カテゴリー: ホンダF1

  • レッドブル・レーシング 2024年F1日本GP スペシャルキャップ

    レッドブル・レーシング 2024年F1日本GP スペシャルキャップ

    レッドブル・レーシングの2024年F1日本GP仕様のスペシャルキャップが一部海外ショップで販売されている。

    今年、F1日本GPは春開催となり、第4戦として鈴鹿サーキットで4月5(木)~4月9日(日)に開催される。ホンダのF1エンジンを搭載するレッドブル・レーシングと姉妹チームのRBにとっては第2のホームレースとなる。

    まだ、チームの公式ショップでは販売されていないが、一部海外ショップでは、2024年F1日本GPのスペシャルキャップが登場。ニューエラ製のキャップは日の丸カラーで、白地に「オラクル・レッドブル・レーシング」とカタカナで書かれ、背面には全体に赤で桜をイメージしたデザインが入っている。

    レッドブル・レーシング F1 日本GP キャップレッドブル・レーシング F1 日本グランプリ キャップ

  • 佐藤琢磨 ホンダ・レーシングのエグゼクティブ・アドバイザーに就任

    佐藤琢磨 ホンダ・レーシングのエグゼクティブ・アドバイザーに就任

    ホンダ・レーシング(HRC)は、これまでF1への参戦やインディ500)の2度の制覇など、世界トップカテゴリーで活躍してきた佐藤琢磨とアドバイザリー契約を締結し、ホンダとHRCの四輪レース活動全般における助言・サポートを行う「エグゼクティブ・アドバイザー」に就任することを発表した。

    佐藤琢磨は、1997年にホンダのドライバー育成プログラムである鈴鹿レーシングスクール(現ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿/HRS)を卒業。

    2001年に英国F3選手権チャンピオンに輝くなどの活躍を見せた佐藤琢磨は、2002年からF1に参戦。2004年のアメリカGPでは3位表彰台を獲得した。

    その後、2010年よりアメリカのインディカー・シリーズに参戦し、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ「世界3大レース」のひとつとして知られるインディ500において、日本人では唯一となる2度の優勝を達成した。

    2024年シーズンも、5月26日(日)に開催されるインディ500に、Rahal Letterman Lanigan Racing(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)より参戦し、3度目のインディ500制覇を目指す。

    佐藤琢磨はこれまで、HRSのプリンシパル(校長)としてホンダのドライバー育成に尽力してきた。それに加え、今後はエグゼクティブ・アドバイザーとして、国内外のドライバー育成戦略やプログラムの策定、レースの参戦計画や運営体制などに助言とサポートを行っていく。

    また、HRCブランドの商品展開の際には、佐藤琢磨のトップレーシングドライバーとしての経験と知見を投入し、さらなるHRCブランドイメージの向上を目指す。

    佐藤琢磨は「長年にわたって私の『夢の実現』を支え、二人三脚で歩んできたホンダとの絆の象徴ともいえる『HRCエグゼクティブ・アドバイザー』への就任を心より誇りに思います」とコメント。

    「私が培ってきた技術と経験を後進に伝えていくことに加えて、自分も”No Attack, No Chance”の気持ちを忘れることなく、チャレンジャーとしてホンd/HRCとともに新たな挑戦を続け、さらなるHondaモータースポーツの発展に貢献できるよう努めてまいります」

    ホンダ・レーシングの代表取締役社長 渡辺康治は「レーシングドライバーとして進化を続け栄冠に輝いてきた佐藤琢磨氏を我々HRCのエグゼクティブ・アドバイザーに迎え入れることを大変うれしく思います」とコメント。

    「佐藤琢磨氏には、これまでもHRSのプリンシパルとして若手ドライバーの育成に大きく貢献していただいておりました。今後はHRCのエグゼクティブ・アドバイザーとしてさらに活動の幅を広げ、ホンダのモータースポーツ活動を多角的にサポートしていただけることを心強く思います。また、佐藤琢磨氏の魅力は、そのドライビングスキルだけでなく『勝利を目指しチャレンジし続ける強い信念』にあると思います。今年もインディ500に果敢に挑戦する姿を称え、3回目のインディ500勝利という金字塔を打ち立ててくれることを心より願い、ファンの皆様とともに精一杯応援したいと思います」

    佐藤琢磨の主な経歴

    1997年
    鈴鹿レーシングスクール フォーミュラ(SRS-F)を卒業

    2001年
    英国F3選手権チャンピオン
    マスターズF3優勝
    マカオGP優勝

    2002年
    ジョーダン・ホンダよりF1デビュー

    2003年
    B・A・R ホンダに移籍

    2004年
    F1 第9戦アメリカGPで3位表彰台

    2006年
    スーパーアグリ・ホンダに移籍

    2010年
    KVレーシングからインディカー・シリーズに参戦
    第94回インディアナポリス500にてインディ500に初挑戦、20位完走

    2011年
    インディカー・シリーズ第8戦で日本人初のポールポジション獲得

    2012年
    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍
    第4戦サンパウロで自身初の3位表彰台
    第96回インディ500にて終盤まで優勝争いを演じるも、惜しくも最終ラップでスピン

    2013年
    AJフォイト・レーシングに移籍
    第3戦ロングビーチでインディカー・シリーズ日本人初優勝

    2017年
    アンドレッティ・オートスポーツに移籍
    第101回インディ500で日本人初優勝
    この勝利により内閣総理大臣顕彰受賞

    2018年
    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍

    2019年
    鈴鹿レーシングスクール(現ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿)プリンシパルに就任
    第103回インディ500でトップに約0.3秒及ばず、3位

    2020年
    第104回インディ500予選で日本人過去最高位となる3位
    決勝レースで自身2度目となる優勝

    2021年
    第105回インディ500で連覇を狙うも、14位。

    2022年
    デイル・コイン・レーシング・ウィズ・リック・ウェア・レーシングから参戦

    2023年
    チップ・ガナッシ・レーシングからオーバルコースでのレース5戦に参戦、第107回インディ500は7位

  • ホンダF1 レッドブルRB20で「4年連続タイトルへの挑戦を続けていく」

    ホンダF1 レッドブルRB20で「4年連続タイトルへの挑戦を続けていく」

    2024年のF1世界選手権シーズンは、レッドブル・レーシングの20周年、そしてホンダのF1初参戦から60周年を迎える。

    2月15日(木)、オラクル・レッドブル・レーシングは、英国ミルトン・キーンズのチーム本社で開催されたイベントで、2024年のF1世界選手権に参戦するRB20を発表した。

    2024年シーズンは、レッドブル・レーシングが誕生して20年、ホンダが1964年のドイツGPでロニー・バックナムをドライブしたRA271がF1に初参戦してから60年の節目となる。

    今シーズン、オラクル・レッドブル・レーシングは、Honda RBPTの優れたPU技術を搭載し、F1世界選手権のドライバーズタイトル4連覇とコンストラクターズタイトル3連覇を目指す。

    昨シーズンは、Honda RBPTH001を搭載したRB19が22戦21勝、勝率95.5%という記録を打ち立て、ディフェンディングチャンピオンとしてドライバーズタイトルとコンストラクターズタイトルを独占した。

    今シーズン、RB20は、名前が変更された有力なホンダRBPTH002 1.6リットルV6ハイブリッドPUを搭載すr。

    現ワールドチャンピオンのマックス・フェルスタッペンとセルジオ・ペレスは、昨年世界ランキング1位と2位を獲得し、今シーズンも再びチームに並ぶことになる。

    F1公式テストは2月21~23日にバーレーン・インターナショナル・サーキットで開始され、その後2月29~3月2日に開幕戦F1バーレーンGPが開催される。

    ホンダは2024年のシーズン中も、F1初参戦から60周年を祝う活動を続けていく。

    HRCの代表取締役社長 渡辺康治は「オラクル・レッドブル・レーシングの創立20周年を、ホンダのF1初参戦から60年目となる今年、共に祝えることを光栄に思います」とコメント。

    「HRCとHondaはテクニカルパートナーとして、またチームパートナーとして、マックス・フェルスタッペン、セルジオ・ペレス、そしてチームと並々ならぬチームワークを発揮し、昨シーズンは22戦21勝というF1史に残る偉業を達成できたことを心から誇りに思います」

    「HRCとHondaは今シーズンもパートナーとして全面的にサポートし、チームの4年連続タイトルへの挑戦を続けていきます」

    レッドブル・レーシング・チーム代表兼CEOのクリスチャン・ホーナーは「ホンダF1の60周年記念イヤーと同時に、我々の20周年シーズンを迎えられることをうれしく思う。両チームにとって最も成功した年のひとつであることを喜ばしく思いながら、彼らの幅広いF1の歴史の一部であることに感謝している」とコメント。

    「前シーズン、Honda RBPTH001は我々にとって22戦中21勝という素晴らしい結果をもたらし、F1の歴史に残る数々の伝説的な記録を打ち立て、更新した。マックスは今、最も成功したホンダドライバーという栄誉を得た。我々の旅を振り返ると、2019年にパートナーシップを結んだ当初から、デビュー戦で表彰台を獲得し、わずか3シーズンで世界選手権3連覇という偉業を成し遂げた」

    「ホンダが60年以上維持してきたのと同じチャレンジ精神と勝利への決意を体現し続けるレッドブル・パワートレインを通じたホンダとのコラボレーションが成功したことを誇りに思う」

  • ホンダF1 2026年次世代パワーユニットでHRC USとの共同開発を開始

    ホンダF1 2026年次世代パワーユニットでHRC USとの共同開発を開始

    HRC(ホンダ・レーシング)は、ホンダが2026年にアストンマーティンのワークスパートナーとしてF1復帰するにあたり、すでにHRC USと協力して次世代F1パワーユニットの開発を進めている。

    先月のIMSA開幕戦デイトナ24時間レースに足を運んだHRC社長の渡辺康治は、「北米でHondaのレースをやってきたHPDが昨年の9月にHRC USに社名を変え、連携を深めてきましたが、その新しい体制での最初のレースがデイトナでした。一緒に活動してきた成果を見届けようと現場に来ました」と語った。

    HRC USはF1にも関与をしていく。具体的にすでに始まっている作業について「F1のパワーユニットの電動系のところの開発とサポートに入ってもらっています」と渡辺康治は説明。

    「開発は日本のHRCがメインでやっていきますが、HRC USがそこに加わる形です。HRC USの前身となるHPDにはインディカーのハイブリッドシステムの開発という内燃機関の実績があり、HRCとしては電動の部分に知識とマンパワーが欲しかったためです。まだHRCとHRC USが一緒に働くプロジェクトは始まったばかりで少人数のみ関わっている段階ですが、今後相乗効果が生まれることに非常に大きな期待を寄せています」

    「HRC USとしても、F1をサポートすることで彼らのレベルが上がることに強く期待しており、もうすでに効果が現れているようで、一緒にやることでいろいろと勉強になるという話などを耳にすると、実感がわきます」

    また、F1復帰にむけてHRCとしてヨーロッパにも拠点を作る計画であることを渡辺康治は明かした。

    「2026年からのF1のパートナーであるアストンマーティンはイギリスの会社ですから、パワーユニット供給に向けて拠点を立ち上げようと考えています」

    「実際にHRCの人間をHRC USに、あるいはHRC USの人間を日本に駐在させるかは分かりませんが、HRD Sakuraにはすでに定期的にサンタクラリータ(カリフォルニアにあるHRC USの本拠地)から人が来ていますし、お互いに出張ベースにはなりますが、交流は拡大しています」

    HRC USとの交流開始から数カ月での相乗効果について渡辺康治「HRC USは参戦しているIMSAシリーズでの様々なデータ管理をするのにHRD Sakuraの作り上げたソフトウェアを使いだしたのですが、それをさらに進化させました」と語る。

    「F1用に作ったソフトウェアは元々パワーユニットだけの管理を行うものでしたが、IMSAでは車体側の管理もしていく必要があるため、そちらへと能力を広げたのです」

    2026年からのF1に向けた準備が最優先
    ホンダのモータースポーツの大きな柱はF1、インディカー、IMSA GTP、日本のスーパーフォーミュラとSUPER GTとあるが、今後HRC USが新しいカテゴリーに進出していく可能性はあるのだろうか?

    「HRCのワンブランド体制として協調関係を強化したのは我々にとって第一のステップで、次なるステップとして、HRC USが将来的にグローバルレースに出て行く可能性はあります」と渡辺康治は方。

    「例えば、現在の我々の計画にはありませんが、仮にWEC(世界耐久選手権)に参戦することになれば、当然IMSAで活動している経験が役に立つでしょうから、HRC USが担当することになるでしょう

    「WECへの参戦計画は現在の我々にはないのですが、非常に興味はあります。しかし今の優先順位では、2026年からのF1をしっかりと準備していくことが一番です」

    日本人ドライバーもグローバルに
    今年のIMSAシリーズでのアキュラはWayne Taylor Racing with Andrettiの1チームからGTPクラスに2台を参戦させた。日本人ドライバーがGTPに参戦する道をホンダが用意する計画はあるのだろうか?

    「我々の日本以外のレースというと現在はF1で、そちらに日本のドライバーを乗せたいという思いはこれからも当然続いていきますが、それだけでは足りません」と渡辺康治は語る。

    「日本人ドライバーに海外で活躍する場を提供していく、準備していく検討に入りたいと考えているところです」

    SUPER GTで活躍するドライバーたちの中には、「GTPにチャレンジしたい」という人がいるのだろうか?

    「いると思います」と渡辺康治は語る。

    「日本のGT300と500がある混走のレースでしっかりとマシンが操れる人であれば、アメリカのIMSAシリーズのレースでもうまくドライバーとして務め上げることが可能でしょう。是非トライさせてみたいと思います」

    「『今年から』ということではなく、『来年からやります』とも言い切れませんが、なるべく早いタイミングでやりたいとは考えています。HFDP(ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト)やSUPER GTで活躍したドライバーたちに、次のステップ、世界での戦いの場というのを作ってあげたいと思います」

  • ビザ・キャッシュアップRB ホンダF1の2024年型『RBPTH002』を初始動

    ビザ・キャッシュアップRB ホンダF1の2024年型『RBPTH002』を初始動

    ビザ・キャッシュアップRB(旧スクーデリア・アルファタウリ)は、ホンダの今季型F1パワーユニット『RBPTH002』を2024年F1マシンで初始動。動画でその様子とサウンドを公開した。

    チーム名の評判は芳しくないものの、ファエンツァを拠点とするRBフォーミュラ1チームは、2024年のF1世界選手権に向けて、まだ名前の発表されていないマシンの開発を進めている。

    チームは、ファクトリーでホンダの2024年型F1パワーユニット『RBPTH002』させたことを報告。そのサウンドを公開した。

    元FIA職員のピーター・バイエルがCEO、元フェラーリのスポーティングディレクターのローラン・メキースがチーム代表という新体制のビザ・キャッシュアップRBは、元FIAのティム・ゴスがチーフ・テクニカル・オフィサー、元アルピーヌF1のアラン・パーメインとスポーツディレクター、元レッドブルのギヨーム・カッテラーニが副テクニカル ディレクターとしてチームに加わることが決定し、体制を強化している。

    角田裕毅とダニエル・リカルドが2024年にドライブするF1マシンとチームの新しいカラーリングは、2月8日(木)にラスベガスでお披露目される。

  • 岩佐歩夢 スーパーフォーミュラの先に見据えるF1 「タイトルを目指す」

    岩佐歩夢 スーパーフォーミュラの先に見据えるF1 「タイトルを目指す」

    岩佐歩夢は、今季からスーパーフォーミュラに参戦。ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトの一員として、その先にF1を見据えている。

    昨年、リアム・ローソンはスーパーフォーミュラでめざましい活躍を見せ、レッドブル・レーシングが彼をF1シートに昇格させることに抱いていた疑念を払拭。2024年のアルファタウリのF1シートを逃したにもかかわらず、将来的に空席が出た場合のリストのトップに名を連ねた。

    2024年のスーパーフォーミュラでは、ローソンのチーム無限のシートを引き継ぐべく、F2からもうひとりの育成ドライバーがF1への野望を胸にやってきた。岩佐歩夢だ。

    岩佐歩夢とローソンのこれまでのキャリアは、表面的にはよく似ている。岩佐歩夢の場合はホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトの一員として参戦し、後者のカテゴリーでトップランナーとしての地位を確立した。ローソンは2年目のF2シーズンで総合3位に入ったが、岩佐歩夢は昨年、その基準にはわずかに届かず、ランキング4位に終わった。

    レッドブル・レーシングは2024年にローソンがF1のリザーブドライバーとしてフル参戦することを望んでおり、岩佐歩夢が3シーズン目もF2にとどまることで得られるものはほとんどないため、ホンダエンジン搭載の15号車を引き継ぐことになったのだ。

    しかし、岩佐歩夢にとってこの移籍が特筆すべきことなのは、奇しくも母国日本での初めてのフル参戦となることだ。というのも、2019年に鈴鹿レーシングスクール(現ホンダレーシングスクール)を卒業した後、フランスのF4に参戦し、2021年にFIA F3にステップアップし、その後F2に2シーズン参戦したからだ。

    「鈴鹿レーシングスクールを出てからずっと海外でレースをしてきたので、リアムと同じような感覚です」と岩佐歩夢は語る。「すべてが新しく感じます。このカテゴリーで、そしてこのチームから学ぶことはたくさんります。でも、目標は明らかに今シーズンのチャンピオンになることです」

    Honda Racing THANKS DAYで新車ダラーラSF23と短い初対面を果たした岩佐歩夢は、12月に鈴鹿で行なわれたポストシーズン公式テストに3日間参加し、3月に同トラックで行なわれる2024年シーズン開幕戦に向けて重要な経験を積んだ。

    これはアブダビでのスクーデリア・アルファタウリでのF1マシン初体験に続くもので、岩佐歩夢はスーパーフォーミュラのマシンに何を期待すればいいかを知ることができたという。

    「マシンのフィーリングはほぼ想像通りで、F1とF2のちょうど中間くらいでした」と岩佐歩夢は説明する。「コーナーでもっとプッシュすると、マシンの運転方法という点でもF1に似てきます。でも、低速コーナーではF2に非常に似たフィーリングを感じます。だから、他のドライバーから聞いたのと同じように、F2のフィーリングもあればF1のフィーリングもあります」

    岩佐歩夢 F1 スクーデリア・アルファタウリ

    ローソンはF2からスーパーフォーミュラへのスムーズな移行を果たしたが、ニュージーランド人ドライバーは、無限と協力してマシンをセットアップしなければならなかったことが、ドライバーがマシンに合わせることが一般的なF2での経験とはまったく違っていたと指摘する。

    しかし岩佐歩夢は逆に、鈴鹿テストでの無限との仕事の進め方は、F2でDAMSチームとやっていたこととまったく変わらなかったと語る。

    「F2マシンは重いし、タイヤも18インチだからドライビングスタイルは違うけど、マシンを改善していく方法は似ています」と岩佐歩夢は語る。「実際、DAMSは(他のチームについて)他のドライバーから聞いた話とはかなり違っていました」

    「そのプロセスは僕にとって非常にうまく機能しており、無限が現在行っていることと非常によく似ています。それが大いに役立っていると思いますし、テストの最初から良いフィードバックを与えることができました。自分の経験を最大限に活かしています。順調に進んでおり、チームも満足しています」

    岩佐歩夢はルーキーとして、鈴鹿テストでチーム無限とともに3日間走る権利を与えられ、ルーキー専用テストの最終日に最速タイムを記録した。彼のベストラップ1分36秒387は、3日間を通して総合4位で、ホンダエンジン搭載ドライバーのトップとなり、今年のスタートに自信を与えた。

    「プレシーズンテストと開幕戦のコンディションは似ているはずです」と岩佐歩夢は語る。

    「チームとしては、これからデータを分析してプレシーズンテストに臨むことになりますが、すでにいい方向性は見えています。次のテストでどれだけ改善できるか、とても興味がありますが、他のチームが何をしているかはわかりません」

    チャンピオンになるという目標を達成するためには、岩佐歩夢は難敵を乗り越えなければならない。昨年のF2タイトルを破ったテオ・プルシェールとの再戦だ。また、岩佐歩夢の最大のライバルは無限陣営にいる可能性が高く、同じチームで2度のチャンピオンに輝いた野尻智紀(現ホンダ・レーシング・スクール2008の卒業生)と対戦する。

    「実は、鈴鹿レーシングスクールに通っていた2019年よりもいい状況なんです。当時は野尻さんがインストラクターでしたから!」と岩佐はジョークを飛ばす。「でも今はチームメイトとして、一緒にベストを尽くさなければならないし、すべてを共有しています」

    「もちろん彼のことは尊敬しているし、以前彼のレースを見ていたときから、彼が本当に速いことは知っています。これからはチームとしてチャンピオンを獲得するために協力し合う必要があります。その後、コース上でドライバーズタイトルを目指して戦っていきます」

    岩佐歩夢は、2023年にローソンが素晴らしいルーキー・シーズンを送ったことが、今年も同じようなプレッシャーになっていることを否定するが、F1の夢をコース上でのものにするためには、野尻やプルシェール、そして他のすべてのライバルを打ち負かし、チャンピオンを獲得する必要があることはわかっている。

    2024年スーパーフォーミュラのシーズン中、彼がこのチャレンジに立ち向かえるかどうかが、注目すべきストーリーのひとつになることは間違いない。

    岩佐歩夢 スーパーフォーミュラ

  • ホンダ 2026年のF1復帰に集中 「ル・マン参戦は優先事項ではない」

    ホンダ 2026年のF1復帰に集中 「ル・マン参戦は優先事項ではない」

    ホンダ・レーシング(HRC)の渡辺康治社長は、ホンダは2026年のF1エンジンプログラムの準備を強化しているため、ファクトリーとしてル・マン24時間レースに参戦することは優先事項ではないと述べた。

    ホンダは、2021年にレッドブルのエンジンパートナーから撤退すると発した後、2026年にF1に再参入する。2026年のF1の新時代に向けて、ホンダは絶え間なく進歩するアストンマーティン・チームのためにパワーユニットを生産することになるが、レッドブルのチーム代表クリスチャン・ホーナーはこれについて遺憾の意を表明している。

    昨年末、ホンダはホンダ・パフォーマンス・デベロップメント(HPD)部門をホンダ・レーシング・コーポレーションUSと改称し、グローバル・モータースポーツ・ポートフォリオに加えた。

    これにより、ホンダはアキュラARX-06で大西洋を横断し、2012年以来参戦していなかったル・マンに参戦する可能性が出てきた。

    アキュラは、IMSAスポーツカー選手権でWEC(FIA 世界耐久選手権)に同時に出場しない唯一のGTPブランドであり、BMW、キャデラック、ランボルギーニ、ポルシェはすべて、それぞれのLMDh車両で両シリーズで同時プログラムを実行しています。

    アキュラのIMSAチーム、ウェイン・テイラー・レーシング・ウィズ・アンドレッティは長年、ル・マン24時間レースに参戦したいという願望を表明しており、一方かつてのHPD部門も北米以外でARX-06の性能を証明することに関心を示している。

    しかし、このようなプログラムにはHRC全体とホンダの取締役会の承認が必要であり、アキュラは昨年のデイトナ24時間レースでLMDhマシンに初挑戦して優勝したにもかかわらず、承認は得られなかった。

    ホンダは、将来的にARX-06を自社ブランドでル・マンに参戦させる可能性は否定していないが、HRC USの活動範囲を広げるため、そのような計画は後回しになっているという。

    すでにインディカーとIMSAの2大プログラムで多忙を極めているホンダのモータースポーツ部門の北米部門は、2026年にアストンマーティンF1チームを動かすF1エンジンの開発にも貢献することになる。

    したがって、F1プログラムが他のプロジェクトにシフトできる段階になるまで、ホンダがWECやそのフラッグシップレースであるル・マンへのポテンシャルアタックに着手することはないだろう。

    本田技研工業

    HRCの渡辺康治社長は、ル・マン24時間レースに参戦する計画は「今のところない」とAutosportに語った。

    「それが永遠に起こらないとは言わないが、それは優先順位の問題だ」

    「まず第一に、我々は限られたマンパワーでインディカーを走らせ続ける。アメリカではIMSAの需要が高く、そこで勝つことが最優先だ」

    「そこにF1ビジネスが加わることになるが、アメリカチームの数人がF1プロジェクトに関わることになるので、そこが落ち着くまでは(ル・マン参戦は)検討しないつもりだ」

    アキュラは今年もIMSAのGTP部門に2台体制で参戦する。これまでマイヤー・シャンク・レーシングが運営していた2台目のエントリーは、WRTAndrettiが引き継ぐ。

  • ホンダ 2024年のF1世界選手権でF1活動60周年の節目

    ホンダ 2024年のF1世界選手権でF1活動60周年の節目

    本田技研工業は、2024年のF1世界選手権で初参戦の1964年8月に行われたドイツグランプリから数えてF1活動60周年を迎える。

    2023年、F1、ホンダはオラクル・レッドブル・レーシングおよびスクーデリア・アルファタウリに対し、チームパートナーとして技術支援やマーケティング協力を実施。技術支援として、ホンダ・レーシング(HRC)がパワーユニットのESS(Energy Storage System)以外のコンポーネントを製造し、レッドブル・パワートレインズへの供給とシーズンを通したパワーユニット運用のサポートを行った。

    そのパートナーシップのもと、オラクル・レッドブル・レーシングは22戦中21勝という圧倒的な強さで、コンストラクターズ・ドライバーズの両タイトルを獲得。ホンダのF1活動にとって60周年となる2024年もホンダは両チームと同様のパートナーシップを継続し、さらなる高みを目指す。また、F1参戦4年目を迎える角田裕毅の活動も引き続き支援していく。

    国内レースでは、SUPER GTシリーズ GT500クラスで、CIVIC TYPE Rをベースとした「CIVIC TYPE R-GT」の新投入と才能あふれる若手ドライバーの起用により2020年以来となるタイトルの奪還を目指す。

    また、昨年FIAフォーミュラ2選手権で好成績を収めたホンダの育成ドライバー岩佐歩夢が、F1を視野に入れたステップアップとして全日本スーパーフォーミュラ選手権へ参戦します。ホンダはこれを支援するとともに、日本のスーパーフォーミュラを、F1をはじめとする世界トップクラスのフォーミュラレースへ通じるカテゴリーと位置付け、SUPER GTシリーズと同様に積極的な若手ドライバーの起用と盛り上げを図っていく。

    北米においては、ホンダのレース活動を担ってきたHonda Performance Developmentが、2024年1月よりHonda Racing Corporation USA(HRC-US)に社名を変更し、ホンダの四輪モータースポーツにおける開発力をグローバルで向上させることを目指した組織体制となった。

    2024年は、インディカー・シリーズに参戦する5チームに、HRC-USを通じてエンジンを供給する。また、IMSAウェザーテック・スポーツカー選手権にはHRC-USが供給するAcura(アキュラ)ブランドのマシン「ARX-06」2台がHRCロゴを新たにまとい参戦する。今後は日本のHRCとHRC-USが連携し、グローバルでホンダのレース活動をさらに盛り上げていく。

    ホンダ・レーシング 本田技研工業

  • ホンダF1チームを騙し取ろうとした詐欺師アキレアス・カラキス

    ホンダF1チームを騙し取ろうとした詐欺師アキレアス・カラキス

    ホンダがF1チームを売却しようとしたとき、ロス・ブラウンとニック・フライはアキレアス・カラキスという男を口説き、数百万ドルで事業を引き継ぐと約束した。

    しかし、ブラウンとフライはその投資家について嫌な予感がしていた…彼らは世界の大手銀行でさえ見逃していた何かを見抜いていたのだ。

    ホンダのF1参戦は1960年代にまでさかのぼるが、単なるエンジンメーカーだけでなく、チームとしてのホンダの近代的な歴史は、日本のメーカーが2005年末にブリティッシュ・アメリカン・レーシングチームを買収し、チャンピオンシップへの挑戦を開始したときから始まった。

    ドライバーにジェンソン・バトンを起用したホンダは2006年ハンガリーGPで初優勝を飾り、翌年にはロス・ブラウンがチーム代表に就任した。

    しかし、かつては「大きすぎて潰せない」と言われたアメリカの金融サービスグループ、リーマン・ブラザーズの破綻が2008年に世界中に響き始めると、ホンダの幹部たちは恐怖を覚えた。

    ホンダは、資金を無駄にしないために、F1からの撤退を決断したのだ。ホンダはこのままチームを消滅させる覚悟だったが、ブラウンとチームの最高責任者であるニック・フライは、買い手を見つけるまで待つようホンダを説得した。

    ホンダF1売却計画が暗転
    2008年12月にホンダチームの売却が発表されると、当然ながら関心が集まり、多くの買い手候補の中にアキレアス・カラキスという男がいた。彼は億万長者の海運オーナーであり、「ブルネイのサンマリノ共和国大使」の肩書きも持っていたとクリスピアン・ベズリーは著書『Driven to Crime』に書いている。「ギリシャの不動産王」と粗油するメディアもあった。

    奇妙な肩書きはさておき、ブラウンとフライはロンドンにカラキスの事務所で会うことに同意したが、そこでは慈善団体、政治家、画廊などからの手紙がコーヒーテーブルの上にさりげなく置かれているように見えた。

    最初のミーティングはうまくいき、その後すぐにカラキスはブラックリーにあるチームの本拠地を訪れた。カラキスの巨大なヘリコプターを収容するためにスタッフの駐車場を空ける必要があった。

    その後、豪華なディナーや派手なパーティーが続いたが、ブラウンとフライにとっては、何かがしっくりこなかった。フライは自身の著書『Survive, Drive, Win』の中で、2人が英国の税金を払うほど「愚か」だとは信じられないとカラキスが軽口を叩いたことに衝撃を受けたと述べている。

    その奇妙な感覚は、カラキスが彼の美術品コレクションを案内してくれたときにも続いた。2人とも、問題の絵画の本物であるかどうかを判断する能力はなかったが、ブラウンもフライも、この男がこれほど印象的なコレクションを持っていることが不思議だと感じた。

    そこで十分な注意を払い、ブラウンとフライは、カラキスの過去を探るために調査員を雇い、ジャッキー・スチュワート卿にギリシャ国王に新しい友人のことを話してほしいと依頼した。

    スチュワートは、ギリシャ国王はカラキスを知らないようだと報告したが、その時までにブラウンとフライは、2人の異なる人物からカラキスを保証すると称する2通の手紙を受け取っていた。手紙の文言は不快なほど似ていた。

    そして捜査官からの報告が来た。アキレアス・カラキスという人物はこの世に存在しないが、イギリスの偽の荘園の所有権をアメリカ人に販売した罪で有罪判決を受けたステファン・コラキスという紳士についての報告があった。

    カラキスはその主張を否定しただけでなく、ブラウンとフライに、自分を理想的な買い手として設定するような、よりお世辞に近い報告書を作ってホンダに送るよう指示した。

    ブラウンとフライはこれを拒否し、この件から手を引いた。そしておそらく、調査を終えたことに感謝しているのかもしれない。

    アキレアス・カラキスアキレアス・カラキス

    カラキスの詐欺の真相が明らかになったとき、2人はさらに安堵したことだろう。「英国で最も成功した連続信用詐欺師」と呼ばれるカラキスは、英国で史上最大の住宅ローン詐欺を行い、不正に得た資金は7億6,000万ポンド以上にのぼった。

    ブラウンとフライが受け取った奇妙な手紙のような詐欺文書の作成に大きく関与したアレクサンダー・ウィリアムズという共犯者とともに、カラキスは石油王と不動産王の親戚であると主張し、銀行をだまして、価値をつり上げたオフィスの住宅ローンを組ませた。

    基本的に、カラキスはイギリス中の注目度の高い不動産を購入し、テナントの債務不履行に対する保証として香港の不動産会社が多額の前払い金を支払うと主張することで、銀行からの融資を確保した。

    クリスピアン・ベズリーが『Driven to Crime』で書いているように、カラキスは銀行家を「ワインと食事」で完全に信用させることができた。(当然のことながら、その会社は法廷において、カラキスが誰であるか知らなかったし、彼とはいかなる取引もしていないと主張することになる)。

    この試練全体を経て、最終的にブラウンはホンダの元チームに自ら投資することを決意。2009年、ブラウンGPはF1に旋風を巻き起こし、ドライバーたちはその年の17レース中8レースで優勝。ドライバーのジェンソン・バトンがドライバーズ選手権、ブラウンGPがコンストラクターズ選手権を制した。シーズン終了後、メルセデス・ベンツがチームを買収した。

    ニック・フライは自著の中でカラキスとの取引を振り返り、「今にして思えば、我々が警察と懸念を共有しなかったのは驚くべきことのように思えるが、当時は彼が大規模な犯罪行為に手を染めていると疑う根拠はなかった」と記している。

    「また、振り返ってみると、我々がカラキスを非常に早く非難し、ホンダとの取引を締め出すことができたのに、彼に数億ポンドを貸し付けたヨーロッパの大手銀行数行は、多大な犠牲を払ってまで、彼を十分に調査することができなかったことも異常なことのように思える」

    その罪により、カラキスは資産を剥奪され、禁固7年の判決を受けた。ある弁護士はこの判決を不服とし、減刑ではなく、増刑を求めた。その結果、カラキスはさらに4年の懲役刑を言い渡された。

  • HRC渡辺康治社長 「スーパーフォーミュラはF1を始めとする世界へ通じる」

    HRC渡辺康治社長 「スーパーフォーミュラはF1を始めとする世界へ通じる」

    ホンダ・レーシング(HRC)の渡辺康治社長が、東京オートサロン2024でメディア向けにプレスカンファレンスを実施し、同社の2023年のモータースポーツ活動を振り返るとともに、2024年の取り組みについて語った。

    ホンダ・レーシングは、2024年の引き続き、レッドブルレーシングとスクーデリア・アルファタウリにF1パワーユニットを供給。だが、岩佐歩夢は日本のスーパーフォーミュラに転向し、F1直下のFIAフォーミュラ2選手権に参戦するホンダの育成ドライバーはいなくなる。

    FIA フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)
    昨年2023年シーズン、ホンダRBPTのパワーユニットを搭載したオラクル・レッドブル・レーシング RB19が22戦中21勝と、F1の歴史に新たな大記録を樹立しました。これは1988年に、アイルトン・セナとアラン・プロストが駆るマクラーレン・ホンダ MP4/4が打ち立てた16戦中15勝という記録を35年ぶりに塗り替える快挙となりました。

    今年は、1964年にホンダがF1にRA271で初めて参戦して60周年であり、さらなる躍進を目指して力を尽くして参ります。今年も昨年同様、マックス・フェルスタッペン選手を擁するオラクル・レッドブル・レーシング、そして現在F1で唯一の日本人レギュラードライバーでありホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト出身の角田裕毅選手が所属するスクーデリア・アルファタウリの2チーム体制で戦います。

    ホンダ・レーシング F1

    全日本スーパーフォーミュラ選手権(スーパーフォーミュラ)
    F1に次ぐ速さを誇る日本のスーパーフォーミュラは、これまで数多くのF1ドライバーを輩出してきました。

    昨年2023年シーズン、ホンダ陣営は、TEAM MUGENが年間チームチャンピオンを獲得し、野尻智紀選手、リアム・ローソン選手も最終戦まで熱い戦いを繰り広げました。

    今シーズンは、ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトの育成メンバーであり、レッドブルジュニアチームの一員としてヨーロッパのフォーミュラシリーズで大活躍を見せた岩佐歩夢選手をはじめ、スーパーフォーミュラ・ライツでチャンピオンを獲得した木村偉織選手や昨年ルーキーで最終戦に初優勝を果たした太田格之進選手ら若手ドライバーの活躍に期待しています。そして今週、国内トップフォーミュラ史上最年少、かつ日本人女性で初となる、JUJU選手の参戦がチームより発表されました。こういった若い才能が輝き、F1を始めとする世界のレースへ通じる場としてスーパーフォーミュラを位置づけ、今後も力をいれていきます。

    SUPER GT GT500クラス
    SUPER GT GT500クラスでは、NSX-GTに代えて、2024年シーズンはCIVIC TYPE Rをベースとした「CIVIC TYPE R-GT」を投入し2020年以来となるチャンピオンタイトルの奪還を目指します。SUPER GTにおいても、若手ドライバーを積極的に起用していきます。新たに参戦する佐藤蓮選手と大草りき選手は、経験豊富なドライバーとのタッグを組み、さらなる活躍を期待しています。

    ホンダ・レーシング(HRC)

    スーパー耐久
    モータースポーツにおけるSDGsを見据えた開発を行なう場となるST-Qクラスにおいて、Team HRCはカーボンニュートラル燃料の市販車への親和性を検証する為、CIVIC TYPE R CNF-Rで参戦し、昨年の最終戦ではクラストップの成績を残しました。

    CIVIC TYPE R開発責任者を含む、ホンダの車両開発エンジニアの自己啓発チームHonda R&D ChallengeのCIVIC TYPE R がST-2クラスにおいてシリーズチャンピオンを獲得し、強力なライバルに打ち勝った快挙は、Civic Type Rのポテンシャルの高さを立証しました。

    eMS(イー・モータースポーツ)
    CIVIC TYPE Rはバーチャルの世界でも活躍しています。 Honda Racing eMS(イー・モータースポーツ)と銘打ち、昨年9月末から1カ月に渡って開催したバーチャル予選には世界からアカウントベースで20万人を超えるeアスリートが参加、うち17歳以下が7万5千人以上にのぼり、若者との接点が創出できました。今後HRCはイー・モータースポーツにも力を入れていきます。

    HRC-US
    今月末にはアメリカ、フロリダでデイトナ24時間レースが行われます。昨年のデイトナではAcura ARX-06が見事デビューWINを飾り、Acuraとしてデイトナ三連覇の快挙となりました。今年のデイトナは、北米でホンダのレース活動を担ってきたホンダ・パフォーマンス・ディベロップメントがHRC-USへと組織変更して最初のレースとなります。今後は日本のHRCとHRC-USが有機的に連携して、F1を含むホンダのレース活動をさらに盛り上げていきます。そして、今後HRCブランドのパーツや市販車などの企画も進めています。

    今後の100年へ
    1924年に当時17歳だった本田宗一郎がカーチス号という飛行機のエンジンを搭載した手作りマシンにドライビングメカニックとして搭乗し、第5回日本自動車競争大会で優勝して今年は100周年になります。ホンダはレースによって人と技術を育ててきました。それは創業者達から受け継がれるホンダ DNAであり、使命でもあります。今後の100年間もレースでの感動をお届けすることとワクワクする製品の開発のため、人と技術を磨くことにホンダならびにHRCは全力を尽くしてまいります。