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  • ホンダF1 スペック2をモンツァで検証 燃焼制御の安定化でドライバビリティ改善

    ホンダF1 スペック2をモンツァで検証 燃焼制御の安定化でドライバビリティ改善

    ホンダは、2026年F1第13戦イタリアGPに向けたプレビューを発表した。前戦オランダGPで投入したスペック2のエンジンによって性能向上を果たした一方、ホンダF1 トラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアの折原伸太郎は、総合的な戦闘力では「依然としてライバルとの差がある」と認めている。

    高速のモンツァ・サーキットでは、パワーユニットの性能とエネルギーマネジメントが重要になる。

    ホンダはオランダGP以降、HRC Sakuraのベンチで燃焼制御の安定化に取り組んでおり、イタリアGPでは特にドライバビリティの改善とさらなる最適化を進める。

    スペック2投入後初の超高速サーキット
    2026年シーズン第13戦イタリアGPは、9月4日(金)にモンツァ・サーキットで開幕する。初日はFP1とFP2、5日(土)にはFP3と公式予選、6日(日)に決勝が行われる。

    モンツァは長いストレートを11のコーナーでつないだ、F1カレンダー屈指の高速サーキットだ。スロットル全開率が非常に高く、最高速だけでなく、限られたエネルギーを1周のどこで使うかという配分もラップタイムを大きく左右する。

    特に予選では、1周を通じて最大限のパフォーマンスを引き出すためのエネルギーマネジメントが重要になる。

    折原伸太郎はモンツァの特徴について次のように説明した。

    「今週末の舞台となるモンツァは、長いストレートと11のコーナーで構成され、スロットル全開率が非常に高いサーキットです。限られたエネルギーを各区間にどう配分するかが重要で、特に予選ではラップタイムを大きく左右します」

    ホンダ F1 ホンダ・レーシング

    スペック2で性能向上もライバルとの差を認識
    ホンダは前戦オランダGPで、アストンマーティンにスペック2のエンジンを投入した。

    新スペックによって性能面で前進したことを折原伸太郎も認めている。しかし、パワーユニットだけではなくマシンを含めた総合的な競争力という観点では、トップ勢との差を埋め切れていないとの認識を示した。

    「前戦オランダGPで投入したスペック2のエンジンにより性能は向上しましたが、総合的な戦闘力は依然としてライバルとの差があり、チャレンジングな週末になると考えています」

    モンツァはパワーユニットへの要求が極めて大きいだけに、スペック2投入による改善が実戦でどこまで競争力につながるのかを確認する重要な週末となる。

    HRC Sakuraで燃焼制御を改善
    イタリアGPに向けてホンダが重点的に取り組んできたのがドライバビリティだ。

    オランダGPでは新スペックによる絶対的な性能向上だけでなく、パワーユニットをいかに安定して扱える状態にするかも課題となった。ホンダはレース後、HRC Sakuraのベンチで燃焼制御の改善作業を継続している。

    「イタリアGPに向けては、ドライバビリティの改善に注力してきました。オランダGP以降、HRC Sakuraのベンチで安定した燃焼制御の実現に取り組んでおり、モンツァではその効果を確認しながら、今後の競争力向上につながるよう、さらなる最適化を進めます」

    今回のモンツァでは、スペック2の純粋なパフォーマンスだけでなく、燃焼制御の安定化によってドライバーが要求するトルクをどれだけ扱いやすく引き出せるかも焦点となる。

    長い全開区間を持つモンツァは、ホンダの新スペックが持つ現在地を測るうえで格好の舞台となる。オランダGPで得たデータとHRC Sakuraでのベンチ作業を実車で検証し、今後の競争力向上につなげられるか。ホンダにとってイタリアGPは、スペック2のさらなる熟成に向けた重要な一戦となる。

  • レッドブルF1 モンツァのガレージにローソンの「30」 ハジャー欠場なら代役か

    レッドブルF1 モンツァのガレージにローソンの「30」 ハジャー欠場なら代役か

    レッドブル・レーシングがF1イタリアGPに向けて準備を進めるモンツァのガレージで、リアム・ローソンのカーナンバー「30」が確認され、アイザック・ハジャーが欠場した場合の代役起用に備えているのではないかと注目を集めている。

    手首を骨折したハジャーのイタリアGP出場については、直前まで回復状態を見極めたうえで最終判断される見通しだ。

    前戦オランダGPではローソンがハジャーに代わってレッドブル・レーシングから出場して7位に入り、その影響でリザーブドライバーの角田裕毅がレーシングブルズからF1復帰を果たした。

    モンツァのレッドブル・ガレージ奥にローソンの「30」
    ハジャーはF1のサマーブレイク中、トレーニングの一環として行っていたボクシングで手首を骨折。オランダGPを欠場したものの、その後は順調に回復しており、イタリアGPでの復帰を目指している。

    PlanetF1のトーマス・マーハーによると、レッドブル・レーシングは今週末のドライバーラインナップについて水曜日まで待って最終決定する予定だという。

    ハジャーがレース出場に必要な状態まで回復するかをぎりぎりまで見極めることになり、仮に出場許可が下りたとしても、完全なコンディションに戻っているとは限らない。イタリアGPは次戦スペインGPとの連戦の初戦でもあり、チームとしては慎重な判断が求められる。

    そうしたなか、F1フォトグラファーのキム・イルマンがモンツァで撮影したレッドブル・レーシングのガレージの写真をInstagramに投稿。ハジャー側のスペースが通常どおり準備されている様子を紹介した。

    「これは今日のモンツァ・サーキットにあるレッドブルのガレージだ。ハジャーの名前と写真がガレージに掲げられている。ただし、チームは彼が今週末のレースを走るかどうかについて、骨折した手首の回復に最大限の時間を与えるため、最後の瞬間まで決断を下さない」

    実際、ガレージ前方にはハジャーの名前と写真が掲示されており、一見すればハジャーの復帰を前提として準備が進められているように見える。

    しかし、投稿された写真を詳しく確認したファンから「ハジャー側のガレージの奥に30と書かれている」との指摘が寄せられた。「30」はローソンのカーナンバーであり、ハジャーが出場できなかった場合に備えてローソンの代役起用を想定しているのではないかとの見方が広がった。この指摘には200件を超える「いいね」が集まり、ファンの関心を呼んでいる。

    もっとも、ガレージの表示が実際のドライバーラインナップを示しているとは限らない。「こうしたガレージの名前はすぐに変更できる」「オランダGPでも同じだった。かなり前から準備されている」と指摘するファンもいる。

    サーキット側のスタッフが通常のドライバーラインナップに基づいてガレージ前方の表示を設営し、必要になった場合には短時間で変更できるようになっている可能性もある。そのため、ローソンの「30」が残されていることだけで代役起用の準備が進められていると断定することはできない。

    それでも、ハジャーの出場がまだ正式に決まっていないタイミングでローソンの「30」が確認されたことで、ファンの間では万一に備えたものではないかとの憶測を呼んでいる。


    ハジャー「腫れはない。モンツァには期待している」
    ハジャー自身はオランダGP期間中、レッドブルが公開した舞台裏映像のなかで回復が順調に進んでいることを明かしている。

    「腫れはありません。それはいい兆候です。回復も早いですし、毎日少しずつ動かせる範囲が広がっています。モンツァには期待しています」

    ハジャーの負傷は手術を必要とするものではないとみられている。

    2023年にはダニエル・リカルドがオランダGPでクラッシュして手を骨折し、手術を受けたことで5戦を欠場。当時アルファタウリのリザーブを務めていたローソンが代役としてF1デビューし、複数戦にわたって出場する機会を得た。

    今回のハジャーの負傷はリカルドのケースほど深刻ではないとみられるものの、レッドブル・レーシングとしてはイタリアGPを走り切れる状態にあるかを慎重に判断する必要がある。

    ハジャーが予定どおり復帰できれば、ローソンは通常の役割に戻ることになる。一方、出場が見送られれば、オランダGPで7位に入ったローソンが再びレッドブル・レーシングをドライブする可能性が高く、その場合は角田裕毅が引き続きレーシングブルズを担当することになる。

    モンツァのガレージで確認された「30」が単なる設営上の名残なのか、それともハジャーの欠場に備えた準備なのか。現段階では推測の域を出ず、最終的な答えはハジャーの手首の状態を確認したうえで下されるレッドブル・レーシングの決断を待つことになる。

  • セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテルが、今週末のF1イタリアGPでフェラーリのマシンを再びドライブする。ミハエル・シューマッハを称えるモンツァでの特別企画として、2002年に圧倒的な強さを誇ったフェラーリF2002のステアリングを握る。

    4度のF1ワールドチャンピオンであるベッテルは、F1引退後も歴史的なマシンを走らせる機会を設けてきた。今回は自身が幼少期から憧れ続けてきたミハエル・シューマッハの代表的なマシンを、フェラーリカラーで走らせることになる。

    ベッテルがシューマッハのF2002でモンツァを走行
    デモンストレーション走行は、53周で争われる日曜日のイタリアGP決勝を前に実施される。ベッテルがドライブするのは、シューマッハが5度目のF1ワールドタイトルを獲得した2002年のフェラーリF2002だ。

    F2002はフェラーリF1史上を代表するマシンのひとつであり、シューマッハは2002年シーズンの17戦で11勝を挙げた。表彰台のトップ2を逃したのはマレーシアGPの3位だけという驚異的な安定感を誇った。

    シューマッハ以外が勝利した6戦のうち4戦では、チームメイトのルーベンス・バリチェロが優勝。残る2勝をウィリアムズとマクラーレンが1勝ずつ分け合った。フェラーリはこのシーズンを圧倒し、コンストラクターズ選手権でも他を寄せ付けない強さを見せた。

    ベッテルは、約900馬力を発生するV10エンジンを搭載したF2002でモンツァを1周する予定だ。このエンジンは最高1万9000rpmまで回転し、現在のF1マシンとは大きく異なるサウンドを響かせる。

    サステナブル燃料でF2002を走行
    ベッテルはこれまでの歴史的F1マシンによるデモ走行でも、サステナブル燃料の使用を重視してきた。今回もその方針は変わらない。

    走行はフェラーリの「F1 Clienti」部門を通じて実施され、F2002にはシェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料が使用される。

    フェラーリは、この燃料について「今シーズンに得られたノウハウを活用し、2026年に使用されている燃料の開発経験を基に、シェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料」と説明している。

    ベッテルはF1引退後、歴史的マシンを未来につなげる手段としてサステナブル燃料を積極的にアピールしてきた。これまでにもシルバーストンでナイジェル・マンセルの1992年型ウィリアムズを走らせ、2024年のエミリア・ロマーニャGPではアイルトン・セナが1993年にドライブしたマクラーレンを走行させている。

    フェラーリ F2002 ミハエル・シューマッハ

    バリチェロもF2002と再会
    F2002を走らせるのはベッテルだけではない。土曜日には、2002年にシューマッハのチームメイトとして同マシンをドライブしたルーベンス・バリチェロもステアリングを握る。

    バリチェロは予選を前にF2002でデモンストレーション走行を行う予定で、土曜日のみモンツァを訪れるファンにも、24年前のV10エンジンのサウンドを聞く機会が用意される。

    さらに会場では、シューマッハのフェラーリF1キャリアの始まりと終わりを象徴する2台も展示される。1996年にフェラーリ移籍初年度を戦ったF310と、フェラーリでの最後のシーズンとなった2006年の248 F1だ。

    フェラーリがモンツァでシューマッハを称える
    2026年F1イタリアGPでは、ミハエル・シューマッハがフェラーリに残した功績を称えるさまざまな企画が用意されている。

    フェラーリはすでに特別仕様のレーシングスーツを発表しており、SF-26にもシューマッハがフェラーリ移籍初年度の1996年にモンツァで勝利したマシンをモチーフとする特別カラーリングが施される。

    シューマッハを自身のヒーローとして公言してきたベッテルにとって、フェラーリのホームレースでF2002を走らせることは特別な意味を持つ。2015年から2020年までフェラーリF1ドライバーとして戦ったベッテルが、シューマッハを称える週末に再び跳ね馬のマシンでモンツァを走る。

  • 角田裕毅も続けるか F1で逆境から評価を取り戻した7人の復活劇

    角田裕毅も続けるか F1で逆境から評価を取り戻した7人の復活劇

    2026年F1オランダGPでレーシングブルズから電撃復帰を果たした角田裕毅は、決勝11位という結果以上に、その走りによって再び自身の存在をパドックに印象づけた。

    2025年限りでレッドブル・レーシングのレギュラーシートを失い、2026年はテスト兼リザーブドライバーとして過ごしてきた角田裕毅。しかし、アイザック・ハジャーの負傷によってリアム・ローソンがレッドブル・レーシングに招集されると、その空席を埋める形でレーシングブルズのマシンをドライブする機会が巡ってきた。

    「今日はできることをすべてやりましたし、本当に楽しめました」

    決勝でポイントまであと一歩の11位に終わった角田裕毅は、レース後にそう振り返った。

    この一戦だけで2027年のF1レギュラー復帰につながるかはまだ分からない。それでもF1の歴史を振り返れば、代役出場や復帰戦、あるいは厳しい状況で見せた一度の鮮烈なパフォーマンスが、その後のキャリアを大きく変えた例は少なくない。

    F1公式サイトは、角田裕毅のザントフォールトでの復帰をきっかけに、逆境から評価を取り戻した代表的なドライバーたちを紹介している。

    角田裕毅も続けるか ニコ・ヒュルケンベルグのケース

    ■ ニコ・ヒュルケンベルグ 代役出場からF1復帰への道を切り開く
    2026年オランダGPで角田裕毅より数ポジション前の8位でフィニッシュしたニコ・ヒュルケンベルグは、まさに代役出場によってF1キャリアを再生させた代表例だ。

    ヒュルケンベルグは2019年末にルノーのシートを失い、2020年はF1のレギュラーシートを持っていなかった。

    しかし、その2020年にレーシングポイントのセルジオ・ペレスとランス・ストロールが相次いで新型コロナウイルスに感染したことで、ヒュルケンベルグに代役出場の機会が巡ってきた。

    最初のシルバーストンではマシントラブルにより決勝をスタートできなかったものの、翌週に同じサーキットで行われた70周年記念GPではメルセデス勢に続く予選3番手を獲得。決勝でも7位に入った。

    さらにニュルブルクリンクでは急きょ招集されながら、最後尾から8位まで追い上げる走りを披露した。

    こうしたパフォーマンスを受け、レーシングポイントは2021年にヒュルケンベルグを正式なリザーブドライバーに起用。その後、2022年にも2戦で代役出場を果たし、F1パドックで存在感を維持し続けた。

    そして2023年、ハースからF1フル参戦に復帰。さらにザウバーを経てアウディへ移籍し、2026年まで第一線で活躍を続けている。

    代役として結果を残し続けたことが、事実上ヒュルケンベルグのF1キャリアをもう一度つなぎ直したと言える。

    ■ カルロス・サインツJr. 虫垂炎手術から2週間後に優勝
    カルロス・サインツJr.はF1から離脱した経験こそないものの、2024年シーズンを極めて特殊な状況で迎えていた。

    開幕前、ルイス・ハミルトンが2025年からフェラーリへ加入することが電撃発表され、サインツJr.はシーズンが始まる前から年末でチームを去ることが決まっていた。

    さらに第2戦サウジアラビアGPでは虫垂炎に見舞われ、手術を受けたため欠場。当時F2に参戦していたオリバー・ベアマンが代役を務めた。

    それでもサインツJr.は、わずか2週間後のオーストラリアGPで復帰した。

    予選では2番手を獲得し、決勝ではフェラーリを勝利へと導いた。

    手術直後とは思えないそのパフォーマンスは、サインツJr.の能力を改めて証明するものとなった。

    すでにフェラーリ離脱が決まっていたことで2025年のシートを探す立場に置かれていたサインツJr.だが、その後は複数チームから獲得候補として注目を集め、最終的にウィリアムズへの移籍を決断した。

    厳しい状況に置かれた直後に勝利という最大級の結果を残したことで、自らの市場価値を再確認させたレースだった。

    角田裕毅も続けるか アラン・プロストのケース

    ■ アラン・プロスト 1年休養から復帰初戦で勝利
    フェラーリとの関係悪化によって一度F1を離れながら、復帰後すぐに頂点へ戻ったドライバーがアラン・プロストだ。

    マクラーレンからフェラーリへ移籍したプロストは、1990年にアイルトン・セナとタイトルを争ったものの、鈴鹿での接触によって王座を逃した。

    1991年になるとフェラーリの競争力が低下し、プロストはチームを公然と批判するようになる。

    両者の関係は急速に悪化し、当時3度のF1ワールドチャンピオンだったプロストはシーズン終了を待たずにフェラーリを解雇された。

    1992年に競争力のあるシートを確保する時間は残されておらず、プロストは1年間F1を休養することになった。

    しかし、「教授」と呼ばれたプロストのキャリアはそこで終わらなかった。

    1993年にウィリアムズからF1へ復帰すると、開幕戦南アフリカGPでポールポジションを獲得。そのまま復帰初戦を勝利で飾った。

    その後もシーズンを通じてさらに6勝を挙げ、通算4度目のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

    1年間レースから離れていたドライバーが復帰直後からタイトルを獲得した例は、F1史でも特筆すべきカムバックのひとつである。

    ■ ミカ・サロ シューマッハの代役で評価を一変
    ミカ・サロもまた、代役出場をきっかけにF1キャリアを再構築したドライバーだ。

    1994年終盤にロータスからF1デビューしたサロは、その後ティレルやアロウズで戦ったものの、1999年にはレギュラーシートを失った。

    だが、BARのリカルド・ゾンタが負傷したことで3戦の代役出場を担当すると、その後さらに大きなチャンスが訪れる。

    フェラーリのミハエル・シューマッハがシルバーストンでの事故で脚を骨折し、サロがその代役として起用された。

    フェラーリでの初戦オーストリアGPは9位だったが、次戦ドイツGPでは4番グリッドからスタートし、一時はレースをリードした。

    最終的にはF1タイトルを争っていたチームメイトのエディ・アーバインを前に出し、自身は2位でフィニッシュ。これがサロにとって初表彰台であり、F1キャリア最高位となった。

    その後モンツァでも表彰台を獲得し、フェラーリのコンストラクターズタイトル獲得に貢献した。

    サロの走りはザウバーにも評価され、2000年には再びF1のレギュラーシートを手にした。

    シューマッハという絶対的エースの代役という大きなプレッシャーの中で結果を残したことが、サロのキャリアを再び動かした。

    ■ バルテリ・ボッタス 苦悩の2018年から「ボッタス2.0」へ
    バルテリ・ボッタスの場合、F1のシートを失ったわけではなかった。しかし2018年シーズンは、そのキャリアの中でも特に厳しい1年となった。

    2017年にメルセデスへ加入しF1初勝利を挙げたボッタスだったが、2018年は未勝利に終わり、ドライバーズ選手権でも5位まで後退した。

    一方、チームメイトのルイス・ハミルトンはタイトルを獲得。ボッタスは後に、この時期に精神的に非常に厳しい状態に陥り、F1を辞めることまで考えたと明かしている。

    それでも冬の間に立て直しを図り、2019年開幕戦オーストラリアGPで強烈な反撃を見せた。

    予選ではハミルトンに次ぐ2番手だったが、スタート直後に首位を奪取。そのまま約20秒もの大差を築いて圧勝した。

    チェッカー後、ボッタスは無線で前年に向けられた批判への強烈なメッセージを発した。

    後に本人は、それが「前年からたまっていたフラストレーションが全部出たものだった」と振り返っている。

    「ボッタス2.0」と呼ばれるようになった2019年は4勝を挙げ、ドライバーズ選手権2位。ボッタスにとってF1キャリア最高のシーズンとなった。

    ■ ケビン・マグヌッセン 1年離脱から復帰初戦5位
    ケビン・マグヌッセンも、突然巡ってきた復帰のチャンスを最大限に生かした。

    2017年から2020年までハースで戦ったマグヌッセンだったが、チームが2021年にニキータ・マゼピンとミック・シューマッハというルーキー2人を起用したことでF1のシートを失った。

    その後はスポーツカーなど別カテゴリーへ活動の場を移していた。

    ところが2022年開幕直前、ハースはマゼピンとの契約を解除。その後任としてマグヌッセンを呼び戻した。

    F1から1年以上離れていたにもかかわらず、復帰戦となったバーレーンGPで予選7番手を獲得すると、決勝では5位に入った。

    当時ハース代表だったギュンター・シュタイナーは、その走りを強烈な言葉で「バイキングのカムバック」と表現した。

    同年のサンパウロGPではさらに驚きのポールポジションを獲得。マグヌッセンとハースの関係は2024年末まで続いた。

    F1を一度離れたドライバーが、ほぼ準備期間なしで復帰し、初戦からトップ5に入ったインパクトは大きかった。

    角田裕毅も続けるか セルジオ・ペレスのケース

    ■ セルジオ・ペレス シート喪失決定後にF1初優勝
    セルジオ・ペレスの2020年サクヒールGPも、1レースによってキャリアの流れが大きく変わった象徴的な例だ。

    2011年にザウバーからF1デビューしたペレスは、マクラーレンを経てフォース・インディアへ加入。その後チームがレーシングポイントへと姿を変えてからも長年残留していた。

    しかし、2021年からチームがアストンマーティンへ改称するのを前に、4度のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルの加入が決定。契約を残していたペレスはシートを失うことになった。

    それでもペレスはシーズン終盤に結果で自らをアピールした。

    トルコGPで2位に入ると、その2戦後のサクヒールGPではさらに劇的なレースを演じる。

    1周目の接触によって最後尾まで後退したものの、そこから猛烈な追い上げを開始。最終的にはF1初優勝を達成した。

    メキシコ人ドライバーのF1勝利は、1970年のペドロ・ロドリゲス以来だった。

    すでに翌年のシートを失うことが決まっていた時期に挙げたこの勝利は、ペレスの評価を決定的に高めた。

    その後レッドブル・レーシングが2021年のドライバーとしてペレスを起用。そこから4シーズンにわたってチャンピオンチームの一員として戦うことになった。

    角田裕毅(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム)

    ■ 角田裕毅も「一度のチャンス」でF1復帰への流れを変えられるか
    ヒュルケンベルグ、サロ、マグヌッセンのように代役出場を足掛かりにシートを取り戻したケースもあれば、プロストのように休養後すぐ勝利してタイトルまで獲得した例もある。

    サインツJr.やボッタス、ペレスも、キャリア上の厳しい局面で鮮烈なパフォーマンスを見せることで自身の価値を改めて証明した。

    角田裕毅が2026年オランダGPで置かれていた状況も、それらと重なる部分がある。

    レッドブル・レーシングのシートを失った後もF1を離れず、リザーブとしてチャンスを待ち続けた。そして突然訪れたレーシングブルズでの復帰戦で、短い準備期間ながら決勝まで戦い抜いた。

    11位という数字だけを見れば華々しい結果ではない。しかしF1で次のシートをつかむために重要なのは、与えられた機会の中で何を示したかでもある。

    過去の「復活劇」が証明しているように、わずか1戦の走りがドライバーの将来を変えることはある。

    ザントフォールトで再びF1マシンに乗った角田裕毅にとっても、この一戦が本格的なグリッド復帰へ向けた最初の一歩になる可能性は十分に残されている。

  • F1が今後のスタート手順を検証へ オランダGPでフェルスタッペンらスピン相次ぐ

    F1が今後のスタート手順を検証へ オランダGPでフェルスタッペンらスピン相次ぐ

    F1は、難しい路面コンディションで混乱が生じたオランダGPを受け、今後のレースにおけるスタート手順を検証する。ピエール・ガスリーは、セーフティカー先導を採用するのであれば、スタート前にもう1周走るべきだったとの考えを示した。

    ザントフォールトでは決勝1周目から波乱が相次いだ。マックス・フェルスタッペンは最終コーナーの濡れた部分でマシンのコントロールを失い、アウト側のコンクリートウォールにクラッシュ。

    同じオープニングラップでは、アウディのガブリエル・ボルトレトも360度スピンを喫した。

    セーフティカー先導1周からスタンディングスタート
    コースの大部分はドライだった一方、バンク角のついた最終コーナーには濡れた部分が残り、バンク下側には水も残っていた。

    こうしたコンディションを受け、通常のフォーメーションラップではなく、セーフティカーが隊列を先導。その後、各マシンはグリッドに並び、通常のスタンディングスタートでレースが開始された。

    難しいコンディションの場合、FIAのレースディレクターはローリングスタートを選択できるほか、セーフティカー先導で追加の周回を行ったうえで、スタンディングスタートまたはローリングスタートを実施することもできる。その場合、追加された周回はレースの総周回数から差し引かれる。

    ガスリーは今回の手順について、セーフティカー先導を1周だけ行ってスタンディングスタートとするのであれば、通常のフォーメーションラップの方がよかったと振り返った。

    「セーフティカーの後ろを1周して、それからスタンディングスタートというやり方なら、僕としては普通にアウトラップをした方がよかった。そうすれば、もう少し速いペースで走れたからね」

    「セーフティカーと一緒に、少なくとも一度はバンクのある最終コーナーを通ってから通常のレーススタートをすることが目的だと思っていた」

    最終コーナーには濡れた部分が残っていたものの、ガスリーはタイヤ選択そのものが変わるほどのコンディションではなかったと説明する。

    「確かに濡れていた。でも、僕たちはそれでもスリックタイヤを履いていただろうし、タイヤ選択が大きく変わったとは思わない。だから、残念ながらコンディションとタイヤ選択の問題だった」

    ピエール・ガスリー

    今後に向けドライバーのフィードバックを検証
    ガスリーによれば、今回のスタートについてドライバーから寄せられたフィードバックを確認し、今後のレースに向けて検証が行われる。

    「次のレースに向けて、ドライバーからどんなフィードバックがあったのかを検証することになる。でも僕としては、セーフティカーを使わずにフォーメーションラップを1周だけ行うか、セーフティカーを使うなら少なくとも追加でもう1周走らせるか、そのどちらかだったと思う」

    トップ10圏内からスタートしたガスリーは、1周目にフェルスタッペンがコントロールを失った際、そのすぐ近くを走っていた。

    「そこが一番濡れているコーナーだった。ターン13を立ち上がるだけでもものすごく難しかったし、マックスは濡れた部分でマシンが大きくスナップして、それを立て直すことができなかった」

    フェルスタッペンだけでなくボルトレトもスピンするなど、オランダGPではスタート直後から複数のドライバーが部分的に濡れた路面に翻弄された。今回のケースとドライバーからの意見を踏まえ、同様のコンディションでセーフティカーを使用する場合の周回数を含め、今後のF1におけるスタート手順が検証されることになる。

  • フェラーリF1 イタリアGPのミハエル・シューマッハ特別カラーSF-26を披露

    フェラーリF1 イタリアGPのミハエル・シューマッハ特別カラーSF-26を披露

    スクーデリア・フェラーリは、2026年F1第13戦イタリアGPでルイス・ハミルトンとシャルル・ルクレールがドライブするSF-26のスペシャルリバリーを披露した。ミハエル・シューマッハがフェラーリで最初のシーズンを戦った1996年のF310をモチーフとした特別仕様となる。

    フェラーリはすでにモンツァでシューマッハへのトリビュートカラーを採用することを予告し、ハミルトンとルクレールが着用する特別レーシングスーツも公開していた。

    そして今回、そのテーマをSF-26に落とし込んだ完成形が明らかになった。

    1996年のF310をイメージしたSF-26
    今回のスペシャルリバリーは、シューマッハがベネトンからフェラーリに移籍した1996年にドライブしたF310からインスピレーションを得ている。

    フェラーリは、イタリアGP仕様について「主に赤を基調とし、ウイングの一部に白を取り入れ、そこに黒を組み合わせた」デザインだと説明している。

    通常仕様のSF-26ではシーズン開幕からエンジンカバーなどに大きく白が使われてきたが、モンツァ仕様ではその印象を大きく変更。車体を赤主体とすることで、シューマッハがフェラーリで戦い始めた1996年当時を思わせる姿となった。

    ホイールにも当時を意識したディテールが盛り込まれている。

    「当時と同じくBBS製のホイールにはゴールドのアクセントが施され、あのシーズンに使用していたマグネシウム製リム本来のカラーを想起させるものとなっている」

    カーナンバーのフォントもシューマッハ時代のフェラーリをイメージしたものに変更され、マシンにはシューマッハのサインも取り入れられた。

    スクーデリア・フェラーリ ミハエル・シューマッハ仕様

    ハミルトンが望んでいた「赤いコックピット」も実現
    今回のSF-26では、ルイス・ハミルトンが以前から望んでいた赤いコックピットも実現した。

    ハミルトンは6月のF1バルセロナ・カタルーニャGPでフェラーリ移籍後初勝利を挙げた際、30年前の1996年に同じサーキットでフェラーリ初勝利を飾ったシューマッハへの憧れを語っていた。

    当時12歳だったハミルトンは、テレビで赤いフェラーリを見ながらコックピットに座る自分を想像していたという。

    「僕はたぶん家のソファに座ってそのレースを見ていた。膝の上に皿を置いて、サンドイッチかチキンヌードルスープでも食べながらね」

    「日曜日なら、レースをしていなければ12歳の僕はテレビの前にいた。そしてあの赤いマシンを見ながら、『あの赤いコックピットに座るのはどんな気分なんだろう』と思っていたんだ」

    一方、2026年の通常仕様のSF-26はコックピット周辺が白となっており、ハミルトンはそのカラーリングについて率直な思いを明かしていた。

    「僕のコックピットは白なんだ。正直あまり気に入っていない」

    「ミハエルのように赤くしたかったんだ。いつかまた赤くしてもらうつもりだよ」

    その希望が、シューマッハへのトリビュートという形でモンツァで実現することになった。ハミルトンにとっては、幼少期に憧れたシューマッハ時代のフェラーリをより強く感じさせる特別なSF-26となる。

    スクーデリア・フェラーリ イタリアグランプリ

    シューマッハのフェラーリ初年度から30周年
    2026年は、シューマッハがフェラーリに加入した1996年から30周年にあたる。

    2度のF1ワールドチャンピオンとしてマラネロに加わったシューマッハは、移籍初年度にスペインGP、ベルギーGP、イタリアGPで3勝を挙げた。

    なかでもモンツァではティフォシの前でフェラーリ移籍後初となるイタリアGP優勝を達成。そこからフェラーリとシューマッハはF1史に残る黄金時代を築いていくことになる。

    シューマッハはフェラーリ在籍中に72勝を挙げ、2000年から2004年まで5年連続でドライバーズタイトルを獲得した。今回のトリビュートは、1996年のフェラーリ加入から30周年、そして2006年に同チームで最後のシーズンを戦ってから20周年という節目に合わせたものでもある。

    フェラーリ F1 ミハエル・シューマッハフェラーリ F1 イタリアグランプリ

    ハミルトンとルクレールのレーシングスーツも特別仕様
    フェラーリはマシンに先立ち、ハミルトンとルクレールがイタリアGPで着用するスペシャルレーシングスーツも公開している。

    レーシングスーツには白いストライプが入り、シューマッハのパーソナルロゴを配置。背面には7度のF1ワールドチャンピオンを象徴する7つの白い星があしらわれている。フェラーリの特別コレクションにも、7つの星やゴールドの月桂樹など1996年当時をモチーフとしたディテールが採用された。

    フェラーリにとってモンツァは、ティフォシが大挙して集まるシーズン最大のホームイベントだ。2026年はそこにシューマッハとフェラーリの歴史という特別な意味が加わる。

    30年前にシューマッハが駆ったF310を現代のSF-26で表現し、ハミルトンがかねて望んでいた赤いコックピットも実現。ハミルトンとルクレールは、フェラーリ黄金時代へのオマージュをまとった特別仕様のマシンでイタリアGPに臨む。

  • 元F1ドライバーのニキータ・マゼピン 欧州復帰戦で2連勝 FIAがロシア制限撤廃

    元F1ドライバーのニキータ・マゼピン 欧州復帰戦で2連勝 FIAがロシア制限撤廃

    元F1ドライバーのニキータ・マゼピンが、欧州でのレース復帰を果たし、いきなり2連勝を飾った。FIA(国際自動車連盟)がロシア人競技者に対する制限を撤廃してからわずか数日後の参戦となった。

    マゼピンはスパ・フランコルシャンで開催されたドイツを拠点とするシリーズ、スペツィアル・トゥーレンヴァーゲン・トロフィー(STT)にチーム・モトパークから参戦。メルセデスAMG GT3をドライブし、週末の2レースでともにポール・トゥ・ウインを達成した。

    マゼピンがスパで2戦連続ポール・トゥ・ウイン
    2021年にハースからF1に参戦したマゼピンは、第1レースの予選で2番手に4秒以上の大差をつけてポールポジションを獲得。決勝でも16秒以上のリードを築いて勝利した。

    翌日曜日にも再びポールポジションを獲得すると、決勝でもトップでチェッカーを受け、欧州でのレース復帰を2連勝で締めくくった。

    今回の参戦は、FIAがロシア人競技者に課していた中立資格での参加要件を撤廃した直後に実現したものだ。

    FIAは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、ロシア人競技者に対して中立的な立場で国際大会に参加することを求める措置を導入していた。今回の変更によって、ロシア人競技者は再び自国の国籍を掲げて競技に参加できるようになった。

    ウクライナ自動車連盟がFIA倫理委員会に正式申し立て
    一方、FIAによる制限撤廃をめぐっては、新たな争いも生じている。

    ウクライナ自動車連盟は、ロシア自動車連盟を相手取り、FIA倫理委員会に正式な申し立てを行った。

    ウクライナ側は、ロシア自動車連盟がクリミア、セヴァストポリ、ドネツク、ザポリージャに事務所を設置・運営していると主張。これらは国際的にウクライナ領と認められている地域であり、各国のモータースポーツ統括団体が持つ管轄権を定めたFIAの規約に違反すると訴えている。

    この申し立てについて、FIAは現時点で公に回答していない。

    マゼピンにとっては、FIAによる規制変更を受けて実現した欧州復帰戦で圧倒的な結果を残す形となった。一方、その復帰を可能にしたロシア人競技者への措置変更をめぐっては、ウクライナ側から正式な異議申し立てが行われており、今後のFIAの対応が注目される。

  • ルイス・ハミルトン 納屋で発見した「夢のフェラーリF40」をマラネロで再生

    ルイス・ハミルトン 納屋で発見した「夢のフェラーリF40」をマラネロで再生

    ルイス・ハミルトンが、フェラーリとともに密かに進めてきた特別なプロジェクトを明らかにした。納屋で放置されていたフェラーリF40を発見し、マラネロのエンジニアたちとともに本来の姿へと蘇らせたという。

    7度のF1ワールドチャンピオンであるハミルトンにとって、F40は単なる希少なクラシックカーではない。自身が「夢のクルマ」と位置づける一台であり、その再生過程をSNSで公開した。

    納屋で眠っていたフェラーリF40を発見
    ハミルトンが手に入れたのは、長期間にわたって納屋に放置されていたフェラーリF40だった。

    公開された車両は、本来の輝きを失った状態からレストアが進められ、フェラーリの本拠地マラネロのエンジニアたちも作業に携わったという。

    ハミルトンは2025年にメルセデスからフェラーリへ移籍。F1でスクーデリアのドライバーを務める一方、ロードカーを通じてもフェラーリとの関係を深めている。

    今回のF40再生は、そうしたハミルトンとフェラーリの関係を象徴するプロジェクトのひとつとなった。

    エンツォ・フェラーリが認めた最後のロードカー
    フェラーリF40は1987年に発表され、現在もフェラーリを代表するロードカーのひとつとして高く評価されている。

    創業者エンツォ・フェラーリが生前に承認した最後のロードカーとしても知られ、フェラーリの歴史において特別な意味を持つモデルだ。

    ミッドシップに搭載された2.9リッターV8ツインターボエンジンや徹底した軽量化、巨大なリアウイングを備えたF40は、当時のフェラーリが持つレーシングカーの思想を公道用モデルへ色濃く反映した存在だった。

    その希少性と歴史的価値から、現在では世界のコレクターが追い求めるモデルとなっている。

    フェラーリとともに「夢のクルマ」を再生
    ハミルトンは以前からフェラーリのロードカーへの強い関心を示してきた。今回選んだのは完成された極上車を購入するという方法ではなく、眠っていたF40を救い出し、マラネロの専門家とともに再生するというものだった。

    長い年月を経た一台を本来の姿へ戻す作業には、単なる外観の修復だけでなく、F40という歴史的モデルの価値を守るための専門的な知識と技術が求められる。


    F1ではフェラーリの勝利を目指して戦うハミルトン。その舞台裏では、エンツォ・フェラーリの時代を象徴するF40を蘇らせるという、もうひとつのフェラーリ・プロジェクトを進めていた。

  • ジョナサン・ウィートリー F1パドック復帰 アストンマーティン代表就任へ前進か

    ジョナサン・ウィートリー F1パドック復帰 アストンマーティン代表就任へ前進か

    ジョナサン・ウィートリーが、先週末に開催されたF1オランダGPでパドックに姿を見せた。アウディF1のチーム代表を退任して以来、F1の現場から距離を置いていたウィートリーだが、アストンマーティンの次期チーム代表候補として依然有力視されている。

    元レッドブル・レーシングのスポーティングディレクターであるウィートリーは、2025年にザウバーへ加入し、アウディF1のワークス体制移行を率いるチーム代表に就任した。

    しかし、2026年3月の中国GP後に職を離れており、その直前からアストンマーティンの長期的なチーム代表候補として名前が挙がっていた。

    アウディ退任後初のF1パドック復帰
    59歳のウィートリーは、アウディを離れて以降、F1のパドックから姿を消していた。

    それだけに、ザントフォールトで開催されたオランダGPに現れたことは注目を集めた。アウディ退任後、F1のレースウイークのパドックに姿を見せたのは今回が初めてとみられている。

    ただし、今回の訪問が直接アストンマーティンとの交渉を目的としたものだったわけではないようだ。

    ウィートリーはオランダGPでアルピーヌのホスピタリティに入る姿を目撃されたが、これはベネトンおよびルノー時代の元同僚で友人でもあるスティーブ・ニールセンを訪ねるためだったとされている。ニールセンは現在、アルピーヌのマネージングディレクターを務めている。

    それでも、久々のF1パドック復帰によって、ウィートリーのアストンマーティン入りを巡る憶測は再び強まっている。

    ニューウェイのチーム代表職を引き継ぐ最有力候補
    ウィートリーは、将来的にエイドリアン・ニューウェイからアストンマーティンのチーム代表職を引き継ぐ最有力候補とみられている。

    もちろん、ニューウェイがアストンマーティンを離れるという意味ではない。

    ニューウェイは2025年11月にアンディ・コーウェルの後任としてチーム代表に就任し、自身のF1キャリアで初めてチーム運営の責任を担うことになった。しかし本来の役割は、マシンの設計と開発を統括するマネージング・テクニカル・パートナーであり、本人もチーム代表としての業務が技術面の仕事を妨げていることを認めている。

    そのためアストンマーティンでは、日常的なチーム運営を任せられる新たな責任者を据え、ニューウェイを本来の技術開発に集中させる体制が検討されている。

    その人選を主導してきた人物のひとりがニューウェイ自身であり、そこで有力候補として浮上したのがウィートリーだった。

    レッドブル時代からチーム運営の実務に精通し、アウディではチーム代表も経験したウィートリーであれば、グランプリチームの日常的なオペレーションを任せることができる。

    ニューウェイとウィートリー レッドブル黄金期を支えた2人
    ニューウェイとウィートリーには長い共通の歴史がある。

    2人はいずれもレッドブル・レーシングの黄金時代を支えた主要メンバーであり、セバスチャン・ベッテルによるタイトル連覇から、マックス・フェルスタッペンを中心とした近年の成功まで、チームの成長とタイトル獲得に大きく貢献した。

    ニューウェイとウィートリーはともに2024年にレッドブルを離れ、その後、それぞれアストンマーティンとアウディという異なるプロジェクトへ向かった。

    ウィートリーがアストンマーティンに加入すれば、かつてレッドブルで成功を築いた2人が再び同じチームで仕事をすることになる。

    ただし、ウィートリーにはアウディ退任後の契約上の通知期間やガーデニングリーブが存在するとみられており、それが正式就任の時期に影響している可能性がある。

    ジョナサン・ウィートリーとエイドリアン・ニューウェイ(アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム)

    ニューウェイもオランダGPで今季5度目の現場入り
    オランダGPではニューウェイ自身も現場に姿を見せた。

    ザントフォールトは、ホンダがアストンマーティン向けパワーユニットに大規模なアップグレードを投入した週末でもあり、ニューウェイにとって2026年シーズン5度目のサーキット帯同となった。

    ニューウェイは開幕戦オーストラリアGPに帯同した後、続く4戦を欠席。6月初旬のモナコGPで現場に復帰し、その後はイギリスGP、ハンガリーGP、そしてオランダGPにも帯同している。

    一時的にサーキットから離れていた理由のひとつには体調面の問題もあった。

    ニューウェイは6月、前年から体調が万全ではなく、仕事とのバランスを慎重に取る必要があったことを明かしている。

    「今は大丈夫だが、難しい時期だった。去年は正直なところ100%ではなかった。健康と仕事のバランスを以前より慎重に考えなければならなかった」

    その一方で、アストンマーティンの技術部門とは良好な関係を維持できていたと説明した。

    「チームは本当に素晴らしく対応してくれた。エンジニアたちとは非常に良い関係を保てていたし、それによって大きな停滞が起きたとは思っていない」

    「ここにいる全員が、どれだけ柔軟に対応し、お互いを支えられるかを示していると思う」

    ウィートリーが加入すれば、ニューウェイはチーム代表としての運営業務から解放され、アストンマーティン・ホンダのF1マシン設計と開発により多くの時間を割けるようになる。

    現時点でアストンマーティンから正式な発表はない。それでも、数カ月にわたってF1の現場から離れていたウィートリーが再びパドックに姿を現したことで、次期チーム代表就任に向けた動きが近く表面化する可能性に改めて注目が集まっている。

  • アレックス・パロウ インディカー史上最年少5冠「もう一度やろう」8冠も視野

    アレックス・パロウ インディカー史上最年少5冠「もう一度やろう」8冠も視野

    アレックス・パロウが、インディカーの歴史に新たな記録を刻んだ。

    2026年NTTインディカー・シリーズで自身5度目のチャンピオンを獲得し、アレックス・パロウは29歳で史上最年少の5冠王となった。しかも、チップ・ガナッシ・レーシング(CGR)加入後の6シーズンで5度のタイトルという驚異的なペースである。

    だが、パロウに立ち止まるつもりはない。ミルウォーキー・マイルでタイトルを決めた直後、チームオーナーのチップ・ガナッシに伝えた言葉は「もう一度やろう」だった。すでに視線は6冠目、そしてその先へ向けられている。

    29歳で5冠 インディカー史上最速のタイトル量産
    パロウは2021年にCGRへ加入し、No.10 DHLホンダを駆って初めてインディカー王者に輝いた。それから6年間で獲得したタイトルは5つ。29歳で5度のシリーズチャンピオンとなったのは史上最年少であり、5冠到達までの期間も史上最短となった。

    さらに直近4シーズンはすべてパロウが王座を獲得。4年連続タイトルは、セバスチャン・ブルデーに並ぶシリーズ史上最長記録である。

    通算タイトル数では、7冠のA.J.フォイト、6冠のスコット・ディクソンに次ぐ歴代3位。しかもパロウはまだ29歳だ。

    CGR加入後の成績も圧倒的で、25勝、インディ500優勝、19回のポールポジションを記録している。

    それほどの成功を重ねながらも、パロウ自身はいまだに現在の状況を信じられないことがあるという。

    「まず、自分がインディカーのドライバーになるなんて思ってもいなかった。ここまで来られるとも思っていなかったし、プロのレーシングドライバーになれるチャンスがあるとも思っていなかった。それが僕の夢だった」

    「インディカーのドライバーになるチャンスを得た時点で、僕にとってはすでに大きな成果だった。夢を生きていたんだ。そしてチップが、チャンピオンを獲得できるチームで走るチャンスを与えてくれた。2020年にはスコットがタイトルを獲得したばかりだったから、本当に信じられなかった」

    「それ以来、ずっと信じられないような雲の上にいる感覚で、すべてが本当にうまくいっている。これがいつまで続くのかは分からない。あと1年なのか、10年なのか、15年なのか、5年なのか。僕たちがいつまでトップにいられるのかは分からない。でも、このチーム、このマシンと過ごす毎日を楽しんでいる」

    タイトル決定直後に「もう一度やろう」
    パロウの5度目のタイトルを祝う時間が始まったばかりの段階で、本人はすでに次の王座について口にしていた。

    ガナッシは、パロウを祝福した際のやり取りを明かしている。

    「もう一度やりたいと誰よりも思っているのはドライバー本人だ。彼はまたやりたいと思っている。私が祝福したとき、彼が最初に言ったのは『もう一度やろう』だった」

    今回のタイトルによって、ガナッシ自身もインディカーで史上最多となる18度目のシリーズタイトルを手にした。

    パロウは今季途中にCGRとの複数年契約延長にも合意しており、チームとの関係は今後も続く。そのため、焦点は単に「次のタイトル」だけではなく、歴代記録をどこまで塗り替えられるかへと移りつつある。

    モータースポーツの「7冠」そして8冠の可能性
    モータースポーツにおいて「7」は特別な数字だ。

    F1ではミハエル・シューマッハ、インディカーではA.J.フォイト、NASCARではリチャード・ペティ、デイル・アーンハート、ジミー・ジョンソンが7度の最高峰タイトルを獲得している。

    パロウはすでに5冠。あと2度タイトルを獲得すれば、フォイトが持つインディカー最多7冠に並ぶ。

    さらにガナッシは、その先の「8冠」さえ現実的な可能性として否定していない。

    「もちろんだ。そう信じない方がおかしい。少なくとも私は、それに逆らって賭けたいとは思わない」

    「ラスベガスでどんなオッズになるのかは知らないが、私は反対側には賭けたくない。実現する可能性はある。間違いなく実現し得る」

    33戦連続で崩れない驚異的な安定感
    パロウとNo.10チームが記録更新を期待される最大の理由は、単純な速さだけではない。シーズンを通じて大きく崩れない圧倒的な安定感にある。

    CGRとパロウが支配的な強さを見せた直近2シーズン、33レースを通じてトップ10圏外が2戦連続したことは一度もない。

    ワシントンD.C.では20位に終わったが、その翌戦となったミルウォーキーのダブルヘッダーでは5位と10位。すぐに本来の安定した成績へ戻した。

    しかもワシントンD.C.での20位以下という結果は、この2年間でわずか3度目だった。それ以前の5戦では2勝を挙げ、残る3戦もすべてトップ5に入っていた。

    ミルウォーキーを迎えた時点で、5冠達成は「できるかどうか」ではなく「いつ決まるか」という状況だった。

    パロウはミルウォーキー終了時点でクリスチャン・ルンガードに100ポイント差をつけ、ラグナ・セカでの最終戦を残してタイトルを確定。これで4年連続してシーズン最終戦を待たずに王座を決めたことになる。

    アレックス・パロウ(インディカー・シリーズ)

    オワード「パドック全員の頭の中に住みついている」
    その圧倒的な存在感はライバルも認めている。

    ミルウォーキーの日曜日に行われた2レースをともに制したパト・オワードは、パロウについてこう表現した。

    「彼はパドックのみんなの頭の中に家賃なしで住みついているよ」

    「彼とガナッシが基準を引き上げた。あの10号車は信じられないくらい強い。うらやましいよ。いつか僕たちもそこへたどり着く」

    パロウの存在は、単にポイントランキングで首位にいるというだけではなく、ライバルたちが常に意識せざるを得ない基準になっている。

    ガナッシ「我々は世代を代表するドライバーを目撃している」
    ガナッシは、パロウの強さにはCGRで過去にタイトルを獲得してきた名手たちと共通するものがあると語る。

    ジミー・バッサー、アレックス・ザナルディ、ファン・パブロ・モントーヤ、ダリオ・フランキッティ、スコット・ディクソン。CGRはこれまで数々のチャンピオンを生み出してきた。

    「私はこういうドライバーたちの目を見てきた。彼らには強い欲求がある。優れたビジョンがあり、成功しようとする強烈な意志がある。それがいつも目に表れている。アレックスにもそれがある。これまで我々が迎えてきたすべてのチャンピオンに共通するものだ。ある種の輝きがある」

    CGRが4年連続タイトルを達成するのは今回が3度目だ。しかし、過去2回は複数のドライバーによって成し遂げられたのに対し、今回はパロウひとりが4連覇を達成した。

    そしてガナッシが特に重視しているのが、「6年間で5冠」という数字だ。

    「我々はいま、世代を代表するような出来事の真っただ中にいる。世代を代表するドライバーだ。4連覇は過去にもあった。しかし6年間で5冠というのはこれまでなかった。それは前例のないことだ」

    「我々はいま、その真っただ中にいる。そして、まだ終わっていない」

    29歳で5冠に到達したパロウは、すでにインディカー史に残る存在となった。それでも本人がタイトル決定直後に発したのは過去を振り返る言葉ではなく、「もう一度やろう」という次への意思だった。フォイトの7冠、そしてガナッシが可能性を認める前人未到の8冠へ――パロウがどこまで記録を伸ばすのかが、今後のインディカーにおける大きな焦点となる。