タグ: ジュール・ビアンキ

  • ジュール・ビアンキの父親 「ドライバーは真実を語ることを恐れている」

    ジュール・ビアンキの父親 「ドライバーは真実を語ることを恐れている」

    ジュール・ビアンキの父親フィリップは、他のF1ドライバーがF1の運営側にミスがあったことを公に語ることを恐れていると主張する。

    ジュール・ビアンキは、2014年のF1日本GPでの事故で昏睡状態に陥り、意識を取り戻すことなく、2015年7月17日にこの世を去った。

    フィリップ・ビアンキは、FIAとF1の最高責任者であるバーニー・エクレストンに対して、息子の死を招いた責任を問うために訴訟を起こしている。

    ビアンキ家の弁護を務めるロンドンの法律会社は、今回の訴訟は、2014年シーズン終盤に「台風シーズンを迎える日本において危険なコンディションでレースを行ったこと、計画、時間設定、運営組織にミスがあった」ことをF1運営側に認めさせるものになるだろうとしている。

    フィリップ・ビアンキは、今回の起訴に関してたのF1ドライバーからの支持を得られていないのは、単に彼らが事実を公然と語ることを“恐れている”ためだと Times に主張した。

    「あるドライバーが私と一緒にいても、カメラが回っているときには何も言おうとしないだろう。誰もが何かを発言することを恐れている」

    「カメラがいないときには、みんなが私のところへ来て『これは間違いだ。ジュールじゃない。F1がミスを犯した』と言っている」

  • 元F1ドクター、ジュール・ビアンキの事故時のFIAの対応を非難

    元F1ドクター、ジュール・ビアンキの事故時のFIAの対応を非難

    元F1ドクターのゲイリー・ハートスタインは、ジュール・ビアンキの事故死の責任はFIAにあると非難した。

    ジュール・ビアンキの死を受け、同僚のフェリッペ・マッサはドライバーの結束が強まったと述べ、フェリペ・ナスルはF1はまだ安全性を改善するためにプッシュしているとの意見を述べていた。

    しかし、ゲイリー・ハートスタインは、自身のTwitterでマッサとナスルをタグ付けしつつ、「ドライバーは他のことに注意を集中させるべきだ」と投稿。

    2012年末にF1ドクターを解雇されたゲイリー・ハートスタインは、2人が「医学代表の解雇を要求することから始めるべきだ」と述べた。

    現在、FIAの医学代表はジャン・シャルル・ピレットが務めているが、ゲイリー・ハートスタインは、医療委員会の責任者ジェラルド・サイヤンは“さらに無能だ”とコメント。

    このようなゲイリー・ハートスタインの投稿は週末に削除されたが、ゲイリー・ハートスタインは「私が言った全てのことは侮辱ではなく、事実であり、そのままの意味だ」と主張した。

    さらにゲイリー・ハートスタインは、ジュール・ビアンキの事故後の搬送方法を非難した。

    ゲイリー・ハートスタインは、ジュール・ビアンキの事故当時にレースをするべきではなかったと述べ、ヘリコプターが飛べず、搬送時間が30分以上かかったことでさらない災いをもたらしたと非難した。

    「精神的外傷治療に対するピレットの全体的な知識と経験不足は、コースアウトするたびにドライバーを危険にさらす」

    ゲイリー・ハートスタインは、FIAにジュール・ビアンキの死の責任があると考えており、「ビアンキ家はそう伝えられたと思う。FIAは実際に責任があると思っている」とコメント。

    また、FIA会長ジャン・トッドに対しても「スポーツは彼の事項ではなかった。彼には彼の事項があった。彼の道路安全のたわごとは全てショーであり、中身のないものだ」と述べた。

  • 【動画】 F1ドライバー、ジュール・ビアンキのために黙祷

    【動画】 F1ドライバー、ジュール・ビアンキのために黙祷

    F1ハンガリーGPの決勝レース前、F1ドライバーが亡きジュール・ビアンキのために1分間の黙祷を捧げた。

    2014年のF1日本GPでのクラッシュで重傷を負ったジュール・ビアンキは、先週17日(木)に25歳の若さでこの世を去った。

    レース前、F1ドライバーは輪になって1分間の黙祷を実施。輪の中に各自ヘルメットを置き、その中央にはジュール・ビアンキのヘルメットが置かれた。

    各ドライバーは、ヘルメットやマシンに「#JB17」「#CiaoJules」「#Jules Forever」などのステッカーを貼ってジュール・ビアンキとともにレースに臨んだ。

    優勝したセバスチャン・ベッテルは、表彰台で天国のジュール・ビアンキに向かってトロフィを掲げた。

  • F1ドライバー、ジュール・ビアンキへの思いを語る

    F1ドライバー、ジュール・ビアンキへの思いを語る

    F1ドライバーが、他界したジュール・ビアンキへの思いを語った。

    2014年のF1日本GPでクラッシュして頭部に重症を負ったジュール・ビアンキは、9カ月の入院生活の後、17日(金)に25歳の若さで息を引き取った。21日(火)には彼の故郷ニースで葬儀が営まれた。

    ハンガロリンクで開かれたメディアセッションでは、今週末の戦いを前に多くのF1ドライバーがジュール・ビアンキへの思いを語った。

    ロマン・グロージャン
    「ジュールとは一緒にいすぎて、これという思い出を挙げられることはできない。僕が彼の名前を初めて聞いたのは確か2003年だっ。カートでは僕よりはるかに優秀なドライバーだった。彼の方が若かったけどね。その後、彼は僕が挑戦したすべてのカテゴリーを経験して、その全てで優勝している。ジュールとはいろんなことを共有してきたと思う。とても素敵なセレモニーだった。かなり切なかった。ご両親に会えたのは嬉しかった。もちろん、今週末は僕たち全員が彼を思って走るけど、個人的に僕はジュールのために戦ったことを決して忘れないだろう」

    フェルナンド・アロンソ
    「トラック外でかなりたくさんの時間を一緒に過ごした。そういうトラック外での彼との記憶を思い出す。もちろん、レース週末に関しては彼が優秀なドライバーだったことは間違いないし、彼には明るい未来があったことも皆が知っている。おそらくフェラーリのシートも可能性が高かっただろう。マラネロにいた3年間、僕は彼とトラック外で多くの時間を過ごした。一緒にトレーニングキャンプを張ったこともあったし、一緒に自転車に乗ったり、サッカーをやったり、カードゲームを楽しんだりもした。2012年にはフェラーリと一緒にランサローテで1週間のトレーニングキャンプがあって、その期間中、僕たちはルームメイトだった。ずっと一緒にいたので、今は物凄い強い思いもあるし、悲しい」

    ジェンソン・バトン
    「僕の中でジュールと言えば粘り強さだ。F1では環境面で楽なポジションにはいなかったけど、常に最大の力を引き出していたし、昨年のモナコがそれを証明していると思う。彼がどれだけ才能にあふれていたかは皆が分かっていることだ。まだ若かったし、もっと多くのことを達成できただろう。とても悲しいけど、彼が人としてドライバーとして優れていたことを称えなければならない。葬儀には参列したけど多くを語りたくない。誰にとってもショックで悲しいことだ。確かにジュールは重篤な状態が長く続いていたけど、それでも、彼が亡くなったというニュースを聞いた時には激しいショックを受けたし、このスポーツにいる全員にとってタフな時間だ。もちろん、彼のご家族や友人ははるかにつらいと思うし、彼らのプライバシーを尊重すべきだと思っている。レーシングドライバーとして、ライバルであり友人の一人が亡くなったことは本当につらい。それでも、次の日にはマシンに乗ろうと思う。僕たちがやっているのはそういうことだ。それが、このスポーツのあり方だと思う。きっとジュールも、今週末に全開で戦いたかっただろうし、彼のためにも全力を尽くす」

    ルイス・ハミルトン
    「個人的な話だけど、僕は以前にも同じ経験をしている。その時とまったく同じだ。9歳の時にトラック上で子供が亡くなった。僕はそれを昨日のことのように覚えている。レース前には彼と言葉を交わした。そのコース上で彼は命を落とした。葬儀に行ったことも記憶にあるし、その経験があったから、僕にとってはまさにデジャヴのようだ。このスポーツをやる上で絶対に目にしたくないことだ。実際にその規模を理解するのはとても難しいことだと思う。人の不幸は心が痛んでしょうがない。葬儀に行けば当然なんだけど彼の親しい友人や家族に会う・・・。自分がジュールの親友だったとは言えない。彼のことをそこまで知っているわけではない。とても話しにくいことなんだ。僕たちは今日という日もここにいて、元気なのに、素晴らしく優秀で若く才能にあふれた人がここにいないんだからね」

    バルテリ・ボッタス
    「火曜日はとても辛かった。みんなに愛される、本当にナイスガイだったので、本当に辛い。F3で彼のチームメイトになる前からよく知っていた。でも、人生は続いていく。今、僕たちはここでまたレースをする。今の僕にとって一番の場所はヘルメットをかぶったマシンの中だ。その時ばかりはドライビング以外のことを考えない。ドライビング以外のことを考えなくて済むので、僕は今、その時を心待ちにしている」

    フェリペ・マッサ
    「最高の友人だった。僕が彼に会った頃、彼はまだカートで戦っていた。マネジャーが同じだからね。ニコラス(トッド)がジュールと働き始めた時、彼はまだカートのキャリア終盤に差し掛かった頃で、その当時、僕は彼と出会った。僕から見れば、最高で本当に素晴らしく、控えめで優秀なドライバーだった。残念ながら、彼はF1で競争的なマシンに乗るチャンスに恵まれず、才能を発揮しきれていない。それでも彼は、みんなも知っての通りの、ああいうマシンをドライブしてモナコでポイントフィニッシュを果たした。あのレースで彼が成し遂げたことは本当にすごいことだ。僕が彼と過ごした中では、一緒にカートを楽しんだことが多く挙げられる。ブラジルでも乗ったね。僕の経験上、僕が見た中で彼は一番のカートドライバーだ。彼のカートのドライビングは本当に凄い。同じようなカートで競い合った機会だった。こんなことになるなんて。教会では本当につらかった。何が起きたのか理解するのも難しいし、本当に悲しい。でも、きっと今の彼は絶好の場所でレースを見て楽しんで、ここでの僕たちのことだって必ずどこかから見ているはずだ。どこかと聞かれるとそれはわからないけどね。彼は本当に素晴らしい人だったし、最高のドライバーだった。彼のご家族に最善の状態が訪れるよう心から願っている。葬儀の日は本当につらかった」

    ロベルト・メルヒ
    「彼はいつだってお手本になるドライバーだった。常に最速で、本当にたくさんの偉業を成し遂げてきた。僕がフォーミュラ・ルノーに乗っていた2007年は彼もフォーミュラ・ルノーで戦っていたので、何レースか一緒に戦ったことがあるけど、彼はその時もあっという間に勝った。参戦一年目だったのにね。本当に凄いと思ったよ。僕がモータースポーツで出会った中で、一番の才能を持ったドライバーだったと思っている」

    セルジオ・ペレス
    「僕たち2人ともフェラーリ・アカデミーにいた頃は、最近よりもっと多くの時間を一緒に過ごしていた。ジュールが本当に特別なドライバーだということはわかると思うけど、誰からも愛される本当にスペシャルな人でもあった。とても謙虚で思いやりがある。彼がこの世界に残した衝撃はとてつもない。たぶんきっと誰しもが同じ意見だと思う。彼はF1で過ごした短期間では本来の力を発揮できるチャンスがなかったけど、僕は彼が本当に特別なドライバーだったと思っている。将来のチャンピオン候補だっただろうね。とにかく、とてつもなく特別なドライバーだった」

    ニコ・ヒュルケンベルグ
    「彼と僕は過去2回、チームメイトだったことがある。2008年のF3と2012年のF1だ。F3に参戦して2年目の2008年、僕はチャンピオンシップの優勝候補だと見られていて、ルーキーの彼は1年目だった。ムジェロのレースのことはよく覚えている。僕がポールからスタートして、確か彼は2番手か3番手だった。スタート後、僕がトップで彼が2番手にいた。ずっとミラーに彼の姿があって、本当に厳しくプッシュしてくる。本気で僕に襲いかかってくるし、追い抜こうともしてくるんだ。彼はそれでタイヤを傷めてしまったけど、僕は温存していた。でも、彼の競争力の高さが証明されたレースだったと思うし、成功に貪欲だった。トラック外でも本当にいいヤツだった。たくさんの素晴らしい思い出がある。寂しくなるね」

  • F1ハンガリーGP:ジュール・ビアンキのために黙祷を実施

    F1ハンガリーGP:ジュール・ビアンキのために黙祷を実施

    F1ハンガリーGPの決勝スタート前にジュール・ビアンキに敬意を表して1分間の黙祷が行われる。

    21日(火)、ニースでジュール・ビアンキの葬儀が営まれ、ルイス・ハミルトン、セバスチャン・ベッテル、ジェンンソン・バトン、ロマン・グロージャン、ダニエル・リカルド、ダニール・クビアト、ニコ・ロズベルグ、マーカス・エリクソン、パストール・マルドナド、フェリペ・マッサら現役F1ドライバーが参列した。

    F1ハンガリーGPを前にルイス・ハミルトンは「今回のレースだけでなく、残りの走行日において、僕はジュールのことを祈り、思い続けていくだろう。彼は僕たちにハードにレースをすることを望んでいるだろう。彼がやっていたようにね。僕はそうするつもりだ」とコメント。

    黙祷は、決勝レースが行われる26日(日)の現地時間13時45分(日本時間20時45分)から行われる。

    CS放送/フジテレビNEXTでは、決勝直前生放送として20時30分から現地映像が報道される。

    関連:2015年 F1ハンガリーGP テレビ放送時間&タイムスケジュール

  • ジュール・ビアンキの葬儀に多くのモータースポーツ関係者が参列

    ジュール・ビアンキの葬儀に多くのモータースポーツ関係者が参列

    ジュール・ビアンキの葬儀が21日(火)、故郷ニースのサン・レパラート大聖堂で営まれた。

    葬儀には、多くのF1ドライバーやモータースポーツ関係者が参列し、25歳という若さでこの世を去ったジュール・ビアンキとの最期の別れを惜しんだ。

    今週末にハンガロリンクで開催されるF1ハンガリーGPでは、26日(日)の決勝レースのスタート前に全員がジュール・ビアンキのために1分間の黙とうを捧げる。

    また、ジュール・ビアンキが所属していた現マノー・マルシャは、ロベルト・メルヒとウィル・スティーブンスのF1マシンのサイドポッドに“ジュール”の名前を掲載する。

    FIAは、ジュール・ビアンキが使用していたカーナンバー17を永久欠番にすることを発表している。

    Jules Bianchi #JB17

  • フェラーリ、ハンガリーのガレージ装飾でジュール・ビアンキを追悼

    フェラーリ、ハンガリーのガレージ装飾でジュール・ビアンキを追悼

    フェラーリは、ジュール・ビアンキの追悼として、今週末に行なわれるF1ハンガリーGPのガレージをファンからのトリビュートで装飾する。

    マルシャのドライバーとして参戦した2014年日本GPで重傷を負ったジュール・ビアンキは、17日(金)夜にフランス・ニースの病院で息を引き取った。

    フェラーリ・ドライバー・アカデミーのメンバーであるジュール・ビアンキには将来が期待され、元フェラーリ会長のルカ・ディ・モンテゼーモロからはゆくゆくはキミ・ライコネンの後任になるドライバーだと目されていた。

    20日(月)、フェラーリはチームの公式Twitterでジュール・ビアンキへの思いをツイートするよう呼びかけており、そのメッセージをガレージのトンネルに掲示する意向であることを伝えた。

    「あなたのジュールへの思いを#readseasonwallと#CiaoJulesをつけてツイートしてください。ハンガリーGPにユニークなガレージトンネルを用意したいのです!」

  • F1:ジュール・ビアンキの“カーナンバー17”を永久欠番に

    F1:ジュール・ビアンキの“カーナンバー17”を永久欠番に

    FIAは、F1でジュール・ビアンキが使用していた“カーナンバー17”を永久欠番にすることを決定した。

    ジュール・ビアンキは、昨年のF1日本GPでの事故で頭部に重傷を負い、9カ月の入院生活の後、17日(金)に25歳の若さで息を引き取った。

    FIAは「FIA会長のジャン・トッドは、ジュール・ビアンキに敬意を表し、カーナンバー17をFIA フォーミュラ1世界選手権の永久欠番にすることを発表した」と声明で述べた。

    「現在、F1のカーナンバーは、各ドライバーによって個人的に選択されており、FIAはジュール・ビアンキのナンバー17を永久欠番にすることが適切な行為だと考えている」

    「その結果、今後このナンバーがFIA フォーミュラ1世界選手権に参戦するクルマに使われることはない」

    関連:ジュール・ビアンキが永眠、享年25歳

  • ジュール・ビアンキ、将来はフェラーリ加入を約束されていた

    ジュール・ビアンキ、将来はフェラーリ加入を約束されていた

    フェラーリの元幹部の二人が、ジュール・ビアンキには将来のフェラーリシートが約束されていたことを明かした。

    ジュール・ビアンキは、昨年のF1日本GPでの事故で頭部に重傷を負い、9カ月の入院生活の後、17日(金)に息を引き取った。

    フェラーリ・ドライバー・アカデミーのメンバーだったジュール・ビアンキは、過去に何度もフェラーリのテストに参加しており、2014年にはF1イギリスGPで大クラッシュを喫したキミ・ライコネンに代わり、翌週に実施されたシルバーストンテストを担当している。

    元チーム代表を務めたステファノ・ドメニカリは「フェラーリをドライブするという夢を叶えるため、ジュールはいつもマラネロにいた」とコメント。

    「我々の考えとしては、マルシャの後、さらなる成長のために別のチームに行き、フェラーリ加入のビッグジャンプに備えるはずだった。これが数年前に考えた私たちのプランだ。しかし、残念なことに悲運がそうさせてくれなかった」

    「本当に悲しい数カ月だった。ジュールはフェラーリ・アカデミーの最初のドライバーだし、ジュールに会うといつも笑顔で、常にポジティブだった。彼には素晴らしい将来が待っていると誰もが確信していた」

    「彼には別の運命がふさわしかったと思っている」

    また、2014年10月までフェラーリの会長を務めていたルカ・ディ・モンテゼーモロも、キミ・ライコネンがチームを離れることになった場合の後任候補にジュール・ビアンキの名前が並んでいたと明かした。

    「ジュール・ビアンキは我々の一員だった。フェラーリファミリーの一員であり、ライコネンとのコラボレーションが終わった後の将来に向けて彼を選んでいた。彼はとても優秀で、控えめながらも、速くて教養もあり、非常にフェラーリらしかった。彼には明るい未来があった」

    「運命のいたずらが彼を連れ去り、我々に大きな虚空を残していった。私はジュールの家族とも、フェラーリにいる彼の友人たちとも親しい。彼の家族は非常につらい時間の中で数カ月に渡ってとてつもない勇気を示してきた。素晴らしい人を失った。誰しもが大きな愛を持って彼のことを忘れないだろう」

    関連:ジュール・ビアンキが永眠、享年25歳

  • ジュール・ビアンキ、21日に故郷ニースで葬儀

    ジュール・ビアンキ、21日に故郷ニースで葬儀

    ジュール・ビアンキの葬儀が21日(火)、故郷ニースで行われることが発表された。

    昨年10月のF1日本GPでの事故で重傷を負ったジュール・ビアンキは、17日(金)に25歳の若さでこの世を去った。

    ジュール・ビアンキの家族は、ジュール・ビアンキの公式アカウントで7月21日(火)の午前10時(現地時間)からサン・レパラート大聖堂で葬儀を行うことを発表した。

    ジュール・ビアンキの死には、多くのモータースポーツ関係者が哀悼を意を表している。

    また、マルシャで共にF1を戦ったマックス・チルトンは、インディ・ライツでジュール・ビアンキに捧げる初勝利を挙げた。

    関連:ジュール・ビアンキが永眠、享年25歳