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  • 佐藤琢磨インタビュー 「今は待つことしかできない」

    佐藤琢磨インタビュー 「今は待つことしかできない」

    スーパーアグリのF1撤退でF1のシートを失った佐藤琢磨。そんな琢磨にチャンスが訪れたのは9月。セバスチャン・ベッテルの後任ドライバーを検討し始めたトロ・ロッソから声がかかった。わずか3時間の走行だったが、ヘレスでのパフォーマンスは、再びバルセロナでテストをする機会を得るには十分だった。そして、バルセロナでは初日にトップタイム、2日目には2番手タイムを記録し、スピードを示した琢磨。バルセロナでの1日半にわたるテストを終え、スーパーアグリの撤退から現在の心境、そして2009年への思いを佐藤琢磨が語った。

    琢磨、F1マシンをドライブしてからしばらく経っていましたね。再びF1のコックピットに戻ってこれて、どんな気持ちでしたか?
    本当にハッピーだ。ここ6〜7ヵ月間、本当にF1カーをドライブしていなかったし、9月のトロ・ロッソとのテストでは雨によって短縮されて、午前中の3時間しか走行できなかった。でも、短い時間ではあったけど、クルマがどのように振る舞うか良い考えを与えてくれたので、今回のトロ・ロッソとの1日半のテストは、チームととても集中して作業できたし、とても楽しかった。

    スーパーアグリの最後のレースとなったスペインGPから何をしていましたか?もう一度F1シートに乗ることを諦めませんでしたか?
    決して諦めなかった。常に望んでいた。F1から引退することは考えなかったし、僕のマネージャーは僕がコックピットに戻る方法を探すために本当に懸命に働いてくれた。トロ・ロッソがチャンスを与えてくれたことには本当に感謝している。今、決定はチームしだいだ。テストは本当に興奮したし、2009年にF1に戻れることを期待している。

    スーパーアグリの撤退をどう受け止めましたか? 土壇場までホワイトナイトが救ってくれるだろうという希望がありましたが・・・
    僕たちが困難が状況にあることは常にわかっていたけど、終わるとは決して思っていなかった。僕は最初からチームと一緒にいたので、もちろん、悲しい瞬間だった。小さかったけど、とても競争力のあるチームだった。プライベートチームが生き残るのは難しくて、常に財政は危機的な状況だった。でも、本当に残念だったけど、全てのプロセスを受け入れなければならなかった。悲しい瞬間だったけど、今、パドックの中で他のチームと働くたくさんの元スーパーアグリチームのメンバーがいることは、僕たちが良い仕事をしていたことを示していると思う。そうでなければ、他のチームは彼らを雇わないだろうからね。

    9月のトロ・ロッソのヘレステストの後、再び彼らのシートの1つを争うために招待されたのは、間違いなくポジティブな印象を残したということですよね・・・
    当初、9月にトロ・ロッソでテストをする計画はなかったけど、チャンスはやってきた。F1に戻ることを望んでいる者として、常に準備ができていることが優先事項だった。僕の印象としては、相性は良かったと思う。そして、それが今回のテストに至らせたと思う。

    チームは2つのコックピットを持っています。そして、それらを“争っている”3人のドライバー。シュートアウトをして、チャンスはどれくらいあると思いますか?
    本当にわからないよ。でも、常にそれについて考えていないと言ったら嘘になる。F1のコックピットを争うことはプレッシャーだ。でも、本当にできることは、ベストなパフォーマンスをすることだ。エンジニアと密にコンタクトをとることを含め、最大限を提供しなければならないし、チャンスを最大限に生かさなければならない。再び彼らと会えることを本当に望んでいる。これ以上は僕にできることはないと思う。

    あなたは3人の候補の中で、最も年上で、最も経験があります。それは有利になると思いますか?
    チームがそのようなドライバーが欲しいかが重要だ。彼らが経験と良いレーシングスピードがある人を探しているなら、僕は100%以上を彼らに与えた。今は、彼らの決定を待たなければならない。

    あなたはモンツァでの予想外の勝利で今年のF1界に衝撃を与え、トロ・ロッソがコンストラクターズチャンピオンシップでレッドブルレーシング、ウィリアムズ、ホンダの前の6位になることを助けたマシンをテストしました。きっと、それはあなたがドライブした最高のF1カーということになります・・・
    僕は全てのメーカーとチームを尊重しているので、他のクルマを判断することは不適当だけど、間違いなく僕がこれまで運転した最高のクルマだ。そのスピードから容易にわかると思う。STR3を運転するのは本当に楽しかった。トロ・ロッソは大きなチームではないけど、シーズンの後半にパフォーマンス面で大きな飛躍を遂げた。今回のテストは、チームがどのように働いて、そのような大きなスケールでのレースをどのように可能にしたかを垣間見ることができた。

    今回のテストを終え、あなたは来シーズンのために待機中です。あなたがトロ・ロッソのシートに座れるかどうかはいつわかりますか?
    トロ・ロッソが決定を急いでいるとは思わないので、僕の予想では、年末か来年の初めになるだろうと思う。既に仕事はしたので、今は待つことしかできない。

    もし逃したら、さらなるレースシングキャリアために“プランB”を考えていますか?
    正直なところ、これまではない。僕は常にF1に戻る可能性を探していた。でも、完全にチャンスがゼロであるなら、他のレースカテゴリーを検討しなければならない。でも、そうなるまでは、プランBについて考えたくはない。

  • スーパーアグリの資産が競売へ

    スーパーアグリの資産が競売へ

    スーパーアグリの資産が、今月末に競売にかけられることが決まった。

    スーパーアグリは5月にF1から撤退を発表。残ったチームの資産は管財人の手に渡っていた。

    スーパーアグリの資産は7月31日、英国の競売会社SHM Smith Hodgkinsonによりオンラインでオークションにかけられる。競売にはマシンやトランスポーター、オートクレーブなどが含まれる。

    興味のある入札者は、7月下旬にリーフィールドで商品を確認することができる。

  • スーパーアグリ 歴代F1マシン

    スーパーアグリ 歴代F1マシン

    スーパーアグリF1チームは、2年半のF1レース活動の中で4台のマシンを投入した。それぞれのマシンを振り返ってみる。

    参戦1年目は、4年落ちのアロウズA23を改良したSA05に始まり、第12戦ドイツGPでSA06Aを投入。
    さらに第14戦トルコGPではマイナーチェンジ版のSA06Bを投入し、最終戦で10位に食い込むなど、大きな進化を遂げた。

    2年目は事実上のホンダの2006年型マシンRA106をベースとしたSA07で、スペインGPで初ポイント、カナダGPで6位3ポイントを獲得するなど、印象的な戦いを見せた。

    最後の年となる2008年は、ホンダRA107を改良したマシンで参戦。失敗作といわれるRA107に加え、資金難により冬季テストにも参加できず、また開発もほとんど進められなかったため、戦闘力を見せることはできなかった。

    SA05

    スーパーアグリSA05

    予定していたホンダの1年落ちのマシンBAR007が使えなくなり、4年落ちのアロウズA23をベースに、ホンダRA806Eエンジンを搭載したスーパーアグリの1号機。2006年のレギュレーションに適合させるためにエンジンの前後にスーペサーをいれて寸法を合わせたり、ギアボックスにあわせるためにエンジンを持ち上げるなどの対応が施された。4年落ちのマシンでは、新型タイヤのグリップを使いこなすことはできず、ドライバーはマシンバランスに苦労した。SA06の投入が控えていたが、改良には40億の費用が投じられた。

    SA06A

    スーパーアグリ SA06B

    第12戦ドイツGPで満を持して投入されたSA06。念願のホンダ製ギアボックスを搭載し、エンジンを本来の位置に搭載できるようになり、重量配分が向上。また、SA05と比較して20kgの軽量化がなされたため、セッティングの幅が広がった。特にエンジン搭載位置の低下とギアボックスのナロー化は、空力面に多くの貢献をもたらし、不足していたダウンフォースを確保。リアサスペンションのジオメトリーも一新され、コーナーリング時の挙動が大幅に改善された。

    SA06B

    スーパーアグリ SA06B

    第14戦トルコGPから投入されたSA06B。アロウズA23の流れをくむツインキールのキール部を短くする改良が施され、ロワアームの取り付け位置が5cmほど引き上げられた。これにより、ジオメトリーも変更され、ゼロキールに近い空力特性を獲得。さらにアップライトの改良により、タイヤのリムが広がり、最新仕様のタイヤを使いこなせるようになった。シーズンを通して細かなエアロパーツを投入してダウンフォースの獲得に尽力。着実にポテンシャルをあげ、最終戦ブラジルGPでは佐藤琢磨が10位完走を果たした。

    SA07

    スーパーアグリ SA07

    スーパーアグリのデザインチームとホンダの栃木研究所によって共同開発されたSA07。事実上、2006年型ホンダRA106がベースに、2007年のレギュレーションにあわせた改良が施されたマシン。スペインGPでは新しいカーボンギアボックスを搭載、チムニーやウィングレット、リアウィングのパッケージなど、積極的なアップデートが見られた。その後も細かな改良が加えられ、最終戦ブラジルGPでも新しいリアウィングを持ち込むなど、限られた資金のなか、健闘をみせた。このマシンでスーパーアグリは4ポイントを獲得した。

    SA08A

    スーパーアグリ SA08A

    ホンダの2007年型マシンRA107をベースに、2008年レギュレーションにあわせてドライバーヘッドプロテクターを装着するなどしたRA107の改良型マシン。ギアボックスは4レースギアボックスに対応するために内部部品と油圧システムの強化が施されており、ケーシングも変更されている。このギアボックスは、ホンダRA108搭載のものと同じもので、SA08は言わばRA107のフロントとRA108のバックエンドをあわせたようなハイブリッドマシンだ。挙動はRA107の不安定さをそのまま引き継いでいた。

  • スーパーアグリの軌跡

    スーパーアグリの軌跡

    スーパーアグリF1チーム。プライベーターとして多くのハンディを抱えながらも懸命に戦うその姿は、日本のみならず世界中のF1ファンの支持を得た。

    残念ながら、2008年シーズンを最後まで戦うことなく、スーパーアグリのF1での戦いは終わった。スーパーアグリの旗揚げから撤退まで、スーパーアグリの軌跡を辿ってみよう。

    〜スーパーアグリ誕生 (2005年)〜

    9月 2006年からの参戦に向けて水面下で活動を開始。鈴木亜久里がダニエル・オーデットに協力を要請。

    10月4日 ホンダの記者会見で、ホンダが2006年から参戦を予定している新チームへのエンジン提供を認める。また佐藤琢磨が同チームからオファーされていることが明らかになる。

    10月日本GP 鈴木亜久里が新チームを立ち上げるとの情報が流れる。

    10月10日 新チームがホンダの2006年型シャシーと同じものを使用するとの情報が流れる。

    10月中旬 新チームが使用するファクトリーは、旧アロウズとの噂が流れる。

    10月26日 スーパーアグリ・フォーミュラ1がFIAにエントリーを申請。

    10月下旬 イギリス・リーフィールドにある旧アロウズのファクトリーで活動を開始。

    スーパーアグリの参戦を発表する鈴木亜久里(2005年11月1日)

    11月1日 SUPER AGURI FORMURA1参戦発表記者会見

    11月23日 過去2年間に製造された知的財産権の売買が認められず、ホンダの者ではなく、自社製シャシーでの参戦を目指すことが明らかになった。車体は2002年に撤退したアロウズのA23を改造。シャシーの所有権を持つ、ポール・ストッダードが交渉を認める。

    12月1日 書類上の不備でエントリーが認められず、再申請へ。全10チームと交渉開始。

    12月21日 全10チームの賛同が得られ、FIAへ再申請することを発表。

    〜スーパーアグリ “奇跡の参戦” (2006年)〜

    スーパーアグリ(2006年)

    1月26日 FIAがエントリーを承認。

    1月30日 ブリヂストンがタイヤ供給を発表。

    2月7日 マシンスペック&体制発表

    2月上旬 マシンがクラッシュテストを通過

    2月11日 表参道で初めてのプロモーションイベントを実施。

    2月14日 イギリス・ケンブルで参戦マシンSA05シェイクダウン

    2月15日 ドライバーラインナップ発表(佐藤琢磨&井出有治)

    2月21〜23日 バルセロナ合同テストに参加

    3月10日 開幕戦バーレーンGPでスーパーアグリF1チームがF1デビュー。予選20位、決勝18位(佐藤琢磨)

    5月5日 第5戦ヨーロッパGPにおいて、スーパーライセンスを剥奪された井出有治に代わり、フランク・モンタニーが出走。

    7月28日 第12戦ドイツGPにて、新車SA06がデビュー。また、フランク・モンタニーに代わり、山本左近がF1デビュー。

    8月25日 第14戦トルコGPで、アップデートされたSA06Bが登場。

    10月22日 最終戦ブラジルGPで、佐藤琢磨がチーム最高の10位でシーズンを終了。

    11月15日 チーム体制発表。ドライバーは佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンに。

    12月8日 モナコで開かれたオーナー会議で、スーパーアグリとトロ・ロッソのカスタマーシャシー問題に関して調停持ち込みを示唆。

    12月16日 サード・ドライバーにギド・ヴァン・デル・ガルデを起用。

    12月26日 山本左近をセカンドテストドライバーに起用。

    2007年 〜4ポイント獲得の大躍進〜

    スペインGPでチーム初ポイントを獲得(2007年)

    2月2日 スーパーアグリでのテストデビュー翌日にギド・ヴァン・デル・ガルデがスパイカーとのテストドライバー契約を発表し、二重契約が発覚。

    3月16日 開幕戦オーストラリアGPにて、新車SA07がデビュー。予選で佐藤琢磨がチーム初となるQ3進出を果たす。SSユナイテッドが新たなスポンサーとして発表される。

    5月13日 第4戦スペインGPで、佐藤琢磨がチーム初の8位入賞。

    5月15日 ジェームス・ロシターとテストドライバー契約

    6月10日 第6戦カナダGPで、佐藤琢磨が6位入賞。

    8月16日 元F1ドライバーでGP2チームオーナーのエイドリアン・カンポスが、チームへの投資交渉を行っていることが報道される。

    8月24日 メインスポンサーの「SSユナイテッド」に対し、スポンサー料未払いの件で法的手続きを開始。

    8月31日 カンポスとGPチームを共同でしシェアするアレハンドロ・アガグへの株式売却交渉中と報道される。

    9月 マグマ・グリープとの交渉を開始。

    10月31日 ルーベンス・バリチェロ移籍の噂

    〜スーパーアグリF1撤退へ (2008年)〜

    2008年5月6日 スーパーアグリのF1撤退を発表

    1月21日 アレハンドロ・アガグへの株式売却を否定

    1月31日 インドのスパイスグループが、株式買収に興味を抱く

    2月8日 ロシア投資家が株式買収に興味があるとの報道

    2月中旬 マグマ・グループへのチーム株式譲渡に関して大筋で合意

    2月19日 バルセロナで予定されていた新車発表と会見が延期され、21日までの合同テストもキャンセルに。

    2月25日 バルセロナでの合同テストをキャンセル

    4月16日 マグマ・グループとの交渉が打ち切られたとの声明を発表

    4月24日 契約交渉が継続中であることが明らかになる

    5月2日 ヴァイグル・グループと株式取得について最終段階であるとの共同声明を発表

    5月4日 トルコGPでトラックが入場を拒否される

    5月6日 鈴木亜久里が緊急会見。スーパーアグリのF1撤退が発表される。

    5月7日 警告の資産管理会社PKFとスーパーアグリF1チームが資産整理に入る。

  • ロス・ブロウン、「ニックはスーパーアグリ救済のために頑張った」

    ロス・ブロウン、「ニックはスーパーアグリ救済のために頑張った」

    ロス・ブロウンが、スーパーアグリの撤退について、そしてニック・フライのスーパーアグリへの関わりを語った。

    ホンダ・レーシングF1チームのチーム・プリンシパルであるロス・ブロウンは、インスンブールのカンファレンスで「F1がチームを失うことは非常に残念なことだ」と切り出した。

    「チームを失うことはできない。彼らは過去2年間、際立った個性を示し、多くの努力をしたと思う。しかし、状況に負け、彼らは存続することができなくなった」

    「彼らが存続するために資金を見つけられなかったことは残念だ」

    「何より、スーパーアグリが去ることは悲しい。しかし、我々のチームには何の影響もなかった。鈴木亜久里は、継続するための資金を見つけられなかったという声明を日本で出したが、そこに我々のチームとの大きな関連はない」

    ロス・ブランウンはまた、鈴木亜久里から批判を受けたホンダ・レーシングのCEOニック・フライを弁護した。

    「亜久里にとって大変辛い時期だと思う。彼は2年間このプロジェクトのために働き、終わりを迫っているのを悟った。彼は、自分が発言したことをゆっくり考えるとき、違った気持ちになるだろう」

    「私は、ニックがこのプロジェクトを存続させるために大きな努力をしたことを知っている。それは我々のためではなく、スーパーアグリとホンダの関係があったからだ。ニックは、スーパーアグリが存続する解決策を見つけるために頑張った。」

    「ニックが懸命にまとめようとしたマグマの解決策は、強力で実現可能なものだった。それが駄目だったとき、他に現実的な解決策はなかった」

  • スーパーアグリF1撤退とカスタマーマシン問題

    スーパーアグリF1撤退とカスタマーマシン問題

    スーパーアグリのF1撤退には、カスタマーマシン問題が大きな障壁となった。

    スーパーアグリがエントリーした翌年の2006年、F1は2008年のエントリーを行った。募集は1枠。その1枠という狭き門に22ものチームがエントリーした。

    なぜそんなにも多くのチームがエントリーしたのか?

    当時、新しいコンコルド協定では、他のチームからのシャシー購入、いわゆるカスタマーマシンの使用が許され、FOMからの賞金の分配などの条件も良くなることになっていた。他チームのマシンを購入することができれば、チーム運営のコストは大幅に抑えることができる。

    スーパーアグリが2005年末にわずか4ヶ月という期間で“奇跡の参戦”をしたのは、狭き門となる2006年のエントリー前にF1の世界へ飛び込むという意図があった。

    しかし、状況は変わった。プライベートチームであるウィリアムズとスパイカー(現フォース・インディア)がカスタマーマシンの使用に異論を唱え、新しいコンコルド協定では、2008年と2009年の2年間はカスタマーマシンを認めるものの、2010年からは独自のシャシーを設計・製造しなければならなくなった。

    それにより、マクラーレンからシャシーを購入し参戦予定だったプロドライブは参戦を断念。またレッドブルのマシンを使用するトロ・ロッソも2010年までのチーム売却を発表した。

    カスタマーマシンは供給する側にもメリットがあった。コスト削減が進められているF1では、テストの走行距離が制限された。仮に1チームにシャシーを提供すれば、4台分のデータを収集できることになる。しかし、新しいコンコルド協定により、そのメリットもなくなった。

    現在、F1チームの運営には小さなチームでも100億円、トップチームでは400億円以上の費用をかけていると言われている。

    ホンダのシャシーを使用しているスーパーアグリには、その費用に加えて、2010年から独自にマシンを製造するリソースも必要となった。

    “財政難”や“ホンダの支援”といったキーワードが取りざたされたスーパーアグリのF1撤退だが、直接の原因は、このカスタマーマシン問題にあった。
    (F1-Gate.com)

  • スーパーアグリF1撤退、鈴木亜久里の記者会見でのコメント

    スーパーアグリF1撤退、鈴木亜久里の記者会見でのコメント

    スーパーアグリの戦いが幕を閉じた。都内で行われた記者会見で、鈴木亜久里は、「苦渋の決断」という言葉でスーパーアグリのF1からの撤退を発表した。

    昨年から財政問題と戦い続けた鈴木亜久里。しかし、とうとうホンダが納得するスポンサーは現われなかった。ここ数ヶ月間、鈴木亜久里は、スーパーアグリを存続するために多くの重圧に耐えてきた。

    「疲れ切ったね」と、鈴木亜久里は笑顔で語った。「僕には休憩が必要だ。ピラニア・クラブ(F1)に指を突っ込むと、また噛まれかねないからね・・・」と早期のF1復帰に関してはジョーク交じりで否定した。

    マグマ・グループとの契約締結が目前だったスーパーアグリ。だが、今シーズンのスペインGP直前に、マグマ・グループからの「これ以上話をすることはない」という1行のFAXで、それは白紙となった。その後、ヴァイグル・グループがスーパーアグリ救済に名乗りをあげたが、時間は待ってはくれなかった。

    「今日、莫大な予算が必要とされるF1を継続するのは、財政的に不可能だった。僕たちはヴァイグルと基本同意に達していたが、常に時間と戦っていた」

    鈴木亜久里は、ホンダとブリヂストンに感謝の言葉を述べた。しかし、ここ最近スーパーアグリに関して様々な発言を振り替えしたホンダ・レーシングF1チームのニック・フライに関しては不快感をあらわにした。

    「僕は、どうして突然ニック・フライがすべてについてコメントする必要があったか理解できない。ホンダは我々の後援者だった。でも、彼はホンダのCEOではない。僕はニック・フライに興味はないし、彼が何を話していたかもわからない」

    また、スーパーアグリのドライバー、佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンに関する質問がなされると、涙で言葉を詰まらせた。

    「ドライバーは素晴らしかった。チームがスタートしたとき、マシンは真っ直ぐ走ることさえできなかった。でも、琢磨は一度も不満を言わなかった。ドライバーとして、常にとてもポジティブだった。」

    佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンの今後については、これから話をしていくという。

    日本のモータースポーツファンの多くの夢をのせたスーパーアグリ。

    「F1をやってよかった」

    鈴木亜久里の爽やかな言葉とともに、スーパーアグリの2年と4カ月におよぶ戦いは幕を閉じた。

     

  • ホンダ、スーパーアグリのF1撤退「やむを得ない」

    ホンダ、スーパーアグリのF1撤退「やむを得ない」

    スーパーアグリのF1撤退を受け、ホンダの執行役員である大島裕志がコメントを発表した。

    大島裕志 ホンダ 執行役員 広報・モータースポーツ担当
    スーパーアグリF1チーム(SAF1)は日本のチームとして、多くのファンに夢を提供してきました。また、佐藤琢磨選手、アンソニー・デビッドソン選手も、その豊かな才能と努力により常にエキサイティングなレースを行うなど、F1のファン層の拡大に貢献してきました。

    ホンダは、2005年スーパーアグリF1チーム設立以来、その趣旨に賛同し、エンジン提供をはじめ経済的支援を行ってきました。特に2007年以降、チームの財政状況が厳しさを増した中で、スポンサー、パートナー獲得にむけてチームと共に様々な話し合いを続けてきました。

    2008年シーズン開始にあたり、チームの中期的かつ安定した運営を実現する為に有力なパートナー候補であった英国 Magma Groupとの交渉をスーパーアグリF1チームが開始する中で、ホンダとしても様々なサポートを提案し3者間で合意にいたる段階まで達していましたが、Magma Group及びその資金提供者から突然、計画を中止する通告がありました。

    その後も引き続き、最善の努力を重ねてまいりましたが、この度、鈴木亜久里代表から、チームが自立した運営基盤を確立する見通しが立たずF1活動から撤退するという説明を受けました。

    スーパーアグリF1チームのF1活動撤退は誠に残念な決定ではありますが、スーパーアグリF1チームが自立し将来的にも安定した運営基盤が確保できない状況ではチームの決定はやむを得ないものと受け止めました。

    ホンダとともに戦ってきた、チーム関係者の皆さま、そして、応援していただいたファンの皆さまに深く感謝を申し上げます。

  • スーパーアグリ、F1撤退を発表

    スーパーアグリ、F1撤退を発表

    スーパーアグリは、F1からの撤退を発表した。スーパーアグリは、本日、記者会見を開き、鈴木亜久里代表の口からF1撤退が発表された。

    スーパーアグリF1チーム、2006年からプライベーターチームとしてF1に参戦し、昨年はチーム結成22戦目(スペインGP)で初ポイントを獲得、2007年のランキング9位という成績を残したスーパーアグリのF1における活動は本日、その幕を閉じることになる。

    鈴木亜久里 スーパーアグリF1チーム代表のコメント
    「F1チームオーナーになるという私の昔からの夢を実現すべく、2005年11月にF1にエントリー申請をし、2006年よりスーパーアグリF1チームとして、2年と4ヶ月にわたりF1の世界で戦ってきたが、本日その活動に終止符をうつことになった。

    多くの自動車メーカーが参戦しているこの世界でプライベーターとして戦いを挑み、昨年はチーム参戦から、わずか22戦目にして初ポイントを獲得しランキング9位となる快挙を達成することができた。しかし、昨年のシーズン初頭から、パートナーとして一緒に戦っていくはずだったSS United Group Company Limitedの契約不履行によりチームは経済的なバックボーンを失い、経営は非常に厳しい状況に追い込まれた。また、カスタマーカーに関する方向性の変化などチームをとりまく環境変化もあり、チームは新たなパートナー探しを精力的に続けてきたが、その活動は難航した。

    その間、ホンダから支援を受けながら、なんとか今日まで持ちこたえてきたが、現在のF1を取り巻く環境の中で、今後も安定的に活動を継続していく目処が立たず、本日、F1から撤退するという苦渋の決断をくだすこととなった。

    ここまでチームを支えてくれたホンダ、ブリヂストン、そしてスポンサーの皆様、いろいろな状況の中でアドバイスを頂いたF1関係者の皆様、チームが苦しい状況の中でも、モチベーションを絶やさず働いてくれたチームスタッフ、厳しい状況の中でも頑張ってくれたアンソニー、チーム立ち上げから一緒に戦いチームを引っ張ってくれた琢磨、そして、これまでスーパアグリF1チームを応援してくれてきた世界中のファンの皆様に最大の感謝を表したい」

  • 佐藤琢磨、「ホンダを信じている」

    佐藤琢磨、「ホンダを信じている」

    スーパーアグリのドライバーである佐藤琢磨が、チームの状況、ヴァイグル・グループ、そしてホンダとの関係についてインタビューに答えた。

    まずは、聞きにくいけれど皆さんが関心を持っている問題について質問させてください。スーパーアグリF1チームのトランポがトルコのパドックに入れなかったというニュースが届きましたが、これについてなにか知っていることはありますか?
    「マネージャーからこのニュースを聞いて、とにかく驚いています。ホンダが結論を下していないこの段階で、どうしてこのようなことが起きたのか理解できません。僕たちがレースできるかどうかの判断は、今後数日の間に下されると聞いています。FOMには、僕たちがレースをしないとの知らせが入ったらしく、そのためトラックはなかに入れなかったようですが、結論が出ていないこの段階でどうしてそういう連絡が入ったのか、僕にはわかりません。」

    では、スーパーアグリF1チームの最近の状況について教えてください。
    「不透明な状態が続いています。皆さんご存知のとおり、DIC(ドバイ・インターナショナル・キャピタル)とマグマ・グループによる動きは最後の最後になって失敗に終わり、これによってチームは非常に難しい立場に立たされました。この交渉が成功することを誰もが信じていましたし、僕もマグマ・グループと長い時間を過ごすなかで、彼らの考えるチーム再建計画に強く惹きつけられていました。したがって、この交渉が失敗に終わったときにはひどく落胆しましたし、バルセロナのレースに出場できたのはホンダが支援してくれたからでした。念のために付け加えますと、誰もが成功を信じていた交渉が不調に終わったのは、そのわずか1週間前のことだったのです。したがって亜久里さんやそのほかのスーパーアグリF1チーム経営陣が新たな解決策を見出すのにはわずか1週間しか残されておらず、これは事実上、不可能な問題でした。」

    先日、ヴァイグル・グループがチームに新たな提案を申し出たそうですが、これについて教えていただけませんか?
    「彼らとはスペインGPで会いましたが、現在のような難しい状況にもかかわらず、彼らはチームへのサポートに意欲を燃やしています。チャレンジを恐れない彼らの姿勢は、僕たちのフィロソフィーと共通するものであり、チームの素晴らしいパートナーになってもらえると思います。マグマ・グループとの交渉が失敗に終わってすぐに、別の投資家が現れてチーム救済のプランを提示してくれたことを光栄に思います。これは、チームが素晴らしい評価を得ていることの証明でしょう。」

    彼らのオファーをチームが受け入れた場合、最後の決定はホンダにゆだねられることになります。ホンダはどうすると思いますか?
    「これまでもホンダは常にスーパーアグリF1チームの中心的な存在でした。僕たちはいつでも緊密に働いてきましたが、土壇場になってDICとの交渉が決裂に終わったことで、彼らが難しい立場に立たされているのは事実でしょう。けれども、ここはファイティングスピリットを発揮していただき、新しい投資家との交渉が成立するまでの猶予をいただきたいと思います。過去2年間、僕たちは小さなチームであるにもかかわらず、これまで非常に効率的にレースを戦ってきたので、もう1度チャンスをもらえれば、とてもコンペティティブに戦っていけるようになると信じています。」

    昨年のカナダでマクラーレンをオーバーテイクしたときのように?
    「あんなことができるなんて、誰が予想したでしょう? 僕たちはいまこそホンダのサポートを必要としていますし、彼らが素晴らしい解決策を見つけ出してくれることを強く期待しています。ホンダがレーシングスピリットに裏打ちされた会社であることはよく知られていますし、今後もそうであり続けてくれると確信しています。」

    一部マスコミは、スーパーアグリはこの危機を乗り越えられないだろうと報じています。これについてコメントしてください。
    「僕としてはレースに集中したいので、あまりこれについて深く考えたくないというのが本音です。現状でさえ、本来の仕事に集中するのが難しいほどなのですから。けれども、既に僕は鈴鹿で開催される2009年日本GPを心待ちにしています。ホンダ、ファンそして僕自身にとって、このイベントがどれだけ重要であるかを知っていますし、そこにこの僕がいないなんて、想像もできません。そのとき、素晴らしい日本のファンや、世界中の皆さんの前で最高のパフォーマンスが発揮できるコンペティティブなパッケージを、どうしても手に入れたいと思っています。」