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  • アラン・プロスト 「ルノーF1は私が関与しない方がうまくいく」

    アラン・プロスト 「ルノーF1は私が関与しない方がうまくいく」

    アラン・プロストが、新生ルノーF1チームのマネジメントに加わらなかった理由について語った。

    ルノーは、2016年から「ルノー・スポール・フォーミュラ1チーム」としてワークス体制でF1に参戦。F1を含めたレース活動を担う“ルノー・スポール・レーシング”の会長をジェローム・ストールが務め、シリル・アビテブールがマネジングディレクター、フレデリック・バスールがレーシングディレクターに任命された。

    また、ボブ・ベルがチーフテクニカルオフィサー、ニック・チェスターがシャシーテクニカルディレクター、レミ・タファンがエンジンテクニカルディレクターを務める。

    チーム代表就任が噂されていたアラン・プロストは、ルノーのアンバサダーとしての活動を続けていく。

    アラン・プロストは、ルノーのF1チームで役職に就かなかったのは、ルノーのアンバサダーとしての活動やフォーミュラEの仕事と両立するのは難しく、また4度のF1チャンピオンに輝いた自分がマネジメントに加わることは、必ずしもチームにとって良いだとは思えなかったと語った。

    「決断を迫られたが、私はアンバサダーの役割に専念したかった」とアラン・プロストは Sky Sports にコメント、

    「フォーミュラEの役割もあり、F1に関与するのは厳しかったと思う。片手間でできることではない」

    「それに私のイメージもあり、私が関与すれば、新しいチームのマネジメント陣営は苦労することになるだろう。そのため関与しないことを決めた。その方がうまくいくはずだ」

    「何年かにわたってこのプロジェクトの進行を見守り、この数カ月、懸命に取り組んできた。実現して嬉しく思っている」

    「ルノーにとっても、F1にとっても、フランスにとってもいいことだ。もちろん今後もこのプロジェクトをサポートしていく」

    ルノーは、ルノー e.ダムスチームとしてフォーミュラEには少なくともシーズン4までは参戦し、アラン・プロストがマネジメント陣営のひとりとしてチームを支えていくことを明らかにしている。

  • アラン・プロスト、新生ルノーのチーム代表に就任?

    アラン・プロスト、新生ルノーのチーム代表に就任?

    アラン・プロストが、新生ルノーのF1チーム代表に就任するとの噂が強まっている。

    ルノーは、ロータスF1チームの買収を発表した際、暫定的にルノー・スポール会長ジェローム・ストールがチェアマンに、シリル・アビテブールがマネージングディレクターに就任することを発表している。

    「新しいチーム名、完全なマネジメント体制、チームのパートナーや他の詳細は、2月にパリで開催されるイベントで発表される」とルノーは付け加えた。

    先週、元F1チームオーナーのジャンカルロ・ミナルディ「ルノーのマネジメント体制に関して、アラン・プロストがチームプリンスパルに任命される噂がある」とし、メルセデスのニキ・ラウダと同様にチーム株主にはならないと自身のウェブサイトで語っていた。

    アラン・プロストは、必須な仕事を成し遂げるためにルノーのカルロス・ゴーンCEOからフルサポートを受けていると言われている。

    ルノー・スポーツのシリル・アビテブールは「チームプリンシパルの仕事は、もはや一人の人間だけの責任ではない。トト・ヴォルフ、パディ・ロウ、ニキ・ラウダの間で責任を分配しているメルセデスに目を向ける必要がある」とコメント。

    また、ルノー・スポール会長ジェローム・ストールは「F1では、ルノーのような大企業のペースとプロセスで働くことはできない。グランプリのスピードで、柔軟かつレスポンシブな運営が必要だ」と Auto Plus に述べている。

  • アラン・プロスト 「F1チームのオーナーになったのは“最大の間違い”」

    アラン・プロスト 「F1チームのオーナーになったのは“最大の間違い”」

    4度のF1ワールドチャンピオンであるアラン・プロストは、F1チームのオーナーになったことはキャリアで“最大の間違い”だと述べ、契約書にサインする数日前に契約を破棄したかったことを明かした。

    アラン・プロストは、1997年F1シーズン開幕前に、リジェを買収してプロスト・グランプリを立ち上げた。

    アラン・プロストが買収する前に設計された無限ホンダ・エンジンを搭載し、ブリヂストン・タイヤを履いたJS45に乗るオリビエ・パニスは、最初の6戦で2度表彰台に立ち、チーム代表としてポジティブなスタートを切った。

    しかし、1998年はマシンを独自に設計し、独占契約の一環としてプジョー・エンジンに変更するとプロスト・グランプリは低迷。ポイントもめったに獲得できなくなった。

    1999年はF1ヨーロッパGPで1度表彰台に立ったきりで、2000年はノーポイントだった。

    2001年は、エイサー・ブランドのフェラーリエンジンに切り替えて調子は上向いたが、プロスト・グランプリはその年末に撤退した。

    アラン・プロストは、大いに後悔しながらその時期を振り返り、実際プジョーとの5年間無料エンジン契約が3年の有料契約に変更されたときに手を引こうと思ったことを明らかにした。

    アラン・プロストは、F1カナダGPでのオリビエ・パニスの追い上げについて「チームを始めて3ヶ月後、非常に良い結果が出て、レースに勝ちそうになった」とコメント。このレースでオリビエ・パニスがクラッシュして足を骨折しなければ、優勝したと考える人は多い。

    「しかし、家族や親しい友人にはいつも『ダメだ』と言っていた。最初からわかっていた。私はF1のことを知り過ぎている。この世界を知り過ぎている」

    「私が間違いを犯したとすれば、それだ。あんなことはするべきではなかった。土壇場になってチームを持つという決断を下すべきではなかった」

    「契約書にサインする2日前、もう嫌気がさしていた。プジョーとの契約があり、5年間の無料エンジンをどんどん開発するという話だった。しかし、彼らは私がサインした2日後にやって来て、3年契約でエンジン料金を払ってくれと言った・・・やっぱりやめてよかった」

    またアラン・プロストは、アイルトン・セナが存命中にリジェとの契約が始まっていたので、チーム代表とF1ドライバーとして組むという見込みについてアイルトン・セナとジョークを言っていたことを明かした。

    「面白かった。おそらく事故(1994年サンマリノGPでのアイルトン・セナの死亡事故)の1週間前だったが、私たちは電話で話をしていた。アイルトンに『私がいつかチームを持って君が私のドライバーになったら面白いだろうな』と言ったんだ。その当時、すでにリジェを買収する話をしていた。交渉は1994年開幕時に始まった。それが実現していたら素晴らしかっただろうね」

  • トト・ヴォルフ 「アラン・プロストに助言を仰いだ」

    トト・ヴォルフ 「アラン・プロストに助言を仰いだ」

    メルセデスのモータースポーツ責任者を務めるトト・ヴォルフは、今年のメルセデスのドライバーマネジメントについて、1980年代後半にチームメイトのアイルトン・セナと激しく対立したアラン・プロストにアドバイスを仰いでいたことを明らかにした。

    ここ数日、ルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグのチーム内の争いがいかに深刻な状況だったかが明らかになってきている。

    ルイス・ハミルトンは、F1モナコGPの予選でニコ・ロズベルグがわざとミスをして自分の予選を妨害したと思っており、その数カ月後のF1ベルギーで両者は接触。全面戦争の開始と受け止められた。

    ルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグの対立は、1988年と1989年のアイルトン・セナとアラン・プロストのバトルを思い出させた。当時に圧倒的強さを誇ったマクラーレンのチームメイトだった血気盛んな二人は大接戦を繰り広げた。

    2014年のメルセデスで同じような対立を監督することになったトト・ヴォルフは、アラン・プロストの口から直接アドバイスを受けたと Autosprint に明かした。

    「過去の間違いから学ばなければならない。ハミルトン、ロズベルグの2人と契約したときに、それについてニキ・ラウダと少し話し合った」とトト・ヴォルフは述べた。

    「そして、今シーズンの序盤にはプロストとも話をして、彼とアイルトンのような全面戦争のような状況に陥らないようにするために私は何をすべきか聞いた」

    「すると彼は魔法の言葉を口にした。透明性だとね」

    「彼は、あの当時のマクラーレンはドライバーに対して透明な態度を取らなかったと教えてくれた。一番遅くにやって来たのがセナだったため、彼の方に目新しさがあったのだろう」

    「彼は最後にはチームの方針が理解できなくなってしまったと言っていた。ドライバー間の意見の相違や競争意識がメカニックたちにまで広がってしまったそうだ。チームは真っ二つに分かれてしまった」

    「アランは私が同じことをしないように非常に細かくアドバイスしてくれた。『2人のドライバーを対等な条件に置き、全員にまったく同じことを伝えなさい。贔屓をしてはいけない。それが対立を封じ込める唯一の方法だ』とね」

    「私はその通りにした。良いチームリーダーになるためのかなり重要なレッスンだった」

  • アラン・プロスト 「F1での成功の50%はアイルトン・セナのおかげ」

    アラン・プロスト 「F1での成功の50%はアイルトン・セナのおかげ」

    アラン・プロストは、F1における成功の50%はアイルトン・セナのおかげだと語り、かつてのライバルに感謝した。

    アラン・プロストとアイルトン・セナは、1988年から1989年にマクラーレンでチームメートだっただが、タイトルを争う両者はチーム内で激しく対立。1989年のF1日本GPでのシケインで接触など、名勝負を繰り広げた。

    アラン・プロストは「当時の争いがあったからこそ、私はより良いドライバーになれたと思う」とコメント。

    「アイルトンとのライバル関係の重要さに気付いたのは引退してからだったがね。私たちの戦いはF1に貢献したと思うし、F1をより人間的なレベルに持っていった」

    「私たちは性格も走り方もF1に対する取り組み方も違った。だが、レースをやめてからアイルトンのやり方をより理解できるようになったし、彼に感謝する必要があるとわかった」

    「私の成功の50%は彼のおかげだ」

  • アラン・プロスト 「2014年のエンジン変更はF1が必要としていたこと」

    アラン・プロスト 「2014年のエンジン変更はF1が必要としていたこと」

    アラン・プロストは、2014年にF1に導入されるエンジン変更が、グランプリレースの基本的な要素を戻してくれると考えている。

    2014年、F1は新しいV6ターボエンジンにより、新しい時代を迎える。

    アラン・プロストは、新しいレギュレーションが、技術面、システム面、そしてよりオープンな流れを作り出すと感じている。

    新しいレギュレーションは行き過ぎではないかと質問されたアラン・プロストは「各自で判断するのは非常に難しい質問だ。多すぎていないか?行き過ぎていないか?」とコメント。

    「我々は、ちょっと失っていた競争の本質に戻るだろう」

    「ある時期は、4〜5社のエンジンメーカーがいたし、エンジン、回転数、パワーに制限はなかった。我々はどこが最高のエンジンかを言うのが難しい時期に達した」

    「2014年は、シャシーとエンジンの最高の組み合わせが、最高の結果を出す」

    アラン・プロストは、2014年の変更は、チームとドライバーも多くを要求されることになり、最も適応性のあるチームとドライバーが強調されるだろうと述べた。

    「確実にこのシステムを使うためにはちょっと異なることをする必要がある」

    「いずれにせよ、プッシュし、良い走りをすることの質は変わらないだろう。だが、もっと多くを要求されることになるかもしれない」

    「異なる仕事もあるだろう。特に序盤は理解しなければならない」

    「過去数年間は“運転するのは楽しいだろう”と思ったことはなかったが、2014年は参加したいと心から思う」

    「新しい開発物は私にとって魅力的だ」

    「非常にモチベーションが高く、興味を持っているドライバーや、そうでもないドライバーがわかることになるだろう」

    「新しいこと、異なることであり、私はレギュレーション変更がネガティブだとは思わない」

  • アラン・プロスト 「F1が電気自動車シリーズになることはない」

    アラン・プロスト 「F1が電気自動車シリーズになることはない」

    4度のワールドチャンピオンであるアラン・プロストは、F1が完全な電気でのレースになることはないとし、フォーミュラEのようなコンセプトはうまくいくと考えている。

    F1は、2014年からピットレーンで電気駆動を導入することを計画していたが、エンジン供給元が延期するように求め、その計画は破棄された。

    アラン・プロストは、F1の特性は完全に電動にすることは不可能だと考えている。

    「全部が電動になることは決してないだろう。決してね」とアラン・プロストはコメント。

    「私が生きている間は…それが可能になるとは思わない。レーシングではなくなってしまう」

    「完全な電気自動車のF1はありえないし、うまくはいかない。エネルギー処理の問題だ。うまく働かないだろうし、本質ではない」

    「世間に与えているメッセージは間違っている。2年後に誰もが電気自動車を走らせているとは言えない」

    だが、DAMSとともにフォーミュラEにチームとして参戦するアラン・プラストは、フォーミュラEのような選手権のための場所はまだあると考えている。

    「フォーミュラEは完全に異なっているし、完全に別物だ」とアラン・プロストはコメント。

    「我々がやっているのはいいことだし、我々は進むべき場所、何かを示す必要のある方向に進んでいる」

    「フォーミュラEは、発展と教育のミックスであり、都市の人々を教育していくものだ」

    「完全に異なるメッセージだし、気に入っている。だが、誤解しないでほしいが、F1がその方向に進んでいくことはない」

    関連:アラン・プロスト、フォーミュラEチーム『e.dams』を設立

  • アラン・プロスト、フォーミュラEチーム『e.dams』を設立

    アラン・プロスト、フォーミュラEチーム『e.dams』を設立

    アラン・プロストが、DAMSと提携してチームを設立し、フォーミュラEに参戦することを発表した。

    F1チームで代表も務めた経験のあるアラン・プロストは、DAMSの共同創設者であるジャン・ポール・ドリオットとともに「e.dams」を設立。

    フランスのル・マンを拠点とするe.damsは、パリのシャンゼリゼ通りにあるルノーのショールーム「ラトリエ・ルノー」で発表会を開催し、フォーミュラEへの参戦を正式に発表。発表会にはFIA会長のジャン・トッドらが参加した。

    「フォーミュラEの冒険の一員になることができて非常に嬉しく思っている」とアラン・プロストはコメント。

    「他のチャンピオンシップで見てきたように、2014年はより持続可能なレースへの移行を目にすることがになり、モータースポーツが将来のベンチマークとなることをこれまで以上に証明するだろう」

    フォーミュラEには、アンドレッティ・オートスポート、ドラゴン・レーシング、チャイナ・レーシング、ドライソン・レーシングがすでに参戦を表明している。

  • アラン・プロスト 「アイルトン・セナとは実際にはうまくいっていた」

    アラン・プロスト 「アイルトン・セナとは実際にはうまくいっていた」

    アラン・プロストが、2014年のフェラーリのスター同士のドライバーラインナップについて持論を語った。

    フェラーリが、ラテン気質の“ナンバー1”ドライバーであるフェルナンド・アロンソのチームメイトにキミ・ライコネンを呼び戻したことに多くの議論がなされている。

    同様のスター同士のラインナップでは、1980年代のマクラーレンのアイルトン・セナとアラン・プロストが有名。当時、二人は激しく対立していたことで知られている。

    アラン・プロストは、フェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンのペアと自身のマクラーレン時代のペアを比較して以下のように述べた。

    「私とセナの関係について考えるようだが、実際にはうまくいっていた」とアラン・プロストは Mirror にコメント。

    「コース上は別としてね」

    「チームにとってはとてもうまく機能していた。実際に我々はチームをトップに導いた」

    「今回のことはそれよりもっと難しいだろうが、うまくいく可能性はある」

    マクラーレンやレッドブルの元ドライバーであるデビッド・クルサードも、人々が言うほどフェラーリの決断はクレイジーではないという。

    「筋は通っている」とデビッド・クルサードは Focus に語った。

    「フェラーリはこれまで忍耐強くフェリペ・マッサを見守ってきたが、マネジメントは、再びタイトルを獲得するためには最強のドライバーペアが必要だとわかっているはずだ」

    だが、短気なフェルナンド・アロンソとクールなキミ・ライコネンは本当にうまくやっていけるだろうか?

    「フェラーリはライコネンのことを知っているし、彼とうまくやる方法を知っているはずだ」とデビッド・クルサードはコメント。

    「彼は単純で、政治には無関心だ」

    「それに、アロンソももう30歳を超えている。フェラーリにベストな結果をもたらすためにどうすればいいかわかる年齢だ」

    「トラック上でバトルは行われるだろう。本来の形でね」

    F1最高責任者のバーニー・エクレストンも、フェラーリの2014年のドライバーペアが良い影響をもたらすと考えている。

    「キミには喧嘩を避ける程度の常識はある」とバーニー・エクレストンは Autosprint に語った。

    フェルナンド・アロンソには“トラブルメーカー”との評判もあるが、バーニー・エクレストンはそれは」正当なものとは考えていない」と述べた。

  • アラン・プロスト、ルノーとのパートナシップを拡大

    アラン・プロスト、ルノーとのパートナシップを拡大

    ルノーは、アラン・プロストとのパートナーシップを拡大することを発表した。

    アラン・プロストは、昨年2月にルノーのブランド・アンバサダーに就任。今年はプレスおよびマーケティング活動に加えてルノー・スポーツF1のコンサルティングも担当。また、ルノー・スポーツF1の委員会で顧問を務めることになった。

    今年アラン・プロストは、ワールドシリーズ・バイ・ルノーなどのルノーが支援しているF1以外のイベントにも訪れる予定となっている。

    アラン・プロスト
    「ルノーにはF1における長い歴史があり、このスポーツで成し遂げたこと全てが最終的に成功に終っている。実際に私もルノーエンジンでのキャリアで素晴らしい結果を残している。昨年、自分がF1に同じ情熱と厳しさを保っていることがわかった。2014年の新しいV6パワーユニットにむけてもそれらの価値は忠実なままだ。このスポーツの経験と知識を戦略的でテクニカルな挑戦への助言に生かすつもりだ。全員にとって非常に刺激的な時間だし、一緒に力強いポテンシャルを示したい」
    プロストは1993年に4度目のタイトルをウィリアムズ・ルノーとともに獲得している。