カテゴリー: ジャンカルロ・フィジケラ

  • フェルナンド・アロンソ、チャリティサッカーに出場

    フェルナンド・アロンソ、チャリティサッカーに出場

    フェルナンド・アロンソとジャン・カルロ・フィジケラは、「パルティータ・デル・クオーレ(ハートの試合)」と呼ばれる恒例のサッカー・チャリティ・マッチに参加した。

    23年目を迎えた今年で、パルティータ・デル・クオーレはトリノのユヴェントス・スタジアムで開催され、4万1000人が来場。試合は、イタリア人ミュージシャンのチーム「ナツィオナーレ・カンタンティ」とスポーツ選手やテレビタレントから構成される「チーム・カンピオーニ」が対戦し、9-9で引き分けた。

    このスペシャルマッチの入場料や寄付によって集められた150万ユーロは、ガンの治療法を専門に研究するカンディオーロ学会に寄付される。

    試合には、フェラーリを代表して、フェルナンド・アロンソとジャンカルロ・フィジケラが出場。フェリペ・マッサは、F1モナコGPでの事故から回復するため欠席した。

  • AFコルセ、フィジケラ組が今季初勝利 (WEC第2戦)

    AFコルセ、フィジケラ組が今季初勝利 (WEC第2戦)

    AFコルセは、WEC第2戦スパ6時間レースでジャンカルロ・フィジケラ/ジャンマリア・ブルーニの51号車が今季クラス初勝利を達成。小林可夢偉/トニ・バイランダーも3位表彰台を獲得し、フェラーリがGTEプロクラスのマニュファクチャラーズで首位に立った。

    AFコルセ 51号車は、レース中に進路妨害で2度のストップ&ゴー・ペナルティを受けるも、2位のアストンマーチン 98号車に9秒差をつけてフィニッシュし、今季初勝利を達成。

    AFコルセ 71号車は、一時はトップを走るも最終ピットストップで後退。だが、最後は小林可夢偉が、最終スティントで素晴らしい追い上げをみせ、2位に1秒差まで詰め寄った。

    ジャンカルロ・フィジケラ (AFコルセ 51号車)
    「まずなにより、AFコツセにありがとうと言いたい。彼らは今日素晴らしい仕事をしてくれた。ル・マンを本当に楽しみにしている。シーズンで最も重要なレースだ。去年僕たちは優勝しているし、もちろん、再びそれを達成したい。非常にタフなレースになることはわかっているが、僕たちは全力を尽くす」

    ジャンマリア・ブルーニ (AFコルセ 51号車)
    「今回のレースの最大のアドバンテージは、新しいタイヤを与えられ、それがクルマにとてもうまく合っていたことだ。ミシュランは非常によいコンパウンドをもたらしてくれた。長持ちしれたし、それが鍵だった。正直、僕たちはまだアストン勢の後ろにいるし、彼らは全てのスティントで僕たちより多くのラップをしていた。でも、とても良いレースだったので、非常に満足している。コックピットからは素晴らしいレースだったし、観てくれた人にとっても良いレースだったことを願っている」

    AF Corse

    関連:AFコルセとは?

  • ジャンカルロ・フィジケラ、ボロニャモーターショーでF1デモ走行

    ジャンカルロ・フィジケラ、ボロニャモーターショーでF1デモ走行

    ジャンカルロ・フィジケラが、ボローニャモーターショー 2011に参加。フェラーリのF1マシンでデモ走行を行った。

    今年、AFコルセからル・マン・シリーズとインターナショナル・カップに458イタリアで参戦して勝利を収めたジャンカルロ・フィジケラは、2011年のスクーデリア・フェラーリについて「今年のF1は、フェラーリにとって期待された結果ではなかった」とコメント。

    「でも、チームは決して諦めないし、すでに再び勝つために集中している。成功するために必要なものはすべて揃っている」

    2012年、ジャンカルロ・フィジエラは、AFコルサでFIA世界耐久選手権(WEC)に参戦する。

    「GTレースでは、今年、AFコルサでジャンマリア・ブルーニと一緒にLMSでドライバーズタイトルとチームタイトルを獲得し、ILMCではチームタイトルを獲得した。両方のシリーズでフェラーリにコンストラクターズトロフィをもたらせたことは素晴らしい結果だ」

    「来年は3月にセブリングで開幕するFIA世界耐久選手権で新しいチャレンジに挑む」

    「F1でずっと走ったあと、屋根のついたマシンに乗り換えるのは最初はかなり難しかったことは否定できない。でも、レース毎にフェラーリが僕たちに与えてくれたマシンのポテンシャルを最大限に引き出すことができ、それらの重要な勝利に貢献することができた」

    2009年に負傷したフェリペ・マッサの代役としてフェラーリからF1に参戦したジャンカルロ・フィジケラは、その時点までレースをしてきたマシンとの違いに適応するのに苦労したと述べた。

    「自分に何ができるかを示すことはできなかったけど、それでもフェラーリのカラーでいくつかのグランプリに参戦できたことを誇りに思っている。マラネロのスクーデリアは僕だけでなく全てのドライバーの夢だ。イタリア人として、僕のキャリアで最も刺激的な瞬間のひとつだった」

    若いカートドライバーにどのようにしたらF1ドライバーになれるかと質問されたフィジケラは「常に自分を信じることだ。本気で望めば、実現できると思う」とアドバイスした。

  • ジャンカルロ・フィジケラ、イタリアで交通事故

    ジャンカルロ・フィジケラ、イタリアで交通事故

    ジャンカルロ・フィジケラが、イタリアで交通事故を起こした。

    イタリアのメディア報道よると、ジャンカルロ・フィジケラは、ローマ北部のカンパニャーノでフェラーリを運転中に52歳の女性が運転する小型車に追突したという。

    衝突された女性は病院に運ばれたが、まもなく帰宅した。

    報道によると、ジャンカルロ・フィジケラは、道路工事による長い渋滞に差し掛かったが、止まり切れなかったと交通警察に説明したという。

    ジャンカルロ・フィジケラは、2005年にローマで制限時速60kmのところを時速148kmを出して速度違反で捕まっているが、その際は子供が熱を出したため急いでいたと釈明している。

  • ジャンカルロ・フィジケラ、ル・マン24時間レースでクラス4位

    ジャンカルロ・フィジケラ、ル・マン24時間レースでクラス4位

    ジャンカルロ・フィジケラは、ル・マン24時間レースのLMGT2カテゴリーにフェラーリ F30GTCで参戦し、クラス4位でフィニッシュした。

    ジャン・アレジ、トニ・ビランダーとのチームで参戦したフィジケラは、夜が明けた時点で2位につけていたが、ブレーキのトラブルに見舞われ、時速280キロでコースオフ。長いピットストップを余儀なくされ、最終的にクラス4位でフィニッシュした。

    「最悪の状況だったけど、ちょうど避難用のスペースがあり、ダメージを最小限に抑えることができた。でも修理のため、ガレージで長い時間を過ごさなければならず、時間を取り戻すのは不可能だった」とフィジケラはコメント。

    「それでも、4位は上出来だ。またとない体験ができたことに幸せを感じている。睡眠を取ることもできず疲れましたけど、忘れ難いレースになった。チームみんなの努力、ともに冒険したチームメートに感謝している。トニもジャンも最高のチームメートだった」

  • ジャンカルロ・フィジケラ、F10の空力テストを実施

    ジャンカルロ・フィジケラ、F10の空力テストを実施

    ジャンカルロ・フィジケラは、フェラーリのペースを取り戻すべく最新仕様F10でテストを行った。

    フィジケラは先週、今週末ジル・ヴィルヌーヴ・サーキットで行わるF1カナダGP仕様の特別パッケージを装着したF10でテストを実施。

    しかし、フェラーリはバレンシアまで大幅なアップグレードを予定しておらず、カナダGPでは基本的に2週間前と“同じ仕様”で挑むことになる。

    フェラーリのチーム代表ステファノ・ドメニカルは、現在のフェラーリの状況に悲観的になってはならないと語る。

    「まだシーズンは3分の2残っている。我々はFダクトを開発することに多くのエネルギーを注いできたし、それによって他の部分がわずかに遅れをとったかもしれない」とステファノ・ドメニカリは述べた。

    「レースごとに多くのことが変わるし、我々は下を向いて意気消沈してはない。それはゴールを目指さない人間がすることだ。フェラーリにはそのようなことない」

  • フィジケラ&アレジ組、ル・マン開幕戦で3位表彰台

    フィジケラ&アレジ組、ル・マン開幕戦で3位表彰台

    フランスのポール・リカール・サーキットで開催されたル・マン・シリーズ第1戦でジャン・アレジ、ジャンカルロ・フィジケラ、トニ・ビランダーが駆るフェラーリが、LM GT2クラスで3位入賞を果たした。

    8時間の耐久レースも残り6周となったところで、プロトタイプマシンと走行後、アレジがドライブする AFコルセ・チーム F430のタイアがパンク。ホイール交換のためにピットインを余儀なくされ、2位から3位に順位を落とした。

    レースは、ポルシェ 997 のマルク・リープ/リヒャルト・リーツ組とマルティン・ラギンガー/クリスチャン・レイド/パトリック・ロング組のワンツー・フィニッシュを飾った。

    しかしレース後、中国GPに向けて上海に向かったスクーデリア・フェラーリ・マールボロのサードドライバーでもあるフィジケラは、この結果も悪いものではなかったと語った。

    「2位につけて快調に飛ばしていたのに、残りわずか10分のところでアレジにアクシデントが起きて残念だった。でも、LM GT2クラスで最速のフェラーリとなり、デビュー戦としては、かなり嬉しい結果だ。特に、学ぶところも多く、今後大いにグレードアップすることが可能だと思っている」

    4位はCRSレーシング・フェラーリのピエール・エレ/フィル・クワイフ/ピエール・カファー組、さらに、もう1台のAFコルセ F430をドライブしたルイス・ペレス・コンパンク/マティアス・ルッソ組が5位となった。

    ル・マン・シリーズ第2戦は、ベルギーの伝説的なサーキット、スパ・フランコルシャンで5月9日に開催される。

    ジャンカルロ・フィジケラ / ジャン・アレジ / トニ・ビランダー AFコルセ F430

  • ジャンカルロ・フィジケラ、フェラーリからル・マン・シリーズに参戦

    ジャンカルロ・フィジケラ、フェラーリからル・マン・シリーズに参戦

    ジャンカルロ・フィジケラは、2010年にル・マン・シリーズへ参戦する契約を結んだ。

    ジャンカルロ・フィジケラは、今年はフェラーリのリザーブドライバーを務めることになっている。

    しかし、ル・マン・シリーズを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)は、フィジケラが2010年のル・マン・シリーズに「シーズンを通して」参戦すると発表。

    完全なエントリーリストは数日以内に発表されるが、フィジケラはLMGT2クラスにAFコルセからフェラーリF430で参戦するとみられている。

    2010年のル・マン・シリーズは、F1の日程と2戦が重なっている。スパ1,000kmはスペインGPと、シルバーストンでの1,000kmレースはイタリアGPと日程が重なっている。

  • フェジケラ&バトエル&ジェネ、2010年もフェラーリ残留

    フェジケラ&バトエル&ジェネ、2010年もフェラーリ残留

    2010年のフェラーリは、サードドライバーのジャンカルロ・フィジケラに加え、ルカ・バドエルとマルク・ジェネもチームに残留するようだ。

    28日のF10発表会の場でジャンカルロ・フィジケラがフルタイムのリザーブドライバーを務めることが発表になったが、ルカ・バドエルとマルク・ジェネも参加した。

    「ジャンカルロがサード・ドライバーになり、マルクとルカを加えて我々のドライバーラインナップが完成する」とフェラーリのステファノ・ドメンカリは述べた。

    フェラーリは公式ウェブサイトでの発表会を生中継したが、300万人が視聴したため「数秒間フリーズすることが何度かあった」としている。

    一方、フェラーリのルカ・ディ・モンテゼーモロ会長は、ミハエル・シューマッハにF1復帰を説得したのは自分だったと述べた。

    ルカ・ディ・モンテゼーモロは3台のマシン出走が認められていれば、ミハエル・シューマッハが「メルセデスではなく赤いフェラーリを宣伝」していただろうとコメント。

    また、バレンティーノ・ロッシが2011年にフェラーリに乗る可能性をほのめかした。

    関連:
    ・フェラーリ、F10を発表 – 2010年1月28日
    ・フェラーリ F10 (主要諸元)

  • ジャンカルロ・フィジケラ、ザウバーの最有力候補に浮上

    ジャンカルロ・フィジケラ、ザウバーの最有力候補に浮上

    ジャンカルロ・フィジケラが、2010年の小林可夢偉のチームメイトの最有力候補に浮上した。

    ザウバーの2つ目のシートは、マクラーレンのテストドライバーであるペドロ・デ・ラ・ロサとフェラーリのジャンカルロ・フィジケラが争っているとされている。

    しかし、ジェンソン・バトンは、2月1日のバレンシアテスト初日でペドロ・デ・ラ・ロサがMP4-25の初走行を担当する予定であることを明らかにした。

    このニュースは、ペドロ・デ・ラ・ロサが、マクラーレンのテスト兼リザーブドライバーに留まることを意味しているともいえる。

    またスイスのblick紙は、ジャンカルロ・フィジケラが、イタリアでのフェラーリのイベント「Wrooom」が終了したあと、ザウバーの本部があるヒンウィルに飛んだと報道。

    同紙は、2010年にザウバーにエンジンを供給するフェラーリが、ザウバーに対してフィジケラにレースシートを与えるようプレッシャーをかけているとしている。

    37歳のジャンカルロ・フィジケラは、ザウバーに所属した2004年を含めて1996年のF1デビューから231戦に出走している。

    関連:
    マクラーレンのテスト初日はデ・ラ・ロサが担当 - 2010年1月17日