしているからだとか、そう言われる」

    セルジオ・ペレスとマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)

    インタビューの中で特に衝撃的だったのは、レッドブル加入初期に不振が続いた際、早々に心理的サポートを勧められたというエピソードだ。

    「レッドブルに来て最初の数戦で結果が出なかったとき、すぐに『君に必要なのは心理学者だ。心理学者に会うべきだ』と言われた」とペレスは振り返る。

    「僕は何にでも前向きだった。だから心理学者と話して、『セルジオ・ペレスだ』とか、『ああだこうだ』と、イギリス人の彼と話した」

    「その日はセッションの時間が取れなかったから、『今日は無理だけど、また時間を見つけよう。いいね』という話になった」

    しかし、その後に思わぬ展開が待っていた。

    「ある日、彼がレッドブルのファクトリーに来て、『請求書がある』と言った。心理学者からの請求で、6,000ポンドだった。『これをヘルムートに送ってくれる? 彼が払うから』と言われた」とペレスは明かす。

    「たった1回の電話で6,000ポンドだった」

    「それでヘルムートは『どうだった?』と聞いてきて、『完璧だ。このセッションで問題ない』と言った」

    ペレスは、その後に結果は改善したものの、特に最後の2シーズンではプレッシャーが完全に消えることはなかったと語る。アップグレードやチームの注力がフェルスタッペンに集中していたと感じていたからだ。

    「アップグレードは続いたが、すべてがマックスのためだった」とペレスは述べた。

    「その結果、僕は2戦、3戦、4戦、5戦と遅れを取るようになり、もう二度とあのクルマを手にすることはなかった。もし違っていたらどうなっていたか? それは誰にも分からない」

    苦い結末を迎えたとはいえ、ペレスはレッドブルが本来持っていた可能性を惜しんでいる。

    「僕たちは最高のチームを持っていたが、残念ながらすべてが壊れてしまった」と語った。

    「このスポーツを今後10年間支配できるチームだったと思うが、残念ながら、それはすべて終わってしまった」

  • セルジオ・ペレス、レッドブルF1時代の1時間126万円の心理学者費用を告白

    セルジオ・ペレス、レッドブルF1時代の1時間126万円の心理学者費用を告白

    セルジオ・ペレスは、レッドブル在籍時にヘルムート・マルコが自身のために手配した心理学者の費用が、1時間あたり6000ポンド(約126万円)という“天文学的”な額だったことを明かした。しかも、その請求書を支払ったのはチームではなく、マルコ本人だったという。

    このエピソードは、現在キャデラックF1チームのドライバーであるペレスが出演したポッドキャスト番組「Cracks Podcast」で語られたものだ。

    2021年にレッドブルへ加入した直後、思うような結果が出なかった序盤戦で、チーム側から心理面のサポートを受けるよう勧められたという。

    「レッドブルに来て最初の数戦で結果が出なかったとき、『君に必要なのは心理学者だ』と言われた」とペレスは振り返る。

    「もちろん、僕は何でも受け入れるつもりだった。だからその心理学者と話して、『セルジオ・ペレスだよ』とか、そういう普通の会話をした」

    だが、その後に届いた請求書を見て、ペレスは驚愕することになる。

    「ある日、彼がレッドブルのファクトリーに来て、『請求書がある』と言ったんだ。6000ポンドだよ。『これをヘルムートに送ってくれ、彼が払うから』って」

    “その電話一本で3年間もった”
    ペレス自身が支払う必要はなかったとはいえ、その金額は今でも強烈な印象として残っているという。

    「電話一本で6000ポンドだ!」とペレスは語気を強める。

    「それでヘルムートが『どうだった?』と聞いてきて、『完璧だ。このセッションで大丈夫だ』って言うんだ。それで3年間もった。心理学者で“治った”ってわけさ」

    実際、ペレスは2021年シーズン途中から結果を出し始め、第6戦で初勝利を挙げると、シーズン終盤までにさらに4度の表彰台を獲得した。特にアブダビGPでは、チームメイトのマックス・フェルスタッペンを助けるためにルイス・ハミルトンを抑え込む圧巻のディフェンスを披露し、高く評価された。

    成績低下と「心理」では解決できない問題
    しかし、時間が経つにつれて状況は変わっていく。2023年に初めて大きなスランプを経験し、翌年には再び成績が低迷。ペレス自身は、当時の問題が心理面だけではなかったと感じている。

    「結果が出なくなると、『また助けが必要なのかもしれない』って思うようになった。でも、正直に言えば、クルマに問題があると分かっていた」

    「どのコーナーでどうなるのか、どこでクラッシュするかを考えながら走っている状態では、速く走ることなんてできない」

    最終的にペレスは2024年シーズン終了をもってレッドブルを去ることになった。契約を残しながらの離脱だったが、彼にとってこの経験は、F1のトップチームが抱えるプレッシャーと、その対処法の一端を象徴する出来事だったと言えるだろう。

    “6000ポンドの電話”は確かに一時的な効果をもたらした。しかし、クルマの挙動そのものに不安を抱える状況では、どれほど高額なセッションであっても万能薬にはなり得なかった。

  • セルジオ・ペレスがベネズエラに連帯表明 米国の軍事行動を受けて

    セルジオ・ペレスがベネズエラに連帯表明 米国の軍事行動を受けて

    セルジオ・ペレスが、ベネズエラで続く深刻な政治的混乱を受け、同国の人々に向けた連帯のメッセージを発信した。

    キャデラックF1チームのドライバーであるペレスは、土曜日に自身のインスタグラム・ストーリーを更新し、次のように書き込んだ。

    「ベネズエラの兄弟姉妹たちへ。心からの温かい抱擁を送る。皆さんは、信念は決して失われないということの模範だ。すべての人のために祈っている。自由なベネズエラを」

    この最後の一文には、銀色と赤色のハートの絵文字が添えられていた。

    このメッセージが投稿されたのは、米軍が大規模な軍事作戦を実施し、ベネズエラ大統領のニコラス・マドゥロと妻のシリア・フローレスが拘束された直後のことだった。

    米国大統領のドナルド・トランプは土曜日、米軍が未明にベネズエラ国内の標的に対して「大規模な攻撃」を実施し、その結果、マドゥロ大統領夫妻を拘束したと発表した。トランプによれば、2人は米国で起訴される見通しだという。

    夫妻は土曜夜にニューヨークに到着し、マンハッタンの連邦裁判所で初回の出廷を行う予定とされている。

    なおペレスは、2026年シーズンから新規参戦のアメリカ拠点チームであるキャデラックF1チームにフル参戦ドライバーとして復帰し、昨季はレギュラーシートを離れていたバルテリ・ボッタスとコンビを組む予定となっている。

    セルジオ・ペレス F1