タグ: スーパーアグリ

  • ヒスパニア・レーシング、元スーパーアグリの設備でマシンを製造?

    ヒスパニア・レーシング、元スーパーアグリの設備でマシンを製造?

    ヒスパニア・レーシングの2011年マシンの窮地を元スーパーアグリの資産を購入したフォームテックが解決する可能性が出てきた。

    ヒスパニア・レーシングは、2010年マシンを製造したダラーラ、そして2011年マシンを供給する予定だったトヨタと決裂。2011年は競争力のないF110シャシーで新しい107%予選ルールに立ち向かうしかないとみられている。

    バーレーンでの開幕戦まで3ヶ月をきっているが、スペインの f1aldia.com によると、フォームテックがヒスパニア・レーシングの窮地を救うと報じている。

    ヒスパニア・レーシングのオーナーを務めるホセ・ラモン・カラバンテは今週、2011年マシンが「ドイツとイギリスで」製造されていると述べていた。

    フォームテックは、F1を撤退したスーパーアグリの資産をドイツの投資家とともに購入。スーパーアグリでテクニカルディレクターを務めていたマーク・プレストンが代表を務めている。

    フォームテックは、ルノー、ロータス、トロ・ロッソを含めたF1チームにコンポートネントを供給しているが、2006年のスーパーアグリのシャシーをベースに現在の仕様のF1シャシーを製造している。

    「フォームテックは、ヒスパニアが必要としているリソースを供給するということに関して完全にフィットするだろう」とマーク・プレストンはコメント。

    ヒスパニア・レーシングに残された2011年までの時間は少なくなっているが「我々がたった100日でスーパーアグリを開始することができたわけだし、ほぼどんなことも可能だ」とマーク・プレストンは付け加えた。

    関連:
    スーパーアグリの資産をドイツ企業「フォームテック」が購入 – 2008年7月30日

  • 鈴木亜久里、16億円の返済を命じられる

    鈴木亜久里、16億円の返済を命じられる

    元スーパーアグリのチーム代表である鈴木亜久里氏と運営会社エー・カンパニーに対し、ばんせい山丸証券が16億2600万円の返済を求めていた訴訟の判決で、東京地裁は24日、亜久里側に計約16億7000万円の支払いを命じた。

    判決によると、チームの活動資金に窮していた鈴木氏側は2007年2月、ばんせい山丸証券が紹介したスポンサー企業(SSユナイテッド)から3000万ドルが入金されることを前提に15億円を借り入れたが、実際にスポンサー料は入金されることはなかった。

    裁判で鈴木氏側は、スポンサー企業を紹介したのが同証券だったことから「資金を出す気のない企業とスポンサー契約を結ばされ、だまされた」と契約の無効を主張。

    しかし、浜秀樹裁判長は「単に紹介しただけであり、だました事実はない」と鈴木氏側の訴えを退け、全額の支払いを命じたほか、ばんせい山丸証券側と結んだ財務アドバイザリー契約料4725万円の支払いを鈴木氏に命じた。

    関連:スーパーアグリの軌跡 – 2008年5月19日

     

  • アンソニー・デビッドソン、資金難でF1復帰を断念

    アンソニー・デビッドソン、資金難でF1復帰を断念

    アンソニー・デビッドソンは、いくつかのF1チームからオファーはあるが、シート獲得に必要な多額の資金を用意することはできないと語る。

    ホンダで長年テストドライバーを務め、2007年にスーパーアグリのレースシートを手に入れたアンソニー・デビッドソン。しかし、スーパーアグリは2008年シーズン序盤に財政難によりF1を撤退。佐藤琢磨とともにF1シートを失った。

    ザウバーからのF1復帰が最も現実的なオプションだが、奇跡が起きなければチャンスを得られる可能性は極僅かだと語るデビッドソンは、スーパアグリと状況は同じだとジョークを飛ばす。

    「常にそうだったけど、問題はお金だ。F1はずっとお金持ちのスポーツだったけど、今は以前にも増してそうなっている」」とデビッドソンはCrash.netにコメント。

    「いくつかのチームから500万ユーロあれば加入できると言われたので調べてみたけど、用意することはできなかった。ソファーの裏側やサイフの中を探してみたけど、蚊が何匹が飛び立っただけだったよ。まじめに言って、僕はそのポジションにいるんだ」

    「多くのビックチームが撤退して主要な自動車メーカーが2チームだけになるなど厳しい時期だし、残念ながら、彼らみんながお金を必要としている。違うスポーツを探さなければんらない。これはマンチェスター・ユナイテッドが、資金持込のサッカー選手を起用するようなものだ。ありえないよね。今のF1はそうなんだ」

    「僕にはF1にいるスキルがあると思っているし、F1に値すると思っているけど、他にもたくさんの人がいる。才能のあるドライバーはたくさんいるし、自分でF1への道を見つけて、勢いを維持している。残念ながら去年スーパーアグリが消滅してから復帰することは難しくなっている。ずっと前のことのように思えるけど、ほんの昨年の中旬にすぎないんだ」

    「僕はホンダとブラウンでリザーブドライバーとテストドライバーをしてきた。チャンピオンシップに勝ったチームに関わることは素晴らしいことだった。でも、ちゃんとしたドライビングがしたい。F1にいられないなら他のところにいくしかないけど、まだやり残したことがあると感じているので、本当は戻りたいと思っている」

  • フランク・モンタニー、インディカーに参戦

    フランク・モンタニー、インディカーに参戦

    スーパーアグリの元ドライバーであるフランク・モンタニーが、今月末にアンドレッティ・グリーン・レーシングからインディカーに参戦することが明らかになった。

    フランク・モンタニーは、昨年アンドレッティ・グリーン・レーシングからアメリカン・ル・マン・シリーズ(AKMS)に参戦しており、冬にはインディカーのテストを行っていた。

    「昨年チームのインディカーをテストしていた。チャンスが得られてとても嬉しかったよ」とモンタニーは語る。

    「今週サーキットでテストを実施するので、トラックを学んでレースの準備をするためにとても役立つだろう。準備が整うまでやることはたくさんあるけど、このチャレンジに受けて立つことができると思っている」

    インディカーでは初レースとなるフランク・モンタニーだが、プジョーでのへの参戦を続ける。モンタニーは、908 HDi FAPでプチ・ル・マンに参戦する予定である。

    アンドレッティ・グリーン・レーシングには、日本人ドライバーの武藤英紀や、女性ドライバーであるダニカ・パトリックが所属しており、フランク・モンタニーはチームの5台目のクルマをドライブすることになる。

    フランク・モンタニーは、2006年にスーパーアグリのサードドライバーを務め、井出有治の後任としてフランスGPまでレースドライバーを勤めた。2007年にトヨタF1チームのテストドライバーを務めたあと、2008年はチャンプカーに参戦し、2位表彰台を獲得。今年6月にはプジョーからル・マン24時間に参戦し、2位表彰台を獲得していた。

    スーパーアグリでのチームメイトである佐藤琢磨もインディカー参戦が有力視されている。

  • スーパーアグリ、F1復帰を否定

    スーパーアグリ、F1復帰を否定

    スーパーアグリの元共同オーナーである秋田史は、スーパーアグリがF1復帰するとの噂を否定した。

    FIAが、2010年からF1に4,000万ポンドの予算キャップを導入することを発表したのを受け、スーパーアグリの元チーム代表である鈴木亜久里は「体力的に可能であれば、F1に戻りたい」とコメントしていた。

    しかし、秋田は適切な予算キャップが導入されたとしても、スーパーアグリ復活に必要な資金を集めることは不可能だろうと語る。

    「まったくチャンスではない。たとえ世界的な財政危機とそれによる日本経済への影響がなかったとしても、我々にその余裕はなかっただろう」

    「我々は継続するリソースがなくて、すでに一度撤退している。たとえ我々が6,000万ポンド持っていたとしても、再びゼロからスタートしなければならない」

    秋田はまた、前出の鈴木亜久里の引用も真実ではないと語る。

    「それらの新聞報道がどこから出てきたのはわからない。亜久里は復帰するチャンスがないとも言っていた」

  • 鈴木亜久里、スーパーアグリの復活に興味

    鈴木亜久里、スーパーアグリの復活に興味

    鈴木亜久里は、再びF1チームを所有することに興味を持っていることを認めた。

    鈴木亜久里は、ホンダの支援によってスーパーアグリを立ち上げ、2006年からF1に参戦した。しかし、2008年に4レースを戦ったあと、財政難によりF1から撤退した。

    だが、鈴木亜久里は、2010年から導入されるF1の予算キャップに興味を示している。

    「体力的に可能であれば、F1に戻りたいのは確かだ」

    鈴木亜久里は、昨年5月のF1撤退記者会見で、F1界を「ピラニアクラブ」と称し「指を突っ込みたくはない」と語り、「誰かがF1に参加したいと言ったら、辞めた方がいいと忠告するだろうね」としていた。

    F1は、2010年から13チームに参戦枠を拡大しており、現在3つの枠が空いている状態。予算キャップを選択すれば、機材の輸送費など経済的な支援があり、すでに4つの団体が参戦に興味を示している。

    2010年のF1エントリーの締切は5月29日までとなっている。

  • スーパーアグリの売却を拒否していたホンダ

    スーパーアグリの売却を拒否していたホンダ

    スーパーアグリの元管財人は、スーパーアグリの救済は可能であったが、ホンダがそれを拒否していたことを明らかにした。

    破産管理の専門企業PKFは、解散したスーパーアグリの管財人を昨年解任されたと語り、40万ドル(約4000万円)以上の料金支払いを求めてホンダと争っている。

    PKFはスーパーアグリの売却先を提示したが、ホンダによってこの案は拒否されたという。ホンダはスーパーアグリの主要な債権者であり、チームが破産したときには何百万ポンドもの負債を抱えた。

    ホンダは、最終的に別の債務関係グループに資産整理の監督を任せていた。

    「どんな破産管理会社でも、買い手がいたのだから、それがスーパーアグリにとって唯一の選択肢だったと言うだろう」

    「ホンダはスーパーアグリを市場に出したくなかった。我々は業界の専門家であり、いつ管理をするべきか知っている。もっと小さくて無担保債権者でも、我々の提案や手数料に賛成していた」

  • アンソニー・デビッドソン 「金曜日のサードカーを復活すべき」

    アンソニー・デビッドソン 「金曜日のサードカーを復活すべき」

    アンソニー・デビッドソンは、F1がテストドライバーのために金曜日のプラクティスでサードカーを復活させるべきだと考えている。

    アンソニー・デビッドソンは、2009年にテストドライバーとしてコックピットに戻ることについて、ホンダと交渉を進めていたが、ホンダのF1撤退により当てがはずれてしまった。

    しかし、デビッドソンは、テストドライバーの役割がもはや過去ほど貴重ではないと語る。

    「この頃は、あまり良い仕事ではないね」

    「全てが多く削減されて、かつてのものではなくなっている」

    アンソニー・デビッドソンは、スーパーアグリでフルタイムのレースドライバーとしてデビューするまで、2001年から2006年までBARとホンダでテストドライバーを務めていた。

    「僕たちはバルセロナやバーレーンで3台のクルマで4日間のテストをしたものだ」とデビッドソンは過去を思い出しながら語る。

    「テストドライバーにとっては素晴らしい時間だったよ」

    「金曜日のテストも僕たちにとって非常に良かった。テストドライバーのためのそのような機会がもうないことは本当に残念だ」

    「セバスチャン・ベッテルやロバート・クビサのようなドライバーは、金曜日にF1のプレッシャーの中で何ができるかを示すチャンスがあった」

    「僕たちは良い仕事をしていたし、みんなレースドライバーになっている。金曜日に証明できなかった人たちは、レースコクピットを獲得していない。したがって、本当にうまく機能していた」

    「このチャンスがなくなることは非常に良くないことだし、今はシーズン中の他のすべてのテストも同じようになった」

    アンソニー・デビッドソンは、2009年にル・マン23時間レースで戦い、F1チームでテストまたはシミュレーターでの開発の役割を続けることを望んでいると語った。

  • アンソニー・デビッドソン 「ホンダと契約寸前だった」

    アンソニー・デビッドソン 「ホンダと契約寸前だった」

    アンソニー・デビッドソンは、ホンダとテストドライバーあるいはレースドライバーとして契約寸前だったことを明らかにした。しかし、ホンダのF1撤退により、F1に復帰するチャンスはわずかなものになったと認めている。

    スーパーアグリが5月にF1から撤退し、F1のシートを失ったデビッドソンだが、先月ホンダが撤退を発表する前には、再びホンダと交渉していた。

    「今年、チームと最低限リザーブドライバーとしてだけでなく、レースドライバーになるために真剣に交渉していた」

    「交渉はうまく進んでいたし、契約は発表の2〜3週間前にほぼ完了していたんだ。現在、僕はジェンソン・バトンと同じような状況に置かれている」

    「現在、F1をドライブすることは、非常に狭くなっていると思う。諦めるべきではないけど、僕は現実的だし、昨年やそれ以前にも学んでいる。実際、スーパーアグリとの仕事は、僕を良いポジションに置いてくれた。それらの時間は、常に険しい道だった」

    デビッドソンは、現在、特にル・マンに目を向けて他のチャンスも探っていると語る。

    「僕は以前ル・マンを走っていたし、再び興味を持っているレースだ。2003年以降、もう一度それをすると自分自身に約束していたので、目を向けているレースなのは確かだ」

    「今は、多くのことが未定だけど、それらのうちの1つだ。うまくいけば、もう少しBBCのRadio Five Liveの仕事ができそうだ。僕はそれを楽しんでいるからね。でも、同じようにあまり運転に関係のないいくつかのプロジェクトもあるんだ」

    しかし、デビッドソンはF1レースのあとでGP2へ参戦することによって、ティモ・グロックやジョルジオ・パンターノの足跡をたどることは否定した。

    「残念ながらGP2はぺイ・ドライバーが生き残っている。GP2の1年はおよそ200万ユーロかかると思うので、あまり参戦しようとは思わない」

    「その可能性はほぼ除外している。彼らの何人かは実際にそのためにお金を払っているのを知っている。パンターノはGP2のグリッドでプロフェッショナルなドライバーの1人だと思う。でも、彼のようなドライバーはほとんどいない」

    「GP2は、有名になってF1に進むための良い踏み台だ。僕はテストで自分の名前を広めてF1のチャンスを得たと思っているし、今は十分だと感じている。僕がドライブせずにここに座っている理由は、僕は十分に良くなかったのではなく、チームが潰れたからなんだ」

    「キャリアのこの段階では、僕はF1をドライブするために目を向けているし、もし駄目だったら、他のプロフェッショナルなドライブに目を向けるだろう」

  • アンソニー・デビッドソン、スポーツプロトタイプカーへ転向

    アンソニー・デビッドソン、スポーツプロトタイプカーへ転向

    アンソニー・デビッドソンは、2009年に世界スポーツプロトタイプカー世界選手権に転向する予定である。

    スーパーアグリのF1撤退により、2008年シーズン半ばで突如F1のレースシートを失ったアンソニー・デビッドソン。

    2008年のチームメイトだった佐藤琢磨はF1のレースシートを目指しているが、デビッドソンは一度ホンダのテストを行ない、英国ラジオ局で数回レースコメンテーターを務めただけだった。

    デビッドソンは、スポーツカーの世界に目を向け、最近プロトタイプ・プジョーのテストを受けた。

    プジョーのチーム・マネージャーであるセルジュ・ソルニエはデビッドソンは2009年のドライバー候補であると述べた。

    「彼は我々のマシンをテストした。他のドライバーもテストしている」

    「彼はよくやった。このテストの目的は、マシンの感触を試してもらうことだった。今はマシンとチームのことがわかったので、我々が協力を検討する場合にこちらのことは理解してもらえるだろう」