カテゴリー: NASCAR

  • ケビン・マグヌッセン NASCARデビュー戦で激高対立 グラグソンに「消え失せろ」

    ケビン・マグヌッセン NASCARデビュー戦で激高対立 グラグソンに「消え失せろ」

    元F1ドライバーのケビン・マグヌッセンが、NASCARカップシリーズのデビュー戦後にライバルのノア・グラグソンと激しい口論を繰り広げた。

    マグヌッセンは、かつてキミ・ライコネンも参戦したTrackhouse Racingの特別参戦プログラム「Project91」から出場。サンディエゴの海軍基地コロナド(NAS North Island)に設置された特設コースで開催されたレースに臨んだ。

    結果は27位だったものの、シボレーを駆りレース中のファステストラップを記録。しかし、レース後にはFront Row Motorsportsのノア・グラグソンから詰め寄られる事態となった。

    接触が続いた末に起きた衝突
    レース中、両者は何度も接近戦を展開していた。

    グラグソンはシケインでマグヌッセンを押しのけてポジションを奪取。その後も数周にわたって激しいバトルが続いた。

    そして第2ステージ終盤、ターン4進入でマグヌッセンがイン側へ飛び込むと、4号車のグラグソンを壁へ押し出す形となった。

    映像では接触直前にマグヌッセンがアクセルを踏み込んでいるようにも見え、グラグソンのマシンは右フロントのトーリンクを破損。そのままリタイアとなった。

    レース後に激しい口論へ発展
    レース終了後、グラグソンはマグヌッセンを待ち構え、約90秒にわたる激しい言い争いを展開した。

    グラグソンはマグヌッセンに対し、「お前はいったい何が問題なんだ?」と怒りをあらわにした。

    さらに、「お前たちはこっちへ来ると、フェンダー付きのクルマだからってコーナーへ突っ込んでくる」と非難した。

    これに対しマグヌッセンは、「俺の顔の前から失せろ」と応酬。

    さらに、「消え失せろ」「顔の前からどけ」と繰り返した。

    グラグソンがなおも詰め寄ると、マグヌッセンは「問題なのはお前が俺の顔の前にいることだ」と返答。

    最後には、「英語が分からないのか? 消え失せろと言っているんだ」と強い口調で突き放した。

    最終的に両者はその場を離れ、大事には至らなかった。

    ケビン・マグヌッセン NASCAR

    優勝は23XIレーシングのコーリー・ハイム
    レースは23XIレーシングのコーリー・ハイムが優勝した。

    23XIレーシングはNBAのレジェンドであるマイケル・ジョーダンと、現役NASCARドライバーのデニー・ハムリンが共同オーナーを務めるチームで、ハイムにとってはNASCARカップシリーズ初優勝となった。

    チームメイトのババ・ウォレスが2位に入り、23XIレーシングはワンツーフィニッシュを達成。共同オーナーのハムリンは14位でレースを終えた。

    F1流の攻防はNASCARで受け入れられるのか
    今回の一件は、オープンホイール出身ドライバーとNASCARドライバーのレース観の違いを改めて浮き彫りにした。

    マグヌッセンはF1や耐久レースで培った積極的なオーバーテイクスタイルで挑んだが、接触を前提としたNASCAR独特の駆け引きの中では、そのアプローチがライバルの反感を買った形だ。

    一方で、デビュー戦ながらファステストラップを記録したスピードは十分に印象的だった。今回の騒動も含め、マグヌッセンのNASCAR挑戦は大きな注目を集めることになりそうだ。

  • 元F1ドライバーのケビン・マグヌッセン NASCARカップシリーズ参戦決定

    元F1ドライバーのケビン・マグヌッセン NASCARカップシリーズ参戦決定

    ケビン・マグヌッセンが、またひとつ新たな挑戦に踏み出す。元F1ドライバーのマグヌッセンは、6月21日に開催されるNASCARカップシリーズのサンディエゴ市街地レースでデビューを果たすことが決定した。

    マグヌッセンはトラックハウス・レーシングの特別参戦プロジェクト「Project 91」の一員として91号車シボレーをドライブする。F1、インディカー、IMSA、ル・マン24時間レース、デイトナ24時間レースを経験してきたデンマーク人ドライバーにとって、NASCARはキャリアにおける新たな舞台となる。

    世界のトップドライバーを招く「Project 91」
    トラックハウス・レーシングの「Project 91」は、世界各国の著名ドライバーをNASCARへ招くことを目的として創設されたプログラムだ。

    これまでには、シェーン・ヴァン・ギスバーゲンが2023年のシカゴ市街地戦でNASCARデビュー戦優勝という快挙を達成。さらにキミ・ライコネンやエリオ・カストロネベスも参戦してきた。

    今回、そのバトンを受け取るのがマグヌッセンだ。

    2014年から2024年までF1で185戦に出場し、デビュー戦で表彰台を獲得。さらに2022年ブラジルGPではハースF1チームに歴史的なポールポジションをもたらした実績を持つ。

    「この機会を誇りに思う」
    マグヌッセンは今回の挑戦について次のように語った。

    「NASCARでレースをする機会を得られて、本当に興奮しているし光栄に思う」

    「ジャスティン・マークスとトラックハウスがProject 91で実現したことはユニークだ。NASCARの世界以外から来たドライバーに、このレベルで競争する機会を提供している」

    「このチャンスを得られたことを誇りに思う」

    すでに準備はスタート
    多くのゲスト参戦ドライバーとは異なり、マグヌッセンは事前準備にも本格的に取り組んでいる。

    すでにノースカロライナ州のチーム本部を訪問し、シート合わせやピットストップ手順の確認など、NASCAR特有のオペレーションを学んでいるという。

    「すでにノースカロライナでチームと時間を過ごした。みんなと会い、シートフィッティングを行い、ピットストップ手順やNASCAR週末に必要なあらゆる準備を進めてきた」

    「素晴らしい人たちの集まりだ。信じられないほど献身的で、僕と同じくらい今回のデビューを楽しみにしている」

    「サンディエゴに行って、すべてを初めて体験するのが待ちきれない」

    ケビン・マグヌッセン NASCAR

    F1ドライバーではなく“オールラウンダー”へ
    マグヌッセンはF1を離れて以降、その活動領域を大きく広げている。

    現在はBMW M Team WRTから世界耐久選手権(WEC)にフル参戦しており、直近のスパ6時間レースでは2位表彰台も獲得した。

    しかしNASCARはさらに異なる世界だ。

    車重は重く、接触を伴うバトルはより激しい。レース展開や戦略もヨーロッパのシングルシーター出身ドライバーには馴染みの薄いものとなる。

    だからこそ今回の挑戦には大きな注目が集まる。

    サンディエゴが示すマグヌッセンの新たな可能性
    今回の舞台となるサンディエゴ市街地戦は初開催イベントであり、マグヌッセンだけでなく多くのドライバーにとって未知のサーキットとなる。

    F1、スポーツカー、耐久レースと数々のカテゴリーを渡り歩いてきたマグヌッセンだが、NASCARカップシリーズへの挑戦はキャリアでも屈指の未知数と言える。

    Project 91が再び成功物語を生み出すのか。それともNASCARの洗礼を受けることになるのか。

    6月21日のサンディエゴ市街地戦は、ケビン・マグヌッセンのモータースポーツ人生に新たな1ページを刻むことになりそうだ。

  • ロマン・グロージャン インディ500で故カイル・ブッシュ追悼仕様の18号車

    ロマン・グロージャン インディ500で故カイル・ブッシュ追悼仕様の18号車

    ロマン・グロージャンは、インディ500で故カイル・ブッシュへの特別なトリビュートを施した18号車を走らせる。

    2度のNASCARカップ王者であるカイル・ブッシュは、重度の肺炎が敗血症に進行し、41歳で死去した。ブッシュはNASCARカップ通算63勝、2015年と2019年のタイトルを獲得し、NASCAR主要3シリーズでは歴代最多となる通算234勝を記録した。

    18号車に込められたブッシュへの敬意
    グロージャンがインディ500でドライブするデイル・コイン・レーシングの18号車には、ブッシュがジョー・ギブス・レーシング時代に使用していた象徴的な18番のフォントが採用される。発案したのはFOXスポーツの解説者タウンゼント・ベルで、ジョー・ギブス・レーシングの協力も得て実現した。

    ブッシュは長年、ジョー・ギブス・レーシングの18号車と強く結びついてきた。特にM&M’sカラーのトヨタ・カムリは、現代NASCARを象徴するマシンのひとつとして知られ、その18番はブッシュのキャリアそのものを示す数字でもあった。

    NASCARを超えて広がる追悼
    インディ500という別カテゴリーの大舞台で、元F1ドライバーのグロージャンが18号車にブッシュの意匠を重ねることは、単なるカラーリング変更ではない。NASCARで築かれた功績が、アメリカンモータースポーツ全体に広がる存在だったことを示している。

    ブッシュは2023年にリチャード・チルドレス・レーシングへ移籍してから8号車を使用していたが、チームは今後その番号を一時的に使用せず、33号車へ変更する方針を示している。息子のブレクストンが将来NASCARに到達した場合には、8号車を再び使用可能にする考えだという。

    インディ500の18号車は、グロージャンにとってのレースカーであると同時に、カイル・ブッシュという偉大なドライバーの記憶を走らせる一台となる。

  • カイル・ブッシュ死去 NASCARカップ2冠王者 享年41歳

    カイル・ブッシュ死去 NASCARカップ2冠王者 享年41歳

    カイル・ブッシュが5月21日に死去した。享年41歳。NASCAR、ブッシュ家、リチャード・チルドレス・レーシングが共同で発表したもので、チームは同日早く、ブッシュが重い病気で入院していることを明らかにしていた。

    ブッシュはNASCARカップシリーズで2015年と2019年にタイトルを獲得し、通算63勝を記録。カップ通算勝利数では歴代9位に位置する。

    さらに下位2つの全国シリーズでも、オライリー・オートパーツ・シリーズで102勝、クラフツマン・トラック・シリーズで69勝を挙げ、NASCAR史に残る実績を築いた。

    NASCARが失った“世代に一人”の才能
    NASCAR、ブッシュ家、リチャード・チルドレス・レーシングは共同声明で、ブッシュを「世代に一人の稀有な才能」と表現した。

    「我々のNASCARファミリー全体が、カイル・ブッシュの死に深く心を痛めている。将来の殿堂入りが確実視されるカイルは、世代に一人現れるかどうかの稀有な才能だった」

    「彼は激しく、情熱的で、非常に優れた技術を持ち、このスポーツとファンを深く大切にしていた」

    ブッシュは20年以上にわたるキャリアで、NASCARの全国シリーズ通算勝利記録を積み上げ、最高峰でチャンピオンに輝き、トラックシリーズのチームオーナーとして次世代ドライバーの育成にも関わった。

    ヘンドリック、JGR、チルドレスで刻んだキャリア
    ブッシュは2005年にヘンドリック・モータースポーツからカップシリーズに本格参戦。2008年にジョー・ギブス・レーシングへ移籍し、トヨタのNASCAR活動を象徴する存在となった。

    JGR時代には15年連続で勝利を挙げ、カップ通算63勝のうち56勝を同チームで記録。2015年と2019年の2度、カップ王者に輝いた。

    2023年からはリチャード・チルドレス・レーシングに加入し、No.8シボレーをドライブ。2023年6月4日のワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイでの勝利が、最後のカップシリーズ優勝となった。

    “ロウディ”として愛され、憎まれた強烈な存在
    ブッシュはファンの間で常に強い感情を呼び起こす存在だった。熱狂的な支持者からは愛され、一方でライバルファンからは大きなブーイングも浴びた。

    若くして頭角を現した当初は、兄カート・ブッシュの弟として“シュラブ”と呼ばれたが、攻撃的な走りと映画『デイズ・オブ・サンダー』に由来する“ロウディ”の愛称が定着した。

    その鋭い発言、激しい競争心、勝利後の一礼パフォーマンスは、ラスベガス出身のショーマンとしての側面も示していた。

    家族とNASCAR界に残した大きな空白
    カイル・ブッシュは1985年5月2日、ラスベガスに生まれた。父トムは地元でレースをしていたメカニックで、兄カート・ブッシュもNASCAR殿堂入りドライバーとして知られる。

    ブッシュには妻サマンサ、長男ブレクストン、長女レニックスがいる。

    NASCARは声明の中で、家族のプライバシーを尊重するよう求めている。突然の訃報は、NASCARだけでなく、モータースポーツ界全体に大きな喪失感をもたらしている。

  • NASCARレジェンドのグレッグ・ビッフルと家族が航空機事故で死亡

    NASCARレジェンドのグレッグ・ビッフルと家族が航空機事故で死亡

    NASCARの元スターであり、2023年に「史上75人の偉大なドライバー」の一人に選ばれたグレッグ・ビッフルが、家族とともに航空機事故で亡くなった。事故は木曜日の午前10時15分ごろ、ノースカロライナ州シャーロットの北に位置するステーツビル地域空港で発生した。

    ビッフルは妻のクリスティナ・グロッス・ビッフル、娘のエマ、息子のライダーとともに搭乗しており、ほかに3名を含む計7名全員の死亡が確認された。

    当局の発表と現場の状況
    ノースカロライナ州ハイウェイパトロールのクリス・ノックス一等軍曹は、事故について次のように説明した。

    「現時点で、航空機に搭乗していた7名全員の死亡が確認されている。そのうちの1人がグレッグ・ビッフル氏であることは確認できている。」

    その後、犠牲者には「ビッフル氏とその近親者が含まれる」ことが正式に確認された。現場は当初、アイアデル郡保安官事務所が対応し、その後FAA(米連邦航空局)とノースカロライナ州警察が調査に加わった。空港は無期限で閉鎖されている。

    事故当時の飛行データと天候
    飛行追跡データによると、機体は午前10時6分ごろに離陸し、10時8分までに高度4,300フィートに到達。その後、空港から約1マイルの地点で降下を開始し、引き返して着陸を試みたが、最終的に滑走路東端付近で墜落した。

    事故機はセスナC550(機体番号N257BW)で、ビッフルが所有するGB Aviation Leasing, LLC名義の機体だった。

    AccuWeatherの予報担当副社長ダン・デポドウィンは、当時の気象状況について次のように述べている。

    「事故当時、空港周辺では悪天候が報告されていた。午前10時15分には強い霧雨と雲高約1,200フィートが観測され、その後、雲高は約400フィートまで低下し、視程は2マイル未満にまで悪化していた。」

    天候が事故原因に関係したかどうかは、今後数か月から1年以上かけて調査される見通しだ。

    家族と関係者による共同声明
    ビッフル、グロッス、ダットン、ランダースの各家族は連名で声明を発表した。

    「私たちは愛する家族を失い、深い悲しみに包まれています。この悲劇は言葉では表せないほどの心の痛みを残しました。グレッグとクリスティナは献身的な両親であり、息子ライダーと娘エマ(母:ニコール・ランダース)を中心に人生を捧げていました。」

    「デニス・ダットンと息子ジャック、そしてNASCARコミュニティで愛されていたクレイグ・ワズワースも、私たちにとってかけがえのない存在でした。どうか私たちがこの計り知れない喪失を受け止める時間と、思いやり、理解を与えてください。」

    NASCARと関係チームの追悼
    NASCARも声明を発表し、ビッフルの功績を称えた。

    「NASCARは、グレッグ・ビッフルとその家族、そして他の犠牲者を失ったことに深い悲しみを覚えています。グレッグはチャンピオンである以上に、仲間やファンに愛された存在でした。」

    ビッフルはキャリアを通じてラウシュ・レーシング(現RFKレーシング)に所属し、2000年クラフツマン・トラック・シリーズ、2002年ブッシュ・シリーズの王者に輝いた。Cupシリーズでも通算19勝を挙げ、2023年にはNASCAR史上75人の偉大なドライバーに選出されている。

    レーサーとして、そして慈善家として
    引退後のビッフルは、動物福祉を中心とした慈善活動や、2024年のハリケーン・ヘリーン後の被災地支援で知られていた。登録パイロットでもあり、自身のヘリコプターを使って物資輸送を行い、多くの命を救ったとされている。

    NASCAR界を代表する存在だったグレッグ・ビッフル。その突然の死は、モータースポーツ界全体に深い衝撃と悲しみをもたらしている。

  • F1レジェンド ルーベンス・バリチェロ 53歳でNASCARブラジルシリーズ王者に

    F1レジェンド ルーベンス・バリチェロ 53歳でNASCARブラジルシリーズ王者に

    元フェラーリF1ドライバーのルーベンス・バリチェロは、故郷サンパウロで行われた2025年シーズン第6戦に勝利し、NASCARブラジル・シリーズのタイトルを獲得した。

    53歳のバリチェロは、このカテゴリーでのルーキーシーズンで王者となり、F1キャリアの終焉からおよそ15年を経て再び栄冠を手にした。

    バリチェロは現代F1で最も認知度の高い名前のひとりであり、世紀の変わり目にフェラーリが支配していた時代にミハエル・シューマッハのチームメイトを務めた。ブラジル人の彼は2002年と2004年にシューマッハの後塵を拝してワールドチャンピオンシップ2位となり、また2009年にはブラウンGPでジェンソン・バトンのチームメイトを務め、その年のイタリアGP(モンツァ)で最後のF1勝利を挙げた。モンツァはフェラーリのホームレースでもある。

    バリチェロのF1キャリアは2011年シーズンの終わりに突然幕を閉じた。彼は同郷のブルーノ・セナにウィリアムズのシートを奪われた。ブルーノは3度のF1ワールドチャンピオン、アイルトン・セナの甥であった。

    しかし年齢を重ねながらも、バリチェロはF1引退後も活動を続けた。2012年にはインディカーに参戦し、2017年にはル・マン24時間にスポット参戦。ここ数年は様々なカテゴリーでレースを続け、2022年にはストックカー・プロ・シリーズのタイトルも獲得していた。そして今回、デビューシーズンとなるNASCARブラジル・シリーズで新たな王冠を手にした。

    今季のバリチェロは、まずインテルラゴス(F1サンパウロGPの開催地)での第3戦で2勝を挙げ、先月パラナ州のアウトドロモ・インテルナシオナル・デ・カスカヴェルでも勝利を収めた。そして土曜日にサンパウロのアウトドロモ・ベロチッタで優勝し、タイトルを決定づけた。その勝利により、バリチェロは合計180ポイントとなり、2位のチアゴ・カミロに32ポイント差をつけた。

    バリチェロは「胸がいっぱいで、本当に幸せだ」とコメントした。

    このトロフィーに加え、バリチェロは年末に米国で行われるNASCARアワード晩餐会に出席し、米国NASCARカップシリーズのドライバーたちと並んで表彰される予定である。

    ルーベンス・バリチェロ F1

    今回のタイトル獲得は、2018年に首の良性腫瘍を摘出してからわずか7年後の出来事でもある。

    当時、元F1スターのバリチェロは、自宅で激しい頭痛に襲われ病院に搬送されたことを明かしている。左側の首に腫瘍が見つかり、手術で摘出された。

    彼はブラジルの番組「Conversa com Bial」でこう語っていた。

    「自宅でシャワーを浴びていたら、突然頭に痛みを感じた。0から10で言えば、痛みのレベルは8か9だった。とても強烈だった!床に倒れ込んだ。誰も起こしたくなかったけど、とても痛かった。寝室に戻って妻のシルヴァナを起こした。吐き気がして、これは病院に行かなければいけないと悟った」

    「その後、健康状態を詳しく調べるために一連の検査を受けた。すると首に小さな腫瘍が見つかったんだ。それはインテルラゴスでレースをした後に摘出した。良性だったけど、放っておけば大きくなるし、マシンに乗るときに不快感を抱えることになるのは嫌だった」

    「僕たちの友人である医師が、僕の状態を見て危険だと気づいてくれた。僕はとても幸運だった。形成不全によって開いてしまった血管が、自分の血で2時間のうちに再生したんだ。病院に着いたとき、管を通して検査したら、血管はすでに閉じていた。退院するときに、医師から『この状況から生還できる人は14%しかいない』と言われた。多くの人が深刻な後遺症を負ったり、命を落とすこともあるんだ」

    F1からの突然の離脱に不満を抱えていたバリチェロは、その後も何度も復帰の噂が流れた。2014年には、当時存続の危機にあったケータハムの最後の3戦に参戦し、インテルラゴスで最終的なF1出走を果たす可能性も報じられた。しかし、その計画は頓挫し、シーズン最終戦アブダビではイギリス人のウィル・スティーブンスがレギュラードライバーの小林可夢偉と組んで参戦した。

    昨年、F1公式ポッドキャスト「Beyond The Grid」に出演した際、バリチェロは冗談めかして今もF1復帰の意欲があると語った。

    「もしフェルナンド・アロンソが僕に『アストンマーティンでチームメイトになってほしい』と言ってきたら、僕は今でも走れる準備がある」と話している。

  • 元NASCAR王者カイル・ラーソン マクラーレンとアブダビF1テスト参加に期待

    元NASCAR王者カイル・ラーソン マクラーレンとアブダビF1テスト参加に期待

    元NASCARカップチャンピオンのカイル・ラーソンは、今シーズン終了後にアブダビのヤス・マリーナ・サーキットで行われるマクラーレンのF1ポストシーズンテストに参加する考えがあることを明らかにした。

    今年、ラーソンは5月にインディアナポリス500に出場し、F1チャンピオンのマックス・フェルスタッペンを適切な条件の下で打ち負かすことができると主張して話題となった。

    これは多くの海外ファンには受け入れられなかったが、マクラーレンのCEOザク・ブラウンは、今シーズン終了後にアブダビで32歳のアメリカ人に正式なテストを行わせたいと考えている。

    「そのことについては、ずっと話し合ってきた」と彼は先週、Fox Sports のケビン・ハーヴィックのポッドキャスト番組Happy Hourで語った。「カイルは、ご想像の通り、間違いなくスケジュールに余裕があるときにやりたいと思っている」

    「それは2月から12月まで続き、NASCARのスケジュールは2月から11月までだ。その時間を見つけ、我々はジミージョンソンとフェルナンド(アロンソ)とバーレーンでヘンドリックモータースポーツとそれをやった」

    「4、5年前のことだったと思う」とブラウンは振り返る。「とても楽しかった。カイルがF1マシンに乗る姿を見てみたいね。それは話し合ったことだし、いずれ実現すると思うよ」

    マクラーレン F1

    NASCARからF1に成功したドライバーはまだおらず、逆の方向で直接移籍したドライバーはファン・パブロ・モントーヤだけである。しかし、ラーソンにはF1グリッドに参加する資格を得るのに十分なスーパーライセンスポイントがない。

    2021年以降、カップ選手権で1位、7位、2位を獲得し、29ポイントを獲得したラーソンだが、シャーロットのロードコースはFIA公認ではないため、NASCARカップはスーパーライセンスポイントにはカウントされない。

    それでも、ラーソンは参加資格を得るためにテストセッションに参加することは可能であり、昨年もそのような機会に近づいたことがあった。

    「ぜひそうしたいと思っているし、うまくいけばいずれ実現するだろう」とラーソンはHappy Hourで語った。「今年、その選択肢があったと思うが、ただあまりにも多くのことが起こりすぎていた」

    「おそらく1年以上前から計画を立てないといけないだろう」

    「やりたいとは思っているが、正直なところ、アブダビの後など、他のドライバーもコース上でのテストのようなオープンなテスト形式でやりたいと思っている」

    「オスカー・ピアストリやランドン・ノリス、あるいは他の誰とでも一緒に走るのは楽しいだろう。でも、19台のマシンと一緒に走って、スピードチャートで自分がどの位置にいるか見てみたい」

    「もちろん自分が一番だとは思わないけど、ビリにはなりたくないね」

    「アメリカ人のオーバルレーサーがどれほど優秀で、ユニークであるかを示せると思う。あるいは、もし僕が本当に下手なら、どれほど下手なのかを示すことになるだろう」

    今年のインディ500を満喫したラーソンは、来年の5月に再びインディ500に戻り、世界最大のレースと称されるレースに再挑戦する予定である。

    一方、ブラウンは、ピアストリがパパイヤ色のNASCARでデイトナ・インターナショナル・レースウェイを走ることに興味を持っているかもしれないと話す。

    「オスカーがNASCARに興奮していることを少し打ち明けてくれた」とブラウンは明かす。

    「だから、もしカイルをF1ドライバーの1人と何かするなら、おそらくオスカーになるだろうね」

  • NASCARカップシリーズで史上最大の28台が絡むクラッシュ

    NASCARカップシリーズで史上最大の28台が絡むクラッシュ

    タラデガのコースは、NASCARカップシリーズ史上最大のクラッシュで大きな打撃を受けた。

    タラデガでは、ビッグ・ワンがいつ起こるかという問題ではなく、いつ起こるかが問題だ。188周のレースで5周が終了した時点で、オースティン・シンドリックとリッキー・ステンハウス・ジュニアがトップを走り、トッド・ギリアンが周回遅れになる中、各車がポジション争いを繰り広げていた。

    他の車がギリアランドを追い越して通り過ぎる中、シンドリックは集団から大きく抜け出し、ブラッド・ケセロウスキーの元#2ペンスカーマシンにジョーイ・ロガーノの#22ペンスカーマシンが押し込まれ、シンドリックはスピンし、その後ろに他の車が続いた。

    クラッシュには合計28台が巻き込まれ、これはカップシリーズでクラッシュした車の中で最も多い数字である。

    2002年、ブッシュシリーズ(現Xフィニティ)でもタラデガで30台近くが事故に巻き込まれたが、この大クラッシュはカップシリーズの記録である。

    リッキー・ステンハウス・ジュニアは、デイトナ500に続く今シーズン2勝目を挙げたが、すでに敗退が決定していたためプレーオフの次のラウンドには進めず、カイル・ラーソンはステンハウスと2位のケセロウィスキーのタイム差わずか0.006秒差で4位、ウィリアム・バイロンが3位となった。

  • F1チーム所有のジーン・ハース 2024年末でNASCARチームを閉鎖

    F1チーム所有のジーン・ハース 2024年末でNASCARチームを閉鎖

    ハースF1チームのオーナーであるジーン・ハースが共同オーナーであり、2009年の設立以来、69回のカップシリーズ優勝を誇り、2度のNASCARチャンピオンシップを獲得したスチュワート・ハース・レーシング(SHR)は、今シーズンの終わりに組織を閉鎖する。

    共同オーナーのトニー・スチュワートとジーン・ハースは火曜日、4台の車で構成されるカップ・シリーズのチームがチャーター権を売却し、規模を縮小するか、ストックカー・シリーズから完全に撤退する計画だという噂が1年近く流れた後、この決定を発表した。

    このニュースは火曜日の午後遅くにSHRの従業員約300人に伝えられた。

    「これは簡単に下された決断ではなく、すぐに下されたわけでもない」とオーナーらは語った。「レースは労働集約的で、謙虚さが求められるスポーツだ。揺るぎない決意と膨大なリソース、そして誰よりも優位に立とうという365日の心構えが必要だ。それが成功をやりがいのあるものにしている理由の一つだ。しかし、最大限のパフォーマンスを引き出すと同時に持続可能性を提供するために必要な決意は信じられないほど過酷であり、我々はそれぞれの私生活と仕事において、バトンを渡す時が来た」

    SHRは今年、ジョシュ・ベリー、チェイス・ブリスコー、ノア・グレイグソン、ライアン・プリースのためにカップ・シリーズのマシンを用意している。ベリーとグラグソンはチームでの初シーズンだ。SHRはブリスコーの2025年オプションを保有しており、SHRの閉鎖が噂される中でも、彼は契約上、将来の雇用オプションについて話すことを許されていない。

    「スチュワート・ハースは、過去7年間、私と家族にとってのホームであり、年末には私と組織全体が新しいホームとカップシリーズでの新たな機会を探すことになるだろう」とブリスコーはソーシャルメディアに投稿した。「私には素晴らしいパートナーたちがいる。彼らを勝利のレーンに呼び戻すのが待ちきれない」

    この移籍により、コール・カスターとライリー・ハーブストがドライブする2台のマシンを擁するSHRのXfinityシリーズチームも閉鎖される。

    ジーン・ハースは2002年にハースCNCレーシングを設立し、カリフォルニアの実業家であるスチュワートを2009年シーズン前に共同オーナーとして迎え入れた。スチュワートは当時、ジョー・ギブス・レーシングで2度のカップチャンピオンを獲得していたが、出資を断れず、小さなチームがレースで勝ち、タイトルを争う手助けをする機会を得られなかった。

    スチュワートは2009年のデビューシーズンで、リブランドしたチームにカップ初勝利(この年は4勝)をもたらし、2011年には初のカップタイトルを獲得した。ケビン・ハーヴィックは2014年に2度目のタイトルを獲得した。

    スチュワート、ハーヴィック、クリント・ボーウィーの3人はNASCARのドライバーを引退し、それ以来SHRは過酷な再建を続けている。SHRが最後にカップシリーズを制したのは、ハーヴィックが引退する1年前の2022年だった。SHRは昨シーズン、カップレースで勝利していない。

    また、チームは今季限りでフォードからのサポートの一部を失うことになっているが、フォード・パフォーマンスのグローバル・ディレクターであるマーク・ラッシュブルックは先週、AP通信に対し、今年以降のSHRの計画について見当もつかないと語った。

    スミスフィールド・フーズがNASCARから撤退し、アンハイザー・ブッシュがトラックハウス・レーシングに移籍した今季、SHRは主要スポンサーも失った。

    71歳のハースはほとんどの時間を自身のF1チームと過ごし、スチュワートはNHRAのスケジュールをフルにドライブしているため、両者ともNASCARイベントには不在のオーナーとなっている。ハースは昨年の大半も体調を崩していた。

    NASCARチームは、最高執行責任者で長年のジーン・ハースの腹心であるジョー・カスターが主に運営している。彼の息子であるコールは、昨年SHRでXfinityチャンピオンに輝いた。

    SHRの実績としては、2度のカップ・タイトル、2度のXfinityチャンピオン、そしてデイトナ500、ブリックヤード400、サザン500といった王冠をかけたイベントでの勝利が挙げられる。

    スチュワートとハースは、「2009年に一緒になってから勝ち取った勝利とチャンピオンを誇りに思うが、それ以上に特別なのは、レースに勝ち、トロフィーを集めるという共通の大義に取り組む中で築き上げた文化と友情だ。「我々は全従業員に対して多大な尊敬と感謝の念を抱いており、2024年のレースシーズン以降も新たな機会を見つけるため、この移行期間中に従業員を支援できるよう真摯に取り組んでいく」と述べた。

    ハースのF1チームの一部はカンナポリスを拠点とするショップで運営されており、それが継続されるのか、それともハースがF1からも撤退する計画があるのかは不明だ。

    また、毎週参戦を保証しているSHRの4つのチャーターがどうなるかも不明だ。スパイア・モータースポーツは昨年、4,000万ドルでチャーターを購入したが、実際のチャーターの価値は毎年変動する。

    各チームはNASCARと、今季限りで期限切れとなるチャーターをめぐって激しい争いを繰り広げている。チーム側は更新可能なものではなく、恒久的なものにすることを望んでいるが、NASCARはこの問題で譲歩することを拒否している。

    SHRがチャーターを売却することができれば、フロントロー・モータースポーツ、23XIレーシング、トラックハウスが興味を示しているようだ。また、ジョー・カスターがチャーターの1つを保持し、息子のためにマシンを走らせるのではないかという憶測もある。

    SHRのドライバーたちがどこに着地するかは未知数だ。ブリスコは今すぐにでも他のチームと将来について話を始めることができるはずだ。また、個人的なスポンサーシップはあまりなく、今季の前にSHRが彼を雇ったことでキャリア最高のブレイクを果たしたベリーについても、チームは来年のオプションを保有している。

    グラグソンの契約は複数年契約と発表され、バス・プロショップスから他チームへの移籍をバックアップされている。プリースはSHRとの契約年なので、すでにシリーズを自由に回ることができる。

    コール・カスターはハースのCNCオートメーション社の支援を受け、カップかXfinityシリーズのどちらかのマシンに乗る可能性がある。

  • 小林可夢偉 2戦目のNASCARは29位も走りに手応え

    小林可夢偉 2戦目のNASCARは29位も走りに手応え

    3月24日(日)、米国テキサス州サーキット・オブ・ジ・アメリカでNASCARカップシリーズ第6戦の決勝レースが行われ、23XIレーシングから参戦したTOYOTA GAZOO Racingのドライバー兼WECチーム代表である小林可夢偉は30位でフチェッカーを受けた。その後、レース後の車検で、車体の最低重量を違反した1台の車両が失格となり、小林可夢偉の正式レース順位は29位に繰り上がった。

    この日は朝から空を雲が覆い、時折肌寒い風が吹いていたサーキット・オブ・ジ・アメリカだったが、決勝レースに向けてだんだんと日差しが強くなり、気温が20度を超えるまで上昇した午後14時30分に総距離231.88マイル(約373km)、周回数68周のレースがスタートした。

    25番グリッドからスタートした小林可夢偉は一番混乱が起きやすいスタート直後の1コーナーをきれいにクリア。そこからじわじわと前車との距離を詰めていき、4周目にはメインストレートをサイド・バイ・サイドで駆け抜けるなど、周りのクルマと比較しても悪くないレースペースで周回を重ねた。20番手を走行していた12周目にタイヤ交換と給油のため1回目のピットイン。その際ポジションを30番手まで落としたが、25周目には18番手までポジションを挽回した。

    しかし26周目に追突されスピン。37番手まで大きくポジションを落としただけでなく、追突したクルマがスピン中の小林可夢偉の車体前部にもヒットし、フロンタバンパーにダメージを負うことに。そのダメージを32周目にピットインして修復すると、トップを争うクルマと遜色ないペースを披露しながら51周目には14番手までポジションアップを果たした。

    52周目にこの日最後のピットインした直後、その翌周に今度は周回遅れのクルマに追突されスピンし33番手まで順位を落としてしまいた。それでも小林可夢偉は諦めず、セクターの自己ベストや全体ベストなどを更新しながらチェッカーを目指し、68周目、30位でチェッカーを受けた。(前述のとおり、最終的なレース順位は29位に繰り上がってる)

    小林可夢偉 NASCAR

    小林可夢偉
    「今週末の皆さんからの温かいご声援ありがとうございました。レース中のペースは非常に良かったのですが、レース中に2回も後ろから当てられてしまう、不運な展開になってしまいました。レースを終えた順位だけみると、とても厳しい結果にみえますが、レースの内容としては、昨年のインディよりもいい走りができていましたし、最終的にはレース中のトップテン以内のレースペースを維持して走ることもできました。自分自身このクルマについてかなり理解することができたと思っています。予選でもっと前のポジションで終えることができれば、かなりいいレースができるのではないかと思っています。個人的にはリベンジしたいです。今回が2回目の挑戦でしたが、このNASCARというカテゴリー、本当に楽しかったです。前回に引き続き、僕のNASCAR参戦を通じて、若いドライバーたちにこのレースが持つ魅力や挑戦する意義が伝わっていると嬉しいなと思います。この機会を作ってくださったモリゾウさんをはじめTGR、米国トヨタ、そしてモービル1の皆様に感謝いたします。そしてなによりも応援してくださったファンの皆様、本当にありがとうございました」