タグ: ナイジェル・マンセル

  • F1メキシコGP、最終コーナーを“ナイジェル・マンセル・ターン”と命名

    F1メキシコGP、最終コーナーを“ナイジェル・マンセル・ターン”と命名

    F1メシキコGPの主催者は、11月のF1復活を控え、サーキットの最終コーナーにナイジェル・マンセルの名前をつけた。

    アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスの最終コーナーであるターン17は“ナイジェル・マンセル・ターン”と名称が変更された。

    ナイジェル・マンセルは、1992年に最後に開催されたF1メキシコGPで優勝した。その年にウィリアムズで悲願のワールドチャンピオンを達成している。

    サーキットのランオフエリアの不足による安全性の理由で、新しいレイアウトではコーナーの最初の部分がバイパスされており、ベースボールスタジアムで右に曲がり、前ペラルターダの途中で再結合される。

    ナイジェル・マンセルは「メキシコ・シティでのレースには本当に良い思い出がある。人々、エネルギー、トラック自体が当時の私にとってF1カレンダーのハイライトだった」とコメント。

    「もちろん、コーナーに名前がつけられる知ったときは嬉しかった。喜ばしく、誇り高く、嬉しく思っている」

    「ニュースは、1990年に旧ペラルターダ・セクションでフェラーリのチームメイトであるアラン・プロストの後ろで2番手になるためにゲルハルト・ベルガーに仕掛けた予想外のオーバーテイクをすぐに思い出させた。あれが25年前のことで、私があのトラックで最後に優勝してから23年なんて信じられない」

    「主催者がやってきたことを注意深くに観察してきたし、今年後半に自分自身でそれを確認するのを本当に楽しみにしている」

  • F1日本GP、ナイジェル・マンセルの来場が決定!

    F1日本GP、ナイジェル・マンセルの来場が決定!

    1992年のF1ワールドチャンピオンであるナイジェル・マンセル氏が、今年の10月に開催されるF1日本GPにゲストとして来場することが決定した。

    ナイジェル・マンセルは、ウイリアムズ・ホンダに加入した1985年に初優勝すると1986年・87年とタイトル争いを展開。「無冠の帝王」と呼ばれたが、1992年、圧倒的な速さを見せつけ念願のワールドチャンピオンに輝いた。

    時に後続に大差をつけての独走、時に攻めすぎてクラッシュしてしまうような豪快なドライビングスタイルは今もファンの脳裏に焼き付いている。「荒法師」とも「マンちゃん」とも親しみを込めて呼ばれ、人間味あふれる人柄から多くのファンに愛されたナイジェル・マンセルが1994年以来、実に20年の時を経て思い出の地、鈴鹿サーキットに来場する。

    ナイジェル・マンセルは、F1日本GPの決勝レース前にウイリアムズ・ホンダ FW11にてデモランを開催。またGPスクエアの特設ステージでトークショーを開催する。

    ナイジェル・マンセル イベント情報

    ■ウイリアムズHonda FW11(1986年)による デモンストレーションランを開催
    10月5日(日)決勝レース前に、1986年にマンセル氏がドライブしたウイリアムズ FW11にてデモンストレーションランを開催。

    ■ナイジェル・マンセルトークショーを開催
    GPスクエアの特設ステージでトークショーを開催。今だから語れる伝説のバトルの記憶など、貴重な話が聞けるチャンス。

    ■VIPスイートプレミアムトークショーを開催
    VIPスイートのファンだけが体験できるプレミアムトークショー。屋内で開催されるためステージとは違ったアットホームな雰囲気のなかで行われるトークショーを楽しめる。

    ■フォーミュラワン パドッククラブに登場
    ピットビルディング2Fのプレミアム観戦ラウンジ「フォーミュラワン パドッククラブ」にナイジェル・マンセルの登場を予定。限定されたファンだけの特別なひとときを楽しめる。

    ※走行マシン、イベントの内容は変更となる場合がございます

  • ナイジェル・マンセル、グループ・ロータス側を支持

    ナイジェル・マンセル、グループ・ロータス側を支持

    ナイジェル・マンセルは、ルノーF1チームと組んでロータスが「F1に復活する」ことを「嬉しく思っている」と述べた。

    ナイジェル・マンセルは、フェラーリに移籍し、その後1992年にウィリアムズでタイトルを獲得する前の80年代にロータスをドライブしていた。

    「再びロータスとルノーの連合、そして偉大なアイルトン・セナ、エリオ・デ・アンジェリス、ジョニー・ダンフリース、もちろん80年代に私自身がドライブした象徴的なブラック&ゴールドのカラーの復活を見ることは特に嬉しい」とナイジェル・マンセルはコメント。

    ナイジェル・マンセルのコメントは、トニー・フェルナンデス陣営が来年チーム・ロータスとして使用することを断念したブラック&ゴールドのカラーリングを公開したと同時に出された。

    「私はロータス、特にコーリン・チャップマンにとても感謝している。彼には非常にインスピレーションを受けたし、第2の父親のようだった。最近ヘセルで行われている野心的なレースプロジェクトと市販車プロジェクトの進展を大きな関心を持って見てきた」

    「ロータスが、モータースポーツの最高峰にベストな位置で戻ることを本当に嬉しく思っている」

    ナイジェル・マンセル (1981年)

    関連:
    ・チーム・ロータス、断念したブラックのカラーリングを公開
    ・チャップマン家、グループ・ロータス側を支持