カテゴリー: F1マレーシアGP

  • F1バーレーンGP FIAがマレーシア開催の決勝開始時刻を正式発表

    F1バーレーンGP FIAがマレーシア開催の決勝開始時刻を正式発表

    2026年F1第16戦として開催されるバーレーンGPについて、FIA(国際自動車連盟)はマレーシア・セパン・インターナショナル・サーキットで行われる決勝レースのスタート時刻を正式に発表した。

    中東情勢の悪化によりバーレーンでの開催が困難となったことを受け、F1は10月2日から4日にかけてセパンで代替開催されることが決定している。

    決勝は現地時間15時スタート
    FIAが発表したスケジュールによると、決勝レースは10月4日(日)の現地時間15時(GMT+8)にスタートする。

    日本との時差は1時間のため、日本時間では同日16時スタートとなる。

    ヨーロッパでは早朝の放送となり、イギリス・アイルランドでは午前8時、中部ヨーロッパでは午前9時のスタートとなる。

    中東情勢を受けてセパンへ移転
    本来のバーレーンGPは3月にサクヒールで開催される予定だったが、中東地域で続く紛争により安全なイベント運営が困難と判断され、中止が決定した。

    その後、F1、FIA、バーレーン政府、マレーシア政府の協議を経て、セパン・インターナショナル・サーキットで代替開催することで合意。大会名称は「バーレーンGP」のまま維持される。

    9年ぶりにF1がセパンへ帰還
    セパン・インターナショナル・サーキットは、1999年から2017年まで19年連続でマレーシアGPを開催したF1の名門サーキットだ。

    東南アジア初のF1世界選手権開催を目的に建設された専用サーキットとして知られ、高速コーナーと長いストレート、さらに高温多湿の気候や突然のスコールによって数々の名勝負を生み出してきた。

    2017年を最後にカレンダーから姿を消していたが、2026年は「バーレーンGP」という名称で約9年ぶりにF1がセパンへ戻ることになる。

    今回の正式なスタート時刻の発表により、ファンは秋のアジアラウンドに向けた観戦スケジュールを具体的に立てられるようになった。

  • キミ・ライコネン フェラーリF1時代の“乾いた路面でフルウェット“事件の真相

    キミ・ライコネン フェラーリF1時代の“乾いた路面でフルウェット“事件の真相

    2009年F1マレーシアGPで、フェラーリがキミ・ライコネンに乾いた路面でフルウエットタイヤを装着した“珍事件”の舞台裏が、当時チームに所属していたロブ・スメドレーの証言によって17年越しに明らかになった。

    当時は「なぜあの判断を下したのか」と長年語り草となっていたが、スメドレーはポッドキャストで、雨雲を読み違えた結果、ピットウォールが混乱状態に陥っていたことを率直に振り返っている。

    雨を先読みしたフェラーリの賭けが裏目に
    2009年当時は給油が認められていたため、各チームは燃料搭載量に応じたピット戦略を組んでいた。

    ライコネンも18周目前後で予定されたピットストップを迎えるタイミングだったが、セパン上空には黒い雨雲が迫っており、フェラーリ首脳陣は「まもなくモンスーン級の豪雨が来る」と判断した。

    その結果、通常のレインタイヤではなく、最も排水性能の高いフルウエットタイヤを装着してコースへ送り出すという大胆な戦略を選択した。

    しかし、雨は予想どおりには降らず、ライコネンは完全に乾いた路面をフルウエットタイヤで走行することになった。

    「これは大混乱だ」ピットウォールで感じた違和感
    当時フェリペ・マッサ側のエンジニアだったロブ・スメドレーは、ポッドキャスト『High Performance Podcast』で当時を次のように振り返った。

    「同僚を悪く言うつもりはないが、あのマシンは僕の担当ではなかった」

    「クリス・ダイヤーとアンドレア・ステラが『雨が降り始めた』『ウエットタイヤにしよう』と話しているのが聞こえた」

    ところが実際には通常のウエットタイヤではなく、フルウエットタイヤを装着する決断が下されたという。

    スメドレーは、その瞬間に「これは大混乱になる」と感じたと明かした。

    さらにレーダー画面を見ると、確かに雨雲は存在していたものの、本格的な豪雨はまだ20分ほど先だったという。

    ライコネンも思わず困惑「何なんだこれは」
    当然ながら、ライコネン本人も状況を理解できなかった。

    スメドレーによると、ライコネンはピットレーンを出た直後に思わず驚きの声を上げたという。

    一方、当時ライコネンのレースエンジニアだったアンドレア・ステラ(現マクラーレンF1代表)は、「もうすぐ雨が来るからタイヤを労わって走ってほしい」と無線で説明し、ドライバーを落ち着かせようとした。

    しかしライコネンは納得せず、不満を漏らしながら周回を重ねた。

    乾いた路面ではフルウエットタイヤは急速に摩耗し、ライコネンは1周あたり約10秒も失う苦しい走行を強いられた。

    雨は来たが時すでに遅し
    約3周後、ようやく本格的な雨が降り始めた。

    だが、その頃にはフルウエットタイヤはすでに使い物にならないほど傷んでおり、フェラーリはライコネンを再びピットへ呼び戻してインターミディエイトタイヤへ交換するしかなかった。

    雨のタイミングを完璧に当てれば戦略的な成功例となるはずだったが、実際には約3周早すぎた判断が裏目に出てしまった。

    結果としてライコネンは最後尾まで順位を落とし、最終的には14位でレースを終えた。

    17年経っても語り継がれるフェラーリ屈指の戦略ミス
    この2009年マレーシアGPは、その後モンスーンによる赤旗中断でレースが再開されず、ハーフポイントが与えられたことでも知られている。

    その中でもライコネンの「乾いた路面でフルウエットタイヤ」という判断は、F1史に残る戦略ミスのひとつとして語り継がれてきた。

    今回のスメドレーの証言によって、その背景には雨雲レーダーへの過信や現場での意思決定の混乱があったことが改めて明らかとなり、フェラーリ史に残る失策の舞台裏がようやく関係者自身の口から語られることになった。

  • マレーシア開催でも大会名はF1バーレーンGP なぜ異例の名称に?

    マレーシア開催でも大会名はF1バーレーンGP なぜ異例の名称に?

    026年のF1世界選手権で、セパン・インターナショナル・サーキットが9年ぶりにカレンダーへ復帰することが決定した。しかし、復活するレースは「マレーシアGP」ではなく、「バーレーンGP」として開催されるという異例の形になる。

    一見すると奇妙な名称だが、その背景には中東情勢による開催中止と、F1、バーレーン、マレーシアの三者が合意した特別な開催スキームが存在する。

    なぜマレーシア開催なのに「バーレーンGP」なのか
    2026年のF1では、本来4月に開催予定だったバーレーンGPとサウジアラビアGPが、アメリカ・イスラエルとイランを巡る情勢悪化の影響で中止となった。

    F1は当初、10月4日の開催枠でバーレーンGPを復活させることを検討したものの、中東地域の緊張が続いたことで断念。その代替開催地として名乗りを上げたのがマレーシアだった。

    ただし、このレースは通常のマレーシアGPではない。

    開催費用の多くをバーレーン側が負担する特別契約が結ばれたため、イベント名はバーレーンGPを維持。さらにバーレーンのフラッグキャリアであるガルフ・エアがタイトルスポンサーとなり、正式名称は「ガルフ・エア・バーレーンGP・イン・マレーシア(Gulf Air Bahrain Grand Prix in Malaysia)」となる。

    つまり、開催地はマレーシアだが、イベントとしては「バーレーンGP」を継承するという、F1でも極めて珍しいケースとなる。

    セパンは2017年以来9年ぶりのF1復帰
    セパン・インターナショナル・サーキットは1999年から2017年までF1を開催してきたが、開催コストの上昇や観客動員の減少を理由にカレンダーから姿を消していた。

    しかし、今回の特別開催によって9年ぶりにF1が帰ってくることになった。

    F1会長兼CEOのステファノ・ドメニカリは今回の決定について次のようにコメントした。

    「2026年にマレーシアでバーレーンGPを開催できることを大変うれしく思う。F1は今回も適応力を発揮し、解決策を見つけ、世界中のファンに素晴らしいレースを届けられることを示した」

    「ファンにとっても素晴らしいニュースだ。完全なF1カレンダーを維持するとともに、歴史ある素晴らしいサーキットへ戻ることができる。マレーシアは素晴らしい国であり、セパンはF1の歴史において特別な場所だ。サーキットの観客にも、世界中のファンにも忘れられないレースになるだろう」

    バーレーンGP 2026年のF1世界選手権

    2026年終盤は3週連続開催が3回続く過密日程に
    マレーシアでの開催日は10月4日に設定されており、アゼルバイジャンGPとシンガポールGPの間に組み込まれる。

    これにより、2026年シーズン終盤には3回の3週連続開催(トリプルヘッダー)が、それぞれ1週間のインターバルを挟みながら実施される過密スケジュールとなる。

    一方で、カタールGPとアブダビGPについては依然として開催の不透明さが残っている。仮に両大会が中止となった場合には、イモラがシーズン最終戦の代替候補として検討されているとされ、F1は年間22戦の開催数を維持したい考えだ。

    今回の「バーレーンGP・イン・マレーシア」は、地政学的リスクに対応しながらシーズン全体の開催数を守るために生まれた前例のない取り組みであり、2026年シーズンを象徴する特別なイベントとなりそうだ。

  • F1バーレーンGP 2026年はマレーシアで開催決定 セパンが9年ぶりにF1復帰

    F1バーレーンGP 2026年はマレーシアで開催決定 セパンが9年ぶりにF1復帰

    2026年のF1バーレーンGPは、バーレーン・インターナショナル・サーキットではなく、マレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで開催されることが正式発表された。

    FIA世界モータースポーツ評議会(WMSC)の最終承認などを条件とするものの、10月2日から4日にかけて「Formula 1 Gulf Air Bahrain Grand Prix in Malaysia」として開催される予定だ。

    この決定により、セパンは2017年以来9年ぶりにF1カレンダーへ復帰。開催日はアゼルバイジャンGPとシンガポールGPの間に組み込まれ、2026年シーズンの他の日程に変更はない。

    地域情勢を受けた異例の対応 セパンでバーレーンGPを開催
    今回の開催は、F1、FIA、バーレーン政府、マレーシア政府の合意によって実現した異例の措置だ。F1は「本来であれば開催できなかったグランプリを維持するための取り組み」と説明しており、地域情勢を踏まえながらも2026年の開催数を維持することを優先した。

    会場となるセパン・インターナショナル・サーキットは1999年にF1初開催を果たした名コースで、高速コーナーと長いストレート、そして突発的なスコールがレース展開を大きく左右するサーキットとして知られる。最後の開催となった2017年大会では、レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペンが優勝を飾っている。

    チケット販売に関する詳細は後日発表される予定だ。

    ドメニカリCEO「F1の適応力を示す決断」
    F1のステファノ・ドメニカリCEOは、今回の決定について次のようにコメントした。

    「2026年にマレーシアがバーレーンGPを開催することを発表でき、大変うれしく思う。今回もF1は状況に適応し、解決策を見いだし、それを実現する能力を示した。これはF1を愛するすべての人にとって素晴らしい出来事だ」

    「この特別な結果を実現するためにビジョンと決断力を示してくださったバーレーンのハマド国王、サルマン皇太子、そしてマレーシアのイブラヒム国王と両国政府に心から感謝したい。また、プロセス全体を通じて協力してくれたFIAのモハメド・ビン・スライエム会長にも感謝する」

    「何よりも素晴らしいニュースなのはファンにとってだ。充実したF1カレンダーが維持されるだけでなく、歴史あるセパンへの復帰も実現する。マレーシアは素晴らしい国であり、セパンはF1の歴史の中でも特別な存在だ。現地のファンだけでなく世界中のファンに忘れられないレースを提供してくれるだろう」

    FIA「安全を最優先に全ての選択肢を検討した」
    FIAのモハメド・ビン・スライエム会長は、安全面を最優先に判断を進めたことを強調した。

    「2026年バーレーンGPを歴史あるセパンで開催できることを誇りに思う」

    「このプロセスを通じて、FIA、FOM、そしてバーレーンのパートナーは、チーム、ボランティア、オフィシャル、関係者、ファンの安全と健康を最優先に、あらゆる選択肢を検討してきた」

    「マレーシアは長年にわたりF1の歴史に重要な役割を果たしてきた。今回の復帰はマレーシア・モータースポーツ協会との強固な関係、マレーシア政府の継続的な支援、そして国際的な協力体制の成果でもある」

    バーレーングランプリ

    バーレーンとマレーシア首脳も協力を強調
    バーレーンのサルマン皇太子兼首相は、両国の緊密な関係が今回の開催につながったと説明した。

    「両国の友好的な関係を基盤として、2026年10月2日から4日にかけてマレーシア・セパンでバーレーンGPを開催できることを誇りに思う」

    「これは世界中のファンにとって素晴らしい経験となるだろう。地域情勢が続く中でも、バーレーンはF1にとって安定した存在であり続け、関係者全員にとって成功した大会となるよう全力を尽くす」

    また、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相も「この協力は単なるスポーツイベントではなく、バーレーンとの強固な友情と信頼関係を示すものだ」と述べ、世界中のF1ファンをセパンへ迎え入れる準備が整っていることを強調した。

    今回の発表により、F1は地域情勢という難しい課題に対応しながら2026年シーズンの24戦体制を維持する見通しとなった。約9年ぶりとなるセパンでのF1開催は、往年のファンにとっても大きな注目を集めるイベントとなりそうだ。

  • マレーシアGPが2026年F1開催候補に浮上 中東情勢悪化でセパン復活の可能性

    マレーシアGPが2026年F1開催候補に浮上 中東情勢悪化でセパン復活の可能性

    2026年F1カレンダーに、マレーシアGPがサプライズ復活する可能性が浮上した。中東情勢の悪化を受け、F1はバーレーンGPをはじめとする中東ラウンドの開催可否を慎重に見極めており、代替開催地としてセパン・インターナショナル・サーキットが有力候補の一つとなっている。

    現時点でF1は22戦開催を予定しているが、中東ラウンドが相次いで中止となればシーズン終盤のレース数が減少する恐れがある。そのためF1は、物流や日程面も含めた現実的な代替案の検討を進めている。

    バーレーンGP開催は厳しい情勢に
    当初は、今季序盤に延期となったバーレーンGPを10月4日、アゼルバイジャンGPとシンガポールGPの間に組み込む案が有力視されていた。

    しかし、その後のアメリカとイランの対立激化により状況は一変。イランによるミサイル攻撃などを受け、中東地域の安全保障への懸念が高まり、バーレーンGP開催を決断できる状況ではなくなった。

    F1は夏休み前にバーレーンGPの扱いを決定したい考えとみられているが、カタールGPとアブダビGPについては、できる限り判断を先送りする方針で、最終決定は数週間後になる可能性もある。

    今週末にはFIA世界モータースポーツ評議会(WMSC)が世界耐久選手権(WEC)の中東ラウンドについて判断を下す予定で、その結論がF1の判断にも大きな影響を与えるとみられている。

    セパンが有力候補に浮上した理由
    仮にバーレーンGPが開催できなくなった場合でも、F1は10月上旬の空いた週末を維持したい考えだ。

    その背景には、シーズン終盤のカタールGPやアブダビGPについても開催が保証されておらず、現在予定されている22戦からさらにレース数が減るリスクがあるためだ。

    代替開催地には物流面で厳しい条件が求められる。ヨーロッパでの開催は輸送上の問題から現実的ではなく、アゼルバイジャンから比較的近いトルコも候補に挙がっている。

    一方で、有力視されているのがマレーシア・セパンだ。シンガポールに近い地理的条件に加え、サーキットが空港に隣接しているため、短期間で機材を移動させる「バック・トゥ・バック開催」に対応しやすいことが評価されている。

    セパンは1999年から2017年までF1を開催していたが、開催権料の高騰などを理由にカレンダーから姿を消した。現在もMotoGPをはじめとする国際レースが開催されており、施設面では十分な受け入れ能力を維持している。

    終盤戦ではポルティマオも代替候補
    F1はカタールGPとアブダビGPについては現時点で開催を断念していないものの、万が一に備えてシーズン終盤の代替開催地についても検討を進めている。

    その候補として最有力視されているのがポルトガルのポルティマオで、ラスベガスGPの2週間後となる12月6日にシーズン最終戦として組み込まれる可能性がある。

    中東情勢の先行きが不透明な中、F1は安全性を最優先にしながら、22戦体制を維持するため複数の代替プランを並行して準備している。マレーシアGP復活の可能性も、その選択肢の一つとして現実味を帯び始めている。

    Source: The Race

  • フェルナンド・アロンソ F1最高の走りは2010年マレーシアGP「無名の走り」

    フェルナンド・アロンソ F1最高の走りは2010年マレーシアGP「無名の走り」

    フェルナンド・アロンソは、自身がこれまでのF1キャリアで「最高の走り」と考えるレースについて、その裏話を明かした。選んだのは優勝や表彰台の輝かしい瞬間ではなく、15年前のマレーシアGPでの“無名の走り”だった。

    アロンソは2001年にデビューして以来、これまでに417戦に出場し、2300ポイント以上、106回の表彰台、32勝、22回のポールポジション、そして2度の世界タイトルを獲得してきた。

    しかし、2025年イタリアGP時点で44歳となった彼が「最高のレース」として挙げたのは、2010年のフェラーリ時代のマレーシアGPだった。

    アストンマーティンのパートナーであるMaadenのインタビューで、アロンソはこう語った。

    「多くの人が気づいていないレースがある」とアロンソは説明し、2012年ヨーロッパGPバレンシアのような伝説的な勝利(11番手から優勝)を選ばなかった理由を述べた。

    アロンソが言及したのは2010年マレーシアGP。雨に翻弄され予選Q1敗退で19番手スタートとなったうえ、決勝ではレース序盤からギアボックスとクラッチのトラブルに悩まされ続けた。

    フェルナンド・アロンソ F1 マレーシアグランプリ2010年マレーシアGPでアロンソはスタートからフィニッシュまで苦戦を強いられた

    「それはマレーシア、2010年のセパンだった。ギアシフトに問題があった。ギアボックスは壊れていて、半分壊れていたんだ。クラッチにも問題があった。アップシフトは問題なかったけど、ダウンシフトができなかった」

    「レースの半分くらいで、ターン1でダウンシフトしようとしたら、7速から2速ではなく5速にしか入らなかった。だからターン1を5速で曲がった。タイムを失って、その次のコーナーで問題があることに気づいた」

    「絶望的になって、ダウンシフトするときにスロットルをブリッピングしてみた。そうしなければその周でリタイアしていただろう。ブリッピングしたらダウンシフトが入った。次のブレーキングポイントでは、4回スロットルをブリッピングして4速落ちた」

    「チームに伝えたんだ。『僕のやっていることは正しいのか? このままだと1周でギアボックスを壊すのではないか?』とね。するとチームは『そのまま続けていい、ギアボックスは大丈夫だ』と言った」

    「それから30周くらいそうやって走った。アップシフトは問題ない。ブレーキングのときにはブレーキペダルに圧力をかけたまま、希望するギアまでダウンシフトするためにスロットルを数回ブリッピングしなければならなかった。当然、スロットルとパドルシフトをシンクロさせてね」

    フェルナンド・アロンソ F1 スクーデリア・フェラーリレース中に編み出した対処法でフェラーリのエンジニアを驚かせたアロンソ

    残り数周のところでエンジンブローにより13位でリタイア、ポイントは獲得できなかった。それでもアロンソは、このときの走りを強く誇りに思っている。

    「レース後にエンジニアたちは言った。『どうやってそんなに早く解決策を思いついたんだ? 確かにそれは解決策になり得るが、君は問題が出た次のコーナー、わずか13秒か14秒後にそれを実行していた』とね。僕は答えたよ。『僕は負けるのが嫌いなんだ。リタイアするのは嫌だ。リタイアを受け入れる前に、できることは全部試す』と」

    「完全に匿名のレースだった。誰もそのレースを覚えてはいないだろう。だけどあのレースで必要とされたエネルギーのレベル、集中力、そして直感的に未経験の問題に対する解決策を見出したこと…あれは間違いなく忘れられないレースだったと思う」

  • F1マレーシアGP セパン代表「F1を手放したのは誤りだった」

    F1マレーシアGP セパン代表「F1を手放したのは誤りだった」

    セパン・インターナショナル・サーキットは、8年前に「誤り」によってF1を手放したことを悔やみながら、その復帰を望んでいる。

    1999年から2017年までF1マレーシアGPを開催してきたこのトラックは、19回目の開催を最後にカレンダーから姿を消した。新型コロナの危機よりもずっと前に消えており、復帰の可能性が時折取り沙汰されるものの、状況ははるかに複雑だ。

    現地では希望を失ってはいないものの、嘆きも多い。現在の最優先事項はMotoGPとの新たな契約交渉であり、2026年初頭にはマレーシアで二輪世界選手権の公式発表が行われる可能性もあるという。

    「過去の過ちを繰り返したくない」とサーキットのディレクター、アザン・シャフリマン・ハニフはマレーシアの『New Strait Times』に語った。「我々はF1を手放してしまい、今では戻すのがとても難しい。MotoGPで同じ誤りを犯さないことを願う」

    「F1に戻るには待機リストがあり、コストも非常に高い。我々に提示された予算は7,000万ドルだった。それは1レースごとであり、運営コストは含まれていない。待機リストには多くの人々がいるので簡単ではないだろう。ただし本気で取り組むなら、議論を始められるかもしれない」

    マレーシアグランプリ F1 マレーシアGP

    マレーシアにとっても、他の国々と同じように、F1復帰のための資金調達が最重要課題となる。セパンは常にF1マシンが観客を魅了した舞台だが、復帰の可否は資金にかかっている。

    「F1を望んでいるのはセパン・サーキットだけではない」とアザン・シャフリマン・ハニフは強調する。「公共部門も民間も多くの関係者が復帰を望んでいる。我々はシンガポールがどうやってF1を開催しているかを見習うべきだ。彼らはすべての関係者を巻き込んでいる。省庁から民間企業、ホテルまで、全員が貢献している。復帰を目指すなら、我々もそうしなければならない」

    「これは時間がかかる。MotoGPでさえ投資回収を増やすのに時間がかかった。重要なのは、全員が一体となることだ」

  • ペトロナス 2026年にF1マレーシアGPの復活を検討との報道

    ペトロナス 2026年にF1マレーシアGPの復活を検討との報道

    マレーシアの国営石油会社ペトロリアム・ナシオナルが、2026年に9年ぶりにF1マレーシアGPを開催することを検討しているとこの件に詳しい3人の関係者がReutersに語った。

    マレーシアは1999年からセパン・インターナショナル・サーキット(SIC)でF1世界選手権を開催していたが、チケットの売り上げ減少と開催コストの上昇により、2017年に最後のレースを行った。

    マレーシア唯一のフォーチュン500企業であるペトロナスは、10月にSICの3年間の命名権を獲得した。同サーキットでは引き続きMotoGPレースやその他のモータースポーツイベントが開催される。

    マレーシアGPを復活させるというペトロナスの計画は、火曜日に行われたテングク・ムハンマド・タウフィック・テングク・アジズ社長兼最高経営責任者(CEO)率いる会社のタウンホールで明らかになったと関係者が語った。彼らはメディアに話すことを許可されていないため、身元を明かすことを拒否した。

    情報筋は復帰の理由について詳しくは語らなかった。

    マレーシアGPの計画に関するロイターの報道に対し、ペトロナスは「ペトロナス・セパン・インターナショナル・サーキットへの復帰に関する話し合いは行われていない」と述べた。

    昨年、マレーシアのスポーツ相であるハンナ・ヨーは、F1レースの開催は「非常に高価」であり、「F1レースを開催できるのであれば、すでに開催しているはずだ。だが、今のところレースを開催する余裕はない」と語った。

    F1事務局はコメントを求めたが、すぐには返答しなかった。

    近年、F1の人気は世界的に拡大している。Netflixのテレビシリーズ『Drive to Survive』によって世界中に広がっており、認知度を高め、観光を促進し、経済を刺激するためにレースの開催地を争う国が増えている。

    2017年のマレーシアグランプリではマックス・フェルスタッペンが優勝し、メルセデスAMGペトロナスF1チームのドライバーであるルイス・ハミルトンがその年のドライバーズ選手権を制した。

    ペトロナスは2010年からメルセデス・チームのスポンサーを務めており、このパートナーシップによって8度のコンストラクターズチャンピオンシップと7度のドライバーズチャンピオンシップを獲得している。

    昨年はコンストラクターズランキングで2位、ドライバーズランキングではハミルトンが3位、チームメイトのジョージ・ラッセルが8位だった。

    ペトロナスは3月上旬に2023年通期と第4四半期の利益を発表する予定だ。11月、同社は平均実現石油・ガス価格の下落による収益の悪化を背景に、第3四半期の利益を減少させた。

  • F1マレーシアGP 「F1レースを開催する金銭的な余裕はない」

    F1マレーシアGP 「F1レースを開催する金銭的な余裕はない」

    マレーシアは、F1をセパン・インターナショナル・サーキットに戻すための金銭的な余裕はないと語る。

    1999年から2017年にかけてF1マレーシアGPを開催してきたクアラルンプール近郊のセパン・サーキットはドライバーから高く評価されていた。

    しかし、マレーシアのF1の冒険が終わると、当時のスポーツ大臣であるカイリー・ジャマルディンは「F1の開催をやめるべきだと思う。少なくともしばらくの間はね」と語った。

    「コストが高すぎるし、リターンも限られている」

    そして今、マレーシアがF1の人気上昇に乗じてカレンダーに復帰することを熱望しているという噂があるにもかかわらず、状況は何も変わっていないようだ。

    「F1は非常に高価だ」と現スポーツ大臣のハンナ・ヨーは地元紙The Vibesに語った。

    「サーキットをアップグレードするためだけに、政府から2000万リンギット(450万ドル)の補助金を待たなければならなかった。もし、F1レースを開催できるのであれば、すでに開催しているはずだ」

    「しかし、今のところ、レースを開催する余裕はない。とりあえず、緊急のサーキットの修理にお金を使うことにする」

    実際、政府資金の約半分は、MotoGP連盟FIMのホモロゲーション要件を満たすための再舗装工事に使われることが理解されている。

  • F1マレーシアGP、数年後のF1カレンダー復帰の可能性を示唆

    F1マレーシアGP、数年後のF1カレンダー復帰の可能性を示唆

    F1マレーシアGPを主催していたセパン・インターナショナル・サーキットの最高経営責任者であるアジャン・シャフリマン・ハニフは、2017 年以来初めてF1がマレーシアに戻る可能性をほのめかしたが、少なくとも「あと2~3年」は復帰しないと主張している。

    マレーシア政府は現在、新型コロナウイルスのパンデミックの影響を受けて、国民経済の再建に注力している。

    オーバーテイクの機会の多さと変わりやすい気象条件からF1ファンのお気に入りと考えられていたF1マレーシアGPは、1999 年に初開催されましたが、コストの上昇によりレースの開催が困難になった2017年シーズンを最後に開催されなくなった。

    F1カレンダー復帰の可能性についてアジャン・シャフリマン・ハニフは「現時点では、答えはノーであり、当分の間ではない」とAFPに説明した。

    「経済が安定する2~3年後は可能かもしれない。スピルオーバー効果の観点から見たリターンを知る必要がある」

    セパン・インターナショナル・サーキットでは、パンデミック前以来初めて10月にMotoGPが開催される。ヘルマン・ティルケが設計したトラックは、今シーズンのF1ロシアGPの消滅によって残された穴を埋めるという憶測があった。

    それにもかかわらず、アジャン・シャフリマン・ハニフは、F1カレンダー復帰が可能になる前に解決しなければならないことがまだあると述べた。

    「ブランドの再構築、プラットフォームをどのように収益化するかを検討する必要がある。技術移転、人材育成、環境の持続可能性について話し合う必要がある」

    「もしF1がマレーシアに戻ってくるとしたら、それはレースだけでなく、何か他のことに依存しなければならない」

    「我々がF1をやっている理由は他にもあるはずだ」